シナリオ詳細
マンドラゴラ、走る。或いは、きっと今頃、怖い思いをしています…。
オープニング
●疾走するマンドラゴラ
幻想の空に絶叫が響く。
長く、遠く、青い空の彼方まで、金切り声にも似た雄叫びが轟いた。
ミントは辺境の農地に暮らす若い女だ。
かつては大きな都市で流通に関する仕事に携わっていたそうだが、ある時“ただ1種”の植物に魅了され、孤独な農地へ旅立った。
「マンドラゴラちゃんたちは、本当はとってもいい子なんです。皆は“マンドラゴラの絶叫を聞くと絶命する”なんて言って怖がっていますけど、しっかり愛情を注いであげればそんなことはありません」
頬を紅潮させながら、ミントはマンドラゴラに対する愛情を惜しむことなく吐露してくれた。
すっかり色あせた麦わら帽子や、土の染みが取れぬ作業着、日に焼けた肌からミントの苦労と尽きぬことのないマンドラゴラへの愛情を理解することが出来るだろう。
「マンドラゴラちゃんは絹のお洋服が好きみたいです。それと、金曜日にはお風呂に浸かりながら赤ワインを飲むんですよ。私も一緒に入浴するんですけど、そうすると何だか元気が出て来るし……機嫌がいいと、可愛いお歌を聞かせてくれるんです」
暖かな季節をミントと一緒に過ごした後、マンドラゴラたちは冬になる前に土中へ戻って長い眠りにつくという。
その際、お礼にと渡された身体の一部には滋養強壮の効果があって、それがミントの収入源になっているということだ。
ミントはマンドラゴラを愛しているし、マンドラゴラも優しいミントに良く懐いている。
ある時などは、ミントの身に降りかかる不幸を予見し、彼女の命の危機を未然に防いだこともあったらしい。
「でも、マンドラゴラちゃんは気難しいから、私にしか懐いてくれていないんです。他の人が土から掘り出そうとすると【必殺】【致命】【封印】効果のある悲鳴をあげちゃいます。運が悪いと命を落としてしまうこともあるから、慣れていない人は慎重にコミュニケーションを取らないと……まずは何事も、信頼関係の構築からですよ」
そう言って恥ずかしそうに笑うミントの隣では、10を超えるマンドラゴラがダンスを踊っていたという。
ミントの畑のマンドラゴラは、他所のそれに比べると非常に元気がいいようだ。
●欲深き者の末路
「……マンドラゴラが逃げ出したっす。疾走するマンドラゴラたちを捕まえて、ミントさんの元に送り届けるのが今回のお仕事の内容っすね」
コロン、と。
テーブル上に耳栓の束を転がしてイフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)はそう言った。
マンドラゴラ。
根の部分が、人の姿に酷似している植物だ。
頭頂部からは青々とした葉が伸びていて、全体の形としては根菜に近い。そして、大きさはだいたい50センチ前後とそれなりだ。
「マンドラゴラが脱走したのには理由があるっす。マンドラゴラが元気をなくす月の無い夜を狙って、盗賊上がりの商人たちがミントさんの畑に忍び込んだっす」
商人たちは、畑で眠るマンドラゴラを引っこ抜き……マンドラゴラは恐怖に悲鳴をあげたという。絶叫は絶叫を呼び、恐怖と混乱の中、畑のマンドラゴラたちは一斉に逃げ出したらしい。
「元々5人いた商人のうち2人は絶命し、畑の真ん中で遺体となって発見されました。残る3人は数匹のマンドラゴラを捕えて、木箱に詰めて逃走中っす」
ミント曰く、畑から逃げ出したマンドラゴラは全部で20体。
そのうち5体は商人たちに捕まって、馬車に乗せられ街道を西へ進んでいる。
9体のマンドラゴラは、今も絶叫をあげながら街道を北へと疾走中。
そして、残る6体は農場の周辺に声を殺して身を潜めているそうだ。
「幸いなことに、商人たちの移動速度は鈍いっす。マンドラゴラの悲鳴を聞いて、馬も人も具合が良くないんっすね」
近くの街に辿り着かれてしまう前に、商人や逃げ出したマンドラゴラを捕まえる必要がある。
ミントに対して友好的なマンドラゴラたちだが、やはり普通の人にとっては危険極まりない存在なのだ。
