PandoraPartyProject

シナリオ詳細

悪徳屋の治める地。或いは、金は命より重い…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●悪徳屋
 白い街並み、澄んだ水。
 綺麗に整備された通りに、ゴミの一つも落ちてはいない。
 その街の名は“アスベストス”。
 耐久、耐熱性に優れたある鉱石により発展した、幻想の小さな街である。

 街の周囲や、街中を縦横無尽に水路が走る。
 水路に浮いたイカダには、布に包まれた鉱石が積み上げられていた。
 街の南方にある鉱山で採掘した鉱石を、領主の館へ運んでいるのだ。
 領主の名はユーロ・フラン=ドール。
 仕立ての良い黒いコートを身に纏う、長身痩躯の蛇のような男である。
「あぁ、綺麗な街並みに、金になる鉱山、澄んだ水に、笑顔の溢れる領民たち。私は土地に恵まれた。そして、領民たちも恵まれている。私という領主に統べられるという幸福に、ぜひとも感謝してもらいたいものだなぁ」
 なんて。
 屋敷の3階、執務室から街を見下ろしユーロはくっくと肩を震わす。
「なぁ、キミもそう思うだろう?」
 そう言って、ユーロはポツリと言葉を零す。
 部屋にはユーロの姿しか無いが、どこからともなく、コツン、と壁を叩く音が鳴る。
「……金貸しが出世したものだ。裏町はどうする? 貧民と流民、炭鉱奴隷が溢れかえってそろそろ空き家も無くなるぞ?」
 姿を見せぬ男の声に、ユーロは口角を歪ませる。
 裏町……文字通り、アスベストスの郊外にある決して表からは見えぬ貧民街の名だ。
「空き家が無いなら、人の方を減らせばいいだろ。働きに出られん病人どもを何十人か間引いたところで、誰も文句は言わないだろうからね」
「そのうち刺されるんじゃないか? 恨みも随分買っただろう」
 呆れたような男の声に、ユーリはさも楽し気な笑みを浮かべた。
 それから彼は、ポケットの中から金貨を1枚取り出して、天井へ向けて指で弾いた。
 金貨が天井にぶつかる直前、ぱっとそれは、音もたてずに消えてなくなる。
「その時は命も金で買うさ。知っているか? 金は命より重いんだ。つまり、金の無い連中は命も無いのと同義だよ」
 なんて。
 ユーロは肩を震わせて嗤う。

