PandoraPartyProject

シナリオ詳細

誰も知らず、誰にも知られず、無為に流るは

完了

参加者 : 8 人

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オープニング


 ――何故だ? 何故、知っている? どこから漏れた。
 誰にも喋らせたりはしない。
 誰も、あの娘の部屋には通してすらいない。
 だというのにも何故、こうにもあの娘が生きている――などという噂が流れているのだ。
 ――いいや、この際『そんなこと』は些末な問題だ。
 そんな噂は、今までもずっと合った。
 雑草共がその噂をすることを息巻いて潰せば逆に怪しまれると今までは無視してきただけだ。
 ただそれが『あたかも本当に生きていて隠されているのだと知られているが如く』現実的な意味合いを以って語られるようになってきた。
 それ自体が問題なのだ。
 静寂に包まれた執務室の中、男は内心の混乱を抑え込みながらペンを走らせていた。
 仕事のため――ではない。あくまで個人的なことを、頭で整理するために。
「……エドガーがどこかで喋ったか? あるいはカーラが……」
 零れ落ちる2人の名前は、愛息子と妻の名前。
 思わず口に出しながらも、男は――ガストン=アッシュフィールドは直ぐにそれを否定する。
(……あのことがばれたなら、私達は終わりだぞ!
 そこまでの間抜けはするまい。となれば、もしや……)
 自身が終わらせるべき執務の幾つかを放棄して、男は淡々と考え続けている。
(……たしか、幾つかの町では何者かによる扇動があるという。
 その者達が、我が領地にも出張ってきおったか?)
 ガストンは考える。
 深く、深く考え続ける。
(中央に掛け合うのは拙い。怪しまれて突っ込まれ、結果的に小娘の事がばれては終わりだ。
 ……なれば、やはりここはローレットか)
 ガストンの脳裏によぎったのはあの冠位魔種との戦いで天義を救った救世主たちの事。
(奴らの手で国の膿を削り落としたのはよかったが、くだらぬ寛容さの方へ国が揺れているのも事実。
 思うところもあるが……奴らは中立、なればこちらが依頼した以上に首を突っ込まれもするまい、か)
 思考を整理し終え、ガストンがさらさらとペンを走らせていく。


 ――今日の景色も、昨日の景色もずっと灰色だ。
 その景色は、ずっと変わらない。
「……お父様」
 ぎゅっと、もうずっとぼろぼろの人形を抱きしめる。
 ぼんやりと、差し込むモザイク柄の光と格子の影へ視線を落とした。
 嵌め殺しの窓は開いたことがない。
 いや、格子に防がれた窓から出る事なんてできない。
 父が死んで、母が■■■て。
 あれからもう、どれくらいの月日が流れたのか。
 正直なところ、■■■には興味もなかった。
(……)
 きゅるるると可愛らしい音がお腹から響く。
 数度のノックがされて、■■■は引きつるように声を上げた。


