シナリオ詳細
<タレイアの心臓>百合花の魔女
オープニング
●
「……ローレットの人達。こんばんは」
そう言ったのはくすんだ黒髪の青年幻想種だった。
「ノエルくん、もう起きても大丈夫なの?」
炎堂 焔(p3p004727)は視線を青年――ノエルの腹部を見る。
そこには痛々しい包帯がぐるぐると巻き付かれている。
「うん、まぁ……流石に激しい運動とかは無理だけどね」
ノエルは諦観したように笑っている。
「ノエルお兄さん、無茶はしちゃだめなのよ!」
キルシェ=キルシュ(p3p009805)が言えば。
「あぁ、もちろん。無茶はしない……というか、無茶できないというか」
そう言ってノエルは頬を掻いた。
「空間や概念、思考などに干渉して改竄する魔術……でしたか」
そう呟いたのはアリシス・シーアルジア(p3p000397)だ。
「君の師匠は『次は私が戦う』って言っていたな。
俺達がこのまま進めば、彼女はきっと俺達の前に出てくる。
もしなにか知ってることがあれば、教えてくれないか?」
イズマ・トーティス(p3p009471)の問いかけにノエルは少しばかり考える。
「僕が知ってること……そうだね。師匠は基本的に卑怯だ。
僕があの人と契約を交わしてやらされてきたことは、基本的にあの人本人がやるようなことだった。
常に矢面へ立つのは僕であって、師匠じゃなかった。
――だから、あの人と戦うのなら気を付けてほしい」
ノエルは真っすぐに4人を見る。
「あいつは、『絶対に叛服の百合の外には出てこない。』
でも――これはチャンスだって僕は思ってる」
ノエルは真っすぐにイレギュラーズを見て、その視線をやがて焔に向ける。
「えっ、ボク?」
焔が首を傾げていると、ノエルは緩やかに首を振ってから視線を上げる。
「今、貴方の友人のエルリア・ウィルバーソン博士と協力して『叛服の百合の効果を相殺する魔術』を作ろうとしてるんだ。
研究者の彼女が君達が以前に回収した叛服の百合について、そのまま独自研究を続けていてくれたところに僕が知ってることを加えてる。
――でもまだ足りないんだ。もう少し、もう少しで出来るはずだけど、まだ少し足りない――ピースが1つ足りてない」
「ピースが足りない……か。そのために俺達が出来ることはあるか?」
イズマの問いかけに、ノエルは目を伏せる。
そのまま、少しの間じっとしていた青年は、深く呼吸をしてから、視線をイレギュラーズへ向けた。
「師匠と戦ってきてほしい。
あの空間で師匠に勝つことは現時点では絶対に出来ない。
――というか、師匠が魔術の主導権を持っている時点で『自分が負けそうになった時点で撤退するはずだ。』
あの人が死力を尽くすとか、絶対ないし、飽き性だからね。本気で君達が戦えば逃げの一手を確実に選ぶ。」
「キルシェたちにお師匠さんと戦えっていうのは分かったけど、戦ってどうすればいいのかしら?」
「僕はあいつの下にいた時、あの花の世話をさせられてた。
ある程度なら、僕でもわかる。だからエルリアさんと協力して、師匠の魔術を上書きする。
――最低でも騙されないようにする魔術を作る。
でも、そのためには時間が足らないし、手の内も分からない。
それさえ分かれば――僕に教えてもらえれば、次の時には間に合わせられる」
キルシェの問いかけに、ノエルはそう言ってきゅっと手を握った。
「ユニス。今回、君はここで待っていた方が良い」
ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)の言葉に軽めの髪をした幻想種の少女、ユニスは驚いた様子を見せる。
武器を構えようとしていたユニスを制したウィリアムは、ノエルの方へ一瞬視線をやり。
「前回、君は『師匠』の奇襲を受けかけた。
今回、敵のテリトリーで戦うことになるから、君には常に危険が伴う」
「それは――そうですね」
少しばかりうつむいた様子を見せたユニスに、ウィリアムは「だから」――と続け。
「ノエルとも積もる話があるだろうし、まだ傷が癒えてないはずの彼を守ってあげて欲しい」
「……はい!」
フォローを入れれば、少女は目を大きく開いて、そのまま柔らかく笑ってくれた。
●
大樹ファルカウへと向かう道中、イレギュラーズは不意にその領域に足を踏み入れた。
眠りの世界とも異なる、土地そのものを改竄して構成された異空間。
今度の空間は異様そのものだ。
