シナリオ詳細
<光芒パルティーレ>アルベドの蒼きに潜れ
オープニング
●
「おいこの辺で良いのか魚野郎」
「ええそのはずですブリキ野郎」
このように。
かつてのグレイス・ヌレ海戦以来、両国の間柄は貧富貴賤を問わず良好だ。研究者風の海種と典型的軍人である鉄騎種が乗り合わせていたとしても、何ら不思議はない。
「このディンギル岩礁地帯は船の事故が多い場所です。潮流が岩にぶつかって複雑な流れを作り出すうえ、海面からは見えない岩礁もあるため木造の帆船で来るのはほぼ不可能」
「だから俺らの船が必要だったんだろ。そりゃ知ってる」
激しい波をものともせず進む甲鉄の蒸気船は鉄帝国の軍艦である。甲板ならびに船腹に備えた多数の砲門がその顔を見せれば、敵は瞬く間に海の藻屑と消えるだろう。
しかしその砲火の嵐に飲まれようと怯まず襲い来る怪物たちを相手にするには、一隻では少々勝負が悪い。ゆえに後方には甲鉄艦が三隻、岩礁地帯の外で待機している。いずれも先行する甲鉄艦を援護できる距離だ。
遠くで爆発があり、大きな水柱が立ち上った。
「今のは」
「ビビってんじゃねえよ、ありゃ機雷が反応したんだ」
今回の調査にあたり、鉄帝が敷設したものだ。海中から襲い来る敵を未然に防ぐため、進行ルートの外へ配置されている。鉄騎種は双眼鏡を覗きながら答えた。
狂王種といえど様々だ。人と同じ程度の大きさから山のようなものまでいる。今しがた上がった水柱の傍では、小型の狂王種がその死骸を晒しているはずだ。
「だが、あまり長居は出来ねえぞ。あくまで事前調査ってことを忘れるな」
今現れたのは雑魚とも言えるサイズの狂王種。むろん他の魔物からすれば、そのサイズでも十分脅威となる強さを誇る化け物だ。だが大型を相手にするのは避けたかった。船も、兵装も足りていない。倒すことは出来るだろうが、犠牲は免れないだろう。
海種は息を呑んで顔を蒼くした。今しがた狂王種を四散せしめた機雷の威力を見て、少なからず期待したのだろう。
「……わかっています。潜水作業、用意急いでください!」
準備の合間も、水柱は上がる。
「ま、また……」
一つ、二つ。
「おーおー大漁だなこりゃ」
三つ、四つ、五つ、六つ、七つ――。
数分も経たぬうちに、直前に上がった水柱が海へ還るのも待たずに連続して。
「――おいちょっと待て、おかしいだろ」
ここに異常が起きていた。
海面に幾つもの水柱が上がっていること以外、おかしなことはない。海面に映る影も、狂王種の死骸も、赤く染まる海もありはしない。それが意味することはつまり、敵は機雷の散らばる海中を、傷一つ無く進んでいるという事に他ならない。
「敵は小型なのか……いや、それにしても速度が異常だ! おい二番艦聞こえるか!」
困惑する鉄騎種は敵の存在を確かめるために伝声管へ怒鳴った。その時、
一条の水柱が、待機中の甲鉄艦を斜めに貫いて天へ奔った。
●
夜明け前の淡い光が朧に船室を照らした。
「まだ深怪魔について、私たちはネイビー&オフブラックでしょう?」
そう言って、首を自分の指へ凭れたのは『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)。醒め切らない眠気を写したような光の中で、重たげな瞼を薄く開いている。
「依頼者もセームカラーだったようね。こういった調査を続けていけば、あのダービシャーな生き物についても、きっとウルトラマリンを作り出せるわ」
セームカラー、同色。それとウルトラマリンは、ある鉱石から不純物を取り除いた顔料だったはずだ。
机の上を滑って目の前で止まった一枚の紙には、この先の岩礁地帯への道のりと、ある地点を示す印が付けられている。
そして最初の依頼とは別の紙をプルーは取り出した。
「それからもう一つ、こちらの依頼はバッカイレッドね。
実はここへは既に海洋と鉄帝の合同船が調査に来ていたの。けれど、沈んでしまった。……いいえ、これはイリデセントね。沈められた、が正しいわ」
