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シナリオ詳細

陽月after's@夜明けの美少女におはよう

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●あの子はどこへいったの?
 朝焼けの茜色が東の空をそめて、どこか湿っぽい空気があった。
 小鳥の鳴く声がして、エリス(p3p007830)はあの『常夜』が開けたのだと心で知った。

 ここはファルカウの中にある階層都市。驚くほど広大で、驚くほど無限に広い、そんな世界の一角。土地に名があるとしたら『エリス』だろう。
「お帰りっ」
 どんぐりのような可愛らしい形の建物から、木で出来た扉が開き、ひとりの少女が顔を出した。
 エリスの顔を見てか、ぱっと目を明るくする。
 長い金髪を頭の左右でツインにむすんだ彼女の顔を……一体どれだけ見たかったか。
 エリスは微笑み、溢れそうになった感情を抑えてこう言った。
「ただいま、オリビア」

 ファルカウが茨の呪いに包まれ、誰もが眠りに呪いに落ちた事件。冠位魔種カロンを主体として起こした一連の事件は、カロンから権能を分け与えられた魔種や呪物、あるいは大精霊たちによる深緑の決定的な破壊であり、ある種魔界への変換であった。
 深緑に家族を、あるいは友を持つ者たちは立ち上がり、この呪いへと挑んだのだが……。
「それも、終わったのですね。エリスさま」
 領地の執政官を務めていた呪物師のリモス。彼女の姿を見て、なぜだかエリスは目尻に涙がたまった。
 妹のオリビアにすら泣かずに、なぜだろう。
 その様子にリモスは小首をかしげ、そして歩き出す。エリスを横切るあたりで立ち止まり、長い髪に指をかけながら振り返った。
「いっぱいお仕事溜まってますよ」
「それはつらいですね……」
 苦笑するエリスに、リモスは相変わらずぼーっとした顔を向ける。
「けどその前に、会わせたい……いえ、見せたい人がいるのです」
「ひと?」
 『見せたい』とはかわった表現だ。
 エリスが先ほどのリモスのように小首をかしげていると、『こっちです』とリモスは手招きしながら再び歩き出す。

「皆が目を覚ましてから、すぐに妖精たちが使者としてやってきました。
 私達が眠っていたことや、それを助けるためにエリスさまがほねをおったことも聞きました」
 歩きながら。長い杖をつきながらリモスは語る。
 その背は小さく、そしてなぜだか懐かしく感じた。
「そしておそらく、『あの子』も関係があるのだろうと」
「……あの子?」
 ピンとこない指示代名詞にエリスが聞き返すと、リモスは後頭部を向けたまま『すぐにわかりますよ』と言った。

●『美少女』と呼ばれていたもの
 それは今思えば懐かしい、リモスが収まっていた『亜霊樹』のふもとだ。
 背景を説明すると長くなるので割愛すると、リモスが自主的に封印されていた部屋とそれを覆うようにはえた樹木であり、色々あってエリスの領地内へと移送されていた。
 亜霊樹のふもとには何人かの住民と――。
「お、来た来た。あんたが最後だぜ領主様」
 両手をポケットに入れて突っ立っていた『夜明けの歌』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)だ。
 彼と顔を合わせたのは、それこそ『夜の王』と対決する時以来だ。ゆえに、どうしても当時のことを思い出す。
 太古より復活した悪しき大精霊『夜の王』。己の王国を再び作り出すためファルカウの一部を常夜に閉ざした彼と戦うため、何人ものイレギュラーズたちが立ち上がり、不退転の覚悟で援軍にかけつけた妖精たちと共に戦い……そして倒したのだ。
 ふと見ると、ヤツェクの隣には『夜砕き』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)の姿もある。彼女もまた、夜の王と戦って以来だ。
 何故彼らが? という顔をリモスに向けると、咲耶が手をかざした。
「拙者から説明するでござるよ。まずはリモス殿、この気配には気付いているでござるか?」
 咲耶に言われて、エリスはハッとした。
 『亜霊樹』から呪いの気配を感知したのだ。リモスを発見した時のことを彷彿とさせるその状況に、『まさか』と呟く。
「そのまさかでござる。こちらへ」
 翳した手でそのまま手招きをすると、咲耶がエリスを先導して歩き出す。
 その横にはヤツェクがつき、リモスは先ほどの位置から進まずにこちらを見送った。
 戦える者だけを行かせ、執政官が残るというのは……何か物騒な話なのだろうか。
 ややあってたどり着いたのは亜霊樹の部屋。
 かつてリモスが封印されていた部屋であり、当時そこにあったものは一通り持ち出されぽっかりと部屋だけが残されていたはずだが……。

