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シナリオ詳細

拝啓、シェアキム陛下。エールリヒは羽衣教会がいただきます

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●免罪符の呼び声
 聖教国ネメシスの保守派と革新派の間の反目は、それを煽る何者かの影響もあり、歪んだ形での結実も危ぶまれていた。特に、一連のいさかいの震源地とも呼ぶべき街エールリヒにおいては2人組の料理人の引き起こした無差別毒殺テロが、革新派と見做されている若き新領主と彼をテロの黒幕と疑う領民たちの間に、一触即発の緊張を作り出している。
 嘆かわしいことだ。確かに新領主クルトは聖都にて、罪人に対して断罪よりも再起の機会を与えるべきという革新思想に触れてきた身ではある。しかし彼自身は家臣や領民たちの尊ぶ厳罰思想を、変えようとも、変えられるとも思ってはいないのに!
 幸いなのはそんな領主を本当に事件の黒幕だと信じ込んでいる者は、決して多数派ではなかったことだろう。革新派を例外なく卑劣漢だと信じ込む保守過激派市民らは、街で起こる数々の普通のご近所トラブルをあげつらい、片っ端から革新派の陰謀であるとして当事者たちを非難しはじめた。こうなれば、これまで『ちょっと正義感の強すぎる連中』程度に苦笑混じりに彼らに接していた他の人々も、『誰にでも噛みつく狂犬』と考えを改めなくてはならぬ羽目になる。保守過激派は保守派の人々からさえ孤立して、架空の革新派に対する憎悪を募らせるようになる……その最中。

 過激派市民らの下を、ひとりの女司祭が訪れていた。
「悲しいことですね、皆様のような敬虔なる神の僕が理解を拒まれる、恐ろしい世の中が訪れるとは」
 そんな言葉で彼らを慰めるのは、かのテロの際、練り歩くだけで人々の毒を癒やした聖女。その聖女がエールリヒはすでに革新派の手に陥ちてしまったのかもしれないと囁いて、皆の代わりに嘆いてくれる……その姿に涙せぬ者などはたしているのだろうか?
「まずは、皆様のための街をエールリヒの傍に作りましょう。人々の不理解から逃れることは、決して恥ではありません。もしもそれを罪だと恐れる者がいるのならば、赦しましょう、赦しましょう……」

 ……でもその女司祭、正体は革新派どころか異端も異端の、羽衣教会の会長なんだけどな???

●というわけで
「新しい町を作って悪いやつらを誘き寄せるよ! 天義を他のやつらに潰されるわけにはいかないからね!」
 ローレットの扉をバァーンとぶち開けた楊枝 茄子子(p3p008356)は、とびきりの笑顔でそう言い放ったのである。

GMコメント

 つまり、状況と依頼内容を掻い摘むとこんな感じです。

・エールリヒの保守過激派市民たちが、付近の森を開墾して小さな町(新エールリヒ)を作ったよ。
・新エールリヒ市民たちは、革新派やエールリヒへの攻撃を目論んでいるよ。
・エールリヒで人々の対立を煽った奴ら(プレイヤー情報ですが、犯人は秘密結社セフィロトです)は天義に混乱を招くべく、新エールリヒの武装強化のためにいろんな工作をしているよ。
・彼らの工作に協力するフリをして、秘密結社セフィロトの陰謀を暴いて妨害しよう!
・できれば保守過激派を上手く新エールリヒに封じ込めるような形がベター。

●参考情報
・新エールリヒ市民はローレットの特異運命座標を革新派の共謀者と見做しています。会長が適当に人々を言いくるめているので基本的にはただの協力者のフリをしていれば誤魔化せますが、天義の名声が特別に高かったりすると別途変装などをしておいたほうが都合がいいかもしれません。
・新エールリヒは生まれたての町なので、武器ばかりか何もかもが足りていません。
・セフィロト工作員は基本的に余所者であり、皆様と新エールリヒ市民の区別はつきません。新エールリヒ市民にも皆様と一般商人とセフィロト工作員と羽衣教会工作員の区別はついていません。

