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シナリオ詳細

<太陽と月の祝福>愛憎背反、未だ定まらず

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「……ル、……ル、……エイル……」
 男はうなされていた。
 蹲り、絶えず呟く愛おしき姉の名前を繰り返す。
「――なぁんてまどろっこしいのかしら!」
 赤色の髪と瞳をした10代半ばを思わせる女がいう。
 腰と頭頂部に角のように生えているのは蝙蝠の翼。
 尾てい骨からは尻尾まで生えている。
「こじらせすぎよ、こじらせすぎ」
 合わせて肩を竦めたのは青色の髪をした女であり。
「そんなに言っちゃ駄目だよ……ジルベールさんが困っちゃうよ?」
 宥めるように赤と同じ年ごろに見える黒髪の少女が言えば。
「でもねぇ、殺したいほどに憎い相手が死んでほしくなかった人に見えるから殺せない、なぁんて。バッカみたいでしょ?」
 くすくす、くすくすと嘲笑する赤と青を、黒は控えめながら抑えようと試みている。
 ――あぁ、けれど。けれどもだ。
 その3人、いや3匹に違いなどあろうものか。彼女達は誘い方こそ異なれど、本質は同じモノ。
「すーぐそうやって良い子ちゃんぶる……まぁ、別に良いけどさ」
「そうは言うけど、ジルベールさんが困っちゃうと私達も困るよ?」
「こじらせてんのよね」
 うんうん、とさっきからその言葉しか言わぬ青に他2匹がじとっとした目を向ければ。
「――あぁ、エイル……どうして、どうして俺をおいて……うぅぅ」
 そううわ言を呟く男の身体から、薄い紫色――灰がかった紫の髪をした女が姿を現した。
 まるでそれまでジルベールの身体に取り付いていたかのような――否。
 まさしく取り付いていたその女が長い髪を払えば、その髪色は灰がかった紫から濃い紫へと変色する。
「面倒くさい男……」
 そう言って嘆くように一息を入れたのは、紫の女である。
 女が出てきてからという物、呻くことのなくなったジルベールはゆっくりと目を開け、顔を抑えた。
「おはよう、ジルベール様」
「起きるのが早いわね、ジルベール」
 赤が声を掛けれども、ジルベールはそれには返答を示さない。
「俺は、俺はなにも守れなかった……どうして、どうしてあそこにあいつを呼んだんだよ、ヴィオレット……」
 乾いた声で嘆くジルベールへ、女たちは一言も声を掛けず、そっと外に出る。
「んん~もう起きたんだぁ」
 女たちの姿を認めてそう言ったのは黄緑色の髪をした少女。
 5匹の中では一番の年少のようだ。
「そういえばさぁ、考えたんだぁ」
 黄緑色の少女はそういうと、その場でくるりと飛び上がり、宙に浮きあがる。
「何をよ?」
「あいつが、いつまで経ってもあのスティア?ってのを殺せないけだよぉ」
 赤からの言葉に、黄緑が首を傾げながら言う。
「こじらせてるわねえ」
「そ、それなら……私も気づいてるよ……」
「やっぱりぃ? くーちゃんも気づいてたかぁ」
「でも、そのことについては仕方ないでしょ、あいつが眠りたいのはずっとそこなんだから」
 そう言ったのは紫だ。同時に、他の3匹も頷けば、黄緑はくるりと宙で前転して。
「なぁんだ、みんな気づいてたんだぁ」
「まぁね、でもそういう拗らせ方とか、停滞した感じが魔種らしいから仕方ないわ。
 世話させられるこっちは溜まったもんじゃないけれど!」
 赤が言って笑えば、他4匹も釣られて笑い始めた。


