シナリオ詳細
<Stahl Eroberung>ショコラ・ドングリス・コア
オープニング
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浮遊島アーカーシュ、その遺跡中枢近くを歩く特務大佐パトリック・アネルは、部下やおかしなゴーレムの他に見慣れぬ存在を引き連れていた。
「それで君は何なのだね?」
「当機はイェルナ、最高権限者のサポートを行うため、八十八年前に製造されました。しかし有資格者が中枢管制ルームに現れなかったため、休眠モードに切り替えておりました。当時の有資格者に合わせ最適なサポートを行うことの出来るよう、モデルを制定して機体の形態を設計されておりますので、ご不便をお掛けすることをあらかじめ謝罪致します。それではなんなりとご命令を、サー」
モデルが百年前の初代副隊長であり、隊長の妻であったことを理解出来る者はレリッカ村長だけだが。
「中々に気が利いている、私がこの超兵器を以て鉄帝国皇帝になろうというのだ、励みたまえよ」
「承りました、サー」
「私は次期皇帝となる男だ。グレートプリンスアネルと呼びたまえ。皇太子のようなものだからな」
「承りました、実質皇太子のグレートプリンスアネル。もしかして、お名前側のグレートプリンスパトリックでなくてよろしいのでしょうか?」
「ええい、黙れ!」
「承りました、グレートプリンスアネル、当機の皇子様」
「よろしい!」
彼は遺跡中枢に存在する、島の制御装置へ向かっている。
だが迷宮のようなこの遺跡を進むのは、意外と骨が折れるもの。更には古代獣(エルディアン)なる存在が地上の魔王城から吐き出され続けており、魔王軍四天王などという珍妙な怪物も存在しているらしかった。
もっとも古代獣共はなぜだかパトリックに従う素振りを見せており、利用出来そうなのだが――
これまでのパトリックであれば、そうしたチャンスは逃さなかったはずだが、怒りにまかせて二度ほど蹴散らしてからようやく気付くことが出来た。次は手なづけてみても良いだろう。
彼のプロファイリングはヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)等によって済んでいる。
本来のパトリックは、冷静沈着な男だった。
けれど中々のうぬぼれやであり、多いに自信家であり、かなりの自慢家でもある。
さしたる贅沢は好まず、少々のワインやブランデーと音楽や美術などの文化芸術を嗜んでいた。
一人の妻と一人の子が待つ家には滅多に帰らないが、浮気をしたことはない。仕事熱心なだけだ。
出世欲に忠実な欲望家ではあったが、国益こそを最優先する。任務の効率を優先するためなら、無辜の一般市民を手に掛けることに躊躇いはない。そうしたことを進んでやらないのは事後処理が面倒だからであり、効率を取っているだけのこと。やったことがない訳ではない。だから善人か悪人かで言えば、間違いなく悪人ではあろう。あまり鉄騎種らしくはないが、ただの人間らしい人間であり、軍人らしい軍人であり、諜報員らしい諜報員だったというだけの、つまるところ――優秀な特務大佐だった。
そんなパトリックは、今や昨日までのパトリックではなかった。
原罪の呼び声を放ち滅びのアークを纏う狂気の存在――冠位憤怒バルナバスの声を聞いた魔種である。
●
一行は鉄帝国からの依頼で、この浮遊島アーカーシュに来ていた。
鉄帝国の狙いは、この島の完全制圧であった。島は学会を賑わわせる様々な新発見や、エフィムの狙う食糧問題改善の他、後の軍事利用も視野に多大な期待を背負っている。
残る課題は『遺跡深部ショコラ・ドングリス遺跡』と『魔王城エピトゥシ城』の攻略だ。
鉄帝国は先遣隊を派遣して、多少の調査を行っている。無論、専門家――ローレットのイレギュラーズのような冒険者――ではないため、攻略にこそ成功していないが、多少の情報を持ち帰ることは出来ていた。
このパーティーはショコラ・ドングリス遺跡の中枢に迫るべく結成されたパーティーであったが。
「頼むよ! この通りだ!」
そんな時、一行に駆け寄ってきたのは、村にいるヨシュアとカティという少年少女だった。
彼は目の前で、高額の札束を叩き付けると、まくし立てる。
「お願い、ユルグがさらわれちゃったの!」
「特務大佐って奴等に連れて行かれたのを見たって、村の奴が居るんだ」
少年達の言葉を聞いたヤツェクの視線が鋭くなる。
パトリックは帝国兵達のキックオフに参加していたと聞く。ユルグは居なかったはずだ。
