PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<太陽と月の祝福>グラス・ドムハインの洞

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 合体した小隊。十人程度からなる即席の混成部隊が迷宮森林の主要な道の一つを守っていた。
「へ……! っぷし!」
「おー、霜除けの魔法が薄れてきたんじゃないか?」
「ねー! さっきの奴らってばしっつこくて全部倒すのにすごい時間かかるんだもん!」
 彼ら担当区域周辺には既に敵の残骸が数多と散らばっていた。
 時間にばらつきはあれど、ほとんど間を置かずに現れる手勢と相対していた事が容易に想像できる。
「いや、恐らくフォルカウ内部は急場を迎えているはずだ。こちらにもすぐに追加の敵がやってくるだろう」
 フォルカウを中心とした戦場。
 イレギュラーズたちが目指す大樹への道に飛来する邪妖精や亜竜はいわゆる『足止め』。
 度々やってくるそれらを相手にしていては敵の思うツボだ。彼らはそうした敵を受け持ち、進軍のサポートに当たっている。
「私たちが気を抜くわけにはいかないんだ」
 武器を強く握る幻想種の男。
 本来であれば前線へ赴き、同胞と大樹を自らの手で守りたいはずだ。
 だが、自分より優れた者たちがいる。
 目的を共にした実力者がフォルカウへ向かうというならば、彼らこそがその道を一刻も早く進んで貰うべきだと幻想種の男は思う。
 無差別に周囲を襲っていた『大樹の嘆き』の停止。
 全てを把握出来なくとも何かがあったことを察せるには十分な事態。
 きっと、誰かが事を為した。
 自分がもっとも貢献出来ることを、自分も為さねばならないと。
「それに敵が次から次へとくるおかげで体も温まるというものだ」
「そうか」
 どうやら気負いによる強張りはないようだ。いや、あれば既に倒れているか。そのように部隊の一人が安心した時のこと。
 今や白銀となった森の中から黒い影がのそりと現れた。
 一見するとボロを被った《《せむし》》だ。
「おい、アンタどうした!」
 フォルカウから飛来した者ではないらしいと判断して声をかけるが、反応はない。
 ボロ切れはゆったりとした足取りで左右に体を揺らして部隊へと近づく。
「おい……」
「待って、違うよ。あれは――」



 信号が空へ昇る。
 それを見て、あるいは知らずの内にイレギュラーズが集う。
 広く葉を付けていた木々は枯れ木のように立ち並び、行く先々で足元を覆っていた青草の海は晩春の鉄帝を思わせる雪と土で満たされている。
 亜竜や邪妖精の残骸が風景に散らばる。
 密度は増していき、その中心である信号の直下へそれぞれが辿り着く。
 二頭の獣が座っていた。
 どちらも犬のような見た目だが、頭部がないのを見れば、違うと一目でわかる。
 かろうじて、と言うべきだろうか。二頭の周囲に横たわる十人程度の人々は息があるようだ。
 あちこちで地面や雪のめくれている様を見ればここで戦闘があったのは明らか。
 その二頭が邪妖精であることに気付いた者は素早く戦闘態勢へ。
 そして、
 両者の間を幻想種が、舞った。
 視界の外から飛来した幻想種の男は地面へ叩きつけられて身じろぎもしない。
 反対からのそりとボロ切れを被ったせむしが血に濡れた大木槌を引きずり歩いてくる。
「ヴ、ヴぅ……ぅぁぁ…………」
 井戸の底から響く悲嘆の残響のような、低いうなり声。
 ああ、あれは。

「――『大樹の嘆き』か」

GMコメント

●目標
 邪妖精バタ二体、及び大樹の嘆きグレンナー一体の撃破。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●ロケーション
 薄く雪の積もった迷宮森林。
 地形によるステータス補正などはありません。

 戦場には瀕死の幻想種や妖精がいますが敵がイレギュラーズたちを無視して狙うことはありません。
 ですが戦闘が長引くようだと力尽きる者もいるでしょう。
 戦闘を早く終わらせるのは勿論ですが、考えられるその他の行動も彼らの命を助けることに繋がります。

