シナリオ詳細
<潮騒のヴェンタータ>ターコイズ・ブルーに沈む
オープニング
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「うびゃ!」
どってんと音を立て、少女が砂に沈む。すぐさま起き上がり、砂を払う様子からは無傷に見えるが――ああ、ほら。また転んだ。再び起き上がった少女がむむむと唸る。その転倒する理由はと言えば、どう考えても背負っている大きな、とても大きなリュックによるものなのだが、彼女の頭に"手放す"という選択肢は存在していない。
彼女はその後もたびたび転倒しながら砂浜の端から端まで歩き、拾い上げたゴミと、それから綺麗になった浜辺に視線を向けた。
「これでバッチリであります!」
これでも彼女はシレンツィオリゾートの沿岸警備隊に配属された身である。雑用仕事にしか見えない――どう考えても雑用――のだが、これも立派なひとつの仕事だと彼女が気を悪くする様子は少しもない。
「隊長、お疲れ様です! 浜辺の清掃完了であります!」
「おう、ヤシロ。水分しっかり取っていけよ」
「はい!」
報告に向かった先の男性は山と積み上がった書類に疲労の色を隠しきれないながらも、娘と同じ頃合いの彼女を気にかける。元気の良い彼女を見ているだけでこちらも元気が貰えそうだと、男性は彼女が去っていった扉を眺めた後に腕まくりをし直した。
「たいちょー、進み具合どうっすか」
そこへ再び扉が開かれるが、やってきた青年に男性は眦を吊り上げる。
「こら、服装は整えろと言っただろう」
「うぃっすー」
気のない返事だ。これは期待できなさそうだと思いながら男性はため息をつく。青年は気にした風もなくシレンツィオリゾート名物のトロピカルジュースを隊長のデスクへ置いた。
「書類が濡れるだろう」
「濡れそうになるほど仕事できてるんすか」
「ぬ」
呻く男性。そう、こんなに書類が積み上がっているのも疲労の色が濃いのも、めぐりめぐって自分自身のせいである。そもそも、机仕事より力仕事の方が向いているのだ。
……というか、ここには力仕事の方が得意な面々ばかりである。警備隊は机仕事のできる人材を切に待っていた。
「あと、ヤシロちゃん。これから行くのって落とし物探しっすよね」
「ああ。ビーチで遊んでいた観光客が海に落としてしまったと」
「最近、海がちょっときな臭いっすけど、大丈夫すかねぇ」
青年の視線が窓越しに見える海へ向けられる。もうシレンツィオリゾート開拓二周年になろうという時期なのに、クルーズ船も出せない状況だ。
しかし男性は「ヤシロなら大丈夫だろう」とこともなげに頷いて見せる。陸ではなかなか苦労が絶えないが、それも陸であるからだ。海の中であればヤシロは問題ない。
「むしろ、落とし物ついでにとんでもないものを拾ってくるかもしれん」
「えぇ……?」
青年は何とも言えない表情だが、男性はふざけて言っている様子もない。それどころか楽し気だ。
――そして男性の言う通り、ヤシロは"とんでもないもの"を見つけて帰還したのである。
●
「イレギュラーズの皆様、お初にお目にかかります! シレンツィオリゾート沿岸警備隊第8部隊所属、水守ヤシロであります!!」
元気いっぱいに挨拶をする少女の瞳は、イレギュラーズに対してこれでもかという程キラキラと輝いていた。
「……貴殿が海中遺跡を見つけたという……?」
「はい、その通りであります! 職務中に人工的な建物の一部を発見し、何やら光るものが入っていったためご報告した次第であります!!」
いちいち元気が良い――人によってはうるさくすら思えるかもしれない。問うた『焔の因子』フレイムタン(p3n000068)も面食らった様子である。
しかしヤシロは止まらない。だって目の前にいるのはあのリヴァイアサンや冠位魔種アルバニアと戦った英雄たちであり、尊敬も憧れも溢れんばかりである。そしてそんな英雄に対して『状況を報告せよ』と隊長に命じられたのだから、それはもう興奮しないほうがおかしいのだ。
「光るものはとても小さく、どこからか自分の目の前を横切って行ったであります! そのまま遺跡に飛んでいったため追跡を行ったのですが、昨今報告の上がっているモンスターの存在を確認いたしました!」
「近頃の……深怪魔か」
厄介そうだと十夜 縁(p3p000099)は小さく呟く。その情報はイレギュラーズにも回ってきており、光るものといえば竜宮弊(ドラグチップ)のことだろう。モンスターが周囲にいるというのなら、遺跡内にも潜んでいる可能性が高い。十分に注意しなければ。
――などと考えながら徐に視線を上げた縁は、ヤシロの強い視線を受けてぎくりと固まる。ヤシロは目を瞬かせてやっぱり、と呟いた。
「あなた様は海洋でも名高い"あの"十夜様でありますねっ!?」
「は、」
「このヤシロ、お会いすることが出来て光栄です!! イレギュラーズではないので十夜様のような活躍ぶりは望めないかもしれませんが、同じディープシーとして精一杯職務に励む所存です!」
「え、ああ、そうか、」
「つきましては是非、是非!! 十夜様の冒険譚や強さの秘訣をお伺いしたく!!!」
顔に面倒くさいという表情が滲み始めているが、ヤシロも怯むことはない。こんな千載一遇のチャンス、逃すわけにはいかないのだから!