だとすれば――
(遺跡中枢に取り残されている可能性があるということですね)
(ええ、それが懸念されますね)
少年達に聞こえないよう、小声で呟いた小金井・正純(p3p008000)に、カシエ=カシオル=カシミエ(p3p002718)も目配せで返す。
「リーヌシュカちゃんは、居ないのよねえ」
アーリア・スピリッツ(p3p004400)が呟いた。
幾人かのラド・バウ闘士を初めとした一部主力の不在時にこのようなことを起こすとは。
「まさか……」
数人が息を飲む。
「いや、タイミングからしてそりゃ半分アタリで、半分ハズレって所かもな」
ヤツェクが言うには、大佐の反転はごくごく最近であり、今回の攻略作戦自体はその前に計画されていたと思われる。大佐の性格からして、休暇をぶつけたのは恐らく『功績レースで優位に立つ』ためであり、これほどの問題を引き起こすために行ったとは考えにくかった。
「村長さんにも頼まれた仕事ですけど、それ以上の理由が出来てしまいましたね」
カシエの言葉通り、大佐の豹変を疑っていたのはレリッカ村長も同じであり、件のユルグ少年を頼むとの依頼を受けていた。それが危険な遺跡内部に取り残されているとすれば、下手をすれば既に死んでいてもおかしくない。急がなければならないだろう。
「大佐をなんとか出来る方法はねえのかよ」
気にいらなさげに零すキドー(p3p000244)には、トラウマに近い想い出がある。あの海の事、そして砂漠での出来事――パトリックもまた、何かを手に入れるために進んで手を汚す強欲な悪人かもしれないが、どこか憎めないで居るのも事実だった。
けれど――キドー自身も察している通り――望むべくもないだろう。
とにかく急がなければなるまい。一行は遺跡へ入り、奥を目指していく。
そこに居たのは――
- <Stahl Eroberung>ショコラ・ドングリス・コアLv:30以上完了
- GM名pipi
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2022年07月25日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談6日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
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二匹のコウモリを従えたマルク・シリング(p3p001309)がキューブ状の床に乗ると、澄んだ音がした。
それはこのショコラ・ドングリス遺跡深部への立ち入りを許可する認証の合図のはずだ。けれどこの古代の超文明が遺した仕掛けの奏でる音色は、どこか異質な旋律にも聴こえてくる。
それ以外は、全くの静謐だった。
一行は浮遊する巨大な立方体に乗り、広大な空間を移動している。
「余りに静かだ」
「そうですね、これは――」
マルクに相づちを打ち、眼前の冷たく硬質な壁面に指を這わせた『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)は、刻まれた無数の紋様に目を奪われた。それらは全て魔術紋であり、遺跡の制御を司っているに違いなかった。けれどふいに口を突いた言葉はどこか彼女らしく。
「――書庫に似ていますね。いえ、とにかく先を急がないと」
膨大な知識の集積に興味がないゲツクなど存在しないが、今はそれより成すべきことがあった。
「まぁ、まぁ……随分と大変な依頼を引き受けてしまったわ」
一行に課せられた使命は、本来であるならば単純なものだったが――『薔薇の』カシエ=カシオル=カシミエ(p3p002718)は、思わず小さな溜息を零す。
ここアーカーシュと呼ばれる浮遊島は、太古の文明が眠る前人未踏の遺跡であった。鉄帝国は長きに渡る食糧問題の改善など、この島に大きな期待を抱いており、ローレットのイレギュラーズとの共同作戦が進められている。本来ならば、今回の作戦は島の完全制圧であり、最終的な安全確保であった。
成功すればこの島の全土は『人が住める』ものとなる。
しかし作戦の主導権に噛む特務軍人パトリック・アネル大佐が、突如奇怪な行動に出たのだ。
協力者であり貴重な情報源であるレリッカ村長を作戦から遠ざけ、村の少年を拉致し、あまつさえ作戦開始直後に通信設備を切断したという有り様だ。
