シナリオ詳細
魔女の遺したもの
オープニング
●
――悪い魔女は死んだ。
そこに大きな情状酌量の余地があって、生きて和解するべきだという者がいた。
例え、決して相容れない存在と化したのだと言えど、それでも謝ってもらった方がいいからと。
そういう少女がいた。それでも、魔女は頷かなかった。
自分がしたことは良くない事なんだとしても、後悔はないから。
彼女がしたことでどれほど傷ついたのだとしても、謝罪された程度で癒えるほど、軽いものではないから。
だから、何もいらないと、そう言って魔女は死んだ。
それで、この話は終わり――なのだろうか。
ユニスは、どうしてもそうは思えなくて――だから、ユニスは彼と隣り合って座っていた。
「……ユニス。いいんだね?」
くすんだ黒髪の幻想種が声をかけてきてくれた。
「……うん、大丈夫。私も、必要だと思う」
ユニスは目を閉じて、深呼吸を繰り返す。
「……私は、知らないといけないんだ」
「それはきっと、君の心を酷く傷つけることになる。
自分の母が犯したことと、向き合うことだ」
「ノエル。ノエルは、知ってるの? お母さんがどうして、彼女の研究を奪ったのか」
顔を上げたユニスはノエルへとそう問いかけながらも、声を震わせていた。
だって――知ってるからこそ、このノエルは今、こんなにも悲しそうなのだろうから。
私が傷つくって――そうはっきりと言えるのは、知ってるからこそだ。
「そりゃあ、あの人と5年……いや、もう6年か。6年も一緒にいたからね。
それだけいれば、どういうことかぐらい分かるさ」
ハイライトの薄い瞳を緩やかに細める姿は何かに思いを馳せているのだろう。
「向き合うつもりがないのなら、そのままでいい。
でも、向き合うなら……僕の口からは言っちゃ駄目だろうから。
僕は言わないでおくよ」
「うん……それでいいよ。もう、お母さんやお父さんとは6年ぐらい会ってない。
今回の事で、私がもし――もし、お母さんと絶縁することになっても、きっとそれだけ。
悲しいだろうけど、それはもう、仕方ないこと」
「そうか。そこまでの覚悟を決めたなら、うん。君のしたいようにすればいい」
優しい笑みを浮かべたノエルに、ユニスはあることに気づいて目を瞠った。
「そういえば、ノエルはどうするの? ご両親には……」
「会う予定はないよ。もう6年も経ってる。
あの人たちは、ようやく心に区切りをつけたみたいでね。
2人とも、新しい家族を作ってそれぞれ新しい家族と暮らし始めた最中だった。
だから僕はこの後はどこぞへと消えるよ……やらないといけない仕事もあるしね?」
「やらないといけない仕事?」
「うん……師匠が叛服の百合を植えてそれっきりの場所がいくつかある。掃除してこないと」
ノエルはそれだけいうと立ち上がって、ぽん、と肩に手を置いた。
「せっかくだから、君も来るかい?