 ――美少女が、そこにいた。

 黒い衣に白い肌。
 髪色は銀と青の中間と言った様子で、閉じられた瞳は眠っているかのよう。
 だがそれがただの少女だと思わせないのは、彼女の足元にびっしりとひろがる半透明のクリスタル体だ。形容するなら、膝のあたりからどろりと溶けて流れ出たものが瞬時に硬化ようであり、彼女の両足を包んでしまっている。これでは歩くことはおろか立っていることすら難しいだろう。
 が、少女はなんてこともないように虚空に腰掛けている。回り込んでみると、無数の石が集まって浮遊し、円盤状の椅子を作っていた。
 そして、改めて顔を……その下の胸元をみると、青い石が収まっていた。
 見て分かるのはこのくらいだ。
 見て分からないところがあるとすれば……。
「この子、呪いの発生源になっています。一体この子は誰なんですか? いつからここに――」
「まあ、まあ」
 咲耶がなだめるように両手をあげる。
「危険なものの可能性はあるでござるが、何分場所が場所。そしてタイミングがタイミングでござる。慎重な対応が必要ではござらぬか」
「ま、そういうこったな」
 ヤツェクが頷き、煙草を取り出そう……としてやめた。周りに配慮したのだろうか。
「この村の連中が目覚めた時にはもうこの状態だったらしい。
 名前はおろか何者かもわからん。ハッキリしてるのはタダモンじゃねえってことだけだ」
 エリスはごくりとつばをのみこみ、少女に手を伸ばし――た、ところで。エリスの指にはまった白い宝石の指輪『ドリーミングアイズ』が淡い光を放った。

●この子を幸せにしてあげてね
 気付けば、エリスたち三人。そしてヤツェクが気を利かせてローレット経由の依頼で集めてくれたイレギュラーズの仲間たちは不思議な空間のなかにいた。
 見上げれば星空。
 足元は水面のようにみえるが、黒く澄んでいる。足踏みしてみれば波紋がはしり、まるでガラスの上にでも立っているかのように硬質な感触と安定感がある。
 そして……。いや。
 先ほど『エリスと仲間達は』と表現したが、厳密にはもうひとり。
 亜霊樹の中にいつのまにかいたという、あの美少女が先ほどと同じような姿勢で皆の中心にいた。
 足元の紫色の物体はとろりととけ、足元へと沈んでいく。
 それをきっかけにしたかのように、美少女は目を開いた。

 夜空から声がする。
 ――その子は、ゲーラスが抑えていた夜の王の残滓。夜の精霊です。
 ――あなたが倒したことで夜の王は一度死にましたが、それは精霊というシステムがリセットされたに他なりません。
 ――その子はかつての王ほどの力は持っていませんし、記憶も経験も引き継いではいません。
 ――ですが誰も彼女をそばにおかず、かつての災いを理由に蔑み虐げたなら、人間への憎しみから新たな夜の王へかわってしまうこともあるでしょう。
 ――その子を、あなたがたに預けます。決して、もう悲しい王様になんてならないように。
 それっきり、声は聞こえなくなった。
 自らの胸に手を当てるエリス。
「そう、ですか……この子が幸せになれるように。私達が導いてあげればいいのですね」
 優しく微笑む。
 そんなエリスの頬を、ピュンと夜色の結晶が抜けていった。
 つぅっと頬に血が流れる。
「あ、あれえ!?」
「おいおいおい、こりゃどういうこった!?」
 思わず身構えるヤツェク。彼らの周りには同じように結晶が浮きあがり、美少女は夜色の目を開いて手をかざした。
「ぁ――」
 すこしかすれた声を出し、指をさす。その方向へ、結晶が飛びヤツェクたちを襲った。
「導く感じの空気じゃなくねえか!? 俺らを殺しにかかってねえか!?」
「なあに」
 そんな中において、咲耶はどこか余裕そうだ。
 ちゃきりと武器を構え、微笑む。
「リセットされた――生まれ変わったということは赤子同然。赤子は泣きわめき暴れるものでざる。まずは大人しくさせてやるのも、オトナの務めでござろう」
「『させかた』が赤ちゃん基準じゃないんですが……大体賛成です!」
 ライアーを手に取り、構えるエリス。
「まずは、『おはよう』を教えてあげましょうね!」