本来ならば優秀な軍人であるパトリックだが、およそ合理的とは思えない。
「ですが、ええ、ええ。村長さんに頼まれたお仕事ですから」
偶然にも村長と出会ったカシエは、拉致された少年、ユルグの救出を依頼されていた。
同様の依頼はユルグの友人からも出されており、何か異様な状況であることは間違いない。
「この島の子供達があんなに紙幣を持って『依頼』出来るはずなんてない」
呟いた『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)の胸中はざわめいている。
さらわれたユルグ、突如飛び出した大金、そして強硬手段に出た大佐。
訳の分からない状況ではあるが、嫌な予感――女の勘――が何かを訴えかけ続けていた。
「大佐のことはあまり存じ上げないのですが、どういった人物だったのでしょう?」
「たった一枚の絵画に恋した、どうしようもねえロマンチストさ」
ふと尋ねた『燻る微熱』小金井・正純(p3p008000)に、『最期に映した男』キドー(p3p000244)が、不機嫌そうに吐き捨てる。正純が伝え聞く限り、パトリックは功名心が強く、多少強引な性格ではあれど、国益を最優先する人物だったはずだ。
「そう、ただの冒険野郎だったはずさ」
続けた『奏で伝う』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)は、大佐を調査し、関連する情報をイレギュラーズにもたらした人物の一人だった。パトリックは『いけ好かないクソ軍人』だったはずだが、夢を追う冒険野郎には違いなかった。
「権力者同士の功績争いか。鉄帝も幻想とやってることは変わんねーんだな。やれやれだぜ」
不意に移動を辞めた立方体から足を踏み出しながら、『ヤドリギの矢』ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)が首を傾げる。しかしなぜ、子供などさらったのだろう。
「初代探索隊の隊長だった方の、子孫らしいわ」
カシエはレリッカ村長から聞いた、いくつかの情報をミヅハ等に伝えた。
ユルグは偶然にも、遺跡に対する何らかの権限を保有しており、それが故に狙われた可能性が高い。
「つまりこの空中要塞を手中に収めたいってことか」
「どうしてまた、そのような」
眉をひそめた『航空猟兵』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)に『疾風迅狼』日車・迅(p3p007500)もまた、首を捻った。
一体全体、何が何だか分からず。
けれど一つだけ直感出来るのは、とてつもない事態が引き起こされようとしているという事だけだった。
●
「居るよ、けど少年の姿が見えない」
マルクが短く告げる。少年を探すために使い魔を放っていたが、先に見つけたのは大佐ご一行だ。
情報によれば大佐はユルグ少年を伴っていたと聞くが、連れていないのは妙だ。
「特務ってのは、要はスパイだ」
ヤツェクの声音は、どこか苦い。
幻想などと違い、武力に物を言わせる質である鉄帝国は、諜報戦には明るくない。パトリックはそんな鉄帝国には珍しい気質の人物のはずだった。うぬぼれやではあるが、慎重に事を進めるタイプだ。
それが使い魔一匹に背後を取らせるなど、あり得るだろうか。
何かがおかしい。
誰しも胸の奥がざわめいている。
警笛のように、焦燥がこみ上げる。
駆け寄る一行に大佐がとうとう振り向いた。
「なんだね君等は」
言ってピストルの銃口を向けてくる。
「あんたがそうする理由を、聞かせろよ」
「私の邪魔になるからだ!」
発砲音が響く寸前に迅が身を翻し、仲間達が続く。
壁に背を当て身を隠すと、無数の弾丸が散らす火花が見えた。
銃弾の壁を打つ轟音と、微かな振動が止んだ瞬間、正純達一行は駆け出す。
「色々と、聞きたいことがありますからね」
「あら、大佐と……鉄帝の軍人さんにしては物騒な身なりのお方!」
ステップを刻み、術式を紡いだアーリアが片目を閉じた。
温かな光の糸が戦場にゆらめき――燈想糸繰が敵陣を縛り付ける。
――が。
「野心に燃える男は嫌いじゃないのだけど、貴方は『誰』の声を聴いたの?」
答えた銃声には強烈な怒りを感じる。アーリアが尋ねた通り、敵の状況は異常だった。
パトリックに従っている特務派の帝国軍人達は、どこか虚ろな目をしている。