「ミントさん1人じゃマンドラゴラの回収も難しいっすからね。お手伝いするっす。それから、せめてもの助力になればと……」
イフタフは数本のガラス瓶を取り出し、イレギュラーズへ手渡した。
瓶の中身は、青い色をした液体だ。
ラベルには“マンドラゴラ・エナジー”と商品名が記されている。
「ミントさんの農場の目玉商品っす。預かったのは4本。味は甘く爽快で、すこしシュワッとしてますね。飲むと元気が出ました……これはキマるっすよ」
- マンドラゴラ、走る。或いは、きっと今頃、怖い思いをしています…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年08月11日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●怖い思いをしています
快晴。
草と土の豊かな香り。
不安そうに畑の傍をうろつく女性と、その足元のマンドラゴラ。
「みんな……どこに行ってしまったの? 怖い人たちはもういないよ! 出て来ても大丈夫だよ!」
震える声で叫ぶ彼女の名前はミント。
幻想の辺境、マンドラゴラ農場の主である。
「マンドラゴラって叫び声聞けば死ぬ、とか言われてるやべぇ奴だよな? 現に死人が出ちまってるし大丈夫なんスか、マジで」
「一応、耳栓も持って来たっす。あれ付けとけば、ダメージも大幅に軽減できるはずっすよ」
不安そうな『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)が、畑を見やって呟いた。そんな彼に言葉を返すイフタフは、どこか疲れた顔をしている。
迷子のマンドラゴラを捜索するという任務であるが、イレギュラーズが呼集されただけあって相応に危険なものである。故にイフタフは、ブリーフィングだけして後はイレギュラーズに任せるつもりだったのだが……依頼人からの提供品である栄養ドリンク“マンドラゴラ・エナジー”の横領がバレて、現地へ連行されていた。
足を棒にして畑や農場周辺を歩き回った結果、精神的に疲労している。なお、身体の方はマンドラゴラ・エナジーのおかげでまだまだ元気だ。
「……それにしても、絶叫するのみならず、品質が高く歩き回り、あまつさえ個人識別が可能なほどの知性……魔女としては非常に興味をそそられるのう」
三角錐の帽子を押し上げ『宝石の魔女』クラウジア=ジュエリア=ペトロヴァー(p3p006508)が畑に植わったマンドラゴラへ視線を向けた。
地上に伸びた大きな葉っぱが、夏の風に揺れている。
「死体が2つあると聞いていたが……見当たらぬのう」
「盗人の死体ですか? それなら土に埋めました。マンドラゴラちゃんたちは、人間が大好きなんですよ!」
そう言ってミントはにこりと笑う。
クラウジアは頬を引き攣らせた。
ミントがマンドラゴラへ向ける愛情には並々ならぬものを感じる。一方で、その愛情はあくまでマンドラゴラのみへ向けられるものらしい。人……ましてや盗人に対して向ける情などひと欠片ほども無いようだ。
街道を走る人影は3。
男が1人に、女が1人、そして骸骨が1組である。
「って、ホントにうるっさいわね!? 想像以上じゃない!」
耳を押さえて『希望の星』燦火=炯=フェネクス(p3p010488)が悲鳴をあげた。
3人に進行方向から響く絶叫に耐えかねたのだろう。
絶叫の主は、街道を逃げるマンドラゴラたちだ。耳が痛いが、おかげでマンドラゴラたちの位置や、およその距離が把握できる。
「ミント殿のマンドラゴラ達への愛、しかと受け止めましたぞ! というわけで、できれば手荒な真似はせず、連れ帰りたいですな!」
隣の街へ向かって、街道を全力疾走するマンドラゴラたち。それを追いかける『陽気な骸骨兵』ヴェルミリオ=スケルトン=ファロ(p3p010147)は、預かっていた耳栓を取り出す。
マンドラゴラの絶叫を間近で聞けば、どんな目に合うか分からない。そのための耳栓だ。
骸骨に耳はあるのか?
