シナリオ詳細
人間牧場。或いは、脳にじくりと染み渡る幸福…。
オープニング
●百太陽都市について
“美少女道場”
ヴィーザル地方に建てられた、咲花・百合子 (p3p001385)の領地であった。
領地というか、道場だが……その名の通り、道場主は美少女であるし、道場で鍛錬に励む女性たちも美少女揃いの猛者たちである。
一見すると華奢な女たちの集まりにしか見えないが、ある程度の武技に精通する者ならばその異常性を見極めるのは容易だろう。
とくに師範クラスともなれば、歩くたびに乾いた大地に花が咲く。
道場主である百合子ともなれば、真白い百合が咲き乱れ、本来であれば花を咲かせぬ雑草さえもが、何故か花をつけたという。あまりの美少女力に充てられたのか、百合子の傍ではリュウゼツランさえ年中を通して開花しているという話だ。
そんな百合子だが、その日は朝から自棄に機嫌が悪かった。
「どういうことだ、これは?」
シンと静まり返った道場。
冷たい床には、茫然とした様子で虚空を見つめる少女の姿。
虚ろな瞳で、ひたすらに「帰りたい、帰りたい」と呟き続けているではないか。
「彼女はたしか、人攫いの調査をしていたはずだな? それがどうしてこうなっている?」
百合子の問いに、門下の1人が挙手をする。
「話せ」
百合子の許可を得た門下生が、舌に乗せた話はこうだ。
最近になって、百合子の領土では奴隷たちの誘拐事件が相次いでいた。
奴隷たちが連れ去られた先は知れている。
鉄帝のある山間の街……百太陽都市を自称する、閉鎖的な都市である。夜の訪れることが無いというその街の者が、美少女道場の奴隷たちを連れ去っているのだ。
調査のために、これまで数名の門下が都市へと旅立った。
その度に、ただの1人さえもが帰ってこない。
そんなことを数度繰り返し、やっとのことで連れ帰って来たのが先の少女である。
「服を纏わず、街の外に繋がれているのを見つけました。何やら抵抗するので、気絶させて連れ帰って来たのですが……以来、ずっとこの調子で」
そう語る門下の目には、深い憐憫の色がある。
「繋がれている間は、とても幸せそうな顔をしていました。ですが、連れ帰ってからは、絶えず強い不安を感じている様子でして」
「……そのようだな。これは……さて、どうしたものか」
単なる洗脳、或いは意識の混濁であれば、脳天を一撃、叩いてやれば治るだろう。
テレビもラジオも、百合子はそうして修して来たので、これは実証済の確実な手だ。
だが、目の前の少女の様子は、どうにもそんな風ではない。
「手に負えんな。この件は吾が預かろう」
幸いなことに、この手の事件に詳しそうな知り合いがいるのだ。
●"忌憚なる習合"ヤプーについて
「あれは得体が知れないな。何らかの意思を持つ“呪物”だろうとは思うが……脳をいじられるのは好きか? 僕は嫌いだ。好きでないなら関わらない方がいい」
「いじられたなら叩いて治せばいいだろう。セレマはどうだ? いじられた脳を抜いたらどうなる? 頭蓋を割れば容易だぞ?」
「……まぁ、きっと生き返るな。僕の記憶や意識はどこに宿るのか」
パキ、と拳を鳴らす百合子を制止して、セレマは顎に手を当てる。
放っておけば、セレマの頭蓋を素手で割り開いていたかもしれない。
実戦前の実験は大事なことだ。なので試そうとしたのだろう。セレマでなければ、脳を抜いた時点で息絶えていただろうが。
ところは鉄帝。
ローレットの管理する建物の1つだ。
「攻め込むのなら、敵のことを詳しく知っていた方がいい。ヤプーの与えるものは『安心』、あるいは蓄えた知識だ。“ヤプー”を信じれば安心だ、と思えるように常識に対する観念を書き換えるような力がある」
「己以外の何かを信じることなどあるか?」
セレマの説明を聞いた百合子は、しかし今一つ、内容を理解できていないようである。
「あるんだよ。人間っていうのは弱っちい生き物なんだ」
人に対して、人とはどういう生き物なのかを説明する日がくるとは思わなかった。
後にセレマは、この日の出来事をそう振り返る。
「自分以外の何かを信じていなければ、とてもじゃないが生きていけない。その何かが“幸福感”を与えてくれるとなればなおさらだ」