冬の権能が空気を貫きながらも、天に昇る太陽は異常なまでに大きい
府と舌を見れば、足元は美しい白百合が広がっている。
半面、周囲を見渡してもどこにも森など存在せず、先程までいた場所とはまるで違うことが理解できる。
「やっぱり出てきたのね~面倒くさいわぁ」
黄緑色の髪をした幻想種が小首をかしげる。
「たしか、『面倒だけれど、私が相手となりますから』――でしたね。
ではお話の通り、お相手頂きましょうか」
「そうなのよ! 今回はユニスお姉さんはお留守番だから……ルシェ達が相手なのよ」
キルシェが愛杖を握る手に力を込めて告げれば。
「そう……そりゃあそうよねぇ」
少し灯りため息を吐いて、魔種は指をパチンと鳴らす。
刹那、白百合の幾つかが白蛇へと姿を変えた。
「飼い犬には手をかまれ、欲しいものには手が届かない。歯がゆいわねえ……」
溜息を吐く魔種へ、イレギュラーズは構えを取る。
- <タレイアの心臓>百合花の魔女完了
- GM名春野紅葉
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2022年06月05日 23時20分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●
「面倒よねぇ」
『師匠』は溜息を吐くままに、呟く。
(矢面に立たず自分空間から出て来ない。恥ずかしがり屋の美魔女さんなのね。
俺もすぐに飽きられると思うけど楽しんで貰えるように頑張ろうかぁ)
くるりと槍を構えて思考するのは『イケるか?イケるな!イクぞぉーッ!』コラバポス 夏子(p3p000808)だ。
「か弱いノエルくんとユニスちゃんを護るのにも繋がるのだし!
おねーさん、頑張っちゃうのでっす!」
『超合金おねーさん』ガイアドニス(p3p010327)はやる気に満ちていた。
手負いの――というか、そうでなくとも、明らかに自らよりも脆い――ノエルとユニス、2人を護る結果に繋がるとあって全力である。
「ノエル君達に関しては……私は怒る権利を有していないから。何も言うまい。
ただ、一つだけ尋ねておきたいのだがね」
「あら? 何かしら?」
『61分目の針』ルブラット・メルクライン(p3p009557)はどうしても問いたいことがあった。
「なぜ白百合を選んだのだ? 聖母の象徴たる百合を冒涜するつもりかね?
不相応な願いを掲げるのは結構だが、余計な迷惑は掛けないでくれたまえ」
「……さぁ、なんだったかしらねぇ。忘れてしまったわ。
けれど……そうね、その聖女? とかいうとは関係なかったと思うわねぇ」
『師匠』が首を傾げる。そもそもとして『聖女』が指している人物は2人の間で共通認識ではなさそうだ。
構える『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)はその様子を見ながら警戒を緩めない。
(先日蛇に姿を変えていたのも術式の応用であるのなら、目に見えているものを信用し過ぎるのも危険
対峙する『師匠』以外にも、その使役する白蛇についても警戒が必要ですね)
前回の事を振り返ればその結論は当然のことだった。
(……汎用性の高すぎるように見える叛服の百合が何処までできるものなのか、
そのケースとしても観察が必要でしょう))
視線を外さず、思考は冷静に、アリシスは敵を見る。
「能力不明の強敵か! ヒト先ず殴りかかって正体を見極めろってことでしょ? ワクワクするね!」
なんともゼシュテル人らしく、楽し気に笑ってみせる『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)に、『師匠』は面倒くさそうに顔を歪めた。
言いつつも、その眼は広域へと広がり、奥の手を警戒しながら周囲を見ている。
とはいえ、広がるのは無限に近い白百合の群生ばかり。
(ここから『核』を探すのはムチャだよね? ってなると、やっぱり無理以外にバケてそうだね)
「ノエルくんから話は聞いたよ……ボクだって、同じような事があったらどうなっちゃうかわからない」
カグツチを構えて告げた『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)に対して、『師匠』の表情がぴくり、と動いた。
「……だからってあなたのやろうとしていることを見過ごすことも出来ない!