両国は以前より協力体制を取っている。
深怪魔の出現と被害の報告を受けていち早く動いた、第一陣といった所だろう。ならば、その船にはそれらの脅威に対して対応できるだけの戦力もあったはずだが、それが沈められた。
生き残った者たちは他の甲鉄艦の救助によって助かったそうだが、その人数は船に乗っていたはずの数よりも少なかった。
「調査と並行して、討伐をして欲しいそうよ」
フェデリア島近郊、いまや金の生る木となったシレンツィオ・リゾートからほど近く、軍を乗せた甲鉄艦を沈める怪物のいる海域など、危険極まりない。弔いよりもまずはその海域を制圧することが重要であると考えるのは国として当然である。弔意だけでは国も民も救えない。
「被害に遭った鉄帝軍はこの敵を『ファラーツェ』と名付けたわ。……よほどシナバーなのね」
プルーは目を細めたまま、けれど眠たげな気配が消えた瞳で依頼書を見ていた。イレギュラーズたちの前に広げられた紙には、規律正しくも武骨な筆跡で書かれた文言と、鈍色を模した依頼者の名前が記されていた。
「それから海中での行動ということで、色々とこちらで用意したわ。
無事帰って来てくれるのが一番だけれど、失くしたり壊したりはなるべく避けてね」
「それじゃあ、よろしくお願いね。ウェスト・アイリスな報告を待ってるわ」
- <光芒パルティーレ>アルベドの蒼きに潜れ完了
- GM名豚骨
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年07月23日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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波打つる水面は眼下に広がる雲海の白雲が昇る高山を思わせる。
晴天の陽から白波の境に隠れた波間には、光を反射する硝子のような輝きもない。ただそこには陽の届かぬ海底を思わせる暗色だけが、べったりと張り付き、うねりを切り裂くように屹立する石柱の群れは暗調の穂波に佇み並ぶ墓石を眼裏に映す。
「すぐ隣のリゾートと違って陰気な場所ねー」
貸与された潜水装備一式に身を包んだ『煉獄の剣』朱華(p3p010458)はフェデリア島での遊楽を思い出しながら、海を見た。
潮騒と喧騒と煌めきのシレンツィオリゾート。地上の楽園と題された輝かしい場所と比べれば、ここは影。
アウトロー集う無番街(アウトキャスト)で僅かに残る理性すらも此処には存在しない。海面を反射する煌めきでさえ深海から広がる闇の放射を想起させる。
「軍船を沈めるようなのがいる海域だしな。実際、物騒だよな」
『竜剣』シラス(p3p004421)もまた、を見ながら近しい感想を抱く。例えサメの群れが軍船に押し寄せたとして、鉄の腹を貫通することはない。
大型の狂王種ならいざ知らず、深海魔という未だ未知の生物はその危険度を図りかねる。
だがそれは、転じてここが最前線と言う意味でもある。
危険と同じだけ金と名声の埋まっている鉱山で、ただ一匹の金糸雀となるか、後の成功者となるかのチャンスがこの海には在る。程よい緊張とその期待とで満ちたシラスの心身は、いつも以上に万全であった。
「ちょっと窮屈……だけど問題ないよね?」
『暖かな記憶』ハリエット(p3p009025)は貸与された装備の装着感を確かめていた。
「私泳いだことないんだよね、大丈夫かな」
どこか暗色を宿しながら石柱へ激突する波を眺めながら呟いた。
直に体験する初めての海。しかも、これから潜るのは太陽の光すら届かなくなる位置、深海。補助装備があるとはいえ、少々不安もある。
「深海、に潜るのは……おれも、初めて……」
「朱華もそうよ!」
どうやら朱華と『燈囀の鳥』チック・シュテル(p3p000932)の二人もそうであったようだ。