「分からない話だな」
「まぁ、キミはそうかもしれないな」
何者にも頼らず、ただ己の力量のみで至高の美少女へと昇華した百合子。
一方、セレマはといえば、多くの代償を払いながら多くの“魔性”から力を借り受けた。
「話を戻そう。ヤプーの集落はヤプーの望みに応え、定期的に生きた人間をヤプーの材料として捧げる。比喩でも何でもない。人間の血肉が変質して、生きたままヤプーの一部として取り込まれるんだ」
ヤプーは単なる偶像だ。
人の女性と変わらぬ背丈をしているが、自主的に移動することは無い。
少しずつ完成に近づいているため、いずれは歩き始めるかもしれないが……。
「ヤプーはおそらく、街全体に【恍惚】【重圧】【魅了】【暗闇】を耐えずばら撒き続けている。ヤプーの支配下にある人間たちがアンテナの役割を果たしているのだろうな」
ヤプーの狂気は感染し、加速する。
百太陽都市は、すっかりヤプーの支配下にあるはずだ。
つまり、住人たちの意識を奪うか、絶命させれば、ヤプーの影響力も徐々に弱まっていくということだ。
「百太陽都市の住人たちは、僕たちに好意的だ。外から来た人間のことを、犬猫か牛や豚のように思っているのかもしれない。そして、多くの場合はすぐにヤプーの影響を受け、家畜同然の扱いに幸福さえ感じるようになる」
ミイラ取りがミイラになる。
百合子の道場から百太陽都市へと調査へ出向いた門下たちは、まさにそう言う状態にある。
「本人が幸福なら、それはそれでいいんじゃないか?」
「そう言う見方もあるだろうな。それが人の営みとして歪であることに目をつむればだが」
「人の常識をセレマが語るか?」
「キミも人のことを言えないんだが……まぁいい。とにかく、ヤプーの支配下において、人間とは家畜であり、愛玩動物であり、食料であり、家具である。キミの門下を、そんな者たちに託していいのか?」
「ぬ……それは無理だな」
自由に動ける住人の数は70人を超えるだろう。
家畜として飼われている人間を加えれば、数はもう少し多くなるだろう。
そして、その大半は大した戦闘能力を持たない。
せいぜいが【流血】【ブレイク】を負う程度である。
「ヤプーが既に自力で動ける状態であれば話は変わるな。さて……住人たちは、絶えず幸福を感じていて、痛みに鈍い。この意味がわかるか?」
「全員がセレマのような状態ということか」
「僕ほどの不死性は無い。だが、どれだけの大怪我を負っても、笑いながら意識か命が尽きるまで追いかけ回してくるだろうな」
そう言ってセレマは、懐から1枚のメモを取り出した。
契約の魔性であるヤプーの居場所について、セレマは独自に調査を進めていたらしい。
「住人に捕まったらどうなる?」
「人間牧場と呼ばれる施設に送られると聞いているな。衣服を剥ぎ取られ、ヤプーの支配を受けるまで、洗脳調教を受けるのだとか」
「……悍ましい話だ」
住人たちの相手をしながら、ヤプー本体の居場所を探る。
そのためには人数が必要だ。
多すぎても、少なく過ぎてもいけない。
住人たちを引き付け、目立ちすぎず、ヤプーの洗脳に抗う術を確立し、効率的にヤプーを倒す。
「そこら辺で暇そうにしている者にも声をかけよう」
「手を貸してくれるのか?」
「いい機会だからな。さぁ、ヤプーの街を燃やすぞ」
- 人間牧場。或いは、脳にじくりと染み渡る幸福…。完了
- GM名病み月
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2022年07月14日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●百太陽都市
夏のある日、鉄帝国の山間都市。
日の沈まぬ常昼の街。
百太陽都市。
『あなたには役割があるわ。あなたには意味があるわ』
脳のうちに響いた声に『半透明の人魚』ノリア・ソーリア(p3p000062)が顔を顰める。
「知らない間に……幸福の定義が、書き換えられてしまっていたとしたら」
自分はそのことに気付けるだろうか。
一瞬、足を止めて自分の脳に問いかける。思考に陰りは見えないか? 認識している常識が、これまでのそれと変わりはないか?