「……叔母様、この方たちは?」
 スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は叔母――ヴィオレット・フォンテーヌの後ろに立つ、彼女と似たような衣装を身に着けた幻想種達に視線を向けた。
「私の同胞ですよ、スティア」
 同胞――それは幻想種だからという意味合いではないだろう。
 衣装も見れば、もっと狭義の意味、ヴィオレットと同じような聖職者だろうか。
「彼らも眠りから目覚め、是非とも協力させてほしい、と。そう言っています。
 なので戦える程度には余裕がある者のみを集めました」
「じゃあ、貴方達もあの分からずやのジルベールを倒しに行くってこと?」
 そう言ったオデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)はそりゃあもう強い意志を以って参加することを決めている様子。
「そりゃあ助かるが……相手は魔種だ。あんたらは来ない方が良いと思う」
 そう言ったジェイク・夜乃(p3p001103)が警戒するのは原罪の呼び声の事であった。
「ジルベールは……あの子は前回のように幻想種や、或いはそれ以外の者を差し向けてくるやもしれません。
 そうなると、以下に皆さんと言えど、戦力が不足してしまうはず……違いますか?」
 ジェイクの言葉に肯定しつつも、ヴィオレットは懸念点を口にする。
「たしかに、あいつならやってきてもおかしくないな」
「……危険だと思ったら後は私達に任せてね!」
 スティアが言えば、幻想種達も頷いて見せる。
「じゃあ、みんなであいつを懲らしめてやりましょう!」
 オデットが言えば、おう、という言葉と共に団結が強まりを見せる。

GMコメント

 こんばんは、春野紅葉です。
 魔種ジルベールとの最終決戦と参りましょう。

●オーダー
【1】ジルベール・フォンテーヌの討伐
【2】友軍の生存

●フィールド
 ファルカウ上層、茨が絡み合い、鬱蒼とした空気を感じさせる空間です。
 ジルベールの何らかの心的風景なのか、一部には色とりどりの小さな花が咲き誇る花畑が広がっています。
 視界は良好であり、遮蔽物などはありません。


●エネミーデータ
・ジルベール・フォンテーヌ
 怠惰の魔種です。スティアさんの母方の叔父にあたります。
 基本的にスティアさんを優先的に攻撃する傾向が高い一方、
 まだ気持ちの踏ん切りがついていないのか、最初は殺す気では来ないでしょう。

 魔種としての能力は「抑圧の解放・魔」
 元々持っていたギフトがより強力になった物。
 対象の持っている感情に指向性を加えて解放させます。

 前段シナリオ『<タレイアの心臓>故郷を目指して』
 (https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/7866)では
 眠ってしまった幻想種達の『故郷を守りたい気持ち』を悪用してイレギュラーズと戦わせてました。

<判明済みのスペック及びスキル>
 ステータス傾向:HP、防技、反応、EXA、神攻が高め。

幻影魔刃:魔力で出来た双剣で至近距離を切り刻みます。
神至単 威力大〔反応×中〕 【弱点】【スプラッシュ2】【停滞】【致命】

紫影弾:対象に向けて状態異常をもたらす魔弾を撃ち込みます。
神超単 威力中 【万能】【追撃】【泥沼】【停滞】【致死毒】

黒影旋風:数多の異常性を含んだ旋風を一帯へと齎します。
神超域 威力中 【万能】【崩れ】【泥沼】【停滞】【狂気】【呪殺】

 パッシヴ:HP鎧・小

<詳細不明スキル>

???:詳細不明。とっておき、あるいは自暴自棄の荒業です。
神?域 威力特大 【???】【???】【???】【復讐】【背水】

・スロースサキュバス×5
 いわゆるサキュバス――が冠位怠惰カロンの影響により変質し、怪王種化した存在です。
 未だに半端なジルベールを唆そうとしているようです。
 以下のスキルの他、物神の通常攻撃も可能です。

ドレインアイズ:対象と視線を合わせることで相手の精神を揺さぶり、生命力を奪います。
神近単 威力中 【HP吸収】【乱れ】【呪い】【魅了】

チャームダンス:周囲に向けて媚びた踊りを繰り広げます。魅入られれば凍り付いたように身動きが取れなくなるでしょう。
物自域 威力中 【凍結】【氷結】【停滞】【呪い】【魅了】【恍惚】

ソニックチャーム:対象に自身の力が籠った魔力をぶつけ、一帯に振りまきます。
神遠単 威力中 【万能】【ブレイク】【苦鳴】【呪い】【混乱】【魅了】


●友軍データ
・ヴィオレット・フォンテーヌ
 スティアさんの母方の叔母にあたります。
 大規模な範囲回復、補助スキルを用いて支援してくれます。

・深緑聖堂士団×10
 ヴィオレットの呼び掛けに応じた彼女と知り合いの神官の皆さんです。
 全員が幻想種です。基本はサキュバスの相手に回ってくれます。BS解除も可能です。