GMコメント

 かつての戦いの後、夜の王はあらたな精霊となって現れました。
 何も知らず何もわからない赤子同然の存在ですが、どうやら防衛本能からこちらに襲いかかってくるようです。
 これをはねのけ、一度『倒す』ことで意識をスッキリさせてあげましょう。

 精霊によりけりなのですが、こういう場合マジな攻撃を加えて倒すことで意識がすっきりしてくれるようです。
 いわば赤子が泣いているようなもの。別に人間憎しで襲いかかっているわけでもない筈なので、スッキリすればこちらの言うことを聞いてくれるようになるでしょう。
 ちょっと派手で物騒ですが、ここはひとつ赤子をあやしてあげましょう。

●美少女(仮)
 名前がないのでこう呼びます。
 彼女は夜色の結晶を放ったり、相手を眠らせようとするような攻撃を得意としています。
 とはいえ夜の王すら倒した皆さんが力をあわせたなら、そう難しい戦いにもならないでしょう。

●余談
 この子の名前を考えてあげてください。
 相談で案を出し合ってエリスさんが決定する、といった流れがお勧めです。

  • 陽月after's@夜明けの美少女におはよう完了
  • GM名黒筆墨汁
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年07月21日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛
サイズ(p3p000319)
妖精■■として
イリス・アトラクトス(p3p000883)
光鱗の姫
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
エリス(p3p007830)
呪い師
ロト(p3p008480)
精霊教師
ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)
人間賛歌
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女

リプレイ

●夜明けの美少女
「わっ――っと!」
 飛来する紫色の結晶体を回避し、『王子様におやすみ』エリス(p3p007830)は一度距離をとる。
 仲間達も同じように距離をとってみると、美少女はそれ以上の攻撃をしかけてはこなかった。
 わざわざ移動してこちらを攻撃しようと考えていない、ということだろうか。あくまで自己防衛が目的であるらしい。
「それにしても、夜の王がリセットされて夜の精霊に、ですか……ずいぶんと可愛らしくなって……。私の領地でこんなことが起こっていたとは予想外でした。
 この子が幸せになれるように、私達が導きましょう。
 まずは、がんばって彼女をあやしますよ!」
「なんだかすっかりママ感が出たでござるな……」
 『夜砕き』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)はやれやれといった様子で苦笑すると、ホルダーから十字手裏剣を数枚取りだし、絡繰手甲を大きなクナイ型へと変形させた。
「やれやれ、自信有りげに言ったのは良いものの素人の拙者に子守が務まることやら」
「誰だって最初は素人よ」
 『光鱗の姫』イリス・アトラクトス(p3p000883)がなんか人生経験豊富な女性みたいなことを言った。自分もそういう経験ないけど、と小さく付け加えつつ。
「いやぁ、けど私も、この展開は予想してなかったわね……。
 言われてみれば、冬の王とか嵐の王もそうらしいと聞くし……イヴさんは微妙に違うんだっけ? ひとまず、アフターサービスってことになるのかしら」
「まあ、そうよね……」
 『木漏れ日の優しさ』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)がぱたぱたとやってきて、後ろで黙っている『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)をちらりとだけ見る。見てから、再び美少女へと視線を戻した。
「そういえば当たり前だけど夜の王って精霊だったのよね。
 アーカーシュでの出来事と似たようなことが起きたと思うと納得も行くのだけど、こうも可愛くなるとは……何なら可愛いままでいてほしいわよね」
 ね? と同意を求めるように『輝奪のヘリオドール』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)へ振り返る。
「え、ええと、この可愛い子が……夜の、王……?」
「王ではなくなってそうだけど」
「え、あ……ああ、そうでした、彼の王……いえ、彼女は精霊ですものね。還って、生まれて……うまれて?」
 困惑しきったらしいマリエッタが『これどういうことなんでうすか?』と正直に聞いてきた。
「この世界の精霊って、言ってみれば人格をもった自然現象みたいなものなの。この子の場合滅び方がかわったケースだったから、人格も記憶も、なんなら力も失ったみたいだけど」
 夜明けない世界はよくないと、オデットも思う。
 けれど夜が来ない世界は、それはそれでオデットだって嫌だった。
「昼と夜があって、お互いが交わるときに朝と夕が生まれる。
 太陽の光から生まれたものとして、この子はきっと必要な存在だと思う」
「それには賛成だ」
 『精霊教師』ロト(p3p008480)が穏やかな表情で頷いて見せた。
 倒したことで殆ど別物のような姿で再発生するというのは、豊穣郷で瑞神がみせた現象でもある。その話を聞いたときにも思ったことなのだろうが……。
「子供が相手なら、向き合うのが教師だからね」
「教師でなくても、大人がガキの面倒みれなくてどうすんだって話だよな」
 『奏で伝う』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)も苦笑し、そして煙草を口にくわえた。ロトが指をパチンとならし、指先に炎を灯す。サンキュといってヤツェクは火を付け、深く煙をすった。
「なんて可愛い姿になりやがってまあ……。
 どっちにしろ父性本能が刺激されちまったからもうどうしようもない。
 終わったら職人に頼むか。一番いい子ども服と玩具とやわらかな寝台持ってこい、とな。
 ついでに新鮮な果物で作ったジュースと搾りたての牛乳で作ったパン粥と、待てよ。
 精霊のガキも飯を食うのか?
 まあいい。とにかくガキンチョが喜ぶもんと育てるのに必要なのを集めんと……。あ、粥つくらねえと」
「ヤツェク、もどってきて。父性に火がつきすぎてる」