●貧民たちの哀歌
 アスベスト郊外。
 街道から離れた、鉱山の麓。
 ユーロたちが裏町と呼ぶ寂れた集落の一角に、8人の男女が集まっていた。
「ざっと辺りを歩き回ってきたけれど、いやはやこれは酷いの一言に過ぎるね」
 兎の耳がピクリと揺れた。
 ノワ・リェーヴル (p3p001798)が、肩を竦めて首を振る。
「どこもかしこも病人と怪我人ばかり。飲み水は汚染されているし、食い物と言えば野菜の切れ端や、腐りかけた肉ばかり。ひと欠片のパンを巡って、大の男が幼い子どもを蹴り付ける始末だ」
「まぁ、清き良きスラムって感じだな。これが領主の管理下にある街並みってんだから、控えめに言って終わってらぁな」
 アーマデル・アル・アマル (p3p008599)はため息を零し、極楽院 ことほぎ (p3p002087)は呆れたように紫煙を燻らす。
 裏町の住人たちは、領主であるユーロから金を借りて返せなくなった者たちだ。
 住処を追われ、鉱山夫に身をやつし、それでも完済の目途は経たない。
 鉱山での労働は過酷なのだろう。
 怪我を負い、病に侵され、碌な治療も受けられないまま借金の返済を迫られる。毎日のように人が死に、埋葬するだけの余力が無いので、鉱山の麓に埋められる。
「ユーロとやらは高利貸しという話だったかな?」
「悪徳を付けるのを忘れているぞ……つまり、奴を斬るのが今回の任務か?」
 斉賀・京司 (p3p004491)は日陰に座って、憂いた視線を空へと向けた。
 一方、黒星 一晃 (p3p004679)は腰の刀に手をかけて、今にもユーロの屋敷へ斬り込んでいきそうな気配を滾らせている。
 ユーロの本業は金貸しだ。
 それも、困窮し返済の目途も立たない者たちを狙って金を貸し付ける類の輩だ。
 その利息は10日で1割とも噂されている。
「お金の代わりに身柄を押さえて、奴隷に落としているんだろうね。依頼人はその人たちかな?」
 はて? と小首を傾げながらミリアム・リリーホワイト (p3p009882)は、依頼の背景を思案する。
 ぐるりと視線を巡らせてみれば、揃いも揃って、どこか不気味な気配を纏った者ばかり。
 8人を呼んだイフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)が、狙ってそういう者を選んでいるのだろう。
「厄介っすよね。金貸しは罪じゃないっすからね。利息に関しても、当人同士で話が付いてて、契約書まで交わしているっす」
「つまりーこれでユーロを斬り殺したら、罪に問われるのは私たちの方ってことでごぜーますねー」
 暁 無黒 (p3p009772)が義憤に燃える。
 今にも飛び出していきそうな無黒を押さえて、ピリム・リオト・エーディ (p3p007348)は顎に手を当て、首を傾げた。
「でー? どうすればよろしいんでー?」
 ちら、と。
 背後へ視線を向ける。
 そこにいたのは呼吸を荒げ、すっかり汚れたイフタフだった。
 何者かに追われていたのか。
 コートには血が滲んでいる。
「まぁ、荒事のお仕事っすね。ただ、狙うのはユーロの命じゃなくて、裏町の人たちの契約書っす。借りた金が返せなければ、金銭、土地、自由などのすべてを譲渡するというような旨が書かれているそうっす」
 それさえ無ければ、法の縛りを脱することが出来るのだ。
 逆に言えば、契約書を奪取しなければ、ユーロが死んでも意味がない。
 そう言ってイフタフは、近くの地面に座り込む。
「ユーロが死んでも、別の誰かが後を引き継ぐだけっすからね。っと……ちょっと【猛毒】と【呪い】を喰らったみたいで……一旦、気絶するっすね」
 なんて。
 力なくそう呟いて、イフタフは意識を失った。

 目を覚ましたイフタフは、以下の情報を口にした。
 曰く、奪うべき“契約書”は、普段からユーロが持ち歩いているらしい。
 曰く、ユーロは“クラウン”と言う名の暗殺者を護衛に雇っている。
 曰く、鉱山で採掘される鉱石には、人の臓腑を蝕む毒素が含まれている。
「私を襲ったのは、たぶん“クラウン”という傭兵っすね。1人じゃなかったような気がするっすけど……何人かでチームを組んでいるんっすかね?」
 イフタフの傷は浅かった。
 しかし、どれもが心臓や重要な臓器、血管を狙って付けられた傷ばかりであった。
 イフタフが生きて裏町へ逃げ込めたのは、幾つもの幸運が重なった結果に過ぎないだろう。
「必ず盗み出してほしいのは“契約書”。可能なら“鉱物の研究資料”も欲しいっすね」
「……なるほどね。そういう仕事なら得意分野だ。でも、忍び込むには相応の機会がほしいよね」
 どうかな? とノワが問いかける。
 イフタフは口角を吊り上げて、いかにも意地の悪い笑みを浮かべて見せた。
「だったらちょうどいいっすね。数日後、ユーロは屋敷でパーティを開くらしいっす。集まるのは取引している他所の領主や大商人、それから貴族や街の重役ばかりって話っすよ」
 パーティーとなれば、準備や進行に人の手が必要になるだろう。
 つまり、雇われの給仕や警護に扮して、屋敷に忍び込むのが容易になるということだ。

GMコメント

●ミッション
“契約書”の回収

●ターゲット
・ユーロ・フラン=ドール
悪徳高利貸しを営む痩身の男。
都市“アスベストス”の領主を努めており、街の発展に大いに貢献した。
人格はともかくとして、その経営手腕は本物だ。
今回の獲物である“契約書”は基本的にいつも彼が持ち歩いている。