チックは自分の胸に手を当て、心音を確かめるように深く呼吸している。また朱華の場合、一人潜水艇を動かして海面から浅海を飛ばし、一気に深海へ身を投じることになるのだから、感覚の慣らしがないため不安も一入だろう。
「皆で……だから、きっと……大丈夫、だよ」
「わぉ、いいこと言うわね」
「……そうだね」
海は、広い。そして深海という場所に光は届かず分かっている情報も少ない。ならばきっとここも自分が学ぶべき場所なのだろう。
「うん、行こう」
ハリエットの言葉を皮切りに、八人のイレギュラーズが深海を目指して飛び込んだ。
●
海に肌が触れた瞬間、温かさと冷たさの入り交じった波が体を叩いた。
海底へ向かって手を伸ばしてみると、伸ばした手の先だけが異様に冷たく感じられた。
「ウーン冷たさが心地イイー!」
海中でぐるんと宙返りをする『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)。壮健な肉体を誇る彼のパフォーマンスはもしかすると地上より良好に見えた。
「何が出るか分からないってのに、暢気だな」
『死神教官』天之空・ミーナ(p3p005003)は周囲を警戒しながら嘆息した。
まだ潜り始めて幾許も経っていないが、鉄帝の船は沈められたのだ。つまり超々距離攻撃でもなければ敵は比較的浅海にまで上がって来られるということになる。万が一、相手がこちらを既に捕捉していた場合、海に入った直後の襲撃もあり得る。
「体はしっかり動かしといた方が良いよねー」
背中から落下するように潜る『赤い頭巾の魔砲狼』Я・E・D(p3p009532)は自分の口から零れて昇っていく空気の泡を指先で撫でる。
浮かんでいった泡は、やがて海面に引っ張られるようにして忙しなく右往左往を始める。しかし海中の流れが穏やかだからだろうか、海上で見ていた時より海中の方が海の色は鮮やかで、蒼かった。
「『ファラーツェ』がカジキマグロとかだったら藁焼きとかしたいし」
「食うのか?」
「ムムム、ならばその時はキサが調理を! 串焼きにしてやるのであります!」
シュッシュッと腕で槍を突き出すようにする『鬼菱ノ姫』希紗良(p3p008628)の思い描いているファラーツェのサイズ感はとてもおおきかった。
「なんにしても倒してから、だな」
蒼の海が海面同様、次第に黒く染まっていくのを感じて、ミーナは緩みかけていた警戒を張り直す。
ゴゴゴォン―― ゴゴゴォン――
「ピカーっと光るよ!!」
海底から伸びた石柱の一本を砕きながらシラスが連打したのを確認してЯ・E・Dは光を放った。
「……来ないな。音や光に反応してるわけじゃないのか?」
「あえて近寄って来ないとか」
魚類には音や光に敏感な種が多い。だが、もし深怪魔に知能があれば、それを選択して行うことも出来るだろう。
好戦的な狂王種と違い、戦闘の取捨を行う種族だとすれば。
「もしそうなら、かなりやり辛い相手だね」
「ほあぁあれはなんでありましょうか!」
「う……ん……?」
「オイシイ奴だよ」
チック、イグナート、潜水艇を動かす朱華と道中見つけた小魚をファミリアーにして希紗良も調査に加わる。
とはいえ、ここはほぼ深海。
もし深怪魔が出現するとするならば、この辺りからなのだが全くその姿を見ない。
もっと深い所にいるのだろうか、と考え始めた折。
希紗良がファミリアーの感覚を失ったことに気付いて口を噤んだ。合図を受けて潜水艇のエンジンを切った朱華も船外へ。
「何か見つけたか?」
ミーナとハリエットもそこへ合流した。
ファミリアーの消失を受けて朱華とチックがファミリアーの消えた周辺を調査すると――
(……狂王種……)
そこにいたは滞留する鮪型の狂王種だった。
交戦を避けるため、その場を離れようとした二人の耳に、狂王種が何かに応えるように鳴いた声が届く。
去ろうとしていた二人は振り返り、滞留する狂王種に気付かれないよう、その視線の先に目を凝らす。
(魚……よね?)