●おはよう
 このメンバーが揃った段階で、まずやるべきことは決まっていた。
「相手は一人だし、抑えようと思えば抑えられると思うんだけど」
 イリスは腕まくりをすると、碇のマークが入った盾を持ち上げた。
 前方に翳し、衝撃に備えるようなやや前傾の姿勢で相手の攻撃範囲内へ――踏み込む。
 半歩差し込んだその瞬間に、美少女の周囲に浮かんでいた紫色の結晶体が飛来してきた。
 速度と角度を瞬時に見極め、イリスは盾を斜めに傾ける。ギンッという音とともに結晶体が弾かれ、どこへとも分からぬ虚空へ消えた。
「ダメージは……ゼロ」
 が、ここで油断するイリスではない。以前は完璧すぎるほど完璧な防御をゲーラスに崩されたのだ。ナメてかかって良い筈がない。
「このまま近づくわ。私の動きについてきて!」
 イリスはより防御に優れた姿勢をとると、一気に美少女へと突進をかける。
 相手に選択を迫る効果と、場合によっては相手を引かせる効果。なにより至近距離で戦う火力に優れた仲間を適切な位置により長く維持しておけるという効果が大きい。
 すると美少女はついっと片手を翳し、周囲の結晶体をふるわせる。
「来る――!」
 イリスは直感した。先ほどの攻撃はこちらへの警告、あるいは威嚇でしかないということに。
 この距離まで踏み込んだなら、本気を相手は出すしかない。
 複雑な曲線を描いて飛ぶ無数の結晶がイリスめがけて飛来。盾を回り込んで直撃を与えるつもりなのだろうか。軌道を読めないというのは防御側にとってかなり不利だ。
 だがイリスは覚悟を決めてそのまま突進。
 盾で二発ほどを弾くが、他の結晶体がイリスの脇腹や足に命中。ガリッと削るような感触を覚える。
 だが、それだけだ。到達には成功した。
「咲耶さん、オデットさん!」
 二人に呼びかけると、彼女の後ろについていた咲耶たちはサッと左右にわかれた。
 イリスの更に優れたところは「二人を同時に運べる」という所である。
「幼けれど流石は『夜の精霊』。赤子だからと余り手加減は出来そうに無いでござるな。全力で征く故、少々痛むが許されよ」
 咲耶が念を込めると、周囲にポポンッと音を立てて無数の咲耶が出現。それぞれが全く別の形態をとった絡繰手甲を構え、そして一斉に攻撃をしかけた。
 クナイが、短刀が、手裏剣が、鎖鎌が、棍棒が、なんとも形容の難しい鉄製の武器が、全て一斉に美少女へと食い込み、肉体を破壊していく。
「むっ――」
 手応えは、ある。
 だが咲耶が切り裂いた美少女の腕からはパッと粉のようなものが散り、そして巻き戻し映像のように元の場所へと戻っていく。
 それに人間を斬ったというより、砂のつまった袋を斬ったような感触だった。
 スウ――と咲耶へ顔を向ける美少女。
 戦いの間だというのに、なぜだか咲耶は幼子と視線を合わせて喋っているような気分になってきた。
「娘よ、外が怖いでござろうな。そう、外の世界は確かに怖い。
 生まれたばかりのお主にはこれから見るもの全てが解らぬ事ばかりで時に戸惑う事もあるでござろう。
 だが安心せよ、これからは拙者達が共にお主を支えよう」
 ざくり、と刀を美少女へと差し込む。
 と同時にオデットが至近距離で太陽の力を指先に集中させた。
「サイズ、ちょっとだけ無茶するわよ」
 継続してサイズがオデットの前へ出て、飛来する結晶体を防御。身を挺して庇う。
(もうあの時みたいな無様な晒すのは死んでも勘弁だ。俺が死んだら後悔するほどやばい事が起こるから、死ぬのも勘弁だがな)
 アイススフィアで防御をかなり引き上げているとはいえ、それでも凄まじい衝撃だ。