・クラウン×?
誰もその姿を見たことがないという傭兵。
数人のチームで活動しているらしいことが判明している。
身のこなしが軽く、潜入、調査、暗殺といった業務を多く達成して来た実績を持つ。
【猛毒】と【呪い】を付与する武器を持ち歩いている。

●フィールド
都市“アスベストス”
白い街並みと澄んだ水が特徴の美しい都市。
南にある鉱山とその麓の“裏町”には多くの浮浪者や怪我人、病人がいるが、彼らはユーロから金を借りた結果として、そこでの生活と強制労働を強いられている。
今回の舞台はユーロの屋敷。
街の北側にある3階建ての洋館。
高い塀と広い庭がある。
数日後、ユーロは屋敷でパーティを開く。
集まるのは取引している他所の領主や大商人、それから貴族や街の重役ばかり。
パーティ会場は庭や1階のダンスホールとなる。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●注意事項
 この依頼は『悪属性依頼』です。
 成功した場合、『幻想』における名声がマイナスされます。
 又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。
 また、成功した場合は多少Goldが多く貰えます。

  • 悪徳屋の治める地。或いは、金は命より重い…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年07月29日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ノワ・リェーヴル(p3p001798)
怪盗ラビット・フット
極楽院 ことほぎ(p3p002087)
悪しき魔女
斉賀・京司(p3p004491)
雪花蝶
黒星 一晃(p3p004679)
黒一閃
ピリム・リオト・エーディ(p3p007348)
復讐者
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
暁 無黒(p3p009772)
No.696
ミリアム・リリーホワイト(p3p009882)
白い影

リプレイ

● “アスベストス”の支配者
 白い街並み、澄んだ水。
 綺麗な屋敷に、高価な楽器で奏でられる流行りの楽曲。
 着飾った大勢の大人たちが、大きな屋敷に集まっていた。
 街の名は“アスベストス”。
 鉱物の輸出で財を成した都市である。
 その都市の支配者であるユーロ・フラン=ドールは金貸しだ。借金の方に奴隷へ落とした者たちを、危険な鉱山で強制的に働かせることで、彼は大金を手に入れた。
 当然、そんな行いをして恨みを買わないはずは無い。
「法に則った取引であるのならばそれでいい。だがそれで納得できないという物が今回の依頼主であるならば、成すしかあるまい」
 『黒一閃』黒星 一晃(p3p004679)はそう言って、悠々とユーロの屋敷へ赴いた。

 ゆるり。
 紫煙が燻る、昇る。
 屋敷の裏手、バックヤードの片隅で煙管を吹かす目つきの悪い女給が1人。
「悪人にゃ親近感あるが、こっちも仕事なモンで」
 出席者名簿に視線を落とし、『悪しき魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)は肩を竦めた。
 街の役人や他国の商人、貴族の名前がずらりと並ぶ。中にはことほぎの記憶にある名前もちらほらと……それはつまり、悪名が高い金持ちや権力者ということで……その末尾に一晃や『雪花蝶』斉賀・京司(p3p004491)の名前を見つけ「上手く潜りこんだよなぁ」と呟いた。
「恨まれねーよーに上手くやりてェなァ」
 煙管を逆さにしたことほぎは、手首にそれを打ち付ける。
 灰を地面に落として捨てると、近くで休憩していた『No.696』暁 無黒(p3p009772)を伴って、パーティー会場へと向かう。
「そっすね。すぐにでも悪党を蹴り倒したいのは山々っすけど……今回はクールにっす」
「おぉ、クールに行こう。ところで……なんでアンタ、女給の恰好なんだ?」
 パーティが開始されて、暫くの時間が経過している。
 ちら、と庭へ視線を向ければ、人集りができていた。その真ん中では、京司が声を張り上げて、観客たちの注意を集めているようだ。
「ようこそお集まりいただいた! 俺は旅の奇術師、ラパンノワール。噂に名高いユーロ氏のお祝いをしたくて駆け付けた次第だとも!」
 派手に人の目を集めれば、その分だけ別動隊が動きやすくなるはずだ。
「皆さんは上手くやってるっすかね?」
「やってんじゃねーの? 知らんけど……あぁ、ほら。あんな感じでよ」
 なんて。
 ことほぎの示す庭の隅では『白い影』ミリアム・リリーホワイト(p3p009882)と、貴族らしき男が何やら話し込んでいるようだった。