あの町の近くにも1つ、叛服の百合はあったと思う。
そこに行くついでなら、僕も君と一緒にご両親に会えるだろうけど」
「……うん、私も行くよ。よろしくね」
「うん、それなら……まずはローレットの人達にお願いしに行こうか」
●
『煉獄篇第四冠怠惰』カロン・アンテノーラ――かの大魔種との戦いは、犠牲を払いつつもイレギュラーズらの勝利に終わった。
けれど、その損害は甚だ大きいと言わざるを得まい。
首都にして霊樹らの代表例たる大樹ファルカウは、生命の秘術(アルス=マグナ)の効力で危機を脱したと云えど傷は深い。
迷宮森林も灰燼と化した箇所を多く抱え込み、霊樹達は衰え、失われた植物は多岐に渡ろう。
妖精女王が『遠くに行った』事で、妖精郷への道が閉ざされていることも懸念点の1つと言える。
「迷惑をおかけしてしまってごめんなさい。
でも――ローレットの皆に、もう1つだけ、破壊しておいてほしい場所があるんだ」
そう言ったのは、くすんだ黒髪の幻想種。名をノエルと言ったか。
薄いハイライトをした灰色の瞳を瞑り、ノエルはそっと頭を下げた後、君達の方へ再び視線を上げる。
「僕の師匠であった魔種、フレイアは君達の仲間達のおかげで眠りについた。
でも、師匠が深緑各地に残した魔術の種は、幾つか残ってるんだ。
今回はその中でも一番面倒くさい大樹の嘆きに埋め込まれた種を壊してほしい。
――流石に、アレを僕が一人で掃除するのは難しいから」
そう言って、ノエルは目を逸らした。
●
それを『巨人』と呼ぶ者がいよう。それを『獣』と呼ぶ者がいよう。
それを『大樹』と呼ぶ者がいよう。それを『星』と呼ぶ者がいよう。
――それらは、すべて正しかった。
7、8mはあろうかという樹皮の身体をした巨人が、四つん這いになって咆哮を上げる。
獣の如き咆哮だが、その前足――はよく見れば手のような形状をしている。
頭頂部はそれが木であることを示すように鬱蒼とした葉が生えていて、木漏れ日はさながら夜空に瞬く星であった。
「……うん、何回見てもやりすぎだよねこれは。
樹で出来たゴリラを作るしても、サイズ感が違いすぎるんだよね」
「倒して問題ないの?」
「うん。あいつのお腹、よく見たらぽっこりしたところがあるでしょ。
あそこがこの空間の核。だからアレを倒さないと出れないって感じだね。
まぁ、今回は対抗魔術があるから退くことも出来るけど……」
「他の人が迷い込んでしまったら、危険なのよ!」
「そう、だから壊しとかないと。それに、あの嘆きはずっとこの空間にいる。
――だから、深緑が封鎖されて、解放された事すら知らない。ささっと沈めてあげよう」
ドラミングを始めたそれを眺めながら、ノエルが酷く遠い眼をした。
- 魔女の遺したもの完了
- GM名春野紅葉
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年07月26日 23時55分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●星に願いを
「うわぁおっきい……けどお片付けはしていかないとメッ、だよっ。
こんなに森も荒らしちゃって……しょうがないからリリー達が代わりにお片付けしようねっ、……このゴリラを」
小型のワイバーン――リョクへと跨り、その後ろからそう告げたのは『自在の名手』リリー・シャルラハ(p3p000955)である。
視線の先でノエルがぺこりと頭を下げた。
「リョク、いくよ!」
リョクへと跨り飛翔したリリーは、魔導銃を構えた。
強かに撃ち抜かれた魔弾はめちゃくちゃな軌道を描いて飛翔する。
けれどそれはゴリラの挙動を読み抜いたが故のもの。鋭く伸びた射線はその双眸を穿つ。
「手伝ってくれてありがとう。申し訳ない……この空間ごと森の景色も書き換わるとは思うけど……」
「そっか、ユニスちゃんのお母さんにお話を聞きにいくんだね、ボクも一緒に行ってもいいかな? 知らなきゃいけないと思うから」