「天義貴族アッシュフィールド家現当主、ガストン=アッシュフィールドより皆さんにお仕事のお願いが来ています」
 そう言った情報屋のアナイスから資料を受け取り、ざっと見てみる。
「領主に対する懐疑的なデモ運動?」
「ええ、何でも現当主に『不正義』の疑惑があるという噂があるのです。
 アッシュフィールド家は、海洋王国との国境線付近に領国を持つ貴族でして。数年ほど前に当主の交代が起きているのです。
 死んだ先代、現当主の兄は冠位強欲ベアトリーチェとの戦いでの戦死のようですね。
 それで、未亡人となった奥方と2人の間に産まれた1人娘がいるのですが、こちらは不慮の事故により亡くなったようです」
「それで、次期当主として領主の弟夫妻が爵位を継いだ、と」
「えぇ、ただでさえ国力が落ちた天義です。
 聖騎士1人の領国さえ無政府地帯にするのは出来るだけ防ぎたい、という思惑があったのは確実でしょう。
 爵位を継いだガストンはその後、非常に厳格な統治を行ない、バラバラになりかけた領国を纏め上げた――とのことです」
 資料によれば、先代の当主は海洋王国の鷹揚さと天義の厳格さを足して2で割ったような穏やかな人物であったらしい。
「国がガタガタになった状態で緩慢な政治が行われれば、領地は瞬く間に荒れたでしょう。
 それを考えれば、現当主は名君――とそう呼ぶにふさわしいと思われます……が」
 厳しく統制することで規律を保ち、領土(くに)を守る。
 なるほど道理だろう。
 実際、厳格な政治の割には民衆の不満は少なかった――今までは。
「じゃあ、なんでそんなところに不正義のデモなんてのが?」
 首を傾げた君に、アナイスは2枚目を見るよう促して、ぺらりと一枚資料をめくる。
「――先代当主の一人娘、エレナ=シャルレーヌ=アッシュフィールド嬢は、生きているのではないかと。
 そういう噂が酷く現実的な色合いを以って語られています。
 もしもその話が事実なのだとしたら――なぜ隠しているのか。
 その理由はいくつか考えられますが……先代の奥方と一人娘が死ななければ現当主らは爵位を継げなかった、と考えれば」
「まさか、爵位を奪うために……?」
「えぇ、そう思った民衆がデモ運動を起こしているのです。
 皆さんにはこのデモ運動そのものを鎮圧していただきたい、とガストン卿からは届いているわけです」
「ガストン卿から『は』?」
 こくり、とアナイスが1つ頷いて君達に裏面を見るように促せば。
「――天義首脳部からも同じものが出ております。
 ただしこちらは『エレナ嬢生存の噂がどこから、どうして流れているのかを探ってほしい』というものです。
 この噂、『現実的な問題として表面化した』のはここ数ヶ月なのですが、『噂自体は』もっと前から存在しているのです。
 それこそ、現当主が爵位を継承したその頃から今日まで――ずっと」
 つい最近まで、歯牙にもかけられていなかった現実にのない噂が、現実感を以って語られるようになった――ということなのだろう。

GMコメント

 こんばんは、春野紅葉です。

●オーダー
【1】デモ運動の解散
【2】噂の実態調査

●フィールド
 海辺にほど近い天義の南部、天気が良ければ海からの潮風も感じ取れるそんな町。
 町の中にはデモ隊が幾つもの集団を作って行進し、
 それを止めようとする町に駐留していた天義の聖騎士たちとの衝突もいくつか起こっています。
 集団には町の住民もいるようですがちらほらとそうではなさそうな人員も混じっているようです。

●エネミー(?)データ
・デモ隊×???
 5~10人規模のデモ隊集団です。
 聖騎士よりも遥かに弱く、あくまでデモの集団です。
 とはいえ、何者かに扇動されているのか、鎮圧の必要があります。
 なお、【不殺】属性により鎮圧をすることができる他、複数の説得系非戦スキルによる説得も効果的です。

・聖騎士隊×???
 5人でチームを組んだ聖騎士達です。
 彼らにとって民衆は守る対象であるため、基本的には盾や鎧で守りを固めていますが、
 一部の中にはデモ隊への敵対心を持っている者もいるようです。

 なお、デモ隊と衝突している聖騎士隊についてはどさくさに紛れて攻撃し、鎮圧をはかって構いません。
 鎮圧された聖騎士達は『なぜかイレギュラーズのその行為を誰かに言う事もなく黙殺』してくれますので、ハイルール違反にはなりません。

 ただし、聖騎士達の数がデモ隊の数よりあまりに少なくなるとデモ隊が領主邸に乗り込みます。
 そうなった場合は失敗判定となりますので、倒しすぎにはご注意を。

・その他民衆×???
 デモに参加せず、遠巻きに騒動を見ている人々です。
 ある意味で日和見主義ともいえますが、非戦スキルを使えば話を聞いたりも出来る……かもしれません。

●NPCデータ
・ガストン=アッシュフィールド
 今依頼の依頼人に当たります。
 天義貴族アッシュフィールド家の現当主で、先代当主の弟に当たります。
 開明的で鷹揚とした性格であったという兄と異なり、非常に厳格で保守的な人物であるとのこと。
 その厳格さで冥刻のエクリプス事件後に緩みかけたアッシュフィールド領の秩序を引き締めた名君――と言われています。