ノエルくんを連れ去ったことや、エルリアちゃんの研究所を荒らしたことも含めてお仕置きしちゃうよ!」
「……エルリア、あぁ……あの研究者の知り合いなのねぇ……」
『師匠』はこてん、と首を傾げた。
「……砂漠の緑化、なんて」
そのまま、魔種はぽつり、とそう呟いた。
「見事な光景でござるな。気を付けねばここが戦地である事を忘れてしまう程に。
世界を書き換える力を持つ白百合。
お主がその形に拘る理由、過去にユニス殿の母上に奪われた研究に由来するもの故か?」
構えを取った『闇討人』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)の言葉に『師匠』が刹那的に表情を緩めた――のは気のせいか。
(……あの時はここまで来るとは思わなかったけど、とうとう『師匠』のお出ましか)
『奈落の虹』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)は花畑の光景に初めてノエルやユニスと出会った以来のことを思い出していた。
(今回で少しでも何か分かると良いのだけど……まあ、何とかしてみよう)
美味しくいただいた後、そっと口元と鼻を覆う。
(ここに突入した後だから意味はないだろうけど、お守りみたいなものだね)
杖を構えながら、気だるげに立つ魔種を見る。
(欲しいものには手が届かない、か。
研究を盗まれてどうでもよくなって、それでも現実を改竄してまで人の住めない深緑が欲しいのか?
何故そんな方法で、そこまでして……?)
ノエルから告げられた彼女の目的を訝しみながらも『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は気持ちを切り替えつつ。
「貴女の企みを許すわけにはいかない。だから阻止するし、逃げようとしても追う。
面倒くさいと思うだろうが、今ここで相手になってもらおうか!」
「あらそう……うぅん……けれど、どうやって追い付くつもりなのかしらねぇ」
頬に手を当て、不思議そうにする『師匠』に剣を向ける。
「……師匠さん。ルシェはキルシェです。師匠さんのお名前教えて貰えませんか?」
『桜花の決意』キルシェ=キルシュ(p3p009805)の問いかけに、それまで面倒くさそうに――それでも余裕を隠さなかった『師匠』の表情がすとん、と消え失せた。
それでも、キルシェは真っすぐに告げる。
そうしたら――『師匠』は微笑んだ。
「フレイアよ。これでいいかしら?」
「フレイアお姉さんは、今もユニスお姉さんのお母さんを憎んだり恨んでるのかしら」
「――――いいえ? 恨んでなんかないわよ。えぇ、恨んでないわ。面倒くさい」
すわった眼でそういう『師匠』が本当のことを言っていないのはリーディングをするまでもなく明白な事だ。
「……どっちだとしても、ユニスお姉さんの命を狙うのは間違ってると思うの。
ユニスお姉さんのお母さんへの嫌がらせかもしれないけど、師匠さんの研究結果を盗んだのはユニスお姉さんのお母さんだもの。
喧嘩したり文句を言う相手はユニスお姉さんのお母さん。そこは間違えたら駄目なのよ」
「全てを失った私に比べれば――娘の一人ぐらい大したことはないと思うけれどねぇ」
死を錯覚させるほどの殺意と共に、冷たい声色で紡がれた言葉もまた、嘘ではないことは明白だった
「……フレイアお姉さんはどうしてユニスお姉さん狙うんです?」
「子供より大切な物なんて、早々ないでしょう?」
とけるように魔種が笑う。
「フレイアお姉さんが喧嘩する相手はユニスお姉さんのお母さんじゃないの?
お姉さんが良いなら、ユニスお姉さんのお母さんがどうしてお姉さんの研究結果奪ったのか、一緒に聞きに行きましょう?」
「必要ないわねぇ……今更、どんな言い訳並べられたところで、殺したくなるだけでしょう?