あるのだろう。
耳はなくとも、耳小骨は残っているはずだ。
「気を付けましょう! マンドラゴラの絶叫は心臓を止めるといいますからな!」
「心臓あんのか? いや……兎に角、叫び声で殺す奴が町に行ったら住人がやべえ、それだけは絶対に阻止するぞ」
マンドラゴラはすぐそこだ。
骸骨の心臓事情はともかくとして、接敵準備は必要だろう。
「これ、飲んでも大丈夫……だよな?」
マンドラゴラ・エナジーを一気に飲み干し『航空猟兵』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)は走る速度を一段上げる。
ゆっくりと。
街道を馬車が走っている。
馬車を操るのは、小汚い格好をした商人たちだ。顔色が悪く、今にも死にそうな顔をしている。見れば車両を引く馬の足取りもおぼつかない。
それもそのはず。
荷台に積んだ木箱から、くぐもった絶叫が絶え間なく聞こえているのだから。マンドラゴラの絶叫を聞き続けたことで、彼らはもはや限界だった。
仲間を2人失って、自分たちも疲弊しながら、それでも彼らはマンドラゴラを運んでいるのだ。それは、マンドラゴラ・エナジーが高級品であると知っているからに他ならない。
彼らのような、盗賊上がりの商人からすればマンドラゴラは同重量の金貨に勝るお宝である。
「成程、今頃きっと怖い思いを……どっちがしてるんだ?」
よろよろと走る馬車を遠目に見ながら『冬隣』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は肩を竦めた。
とりあえず、盗人たちには追いつけたので作戦の第一段階はこれで達成。次はマンドラゴラの奪還だ。
「本当に、この世界には色んな生物がいるんだなぁ……」
「そーっすね。さて、それじゃあ保護しに行きましょう」
『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)と『歪角ノ夜叉』八重 慧(p3p008813)が耳栓を付けて、街道の左右へ展開する。
馬車の進路と退路を塞ぎ、マンドラゴラを保護するためだ。
「まぁ、俺は元々植物自体好きっすしね」
マンドラゴラの悲痛な悲鳴が、慧の胸を締め付ける……気がした。もしかすると、絶叫によるダメージかもしれない。
●マンドラゴラ、叫ぶ
「ン゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙↑↑」
絶叫。
マンドラゴラのサマーソルトが、イフタフの顎を打ち抜いた。
一撃でイフタフの意識を刈り取って、マンドラゴラは地面に着地。右へ左へ、軽くステップを刻みながら、応援にかけつけた葵を迎え討つ。
「このっ、蹴ってくるたぁいい度胸してんじゃねぇか! 脚の勝負だったら負けねぇっスよ」
姿勢を低くして疾走。
耳栓をつけて、騒音対策も完璧だ。
葵の視界にマンドラゴラは1体。イフタフを蹴り飛ばした個体は、ひと際元気の良いマンドラゴラだったのだろう。
ギリギリのシュートを止めるキーパーよろしく葵が跳んだ。
急加速からの跳躍は、数メートルの距離を一気に0にする。
驚嘆にステップを乱すマンドラゴラ。その大根のような胴(?)へ向けて葵は手を伸ばした。しかし、マンドラゴラとて黙って捕まるほどに愚かではない。
次に盗賊がやってきたら、自分が仲間を守り抜くと誓い、今の今まで訓練を積んでいたのである。
転がるようにして葵の手を逃れ、懐へと潜り込む。葉っぱで地面を叩いて跳躍。膝(?)蹴りを葵の顎へと叩き込んだ。
イフタフを沈めた必殺の蹴り。
顎から脳天へ突き抜ける衝撃に葵の視界が激しく揺れる。
だが、しかし……。
「元々、移動を想定された体(?)の造りをしてないことは知ってるんっすよ」
土に埋まって過ごす生態だ。
元気がいいとはいえ、葵の意識を奪うほどの力は無い。
葵は地面を滑りながら体を反転。足の先でボールを掬い上げるようにして、マンドラゴラを引っ掻けると、伸ばした両手でしっかりと身動きを封じ込めた。
「脚で俺に敵うと……いや、この植物と張り合う事に何の意味が?」
一方、その頃。
「ふむ……木の根元や茂みの奥、いればよいのじゃが……」