・エレナ=シャルレーヌ=アッシュフィールド
 スティアさんの関係者です。
 なお、スティアさんとはスティアさんの父とエレナの父がまだ生きていた頃に1度だけ会ったことがあります。
 スティアさんの側がその名前を憶えているか、どの程度覚えているのかはスティアさん次第です。

 ガストンの姪でアッシュフィールド家先代当主夫妻の一人娘。
 天義聖騎士の父と海洋貴族の母を持つ少女。
 実母と共に事故死したとされています。
 ここ数ヶ月のうちに生存の噂が現実味を以って語られるようになっています。
 その噂が『正当な継承権を持つエレナを事故死したことにして爵位を奪った』という形になって
 先代時代を懐かしむ人を中心としたデモ運動へ繋がっています。

●攻略ヒント
 当シナリオは単純な戦闘能力以上に人々の心を解きほぐし、情報を聞き出すことが重要になります。
 ただ話を聞く以外にも、人探し系の非戦も重要になるかもしれませんね。
 また、PL情報ではありますが確実にエレナは生きています。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不鮮明な点が多く、不測の事態が起きる可能性があります。

  • 誰も知らず、誰にも知られず、無為に流るは完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年07月14日 22時35分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
ウォリア(p3p001789)
生命に焦がれて
ミルヴィ=カーソン(p3p005047)
剣閃飛鳥
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華
越智内 定(p3p009033)
約束
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女

リプレイ


 足を踏み入れただけでもその地の異様さは肌感覚として直ぐに理解できた。
 まるで分断されてしまったが如くその空気感は3つに分かれている。
 所々から聞こえてくる人々の怒号と追求の声、制止しようと声を上げる者達の声――その両方を白けたように遠巻きで見る人達。
 見事なまでに分断されてしまったその光景は異質と言う他ない。
「血が繋がってるのに爵位を奪うなんて……
 悲しいけど私の叔母様みたいな人だけって事じゃないんだね」
 その地に足を踏み込んだ『純白の聖乙女』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は祈るように手を組んでいた。
 爵位と領地を守るために高度な政治的取引――粛清と共にその地位を一時的に引き継いだ叔母とは、かなり事情は異なるのだろう。
 それでも、本当だとすればあんまりだ。
「生きてる噂っていうのは、スティアの知り合いなんだっけ?」
 スティアと共に足早に進む『夜に一条』ミルヴィ=カーソン(p3p005047)がちらりと視線を向ければ。
「うん……小さかったからあまり覚えていないけど、
 もしエレナちゃんが生きているなら助けてあげたい。優しい子だったはずだから!」
「分かった、今は血が流れるのを止めなきゃ! スティア、行こう!」
「そうだね、まずは騒ぎを鎮めなきゃ」

「絶対に死者は出しちゃならない。それだけは、絶対に」
 マルク・シリング(p3p001309)は普通じゃない状況を見据えながら胸元で拳を作った。
 負傷者が出ることはなるべく避けた方が良い。死者に至っては、絶対に出しちゃいけない。
 それが出るか出ないかで止められるかどうかの難易度はまるで変わる。
「――よろしくお願いします、ベネディクトさん」
「あぁ……そう容易く真実に届かせてはくれないだろうが、少なくとも、今回はこの依頼を遂行せねばなるまいよ」
 頷いて見せた『黒狼の勇者』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)はちらりと視線を上げた。
 はるか先には荘厳に見えなくもない屋敷がここからでも見える。
 恐らくはそこが領主の邸宅だろう。
「……では行くとしようか。些か骨が折れそうではあるが」

「正当な継承権を持つエレナさんを事故死したことにして爵位を奪った……。
 嘘か本当なのかどうかはわからないけど、
 こうして騒動になって天義首脳部からも依頼として調査を任された以上、
 花丸ちゃん達としては解明に向けて動いていくしかないよね」
「ドラマや小説で見る様な御家騒動が起きてるっぽいけれど……
 嫌だなあ、人の家の事に首なんて突っ込んでいい事なんて有る訳無いんだ」
 歩き出す『竜交』笹木 花丸(p3p008689)に続くように『なけなしの一歩』越智内 定(p3p009033)は微かに溜息を吐く。
 ドラマの中では――あるいは向こうで学生時代にかなりあ策ではあるが学んだ『歴史』の中でも、そういうお家騒動に他人が突っ込んだらろくでもない結果が待ってるというのは見慣れすらするネタだ。
(まあでも、何処かで女の子が酷い目にあっているって言うのなら放ってはおけないよね)
「ジョーさん、行こう!」
 喧騒を聞いた花丸の言葉に頷いて、定も走り出す。