そんなやり取りは隊長たる男性がヤシロの首根っこを掴むまで続き、イレギュラーズたちはようやくことの仔細を聞くことができたのであった。
- <潮騒のヴェンタータ>ターコイズ・ブルーに沈む完了
- GM名愁
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年08月06日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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「うひょー! 海だよ!! 海の中だよ!! すごーい!!!」
ぱしゃぱしゃと波で遊び、そのまま潜り込んで。デザストルでは見られないものに『宝食姫』ユウェル・ベルク(p3p010361)はぱっと目を輝かせる。
しかも極めつけはと言えば、海の中でも地上と同様に活動が出来るというこの装備である。水の中と言えば息を止めなければ溺れてしまうのに、いつも通り――どんな原理か定かではないが――呼吸が出来るし、お喋りだってできてしまう。唯一と言えるのは地に足を付けていない事であるが、これも飛んでいる時と同じように考えてしまえば大した問題はないのだった。
「元気っすねぇ」
「あ、はしゃいでばかりじゃだめなんだっけ! わかってるわかってる、竜宮弊探しだよね!」
『歪角ノ夜叉』八重 慧(p3p008813)の言葉にはっとして。ぐっと親指を立てたユウェルは次の瞬間「遺跡ってなに!?」と元気よく隣へ聞いた。
「え? 遺跡は、そうね――」
たまたま隣を泳いでいた『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)は目を丸くしながらも彼女の問いに答えていく。興味深いと言った様子で頷くユウェルに、デザストルではあまり見なかったものなのだろうとセレナはかの地への想像を膨らませた。
(今回は海底遺跡の探検だけれど、彼女たちの……ドラゴニアが住まうと言う覇竜領域も面白い経験ができそうだものね)
まずは今日の冒険を楽しみましょう、とセレナはパレオを海に躍らせながら潜っていく。その先では砂浜までの大騒ぎはどこへやら、すいすいと滑らかな泳ぎで進んでいく水守 ヤシロが大きく腕を振ってイレギュラーズを先導している。
「浪の下にも都の候ぞ、ってのはどこで聞いたんでしたかねぇ」
はてさて、本当にどこでだっただろうか。しかし竜宮城とは、まさに言葉の通りだと慧は思う。とはいえ、今はどんな興味よりも竜宮幣の回収と深怪魔の討伐を勧めなければ。
「ドラグチップってコインみたいなもの、なのですわよね?」
「ああ、そのように聞いている」
「わかりましたわ。……ところでフレイムタン、こんなところに来て大丈夫ですの?」
『焔の因子』フレイムタン(p3n000068)は気づかわしげな『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)に目を瞬かせる。それから数瞬遅れてああ、と理解した。
「我は消火などされないぞ」
「まあ。なら心配ないですわね!」
焔の因子は宿しているものの、この身は人と同様に受肉されている。それを伝えればヴァレーリヤは安心したように笑って、「それなら早く行きますわよ!」と勢いよく泳ぎ出した。
「まあ、あとは彼女が暴走しないことを祈るばかりだが――」
ヴァレーリヤの背後でそんな呟きが聞こえた気がしたが、まあ、無理だろう。
「十夜様、十夜様! 遺跡までの道中で良いのです、強さの秘訣を教えてほしいであります!!」
目をキラッキラに輝かせる先には、何とも言えぬ顔をした『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)の姿がある。同じ海種であることもあり、彼女について行くのは造作もないのだが、このハイテンション質問責めはなかなかくるものがある。
(おっさんには眩しすぎる若さだな……)