●敵
撃破対象の特徴と特筆するスキル

■邪妖精 バタ*2
 回避の高い機動型。首のない犬型。
 二体での連携能力が高く、グレンナーにとって厄介な存在であるほど積極的に狙ってくる習性がある。
・Pスキル
霊像
 実体そのものが希薄であり、物理攻撃は効果が薄い。
 所持スキル対象にダメージを与えると、与えた側のAPが削られる。

■大樹の嘆き グレンナ一*1
 攻撃力が高い物理型。すっぽりとボロを被った奇形の人型。右手は木槌と癒着している。
 緩慢な動きとは裏腹に大木槌を振るう際の動きには一切の無駄がなく、侮れません。
 邪妖精に躰を操られているようですが、放置して良い存在でもないので邪妖精の撃破に関わらず最期には倒してください。
・Aスキル
醜悪の風
 広範囲に命中の高い【不吉系列】と【足止系列】のBSを付与する黒煙を放ちます。

●挨拶
 豚骨です。
 張り切っていきましょう。

  • <太陽と月の祝福>グラス・ドムハインの洞完了
  • GM名豚骨
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年06月28日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

コラバポス 夏子(p3p000808)
八百屋の息子
伏見 行人(p3p000858)
北辰の道標
チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠
グレイル・テンペスタ(p3p001964)
青混じる氷狼
水瀬 冬佳(p3p006383)
水天の巫女
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華
祝音・猫乃見・来探(p3p009413)
祈光のシュネー
カフカ(p3p010280)
蟲憑き

リプレイ


 倒れた幻想種は体を動かすこともままならずにいた。
 全身の痛みすら遠くに感じる。かろうじて動く頭を傾けて空を見ると、警備隊が持つ信号の煙が空に溶けかけていた。
「彼ら……みんな、は」
 無事なのか? 生きているのか?
 信号には誰か気付いてくれたのか?
「うん、大丈夫……」
 純白の羽が羽ばたき『燈囀の鳥』チック・シュテル(p3p000932)が傍へ降りる。愁いを帯びた琥珀の瞳が、静かに語りかけた。
「助けに、来たよ……」
 負傷者を労わる白き飛行種、それはまさしく絵画めいた光景だった。だがそうはさせまいとでも言うかのように、疾駆した首なしの黒犬(ブラックドッグ)が鋭き爪を振り下ろした。
 それを『ケータリングガード』カフカ(p3p010280)が子供の手をはたくように打って弾いた。
「こりゃー酷い。とりあえずコレ相手しとくんで!」
「まずは、少し回復して貰おう……!」
 『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)が展開した術とチックの歌声が幻想種と周囲に倒れていた他の警備隊の者に活力と安らぎを与えていく。苦しむ声は穏やかに、苦痛を取り除かれた一部の負傷者がゆっくりと動き出した。
「さあここから離れて……!」
 バタと大樹の嘆きを他のイレギュラーズが対応している間に、回復を行いながら戦闘範囲にいる負傷者を移動させていく。今はこの場に現れたイレギュラーズたちに矛先が向いているが、いつそれが変わるか分からない。
「感謝、する。イレギュラーズか……面目、ない」
 戦闘に巻き込まれないよう動けるようになったものは自力で、そうでないものは二人の手を借りながらその場を後にする。起き上がった警備隊の一人が、そんなことを口にしたのはその時だ。
 警備隊がここを守っていたのは、イレギュラーズたちの為でもあった。それを逆に、イレギュラーズたちに助けられてしまわれるとは不甲斐なし、元も子もない。そう言って歯嚙みする警備隊の肩に、チックが厚手のマントを掛けた。
「これも、おれたちのすべきこと……だから」
「ええ。だからこそ貴方たちも必ず助けます」
 咲かせた白き花の残滓の中で『水天の巫女』水瀬 冬佳(p3p006383)は言う。討伐と同じように、助けることもまた自分たちの役目だと。ゆえに、此処で救助を行うことは道理なのだと。
「貴方たちは、出来ることを尽くしてくれていた」
「今度は、僕たちの番……!」
 だから自分たちもやれる事をする。
 その言葉に警備隊の面々は深く頭を下げた。