「赤心より国を思わばこそか、それとも否か。
 死者が今尚生きている、となればそれは一大事と呼べる筈だ。
 それを今日まで長々と放置した上に、漸く慌てた様に鎮圧を……?」
 キナ臭い――と、そう断じつつ足を進めるのは『戮神・第四席』ウォリア(p3p001789)である。
「話を聞けば聞くほど……不可解なデモですね。
 最も大半の人民は扇動されているだけ……というところなのでしょうけれど」
 同じように『輝奪のヘリオドール』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)もまた思う。
 それは天義と言う国家の持つ歪みが遺してしまった置き土産。
 思うことはあれど、それを口にする気は今日のところはない。


 ミルヴィとスティアの視野にデモ隊と聖騎士達が見えた。
 その間へと割り込むようにして、ミルヴィは歌う。
 舞踊と神秘すら感じさせる妖とした歌に人々の警戒が浮かび、互いに後退する。
「ほらほら! 血生臭い事やってないで神様に捧げる祈りを考えた方が建設的ってもんだよ、こうやってさ!」
 手を組んで祈るようなポーズを取りながら、ミルヴィは視線を隣――スティアに向ければ。
「私達の話を聞いてくれないかな? 何があっても暴力はいけないよ。
 正当な主張だったとしても通らなくなっちゃうからね
 だから何かあったか聞かせて貰えないかな?」
 その隙を縫うように、聖職者然と姿を見せたスティアに、人々が動きを停止する。
「それに噂が真実ならエレナちゃんを助ける為に全力を尽くすって約束するよ。ヴァークライトの名にかけて!」
「ヴァークライト……ヴァークライト、といえば」
 聖騎士達の方から家名を聞いて動揺が走る。
「まさか、あの? ……先代とは知己であった、聖騎士の……」
(正直、噂の真偽以前にこれを利用しようとしてる連中は何がしたいんだろ?
 今の領主を潰すにしても少し短絡がすぎる気がする、騎士達の感じも妙だ)
 動揺する聖騎士達の様子を普通というのは無理があろう。
「貴女達はどうしてこんなことを始めたの」
 スティアは首を傾げながら問うてみる。
「先代の娘さんが生きてるらしいんだ。
 だったら、生きてることを教えてくれても良かったじゃねえか! なぁ!」
 そうだ、そうだと後ろから聞こえてくる言葉を聞きながら、ミルヴィもまたふと首を傾げる。
「それが現当主への不満?」
「先代の娘さんは、ご両親と一緒によく町に出てきてくれてたのさ。
 だから、俺達にとっても先代の娘さんは娘みてえなもんだ。
 死んじまったって、そう言われてた。だけど……なぁ、教えてくれよ、騎士様!
 万が一、生きてるってんなら――どうして、どうしてあの子は……エレナ嬢は外に出てこないんだ!?」
「き――貴様、今の発言は、領主がその娘を監禁でもしてるかのような言い草だな!」
 声を荒げたのは騎士だった。
 敵愾心を露わにするその騎士へ視線を向けながら、ミルヴィの方は聖騎士に視線を巡らせる。
(たしかに、子供を監禁してるんじゃないかなんてことを疑われちゃあ、気分が悪いだろうけど……
 不快そうに見えるのは2人だけで……他の3人は何とも言えない顔をしてるのはどうしてだろう……)
 聖騎士たちの様子も、2つに割れているのだ。
 不敬――あるいは名誉を傷つけられたと起こる者と複雑な面持ちを浮かべる者。
 明らかにそこには差異がある。
「……私も1度会っただけだから、うろ覚えだけど……うん、きっとそういう快活な子だったと思う。
 でもそもそも、奥さんと一緒に事故死したって話なんだよね?」
 死んでいるという前提でなら、外に出てくるはずがない。
 スティアの答えに、領民がそっと視線を伏せる。
「……それはさ、嘘なんじゃねえかって思ってんだ」
 ぽつりと、領民がそう零し――2人の騎士が剣呑に武器を構えて詰め寄ってくる。
 スティアは一先ずは領民を守るようにして立つと、祈りを紡ぐ。
 眼を眩ます聖なる閃光を受けて騎士が数歩下がった。
「ねえ、アンタ達さ……私らと事を構える以前に、どうして民衆に敵意を向ける同僚を止められないの?」
 ミルヴィが視線を投げかけたのは激昂して近づいてきた2人以外の3人の聖騎士だ。
 彼らは剣を震わせながら構えを取る。
「――あぁ、そう。そうなんだね……アンタ達の命令は」
 動揺を隠すようにして領民へ剣を向ける騎士たちを見れば、彼らが本来受けている命令を何となく察するものだ。
 ――『殺してでも構わん、鎮圧せよ』
 きっと、彼らが本来受けている命令はそういうことなのだ。
 けれど、そうしないのは騎士だから――清廉なる聖騎士だからこそ。
 守るべき相手だから、刃が鈍るのだと。