やれやれと溜息をつきたくもなるが、ついたところで彼女は離れて行かないだろう。フレイムタンをちらりと見るが、まだ介入してくれる様子はない。適当にあしらうか。
「強さの秘訣って言われてもなぁ……生憎と、嬢ちゃんが期待するようなモンはねぇのさ」
「なるほど! 秘訣は易々とひけらかさないということでありますな! 流石は十夜様!」
「そうか、そういう解釈になっちまうか」
なかなかに、いや相当にポジティブだ。これは一種の才能と言っても良いのではないだろうか――縁はそんな思考を片隅に、ほれと視線を仲間へ移す。
「その手の話なら、俺よか適任がいると思うぜ?」
「なんと! 十夜様がそう仰るのならそうに違いありません!」
そこまで全幅の信頼を寄せられても困るのだが。苦笑いしつつ縁は行ってくると良い、と頷いた。だがしかし、現実はそこまで簡単ではない。
「わたしは、あまり……話すことが、得意ではない、のと。まだまだ……知らない事、ばかりです……」
期待の眼差しを向けられた『ひつじぱわー』メイメイ・ルー(p3p004460)は困ったように笑う。だってこうして海の深くまで潜る事だって初めてで、不思議な感じだ。この手の経験はそれこそヤシロの方が慣れているだろう。
「水の中も、不慣れで。ヤシロさまの、ご案内……心強い、です」
「え! そ、そんな、滅相もありません!! 自分はまだまだですから!!」
尊敬するイレギュラーズに褒められてしまったヤシロが狼狽える。一般人なのだからイレギュラーズと比較するべくもないのだが、ヤシロの目標はイレギュラーズなので、そこと比較したらずっと"まだまだ"の範疇だろう。
「ボク? ボクはローレットに来て日が浅いし、大号令にも関わってないからなぁ」
「むしろわたしも皆の話が聞きたい! せんぱいたちのお話にはわたしも興味津々なのです!」
「あ、それなら……わたしもヤシロにくっついて、色々お話聞いちゃおうかしら」
『malstrøm』リュビア・イネスペラ(p3p010143)が視線を横へ受け流して、はいはい! とユウェルが勢いよく挙手し、そこにセレナが便乗する。リュビアだけでなくセレナもイレギュラーズとなって間もないという話を聞いて、ヤシロは目を丸くした。
「そうなのでありますか! 大規模召喚から随分と日が経ちますが、イレギュラーズとなられる方は増えていらっしゃるのですね……!」
大規模召喚――そのワードに聞き慣れない者も増えただろう。数年前に起こった、イレギュラーズが大量に空中神殿へ召喚された日である。あれから世界は大きく動き出したと言って過言ではないだろう。それ以降もイレギュラーズが増えている実情は、見方を変えれば"増やさざるを得ない"とも取れるが、ヤシロにとっては"あこがれの存在が増える"程度に見える。
「遺跡って、シレンツィオリゾートの観光客が落とした物を探していて見つかったんだよね?」
それならば海岸からも目と鼻の先なのだろうか。問うたリュビアにヤシロは首を横へ振る。
「海岸付近は非常に穏やかなのですが、すこし沖へ向かうと周囲の地形の影響で、海流がうねるのであります。なので落とし物がその海流に乗ってしまうと――」
「――遠くまで運ばれてしまうってことか」
「御明察です! 流石イレギュラーズの方であります!」
なるほどと頷いたリュビア。開拓を初めて2年とされているが、まだまだ手の入っていない箇所は多いだろう。落とし物探しのような些細なことであっても、思わぬ新発見がやってくるわけである。
何はともあれ、ヤシロ(とユウェルとセレナ)の興味の矛先は再び縁へと向かう。上手い具合にやり過ごしたはずが、増えて戻ってきたことに縁はひくりと顔を引きつらせた。
「十夜様!」
「おねがーい!」
「先輩の冒険譚、聞いてみたいわ」
若さって怖い。勢いが強い。
どうしたもんかと視線を泳がせる縁は、あらあらまあまあとニヤついているヴァレーリヤを視界に入れる。大方、若い子に詰め寄られて困っているおっさんの図を楽しんでいると言った所か。ついでにその後ろで傍観に徹しているフレイムタンもいる。まだ引っぺがすには早いのかもしれないが、個人的にはそろそろ引き取って欲しい。