 暗い倉庫に、囁くような人の声。
「金は命より重い。なんて言うのは金持ちの詭弁だね。でなければ僕らみたいな悪党は存在しない……皆もそう思うだろう?」
「類は友を呼ぶというやつか? しかし、契約書は高利貸しが持ち歩いているそうだが…・…ある程度量がありそうだが鞄にでも入れているのだろうか?」
 先に言葉を発したのは『怪盗ラビット・フット』ノワ・リェーヴル(p3p001798)。それに言葉を返すのは『冬隣』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)である。
 影に紛れて姿は見えぬが、アーマデルは確かにそこにいるらしい。
「それで、
「いつでもどーぞー? 一応、確認なんですがー、ユーロたそを始末したらまずいですが、脚だけなら貰っちまう分には構わねーですよねー」
 刀を担いだ『A級賞金首・地這』ピリム・リオト・エーディ(p3p007348)がそう問うた。
 カサリ、と暗闇の中でピリムの触覚が蠢く音が鳴り響く。
「いいんじゃないかな? さて、それでは手筈通りに……仕事の時間だ」
 ノワの宣言を合図として。
 ピリムが部屋を這い出していく。

●ユーロ・フラン=ドールの災難
「この街は素晴らしい。そう思うだろう?」
 今日だけで、何度か繰り返した問いだ。
 可愛らしい少女の問いに、貴族の女性は頬を僅かに引き攣らせる。
 刹那の間には元の通りに取り繕ろわれた表情の変化だが、ミリアムはそれを見逃さない。
 にぃ、と口角をあげて女との距離を1歩詰めた。
「この街の人かな? それとも、どこかから内偵にでも寄越されたのかな?」
「……そう言う貴女こそ。もしかして、見た目通りの年齢じゃなかったりするのかしら?」
 誤魔化しは無意味と判断したのか、女性は顔に貼り付けていた笑みを消し、視線を屋敷の外へと向ける。
 知ってか知らずか、女が顔を向けた先には炭鉱夫たちの住む区画と鉱山がある。
「……貴女は“どちら側”かしら? 私に近づいたのは、何の理由で?」
 矢継ぎ早に女は問うた。
 一層、笑みを深くしてミリアムは手にしたオレンジジュースで唇を湿らせる。
「ああいや、取って食べる気も告発する気も微塵も無いからね、これをあげよう」
 爪先立ちで伸びあがり、女のドレスの胸元に“シャクナゲ”の造花を挟み込む。
「これは?」
「さぁ? でも不思議だよね? あの人とかあの辺の人とかみんな同じの付けてるんだから、さぁ?」
 なんて。
 それだけ告げたミリアムは、人混みの中へと戻って行った。

 ユーロ・フラン=ドールにとって、今日と言う日は“幸い”だった。
 晴れた青空。
 澄んだ空気。
 パーティーの準備はトラブルも無く順調で、招待客の貴族や商人、役人たちは誰もが笑顔で、ユーロの成功を祝ってくれた。
 今後、ユーロから鉱石資材を買ってくれるという者も多く、さらなる財がもたらされることは確定的だ。前途は揚々、後顧の憂いは何もない。強いて言うなら、鉱山を掘る炭鉱夫たちの数が少し足りない程度か。
「利息を上げれば、破産しそうな奴らもいるな。労働力の確保は問題ないはずだ」
 貧乏人から小金を巻き上げるよりも、金持ち相手に鉱石を売った方が儲けも出るはずだ。
 ユーロにとっての貧乏人は、金儲けのための駒か何かに過ぎないらしい。
 屋敷の1階、ダンスホールの壁に背中を預けたユーロは、ワインのグラスを唇へ。
 酒精を煽るフリをして、壁に後頭部を当てた。
『……旦那。怪しい動きをしている奴が何人かいる。表の芸人や、他国から来た貴族や商人の一部がそうだな』
 壁を伝って頭蓋に響く男の声に、ユーロはくっと喉を鳴らした。
 零れそうになる笑いを堪えているのだ。
 ユーロは自身の行いが、褒められたものではないと知っている。けれど、善性と金とを秤にかけたら、後者の方に大きく傾いたのだから仕方ない。
「見張っていろ。動きがあれば、屋敷の外へ逃がしたうえで……街から出た後に始末しろ」
 声を潜めて指示を出す。
 そんなユーロをノワが観察していることに、終ぞ彼は気づかない。