「仮に噂が真実だったとして、ガストンは決して認めない。君達が反逆者として殺されてしまうだけだ!」
 マルクは領主邸へ向けて進むデモ隊の前に立ちふさがるように姿を見せると、声を上げる。
「誰だよあんた! 部外者は引っ込んでくれ!」
「そうだそうだ! 嬢ちゃんの事を死んだって言ってたんだ。
 悲しかった俺達が、ようやく受け入れた頃に、なんだってんだ、嬢ちゃんが生きてるかもしれないってよ!」
「それが本当かどうか知らずに止まれるかってんだ! なぁ!」
 声を上げるデモ隊がマルクへと近づいていく。
「落ち着いてほしい。何も訴えても無駄だっていうわけじゃないんだ。
 ただ……訴えるならガストンではなく、聖都フォン・ルーベルグで天義の中央にすべきだよ。
 そうすれば聖都から調査団が派遣されるかもしれない。僕達ローレットがレオパルさん達に掛け合ってもいい」
「ローレット……ローレットだって!? この国を救ったっていう!」
 驚いた様子を見せた領民達が2人を遠巻きに囲い始める。
「挨拶が遅れてしまって済まなかった。俺はベネディクトだ。
 それなりの理由があってこその場に居るのだろう。
 俺も暴力は好きじゃない、留飲が下がるのではあれば聞かせてくれないか?」
 改めて礼節を尽くすように告げたベネディクトに、どよめきが聞こえてくる。
「そもそも、今回のデモ隊が集まる原因……切っ掛けを教えてくれないか?」
 続けて問うたベネディクトの言葉に、デモ隊たちのどよめきはより深さを増す。
「そりゃあ、さ。俺らは聞いたんだよ。
 あの子が……エレナの嬢ちゃんが館の中にいるのを見たって連中から話をさ」
「……死んでいるはずの少女の姿を、屋敷の中で? それは一体、どこの誰だ?」
 ベネディクトは領民の答えにやや表情を険しくする。
 確かに今、この領民はこういった『連中』――と。
 連中なんて単語を使う以上、敵は――扇動者は複数人だろう。