「ま、そうだよな」
 視線を寒空にやって刀を抜いた『北辰の道標』伏見 行人(p3p000858)は思う。そんな明後日を向いている彼を、跳ぶ黒い影から伸びた爪が狙う。
(別に頼まれたことじゃない。それで助けたいと思うことは傲慢かもしれないが)
「伸ばせるなら、手を伸ばすさ」
 突如、鋼と鋼の激突の響きが鳴る。重心の移動と回転を乗せた斬撃を受けてバタは空中で体の向きを変えて行人の後ろへ跳んだ。
「速度に反して随分と軽いな。……いや」
 バタから視線を離すことなく、眉根をひそめる。刀を持たない手で肩口を触ると僅かだが傷を作られていた。バタも同じく僅かに傷を負ったようだ。しかし、手応えに得心が出来かねる。
 『竜交』笹木 花丸(p3p008689)は彼の隣を抜けて、ぐるぐると腕を回しながらもう一頭のバタ目掛けて駆け出す。空手の腕は跳ね回るバタの動きを捉えて振り抜かれる。
「あれ、すっごい軽いなー」
 花丸もまたバタとの一合に対する違和感を感じていた。しかし、その違和感は今は要らない。言わんばかりにグラついた体を立てて距離を取らんとするバタへの追撃を始めた。
(怪我人を好んで狙うような敵じゃなくて良かった)
 先程までの敵の動きを見ながらイレギュラーズたちの中ではほぼ結論していた。そうでなくとも、誰かがバタやグレンナーを抑え、動きを制限して被害の方向を限定しなければならない。
「……負けてられない、ね」
 『青混じる氷狼』グレイル・テンペスタ(p3p001964)が短く紡ぐ。「スコル」と。
 青白き炎が飛び、形を作る。バタへ飛び掛かったそれはこの場に現れたもう一体の獣、炎を帯びた白狼。
「……速いね、ちょっと厄介かも」
 スコルへ攻撃してもらいながらバタを目で追うグレイル。短い距離を素早く移動し、狙いを定めさせないようにしているのが分かる。その様は木と木を渡る影のようにすら見えただろう。
 バタは行人がブロックし、ある程度の移動を制限しているがバタは時折それを避けて二頭同時の攻撃を仕掛けてくる。加えて、
(なんやろなーこれ)
(うーん、すっごいゾワゾワする……!)
 ザワザワと、あるいはヒヤリと。
 バタは首のない黒犬といった奇妙な風体の邪妖精だ。ただその見た目が奇妙であるというだけならば、他にも様々な敵がいただろう。しかしそれでもなお、全身を締め付けるような息苦しさをバタから感じるのはあれの性質か。
「けどまあ、気にしてビビッてるわけにもいかんでしょ!」
 攻撃が空を切る。その隙を狙ったかのように黒犬はカフカの体を切り裂いた。
 単純な足の速さは黒犬が上だ、まして逃げ一辺で走られれば追いつくことは出来ないだろう。だが、向こうからやって来てくれるというなら、カフカにしてみれば願ったり叶ったり。バタの振り下ろしを受けて尚、彼は笑みを湛えていた。
「俺、喧嘩は嫌いやねん。けどな」
 体を切り裂かれる瞬間、バタの体に当てたカフカの手がズズ、と音を立てた。
「仕返しはさせてもらうで」
 次の瞬間には首のない黒犬が悲鳴のような音を立てて飛び退いたが、きたした異常は確実にその体を蝕んでいる。
「気を付けろ、黒犬がそちらに行くかもしれない!」
「あいよ~っとぉっ」
 行人の忠告に間延びした声で答える『イケるか?イケるな!イクぞぉーッ!』コラバポス 夏子(p3p000808)は相手の動きとリーチを観察しつつ、大樹の嘆きであるグレンナーを一人で引き付けていた。
 正直言ってレンナーの動きは緩慢の一言に尽きる。様子見の一刺しも、ほぼまともに食らっている。。
「ひょっとして、僕みたいな男が相手じゃあやる気が出ないのかなあ~?」
 ましてや夏子は数多くの戦闘をこなしてきた戦士だ。敵がどんな相手かは一目である程度、見分けが付く。
 間違いなくその目に狂いはなかった。
 その視界から構えられた腕に繋がった木槌が失せる瞬間までは。
「は……ぅ”っ!?」
 グレンナーの木槌が横腹に抉りこむ。衝撃を受けて夏子の体が宙を飛んだ。
 地面に腕を立て勢いを殺し、軽妙な着地をして見せるが、顔には苦悶の汗が浮かんでいた。直撃の寸間、盾を差し込んで直撃は避けたものの盾と体が軋んでいる。
「君……本当はオルドとかじゃないの~?」
 変質した知性を持つ大樹の嘆き、オルド種。大樹の嘆きの中でも上位と言われる存在だが目の前にいる大樹の嘆きにからは知性は感じられない。
 邪妖精によって操られているから、とも考えられるがこの予想を超えた攻撃能力こそ問題だ。
 人を吹き飛ばす膂力を持つ上、構えてから当てるまでの動作が異様に早い。さらに奇形の身体故かその軌道は通常の人型からは想像もつかず、読みづらい。
 だが、汗を拭いグレンナーを見据えて笑って見せた。
「よぉ~しっオラの活躍見せちゃうかあ! ……でも早めに加勢して頂戴ねっ、これホント!」
 先の一撃で確信した。これは一人でやりあう相手ではないと。
「後で代わるからね!」
 少々作戦に変更が出るが、一人減ってしまうよりはいい。花丸と夏子の二人で一度交代を挟む程度なら安定度は段違いだ。
 救助は順調に進んでいるが今少し時間がかかるだろう。冬佳は言葉通り加勢に入るか逡巡したが、未だ戦闘範囲で倒れている警備隊がいる以上、それはまだ出来ないと判断して周囲一帯に回復を施すに留めた。
「……土砂で隠れてるみたいだけど、倒れてる人、まだ少しいるね」
「わかりました、すぐ向かいます」
 バタを狙う間も忙しなく耳を動かしていたグレイルの言葉通り、示された場所には要救助者数人の姿を冬佳は見た。
(少々厄介な位置ですね)
 すぐ傍で戦闘が行われている。ましてやそれは得体のしれない大樹の嘆きの後ろだ、離れた場所から術を施すことも位置的に難しい。冬佳はグレンナーをそこから引き離すように合図を送った。
 戦場を駆け抜けて救助へ向かう。
「ごめんね……! もう少しだから何とか堪えて……!」
 来探とチックもその後に続いた。すぐそこだ、すぐそこにいる何人かの警備隊を離脱させることが出来れば救助はほぼ了する。
 近くでグレンナーが相対している。大樹の嘆きの視界からは死角になっているし、グレンナーは彼を仕留めることに専念している。攻撃される危険はほとんどない。
「すぐ離れましょう。お願いはしましたが、ここは危険です」
 息はある。他の警備隊同様、瀕死で留まっているらしい。
 冬佳の指示のもと、三人がそれぞれ治療を行いながら移動する中、えづくような仕草をしているグレンナーの後ろ姿をチックが見た。
 夏子は救助中の三人からグレンナーを引き離すように動いていた。
 しかし、その構えでも攻撃でもない仕草を見た時、彼は直感で素早く動いた。
 グレンナーの背中目掛けて音と光の破裂を起こし、警戒の声を挙げる中、グレンナーの口から吐き出された黒煙が地面から立ち上り辺り一帯を埋め尽くした。