 特徴らしい特徴のない、中肉中背の女給が1人。
 手にした盆に並ぶワイングラスが7つ。
 中身を微塵も揺らさぬままに、談笑を交わす人の間をすり抜けていく。
 そんな女給の向い側から、背の高い女がやって来た。白い髪に、細い体。着飾った貴族たちの中にただ1人、ひと際、異質な女である。
 にぃ、と不気味に口角を吊り上げたまま、まっすぐそいつはユーロの元へと向かって歩く。距離が近づき、女の赤い瞳を見て……女給は即座に、女へ向かって手にした盆を投げつける。
 仄暗い感情に澱んだ瞳。
 日常的に人を殺めている者特有の、剣呑かつ不吉な眼差しだ。
 宙を舞うワイングラスと盆を回避し、白い女……ピリムが低く姿勢を落とす。床に四肢を付けるような体制で、這いずるように疾走を開始した。
「どこの手の者だ? 外の連中は、何だってこいつを素通りさせた!」
 女給……クラウンの1人は、スカートの内から短刀を抜いてピリムの前へ踊りだす。
 けれど、しかし……。
「っと、アンタぁクラウンだったのか。あーあ、やっぱ交戦は避けらんねーなァ」
 クラウンの背に衝撃が走る。
 口の端から血を吐きながら、クラウンは背後へ視線を向けた。背が高く、目つきの悪い女給の姿がそこにある。手の中で煙管を回転させることほぎが、ピリムへ向かって手を挙げる。
「うし、そのまま頼むぜ! ……っと、それからアンタも、せいぜい引っかき回してくれや」
 なんて。
 嘲るようなことほぎの声が、脳の内で不快に響く。
 プツン、と。
 意識が途切れる感覚がして……クラウンは正気を失った。

 ダンスホールに悲鳴が響く。
 作戦開始を知った無黒が、屋敷の裏手へ疾駆する。
「それじゃぁこっちもショータイムと行くっすかね」
 駆ける無黒の進路を阻む貴族の男性を、慌てた様子で一晃が庭の端へと推した。「危ない!」なんて叫んでいるが、慌てた口調はもちろん演技だ。
「賊が入った! 全てのクラウンに告ぐ! 賊を逃がすな! 猫耳の給仕と白髪に角の生えた女と褐色の男だ!」
 人混みの中を駆け抜けながら無黒が叫ぶ。
 その声は、ユーロのそれに酷似していた。
 声帯模写で、ユーロの声を真似しているのだ。
 当然、その声は屋敷に潜んだクラウンたちの耳にも届いたことだろう。
 例えば、庭に出ていた特徴のない1人の女給。
 例えば、豪華な宝石を纏った痩せた商人。
 例えば、ワイングラスを傾けていた老貴族。
 雇い主の指示を受けたと勘違いして、クラウンたちは動き始める。
 それを見届けた無黒は、頭の上で数回ほど手を振り回した。
 無黒の合図を受けた一晃と京司は、作戦に添って、それぞれ行動を開始する。
「暴漢だ! 急いで外へ逃げるんだ!」
 ノワの声が響き渡って……騒乱にさらなる拍車がかかる。