(でも、知らない……見たことない、カタチ……)
恐らくあれは、深怪魔だ。
狂王種が再び短く音を挙げると反転して、二人の頭上を泳いで去っていった。
「何……? 何かに反応しているみたいだったわ」
「……おれ達に……聞こえない、深怪魔の声、とか……」
「うーん……とりあえず皆に話しましょ」
●
イレギュラーズを深怪魔が襲ったのは、先程チックと朱華の二人が目撃した鮪型狂王種への対応最中の事だった。
深怪魔は異様に巨大化した蟹鋏を備えた海老のような見た目であった。二メートル近い大きさの鋏に対して、体の大きさは三分の一程度だろうか。
「さっき言ってたのってアレ?」
「魚っぽい奴って話だったけど」
Я・E・Dは地上で録音していた遠吠えを開放して深怪魔の音に対する反応を確かめようとする。
深怪魔は音とは別の方向を向いた。その先にいたハリエットはバックリと開かれた鋏がこちらを向くのを見た。
彼我の距離は遠い。しかし、
「ギリギリ『射程範囲内』!」
狂王種の引き付けを行っていたイグナートに続いて全員がそのことに気付き回避を取った直後、深怪魔の鋏からハリエットとミーナの過去位置を貫いて海水が奔った。
「水の大砲!?」
「あれが『ファラーツェ』か!?」
その衝撃は射線の周囲にも及び、ハリエットは流されそうになる体をなんとか直す。
「この密度と速度はレーザーじゃないか? 最早」
いち早く体勢を戻していたミーナが泳ぎ始めると同時に、右前方でシラスがライトでファラーツェを照らした。
「甲鉄船を貫く水鉄砲か」
鋏の動きを警戒しながらファラーツェの反応を伺う。
コイツは何に反応しているのか。その答えを求めての照射に対し、ファラーツェは――
「――ちょっと待て、こいつ顔がない!」
昼と変わらない視界とはいえ、距離のせいかあるいはその器官が極小なのかと考えたが、違う。
海老の口に当たる部分に触角が二本と短い脚が数本ある以外、丸みのあるツルリとした硬質な殻に覆われている。
ゆえに今、閉じた鋏を中心に体をシラスにぐるりと向けたのが、近づいたからなのか光を当てられたのに気づいたからなのか、分からない。
「面倒な海老だ!」
ミーナの手から放たれた鎖と石柱を砕いたシラスの連打がファラーツェの右鋏へ集中する。呪いの宿る鎖が鋏を巻き取り、開口を封じ込めにかかる。
「キサ、参るであります!」
足場がない代わりに、全身を使って体を回転させて己を一振りの刀と化し、海中であっても見劣りしない速度で振り下ろされた妖刀が両断を迫る。
「んなっ!?」
ファラーツェの関節がぐにゃりと凹んだのを希紗良は見た。
「それならーー!」
希紗良の反対側から紅白の線が二つの流星となって昇る。
刀で抑え付けられている形の関節部に振り上げた朱華の双剣は、やはりぐにゃりと歪んで衝撃を吸われたが、攻撃の手を止めない。
「ああああ手応え最悪よ! 木剣で分厚いゴムを叩いてるみたいで気持ち悪いわ!」
「っ! 鋏が開くぞ気を付けろ!」
ミーナの言葉通り、呪鎖で縛られていた鋏が力づくで開かれる。直後、鋏に向かって海水が吸い込まれていく。
(気泡も吸い込んでるし、呼吸と捕食も兼ねてるのか?)
「キミの相手はこっちダ!」
イグナートがそう挑発して叫ぶとファラーツェは鋏ごと体をそちらに向けて泳ぎ出した。遅くはないが、全速の魚たちに比べるとずいぶんゆったりとした速度だ。
「なーんだ狙い放題だね」
究極の光の名を冠する魔法をЯ・E・Dはファラーツェの背中目掛けて放つ。
「潜水艇は巻き込まないようにネ!」
大型の鮪のような狂王種の攻撃は突進してくるだけの単調なもので、幾ら自分より大きく海中での戦闘であるとはいえ対応は楽なものだった。
「石柱を使ってェ……」
再度突進してくる狂王種。それに対して垂直に石柱を足場にして跳躍。回避と同時に狂王種の背中を掴み、突進の勢いを上乗せする形で石柱へ投げ込んだ。
「ン? いま指がナニカの穴に入ったね」
指先の臭いを嗅ごうにも水中では判別が難しいが、指先から赤いものがゆっくりと海底へ落ちていくのが見えた。
(ああ、血カ)
「イグナートさん、後ろ来てる」
「っと!」
狂王種の尻尾を掴んで水中を前進。背中に吹く水圧を感じて振り返れば、挑発を受けて近寄ってきたファラーツェがそこにいた。
「接近戦は苦手らしいね」
イグナートの後ろで張り手のように鋏を振りかざしたファラーツェを照準器越しにハリエットは見ていた。
しかし直後に挑発が解けたのかファラーツェは鋏を開口し高水圧砲を狂ったように乱れ撃ち始めた。
「お、となしく……!」
「するであります!」
その合間を縫って三本の剣がファラーツェの触角目掛けて振り下ろされ、朱華と希紗良の渾身によって一本の触角が断ち割れた。