『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)の問いかけに、ユニスは肯定の意を示す。
「はい、寧ろ、私も皆さんに着いてきてほしいぐらいです。覚悟は決めました。でも、全部聞いて一人で抱えられるかまでは分からないのです」
「そうだね、どうしてフレイアさんがあんな風になっちゃったのか……殺さなくちゃいけなくなったのか」
焔は魔女の最後を思い起こして頷き、ゴリラを眺める。
「どう見てもゴリラだけど、うーん、本当に何でこんなの作ったんだろう? ……何かの研究の一環?」
「あの嘆き……炎で出来たオルド種のこと、覚えてる?」
焔が首を傾げれば、それにノエルが返答する。
深緑を救う戦いの中で遭遇した意思疎通のできる大樹の嘆きの上位個体、オルド種との遭遇は幾つかある。
ノエルが言うのは、深緑を救うために戦っていた中でノエルとともに姿を見せた戦闘狂の炎のオルド種のことか。
「その試作段階……って言えばいいのかな、大樹の嘆きに叛復の百合を仕込んだらどうなるのか……それを師匠は考えてたんだと思う。
でも、オルド種ではない大樹の嘆きに仕込んだら暴走した。それがあれだよ。
多分、外から注入された薬物でのドーピングに身体が耐えられない、みたいなことなんだと思う」
そう言われて見やれば、大樹の嘆きの咆哮は怒りから来るもののようにも聞こえ、憐憫を抱かずには入れない。
「……そっか。それなら猶更、これを倒さないとだね」
焔は静かに炎の槍を構え、ゴリラ自身の影になるようにして身を潜めながら走り抜けた。
そのままカグツチ天火を押し出すように刺突する。
放たれたる紅蓮の炎槍。僅かなれど解放された神の炎が戦場を焼き払いながらゴリラの核へと炸裂する。
「な、何て素晴らしいゴリラだ……。
圧倒的なパワーとスピード。それに神秘も使えちゃう。最高では???
なぜ先の戦いでは留守番を……いやごめん何でもない」
森の賢者にも似た姿をするその大樹の嘆きに興奮を隠せない『奈落の虹』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)は我に返ると少しばかり深呼吸をして。
「ゴリラにうつつを抜かしている場合じゃない。ささっと解決しなければ。
それにノエルの言うとおり、平和になったのを知らずにずっとここにいるのは可哀想だ。
……ところでこのゴリラ倒してから持って帰れない? 嘆きだから無理?」
「多分、無理だね……貴方の言う通り、嘆きだから倒したらそのまま霊樹へと還っていくはずだよ」
「……そっかぁ」
ノエルの返答に、ウィリアムは少しばかり落ち込んだ様子で深く言葉を漏らすと、その悲しみを武器に変えるかのように魔力を練り上げた。
ゴリラの腕?らしき部分を足場にするようにして肉薄すれば、杖の先端で思いっきり核部分を殴りつけた。
水の刃が炸裂して無数の斬傷を残したかと思えば、追撃の一打にゴリラが咆哮をあげる。
(世の中知らねェ方が良いこともある。
だが、覚悟が決まってると言うんなら止める理由は俺にはねェな)
ユニスのを聞いて『悪戯幽霊』クウハ(p3p010695)が抱いたのはそういうことだ。
(こいつは何を嘆いてんのやら。土地を荒らされたことかそれとも未来か)
「オマエさんの願いが何かは知らんが、この土地の未来が良いものであるようにってんなら、その心配はいらねェさ。ゆっくり休みな」
静かに告げ、クウハは死霊をけしかける。
ゆらゆらと動きながら飛んで行ったそいつは、ゴリラの周囲へと纏わりつき、身動きを食い止めようと健気に締め上げる。
「何でゴリラなのかしら……」
一方で首を傾げるのは『桜花の決意』キルシェ=キルシュ(p3p009805)だ。
「もしかしてフレイアお姉さんも、ウィリアムお姉さんと一緒でゴリラが大好きだったのかしら?
もしそうなら、ゴリラさんもそっちに送るから仲良く過ごしてね!」
目を閉じて脳裏に魔種の魔女を思い浮かべるキルシェ。
「ノエルお兄さんとユニスお姉さんも無理しないでね?
