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シナリオ詳細

<タレイアの心臓>分厚い壁を突きうがち、できれば囚われの乙女を救え!

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ブランコに乗っている。ずっとずっと思い出せないほど前からブランコに乗っている。

 暗闇がファルカウを覆ってずいぶん経つ。そこから吹き付けてくる冷たい空気と雪交じりの風に、飛竜たちの耳を覆いたくなる叫び声がこだまする。

 ブランコに乗っている。体が前に後ろにゆすられている。背中をだれかが推すからすごい勢いで風景が飛んでいく。少し寒い。
「ゆあ~ん、ゆよ~ん」
 けらけらと背中を押す誰かの笑い声がずっとしている。
「楽しいねぇ、楽しいねぇ、ねえ、そうでしょ。笑いなよ」
 楽しい。楽しいだろうか。楽しいのだろう。声はずっと笑っているから。
 ぐにゅり。目じりは下げられ口角は上げられ、笑い顔の最低要素は満たされた。乾ききった皮膚からビキビキと音がしそうだ。実際今の出口の角が切れて痛い。
「そうそう。笑って笑って。ブランコに乗ってるんだから楽しいに決まってるじゃないか」

 そう、ブランコに乗っていると夢見ていた方が絶対幸せだろう。
 体中の養分が全部髪に回るように何かされた。髪は身の丈どころか彼女を中心に恐ろしい長さに伸びている。巨大なクモの巣の中にかかった哀れな虫のように見えるだろう。
 枯れ枝のようになった手足はだらりと垂れ下がっている。髪の先が四方八方に伸びる茨に絡まり、蜘蛛の巣のようにその道をふさいでいた。
「さあ、もっと編んでやろう。丈夫になあれ、丈夫になあれ、いい髪生えろ、いい髪生えろ」
 幻想種の投げ出された体がゆよんゆよんと揺れている。
 よく見れば、頭蓋骨が飾りビーズのように分厚い髪の壁に埋もれている。
 体中の養分を神に吸い取られた後、乾ききった皮膚や肉が耐え切れずに下に落ちるのだ。跡にはちぎられた首だけが残る。その頃には髪の持ち主の脳も干からび切ってこと切れているだろう。
「まだ死んだらだめだよぉ? これからここに来る馬鹿どもを殺す手伝いをしてもらわなきゃならないんだからぁ」
 ファルカウの迷路のような通路の一角を閉鎖するため、幻想種の娘がぶら下げられている。
「この髪を切ったら弱り切ったあんたは死んじゃう。でも髪を切らなきゃ先には進めない。別にここを通らなくてもいいけど、だいぶ遠回りにはなるだろうね」
 それはひどくひどく楽しそうに話すのだ。
「命乞いするの恥ずかしいでしょ。大丈夫。ちゃんと言わせてあげるからね。死にたくない。殺さないで。助けて―。練習してみよっか。さん、はい」
 たすけて―。
 乾き切ったのどからかすれた声が出て、娘の口の中に血の味が広がった。
 ブランコに乗っている。ずっと、もういつからかわからないくらい前から。