分からない。
自分の記憶が、常識が、変わっていないかどうかさえも定かではない。
しかし、何かが変わったという感じもしない。
「集落はあちらのようですね。住人を見つけたら、声をかけてみましょう」
「ヤプーの居場所を尋ねる、か? 答えてくれれば、いいけどな」
額を押さえて『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)は呟いた。脳に響く女の声に不快感を覚えているのか、『金色の首領』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)はどこかうんざりとした様子で、街へ向かって小鳥を飛ばす。
ノリアをはじめ、都合5人は陽動班。
つまり、街で騒ぎを起こし、注意を引くのが役割だ。
「行きますの」
そう言って。
ノリアを先頭とした5人が、街へ向かって歩き始める。
ひっそりと。
本隊から離れ、3人が街へと向かって行った。
「それにしても、与えるのは“安心”かぁ……ボクの呪いと似ていてほんと嫌だなぁ」
ぼやく『今を写す撮影者』浮舟 帳(p3p010344)の見据える先には、至って長閑な街の風景がある。穏やかな笑顔を浮かべた住人たち。ゴミの1つも落ちていない綺麗な街道。
道の脇には、色とりどりの花が咲き、雑談に笑う人々の足元には、一糸まとわぬ人間が退屈そうに伏せている。
「そのうえ妙な空気に包まれている。人外魔境、と言った方がしっくりくるやも……これは早々に対処しておいた方が良いでありんすな」
『Enigma』エマ・ウィートラント(p3p005065)が狐のように細い目で、じぃと家屋へ視線を向ける。
「直接この場所を訪れるのは2度目か……様変わりしたな」
くだらない、と吐き捨てて『性別:美少年』セレマ オード クロウリー(p3p007790)は頭を掻いた。
状況だけを見れば、百太陽都市は繁栄している。
争いも、諍いも無い、平和で幸福な街である。
住人たちは、誰もが幸せそうではないか。
それは、家畜かペットのような扱いを受けている人間たちも変わらない。きっと、彼らにとっては、首輪に繋がれ、人々の足元に伏せることが幸いなのだ。
「いいかお前達。ここから先、人の尊厳を糞にして捨てたような光景が待っている。安心に逃げるのではなく、逆切れする準備と覚悟を済ませておけ」
そう言ってセレマが1歩、踏み出した。
刹那、脳に声が響く。
『わたしを信じて。脳を捧げなさい』
慈愛に溢れた女の声だ。幼いころに耳にした、母の声とはこのようなものか。
思わず、安堵の吐息を零し……直後、セレマは自らの舌を噛み切った。
「あーあぁ、あーあぁ!」
「うぁー! うぁー!」
人の吠える声がした。
村の外周、柵に繋がれた裸の人々。接近するノリアたちを見るなり、その者たちが吠えたのだ。
きっと、彼らや彼女たちは番犬なのだろう。
そして、番犬とは得てして飼い主に対して忠実なものだ。
与えられた命令に従い、余所者の侵入を飼い主たちへ報告する。
それが彼らの役割で、それが彼らの幸福なのだ。
「被害者の方々は可愛そうですが。まあああなったら人間終わりでしょうからね」
『月下美人の花言葉は』九重 縁(p3p008706)は、憐れむように道端の人間たちを見やった。それから、彼女は鋼の巨人……ルナ・ヴァイオレットを呼び寄せる。
コックピットに搭乗したのは、この後に始まるであろう戦闘に備えてのことだ。
「動物のように扱われるのであれば吾も動物のように振舞おう」
開戦の狼煙をあげるのは『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)の役割だろう。
ゆっくりと、何てことの無いように繋がれた人間の元へと近寄る。
それから彼女は、路傍の花を慈しむように手を伸ばし……。