ワインのボトルを片手に下げたクラウジアが、畑を外れて林の近くを捜索していた。
植物の声や、助けを求める声を辿ってここへ辿り着いたのだ。
ミントの呼び声にも答えず、姿を晦ましたマンドラゴラが、そう簡単に人に見つかるような場所にいるはずもない。
盗人に攫われかけるという怖い思いをしたばかりともなればなおさらだ。
「おお、いたいた」
林に入ってすぐの場所で、3体のマンドラゴラが肩(?)を寄せ合って震えているのを見つけたのだ。ミントはすぐさま耳栓を付けると、ワインボトルを片手に掲げて、その場にゆっくりとしゃがみ込む。
「ミント殿が心配しておるぞ、さ、帰るのじゃ」
ピクリ、と。
マンドラゴラの肩(?)が跳ねた。
ミントという名前に反応したのだ。
本来、マンドラゴラに人の言葉は通じない。しかし、クラウジアであれば植物であるマンドラゴラと意思の疎通が可能であった。
数瞬、マンドラゴラは思案する。
クラウジアを観察しているのだろう。
つまり、彼女が敵か味方か……測りかねているということだ。
「なに……怖くない。怖くないのじゃ」
ワインボトルを掲げ、くすりと微笑むクラウジア。
マンドラゴラたちはゆっくりと、クラウジアの方へ足を踏み出した。
片手をあげたルーキスが、仲間たちへ合図を送る。
腰の鞘から刀を2振り引き抜くと、姿勢を低くし一閃させた。
ザン、と空気を切り裂く音。
飛ぶ斬撃が馬車の車輪を深く抉った。
衝撃に馬が嘶き、馬車が大きく左右へ揺れる。荷台から木箱と一緒に小汚い男が転がり落ちた。
「ぐ……な、なんだ?」
頭を押さえ呻く男が身を起こす。
そんな彼の前に、刀を下げたルーキスが迫った。
「これ以上の逃走は無駄だ。怪我をしたくなければ、抵抗せずに大人しく従うことを勧めるが?」
ルーキスの視線が木箱へ向いていることを、男は即座に看破した。グロッキー状態とはいえ、長く盗賊稼業に身をやつしていたのだ。実力はともかく、経験はそれなり。視線の動きや態度から、相手の出方を窺う程度の技術はあった。
「農場の追手だ! 畳んじまうぞ!」
「おぉ! たぶん1人じゃねぇ! 御者台は離れるな!」
荷台からもう1人の盗賊が、剣を両手に飛び降りる。
その片方を、先に落ちていた男へ放ると同時に、自身はルーキスへと斬りかかった。
しかし、男の剣がルーキスへ届くことは無かった。
「おっと、喧嘩っぱやいっすね」
間に割り込んだ慧が、頭部から歪に伸びた巨角で斬撃を受け止めたのだ。
造りが粗末なのか、剣の刃が欠けて零れる。
男は即座に剣を引き下げると、慧の胸へ向け刺突を放った。その隙にもう1人の男が木箱を荷台へ放り込んで、戦線へと加わった。
個々の実力は慧に劣ると判断したのか、繰り出されるのは2人による連携攻撃だ。
刺突と斬り降ろしの同時攻撃。
慧は首を傾けることで、その両方を受け止めて見せる。
グロッキー状態の盗賊2人など、大した脅威になり得ない。
「腰、入ってないっすね。そんなんじゃ角に傷1つ付けらんないっすよ」
2人は完全に抑え込まれた。
前進も後退も出来ず、ただ無意味に剣を振り回すばかり。
「怖かったっすね、ちゃんとミントさんのトコに帰れるようにしますから」
荷台の木箱へ声をかけ、慧は上体を傾けた。
2人の剣が横へ滑った瞬間に、ルーキスが低く疾駆する。
「これに懲りたら、二度と悪事に手を出さない事だな」
一閃。
ルーキスの放った斬撃が、盗賊たちの胸部を裂いた。
あっという間に仲間2人が倒された。
御者席に座った最後の1人は、迷うことなく2人を見捨てることにした。
疲労の色濃い馬の尻に鞭を打ち、馬車を走らせようとしたのだ。
けれど、しかし……。
「あぁ!? 牽引ロープが……!」
走り出すのは馬ばかり。
切断された牽引ロープが地面に落ちた。茫然とそれを見つめる男の首に、チクリとした痛みが走る。
首に突き付けられたのは、アーマデルの銃短剣だ。
「一言もしゃべるな。まぁ……因果応報だな」
低く押し殺した声が、男の耳朶を震わせた。
空を舞い、接近していたアーマデルの存在に男は今の今まで気が付かなかった。もはや逃げることも、助命を求めることも叶わない。