というわけで、今度はあちらへ向けることにした。
「冒険譚ってことなら、他の国の話を聞いちゃどうだ? お誂え向きに、鉄帝の事ならそっちの嬢ちゃんが詳しいだろう」
「え」
「鉄帝にある銀の森に関しちゃフレイムタンだろうな」
「は?」
ぽかんとする2人。ぐるんと顔をそちらへ向ける3人。その後ろでようやく解放されると安堵する縁。
海底遺跡までの道中はなんとも賑やかで、穏やかなものであった。
●
「あそこです!」
やいのやいのと会話が挟まりつつも、一同は海底遺跡の近くまで進んでいた。岩場の陰に隠れたヤシロがイレギュラーズへ大きな人工物を指す。
「へえ、そこまで状態も悪くないんだな」
もしかしたら海種の遠い先祖が使っていたのかもしれない、と縁はさほど劣化していない遺跡を見て考える。もとから海で使う事を考慮していなければ、ここまで残ってはいなかっただろう。とはいえ、経年劣化は如何ともしがたいようだが。
「この中に竜宮幣が?」
「はい! そう呼ばれているもので間違いないであります!」
『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)はヤシロの返答にふむ、と頤へ手を当てた。この遺跡に吸い込まれたのは理由――例えば、過去にここで使われていたとか――があるのだろうか。真実は見えないが、まずはドラグチップの回収に当たらねば。
「まずは周りのモンスターからですね」
「ええ! どっかーんといきますわよ!」
瑠璃が示したのは遺跡の周囲に蠢いている、黒い物体だ。モンスターの一種なのだろうが、黒い泥のようなものがモニャモニャと形を変えている。それなりにいるようだが、此方に気付いた分だけ対処しながら遺跡へ入ってしまうのが良いだろうか。
「それじゃあ行くっすかね」
「れっつごー!」
慧の言葉にユウェルが拳を振り上げ――イレギュラーズたちは岩場の陰から身を躍らせた。多少はこちらに気付いてうぞうぞと接近し始めたが、いたって単純な動きである。敵を引き付け、範囲攻撃で潰し、多少は近づかれもしたが大きな脅威ではない。これ以上の数が押し寄せて来なければ、の前提条件がつくけれども。
「すごい、すごいですイレギュラーズの皆様! ヤシロももっと精進しなければ!」
故に、遺跡へ入って攻撃が止んだならヤシロから賞賛の嵐が起こるのは必然だった。遺跡の中だからとフレイムタンに諫められて大した時間も労力も取られなかったが、無言であっても目が輝いている。顔に『すごいです!!』と書いてあるようだ。どうにかしてくれとフレイムタンを見れば、諦めてくれというように肩を竦められた。
無事に突入できた遺跡は、内側から見てもやはり思っているほどの劣化ではない。比較的安全に進むことが出来るだろう。
「よろしく、お願いしますね……」
「いってらっしゃい」
メイメイとセレナがファミリアーの小魚を放し、一同は固まって行動を開始する。ロビーにあたる箇所だろう、だだっ広い空間には外から運ばれたのだろう海藻や藻の類が散見される。宝物、ドラグチップらしいものは見当たらない。
「もっと奥っすかね?」
「此処にないという事は、そうだろうな」
フレイムタンの言葉に慧は進める道を視線で探し、あそこから行ってみましょうかと右手か続く通路を指さした。
慧が先頭を進み、ヤシロたちイレギュラーズと、不意打ち対策で2人ほどしんがりを守る。通路は広いが、一体どこまで続いているのか。メイメイがファミリアーで小部屋を覗いてみたり、隙間に入ってやしないかと見に行かせる。
「そっちはどうだ?」
「特に何も聞こえない……ですね」
慧にそうかと返した縁はユウェルや瑠璃と手分けして周囲を見てみる。薄暗闇に見える壁は藻が覆っていたりするばかりで、文様が書いてあったりなどはしないようだ。
(外を囲っている割に……平和すぎでは?)