 ローレットでは、打ち合わせがあちこちで行われている。
「大樹ファルカウへと進み、幻想種達の保護や下層部に待ち受ける敵勢対象の排除を目的とした『ファルカウ攻略作戦』を行う――ここまでいい?」
『そこにいる』アラギタ メクレオ(p3n000084)は、レジュメを読み上げた。
「拠点として『アンテローゼ大聖堂』、大樹との親和性が高く巫女による『霊樹疎通』を以て僅かな奇跡を起こせる可能性のある『大樹レテート』、そして、個人的理由であれイレギュラーズへの協力を惜しまぬと決めた聖域『玲瓏郷ルシェ=ルメア』、魔種との奪い合いにはなったが手に入れることの出来た『咎茨の呪い』の解除用宝珠『タレイアの心臓』と、ここまで協力やら奪取やらお疲れ様です。勝利へのピースはそろいましたが、ファルカウにいるのは冠位魔種だから、そう簡単にはいくまいってのが、偉いヒト――アンテローゼ大聖堂司教フランツェルを始め、ラサの指導者達との見解。攻めることには変わりないけどね。まずは、足元固めの侵攻。で、最初に戻るわけだ」
 細かいところは各自読んでおいてくださ~い。と情報屋は言った。
「皆さんには閉鎖されてる直工通路をぶち抜いてもらいま~す。他に通れるところはたくさんあるんだけど、ここ抜いといた方が絶対効率いいんだよね」
 大樹ファルカウへとつながる路の一つだ。
「ここ、邪妖精が幻想種を核にして立てこもってまして――蜘蛛って自分で糸出すだろ。こいつ出さねえんだわ。贄捕まえてそいつの毛を超絶成長促進させて使用するんだわ。自分に負荷がかからないとこは有効かな。生存戦略的に」
 胸糞悪いけどな。
「ずいぶん犠牲者が出てるんだよ。ちょっとやそっとじゃ切れなくなっている」
 メクレオは、イレギュラーズ達に分厚い不織布を出した。その上から、べとついた液体をたらす。不織布は液体を吸い込み固まった。メクレオはそれを指でつついた。コツコツ音がする。
「大体これのめっちゃ分厚い感じ」
 そういって広げた手の幅は、20センチはありそうだった。
「ま、みんなが不通に出力上げれば全然気にすんなレベルなんだけどもさ。現場にまだ救助可能な幻想種が確認されてるんだわ。もちろん、肉盾として生かされてる。髪の毛は燃えるけど、邪妖精が出してる駅は難燃性。出る煙に巻かれて人質もアウトだな。だいぶ弱ってると想定される。燃やすなら、人質救出してからにすること。助けた後も放置してたら、取り戻しに来るだろうから、放置すんなよ、こういっちゃなんだが、助けるタイミングも大事だぞ」
 人質救出も大事だが、イレギュラーズの命も大事だ。
「かといって、今現場めっちゃ寒い上にふぶいてるから火をメイン手段に使うのも危険なんだよな。こう――どうにかして貫通させてから広げてく感じが一番建設的かな」
 まずは穴をあけろ。話はそれからだ。
「救出対象は最低でも1名。巣くってる邪妖精は3体。アラクネっつうかオトシブミっつうかだいぶ亜種だな。とりあえず、肉盾に躊躇ないってのとちんたらしてると穴ふさいで来るぞ。そのねばねばぶっぱして攻撃してくるぞってとこだな。顔面直撃とかしたら、目はふさがれるし呼吸もやばくなるから頑張ってよけるように。間違いなく体に悪いだろうから。それと――」
 メクレオは、すん。と真顔になった。
「人質救出は絶対じゃない。もしもの時は自分たちの命を優先しろ。相手は人を操る能力がある。半死半生のお前らが邪妖精に操られるようなことになったら後続の負担が倍増だ。シャレにならない。どのタイミングで救出をあきらめるかも話し合っておくように。二兎を追えない時もある。追ってほしいけれども。余力があれば」
 でも無茶すんな。と、情報屋は言った。

GMコメント


 田奈です。
 邪妖精をぶっ飛ばし、分厚い蜘蛛の巣様の壁をうがって攻略路を開き、犠牲者を確保するお仕事です。

 田奈です。
 おねむねむにされたり、狼にがぶがぶされたり、羊に跳ね飛ばされたりするので、頑張って倒してください。

 成功条件
 敵をすべて倒して、壁を破壊してください。
 周囲の被害は問いません。犠牲者の生死も含めてです。


 邪妖精・ツムグモノ×3
 *犠牲者の体毛を利用して狩場を作ります。手足が異様に長いヒトの女のように見えますが口が耳まで裂けて、粘液でぬらぬら光り、体毛が一本もないので、犠牲者とは容易に見分けがつくはずです。 
 *器用に壁を伝い歩きます。地面に立つことはないでしょう。口から粘液を飛ばしてきます。粘液は毒性と行動疎外の効果があります。近接戦闘では鋭くとがった手足の爪を突き立てようとしてくるでしょう。
 *犠牲者を操り、泣き言を言わせたり盾にする程度に邪悪でこざかしいです。

冬の妖精・雪羊×3
 非常に大きな羊です。
 突進してきます。対策しなければ跳ね飛ばされることを想定してください。
 雪羊は草食なので直接食べはしませんが、地面が肥沃になっておいしい草が生えることを夢見て、倒れた者を執拗に踏みつぶして肥やしにします。

場所・『迷宮森林』 進入路中途
 大樹ファルカウを中心に広がっている混沌世界の森です。迷宮森林は『ルールを知らぬもの』を惑わせ、出る事も入ることも許さぬ場所とされています。
 広く美しい翠に覆われているはずの場所ですが、現在では冬のような寒々しさが周囲を多い、ファルカウ上空からはワイバーンなど亜竜が飛来し、イレギュラーズの進軍を食い止めようとしています。
*凍っています。足元は非常に滑りやすく、凍った鳥や茨、干からびた首なし死体などがゴロゴロしています。
*道幅10メートル。天井まで10メートルの回廊をふさぐように幻想種の髪で編まれた『壁』が行く手を遮っています。壁は密で向こう側の様子はわかりません。