●特殊な敵について
 EXプレイングでは通常の味方指定だけでなく、工作に協力していそうな敵方関係者を指定することも可能です。特に登場を許可しがたい理由がなければ登場し、秘密結社セフィロトの思惑や依頼に沿って動くでしょう。
 基本的には敵方関係者が登場するほうが敵側の能力は高くなりますが、同時に対策方法もある程度定まるでしょうから必ずしも不利になるとはかぎりません。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • 拝啓、シェアキム陛下。エールリヒは羽衣教会がいただきます完了
  • GM名るう
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年06月24日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ジェイク・夜乃(p3p001103)
『幻狼』灰色狼
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
星穹(p3p008330)
約束の瓊盾
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し
クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)
海淵の祭司
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと
佐藤 美咲(p3p009818)
無職

リプレイ

●新エールリヒという町
 道中、しばしば『桜舞の暉盾』星穹(p3p008330)を襲った頭痛は、ここへ来て一層激しさを増したように思われた。エールリヒの森の中、新たに生まれつつある町に近づくにつれて響き渡るのは、魔に魅入られた者どもを打ちのめし、魂の救済をもたらすべしと説く戦歌。行き過ぎた愛国の果てに同胞からも白眼視されるに至った、ここ、新エールリヒの人々にとって、それは当初は連帯の証であったのだろう。星穹の放った小鳥が聞いたのは、今では裏切り者ではないことを周囲に示すことで他の者たちの憎悪から逃れんとするための、喧伝そのものであったように思えたのだが。
 はて。であればその歌は、彼らが望むものであったのだろうか?
 望まぬものを捨て去って、必要と感じるもののみを周囲に置き純化する。それは彼らにとって幸福な成長ではあるのかもしれないが……この者たちは理解し覚悟しているのだろうかと『海淵の祭司』クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)は疑問を浮かべる。好ましく思わざるもの全てを排除する進化など、それが人生から最も平穏を奪う生き方であることを。
 とはいえ彼らが覚悟の上でそれをするのなら、誰にも止める権利はない。そう言っておくのが人として正しい在り方ではあるに違いない。
 だが、これだけは『合理的じゃない』佐藤 美咲(p3p009818)は言いたい。権利なんてなくてもいいから止めさせてくれ、と。
(いい加減、“残業”からは解放されたいんっスよ……まあ、まだ『炎上!』『拡散!』『デスマーチ!』ってなってないだけマシなんで、確実にここで食い止めたいところなんスけどね……?)
 彼らがほとんど何の準備もなく、衝動と凝り固まった憎悪のみで動いてくれたことはその点、幸いだった。さもなければ――新しい町での商売を目論む商人を装ってやって来た『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)は指摘する――彼らは計画的に瞬く間に内政や軍備を整えて、止める隙も付け入る隙もなく彼らが敵と見做した者たちへの攻撃を開始することになっていたはずだ、と!

 すなわち、逆に言えば今はまだこの街は、大きな隙を多く残したままになっていた。
 木を切り家を建てる者はいる。
 獣を狩り食事を作る者もいる。
 だが、麦を育てて刈り取る者も、糸を紡ぎ布を織る者もまだいない。新エールリヒ市民たちは当初こそそれらを旧エールリヒから窃盗――彼らの言葉を借りれば“救出”――していたとの話ではあったが、それも旧エールリヒの人々がこの真の保守派を名乗るテロリストどもの動きに目を光らせるようになるまでは、の話だ。
 だから彼らは、それがあまり馴染みのない相手であると承知していても、余所者の商人との取引を余儀なくされていた。勿論、彼らなりの踏み絵はあるのではある。が、あくまでも踏み絵にすぎぬのだ。例えば『星月を掬うひと』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)が卑劣な遣り口で旧エールリヒの人々を“買収した”革新派の悪行を聞いて憤慨してみせてやったなら、彼らは彼女を敵かもしれないなどと疑えはしない。特に、彼女が利益などこの新たな町が発展してくれた後にいくらでも回収できると言って、格安で必要な食料とその苗や種を融通すると申し出てくれたなら!
 もっとも、それに対しても異を唱える新エールリヒ市民たちもいないではなかったが。
「いかに我々の苦境に手を差し伸べてくれるように見えたとしても、商人の口八丁など信じて借りなど作れるものか」
「買うのなら革新派の手に陥ちた堕ちた聖騎士たちさえ討つための武器にしておけば、食料問題も自ずと解決できるだろうに」
 なるほど彼らが盗っ人から強盗に進化するのを厭わぬのであれば、その主張は真実ではあったのだろう。けれどもそうやって憤る者たちの前に、ひとりの輝かんばかりのきらびやかさに包まれた聖女――女司祭ナチュカを名乗る、『邪悪の伝道者』楊枝 茄子子(p3p008356)が姿を見せ説いた。
「確かに、神敵を滅ぼすことも大切な信仰の証と言えましょう。けれども今、我々が備えるべきは、外部からの襲撃に他なりません」
「そうだそうだ! ナチュカ様の仰るとおりだぜ!」
 横から野次を飛ばした男は、実は正体は『『幻狼』灰色狼』ジェイク・夜乃(p3p001103)。
「このままじゃ、革新派どころか野盗どもにとっても格好の的になりかねないぜ! 建築の心得のある俺が言うんだ……このままじゃ、大義を為す前に潰されちまう。俺たちは何のために戦うのか、もう一度思い出してくれ」