「吾は貴様らに興味はない。ただ吾のモノを奪った対価を支払え」
ゴキリ、と。
その細い喉を、片手で握り潰すのだった。
●脳で蠢く蛆のように
街の奥から、数人の人間がやって来た。
男が2人、女が2人。
しかし、遠くの通りや建物の窓からは何人もの人が顔を覗かせている。
「どうぞこちらへ。遠くからいらしてお疲れだったでしょう? 少し休んでいかれてはどうでしょうか?」
代表者的な立場にあるのか、初老の男がそう言った。
イレギュラーズたちを順に見回し、最後に事切れた番犬を一瞥。
顎をしゃくって、もう1人の男へ片付けを指示する。
「……ふむ」
「お迎えありがとうございますの。ですが、その前にアプー様へ拝謁させていただきたいのですが」
拳を握った百合子が前へ。
それを制して、ノリアが静かに頭を下げた。
百太陽都市は"忌憚なる習合"ヤプーの支配下にある街だ。つまり、ノリアの言葉は、住人たちに「ヤプーの存在を知っている」と言外に伝えるものである。
また、敬称を付けることにより「ヤプーの信奉者」を演じている。
「はて、お嬢さん、見かけぬ顔だが……そちらの方たちは?」
「あぁ……彼女たちは、わたしが説得するので、だいじょうぶですの」
初老の男は、ノリアの真意を窺うようにじぃと瞳を細めて見せた。口元には穏やかな笑みが浮かんでいる。
男の視線を真正面から見返して、ノリアは何も答えない。こちらも笑顔だ。
笑顔のまま、2人は見つめ合っている。
「……こちらへ」
やがて、男はにこりと笑みを深くした。
それからくるりと踵を返し、男は街へと向かって歩き始める。付いてきた女性2人が左右へ分かれた。
「さぁ、どうぞ。歓迎いたします」
そう言って女の1人がノリアへと手を伸ばす。
するり、と。
自然な動作でノリアは女の手を回避した。
道行く者たちの全員が、にこにこと笑顔を浮かべていた。
作り笑いではない、心からの笑みである。
笑いながら、じぃっとこちらを見つめているのだ。
「神気取りで全部を救うとか気取ってみせるのって本当に……嫌いなんですよね。それが大嘘ならば尚更」
「嘘かどうかは分かりませんよ。皆さん、幸せそうですし……ですが、このまま進むと囲まれそうですね」
最後尾を歩く縁と瑠璃が言葉を交わす。
住人たちが、積極的に近づいて来ることは無い。しかし、だからといって離れて行くこともない。じわじわと、囲むように距離を縮められている気配を感じて、瑠璃は肩を竦めてみせた。
「あまり増えても面倒だ。そろそろやろう」
「向かう先は、民家のようだし、な」
住人全てとはいかないが、それなりの人数の注意は引けた。自然な風を装って、百合子は前へ、エクスマリアは隊列中央へと下がる。
元より、暴れて注意を集めるつもりだったのだ。
要は、戦闘開始のタイミングをうかがっていただけのこと。
『わたしを信じて。脳を捧げなさい』
『あなたには役割があるわ。あなたには意味があるわ』
脳のうちに声が響く。
じくり、と声が脳の中を這いまわる。
まるで、100を超える蛆が蠢くかのような不快感。住人たちの脳にも、この声が響いているのだろう。頬を紅潮させて、蕩けるように相好を崩した。
『さぁ、新たな仲間を歓迎しましょう。新たな仲間を、新たな家畜を、新たな家具を迎えましょう』
「……しまった」
瑠璃が呟く。
住人たちの視線が、一斉にイレギュラーズへと集まった。
にこやかな笑みを浮かべたまま、住人達が次々と通りへ溢れて来た。
1人、2人、3人、4人……その数は続々と増えていく。
輝く雲が辺りを漂う。
数人の住人が、目標を見失い転倒した。雲に視界を遮られ、後から続く住人たちが倒れた者に気躓く。
倒れた住人を踏みつけて、次から次へと人が殺到して来るのだ。
踏みつけられた住人の中には、怪我をした者や、絶命した者もいるだろうか。