*犠牲者×最低一人
 まだ息があります。ツムグモノに操られているので自分の意志では何もできません。支配はツムグモノを倒しきるまで続きます。ツムグモノは自分たちの優位になるように犠牲者を操ります。注意が必要です。
 治癒魔法などが間に合えば助けられるでしょう。ただし、髪を壁に使われている限り養分を抜かれている状態なので効果は薄いです。壁から切り離した上での速やかな手当てが必要になります。治療後、放置するとツムグモノが取り返しに来るので何らかの対策が必要です。


 一歩でも近づいたら、ツムグモノ達の粘液発射及び雪羊の突進の間合いというところからスタートです。

●『夢檻』
 当シナリオでは<タレイアの心臓>専用の特殊判定『夢檻』状態に陥る可能性が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <タレイアの心臓>分厚い壁を突きうがち、できれば囚われの乙女を救え!完了
  • GM名田奈アガサ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年06月05日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

レーゲン・グリュック・フルフトバー(p3p001744)
希うアザラシ
アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
天之空・ミーナ(p3p005003)
貴女達の為に
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮
イルリカ・アルマ・ローゼニア(p3p008338)
ローゼニアの騎士
朔(p3p009861)
旅人と魔種の三重奏
倉庫マン(p3p009901)
与え続ける
ミスト=センテトリー(p3p010054)
伝承を語るもの

リプレイ


 まるで岩肌のようだ。
 木の枝と蔓で構成された壁はすっかり色あせている。体の芯まで航りそうな冷気におかされたのだろう。栄華は見る影もない。
 かろうじて色を残しているのは淡い金色の壁だ。壁を形成している髪の持ち主――幻想種がかろうじて毛の流れに引っかかっている。息はかろうじてあるようだ。
 死なれては一大事と死なない程度に水分と養分を取らせる邪妖精・ツムグモノが壁を這っていた。

 たすけてー。
 声ではない。喉から出てくる音としてイレギュラーズの耳を打つ。
 言わされているのだと分かる。
 頬の筋肉が抗っているから。これは罠だ。と。来てくれるなと。


「また随分と……」
「なんだか面倒なことになってんなぁ……」
 朔(p3p009861)と『蒼穹の戦神』天之空・ミーナ(p3p005003)の声は吹雪交じりの風に吹き飛ばされていく。
「道の閉鎖に多数の人質、なるほど大変手が込んでいる様で」
『与え続ける』倉庫マン(p3p009901)に悪気はないのだ。ただ端的に現状を口にしただけで。背負った巨大な金属の箱から供給し続けたい。いかなる人生を送ったらそのような境地に到達するのか。装備を外して現地の服に着替えれば群衆に埋没する凡庸な外見の男だ。とてもそのような望みを抱いているように見えない。
「人質の救出は絶対条件に入らない?」
『航空猟兵』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)は、情報屋が言った言葉を反芻した。二次遭難を恐れた発言だろうっていうのはわかる。
「目の前で死にそうになってる乙女を放っておける訳ねぇだろうが!」
 ブリンクスターの作動感覚に問題はない。「本当に」かはわからないが「今の時点では」大丈夫だ。飛行戦闘の負荷を軽減するアイテムとのリンクも良好だ――いける。
「――レーさんはグリュックのもふもふな毛並みや髪の毛が好きっきゅ!」
『希うアザラシ』レーゲン・グリュック・フルフトバー(p3p001744)はぶんぶんと「手」を振り回した。どう見てもアザラシの前ひれだが、魔術触媒であるハンドベルを保持している。どうやってと物理構造を考えてはいけない。ギフトの賜物なのだから。恩寵を称えよ。
「ブラッシングや毛づくろいを頑張ってシャンプーもいい匂いで髪やもふもふにいいものを選んでるっきゅ!」
 語気からほとばしる情熱が感じられる。自分のお世話をしてくれた犬獣人グリュックの魂の転生先を探しているレーゲンにとって、グリュックの身体維持は重要事項だ。
「だから……ああいう利用する事は絶対に止めたいっきゅ」
 アザラシの頤がちょっと上がる。ちょっとなのでぜひ見逃さないようにしたい。
「森アザラシとして弱肉強食ならどうしようもない事は何度も見てきたけど獲物だからって、弱者だからってあんな事はやっちゃいけないっきゅ!」
 とある世界で問答無用の戦闘集団として名をはせた森アザラシでさえ憂う惨状である。そこに生命の尊厳はない。搾取されつづけるのだ。
「人を操った上で生命力を吸い上げ、髪を無理矢理成長させ、それで糸を編んで壁を作るだなんて……髪に思い入れのある身として、本当に気分が悪くなるわっ!!」
『プロメテウスの恋焔』アルテミア・フィルティス(p3p001981)が語気荒く言葉を壁に向けて叩きつけた。
『ローゼニアの騎士』イルリカ・アルマ・ローゼニア(p3p008338)の柔らかな頬がわずかにこわばっているのに気づいたものはいただろうか。
(ああ、いやだ。おねえちゃんをおもいだす)
 無力な幻想種のとがった耳に、面影が重なる、イルリカをアルマといつくしんだ心が砕けた、今はとても遠いヒト。
 特徴的なその耳の人を、邪悪に貶めるその姿。
「――癇に障ります」
 柔らかな風貌のイルリカがきっぱりと言い切った。
 今日、この場での攻防が『新たな可能性』ミスト=センテトリー(p3p010054)の最初の戦いと記録に残るだろう。
「彼女たちの体を弄び、心をいたぶる姿勢は許せない」
 土気色の筋肉は海風に磨かれたに立方体の結晶を光らせている。肌の上だ雪がちゅんと溶けた。
「できる限り助けて、邪悪な事をする輩はぺしぺしっきゅ!!」
 レーゲンのハンドペルがリンロンと鳴る。
 邪悪なことをする輩は髪の壁にへばりついている。白くて細長くて遠目でもわかるほどぬるぬるしていた――ツムグモノだけでも面倒なのに、凶暴化した冬の妖精・雪羊まで徘徊している。
 ハヤクハヤクと待ち構えている。もう一歩進んだら、お互いの獲物の間合いだ。
 凍った枝がばさりと床に落ちる音が戦いのゴングとなった。