 しばし、しんとした静寂が辺りを包み込んだ。息巻いていた者たちも何か反論しようとはしていた様子だが、すぐさまそうすることはない。そんなことをしてしまったならば、考えなしに聖女様の言葉に異を唱えたことになるではないか。それは彼らの掲げる“古き善き天義”に対しての、いかに恐ろしい裏切りであるだろう!
 だから最初におずおずと言葉を紡ぎ出したのは、とある新エールリヒの若者だった。
「……実際、革新派を見くびらないほうがいいかもしれないぞ」
 彼をこの町へと駆り立てた逞しすぎる想像力が、ますます悲観的に膨らんでゆく。
「武器を集めた程度で戦える相手なら、最初から逃げる必要なんてなかっただろうが。奴らが好き放題できない拠点が必要だ……そして、この町こそがその場所だ!」
 とはいえ……守るためにも武器が必要になること自体には、誰も異論を挟もうとはしなかった。新エールリヒの人々がもうすぐ約束の武器商が訪れるはずだと囁き合うさまを、『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)の鋭い聴覚は逃さない。
 Uhhrrrr……キリキリと痛くなる胸に、思わず唸り声が零れそうになる。ここでその理由を「争いを止めねばならないプレッシャーのせい」と言えればまだ格好もついたのだろうが、残念ながらリュコスはそれ以前の、自分がこれからやることへの心配で一杯だ。
 ……でも、それでも遣り遂げてみせる。次の瞬間、また何かに気づいたかのように、そっと木々の影へと姿を晦ませたリュコス。耳と尻尾ばかりか首輪と足枷まで隠すようローブを体に巻きつけて、じっと凝視する先は……特異運命座標たちも把握していない、新たにやってきた幌馬車だった。

●暗躍者たち
 商談は、始まった。
「おや、また少しばかり所帯が大きくおなりなようで」
 軽口を叩く間も貼りついたような愛想笑いを変えようともせずに、丁稚たちに荷物を下ろすように指図する商人。
 その様子を見て……どきり。星穹の心がざわめいてゆく。それは辺りを見回した商人の視線がただの町の住人を装っている自分を捉えたから――ではなくて、商人の心に微塵も誰かを騙そうという気持ちが含まれていなかったから。
(騙す、と言うと人聞きは悪いですけれど、商人なら誰であっても、相手を利しておくのは自分の利益のためだという気持ちとは無縁ではいられないはずです。だというのに……どうして自分の利益をほんの僅かですら考えず、こうして商売ができるのでしょう?)
 するとその時、我らが神の大義のために、と、誰かが祈りを捧げたようだった。その声を聞いて星穹は理解する――もし、商人が実際には商売のためでなく、何かの大義を果たすためにここに現れたのだとしたら?
(この町に荷物を渡すことこそがあの人たちの大義。だとすると、あの箱の中に入っているものは、一体どんなものなのでしょう?)