 なお、魅了が付与された3ターン後までに解除されない場合、
 サキュバスに魅了された罪悪感が増幅され、彼らは猛烈な自殺願望に襲われます。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報に嘘はありませんが、一部、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <太陽と月の祝福>愛憎背反、未だ定まらず完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年06月29日 22時35分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛
ルアナ・テルフォード(p3p000291)
魔王と生きる勇者
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
ジェイク・夜乃(p3p001103)
『幻狼』灰色狼
リカ・サキュバス(p3p001254)
瘴気の王
クーア・M・サキュバス(p3p003529)
雨宿りのこげねこメイド
レイリー=シュタイン(p3p007270)
ヴァイス☆ドラッヘ
ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)
微笑みに悪を忍ばせ

リプレイ


 絡み合った茨が戦場に暗い影を落としている。
 いるだけで気分が悪くなりそうな鬱屈とした空気の中が戦場に漂っている。
「お客様よ、ジルベール」
 濃い紫髪の女がジルベールの尻を叩きながら笑う。
「また後で夢は見せてあげるから、しゃきっとしなさいよ」
 赤髪の女が嘲り笑う。
「もう、二人とも駄目だよ……ごめんね、ジルベールさん」
「あははっ、皆元気だねぇ……ええっと、そっちの人達はイレギュラーズだっけ?」
 幼女を思わせる黄緑色の少女が首を傾げる。
「分からず屋をぶん殴る機会に恵まれて本当によかったわ。
 ぶん殴って目を覚ましてやるわ、せめてすべて理解したうえでスティアと向かい合うべきなのよ。
 ヴィオレットだってきっと望んでるだろうし、それがきっと精霊たちのためにもなるはずだから」
 胸を張るようにして『木漏れ日の優しさ』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)は敵を見る。
「親しい人と戦うなんて、本当は誰だって嫌なはずなのにね」
 悲痛な面持ちで呟くのは『絶望を砕く者』ルアナ・テルフォード(p3p000291)である。
(滅びのアークさえ何とかなるのなら――魔種になった人とも戦わずに済むのかな?)
 今この場で出来ることでその方法がない以上、やることは決まっている。
 ――そんなことは分かっていて、でもどうしてもそう思わざるを得なかった。
 ふるふると頭をふって気持ちを切り替えて、ルアナは振り返った。
「私はルアナだよ! 怪我しないように守るから、安心してね」
「ありがとうございます。私も、貴女が怪我をしないよう、お手伝いしますね」
 柔らかな笑みを返す女性に頷いて、ルアナは前を向きなおした。
「お母様の大切な場所を守ってくれた叔父様。