でも一緒に頑張りましょう!」
「あぁ、もちろんだとも」
「えぇ、キルシェさんも無茶はなさらず……」
2人からの返答をもらったキルシェは、こちらも頷いてから聖杖に魔力を込めた。
キラキラと輝く光は激しく瞬き、ゴリラの周囲へと散るように輝いた。
「獣かと思えば大樹が相手か。成程、威圧感は凄まじいものがある……。
だが、こちらも竜種がうようよしている覇竜の出だ。この程度で怯むと思っては困るな」
『緋夜の魔竜』シャールカーニ・レーカ(p3p010392)は相手に怯むことなく視線を上げてそう告げる。
「ナリばかり大きな図体でどれだけ動けるのかは知らないが、私と遊んで貰おうか」
レーカは愛剣に闘気を籠め、静かに突き出すようにして宣戦を告げる。
威風堂々と告げた戦士の闘志に、連撃を受けるたびにそちらへ目移りしていたゴリラが真っすぐ視線を下ろす。
『ウォォォォ!!!!』
応えるようにゴリラが雄叫びとドラミングを打ち付ける。
「一説にはドラミングには威嚇の意思はないとはいうが――お前のそれはどう考えてもそうだな」
その視線がゴリラとかち合い――星が煌いた。
いや、恐らくは大きく揺れた結果、木漏れ日がそう見えたのだが。
ゴリラの口に集束するは太陽の輝き。極光が熱線となって戦場を劈いた。
「これ程までに美しいものを焼かねばならない事は、心苦しい限りです。
だとしても私とて、嘆きには焉わりが必要な事は知っています……だって、あんなにも木々が傷ついているのですもの」
嘆きの姿を見てそう告げるのは『自然を想う心』エルシア・クレンオータ(p3p008209)である。
じっと息を殺しながら、ゆっくりと動く巨体を見やり、全身の力を魔力に転換する。
それはかつて見た母の其れに近づけるように収斂を遂げた局所砲撃。
「彼の巨人に、炎の眠りを齎しましょう……たとえそれを罪と呼ぶ者がいるのだとしても」
宣告の刹那、放たれた炎が戦場を駆け抜ける。
放たれた炎は鮮烈の衝撃を生み、ゴリラの体にビリビリと電流を走らせた。
「『百合花の魔女』の置き土産……といった所ですか。
そう大したものではないけれど、簡単に処理できるものでもない」
咆哮のようなものを上げる大樹の嘆きを見上げ、『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)はそう感想を述べる。
「……他にも同様に残置されている核があるのなら、今後の影響や悪用の可能性を考えれば全ての処理は急務でしょうね」
「これほどの規模の物は他にはないけどね……申し訳ない」
考える様子をみせるアリシスにノエルが頷く。
申し訳なさそうに目を伏せる彼を見て、アリシスは槍の穂先をゴリラの核へ向けて掲げるような形で構えた。
淡く輝きを放った穂先から放たれたるは七色の光。
螺旋を描いた光は真っすぐに核へと炸裂し、そこを中心にゴリラを縛り上げんと迸る。
「……どうか、静かに眠りなさい」
エルシアの祈りがもたらすは複数の炎。
それらは一つ一つがエルシアの絶技を思わせる弾丸だった。
一帯をより強く照らし付けるような、周囲を揺らめかせるような高密度の炎、それを
「……発射」
言葉少なに告げ――周囲の炎弾が一斉に射出される。
放たれたそれらはいくつもの軌道を描きながら、真っすぐにゴリラの核辺り目掛けて疾走する。
痛撃を受け、樹皮から核らしきものが零れ出た。
雄叫びを上げ、ゴリラが自らの両手で大地をしばき地響きが戦場へ響き渡る。
「まったく、しぶといな」
強烈な地響きを受けながら静かにゴリラを見据えた。
その全身は赤竜を思わせる闘志で包み込まれていた。