「サイズ、ありがと!」
 オデットは充填が完了したエネルギーをプリズムカラーに光らせたかと思うと、指鉄砲の構えでそれを発射した。
「ちょっと激しい『おはよう』を教えてあげましょ。もしかしたら見慣れない太陽の光は彼女には痛いかもしれないから」
 衝撃が走り、美少女の身体が軽く吹き飛んだ。
 脚から下が硬質化した結晶に包まれていたせいでそれほど吹き飛ばなかったが、それでも空中をぐるぐると回転する程度にはくらっていたようだ。
 空中に結晶体を再び作り出すが、今度は腰掛けるためではない。大きな突撃槍のような形状に作り上げると、それをオデットめがけて発射した。
 小石がぶつかるだけでも結構な衝撃だったのだ。オデットがこれをうければただではすむまい。
「ッ」
 そこへ割り込んだのはまたもサイズだった。防御を固めにかため、槍を自らの身体で受け止める。あまりの威力にイリスもサイズも派手に吹き飛ばされるが――。
「攻撃の手をやすめないで! 畳みかけるよ!」
 ロトは素早く術式を詠唱。美少女へと一気に距離を詰める。
 虹色の六芒星が浮かび上がり、その中心に立つロトはほとんど山勘で『二択』を選んだ。
「マギ・ペンタグラム!」
 破邪の結界を発動。もう一発とばかりに繰り出された美少女の槍は、ロトの結界に触れた途端ほどけるようにして崩壊。パッと粉になって散っていく。
 だがロトの結界もまた、ガラスの窓に石でもぶつけたように砕けて散った。
「最低でも一分はもたせてみせる。その間に――!」
「わかりました!」
 エリスは『ネージュ・リュヌ・エ・フルール』に手をかけ、優しい歌をうたい始めた。
 子守歌のような、ゆったりとしたリズムのそれはロトに向けて畳みかけられる結晶体による連打から彼の身を守り続けている。
 それでも、回復量とダメージではダメージの方がやや上だ。
「子供をあやすのって、体力がいるんですね! 聞いてた通りです!」
「こういうことじゃないと思うけどなあ!」
「なあに、そういうときは周りに助けを求めるもんさ」
 ヤツェクは『詩人の助言』を歌い始めた。
 薬用煙草のおかげで喉が開いたのか、ヤツェクの歌は大気をふるわせ心へと届く。
 それはロトたちを治癒することは勿論、戦う相手である美少女の心へも、語りかけるものだった。
「生ある所に死あり、ならば死ある所には生があるのが世の理。精霊も似たもんだ。
 過去の殺戮は死によって区切りがついた。アンタが過去と自分を同一視する日が来るかもしれない。後悔する日も来るだろう。
 だが、アンタはアンタだ。自由に、善く生きろ」
 マリエッタがヤツェクに庇われる形で腕を翳し、指先から血をぽたりとたらす。
「ううん、本当に規模の大きい赤ん坊をあやすみたいですね……。
 最後まで付き合いますよ」
 一本の線のように流れた血は途中から二重螺旋となり、それもまた結ばれ強固な棒状をとり、握ってブンッと振ると空に絵筆を走らせたかのように鎌の刃が作られた。飛んでくる小石をくるくると回す鎌で弾き、美少女へと斬りかかる。
「私は、あなたを否定しません。貴方を全て否定するような敵は、ここには居ませんよ」
 マリエッタが温かく微笑むと、そこでやっと美少女がハッとしたように目を見開いた。
 オデットの更なる砲撃が、斬りかかる咲耶のクナイが、そしてマリエッタの鎌がそれぞれ一斉に美少女を切り裂き、花が散るかのように紫色の砂が吹き上がる。
「痛いことをしたら痛いことが待っているんですよ? まずはそこから、学びましょうね」