 家族思いの人なのはよくわかったけど、それでも魔種である限り決着をつけるしかないのが悲しいね」
 一歩、二歩と前に出ながら『純白の聖乙女』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は独りごちた。
 もしも滅びのアークを抑える方法が見つかったのなら、話し合いで解決できたのだろうか。
 スティアの様子を見たジルベールが叫びながら、魔力の双剣を構えた。
(……ああ、分かっている。ジルベールが迷っている今こそ奴を倒すチャンス。
 しかし、何だこのやりきれない気持ちは……
 ったく、冗談だろ? 俺がシスコン魔種に同情しているなんて)
 双銃を構えた『『幻狼』灰色狼』ジェイク・夜乃(p3p001103)はジルベールから視線を外し、くすくすと笑うサキュバスどもを見て、激情を何とか抑え込んだ。
「あれは……怠惰の空間にいた狂王種の仲間かしら。
 ……花畑の中異性に囲まれ微睡むのが理想だなんて、ずっと微睡んで欲しいものねぇ。
 ……こっちだって親戚の前で殺すのは躊躇すんのよ」
 ギフトの力を解放しつつ、『雨宿りの』雨宮 利香(p3p001254)はジルベールを囲むようにして立つ5匹を見た。
 その姿は、あの大魔種の権能の世界にてよく見た。
 隠す気すらないのだろうが、看破するには容易い。
「真ん中の人はスティアさんの叔父様、でしたっけ?
 彼がどのような苦悩の中にいるのかは把握し切れていないのですが……
 少なくとも、あの周りに侍ってるのは……サキュバスを詐称する、ひとを怠惰に放り込むしか能のない連中。
 甘美な夢でなく苦悩に引きずり込んで楽しむ紛い物共。
 ……そしてよりによってリカをあいつらの世界に引きずり込みかけた連中」
 『めいど・あ・ふぁいあ』クーア・ミューゼル(p3p003529)の視線は真っすぐにサキュバスどもを射抜いていた。
 その双眸には本来の欲求さえも覆い隠すほどの怒りがこれ以上となく灯っている。
「私の名はヴァイスドラッヘ! 感情を悪用する者を倒すため助太刀に参上!」
 白き死の姿を取った『白騎士ヴァイスドラッヘ』レイリー=シュタイン(p3p007270)は愛槍を掲げるようにして先生の言葉を告げた。
(血の繋がった者が戦うなんて……というのは簡単。
 当事者が納得するなら口出しはしないわ。……だからこそ、これ以上犠牲者は出させない!)
「さてさて、こちらの国も混乱しているようなので首を突っ込んでみましたが、サキュバスとは。
 くくっ、さすがは冠位といったところですか、その影響を受けただけでこのようなものまで現れるとは……実に興味深い」
 いつものように貼り付けたような笑みを浮かべ立つは『微笑みに悪を忍ばせ』ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)である。
(……ああ、そういえばジルベールなる魔種もいましたね。
 特に因縁もありませんし、この様な状況では普通の魔種など個人的にはどうでもいいのですが……
 まあ、仲間のお手伝いついでに相手して差し上げましょう)
 サキュバスたちに囲われるように立つジルベールに然したる意識を見せることもなく淡々と判断しては、サキュバスの方へ視線を向ける。