そしてアーカーシュ全土に生息する古代獣(エルディアン)とおぼしき怪物を引き連れている。古代獣は破壊衝動に身を任せる純然たる魔物であり、人類とは相容れない存在だ。そしてこの遺跡にまま見られる、機能不全に陥り怒り狂っている精霊をも引き連れていた。単純に『操っている』と言い換えてもいい。それは精霊使いがやるような友好的な使役ではなく、狂気によってであろう。
なによりおかしいのは、突如姿を虚空に『滲ませ』、攻撃を回避したパトリックだった。
人間離れした技を行使するのは、イレギュラーズとて同様である。しかしその刹那、放たれた闘気の質に、大いなる問題があった。それは――
「――滅びのアーク」
マルクが下唇を噛んだ。それは人類が不倶戴天とする敵、世界を滅びに導く『デモニア』という存在が放つ気配。誰もが直感した。パトリック・アネルは反転している。
即ち打ち倒し、滅ぼさなければならない存在であるということ。
「なあ、アンタ。一体全体どうしちまったんだ。おれの知る限り、アンタはそうじゃあないはずだ」
「何がおかしいというのかね。私は帝国軍人であれば抱く野望を歩もうとしている、それだけだ」
ヤツェクに答えたパトリックの表情は、憤怒に歪んでいる。
彼がいけすかない性格であることは重々に承知していた。強引で、うぬぼれやで、野心家で、他人のことなどお構いなしに事を進める身勝手な人物であることは確かだった。だから冒険者に出し抜かれて悔しがる姿が見たくなかったといえば嘘になる。
「ただなあ」
ヤツェクは「殺したい」だなどとは、断じて言っていない。
「パトリック、アンタ、いつもの鼻につく冷静さはどうした?」
「何を言っているのかね。君達イレギュラーズは蒙昧凡庸な帝国軍人共と違ってもう少し賢いと思っていたのだがね、やはり理解されないとは」
「違うだろう。アンタはイローの絵に憧れてアーカーシュを目指したんだろうが……まさかその絵には、権力がどうの、とは書いてないだろう」
「……」
「それとも、絵と子供心の憧れなんぞ、もう、いらないものか?」
「私はこの国の皇帝となる男だ! 最早絵画を眺める小僧とは違うのだよ!」
突如の激昂は、およそパトリックらしくないものだった。
「……狂っちまったんだな、アンタは」
「やれ、堕ちるとこまで堕ちたか……」
アルヴァが確定的事実を述べた。
「この空中要塞を手中に収めたとして、何をするつもりだい?」
「逆に問うがね、帝国が幻想に手を患わせているのはなぜか。弱いからに他ならない!」
「別に警告するわけじゃないけどな、過ぎた力は必ず身を亡ぼすぜ?」
「だから私が使う! 皇帝となってな!」
「大佐は向こう側へ行ってしまったのね」
ぽつりと零したアーリアの声音はどこか乾いていた。
「気に食わねェ」
軍人達が放つ銃弾を縫うように駆け抜けながら、キドーの脳裏に甦るのは、いくつかの追憶だった。
「どいつもこいつも反転してまで掴みたいものがあるってのかよ」
思い出すのは南洋に散った仲間の姿。それから砂漠に消えた男の姿。いずれも己が欲望に向き合い、そして負けてしまった。人好きのしないパトリックであるが、実のところキドーは彼を気に入っていた。パトリックもまたそうして欲望に向き合っている男であったからだ。
肝心な所を歪められたであろうところが、なんとも胸くそ悪い。
「俺は言ったぜ。アンタを気に入ったからイイ関係で居たいって、仕事を回してくれって」
特務は多くの軍人と違いイレギュラーズと距離をとっていたが、単に功績レースに勝つためであり、帝国の国益という大局においてならば利害は一致していた。彼等の目的は、一連のアーカーシュ調査探索制圧任務において派閥同士で競い合い、最後に出し抜いて首功を戴くだけのものだった。
そうであれば――利に聡い強欲者であるならば――キドーのようなイレギュラーズとて、協調出来る部分もある。パトリックは(キドーと同じく)悪人だったのかもしれないが、不倶戴天ではなかった。
だから。
「……必要なら頼ってくれ、って言えば良かった」
全ては、あまりに遅く、けれど。
「よし、決めた。水を差した元凶の魔種は全力でぶち殺す!」
帽子を目深に傾けたヤツェクが、ギターから緋色のレーザーカタナを抜き放つ。
そのためにもこの場をとっとと切り抜け、少年の命を助けるのだと。
●
「偵察は続けるよ、この状況はあまりに危険すぎるからね」
マルクは使い魔をさらに先行させた。敵がデモニアともなれば、何があってもおかしくはない。
「全力でお相手をさせて頂きますから、覚悟なさってね」
マルクに頷いたカシエが先陣を切った。
なし崩しの交戦開始だが――