人の物奪うだけに飽き足らず、追放までしたんだもの。楊は全てを奪われたわけよね。
一族郎党皆殺しにされても文句言われる筋合いないわねぇ」
そう言ったまま、フレイアが腕を組んだ。
それと同時、周囲に出現した蛇たちが動き出す。
最速で動いたのはイズマである。
「今までノエルさんに丸投げしてた貴女がどう対処するか、お手並み拝見だな。
手を打つのが面倒だと言うなら倒すだけだが!」
圧倒的速度で振り払ったイズマの斬撃は避けがたき守りを許さぬ二連撃。
美しき朧月の如き壮絶なる太刀筋に続けるように、振るうは容赦を知らぬ三連撃。
「面倒くさいわねぇ……」
強かな連撃を受け、フレイアは静かに首を傾げた。
(手札を暴く、ね)
ガイアドニスは動き出した魔種を見て思う。
(空間や概念が干渉されてるということは、あらゆるものが情報になるということよね!)
もしその情報が別の物になって通じるのなら、そこはもう看破すればいいだけだと、ガイアドニスは思う。
(さて、まずは誰から庇おうかしら? ……やっぱり、あの2人かしら)
ちらりと中衛辺りを散開するウィリアムとルプラットを見て、ガイアドニスは動き出した。
「ユニス様のお母様に研究を奪われたのだそうですね。『叛服の百合』がそうですか?」
「あらぁ、よく分かったわねぇ――」
アリシスは浄罪の剣をフレイア目掛けて射出しながら問えば、返ってきたのは肯定だった。
「なかなか興味深い術式です。規模を拡大して維持すれば好きなように世界を構築できる。当時の貴女は……何の為にこのような術式の研究を?」
「覚えてないわねぇ」
事も無げにそう返した刹那――アリシスの足元にあった百合の花が蛇に代わって飛び掛かってくる。
腹部へと突き立った蛇の牙はアリシスの高い抵抗力もあって仕込んだ猛毒を喰らわせることはない。
(予備動作がない……ようには見えてますが)
自分を刺す身体の痛みは、蛇のそれではない。
どちらかと言うと、何か茨のようなものに絡めとられたような感覚。
その視線の先で、魔種はパチン、と指を鳴らす。
「――皆、避けて!」
そう叫ぶと同時、焔は跳躍する。
直後、足元にあった――いや、周囲にあった白百合の花が一斉に蛇に代わって飛び掛かる。
焔は跳びかかってきた蛇をカグツチへ振り払って着地すると同時、周囲を見渡した。
全ての白百合が蛇に変わったわけじゃない。
(……ということは、何かの魔術ってことかな?)
焔は避けたが、範囲内にいて巻き込まれた仲間が崩れ落ちる。
足元がぐらついているかのような――そんな感じだ。
「どですかね 俺と一緒に踊りませんか~」
そんなフレイアの連撃を見た夏子は一気に前に出た。
意識を引くようにして名乗りを上げれば、フレイアが夏子を見る。
「面倒くさそうねぇ……」
「まぁま 遠慮なさらず こう見えて舞踏はイケる口でして」
「お返しだよ!」
焔はその間に体勢を整えなおすと、カグツチを思いっきり振り抜いた。
振り抜いたカグツチから放たれた斬撃は燕のような姿を取り大蛇2匹を巻き込みフレイアを裂いた。
「まずはこの辺りからしてみようか」
ルブラットはその様子を眺めつつ、手を振り払う。
放たれたのは死角より穿つ暗器の剣。
短剣は風を切って真っすぐに魔種の脚部へ。
致死性猛毒が仕込まれた短剣はかすり傷なれど十分な毒をもたらす。
そのまま続けるようにもう一本。
空を舞う暗器が放物線を描き、フレイアの肩へと突き立った。
(ひとまずは攻めながら経過観察と行こうかね?)