堂々と相対したままに、握りしめた愛剣を構えて渾身の力を籠めて振り抜いた。
壮絶なる攻勢防御の一太刀が返すようにゴリラに痛撃を叩き込む。
「……戦ってて思ったけど、ノエルさんとリリーって戦い方とか、生き物と一緒に戦う所とか、なんか似てるねっ。
……なんだか友達になれそう、蛇ともねっ」
属性の違う2種の呪いを籠めた魔弾をぶち込みながら、リリーは戦闘の最中、偶然に近くにいたノエルへと声をかける。
「そうだね、君が良ければ友達になってくれると助かるよ――この子達ともね」
薄っすらと笑ってノエルが蛇の1匹を撫でる。
それ以外の蛇は戦場を走り、ゴリラの核へ牙を突き立てている。
ウィリアムは深呼吸をしながら自信の周囲にある魔力の流れを把握し、循環する魔力に触れる。
調和を施した結果、周囲の仲間の分も調節すれば、再び水刃を籠めた杖の先を、今度は露出済みの核めがけて叩き込む。
明確に痛みから来るものと分かる絶叫が轟いた。
●真実はそこに
戦いを終えたイレギュラーズは、ユニスの両親がいるという集落へと訪れていた。
集落では眠りから目覚めたらしき人々が各々の生活を再開しようと試み始めている。
余所者に警戒するような、同時に同族の存在に気付き警戒を解くような――不思議な光景の中を突っ切って、いよいよ目的の場所へ。
「6年ぶりにお母さんに会うんだよね」
「……そう、ですね。そうなります」
リリーの問いかけに答えたユニスの声は緊張からか少しかたい。
「親子水入らず、ゆっくり話してねっ。……たとえ、楽しい話じゃなくても」
その様子を見ながら、ひと先ずは見守っているから――というようなことを告げれば、少女は小さく頷くばかり。
「ユニスさん、お母様との面会はきっとお辛い事になるのでしょう
私も、目の前に現れた魔種に自分は母だと明かされた時には、何れ程動揺した事か。
でも、あの日、自らの手で母を殺めた私とて、今、母の力を吸収し、思い出にする事が出来ました」
母の事を思い起こし、エルシアは微かな笑みを零す。
「今思えば無理をしていましたし、今も昔ほど幸せなのかは判りませんけれど……
ユニスさんが罪にも恐れず向き合って、必要な時には助けを求めて下さるのなら、
きっとそこまで悪い結果にはならずに済むでしょう……」
ある種の先達としての激励に、ユニスが感謝の言葉を述べた。
「全部何かの間違いで、ユニスちゃんのお母さんは何も悪いことをしていなければ、とも思うけど。
ノエルくんの感じを見てると、きっとそんなことはないんだろうね……」
ぽつりと漏らすのは焔である。
「覚悟はしてきてるみたいだけど、お母さんが悪い事をしてたらやっぱりユニスちゃんはショックを受けるだろうから。
その時は、ちゃんとユニスちゃんを支えてあげてね、ノエルくん? またいなくなったりしたらダメだよ」
視線をノエルに向ければ、彼は頷いて。
「もちろん、いなくなる予定もないし、そもそも他にいくところもないからね」
目を伏せながら言うのは、これからの事が少しは分かっているからだろう。
2人の視線の先で、覚悟を決めたらしいユニスが扉をノックした。
僅かな時間差、女性の声がした。
●きっかけはかくして明かされる。
リビングにまで足を運んだ一同は各々の立ち位置として不自然じゃない距離感でユニスの母と向き合った。
「初めまして、ルシェはキルシェです。
ユニスお姉さんのお母さんとお父さんですね。
お名前教えて貰えますか?」
ユニスの紹介に合わせ、キルシェは礼を尽くしたままにそう問うた。
「グレンダです。夫の方はイネスといいます」
「……フレイアお姉さんの事覚えていますか?」
告げた瞬間、2人の表情が明らかに強張った。