瑠璃は式神なども使って各方位を警戒しているが、どれも引っかかるものがない。探索に注力できるとも言えるが、嵐の前の静けさな気がしてならないのだ。
「宝箱に紛れ込んでいたりもするのかしら?」
「そう、ですね。もし隙間があれば……怪しい、です……」
セレナの呟きにこくりとメイメイは頷く。何が飛び出るかもわからないが、運よく目的のものが手に入ったなら嬉しい。
頑張ろう、と心の中で気合を入れるメイメイは、不意に小さく聞こえた悲鳴でぴゃっと飛び上がった。他のイレギュラーズも勢いよく振り返って見れば、セレナがごめんなさいと申し訳なさそうに声を出す。
「普通の生物がいたとは思わなくて」
彼女の目の前からふいっと移動したのは小さな小さな魚で、どうやら壁にできた割れ目に隠れていたらしい。そこへセレナがファミリアー越しの視界でドラグチップがないか探しに行って鉢合わせたということだろう。
「ああでも、丁度良いわ。ねえ、少し聞かせてくれないかしら?」
セレナはどこかへ行ってしまいそうな魚を呼び止めて、光るものが流れてこなかったかと問いかける。魚はずっとあそこで過ごしていたようで、流れてはきたものの何処まで行ってしまったかはわからないようだった。
「十分よ。ありがとう」
礼に渡せるものはないけれど、心からの感謝を込めて言葉を紡いだセレナに魚は気にした風もなくどこかへ泳いで行ってしまう。リュビアは魚からの情報を聞いて通路の先を見た。
「この通路のどこかに落ちていたらいいんだけれど。ボクも聞き耳と暗視くらいはできるから、見逃さないように探してみるよ」
「ふふ、それじゃあ私は奇襲防止役ですわね! 変なのが出てきたらお任せ下さいまし!」
「周りごと壊してくれるなよ?」
「あら、私がそんなに粗雑な性格に見えて?」
冗談めかしてフレイムタンが言うものだから、同じようにヴァレーリヤも拗ねたように口を尖らせてみる。それからすぐに口端に笑みを乗せて、早く行きましょうと皆を促した。
穏やかな探索も、しかし長くは続かない。
咄嗟に気付いたメイメイに声で飛び退けば、壁の一部ごと破壊して横の小部屋から何かが飛び出してくる。やれやれと言わんばかりに慧はため息をつきながら、自らへ聖躰降臨を付与した。
「ゆっくり探せそうだったのに……探し物の邪魔、しないでもらえます?」
禍を、敵意を、殺意を呼び寄せる。呪いの一端が膨れ上がる。セレナはここぞとばかりに黒いキューブでレーテンシーを包み込んだ。そこから出てきた敵は殻に閉じこもっており、その硬質な盾を見たリュビアは咄嗟にスキルを変える。
不可視の真空派がレーテンシーの殻を傷付けた。ぴっと破片がリュビアの肌を裂くが、怯んではいられない。
「妖精さん、お願い、します……!」
メイメイの呼び出した妖精の牙がレーテンシーへ向けられる――が、ここで敵は防御を解き、牙に傷つけられることも厭わず慧へ向かって猛突進した。
「うわ……っ!?」
突然の事に、しかしどうにか敵を受け止める慧。大暴れの貝を丸焼きにしてやろうとヴァレーリヤがメイスを構えたところで、さらに後方から火が噴いた。
「ちょっと私まだ聖句も唱えていませんわよ!?」
「だろうな。挟み撃ちとは厄介だ」
縁が苦い顔をしながら刀を滑らせる。ヴァレーリヤはメイスをそちらへ向けた。すかさず瑠璃もケイオスタイドで敵たちの運命を黒へ塗りつぶす。
「頭使うのは苦手だけどこれは得意! 任せてー!」
ユウェルが今日に翼を広げて飛びかかる。水中で泳ぐのと空を飛ぶのは似ている。水中は独特な抵抗があるけれど、それさえ慣れてしまえばどうにでもなる。
挟み撃ちの状況ではありつつも、少しずつ敵を減らしていく。瑠璃が流れた血をモンスターへ飛ばせば、それはじわじわと敵の身を苛んだ。
「うねうねしていて、少し怖いです、ね……」
残存のモンスターたちに顔色を悪くしながらも、メイメイはクェーサーアナライズで仲間を回復する。あともう少し。まだドラグチップを見つけていないのだ、ここで撤退するわけにはいかない。
縁の放った黒の斬撃に続き、慧のエンピリアルローサイトがモンスターを討つ。あと少し、だろうか。
「この怪物たち、気持ち悪いわね」
まるで本当に深海からやってきたかのようだ。リュビアの世界では『海の奥底、深き場所は、狂える神が眠る場所』とも言われていたから、もしかするとこの世界も――もしかするのかもしれない。
敵を一掃したイレギュラーズたちは、再びドラグチップの探索に乗り出す。瑠璃はマッピングの続きをしようと、防水袋に入れたタブレットを取り出した。
「あまり人の痕跡もありませんわね……」
ヴァレーリヤは何もないか 小部屋を見て落胆したように肩を落とす。今後につながる何かがあればと思ったが、一筋縄ではいかなさそうだ。
「竜宮幣もだな。だが、光っているなら案外見つけやす――」