二人の剣の直撃によって歪みが生まれたのか、触角の根本から何やら白い液体が小さく溢れ出しているのを彼女は見逃さなかった。
「ガタが来ているらしいな。触角の根元を狙え!」
「……ここ!」
ミーナの声でハリエットの指がトリガーへ。ブレ一つなく合わせられた照準の下、天下の衝撃で噴出した弾頭が折れた触角の根本へ打ち込まれた。
鋏から高水圧砲を放つのもやめて触角の根元から白い液体を溢れさせており、それが止まってもファラーツェが動かないのを見て、緊張が解けた。
「マッテ」
イグナートが鋭く、全員に聞こえる声で言ったのを聞いて、全員が一斉に戦闘態勢に戻り、周囲を見渡した。
それぞれ距離が遠く、見えづらいがイレギュラーズたちの周囲を一定間隔に置いた三点で囲む、四体の姿を確認した。
四体の内、三体は同じ魚型、恐らく深怪魔であった。
しかし一体だけ狂王種らしい姿が混じっている。先程倒したものと同じ種類の狂王種の様だ。
深怪魔が去っていく。
その間際、狂王種が伺いを立てるように短く音を鳴らしながら深怪魔の傍に近寄っていた。
(何を……)
そして去っていく深怪魔とは反対、イレギュラーズたちに向かって狂王種が突進してきた。
「……! 狂王種一体、来るぞ!」
●
得体の知れない深海魔を加熱調理するのみならず、実食しようという試みがいま始まろうとしていた。
「おー匂いは完全にエビだね。とりあえずそのまま食べてみようか」
シラスが解体した液体が入ったままの尻尾から胴体中ほどの部分を勝手に拝借した、誰の目から見てもウキウキしているЯ・E・D。
対して隣で箸を構える希紗良の顔はどこか神妙であり、ファラーツェになかなか箸が近づかない。
即席の調理台に丸焼きされる形で火にかけられる元ファラーツェ。
高熱が加わると液体部分は固まるらしい。断面は既に凝固し、プルプルと弾力のある固体に変わっている。
「……毒ある? ねえ、どう?」
朱華が見守る中、二人はカッと目を見開いた!
「こ、これは……まさしく風味は海老のそれ!」
「毒はない。けどなんだろう。しょっぱくて苦くて……えぐみがあって潮臭くて……ゴムのような歯ざわりで……」
「「……」」
沈黙の間、二人の口からはギュチギュチとゴムを捻るような高音が鳴っていた。
そして――
「――アッハハッ! 変な味すぎる! なんだこれ!」
「大…………っ変、まっずいでありますぅ……」
咀嚼をやめた二人の顔は対照的だった。
何がそんなに可笑しかったのか、破裂する花火の如く笑いながら更に一口食べるЯ・E・D。飲み込むことも出来ず、クルミのように顔を皺だらけにして泣き出しそうにしている希紗良。
これは人が食べるものではない。毒素は感じられないので、居酒屋で宴会料理の一種として出せばそれはそれで売り物になるかもしれないが。
その匂いから僅かでも極上の海の幸を期待しただけに、ギャップのせいで希紗良の胸中は泥濘としていた。
「少々離れますが……どうぞキサの事はお構いなく……」
これ以上口に入れている事も厳しくなったのか、希紗良はゆっくりと全員の視界からフェードアウトした。
陸に上げられた当初、ファラーツェはその姿をほぼ原形のまま保っていた。
「まさか外界全てを触角だけで判別してたのか?」
スケッチのし甲斐もあるだろうと外見を書き終えたシラスを驚愕させたのは、外殻を外した直後だった。
ファラーツェの中にはたっぷりと、鋏から尻尾の付け根まであの白い液体が詰まっていた。
試しに掬ってみると、角の立たない生クリームを思わせる絶妙な粘度を持っていることがわかる。中に内蔵やらが入っているわけでもない。「衝撃を加えると硬くなる」以外詳細が掴めない。
鋏の切り離しには多少時間を要した。特に手間取ったのが体の内を通り外に露出した水圧砲のノズルだ。
このノズルは鋏である二つの肢節(外骨格)のうち下側の肢節の腱(内骨格)を避け、体の中心から鋏まで通っていたのだが、
「硬いけど柔らかい……ゴムっぽいな」
傷は付くものの結局持ち合わせの刃物では切断することは出来なかった。目的はあくまで解剖なので周囲をバラしてから全体を取り出すという手段を取った。
「水を溜める袋も胃袋も、心臓もないって……どうなってるんだこの深怪魔」
「ソウダ。狂王種のセナカの穴なんだけど」
「……多分、これ。……ファラーツェの足……引っかかってる」
チックが指差す先、ファラーツェの短脚に何かの肉が付いているのが見える。少し変わってはいるが魚肉のようだ。
イグナートはその足をじっと見つめた後首をかしげながら、
「……足を狂王種にサシテタ?」
「高速移動の正体かもな、問題はどうやって乗ったのか――」