 騒動の中、“シャクナゲ”の花飾りを付けた者たちが人混みを外れて屋敷の裏へと駆けていく。ミリアムを通じて情報や目的を共有していた者たちだ。
 つまり、ユーロの敵である。
 混乱に乗じて、ユーロの屋敷に隠されている不正の証拠を探し出そうとしているのだろう。
「こっちで合ってるのか?」
「分からないが、ダンスホールと庭は駄目だ。身動きが取れなくなる!」
「今のうちに屋敷に忍び込めないか?」
 屋敷の裏手へ辿り着いた5人の男女は、しかしそこで足と言葉をピタリと止めた。
 裏口扉を守るように、ローブを纏った2人の男が佇んでいたからだ。
「怪しい動きをしているとは思っていたが……騒動を起こしたのはお前らの仲間か?」
「あぁ、答えは不要。とりあえず捕縛させてもらう。話はその後だ」
 そう告げて、2人の男が前に出た。
 足音も無く……体重など感じさせない軽い動作で、一気に5人との距離を詰めた。
 ローブが翻り、その手に握った短刀が覗く。
 毒か何かが塗られているのか、銀の刃がぬらりと光った。
 担当の刃が、先頭の男へと迫る。
 刹那。
 姿勢を低く駆けた黒い人影が、ローブの男の眼前へ……刀を一閃、その手に握った短刀を弾く。
「恨みはないがクラウン共には死んでもらう。稼業ならば納得しているだろう?」
 戦線へ上がった一晃は、油断なく刀を正眼に構えた。
 一晃の注意は2人のクラウンに集中していた。僅かな動きにも、刀の切っ先を揺らすことで即座に対応してみせたのだ。
 その上で一晃の視野は広い。
 万が一、新手が加わったとしても彼はすぐに気が付くだろう。
 加えて、一晃の後方には女給服を纏った無黒が立っている。
「猫耳の給仕……あいつが騒動の元凶か」
 なんて。
 クラウンの1人が、思わず無黒へ意識を向けた。
 その刹那。
「黒一閃、黒星一晃。一筋の光と成りて、無形の影を斬り捨てる!」
 地面を揺らすほどの踏み込みと共に、一晃が前へ飛び出した。

 黒檀素材の階段を、赤い血潮が滴り落ちる。
 2階から3階へ続く踊り場に、3人の男女が倒れていた。
 血だまりの中に佇んで、アーマデルは脇に刺さった短刀を引き抜く。
「……研究資料を補完するなら、来客が立ち入れない場所だろうか。ヒトは大事なものはよく居る場所……書斎や寝室に隠したがるものだが」
 ごぼ、と喉が奇妙な音を立てて激しく蠕動した。
 吐き出した血がドス黒い。
 アーマデルには効かないが、短刀に毒が塗られていたせいだろう。
 脇や首元、手首に負った裂傷が激闘を物語っていた。
「ノワの話では、書斎と寝室は3階だったか」
 なんて。
 そう呟いて、アーマデルは視線を上へ。
 天井をすり抜けるように、女の霊が顔を覗かす。
 こっちへ来い、と霊はアーマデルへ向けて手招きをして。
 溜め息をひとつ。
 口元を濡らす血を拭い、アーマデルは階段を駆け上がっていく。

 ダンスホールの有様を、形容するならまさに“地獄”が相応しかろう。
 事切れた幾人もの男女。
 飛び散った料理に、床を濡らす夥しい量の鮮血。
 ステーキの欠片に紛れて転がっているそれは、女の指ではないだろうか。
「はぁ、ったく……旦那にゃ追加で報酬をもらわなきゃ割に合わねぇ」
 執事らしき衣服を纏ったクラウンが、苛立ち混じりに吐き捨てる。
 両手に構えた短刀は、すっかり血に濡れていた。
「あはー? またお金ですかー? ユーロたそは、随分と金に自信があるみてーですが、知ってますかー? 命は金で買えねーんですよー?」
 そう言って、ピリムが髪を掻きあげる。
 白い髪は、血で真っ赤に濡れていた。バケツ一杯分の血液を頭から被ったような凄惨な有様だ。
「そうでも無いさ。金がありゃ俺らを雇えるのだからな」
「お仲間は結構、斬りましたけどねー? クラウンたそがどうかは知りませんが-、やっぱりお金じゃ命を買えやしないですよー」
 そう言って、ピリムが身体を床へと伏せる。
 その背中には2本の短刀が突き立っていた。
 明らかに重症……否、戦闘不能は確実といった大怪我だが【パンドラ】を消費することで、どうにか意識を繋いでいるのだ。
「……こういう手合いの相手をするのは嫌いなんだ」
 命の価値が安いから。
 吐き捨てて、クラウンが右腕を振る。
 投擲された短刀が、ピリムの背中に突き刺さった。
 ごぼ、と口から血を吐いて……血を吐き散らしながら、ピリムは低く疾駆する。
 クラウンは左手の短刀を逆手に構え……それをピリムの後頭部へと振り下ろす。
 銀の刃が、ピリムの頭部を貫く刹那。
 一閃。
「だって命を握る私が金に興味ねーんですからねー」
 ピリムが斬撃を放つ。
 クラウンの手首が床へと落ちて……次いで、首から血を噴いた。
 