「ヤプーの元ということは、洗脳の声が一番大きいところですよね」
耳を澄まして、脳に響く声を聞く。
街の奥へと視線を向けて、縁は機械の巨人を発進させた。
数人を纏めて弾き飛ばせば、包囲網に穴が空く。
包囲網の穴を埋めるべく、数人の住人が移動を始めた。しかし、彼らが配置につくより速く、その顔面を百合子の拳が殴打した。
「吾の領地に在るものは須らく吾の財である。泥棒は両腕を切り落とすか、等価のモノを差し出してもらう……この場合は貴様らの命だ」
鼻が砕け、前歯がへし折れ、眼が潰れて……しかし、彼らは恍惚とした笑みを浮かべているではないか。
住人たちの命令を受けて、一糸まとわぬ家畜たちもやって来た。
『脳を捧げなさい』
脳が疼いた。
「は、はは……いい気分だ」
引き締めていたはずの口元が緩んだ。
視界が虹色に染まる。世界とはかくも美しいものだったのか。
哄笑と共に、背後へ向けて拳を振るった。
「っ……洗脳、ですの!?」
百合子の拳を受け止めた、ノリアの腕に激痛が走る。
骨の軋む音。
衝撃が肉を突き抜け、内臓へ響く。
口の端から血を吐いて、ノリアの体が地面を転がる。
住人達に捕まる前にと跳び起きると、百合子へ向けて手を翳す。燐光が散って、百合子の身体に降り注ぐ。けれど、百合子の洗脳が解けるよりも一瞬早く、2度目の殴打がノリアの腹に突き刺さる。
戦線は崩した。
しかし、防衛戦に徹するわけにはいかないだろう。何しろ相手は数が多い。
「さて。魔性の呪言は、マリアの歌声より心地良い、か。聴き比べてもらおう、か」
胸の前で手を組んで、エクスマリアは歌を紡いだ。
脳を、意識を搔き乱す歌声に、数人がピタリと動きを止める。
しかし、歌声の効果が薄い数名はエクスマリアの眼前へ迫った。心からの笑みを浮かべて、まるで慈しむかのように、小柄な体へ腕を伸ばした。
爪がエクスマリアの額を裂いた。
肩を掴むてに力がこもり、肉と骨が悲鳴をあげる。常人離れした膂力だが、戦闘技術は素人同然。身を捻って後ろへ下がる。
それを追って、住人たちが前へ出た。
けれど、その手が再びエクスマリアに届くことは無い。
瑠璃の振るった黒い刃が、手首から先を落としたからだ。
「2手に分かれましょう。遺体の1つでも持ちされればいいですが」
「高望み、だな」
エクスマリアと瑠璃は後退。
百合子と縁を先頭に、ノリアは集落の奥へと続く道を開くべく駆け出した。
その光景を1羽の鳥が、空高くから見下ろしていた。
影の内より滲み出たのは、薄ら笑いの黒衣の女だ。
「おやおや、何やら面白そうな事になっておりんすねえ。人間牧場とはよく言ったものでごぜーます」
にぃ、と口角を吊り上げてエマはくっくと肩を揺らした。
しかし、見た目ほどに余裕は無い。その頬には、汗が滲んでいるからだ。
遥か後方では、人々の笑い声や戦闘の音が聞こえている。仲間たちに陽動を任せ、エマ、セレマ、帳の3人は街の奥へとやって来ていた。
そこにあったのは、石造りの神殿だ。
見張りはいない。
不要なのだろう。
事実、ここに至るまでの間、3人は何度も正気を失いかけている。
『あなたには役割があるわ。あなたには意味があるわ』
「……っ!? 忌々しい声だな」
美麗な顔を嫌悪に顰め、セレマは舌打ちを零す。
神殿の門は開いている。
来る者は拒まず、去る者はいない。
門を潜った先にあるのは、白い大部屋だった。しかし、素材は石やコンクリートではない。
砕いて固めた人の骨だ。
そして、そこにいたのは床に跪く人の群れ。その数はおよそ10人ほどか。
男も女も、子供も老人もいる。
衣服を纏わず、身じろぎの1つさえもしない。祈りを捧げるかのように、部屋の最奥……ヴェールに遮られた祭壇らしき場所をじぃと見上げていた。
その表情は、蕩けるように恍惚としたものである。