そんな折、ピタリと笑うのをやめてファラーツェを食っていたЯ・E・Dが突然、
「そういえばわたしが録音再生したあとに変な音出した人いる?」
「私は聞いてないかな」
よほど小さい音だったのか、ハリエットやその場にいた全員が聞こえていなかったようだ。 まな板に見立てた岩場に寝かされたマグロの、希紗良による妖刀解体が始まった頃。ミーナは迎えの船に乗っていた鉄帝と海洋の両国に今回の深怪魔の事を聞いていた。
しかしどちらの国の人間も「初めて見たし、聞いた事もない」と答えた。
豊穣については別途確認の必要はあるが、現状で深怪魔は完全に『新たな脅威』と認識できる。
「最後さ……深海魔が狂王種をこっちへ向かわせた、よね?」
ハリエットの言葉に、希紗良を含めた全員が頷く。
「まるで従属しているようだった」
「常にそうだとすると素早い狂王種の背中に、あの鈍間な深怪魔が乗るのには苦労しないでありますな」
事前に狂王種の様子を見たチックと朱華の二人はその過程を再度全員に共有した。
「話す……相槌みたいに……してた」
「深怪魔から指示を受けたみたいに急に動き出したのよ」
そして糸口を探るように黙考を続けていたミーナが口を開く。
「……確か、冠位の奴も狂王種を従えてたよな」
「明確な力関係ダネ」
かつて海の決戦で相まみえたという冠位魔種の手下となっていた狂王種と、新たに現れた深怪魔。
シレンツィオと深海を巡る謎の解明は、まだ先の事になる。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでした。
全部採用したいプレイングばかりでした、本当に。
調査の結果「深怪魔がダガヌ海域の狂王種を従えている」ことが判明しました。
GMコメント
●目標
・深怪魔の調査、『ファラーツェ』の討伐
このシナリオでは海中での戦闘が行われます
※『暗視』および『水中行動』に該当するものを持たない人には『暗視(弱)』、『水中行動(弱)』の装備をそれぞれ貸与します。
戦闘や調査に影響はありません。外そうと思わない限り外れません。深海で外さないでください、健康に影響が出る可能性があります。
●名声に関する備考
<光芒パルティーレ>では成功時に獲得できる名声が『海洋』と『豊穣』の二つに分割されて取得されます。
●ロケーション
日中。ダガヌ海域の海中。深海。
岩礁が粟散している地帯です。海面から見える程度の場所にはうっすらと緑が見えます。
深海から台形の石柱のようにずうっと伸びているようで、それらが潮の流れを阻んでいるのか海中はとても穏やかです。これは海底から海面への目印にもなります。
潜っていくほど光はなくなり、深海はほぼ完全に暗黒の世界です。
足場が無ければ自分がどちらを向いていて、どっちが上なのか、下なのか、それすら分からなくなるでしょう。
■調査
基本的に戦う前と倒した後が本番です。
調査方法は様々です。深怪魔の『何を』『どう調べる』のかが重要です。
非戦スキルを用いて効率的に調査を個なってみましょう。
具体例(プレイングに【】は不要です):
「一体こいつら何を喰ってるんだ? 【料理】で腹を掻っ捌いてやるぜェ――!!!!」
「他の生き物との関係はどうなっているんだろうか。【尾行】で気付かれないよう観察してみよう」
「味もみてみよう」
など。ご自由に発想ください。
●敵
■水を飛ばす怪物『ファラーツェ』*1
海洋と鉄帝の研究者と軍人たちを乗せていた甲鉄艦を襲った怪物。恐らく深怪魔。
それがどんな見た目であるかはわかっていません。
生存者からの報告では「全長約二メートル」「船底から穴が開いた」とあり、海面へ姿を見せてはおらず、『全長は海面から見えた影の大きさ』です。
【貫】を含有した距離攻撃を用いると予想されます。
■深怪魔*4
どんな種類がいるか、またその数も不明です。四体出現します。
ファラーツェとは別個体です。
■狂王種*2
かつて『絶望の青』で猛威を振るった海の怪物たちです。二体出現します。
予測されるのは小~中程度の大きさ。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●挨拶
皆様ご機嫌如何でございましょうか、海に行きたい豚骨です。
調査と討伐、どっちに比重を置けばいいんだよ。と言う感じですが、どちらでも構いません。
ファラーツェは深怪魔なので、討伐することで最低限の調査報告を挙げられます。
最悪戦闘だけでも構いません。調査プレイングのみでも構いませんが、戦闘組は厳しくなるかもしれません。
以上、よろしくお願いいたします。
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