「申し訳ありませんがあなた方の誘惑に、他の皆様を巻き込む訳には行きませんし巻き込みたくないのです。
 我々と踊っていきませんか? 当然、あなた方が死ぬまで」
 爆ぜるように飛び出したクーアは、その手に焔を纏い掌底を叩きつけた。
 内側へと浸透した魔力はサキュバスの1匹の意識を引きずるようにクーアへと注がせる。
 ゆらりと立ちながら、クーアは敵を眺める。
(こいつらからは重圧を感じない。
 ……ならば、私には連中のBSは効かないはずなのです。
 そして中途半端に私を傷つけようものなら、文字通り倍返ししてやりましょう)
 真っすぐにモドキを見ながら猫は構え続ける。
「相手は魔種、生きて帰れる保証は何処にもない。
 ……普通ならな。お前達は運がいい。何せここには俺達がいるんだからな」
 聖堂士団との挨拶を交わしたジェイクは、彼らに指示を与えた後、愛銃を構えた。
 降り注ぐは大瀑布が如き弾丸の驟雨。
 鮮烈に撃ち抜く鋼鉄の雨は鮮やかなにサキュバスたちへと振っていく。
 巻き込まれた2匹のサキュバスがその猛攻撃に圧されたように立ち止まる。
「さて、それではお付き合いただきましょうか。貴女達に興味がありまして」
 楽し気に笑みを深くしたウィルドはサキュバスたちの方へ近づいていく。
 身動きの取れなくなっていた2匹の前に立ったウィルドは掌を2人へと見せる。
 魔力が掌の上で疑似的な月を構成すれば、漆黒の月光が2匹を包みこんだ。
 サキュバスたちが動き出す。
 5匹のうちの2匹は、零れるようにしてルアナ目掛けて飛翔する。
 ルアナはそれに対して正面から剣を構えた。
 放たれた魔弾は音速を以って爆ぜ呪う魅了の魔弾。
「アナタたちの攻撃なんて、ぜんっぜん効かないんだから!!」
 呼吸を置いて、ルアナが啖呵を切れば、サキュバスたちは楽し気に笑う。
 気丈に立つ小さな勇者は多少の痛みを覆い隠して敵を見る。
「こんな奴らにジルベールを唆されて変なことになっても困るわ、さっさとやっちゃいましょ」
 オデットはサキュバスたちの方へ近づくや、自らの力を一時的に開放する。
 水晶のリボンから得た魔力を、意識的に掌に集める。
 温かな陽の光は明確な熱を帯びていく。
 煌々と輝く太陽はその熱を覆し、絶凍の冷気へ変じた。
 放たれた閃光がサキュバスたちを包み込んで、その身体をひるませる。
「貴女たちも無理強いさせるのは大変でしょう、辛いでしょう?
 ふふ、私と遊びましょう? 大丈夫、強引にされるのは慣れてるカラ……いひひ♪」
 淫魔の権能を存分に使って、利香は魔眼をサキュバスたち目掛けて発動する。
 受けたサキュバスたちの表情が強張るのが見えた。
「はい、不合格……ちょっとは期待したけれど、所詮下級ね」
 それだけで十分だ。
 その反応が既にこちら魅了されてしまっていることの証左にしかならない。
 利香は静かに笑む。
「私が倒れない限り誰の失わせない! だから、絶対に倒れない!」
 愛馬諸共にレイリーは走り出す。
 雷霆の如き突撃がサキュバスの身体を踏みしめるや、一気に馬を返して聖堂士達の下へ帰還を果たす。
「必ず、貴女達を守ります」
 騎士らしく告げて、レイリーは前に立つ。
 斬撃を見舞う叔父へ、スティアはネフシュタンを握り締めて相対する。
「死線なら何度だってくぐり抜けてきたんだ。これくらいなんとでもしてみせる!」
 凄まじい速度で駆け抜ける斬撃に、スティアは真っ向から向き合っていた。
 魔力障壁が頑強に叔父の猛攻を防ぎ続ける。
 何枚も、何枚も、障壁が砕け散り、魔力が残滓に代わって散っていく。
「――あぁぁあああああ!!!!」
 斬撃が小さな隙を裂いて――痛みが走った。
「殺されてなんてあげないから――」
 頭部に走る痛みを振り払うようにスティアは叫んだ。
 汗が垂れたような気がして左目を閉じた。
「――――ッエイル、血が……あ、あぁ……?」
 血――? 思わず目元に触れて、鮮血を見た。
 どうやら、額が裂けて血が垂れてきてたらしい。
 魔術で止血しながらスティアが叔父を見れば、その眼が明らかな動揺に揺れていた。
「お、おれは――おれは、おれはおれは――!!
 ――ぁぁああ!! 嘘だ、俺が、俺が傷つけ、俺が? あっ――あぁあああ!!」
 瞳孔が開ききったその表情は、正気ではない。
 刹那、爆発するように、その身を流れる魔力の奔流が爆ぜた。
 爆発と呼ぶほかない、圧倒的な魔力の暴力が戦場を数度に渡って貫き、抉り穿つ。
 自然と、スティアは前に出た。
「――この場にいる人は、全員守ってみせる!」
 アトラスの輝きが眩く閃いて――濃い悪夢の中に包み込まれた。
 深すぎる闇が全て牙を剥いていた。