それだけで十分だ。キルシェは深呼吸をしてから言葉を選ぶ。
「一緒に研究をしていたって聞きました。それから、フレイアお姉さんの研究成果を横取りしたって。
それは本当ですか? 本当だとしたら、どうしてそんなことしたんですか?」
1つ1つ聞いていくつもりだった。けれど。言葉はどんどんと零れて行く。
「フレイアお姉さんは、大切なお友達に裏切られて傷ついて、魔種になってしまいました。
ノエルお兄さんはそんなフレイアお姉さんからユニスお姉さんを守るために命がけで頑張ってきました。
ユニスお姉さんもノエルお兄さんの為に頑張ってきました。
貴方達もユニスお姉さんと離れたままです。今のままじゃ誰も幸せになれません」
矢継ぎ早に言葉が漏れて行く。
「どうかお願いです、どうしてフレイアお姉さんの研究成果を奪ったのか。
それを用いて何をしたのか、全部教えてください」
頭を下げる。
赤の他人だけれど――知りたかった。
その結果、何が待っているのかはまだ分からないけれど。
「……そう、ですか、やはり。彼女は魔種に……彼女は、今?」
「亡くなりました。彼女は最期は穏やかに眠りましたよ」
アリシスは静かに告げながらもユニスの母――グレンダの様子をつぶさに見据える。
(……思えば、ユニス様達が初めてフレイアに遭遇した前後から、既に些か不可解な点が幾つもある。
当時のユニス様の記憶が事実なら、ノエル様に関しての応対も意味深に聞こえる。
少なくとも、ノエル様を連れ去ったのがフレイアである事に気付いていたとしか思えない)
「1つずつ、お答えしましょう。一緒に研究をしたこと、彼女の成果を横取りしたこと。
……えぇ、前者はたしかに。後者も、言い方を変えればそうなるでしょう」
「お母さん……どうして、そんなことをしたの」
ユニスが口を挟む。グレンダはユニスの方を見ることはせず、寧ろイレギュラーズの方を見渡した。
「……貴方達はあの魔術……『叛復の百合』が本来、何を目的にして作られたものか知ってますか?。
あの魔術は最初、砂漠の緑化を目的として作られたのです。
いつか、この土地に、沢山の白百合が咲き誇るお花畑を作りましょう? ――なんて、最初の頃によく話したわね」
自嘲と懐古が入り混じった声でそう言って、グレンダは乾いた声で笑った。
「砂漠の緑化? でも、なんでそれが空間を書き換える、なんてことに……」
焔は思わず問うていた。それは友人がテーマにする研究でもある。
「最初は、『起点となる場所から一定の範囲内の砂漠に花を咲かせる』魔術だったの。
でもそうやって咲いた花は定着しない。だから『花を咲かせた場所を守る結界を張る術式』を加えた。
長い年月をかけて、初めてその術式が発動した時は最初は胸が躍ったわ。
これで、砂漠に緑が増えて行ったらどんなにいいかって……」
「けれど、そんな時、私『達』は気づいてしまったの。
これって、共同体を守るのにも使える……外部からの敵を迷い込ませる結界になる。
他にも誰かが言ったわ。これは逆に、敵を攻めるのにも使えるって……輸送や牢獄代わりにできるから」
隠匿性の高さゆえに、使い方を間違えれば凶器にしかならない。
「……私には、共同体を捨てられない理由があった。
共同研究者だった私が赦してもらうには、告発者になる以外、あの時は思いつかなかった。
だから、悪しきざまに言って、彼女を追放した。
そうすれば、この国の外でなら、きっと研究だって続けられる。
でも、ここまでの研究は、持ち出されたら危険だから――それも取り除くしかなくて」
「外に持ち出せない以上、結果的にグレンダさんはフレイアさんの研究を丸々奪ってしまったといってもおかしくない……ってこと?