さっくりと入ったそれは、直ぐに気付いた彼女に引っこ抜かれるが、既に毒は入っているはずだ。
(さっきから避けるような動作がないね……)
ウィリアムは落ち着いて戦闘を観察して気づいた。
そう、避けていない。それが避けるという動作そのものが面倒くさいのかまでは分からないが。
(防御技術が高いのか、それとも元々の体力があるのか……)
落ち着いてクェーサーアナライズを起こしながら冷静に状況を分析すると、そのまま杖に魔力を籠めた。
迸る鎖状の雷光が大蛇とフレイアを巻き込んで絡めとる。
(ちょっとずつだけど分かってきてる。このまま一歩ずつ進んでいこう)
「やっぱり魔種になっても魔術の研究に未練があるの?」
イグナート攻勢に出る中、イグナートは問いかける。その瞬間、僅かにフレイアの動きが止まった。
その瞬間を、イグナートは見逃さない。
握りしめた拳に力を込めれば、溢れる闘気が呪腕に集束する。
振り抜かれた拳は竜をも穿つ殴打となってフレイアの腹部に突き立った。
「どうして、そう思ったのかしら?」
「未練がなかったらこんなの作らないでしょ」
「ふ、ふふ、ふふふふ……そう、そうね……全く、その通りよねぇ。
ええ、そうよ……未練があるわ。私はこの研究を捨てられなかった。
奪われても――もうなんかどうでもよくなっても、結局、私はここに帰ってきたのよね……」
イグナートの言葉に思うところあるのか、魔種は小さく笑い始める。
「裏切りと失意にまみれ怠惰に堕ちても続けた研究ということでござるか……
本来この研究に込められた願いはこの光景の様に美しいものであったと拙者は信じたいでござるよ」
咲耶が続ければ、フレイアは目を見開いた。
「美しい光景……そんな風に言われるなんてねぇ」
「……故に拙者はお主を止めよう。その願いは怠惰に囚われて汚してはならぬものでござるから」
刹那、咲耶は一気に宿儺を刀として刃を振るう。
美しき軌跡を描く鋭い三連撃を見舞えば、踊るようなそれにフレイアは着いてきた。
三連撃を三度繰り返せば、フレイアの身体に浅からぬ傷が生まれていた。
「ルシェはノエルお兄さんからお話聞いただけだから、お姉さんとユニスお姉さんのお母さんの間に何があったのか知りません。
だけど、奪い合い傷つけ合った結果残るのは虚しさだけなのよ! だからね、喧嘩しながらでも良いからちゃんと話し合いましょう?」
説得するように言いながらも、キルシェは杖から聖なる輝きを放つ。
温かな光は雨へと変わり、人々を癒す雨となって降り注ぐ。
「暴力は……グーパンチ一発ぐらいなら?」
と言いつつも、それすらやめておいた方が良いのが実際の所だろう。
なにせ、フレイアは魔種だ。魔種が本気で殴り掛かれば、ただの一発であっても人が死ぬかもしれない。
相手はただの一般人だ。
武人やら鍛えているのならともかく、そんなことをしているとは到底思えない、女性だ。
「虚しさなんて……もうお腹いっぱいだわ」
(ルシェは、大切な物を奪いあうんじゃなくて、話し合いで、直接会って言葉でお互い納得行くまで喧嘩しないとずっとお互い心にもやもや残ると思うの)
鬼哭啾々、嘆く者の音色を放ちながらキルシェは考え続けている。
(でも……もう、遅いのかしら……?)
静かに、そう告げて魔術の行使に移ろうとしているフレイアを見ながら、キルシェは思うのだ。
●
「実際の所はどうだったのですか?」
アリシスは戦乙女の槍を構えた。
眩く放たれた閃光は大いなる呪い。
神の毒――或いは神の悪意。
赤き蛇を思わせる魔術は戦場を走り、フレイアへと降り注ぐ。
「なにが、かしら?」
それらを浴びて、地獄の業火と毒を受け止めた魔種は少しばかり苦し気に答えるのだ。
「共同研究者辺りだったのではないですか?」
研究を奪う――そう言えば聞こえがいいが、ド素人が完全に奪い取るには少々どころではない魔術に思える。
であれば――可能性としては、そうなのではないか。というのがアリシスの考えだ。
返答は――ない。だが、その苦々しいげに歪む魔種の表情は、『そう』であることを如実に示している。
「矢面に立たない、ねえ? ココに居る貴女は貴女なんですかねぇ?」
夏子は割り込んだ蛇を殴りつけて追い返しながら、魔種に向けて問う。
矢面に立たない――なら、正面から立つはずがないという話である。
「――立ちたくなくとも立たされてるんだもの、仕方ないわよ」
そういうと、フレイアはどこからともなく1粒の種を取り出した。
そのままパクリと口に入れて、ころころと転がせば、その身に刻まれた複数の異常が掻き消える。