「僕たちにもお手伝いさせて?」
 まるで姉――かつてその命と引き換えに海洋王国の伝説となった――のように人懐っこく、荷物の箱に手を伸ばしたクレマァダ。
「しかし、この荷を女子供に触らせるわけには……」
 商人は突然の出来事に戸惑ってみせたが、それは本当に女子供に持たせるには危ないものなのか、はたまた“真に信用の置ける相手以外に触らせたくないもの”なのか……そこへとすかさずクレマァダの姉役のメリンガァタ侍女長が、ぺらぺらと捲し立てて降参させる。
「あら、私たち、みなし児だったところをナチュカ様に拾われてお導きいただいたんですのよ! ナチュカ様が心を痛めてらっしゃる物事に、少しでもお力になりたいと思うのは当然の話です! ご安心なさって、その子、こう見えて案外なんでもできるんですもの!」
 心の痛む嘘だ。けれどもお蔭で、お手伝いの地位はまんまと入手した。商談のほうがトントン拍子で進んだのに合わせ、クレマァダが自警団を組織する者たちへと届けるよう指示されたのは……大方の予想に違わず穂先や矢尻、それから火薬などの武器だ。
 その数をいくらで買った、と、安い仕入れ値を自慢する自警団の長。そんな彼が商談に赴いたヴァレーリヤに提示するのは、当然、それと同じ値段だ。
 はあ、とヴァレーリヤの口から溜め息が漏れた。
「どういうことですの。これでは商売上がったりなのだけれど」
 この値段で売らされたなら、依頼にかこつけて中間マージンをせしめる計画が台無しどころか、売れば売るほど赤字が増える。けれどもその溜め息を非難と捉えたか、逆に憤慨する男!
「先程、正義のため力になりたいと言ったのは嘘だったのか? 正義を騙り私腹を肥やすつもりなら、今すぐこの場で断罪してくれる!」
「お、お待ちになられまして!? そこまで仰るのでしたらこれまでの取引記録をお持ちいただくといいですわ。こうなれば意地ですわ……私が力になれる商品を見つけてみせますわ!」

 ……その記録の写しを検めた美咲曰く。それはまさしく大いなる思惑が、この町を傀儡とせんとしている証左であった。
「舞氏、住民の証言リストはどうなってまス?」
 ご近所には娘として紹介している同僚――断じてこいつは見た目通りの若さじゃないし、私も変装を解けばこの町の皆が知るようなオバサンじゃなくなるんで覚えておくように――に分析結果を尋ねれば、やっぱり、出るわ出る、住民同士の矛盾の塊。
「この2人はエールリヒの同じ通りの出身を自称してるのに、知り合い同士らしい動きはしてなかったスね。どちらかはこちらの自己紹介と被らないように適当な出自を名乗っていた? だとしたら、より怪しく映るのは……当然、新エールリヒの意見を率先して取り纏めようとしているほうス」
「うわ、ミサパイにまで見破られるだなんて、工作員のざぁこ❤」
 そう舞も馬鹿にするものの、どうやってここから彼らの陰謀を暴くのかにはもう一工夫が必要そうだ。ただし、幸いにして外部の協力者のほうは、もっと簡単に手口を暴くことができる。そう、どこぞの誰かさんみたいにあわよくば個人的な利益まで期待しようとしないフラーゴラならね。
「他の商人さんたちのこと、もう少し詳しく教えてほしいなあ。そうすれば、もっと安い値段になるように交渉することもできるかもしれないし……。他にも、村おこしみたいなことをして正しい信仰を広めながら儲ける手もあるし、この町の施設とか周囲の森とかについても教えてくれる?」