じゃあ、どうして? どうして、グレンダさん達は深緑を捨てるって選択を取らなかったの?」
当時はまだ深緑は開いてなかったのだとしても、国外に幻想種がいる例は幾つかある。
その選択は取らなかった理由は何なのか。
「もう1つ。ユニス様の話を聞くに、貴女はフレイアがノエル様を攫ったのだと直ぐに気付いたようだったとか」
「……それは、彼の両親が、私達に叛復の百合の危険性を教えたからです。
ついに、来たのだと。だから、私達は全員が離れたのです。ユニスを守るためにも」
アリシスの問いかけに、グレンダは静かに答えた。
「……事情を良く知らねェが、例の魔女ってのは白百合の魔術を使ってたらしいじゃねェか
花言葉は無垢、威厳、純粋。それが黒に転じりゃ恋に愛に呪いに復讐。
全てを奪われたとも言ってたってな?」
クウハは不意にグレンダへと声をかけた。
何となく、悪霊はここから先の事に思い至っていた。
意地の悪い事は自覚してる――だから、少しばかり悪霊らしい突っつき方をしてやろう。
「――ユニスは本当にオマエさん方の娘か?
血の繋がりで言うんなら、本当の母親は、例の魔女じゃないのかい?」
ユニスが顔をあげる。それは同時に、グレンダもイネスもだ。
そんなことはないというのは、分かってる。目の前の女はユニスと顔立ちがあまりにも似てる。
「――違います! その子は、ユニスは私の子です!」
「あぁ、悪ィな、分かってるよ。俺は悪霊だからよォ。こういう意地の悪ィことつい考えちまうのさ。許してくれよ?」
「……いえ、こちらこそ、ごめんなさい」
「んで? 結局のところはどうだったんだ? 事実がどんなものであれ、包み隠さず話してやってくれ。
何もかも受け止める覚悟で、ユニスは此処に来てんだからよ」
「あのっ! ……フレイアって人の追放は、15、6年前の事だったりするのかな……?」
リリーの問いにユニスがグレンダを見た。
対してグレンダからの返答はなく、真一文字に引き締められた口元は戸惑いを隠せてない。
瞳は震え、縋るように我が娘を見ている。
それなら、なぜフレイアが直接的に女性を攻撃しなかったのかも説明がつく。
なぜフレイアがユニスへと執着したのかも、説明がつく。
「ユニスお姉さんを、身ごもっていたから……
身重の姿で国を捨てられなかったから、フレイアお姉さんの方を、切り捨てたんですか?」
キルシェの声は震えていた。
変わらず返答のないグレンダの表情が罪悪感に押しつぶされそうになっているのが見える。
娘と友人を天秤にかけて、娘を選んだ。
ひどく悲しいが、それは納得のできる理由だ。
普通の精神性ならば諦めきれたのかもしれない。
あるいは、諦めてしまったがゆえに、フレイアは反転という選択肢を取ったのかもしれなかった。
それについては、聞く相手がもういない。
――いや、それ以前にフレイアはその理由さえ忘れてしまったのだから、聞いても答えはなかったのだろう。
「……悪いと思うなら今までのこと、謝って下さい。みんな、沢山傷つきました。
フレイアお姉さんの許しは得られないけど、謝罪の気持ちは、きっと届けられるから」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
キルシェが言えば、グレンダは何度も何度もそう呟いて――そのまま窓辺に咲く白百合をながめはじめた。
ただ自分の罪を再認識するかのように、ふわふわと風に揺れるそれを見続けていた。
「お疲れさま、どんな結果であったとしても、見なかったことにせずに向き合ったのはすごいと思うよ」
両親の家から出たユニスへと、ウィリアムはそう問いかける。
真実はあまりにも重い。事実、覚悟を決めていたとはいえユニスの表情は沈痛な物だった。
「あのね、ノエルお兄さん。ノエルお兄さんが良かったら、ルシェの領地来ませんか?
フレイアお姉さんの後片付けでお出掛けが多いかもしれないけど、帰る場所あったほうが良いと思うから」
「……そうだね、無一文の宿無しだし、お邪魔しても良いかな?