冷や汗を流し、震えることしかできないでいる。
と、その時だ。
ゴトン、と荷台で物音が1つ。
「ンァァアア?」
木箱の蓋を押し上げて、マンドラゴラが顔を覗かせる。
先の衝撃で木箱の蓋が緩んでいたのか。数時間ぶりに外へ出たマンドラゴラは、アーマデルへ怖れと不安のない交ぜとなった視線(?)を向けているようだ。
「あぁ、待て。大丈夫、怖くないぞ……俺はどちらかといえばヒト以外に対する方が優しい」
ポケットの中から琥珀糖を取り出して、それをマンドラゴラへと放る。
盗賊の捕縛は完了だ。
しかし、任務はここからが本番ともいえる。マンドラゴラを宥めすかして、農場へ連れて帰るのは、なかなか骨が折れそうだ。
9体のマンドラゴラが、右へ左へ跳ね回る。
「アンタらの主人が甚く心配してるんだ、ほら帰るぞ!」
『ン゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!』
アルヴァの必死の説得は、絶叫によって掻き消された。
恐怖と不安、それから怒り。
マンドラゴラは冷静さを失っている。進路を阻むアルヴァへ向かって絶叫を浴びせ、蹴りを叩き込むその形相(?)はまさに必死そのものだ。
「おいコラ暴れんな。叫ぶのもやめてくれ、耳が痛いから」
アルヴァの背後には即席で造られた柵がある。万が一、アルヴァが倒れても少しは足止めできるだろうが……それはそれとして、できれば軽傷のまま仕事を終えたい。
マンドラゴラは、依頼人の友人であり財産でもある。傷をつけるわけにもいかず、手にした狙撃銃で蹴りを受け流すことしかできない。
耳栓とマンドラゴラ・エナジーのおかげか、体力の消耗は微々たるものだが……。
「耳が痛ぇ」
至近距離で浴びせられた絶叫は、アルヴァの鼓膜を着実に傷めつけている。
「なるほど、こりゃまともに声で話すのは無理だわ……」
耳栓を付けていても耳が痛い。
燐火は呆れたようにそう呟いて、両手で耳を塞いでしまった。
『マンドラゴラの注意を引いて。大人しくしてくれないと、話も出来ないから』
声は出さない。
しかし、燐火の意思はヴェルミリオの脳裏に直接響いた。
サムズアップで返事を返し、ヴェルミリオは疾走を開始。アルヴァが抑えるマンドラゴラの背後へ迫ると、大きく両腕を広げて叫ぶ。
「マンドラゴラ達ー! 戻ってカムバックー! ミント殿が心配しておられますぞー!」
身振り手振りで、意思疎通を試みるが……悲しいことに、ヴェルミリオの声は絶叫に遮られて届かない。
『傷を付けないように抑え込んでみて!』
「承知ですぞー! これ、大人しくしるるぇっ!?」
サマーソルトが顎を撃ち抜く。
その拍子に、ヴェルミリオの顎骨がズレた。
だが、ヴェルミリオは止まらない。
「うむ! 元気でよろしい! 人間もマンドラゴラもわんぱくなくらいが丁度良いかもしれませんな!」
ヴェルミリオがマンドラゴラの足(?)を掴んだ。
傷を付けないように細心の注意を払って、その体を地面へ押さえつける。
必死の抵抗をみせるマンドラゴラだが、こうなってはもはや脱出も難しいだろう。
『ン゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア!!』
蹴りは無理でも、叫べはするが。
「あぁ、待って待って! 大丈夫だから! 私たちは敵じゃないわ。不埒な連中が来たら私達が守ってあげるから。ね?」
タタン、と軽いステップを踏んで燐火はマンドラゴラへと接近。
一定の距離を保って、ミントに習ったマンドラゴラの踊りを真似してみせていた。その踊りは、マンドラゴラ流の悦びの表現だ。
同種以外で知る者は、ミントのようにマンドラゴラの信頼を得た者しかいないはずである。
加えて、燐火の手にはミントお手製の絹の洋服。
「ンァァ?」
「ほら、このお洋服を着て、一緒にミントの所に帰りましょ? 彼女、貴方達の事を待ってるわ」
1体、2体とマンドラゴラが動きを止める。
踊るミントと、揺れる絹の洋服を見比べ、こてんと首を傾げてみせた。
マンドラゴラの信頼を得るには、もう少し時間がかかるだろうが……とりあえず話は聞いてもらえそうである。