 ――死ぬ、と。そう思った。

(お母様――お願い、力を貸して)
 震えそうになる手に力を込めて願う。
 願いにこたえるように、何か温かいものが身体を包み込んだ。

「叔父様、私を憎むのは構わない。
 でもね、叔父様に殺されてあげる訳にはいかないんだよ。
 お母様が命を賭して産んでくれたのにそれを無駄になんてできないから!」
 癒えた傷に、スティアは両目を開いて魔種を見る。
「――それが私にできる唯一の親孝行だから!
 かわりに貴方の怒りも悲しみも全部受けて止めてみせるよ!」
 挑戦を告げてスティアはひたむきに叔父を見た。
「エイル――スティ――ァ」
 叔父の眼が驚愕に見開かれていた。


「あらら、殻に籠っちゃった……」
 魔力の奔流の中へと呑み込まれたスティアとジルベールを見たサキュバスモドキが笑う。
「あんた達、これがどういう状態か分かってるの?」
 利香の問いかけに、サキュバスたちが笑う。
「これはねージルベールが訳わからなくなった時、現実逃避する時によくやることだよ」
 黄緑色の髪をしたサキュバスがくすりと笑った。
「お馬鹿! わからず屋! スティアを恨みたくなる気持ちはわかる!
 でも結果としてスティアを殺したら、大好きなお姉さんを殺すことになるってどうして気づかないのかしら!」
 オデットは思わず声を上げていた。
 本当に殺しかけて、動揺して暴発した男へ、届くのかすらわからない。
 それでも、口をついて出て行ってしまう。
「スティアを殺せばあなたの姉にとどめを刺すことになるのよ!」
 だってそうでしょう? 殺せば全部なくなる。
 自分がやろうとしてることが姉殺しだってせめて気づきなさい!」
 今更遅い――そうかもしれないけれど、オデットは叫ぶしかなかった。


 戦いは続いている。
 魔種の介入はひとまずは無くなったらしい。
 ウィルドは2匹のサキュバスを眼前にして、いつもの笑顔を浮かべている。
「私を無視していかれるというのは些か面白くありませんね……」
 楽し気に笑ったまま告げれば、それを威圧と感じたのか、サキュバスたちの意識がウィルドへと集中していく。
「それでよろしいのですよ……」
 満面の笑みのつもりで、ウィルドはもう一度笑った。
「この人には手を出させないんだから!」
 ルアナは渾身の力を籠める。
 どこからともなく、自分ではないかのような魔力が溢れ出す。
 それに身を任せるようにして、思いっきり剣を薙いだ。
 鮮やかに、鮮烈に紡ぐ斬撃は幼さを感じさせぬ切れ味でさえあった。
 オデットは再び目を閉じた。
 思い描くは降り注ぐ陽の光、闇に生きる者を刺す、温かな極光。
「お願い、手を貸してちょうだい」
 光がサキュバスたちへとその身体を縫い付けるように降り注ぐ。
 ルアナの攻撃と合わせるようにして、レイリーは大盾を構えた。
 迫りくるは3匹のサキュバス。
 それらに対して、レイリーは静かに盾を構えた。
 サキュバスの魔眼から視線を外すように盾を持ち上げて射線をきれば、合わせるように撃ち込まれた蹴りをいなしてみせる。
「言ったでしょう、私が彼女と聖堂士団を守るって!」
 決死の盾を振るい、レイリーは真っすぐに前を向いた。
「『嫌がる事をさせない』、サキュバスなら基本中の基本よ?
 サキュバスなら相手から『そうしたいと願わせる』。誘惑ってそういうものでしょ?」
 挑発的に笑って見せる利香に、サキュバスたちの表情が歪む。
 笑みの質を穏やかに変えて、利香はそのまま笑い続ける。
「でもいいわ……私はそんな貴女達も愛してアゲルから……ね? クーア?」
 近づいてきていた2匹。脚元より溢れるは常夜の再演。
 無数が影より伸びれば、モドキどもを絡めとり引き裂いて――血だまりの中に眠りを誘う。
「あなた方にやさしくはなれないのですが……まあ、リカがそう言うのであれば。最期は焔の中で眠るがいいのです」
 クーアは自身へ微笑みかける主人の言葉に、溢れる怒りを抑えて、つい、と視線を向ける。
 刹那のうちに神速より放たれる逆さ雷桜。
 電流と炎熱をその手に交え、思いっきり掌底を叩きつけた。
 打ち上げられたサキュバスが体勢を整えるより前、鋭さと威を雷霆の如くした手刀が走る。
「よし、俺に合わせろ! 撃てぇッ!」
 ジェイクは聖堂士達に指示を出せば、放物線を描いて幾重もの魔弾砲火が降り注ぐ。
 それらを見据えながら、ジェイクはサキュバスの様子を窺っていた。
 中でも見るからに重傷な1匹。
 照準を合わせるのはそれだけでいい。
 自然体で打ち出した弾丸は、戦場を突っ切りそのサキュバスの脳天をぶち抜いた。
 不可避の弾丸の衝撃のままに、そのサキュバスがあおむけに倒れていく。