「なんやねんあの煙!」
「動き……辛い……ね」
 黒煙に飲まれた一部のイレギュラーズはバタとグレンナーの姿を見失うことは無かった。しかし黒煙は一定の粘度を持つのか体を動かす度に引っ張るようにしてその動きを阻害する。
 黒煙の端が膨れて負傷者を連れた来探が飛び出す。
 しかしそこには黒犬、バタが待ち構えていた。飛び掛かったバタを間一髪体を捻って避けるが、避けた先、躱したはずのバタ……ではなく、もう一頭のバタが来探を切り裂く。
「げほっ……くそっ、おい! 小さいの大丈夫か!」
「大丈夫……っだから、早く……!」
 一刻も早く抜け出さなければ。
 その背中にまたも襲い掛からんとした黒犬の爪は、颯爽としてその間に行人が割って入り防いだ。彼もまた同じように黒煙から抜け出して来たのであろう、深緑色の上着にはわずかに黒が残っている。
「抑える! 行け!」
 来探は頷いて走り出す傍ら、魔道具を起動して黒煙の一部を吹き飛ばしてから負傷者を連れて走り出す。
 夏子の軽槍がグレンナーを貫く。黒煙が体に纏わりつくのを鬱陶しく思いながら、次いで破裂を繰り返させてグレンナーを味方から再度引き剥がしていく。
「ちょっと“おいた”が過ぎるでしょうよ、そりゃ女性が恋しいのは分かるけどさあ」
 それはお互い様なんだよね。
 口にした言葉が木槌の軌跡に切り裂かれて風に飲まれ、次の瞬間、風を逆巻いて木槌が逆走する。異常な速さの返しにしかし、更なる返しの槍で応えた。
 僅かに早く、彼の槍はグレンナーの肩を貫いていた。
 結果は一撃と一撃。打たれるより一手先に貫いた夏子だったが、ダメージの差は歴然だった。肺へ空気を送るたび、木槌を受けた胸の肋骨が痛み、息がうまく整わない。
(なんていうか、振りが素人じゃないんだよねーこの人。人?)
 後ろに退こうとした足が動かない、というのにグレンナーはお構いなしに木槌を振ろうとしている。
「盛り上がってきたとこ悪いけど、さ!」
 腕を宙で横薙ぎする。
 攻撃を阻止せんと、グレンナーと夏子の間に何度目かの破裂が起きてグレンナーが後ろに下がる。
 閃光と残響が収まる直前、光を裂いて花丸の拳が炸裂した。
「選手こうたーいっ!」
 間合いの内側へ一足で飛び込み、傷だらけの拳を叩きこむ。グレンナーの腕が振り払われ懐で殴打を繰り返す花丸を弾き飛ばして間合いを作る。
 動きの鈍いグレンナーはバタに比べれば格好の的だ。確かに攻撃能力は脅威だが一体であれば対処が可能だ。
(きっと、操られているんだよね)
 こうして攻撃時以外の動きが緩慢なのは、それに抗っている証拠なのかもしれない。だが、だからこそ、
(見過ごすことは出来ない!)