「さてどう攻めるかな」
ミヅハが首を捻る。最優先はパトリックと言いたいところだ。なにせ相手はデモニアである。全員が狙ってどうにかといった所だろう。だが敵の数が多く、確実に手が足りないのは明白だった。
おそらく――これは勘だが味方が使い物にならなくなれば逃走を図るはずだ。新しい古代獣でも探そうとするだろう。あの秘書のような存在(イェルナ)を引き連れて。
悠長にこちらの疲弊を狙うほど冷静ではなさそうだ。
「だったら俺が狙うのは」
ミヅハがアルヴァと目配せを交し、四天王セァハを睨んだ。
状況は複雑だがやることは単純だ。戦い、倒し、救う。ただそれだけ。
「ええ、シンプルね。この場を切り抜け、少年を助けましょ」
アーリアに頷いたカシエは深窓の令嬢めいた嫋やかな肢体から、信じられない程の脚力で地を蹴り舞う。
銃弾を蹴りは弾いた彼女は、戦場全域の中心に降り立ち、小首を傾げた。
銃弾が、古代獣の魔術が、精霊達が彼女を一斉に狙う。
「お相手します」
敵陣を引き付けてくれたカシエに続き、ドラマが大佐を眼前に捉える。
「その野望は打ち砕かせて頂きます」
デモニアとなった以上パトリックの能力は知れないが、だからといって怯むドラマではない。
攻勢術式を纏ったドラマの小蒼剣が鮮やかな軌跡を描き、パトリックの腕が阻む。
「そんなもので、この私をどうしようと言うのかね――魔術師か!?」
非力とも思える一撃に――だが刀身から流れ込む魔力流に力を奪われたパトリックは苦悶を滲ませた。何をしてくるのか分からないのならば、基を絶つのみだ。
それに『何をするのか分からない』のは、互いに同じこと。パトリックにとってのイレギュラーズは戦功を争う相手である以上、経歴や人物像のプロファイリング程度は済ませているだろう。しかし交戦は想定していないはずであり、具体的な戦闘能力までは知る由もない。戦いようはいくらでもある。
それより依頼主(帝国)側の人員が魔種に反転してしまったことのほうが問題だ。こうなってしまえば協力もへったくれもない。手を取り合いことさえ不可能な訳だ。
盾役を買って出たカシエとドラマに、仲間達が続く。
「四天王セァハとかいったな。俺と一緒に遊ぼうぜ?」
「――呵々。運命は私に、かくも鮮やかな魂共が散りゆく色彩を看取る愉悦を与えたもうたか。これは愉快千万。さて、あなたが天へ昇り逝く色彩は何か。生の輝きを晒したまえ」
宙空で両腕を広げて術式を紡ぎ始めるセァハなる怪物に、アルヴァは宝珠を掲げて舞い上がる。
飛翔、肉薄――宝珠が輝き貫き穿つ疾風の槍――ゲイ・タラニスが権限した。
放たれた風の刃がセァハの胸を穿ち、血液ならぬ瘴気が霧のように吹き出す。
「このまま撃ち落とす!」
大弓に矢をつがえたミヅハが放つ弦音が、轟音と共にセァハの身を穿ち、貫通した。
「呵々、人の身や愉快」
矢が速度を緩めず遺跡の奥へ消えていくほどの威力に、しかしセァハは健在だ。
「だったら何度でもってやつだ」
「魔王の四天王を名乗るお前がどうしてパトリックに付く? お前らがパトリックに付くことで、どんな利害関係があるんだ?」
アルヴァが問うた。
「私は魔王に従う身、なれば魔王たる存在に忠義を示すが道理」
「何を言ってやがる」
パトリックは魔王ではない。いや――アルヴァは推測する。
最高権限者に従うよう組み込まれているのだとしたら、つじつまが合う。
古代の魔王だの四天王だとといっても、所詮は模造品だ。ミヅハやアルヴァの一撃を正面からまともに喰らっても平然としているその力自体は確かではあっても、古代獣同様に作られた存在であるには違いない。
「……なるほどな」
そう考えると、ある種の哀れな生き物と言えなくもないが、人に仇為す以上は討伐するのみだ。
「これでももらっとけ」
ヤツェクが振るう灼熱の刃に乗せ、光輪がアルヴァを包み込む。
「支援するよ、背中は任せて」
「ああ、助かる」
マルクが放つ刹那の幻影、紡がれた福音が傷ついたアルヴァに力を与える。
身体中に漲る温かな光を受け、アルヴァが再び風を呼び、ミヅハもまた射線を確保した。
「軍人さん達はまだ連れ戻せるはず」
アーリアの言葉通り、パトリックに従う特務派の軍人達は、原罪の呼び声の影響下にありながらも、まだ反転はしていない。そもそも広義の『仲間』であるイレギュラーズを攻撃するという命令そのものが異常極まりなく、強い疑念が彼等を人の身に踏みとどまらせていた。
「だろうよ……あんなになっちまってんだからな」