君の言う通り、出払ってる時が多くなるだろうけど」
「大丈夫よ。ユニスお姉さんも、良かったらどうかしら?」
「お気遣いは嬉しいですけど、今いる集落でレンジャーのお仕事があるので……」
「……辛くなったらいつでも着ていいのよ?」
「ええ、何かがあったら、お願いしますね」
そういうと、ユニスが表情を緩ませた。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
大変お待たせしましたイレギュラーズ。
EX規格じゃないのすっかり忘れてた春野紅葉です。
MVPはお母さんの心の最後の鍵をこじ開けるきっかけを作った貴方へ。
GMコメント
さて、そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
当シナリオは2部構成となります。
前段はオープニング最終章に登場した8m樹木ゴリラをぶん殴りましょう。
後段は『追いついてきた過去』(https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/6854)より始まった物語のエピローグともいえるお話。
トップ画像の茶髪の少女ユニスのお母さんにお話を聞きに行きましょう。
読まなくともこれだけでも楽しめますが、
下記関連シナリオを読んでおくとより楽しめるかもしれません。
●関連シナリオ
『追いついてきた過去』
(https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/6854)
『<咎の鉄条>薄革の如き現実へ』
(https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/7448)
『<spinning wheel>薄煙満ちて地を塗り潰し』
(https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/7574)
『<13th retaliation>死がこの身を抱こうとも』
(https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/7773)
『<タレイアの心臓>百合花の魔女』
(https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/7867)
『<太陽と月の祝福>彼方に見た潰えし夢に』
(https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/7971)
●オーダー
【1】嘆きの巨人を沈める
【2】ユニスの母と話す。
●フィールド
【1】
木々がなぎ倒されて平野になった空間です。
嘆きの巨人により木っ端みじんにされた木々が転がっています。
【2】両親の家
両親の家です。
●エネミーデータ
・嘆きの巨人
8m級の樹木で出来たゴリラです。
頭頂部に髪代わりに枝葉が存在しており、
伸びた枝からの木漏れ日は宛ら夜空に瞬く星のようです。
おへそ辺りにぽっこりとした膨らみがあり、その中に『空間そのものの核』が埋め込まれています。
樹皮(HP)をある程度削って露出させ、一撃を加えれば破壊できます。
巨体に恥じぬふざけたパワー(物攻)と
筋肉量から繰り出される俊敏性(反応・機動力)は厄介と言うほかありません。
HPと防技も高く、普通に戦えば長期戦となりますが、
今回は『核』さえ破壊できれば消滅するので短期決戦となるでしょう。
半面、その的のデカさゆえに回避は低めでFBがやや高め。
通常技となる殴る、蹴るなどの挙動の他、以下のスキルを使用します
<スキル>
星に願いを:降り注ぐ陽光を集め、それを熱線に変えて放射します。
神超貫 威力特大 【万能】【鬼道】【猛毒】【炎獄】【崩れ】
地響き:自身の手や足などを使って地面を大きく揺さぶり、震動を引き起こします。
物自域 威力中 【体勢不利】【足止】【停滞】
大咆哮:戦場を割らんばかりの咆哮を上げます
物遠域 威力中 【万能】【苦鳴】【足止】【呪縛】
●NPCデータ
・ノエル
蛇使いの魔術師です。
黒髪灰眼の男性幻想種で、ユニスとは幼馴染。
5年ほど前に誘拐されあと、最近になってイレギュラーズに救い出された青年。
神秘デバフアタッカー。
【毒】系列、【出血】系列、【痺れ】、【麻痺】などを用います。
皆さんに比べるとやや見劣りするスペックではあります。
・ユニス
明るめの茶髪をした幻想種の少女。
迷宮森林内部にある小さな集落でレンジャー部隊に所属しています。
弓矢を用いる遠距離サブアタッカー。
【足止】系列、【出血】系列、【凍結】系列などを用います。
皆さんに比べるとやや見劣りするスペックではあります。
・ユニスの母
何やら、ある魔女が魔種に堕ちた原因を作った……疑惑を持つ人物です。
ユニスは本当のところを聞きたくて母の元を訪れようとしています。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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