 ――恐らくだがあの黒犬は邪妖精だが自然的側面が特に強い。実体が希薄なんだろう。
 それは戦闘中、他イレギュラーズに対して行人が語った内容だ。
 精霊と妖精は在り方は違えど、その性質には類似が多く存在すると言うのが通説だ。既に直感でバタの特殊な性質に気付いていた者もいたが、精霊との疎通手段に通じている彼だからこそ感じ取れた黒犬の本質だ。
「……それなら、僕たちのような術使いは頑張らないとね」
 青白の光を纏ったグレイルがバタに迫る。跳び回り逃げ回るバタの軌道は複雑であり、素早い身のこなしがそれに拍車をかける。
 だが、黒犬が一度に相手にするのは一人ではない。夏子の槍がバタ目掛けて頭上から彗星の如く墜落する。
 バタは素早く跳び去ることで衝撃ごと回避するが、追撃はそれで終わりではない。
「さあお待ちどお!」
 悪夢の腕が伸びる。カフカの術は体を蝕むと同時にその動きを鈍らせ、待ち構えていた蒼き狼の一撃がバタに確かな傷を負わせた。
「……ようやく、当たった」
「連携はそっちの専売特許じゃないんだ。スマンな」
 イレギュラーズたちの体は相変わらずバタに傷を付ける度に消耗している。ようやく捉えても、全身を走る掻痒感とも言うべき不快さが脳裏をちらつくのだ。精神の損耗はもはや表情に現れだしてもおかしくはない。
「これ以上はやらせない……!」
 来探が魔道具を稼働させると方陣から術が広がり、知らず委縮しかけていた味方を癒していった。
「おっ、そっち完了した感じですん?」
 カフカの問いと同時、足元を白い鎖が滑ってバタへ向かっていった。
「まあね……」
 チックは短く答えるとバタを追いかけるように続けて術を展開。四重の魔術が木々の間で炸裂し、黒犬を追い立てていく。逃げた先には旅装の身を包む行人の姿。既に一頭間合いに抱えているが、彼の能力を以てすれば腕一本分空きがある。
「いい加減、動き回るのにも疲れただろう?」
 バタは多角的なルート取りで行人を避けようとするが、後方に迫る術の雨霰の中へ戻ることなどできない。かといって前方は、行き止まりだ。
「申し訳ありませんが、これで詰みとしましょう」
 冬佳の声に反応して、浄化の五芒から光が放たれた。黒き体を白く染めるほどの光の中、清浄な光景に似つかわしくない怨霊が姿を現してバタの体を刺していく。
「もう逃がさないよ」
 怨霊たちが浄化されるのを見届けながら発せられた来探の声には激情が含まれていた。警備隊と仲間たちを苦しめた邪妖精へ、痛みを返した。
 呻き声が強くなる。バタを倒してグレンナーがその操作から逃れたのだろうか。
 しかし、グレンナーは木槌を振るう手を止めなかった。その様は苦しみに藻掻くようであり、自身を満たす負の感情を振り払うようでもあった。
「悪いけどなあ、美味い飯食うためにも退場してもらうで」
 どうあれ、大樹の嘆きは大抵の場合、害になる。それがフォルカウを祀る幻想種であろうと問答無用で襲い掛かる個体すら存在しているのだ。彼らにとって、善悪の差異などありはしない。カフカにしてもそうだ。明日も明後日も、みんな美味い飯を食うためにすべきことだと、だからこそ、ここで倒す。
 ――御免ね。
 拳を固く握る彼女がそう呟いたのはなにゆえか。その時の花丸の顔に笑顔はなかったが、グレンナーを倒さんとする一撃には一切の迷いはなかった。
 吐き出される黒煙は術とそれを乗せた歌によって即座に払われる。一歩、二歩とイレギュラーズ立ちの最期の猛攻を受けながら、緩慢な足取りで静かに木槌を構える。
「嘆きも悲劇も、ココで幕引きだぜ」
 それを静かに見据えた夏子とここにいる誰もが、深緑を巡る戦いに臨んでいる皆が、それを望んでいた。