熱砂の嵐を放ったキドーの声音は不機嫌に過ぎ――
「ええ、そうですね。離反させることが出来れば戦況は変わります」
弓を引く正純がパトリックの次にセァハへと狙いを定め――弦音が響く。
狙った獲物は逃がさない。死神の一矢が怪物の胸部、その中心を貫通した。
特務派軍人達を呼び戻せたならば、彼等を伝令として大佐が反転したという情報を広めることが出来る。
「なあアンタ、エッボて言ったろ。ノイスハウゼンで二度ばかり飲んだよな」
ヤツェクが問いかける。
「あ、ぐ」
エッボと呼ばれた軍人が、苦悶の表情を浮かべた。
「どうしちまったんだ、そんな面さらしやがって、え?」
怒りが揺らめく瞳が微かに緩みかけ、だが再び憤怒の形相に彩られる。
「前を見なさい。貴方達が仕えてきた相手の目は、ああだった?」
アーリアは怪物を解析古代術式の檻に閉じ込めながら、軍人の真正面に立った。怒りを滲ませ暗く澱んだ瞳を真っ直ぐに見つめ、優しく問いかける。
「う、ううあ!」
銃口が火を吹き、肩から走る熱に引きつりそうになる唇をいなしつけ、それでも手を伸ばす。
「明らかに常軌を逸した精神もそうだけど、着目すべきは『人間を超えた強さ』だ。君達が知るパトリックは、あのような強力な能力の持ち主だったかい?」
仲間達を癒やし続けているマルクが問いかけた。
兵士達がアーリアとマルクを交互に眺め、頭を抑えてうずくまる。
「彼は魔種と呼ばれる存在に反転してしまった。もし君達が心ある軍人なら、急いでこの事を遺跡の外にいる皆に伝えてほしいんだ」
――ここは、僕らが引き受ける。
イレギュラーズはただ一心に、誠意を伝えて見せた。
●
「……私は、一体」
首を振った軍人達が呻き、膝から崩れ落ちた。
「何をやっている! イレギュラーズを排除しろと伝えたはずだ!」
「し、しかし大佐、それはあまりに」
異常すぎる――イレギュラーズの言葉を聞いた軍人達の目に生気が戻っていた。
「たのむ、状況を周囲の戦場へと伝えてほしい。パトリック・アネル大佐はデモニアになったんだ」
マルクの言葉に軍人は目を見開き、硬直し、一秒ほどの間をあけて敬礼を返す。
「戻ってくれて良かったぜ、エッボ。アンタは呼び声ってやつを撥ね除けた。立派なもんだ」
「あんたはヤツェク……そうか、俺は……」
「とにかく急いでくれ、ここはおれ達がなんとかするからよ。頼むぜ」
「あ、ああ。分かった。直ちに!」
「お願いね」
「ここは私達に任せて」
「さああせるかあああ!」
アーリアとカシエが彼等を背に守るように立ち、パトリックが突進してくるが――
「背後がお留守のようですが」
ドラマの斬撃が閃き、パトリックが転倒する。
彼はすぐさま起きたが、「であれば……」と、太ももを射抜いたのは正純の矢だった。
大佐は銃口を向けようとするが、間に合わない。
生じた隙に、軍人達は巨大な立方体の影に消えていく。
「おおおおのれイレギュラーーーーズ!!」
ピストルの乱射から放たれた銃弾を剣で弾き、ドラマが迫る。
銃弾を真っ二つに斬り裂いた軌跡がそのままパトリックの首筋を掠め――強烈な衝撃。
腹を強かに蹴りつけられたドラマが転がり、壁に背を打ちつけられた。
超硬セラミックのような壁に亀裂が走る。
だがドラマは即座に跳ね起き、再び剣を構えて駆ける。
「そんな、ものですか?」
ドラマを憤怒の視線で射抜かんとでもするように、パトリックが向き直った。
だがその背を拳で打ったのは迅だった。もんどりうったパトリックをドラマが斬り付け、迅が拳の乱打――密なる雨の如き――を叩き込む。
まるで人を、人だったものを、こんなにしてしまった存在さえも打つように。
「……悲しいことですね」
その手応えは、やはり人にあらず。だが決して緩めない。
大佐は――迅はこの地への縁にあまり恵まれてはいなかったが――伝え聞く限り、望んで反転するような人物ではなかったのだろう。今のパトリックは憤怒の魔種らしいが、アンガーコントロールに優れた人物であるとの話もある。なんらかの強烈な意思に、おそらく些細な苛立ちなどにつけ込まれたのではないかと思う。
だが嘆いてばかりもいられない。元凶は必ず後で殴り飛ばすとして、さっさと片付けるのみだ。
そうして。
「心細い思いをしているであろうユルグ殿を迎えにいきましょう!」
戦況は堅調に推移していた。
ネピリムという怪物が見せるのは時にラフィングピリオド、時に黒顎魔王、時にケイオスタイド。イレギュラーズの歪なコピースキルには苦しめられ、セァハの技もまた実に面倒なものだったが。