「あり、ました……!」
「こちらに来てください!」
縁の言葉を遮って、メイメイと慧の声が響く。ほんの少し先を行っていた2人は、淡く光の差し込む小部屋前の廊下にいた。
「流れが、ここで停滞している、みたいです……」
ほら、と示された先にはゴミの山。弁明のしようもないほどにゴミの山としか言いようがなかった。しかしそこにドラグチップか引っ掛かっているのを見て一同は沸き立つ。
「やったー! あ、そうしたら探検はおしまい? それなら次はモンスターなしで静かに探検したいな!」
「深怪魔を追い払えば、きっと」
メイメイはユウェルに頷いて、それから遺跡の先を見る。彼らを追い払ったなら、魚たちのような今住むものも、穏やかに暮らせるようになることを祈って。
イレギュラーズたちは遺跡を出ると、再びヤシロの扇動で海岸まで戻ったのだった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした、イレギュラーズ。
まだ遺跡に不明点はあるものの、ドラグチップは回収できました。
それでは、またのご縁をお待ちしております。
GMコメント
●成功条件
竜宮弊(ドラグチップ)の回収
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。不測の事態に気をつけてください。
●フィールド
遥か昔に滅んだ古代の遺跡です。石造りの遺跡は海底で暮らすことを前提に設計されているようで、比較的建物の劣化は少ない……ように見えます。
扉などはなく、遺跡内の海水は外と循環しているようです。部屋も通路も全体的に広く取られており、探索にはそれなりの時間と根気、それから注意深い観察力が必要となるでしょう。
ドラグチップがどこにあるのかは不明です。
皆様には水中でも活動可能な装備が貸し出されるため、必要スキルを取得せずとも通常と同じ行動・力を発揮することが可能です。また、水中行動を自前で用意していると有利になります。
●出現が想定されるモンスター
・無形の怪物(ノーフェイス)
黒い泥のような存在です。魚型や海洋哺乳類型など、様々な姿へ変形します。知性は低そうですが、大量にいることが遺跡の外からでもわかります。
・フライングシーホース
タツノオトシゴのような怪物です。主に水中に生息しています。
敵を見つけると火を吐いて攻撃してきます。火は水中でも消えることがなく、【火炎系列】【痺れ系列】のBSが想定されます。
・レーテンシー
巨大なオオムガイ型深怪魔。
殻にこもることで高い防御力を発揮し、カウンター魔法を用いて【棘】効果を自らに付与します。また、その頑強なボディを回転させながら突進するなどの攻撃も可能です。息をひそめ、不意打ちを仕掛けてくることもあるでしょう。
タンクとしての立ち回りを十分にこなせるエネミーですが、特殊抵抗はそこまででもないようです。
●友軍
・水守 ヤシロ
コバンザメのディープシー。幼げな容姿に反して年齢は18歳。超ポジティブな性格。陸ではまるで使い物にならないと言って良いでしょう。しかし水の中では何の支障もなく動くことができます。巨大なリュックの中身は秘密です。
海中遺跡への案内人、および戦闘時の友軍としてリプレイに登場します。また、依頼の邪魔になることはしませんが、それ以外ではコバンザメの如く皆さんにべったりで話を聞いたりしたがるでしょう。
・『焔の因子』フレイムタン(p3n000068)
精霊種の青年。至近~近距離のアタッカーです。皆さんと共に戦います。
いざという時はヤシロを皆さんから引っぺがす、もとい邪魔をしないように首根っこを摑まえる役目を隊長より仰せつかりました。海底遺跡というものにも興味がありますが、どちらかと言えばヤシロの保護者役としてついてくることになりそうです。
●ご挨拶
愁と申します。
元気なコバンザメちゃんと一緒に海中遺跡の探検です。
それではどうぞ、よろしくお願い致します。
●特殊ルール『竜宮の波紋』
この海域では乙姫メーア・ディーネ―による竜宮の加護をうけ、水着姿のPCは戦闘力を向上させることができます。
また防具に何をつけていても、イラストかプレイングで指定されていれば水着姿であると判定するものとします。
●特殊ドロップ『竜宮幣』
当シナリオでは参加者全員にアイテム『竜宮幣』がドロップします。
このアイテムは使用することで『海洋・鉄帝・ラサ・豊穣』のうちいずれかに投票でき、その後も手元にアイテムが残ります。
投票結果が集計された後は当シリーズ内で使える携行品アイテムとの引換券となります。
※期限内に投票されなかった場合でも同じくアイテム引換券となります
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