「ふぅ……面倒くさいわねぇ……」
そう呟くと、魔種は夏子の方へ手を翳す。
何も起きない――と思った刹那、身体が後ろに引っ張られた。
「うおっ!?」
咄嗟に槍を地面に突き立て、そのまま反撃とばかりに槍を振り下ろす。
振り下ろした穂先が魔種へと炸裂――する手前、蛇がその間に割って入った。
「やだなぁ、踊りのパートナーは俺ですよ」
そのまま槍をくるりと振るって放った炸裂音が蛇を後方へ吹き飛ばした。
とん、と魔種が足元を踏んだのを見た刹那、足元に生えていた百合の花が蛇に姿を変えて突撃を仕掛けてくる。
持ち前の防御技術で受け流すその間に、蛇はそのまま後ろに向かって突っ込んでいった。
「お主、のんびり構えているのは自由でござるがそのまま逝っても知らぬでござるよ?」
今なお余裕を見せる敵に向け、咲耶はそう言いながら再び走る。
美しく描く最高連撃を再び斬り結びながら、防御技術の限りを超えて斬撃を見舞う。
だが、痛撃に血を流しながら笑った魔女が掌を咲耶の身体に触れさせ――刹那、強烈な痛みがその身を撃った。
「たしかにそうねぇ……反省するわ。疲れるけれど、頑張りましょうかぁ」
そう言って笑う魔女の掌に術式が浮かんでいる。
イグナートはその瞬間、速度を跳ね上げた。
「やっぱり、メンドウ臭いって言ってる割に、オレ達を倒すのに全力だよね!」
懐に潜り込むや、拳に捻るを加えて思いっきり叩きつけた。
籠められた闘気は破城槌の如く衝撃を以って魔種の懐を真っすぐに撃つ。
「面倒くさいわぁ……」
そう呟きながらも、フレイアはその拳を真っすぐに受け止めてくる。
芯を捉える対城技を受けてなお、魔種は気だるげにそう言うのみ。
「でもねえ、やっぱりこの研究は止められないわ。
だから、私の邪魔をしないでほしいのよねぇ」
そう言って笑うフレイアに、イグナートは笑う。
「ムリだね!」
「そうよねぇ……」
溜息を吐いた直後、イグナートは自身の腹部に激痛が走るのを感じた。
それは自分が与えたであろう威力のほんのわずかなものだったが。
「終わらせる――」
イズマは刀身に青白い雷光を纏わせた。
夜空を抱く細剣へと籠められるは鮮烈の一太刀であり、獲物を逃すことのない無双の剣。
跳びこむように走り抜け、そのまま首を獲らんと駆け抜ける。
それを体捌きでいなしたまま、懐に潜られた。
「……舐められたものねぇ」
一瞬、意識が消えた。
気づいた時には、身体が倒れていた。
ガイアドニスは咄嗟に後ろの2人を庇いなおす。
直後、眼前に大蛇が姿を見せた。
大口を開けてガイアドニスを呑み込もうとした大蛇の口の中へ入り込むと同時、思いっきり上下の顎を押し開く。
多少の身体の痛みなど気にしない。
そうすると、大蛇の姿が唐突に消えた。
「貴女、すごいわね……」
ぎょっと目を見開いたフレイアがこちらを見ているのに気づいて、ガイアドニスは胸を張ってみせる。
「どうかしら、おねーさんの硬さを超えられるかしら?」
挑発に魔種が引いているのが微かに感じ取れた。
その隙を逃さないのはルブラットの役目だ。
2種の暗器を投擲すれば、その対応に魔種が動いた直後、本命を構える。
収束した濃密なる魔力を、思いっきり振り抜いた。
それは弾丸のように飛び、やがて膨張して顎のような形をとる。
そのまま魔種を呑み込んでいく。
――その魔力を裂いて、反撃の弾丸がルブラットを撃った。
ウィリアムは杖を立てるようにして持ち、魔力を籠めた。
反響して響き渡るは幻想の福音。
温かな響きを以って紡がれるそれが、中でも重傷な仲間へと降り注いでいく。
(まだ戦線が崩壊することはないだろうけど……長くは続かないかもしれないね)
落ち着いて分析しながら、もう一度幻想の音色を奏でながら、魔種の様子を見る。
●
「はぁ、乗せられちゃったわねぇ……」
どれくらい経ったか。
応酬を続ける中で、ふとフレイアが溜息を吐いた。
「強いわねぇ……これ以上やるの面倒だし、お先に失礼するわね」
そう言った瞬間、フレイアの手の平に一輪の白百合があった。
それの花弁を握り締めると、ボロボロと落ちた花弁は黒へ変色する。
「――逃がさない、よ!」
逃亡する――そう思った瞬間、焔は手を伸ばしていた。
刹那、炎が槍となり真っすぐに走り抜けた。
姿が消える寸前、槍は魔種の左肩辺りを刺し穿つ。
ぎょっと目を見開く魔種の姿が掻き消えるまで、焔はそこから視線を外さなかった。
「次こそは……当てるから……!」
誓うように告げた言葉を、きっと魔種は聞いていないだろう。
「叛服の百合を壊してここから出よう。今度はどこにある?