 魔力の奔流の向こうにスティアとジルベールが消えて少しの時間が流れた。
 サキュバスたちは既に討伐を終えている。
 けれど、殻の中に閉じこもった魔種の様子はまだうかがい知れない。
 どうにかして、これを壊さないと――そう思った時だった。
 蒼い輝きが黒い奔流を裂いて、ふらり、と少女が倒れた。
「俺は、俺は――」
 そう繰り返す魔種の内側に黒い奔流が収まっていく。
「あぁ、くそ……頭が回らない……」
 顔を片手で覆ってふるふると振っていた魔種は、静かに顔を上げる。
「……イレギュラーズ、か」
 それだけ呟いて、魔種はその手に再び双剣を握る。
 一気に全身から殺意を溢れださせた魔種が、こちらを睨んでいた。
「もういいだろ楽になれ!」
 怯む必要などない。
 ジェイクは静かにそう告げて、ジルベールへ二丁拳銃の両方を向ける。
 小細工など要らない。
 やるべきことは――残っている弾丸の全てをジルベールへ叩き込む。
 ただそれだけのことだ。
 死神の魔弾が真っすぐに飛翔する。
 それに合わせるように動いたジルベールは、真っ向から弾丸に応じてくる。
 勢いを殺しきれない2発の凶弾が、ジルベールの肩をぶち抜いた。
「前にあった時に手の内を見せて来たのがいけないのよ?」
 そう言って笑ったオデットは一気に魔種の方へと走り抜けた。
「あんただけは、一発ぶん殴らないと気が済まないのよ!」
 渾身の力を込めた陽光の輝きを、真っすぐに叩きつける。
 魔力の奔流が渦を巻き、叩きつけんとする閃光と拮抗する。
 だがそれはほんの一瞬だった。
 壮絶な威力となった陽光の輝きは、半端な魔力の層を無視して魔種の身体へと炸裂する。
「ここからは全力で――ね」
 利香はグラムを構えた。肉薄と同時に描くは魔法剣技。
 切っ先へと集められた魔力が刺突はその身を魔力の奔流に勢いを殺されつつも、そのまま体勢を組み返す。
 跳躍と同時、剣身へと集めた雷霆を切り拓く。
 三連撃たる利香の真骨頂が乱舞する。
「さぁ、残りは貴方だけ、覚悟しなさい!」
 レイリーは向かってくる魔種へと、真正面から剣を構えた。
 壮絶なる魔種の剣舞、それを受け切ると同時、穂先に雷霆を集めた。
 踏み込む身体が軋む。雷鳴を帯びたが如く、レイリーは槍を突き出した。
 美しくさえある騎士の刺突には、雷光がのっていた。
 そこからは、長い、長い戦いになった。
 死闘だった。それでも――


 夢を見た――そして、夢から覚めた。
 きっと、きっとそうだ。そのはずだ。そうだと、いいのに。
「ぁぁ――エイ、ル……った」
 視界の半分が、どうしてか見えないけれどエイルがいる。
「悪い、守れなかったんだ……ごめっ……ごめん。
 俺が――僕がスティアをあの子を――」
 手で彼女の頬を撫でたかった。
 動かそうとして、目の前のエイルが微笑んだ。


 風前の灯となったジルベールの下へ近寄ったスティアはそっとその傍らに膝をついた。
 片目を閉じたままスティアはそっと脳裏にその人を思い浮かべるのだ。
 小声でこちらに語り掛ける叔父が、そっと手を伸ばす。
 その手を優しく包み込んで、スティアは微笑んだ。
「よく頑張りましたね、ジルベール」
 思い描いたのは、母の顔、お母様がきっと言うだろうそんな言葉。
 叔父の手を握るのとは別の手で、そっとその頭を撫でてやる。
「全く、沢山の人に迷惑をかけて……静かに眠りなさい。
 今度は、悪夢なんて見ないように、ゆっくりと」
 スティアと向かい合うように座ったヴィオレットが暫し目を伏せてそう言って――そっとジルベールの両眼に手を被せた。
 瞼がおりて、吐息が消えて――その魔種は静かに眠りについた。
 もう二度と目覚めることのない安らかな眠りに。
 その様子を見て、スティアは顔を上げれば、向かい合う叔母が小さく頷いて――そっと目を閉じて祈りを捧げた。
 祈りに応えるように、どこかから温かな光が茨を裂いて降り注いでいた。

成否

成功

MVP

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女

状態異常

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)[重傷]
天義の聖女

あとがき

お疲れさまでしたイレギュラーズ。
貴女の言葉はきっと、彼にも届いたことでしょう。

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