 新エールリヒに集うのは元より短絡的な者たちが主であったから、まんまとフラーゴラの甘言に丸め込まれてくれる者に至るまでそう時間は掛からなかった。本物だろう商人たちの間に紛れるように、多少のゆらぎは作りながらも、しかし一定以上の間隔は作らないように来訪予定を定める怪しい商人たち。
(監視か連絡役も兼ねてるのかな……)
 もちろん、先程の武器商もまたそういった者たちに違いないのだ……もっとも、その思惑を白日の下に晒すためには、彼らに邪悪な目論見がある証拠が不可欠であるのだが――。
「師。大義を果たして参りました」
 新エールリヒとの取引を終えた幌馬車がとある商会の前に帰り着いた夜、商人たちが商会の関係者らしい男にそう恭しく挨拶した声を、彼らを追ってきたリュコスの耳は聞き逃さなかった。
 いつ見つかってしまうか判らない不安。盗み聞きをしている後ろめたさ。
 でも、きっとこれはやらなくちゃいけないことなんだと自分を奮い立たせる。だって、師と呼ばれた男はどこか恍惚に似た微笑みでこう囁くではないか。
「皆さんの行ないは生命の樹(セフィロト)に刻み込まれます。善行を重ね、魂を浄化し続けましょう。世界が無事に新生を果たし、皆様の魂が争いなき新たな世界へと生まれ変われるように……」

 その後、どうして逃げ出すようにその場を後にしてしまったのか、リュコスには自分でもすぐには解らなかった。でも、暗い夜道を駈けているうちに、そこに自分を虐めていた人々と同じもの──他者を傷つけることを当然の権利だと信じている者たちの傲慢を感じたからなのだという確信が浮かびあがってくる。
(どうにかして、思いどおりにさせるのを止めなくちゃ。でも、どうやって……?)

●逆工作
 家魔製品に満ちた練達の教会とは比べ物にならないほど質素ではあったものの、エールリヒ救済の聖女のために用立てられた教会の一室は、隙間風とは無縁なくらいにはしっかりとした立派な作りで拵えられていた。
 すなわちそれはこの部屋で行なわれる密談や陰謀が外に漏れないことを意味してはいたが、にもかかわらず部屋の主である茄子子の動向を疑おうとする者はいない。新エールリヒの過激な者たちの訴えも、怪しい商人の申し出も、聖女ナチュカは微笑みを浮かべて応えるばかりだからだ。それを信仰する者はそれを救いだと信じて疑わず、利用せんとする者はそこに欺瞞を見出してしまう……彼女は正義への願いにこそ満ち溢れているが、実際には祈りを捧げることしかできはしないのだ、と。
 だからリュコスが戻ってきてからさらに数日後、その部屋で彼女が“陳情に訪れた商人”に現状を伝えていたのを、誰も知ることなどはできない。彼らはそれを聞いて自分たちが羽衣教会のために何をするつもりかを語り、そして教会を後にして――。

 ――しばらくの後、新エールリヒの武器庫が激しく爆発を起こす。

「協力者を装った革新派の仕業だ!」
 ジェイクの呼び掛けとともに走った緊張は、瞬く間に町じゅうを駆け巡っていった。井戸では釣瓶の縄が切り落とされて、用水桶も多くが割られ、苦肉の策としてワインで消火用水を代用しようにも、瓶ごとどこかへと持ち去られている、そんな中でますます燃え盛る武器庫。新エールリヒの人々は否応なく理解する――ジェイクの言葉こそが真実であるのだと。
 だから、早くも犯人探しが始まっていた。この町は、怪しもうと思えば怪しめる者に事欠きはしない。何故なら『新エールリヒ』という町は一枚岩のようでいて、結局は旧エールリヒの各通りから集った見知らぬ者同士でしかないのだから。
 何もヒントのない問いに、答えを出さねばならなくなった時。人はあやふやな噂に頼るほかはない。
 すなわち。
『もしも商人たちの中にスパイが混ざってたりしないといいわねぇ』
 美咲が事あるごとに世間話に織り交ぜていた、普段なら「あんなに協力的な人たちがそんなわけない」と一笑に付されるような世間話の類。
 その根も葉もない風聞が、商品を売るのを渋ったヴァレーリヤの存在を機に“真実”になった。実際、本当に真実なのだ――フラーゴラの聞き込みやクレマァダのお手伝いを元に手に入れた情報を元に、先程の羽衣教会の工作員とともにそれらを実施してみせたのだから。
 今やヴァレーリヤはジェイクから銃弾を浴びせられる姿を人々に見せながら、今にも建設中の外壁の隙間から逃げてゆくところだった。ああ……ジェイクが守りを固めろと言ったのは正しかったのだ。もしもあの壁が完成していたら、不正義の徒を逃がす結果にはならなかったのに!
 だから……そのジェイクがさらに何かを言うのなら、それもきっと正しいことなのだ。
「畜生め、奴らは革新派だったのか! ……だがこの調子だと、革新派でも保守派でもない完全に不正義な連中も動き出してるって話も本当かもしれないな……どいつだ? まさか、他の商人も洗ってやる必要があるのか……?」
 ……すると。