「俺も”空中戦闘”には少し自信があるんだ。こいよ」
「それが輝き、そうです、それを私に、さあ!」
巨大立方体の合間を縫うように戦うアルヴァはセァハをほとんど釘付けにしており、孤立させていた。
そこにミヅハもまた強烈な一撃を放ち続けている状況だ。
「いい加減、落ちろよな!」
「そう、やらせはしないよ」
敵陣に混沌の波動を叩き付けたマルクは敵の行動を制限しており、アーリアもまた敵陣を邪魔し縛り付けている。ヤツェクも一行を堅実に下支えしていた。強敵となるパトリックやセァハなどはドラマ、アルヴァに抑えられており、カシエは数が多い敵を相手取っている。そのためイレギュラーズ達は傷こそ受けているものの、敵方はこちらに未だ浸透出来ておらず、更に一行はミヅハや正純、キドー等を中心に激しい猛攻を受け続け、徐々に数を減らしている状況だ。魔種であるパトリックの力こそ強大ではあるが、一度傾き始めた力の天秤を揺り戻すには能わない。デモニアとしての能力自体は徐々に分かってきたが、所詮は『なりたて』のデモニア。力を振るい慣れて居ないのだろう。
「――立ち続けるのが、私の役目ですから」
怪物を蹴りつけ、カシエが微笑む。一方で迅に率いられるイレギュラーズは統率がとれており、数名が可能性の箱をこじ開けはしたが、いまだ全員が健在であった。
澄んだ弦音が響き渡り、翼を持つ粘土のような怪物――ネピリムの一体に突き立つ。一矢、また一矢。正純の天星弓・星火燎原から放たれる連射は正確無比であり、次々に怪物達を屠っていた。
「みっともねェなあ!」
遂に精霊の群れ全てを蹴散らしたキドーが吠える。
「目的より感情を優先させ、手順も何もめちゃくちゃ。その手腕でやることとは思えねェな」
「何が言いたいのかね」
「それともここがアンタの底か?」
「教養だの何だのと気取っちゃいたが、結局そこらの凡夫の鉄騎種と変わりないってコトかい」
「だから何だと言うのだ! 凡百がこのグレートプリンスアネルに意見するのか!」
「違うなら聞かせろよ。今鉄帝国は豊かになりつつある。でも――」
駆けるキドーが邪妖精を解き放つ。
「それよりもっとイイ方へ導けるつもりなんだろ? グレートプリンスさんよ!」
「理解されない、私は!」
「鉄帝国の流儀、と云うのは余り理解が及びませんが……その国を統べる皇帝の地位を決める判断基準は確か、個人の武力――。現皇帝ヴェルス・ヴェルグ・ヴェンゲルズはこれまで、100を超える挑戦者を殺すコトなくその腕で退けたと聞きます。……その程度の実力で、他を従えられるとでも?」
ドラマの煽りにパトリックの表情が引きつった。
戦況は既に詰みつつある。無論、パトリック側にとって。
「その気高き輝きは、呵々、しかして――」
「気付いてるんだろ。アンタにはもう後なんてない」
セァハを前に、アルヴァが口角を上げる。
「終わらせましょう」
「ああ、もういい加減に見飽きたってもんだ、セァハ! 落ちろォ!」
矢をつがえる正純とミヅハに頷き、アルヴァが風を解き放つ。
そして針山のようになったセァハは、そのまま遺跡の底へ落ちていった。
「後がないってのは、アンタもだな。大佐」
ヤツェクの言葉通り、ドラマに力を削がれ続けた大佐はもう長くは戦えまい。
●
「この役立たず共が! 鉄帝国の恥さらしが! おいイェルナ! 邪魔者を排除しろ!」
パトリックがイェルナを指差し喚きちらす。
「排除、ですか」
「そうだ命令が聞こえなかったのか!」
「当機はそのように設計されておりません」
「いいから排除しろと言っているんだ!」
「かしこまりました。みなさま排除されてくださいますよう」
イェルナがおずおずといった様子で一行の前に立ち塞がろうとする。
「恥さらしもなにも、そうなっちゃおしまいなんだ。逃がすかよ!」
キドーが吐き捨て、駆ける。
憤怒の形相を浮かべたパトリックを一行は追うが――
「居たよ、少年。大丈夫、生きてる」
けれどマルクの表情は苦虫をかみつぶしたようだった。
救出を急がなければ少年の命が危うい。だが二手に分かれて魔種を相手取るのはあまりに危険だ。そんな状況で新たな古代獣が現れでもすれば、命の危機さえある。結局一行は、立方体を飛び降りながら遺跡のさらに深部へと向かうパトリックを見送らざるを得なかった。
苦渋の決断であるが――
「いずれ必ず活路を開きましょう……今は、少年の元へ案内を」
深部を冷たく睨むドラマがマルクに促し、一行は少年が倒れている場所へと向かった。
「もう大丈夫よ」