しかし、彼らの体は血と泥に濡れていた。大部屋の端には、分解された人の部品が転がっている。
「……ボクのと似てても真逆だなぁ。救われたいと苦しみながら縋ってきたあの人達と常に笑顔で救われてしまった人達……嗚呼、吐気がするほど気持ちが悪いよ」
吐き捨てるように帳は告げた。
無言のまま、セレマが頷く。
「美少女の奴隷と門下は……ここにいる連中はどれもそうか?」
「連れ出しますか。まぁ、元に戻るかも分かりんせんが……最悪、殺してもやむなしでありんしょう」
そう言ってエマは、壁際に寄せられた肉塊へと視線を向ける。
腐った死体と血と臓物と糞尿の匂いに満ちた空間で、恍惚とした表情を浮かべて居られるような者たちだ。幸福に脳を支配され、それ以外のすべてを忘れてしまったのだ。
家畜に思考する脳は必要ない。
命令されたことだけを忠実にこなし、必要であればその血肉や命さえ主に捧げる。
アプーの支配下にあるというのは、そういうことだ。
●福音の割れた日
展開したステージで、縁は声を張り上げ歌う。
響く声が、仲間たちの正気を繋ぐ。
「っ……正気を取り戻してもらいます!」
脳のうちで、無数の蟲が蠢く感覚。
思考が千々に砕け散るのを気合で堪え、縁はただ歌い続けた。ヤプーの声に耐え続けたことによる代償か、縁の鼻や目尻からは鮮血が溢れだしていた。
「……ぐ、ぁ」
吐血し、縁は意識を失う。
倒れた彼女へ、住人達が手を伸ばす。
しかし、その手はエクスマリアの刀に刺されて縁のもとへ届かない。
「他の方を優先してください! わたし自身が洗脳されてしまっていても、自分で治療でできますの!」
「出し惜しみは無し、だ。元よりすべては救えない。ならば、不幸な犠牲者として、せめて苦しまぬままに、終わらせる」
ステージの前に陣取って、ノリアとエクスマリアは言った。
誰かの笑う声がする。
飛び散った血が、脳漿が、エクスマリアの髪を汚した。
2人とも既に【パンドラ】を消費してしまった。前線で戦う百合子と瑠璃も、回復術の補助を受け、どうにか耐えている状態だ。
笑いながら、人を殴打し、蹴り付ける人々。
エクスマリアの歌を耳にし、仲間同士で争う者の姿もあった。
人の間を縫うように、駆け抜ける瑠璃はまだいい方だ。
百合子の全身は、すっかり血に濡れている。一騎当千とは彼女のことか。混戦において、百合子の正気が保たれているかどうかなど、もはや判別がつかない。
「家畜の幸せか。吾もそうであれたらよかったな」
そう呟いた彼女は獅子だ。
血に濡れ、吠え猛ける様は、狂気に身を浸した猛獣だ。
『あなたには役割があるわ』
「やかましい! 吾の役割は、吾の意思によってのみ果たされるものだ!」
噛み締めた奥歯に罅が走った。
振るった拳が、住人の顔面を打ち砕く。
意識を失い、倒れた女は白目を剥いて笑っていた。
エマの放った閃光が、部屋の真白に染め上げた。
ヤプーを拝礼していた者たちが、目を押さえてもがき苦しむ。笑い続けていられない辺り、まだ洗脳が十分ではないのだ。
まずは1人、手近なところにいた女を気絶させた。
その間に、セレマと帳が祭壇の方へと向かって進む。
「くっふふ、やはりこの手の依頼はロクでもないでありんすなあ? いやなに、楽しかったでごぜーますよ? 仲間の輝くところを見るのは、ね」
なんて。
零した声は、誰の耳にも届かない。
「さぁ、ケリを付けよう」
そう言って、セレマはヴェールを引き剥がす。
白い祭壇。
その真ん中には偶像が1体。
人と変わらぬ背丈をした女の像だ。
手足こそ人のそれだが、胴から頭部にかけては未だに像のまま。不完全な人に似た、歪な姿のそれを見て、セレマは1つ、舌打ちを零す。
「お前は鎮痛剤としていい性能だったよ。だがもう十分だ」
『あなたの幸せを教えてあげる』
脳のうちに声が響いた。
不快な声だ。
今にも頭が割れそうだ。