「私たちの意志に余計な混ぜ物は必要ない。第三者の協力なんて必要ない……そうでしょう?」
 星穹の一言が切っ掛けとなって、人々の怒りは一線を越えた。
「余所者は出ていけ!」
「安く売るとか言っておきながら、お前たちもどうせ何かを企んでいたんだろう!」
 エールリヒの外から来た商人たちはもちろんのこと、商人たちに石を投げるのを躊躇った者たちも、全てが人々の怒りの標的だ。フラーゴラも、商人を装った工作員たちも……ずっと温めてきた暴動計画がこんな形で暴発してしまったのに仰天し、慌てて商人との間に割って入ろうとした偽エールリヒ市民らも。
「ワタシは、本当に村おこしをしたくって……。ほらこれ、ワタシが考えた新料理のレシピ……ああっ!」
 踏みにじられたレシピの羊皮紙が熱に舞う中を、フラーゴラの乗るウォーワゴンは旧エールリヒに向かって走り去らねばならなかった。この町の在り方こそ真に正しいという喧伝が幻想であったと気づき、悔しがる人々も載せて。
 一方で、逆の方向に向かう馬車もあった……正義と征服を混同する愚かな人類に失望の眼差しを向け、新たなる世界に生まれ変わらんと欲する者たちを載せて。
(何だ? てっきりこいつらもリュコスが見た商人のところに向かうのかと思いきや、違う街道に進んだな)
 使い魔に馬車を追わせていたジェイクは、じきに知ることになるだろう……彼らがひそかに身を寄せたのが、とある小貴族の別荘であったのを。

●騒動の行方
 暴動は、茄子子が二度と彼らがこの町に入り込まないようにと命じ、再びジェイクの先導の下、人々が外壁の普請に熱中するようになった時、それと入れ替わるように冷めていった。同時に、人々からはもうひとつの熱も冷めてゆく……すなわち、『真なる正義』に対する過度な愛情が。

「またこの町を出てゆく人が出ただって!? 皆、革新派が我々に何をしたのかを忘れたのか!」
 そうした者たちを引き留めようと、大声で呼び掛ける者が今もいた。けれども、何故その者がそうも必死になるのかは……美咲の手元のレポートを紐解けば容易く判る。
(折角の工作が水の泡になったなんて報告したら、組織での立場は悪くなるスからねー……)
 天義混乱の前哨基地を作り上げようとしばらく続けてきた工作も、今や失敗は明らかだった。
「次は僕は、何をすればいいのかな? お手伝いが足りなかったならもっとお手伝いするから……」
 そっと触れてきたクレマァダの手を苛立たしげに振り払うと……工作員の男もまた自らの言を違えるかのように新エールリヒの町を後にする。それでも心配そうについてくるクレマァダに、帰る先が旧エールリヒではなく全く別の町であることを知られるのも構わずに。

 こうして一度は新エールリヒと呼ばれた町は、完成目前の外壁を残して人々の記憶から忘れ去られていった。将来、新たにこの町の存在を知る者が生まれるのだとすれば、それはこの地に住まう野生動物か、盗賊団くらいのものだろう。
 あるいは、再び茄子子がこの地にやって来て、羽衣教会の拠点にしてしまうかもしれない……もっともそれは、この場では語ることのない未来だが。

成否

成功

MVP

リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し

状態異常

なし

あとがき

 皆様の介入により暴動が発生し、一度は新エールリヒに賛同した人々もその凶暴性に気づいたことにより、エールリヒの町を狙う者たちの計画は頓挫することになりました。
 工作員たちの身元を洗うことにより、彼らが宗教団体セフィロトの信奉者であることが判明しています。天義に戦乱を招かんと欲する彼らを止めるには、どのような手が必要になるのでしょうか……?

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