地面に座り込んだアルヴァとヴェルミリオは、安堵の吐息を零しながら耳栓を外した。
●感動の再開
「あぁっ! みんな! よかった、無事だったんですねっ!」
『ンギャァアア!』
青空のした、ミントとマンドラゴラが抱き合っている。
決壊したように涙を流し、マンドラゴラの無事を喜ぶミント。そんな彼女を慰めるように、ミントに抱き着く20体のマンドラゴラたち。
捕食されているように見えなくもないが、何はともあれ感動の再開であった。
なお、件の盗賊商人たちは炎天下のした地面に放り捨てられている。
少量のマンドラゴラ・エナジーを飲まされているので、命に別状はないだろう。
たぶん、きっと。
「何はともあれ、マンドラゴラの保護はこれで完了じゃの。保護て……いささか常識を疑う字面ではあるが」
再会を喜び合うミントたちを尻目に、イレギュラーズは撤収準備を進めていた。
重傷者はいないが、疲れていない者もいないという結果に安堵しつつも、クラウジアはマンドラゴラ・エナジーのボトルを太陽へ翳して眺める。
大怪我を負った者はいないが、全員もれなく耳の痛みを訴えている。
「……ふぅむ? 成分は魔女の薬に似ているか? カンタリデスの霊薬に似たようなのが……1本ぐらい購入できんかの?」
魔女の性か、クラウジアはマンドラゴラ・エナジーの成分に興味津々だった。
ちら、と視線をミントの住処へと向ける。
精製設備に興味は尽きぬが、今回の依頼において家屋内への立ち入りは許可されていない。
「じゃあな。元気に暮らすっスよ」
葵はマンドラゴラと拳(?)を打ち合い、エールを送る。
激闘の末に友情でも芽生えたのだろうか。
何はともあれ……。
大勢の胸に疑問を、耳に痛みを残した今回の騒動はこうして幕を閉じたのだった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。
マンドラゴラたちは無事に保護されました。
ミントも喜んでいます。
依頼は成功となります。
この度はご参加いただきありがとうございました。
皆さんも、機会があればマンドラゴラを栽培してみてはいかがでしょうか。
GMコメント
●ミッション
マンドラゴラの回収
●ターゲット
・マンドラゴラ×20
人に似た姿をしている植物。
全体の形としては、人参か大根に近い。
サイズはおよそ50センチほど。
ミントには懐いているが、他の者に対しては強い警戒心を抱いているらしい。
5体は商人たちに捕まって、馬車に乗せられ街道を西へ進んでいる。
9体のマンドラゴラは、今も絶叫をあげながら街道を北へと疾走中。
6体は農場の周辺に声を殺して身を潜めている。
※元気が良く、蹴って来ることもある。
※マンドラゴラは煩いため、近くにいると言葉を介しての意思疎通に支障が生じる。
※絶叫には【必殺】【致命】【封印】の効果が付与されている。
・商人たち×3
盗賊上がりの商人たち。
ミントの畑からマンドラゴラを盗み出し、馬車に乗って街道を西へ逃走中。
元々5名いたが、2人は畑で命を落とした。
グロッキー状態のためか、移動速度は遅い。
・ミント
マンドラゴラを愛する女性。
辺境の地で農場を建てて、日夜マンドラゴラの世話に精を出しているそうだ。
●フィールド
幻想の辺境。
ミントの農場を中心に、街道が西と北に伸びている。
丸1日も移動すれば、都市に辿り着くだろう。
街道の左右は、草原だったり、岩場だったり、森だったりする。
今回の依頼に際して、以下のアイテムが支給される。
“人数分の耳栓”→マンドラゴラの絶叫による影響をある程度軽減できる。音が聞こえにくくなるので、言語を介してのコミュニケーションに支障が生じる。
“マンドラゴラ・エナジー”→ミント農場の目玉商品。味は甘く爽快で、すこしシュワッとしている。飲むと元気が出る気がする。非常に高価で味はいい。4本しか支給されていない……とされているが、どうやらイフタフが一部を横領したらしい。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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