「……ボクが堕ちたらそうなるかもしれない未来を見ているようで気味が悪い」
帳を中心に、海のような淡い光が広がっていく。
『さぁ、すべてを委ねなさい。私はそのためにあるのだから』
幸福を与える願望器。
苦痛を消し去る救済の偶像。
そこに意思など介在しない。
それはただ“そのようにあるべき”と定められた役割をこなすだけの存在だ。
「あの日傷つけられたボクの誇りを、ここで取り戻す。勝負だ、”忌憚なる習合”!」
脳裏に声が響き渡る。
意識の裏で、蛆が蠢く。
回復術を行使しながら、帳は思わず嘔吐した。
だが、それもすぐに終わる。
「債務を払おう。供物は此処に。その精髄まで受け取り給え」
静かに。
告げて、セレマは偶像の頭を掴んだ。
喉の奥から、吐瀉物と血が逆流してくる。
まるで意識の引っ張り合いだ。
或いは、呪いの押し付け合いか。
『わたしを信じて。脳を捧げ』
プツリ、と。
脳に響く声が途絶えた。
アプーの頭部が砕け散る。
意識を失い、セレマは床へ倒れ伏す。
目口から吐き出された血が、床にじわりと広がった。
百合子に肩を貸されて歩く。
互いに血塗れ。
交わす言葉は無い。
百合子とセレマは、黙って拳を打ち合った。
今はそれで、十分だった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
"忌憚なる習合"ヤプーは破壊され、百太陽都市は滅亡しました。
依頼は成功となります。
この度はシナリオのリクエストおよびご参加ありがとうございました。
幸せって何なんですかね?
GMコメント
●ミッション
偶像“ヤプー”の破壊
●ターゲット
・"忌憚なる習合"ヤプー×1
呪物。
成人女性ほどのサイズ。
百太陽都市において崇められる宗教的シンボルのような存在。
人を取り込み成長するという。
ヤプーの声は脳のうちに直接響き渡る。そして、不思議と安心するのだ。ヤプーに支配された状態ことが幸福であると“常識”が書き換えられるらしい。
セレマの契約している魔性の1体であるが、セレマ自身もヤプーの詳細については理解できていない部分も多い。
ただ1つはっきりしていることがあるとするなら、ヤプーは意思を持つ“害悪”或いは“厄災”である。
※ヤプーの声が脳に響けば【恍惚】【重圧】【魅了】【暗闇】の状態異常が与えられる。ヤプーの声に抗うことで、脳や精神に多大なダメージを負うだろう。
・百太陽都市の住人たち×70~100ほど
ヤプーの支配下にある住人たち。
誰もが幸福を感じており、痛みとは無縁の生活を送っている。
常識をすっかり書き換えられており、外から来た人間のことを家畜か愛玩動物程度にしか思っていない。しかし、だからといって外から来た人間に辛く当たることはない。親切で、友好的で……犬や猫や牧場の牛や馬に接するみたいな対応である。
彼らは笑顔で追いかけて来る。
どれだけ重症を負おうと、彼らが笑顔を絶やすことは無いし、動きを止めることもない。
彼らの暴力により【流血】【ブレイク】を負う可能性はある。
●フィールド
鉄帝。
夜の来ない山の街“百太陽都市”。
一見すると、至って普通の長閑な街だ。
街のどこかに祀られているヤプーの存在と、街全体がヤプーの支配下にあるという事実を除けば……であるが。
①街のどこかにヤプーが祀られている。
②ヤプーの支配下にない者は、街の住人たちに追い回される。捕まえて、牧場に送り込むためだ。
③街のどこかに“人間牧場”と呼ばれる施設がある。街の外から来た人間を洗脳調教するための施設らしい。※百合子の門下は此処に捕まっている可能性が高い。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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