「こわかったね」
カシエとアーリアがダクトテープを外してやると、べそをかいた少年は涙をこぼしはじめる。
それにしても困ったというか、なんというか。
付いてきてしまったのがイェルナである。
彼女の説明によると、イェルナはアーカーシュの最高権限者に従うために設計された存在であるようで、その最高権限者というのは今のところパトリックであるということだ。
「つまりその最高権限者が敵になっているという状況ですか」
迅の声音は冷えていた。おそるべき状況である。とにかく一報を持ち帰らねばならない。
帰路、揃い始めた情報によれば、制圧作戦自体は成功であるらしい。
特務派軍人はやはり他の戦場でもイレギュラーズに銃口を向けてきたようだが、この戦場が情報の起点となり、無事に和解することが出来たとのことだ。これでアーカーシュからはおおよその脅威が排除出来たことになる。古代獣が完全に一掃出来たという訳ではないが、そこは地上と同じ。この世界では魔物の存在は当たり前であり、出現の都度討伐すれば良いだろう。なにより大いのは古代獣の生産プラントが停止したことにより、新たな古代獣が発生しなくなったということだろう。
エピトゥシ城は制圧され、新たな拠点として活用出来る可能性もある。
ともあれイレギュラーズは帝国軍と一丸となり、次なる作戦に備えねばならない。
つまりは魔種――パトリック・アネルの討伐作戦である。
遺跡深部を後にしたアーリアは、アーカーシュから眼下の地上へ視線を送る。
ともかく全体の責任者である歯車卿に報告せねばならないことが山ほどある。
あの綺麗な顔から、どんな言葉が出ることやら!
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
依頼お疲れ様でした。
MVPはもっとも危険な役割を成し遂げた方へ。
それではまた、皆さんとのご縁を願って。pipiでした。
GMコメント
pipiです。
地下遺跡の中枢を冒険しましょう。
●
・敵(四天王など)の排除。
・魔種パトリック・アネルの撃退(討伐出来ればさらに良いですが難しいでしょう)
・ユルグ・メッサーシュミット少年の救出。
・大佐が魔種であることを暴き、他の戦闘エリアへ情報を伝達する。
●フィールド
巨大な立方体が浮遊移動している不思議な空間です。
ゆっくり動いていますが、広く平たく明るいため、特に気にせず演出とでも思って下さい。
一応、この立方体は極めて頑丈な遮蔽物でもあります。
●敵
広いフィールドで、敵全員と鉢合わせします。
・四天王『魂の監視者』セァハ・クローン
魔王イルドゼギアの幹部のクローンです。かなりの強敵です。
邪悪な存在であり、なぜかパトリックに従っています。
搦め手が得意であり、遠近両用、範囲を含む変幻や災厄属性を持つ神秘攻撃使いです。神秘攻撃力が極めて高く、他のステータスも決して侮れません。保有するBSが幅広く『毒系』『凍結系』『不吉系』『麻痺系』『感電系』を多数同時に付与し、『呪殺』してきます。飛行しています。
・憤怒の魔種パトリック・アネル
反転させられました。能力は不明です。
イレギュラーズは彼と戦った瞬間に『魔種である』と直感出来ます。
・イェルナ
最高権限者(今はパトリック)の秘書のような存在です。
特に攻撃などはしてきません。
・特務派の鉄帝国軍人×8
銃やナイフなどで武装しています。
軽く原罪の呼び声の影響を受けていますが、引き戻せる状態です。
大佐の命令に強い疑念を抱いており、大佐が魔種であるとわかれば離反するでしょう。
彼等に情報伝達を任せるのも手です。
※なにせ大佐の派閥だったのですから、彼等の言葉には信憑性があります。
・ネピリム×2
魔王イルドゼギアの破壊衝動から発生した存在です。翼を持った粘土のような見た目をしています。
PCのスキルや能力を歪にコピーして戦います。
・ダークエレメンタル×8
神秘単体攻撃や範囲攻撃を行います。不吉系統のBSを保有しています。
倒して鎮めてあげましょう。
●救出対象
ユルグ・メッサーシュミット少年
レリッカの村の少年です。戦闘が終わった頃に、ちょっと進むと居るものとします。
健康体ですが、ダクトテープでぐるぐるまきになり、布を噛まされています。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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