●夜には眠りがよく似合う
 ぱちり、と美少女が目をあけた。
 その顔を覗き込む人々の顔をそれぞれ見てから、不思議そうに目をぱちくりとさせる。
 もう石を投げつけることはなさそうだ。
「おはようございます」
 ゆっくりと身体を起こす美少女に、オデットがそっとお守りとおむすびを差し出した。
「サイズからだよ。それとこれは私からの林檎。おいしい太陽の恵みよ」
 オデットが振り返ると、サイズはどこかへ離れていくところだった。『沸き立てカルマブラット…縁を斬り、怨嗟の連鎖を斬滅せよ』と呟きながら何かを考えている様子だ。
「ねぇサイズ、帰るわよ」
 オデットは呼びかけ、サイズへかけより手をひいていく。
「アイツも色々あるんだろ。それより……」
 ヤツェクは彼女たちを見送ってから、美少女へと向き直った。
「おれはアンタを応援するぜ。アンタが善く生きるのを邪魔する奴がいたならば、このヒゲのおじさんは、アンタの側に立つからな」
 ポンと自らの胸を叩いてみせるヤツェク。
 咲耶も頷き、優しいまなざしを美少女へと向ける。
「願わくばお主が安心して世界を心から愛せますように、でござる」
「ぁ……」
 美少女は小さく口を開き、そして何かに失敗したようでぱくぱくと口を動かす。
「『ありがとう』ですよ」
 マリエッタがそばに身をかがめ、美少女の頭にそっと手を置いて微笑みかけた。
「大丈夫、誰かを傷つけても……『ごめんなさい』と『ありがとう』できっと許されます」
 そのあと小声で『私と違って』と呟いたが、美少女は口を動かすことに集中しているようだった。
「ぁ、あう……あり、が、お」
「そうだよ。よくできました」
 ロトが笑い、ぱちんと手を叩く。
 そして立ち上がり、きびすを返す。
「僕はそろそろ学園に戻らなくちゃ。仕事がたまっちゃってね」
 あははと苦笑するロト。
 それを見送ってから、イリスは目を細める。
「幸せになれるように、か……」
 それを望む人間は多い。
 ともすれば、全ての人間がそうなりたいと思っているだろう。
 それでも全人類が幸福でないのは、願うだけで人が幸せになれないからだ。
「けれど、そうね。だから……人は祈るのか」
 イリスたちがこの深緑で経験した呪いたちは、祈りと願いが歪んだもの。
 極論すれば、幸せになりますようにという祈りが歪んだものだ。
 『常夜の王子』ゲーラスも、それを作り出した『お姉様』も、あるいはそれを自分達に伝えた誰かも。
 祈りは形を変えつつも現代へと伝わり、再解釈した自分達によって、その祈りはある意味で叶えられた。
 古代の人々の魂は解放され、夜の王も倒され、そしていまこうして優しい存在となっている。いや、していくのだ。
「皆さん、もう大丈夫ですか?」
 ぽやあっとした声がして振り返ると、この土地の執政官を務めているというハーモニア『リモス』が部屋を覗き込んでいた。
「いちおう、そこは私の部屋なので……」
「え、そうだったの?」
「そういうことにはなってますね」
 エリスが曖昧に答えてくれた。というのも、リモスは快適な部屋の中から出たがらないので、このなんにもないがらんどうの部屋にはあまり寄りつかないのだ。故に、祭壇のような使われ方をしている。
「ところで」
 咲耶が立ち上がり、エリスに振り返る。
「この子の名前はどうするのでござるか? いつまでも美少女では……」
「確かに、そうですね」
 エリスはうーんと悩み、周りの仲間達にアイデアを募った。
 いくつかあったなかで選んだのは……。
「そうですね。あなたの名前は『ソメイユ』です!」
「ぁぃう……」
 なんとか単語を繰り返そうとした美少女あらためソメイユに、エリスはよしよしといって頭をなでてやる。
「これからは私の領地で夜の王のようになったりしないようこの子を導くようにしましょう。
 とりあえずはむやみやたらに暴れたりしないように感情や情緒を育んでいくところから始めた方が良さそうですね……」

 夜は明け、そしてまた夜はくる。
 けれどもう大丈夫。
 夜はもう、怖いものじゃないから。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ――おはよう

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