「___抜かせるな。お前達がきちんと話す心積もりがあるのであれば、無益な暴力は振るわなくて済む」
 マリエッタの視線を受け、ウォリアが納刀した剣を見せるように立つ。
 調停者然と立つその姿はあるいは畏怖という名の抑止となったようだ。
「そして、お前達の衝突も止める。……何故なら中立としての立場があるからだ」
「中立……中立だって?」
「オレ達はローレットの看板を背負いここにいる。
 中立の立場として、受けたからには責務というものがある」
「ローレット!」
「ローレットっていやあ、あの……」
 ざわつく人々の様子にウォリアは言葉を重ねる。
「どんなに熱に浮かされていたとしても、『解決したい』という心は同じ筈だ。
 ならばオレがお前達の声を、想いを、正義を聞き届ける……決して無駄にしないと誓おう。
 天義を救った特異運命座標、その末席たる者ではあるが……どうか信じてくれ」
「信じても良いんじゃないか?」
「いや、本当に信じていいのか?」
「信じてくれ、としか言えないのは心苦しい。
 不正義は確かに否とは言い切れない
 だが、そうして声を上げて不正義を探すだけでは、『真実』は闇の中だ。
 彼らは、こうしているうちに証拠を消すことすらありえる。
 真実を暴くためにこそ、堪えてどうか力を貸してほしい」
 ウォリアの言葉に、やっと領民達が静かになった。
「ええ、確かに不正義の噂を否定する理由も、確信もありません。
 けれど、現当主のガストン卿がこの町の為にしてきたことは、事実です。
 エレナ氏が生きている、以内にしろ、彼が行なった事実を、不確かな不正義で決めつけてしまうのはまだ早い。
 だから……時間をください」
 マリエッタは身動きを止めた領民達へとそう告げて、ゆっくりと頭を下げた。
「このデモの裏にあるのが不正義か否か。
 その事実を確かめたうえで……改めて判断してほしい。それでは、いけませんか?」
 マリエッタはそのままの姿勢でそう続ければ、気持ちが削がれたように領民達は動きを止める。
「この国は魔種を取り除いて変わりつつある、その最中。
 エレナ殿が生存しているという噂に信憑性を持たせるには、ただ懐古主義者が集まっただけではどうにも弱い。
 主導者がいるのならば、引き合わせてもらいたい」
「主謀者……だれだっけそれ? あれ?」
「そういえば、誰が始めたんだっけ、今回のデモ――」
 ウォリアのふとした問いかけは、雨水が水溜りに落ちたように、微かなれど大きな波紋を広げていく。
「……主謀者がいないのですか?」
「いいや、多分いたはずなんだ! けど……けど思い出せねえ!」
 マリエッタの言葉に、領民は困惑したように声を上げる。
 それは自らが信じられないかのように。


「そんなにあんたらが正しいんだってんなら、領主に説明させろ!」
「屋敷に引き籠って無視してるだけでこっちが忘れると思うな!!」
 デモ隊が怒号を上げながら進む。
 その集団に対して、聖騎士達は盾を構え、列をなして構えていた。
「ちょっと待ったーっ!
 先ずは落ち着いて。良ければ私達にお話を聞かせてくれないかな?」
 2つの集団の間に割り込むようにして飛び出した花丸の姿に、まず動きを止めたのはデモ隊の方だ。
「なんだ、あんた……?」
「デモ隊と聖騎士隊って言っても普段は同じ所に住む知人だろう?
 ぶつかっても楽しい事なんてないだろうに!」
「それでも、俺達は領主に話を聞かなきゃいけねえんだ!」
 怒りを見せる領民に対して、2人は説得を試みる。
「そもそも、どうしてどっちも噂なんか信じてるんだ?」
 定の問いかけに反応を示したのはデモ隊の側のみ。
「噂――なるほど、此度のデモ、くだらぬ噂が原因か。そんな物を信じ、領主に楯突く犯罪者どもめ!」
 聖騎士隊の方からそんな声が響く。
「んだと、てめぇ! その噂がくだらない噂だって言うのなら、無実を証明すればいいだろ!
 それをしないんだから、あんたらに後ろめたいことがある証拠じゃねえか!」
 酷く平淡な声色で告げる聖騎士の挑発は領民を逆なでするに十分だったようだ。
 既に先代当主の一人娘――エレナ嬢が死んでいるというのが事実なら、遺体なりなんなりを見せればいい。
 それはそれで人々にとってはショックだが、それが事実なら噂自体が大嘘だという証拠になる。
 それをしないのはなぜか――と。
「落ち着いてくれ! そもそも、相手は騎士なんだ、君達が無事な時点で、相手は本気じゃない」
「それはたしかに……なんであいつら、こっちを攻撃してこないんだ?」
 定の言葉が届いたらしい1人がそう呟き、1人、また1人とその呟きは伝播していく。
「そうだ、そもそも、なんであんた達は本気でデモ隊を止めようとしないんだ?」
 振り返って、定が問うたのは聖騎士隊の方だ。
 帯剣し、盾を構えた甲冑姿の騎士たち。
 やろうと思えばただの民衆のデモ隊など容易く無力化できるはずの存在へと視線を向ける。
「……なにか、勘違いしているようだな。貴様らもいつまで怯んでいる。正義を果たせ」
 聖騎士が言って――合わせ、騎士たちが剣を抜いた。
「ちょっと待って! そこまでする必要はないはず!」
 殺気を放ちだした聖騎士達に声を上げながら、花丸はちらりとデモ隊に視線をやった。
 抜剣し、いよいよ本気で殺しにかかろうとする聖騎士達に、領民達も僅かに怯んだように見える。
「ねえ、デモ隊の人達も……このままじゃあ、貴方達が怪我をしちゃう。
 どこでそんな噂を聞いたのか教えてくれないかな!」
「どこで聞いたって……そりゃあ――――」
 訝し気に誰かが呟いて、不思議そうに首を傾げる。
「どこで聞いたかは忘れちまった。でも、誰が言ったのかは覚えてるぜ。
 召し使い連中だ。先代の頃のな」
「――召し使い……その話の出どころは、内部ってこと?」
「いいや、違うさ……先代の頃の召し使いの奴らは、全員クビになっちまったらしい。
 なんでも、仕事の出来ない奴はいらないとかって、当代が全員クビにしたんだ。
「……でも、不思議なこともあるよな。
 仕事ができないからってクビにした連中に新しい職場を紹介したんだぜ?」
 1人のデモの構成員が言えば、それに続いて他の1人が言う。