 ぐったりしているピリムの体を、ミリアムが引き摺って行く。
「さて、撤退しようか。そっち持ってくれるかな?」
「あいよ。っと、おい! その脚離せよ、重てぇんだから」
 様子を見に来たことほぎが、ピリムに向かって悪態を吐く。
 引き摺られるピリムの片手は、先ほど斬った男の脚を掴んでいた。
 長身痩躯の白い女を引き摺って、ミリアムとことほぎは隠れ家へと向かって行った。

 壁を殴る音がした。
 次いで、無黒の怒声が響く。
 音がしたのは、屋敷の裏手からだった。
 現在、無黒と一晃がそこで暴れているはずだ。
 屋敷中に散開していたクラウンも、ほとんどがそちらへ向かっただろうか。
「そろそろ逃げて来る頃かな。となれば、後は私の仕事だ」
 厨房の壁に背中を預け、ノワは視線を天井へ向ける。
 予想以上にクラウンの数が多かったが、ここまでは概ね計画通り。
 口元に薄い笑みを貼り付け、ノワは肩を竦めてみせた。

●業突く張りは踊る
 一心不乱に駆け抜けた。
 呼吸と衣服はすっかり乱れ、髪のセットはめちゃくちゃだ。
 靴も片方、気づけばどこかへ行っている。
 屋敷の門の周辺には、今頃、招待客たちが詰め掛けているだろう。
「みんなが逃げ惑うから通常の逃げ道は使えない! 俺が逃げ道を用意したから急いで此方へ!!」
 ユーロを先導する男性がそう叫ぶ。
 奇術師然とした恰好の彼はクラウンだったのだろう。
 ピリムに襲われ、逃げ惑うユーロの手を引いて、クラウンは一路、厨房を目指す。
 食料の搬入口を伝って、街へ脱出すると言っていた。
 彼の先導は正確だ。
 事実、ダンスホールを抜けた後、此処に至るまで一切の賊や招待客に会っていない。
 ただ1つ、心配ごとがあるとすれば……それは戦力の不足だろうか。
「他の“クラウン”はどうした? お前1人で私を守り切れるのか?」
 震える声でユーロは問うた。
「問題ない。見ろ。追手が来ても、あいつが食い止めてくれる」
 クラウンが指差した先には、通用口の戸を開ける兎耳の女の姿。
 女はユーロに笑みを投げかけ、その肩をポンと軽く叩いた。
「さぁ、ここは任せて。急いで逃げれば、命は助かるはずだから」
 
 それから暫く。
 屋敷の裏で、バイクの唸る音が響いた。
 次いで、ユーロの悲鳴のような怒鳴り声。
「京司君は無事に逃げ切れたみたいだね。それじゃあ私も……隠れ家に戻るとしよう」
 なんて。
 そう呟いて、ノワはくっくと肩を揺らした。
 その手の中には、分厚く膨らむ皮のケースが握られている
 義賊“ラビット・フット”の手にかかれば、狂乱している男の手からケースの1つを掠めるぐらい、何の苦労も無いのであった。

成否

成功

MVP

ノワ・リェーヴル(p3p001798)
怪盗ラビット・フット

状態異常

アーマデル・アル・アマル(p3p008599)[重傷]
灰想繰切

あとがき

お疲れ様です。
『契約書』および『鉱山の資料』は回収されました。
依頼は成功となります。

この度はシナリオのリクエスト、ありがとうございます。
縁があれば、別の依頼でお会いしましょう。

PAGETOPPAGEBOTTOM