百合のどれかか、あの太陽……だとしたら狙うにはちょっと勇気が要るな」
存在感のある太陽に視線を向け、イズマは思わず呟いた。
「大丈夫だと思うよ。でも不安なら遠距離から攻撃してもいいかも」
ウィリアムの言葉に頷いたのは咲耶だ。
「であれば、拙者に任せるでござるよ!」
クナイの用意をする咲耶を引き留めたのはアリシスだ。
「おまちください。破壊せずに解除する方法が無いか解析を試みてみます」
その妖精眼をもって太陽を見る――が。
「……無理ですね、どうやらこの空間に根を張っているようです」
一息つくと共にアリシスは首を振る。
「であれば、破壊するしかないでござるか」
アリシスが頷くのを見て、咲耶が苦無を投擲。
すると、太陽の中心辺りで何かに刺さり――罅割れた太陽が砕け散る。
それを契機に景色が変わっていった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでしたイレギュラーズ。
GMコメント
さてそんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
百合の花の魔術を使う魔女、
自然を冒し、好き勝手弄ぶ魔女を討ち果たす下準備と行きましょう。
●オーダー
【1】『師匠』の撤退。
●フィールドデータ
冬の王の力により空気は非常に肌寒いながらも、
『有り得ないほど大きな太陽』に照らされ、足元に美しい白百合が無数に咲き誇る草原地帯。
地平線の彼方まで森などはなく、すぐこの景色が真っ当なものではないことを理解できます。
フィールドからの撤退については後述の『叛服の百合』を破壊しなくてはなりません。
●エネミーデータ
・『師匠』
真名不明の魔種。元は幻想種で、属性は怠惰。
黄緑色の髪を揺らす幻想種の魔女。
非常に飽き性かつ卑怯な性格をしており、
イレギュラーズが本気で戦えばまず確実に途中でめんどくさくなり撤退します。
フィールドを形成している叛服の百合と言う魔術の主導権を握っているため、
面倒くさくなった時点でいつでも撤退できるため、現段階での討伐はまず不可能です。
敵の手札を暴くことで『叛服の百合を相殺できる魔術』の開発が大幅に進歩します。
白い大蛇を使役している一方で個人でも十分に戦闘能力を有しています。
魔女らしく主体は魔術の類であろうと思われますが、
以前の対峙での一瞬の攻防から、肉弾戦でもそこそこ腕があると思われます。
その他、ステータスの類はほぼ不明ですが、若干反応が速めの可能性があります。
●叛服の百合
『一定の空間、概念などに干渉し改竄する魔術』の一種。
似たようなものに眠りの世界がありますが、
こちらは『あくまで現実世界そのもの』に干渉している似て非なる物です。
眠りの世界よりも貧弱な点も多々みうけられます。
『核』となる物は百合の花の形をしていますが、
改竄された領域の中でも百合の姿のままとは限りません。
過去、イレギュラーズの対峙例として
『オルド種の中に埋め込まれている』
『燃え盛る城壁の一部になっている』などの例があります。
●『夢檻』
当シナリオでは<タレイアの心臓>専用の特殊判定『夢檻』状態に陥る可能性が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はC-です。
不明点が多く、戦場は敵のテリトリーです。不測の事態を警戒して下さい。
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