 イレギュラーズの介入から少しの時間が経っていた。
 結局、デモ隊はイレギュラーズの介入で昂ぶりが収まったのか、鎮火していった。
 逆にデモ隊を攻撃しようとした聖騎士達も、一部が元デモ隊を守るようにしながら撤退したことで消えていく。
 今回の騒動の結末は、酷くあっけのない――痛み分けにもならぬ両成敗で終わった。
 平和裏におわったことは喜ばしいこと――だが。
「自分で仕事ができないからってクビにした人たちに、新しい職場を見繕う……そんなことってあるのかな?」
「……例えば、だけど。手っ取り早く厄介払いをしたかったとかなら、あるかもしれない。
 自分にとって都合の悪い人達を一気に切り捨てて、自分の息のかかった人達で周りを固める……とか」
 花丸の疑問に答えたのはマルクだ。
「エレナが生きているという前提で言えば当代の目的も理解できるが……不快ではあるな」
 ベネディクトが続く。
 契約上、先代の夫妻の頃に仕えていた使用人の雇用主は先代と考えた方が良い。
「――もしも、そのまま契約を更新するとすれば、
 使用人たちの雇用主は当代ではなく、先代の一人娘である少女になっていた可能性が高い」
「じゃあ、エレナって子が生きてるとしたら、その子の味方になってくれてたかもしれない。
 そんな人たちを丸々切り捨てたってこと? ……女の子一人を孤立させるために?」
 ミルヴィの言葉には微かな怒気が籠っていた。
「でも、じゃあなんで聖騎士達はガストンよりだったり、先代よりだったりしたんだろ?」
「聖騎士達の所属替えをする権利がガストンには無いからだろうね。
 だから、追加で自分の子飼いを戦力として加えることしかできてない」
 ミルヴィがふと思ったことを口に出せば、そう静かに答えは返された。
「ここまでの話が全て当たっていたとして、その使用人たちだけでは難しいだろう。後ろに何かがいる」
 保守派と改革派のいざこざの中での揺さぶり、それはただ使用人が情報をリークしただけでは起こりようがない。
 このタイミングを狙ったのなら――その裏には誰かがいる。
 ウォリアの言葉は静かに響いた。


成否

成功

MVP

ウォリア(p3p001789)
生命に焦がれて

状態異常

なし

あとがき

お疲れさまでした、イレギュラーズ。

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