 大樹の嘆きもまた精霊だ。ならば、グレンナーは何か言っていたのだろうか。
「さあ、な」
 戦闘の果て、幹の内へ逃げるようにして倒れたグレンナーを見て行人は呟く。きっとグレンナーに対話の意思はなかったのだろう。あったところで、知能の無い個体では意思を汲み取ることすら難しかったはずだ。
 だが間違いなく、この大樹の嘆きも悲しみに苛まれていたことは、全員が感じ取っていた。
「おやすみ……大樹の嘆き……」
 その眠りが安らかであることを願うように、チックは瞑目する。
 雪の降り積もる深緑。
 心は深緑を想いながら穏やかに、大樹の嘆きはがらんどうの中で眠りについた。

「さっきはありがとうな、えっと……」
「来探だよ。もう平気?」
「ああ、あんたたちのおかげでな」
 警備隊の面々は大半が自力で動けるようになっていた。もっとも状態の悪かった幻想種も、やや頼りない足取りだが動き回っては回復の手伝いをしている。
「その、まだ動かない方が……」
「一番傷が深かったのは貴方なんです、どうか安静にしてください」
 冬佳と捜索から戻ったグレイルが心配から声をかけるが、幻想種は首を横に振った。
「寝ていられる時間なんてないよ」
 そう言って、フォルカウへ視線を向けた。
 深緑を巡る戦いの決着が近い。
 決戦は、直ぐそこに。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れさまでした、イレギュラーズ。
 深緑を巡る戦いの一幕としてはあまりに外側だったかもしれません。ですが皆さんの尽力によって警備隊の面々は全員無事救助出来ました。
 ご参加していただき本当にありがとうございました。

PAGETOPPAGEBOTTOM