「飛行ユニット各種ございます。足元に不安がおありの方、配布させていただきます」
 今回の現場は高所作業が肝だ。事前に倉庫マンは行き届いている。
「待ってろ。こんな連中、すぐに片付けて助け出してやる」
 壁に向けて侵攻を開始するローレット・イレギュラーズに、ツムグモノは口をとがらせる。前へ前へ。鳥のくちばしのように尖らせた口から。糸状に粘液が吐きかけられる。
 凍てついた空気を切り裂くように毒のしぶきを飛ばしながら飛んでくるそれは美しくさえあった。
 当たれば動きを封じられ壁につるされるだろう。哀れな幻想種のように。
 事前にもたらされた情報で足場が悪いことはわかっている。
 イルリカの空中で踊るための靴――スカイタップシューズが床を踏み鳴らす。
 舞踏用の魔法の靴も、イルリカが履けば戦闘行動にも耐えうる。
 アルテミアは靴にアイゼンが取り付け、防寒具は動きを阻害しないものを選んでいた。
 ミストも「今度行く森は寒い」という先達に倣い、防寒具に気を使い、靴も滑りにくいものを選んだ。ここは慣れ親しんだ海ではないのだから。
(足場の悪影響を受けないようにする。ただし高くなりすぎて戦闘に支障が出ない程度に)
 ミーナは低空を飛んだ。赤い戦乙女の武礼装の裾が翻る。凍てつき暗く閉ざされた氷雪の回廊で何よりも切望される太陽の輝き。
 雲間を切り裂き現れる青空の剣は希望を表す。そしてその反対の手に握られた死神の大鎌は――
「どこから湧いて出てきたのかわからねーけど……髪は女の命ってーだろ。雑に扱うんじゃねぇ。そういう種族ってんなら只其処爾有罪だ。お前らも共犯で――同罪な」
 死神は生きているだけで罪と言った。それが摂理なら生きていてはいけないのだ。雪羊の一匹が狂乱に落ち、自分の前足を食いちぎろうとする。
「火力の集中。速やかに」
 イルリカが口にすると、戦闘基本方針の共有事項も上等な歌謡に聞こえる。
 その体を貫くイルリカのレイピア。雷をほうふつとさせる熾烈さだが、本人にしてみればまだ改良の余地はあるらしい。
「援護は任せて」
 イルリカが視線を上げると、救護担当がまさに作戦の要を始めるところだった。

「こちらも依頼の達成を求められておりますので……そこ、押し通らせて頂きますよ?」
 倉庫マンの言う「そこ」は、分厚く髪が重ねられた壁の一角だった。
 動物の体毛で作った壁を自分たちの絶対優位な陣地として構築することに最適化したツムグモノにとって、倉庫マンはまさしく天敵だった。
「『ちょっと通りますよ』」
 壁が無造作にむにゅっと開いた。そこにドアがありましたと言わんばかりに倉庫マンが通るのにちょうどいいくらいの隙間が。
 それこそ蜘蛛の子一匹通さないことが前提の壁の裏側に到達されては。
 壁は天井から床までびっしりとおおわれている。逆に言うなら、ツムグモノ達も容易に裏側には行けないのだ。行けるようでは困るのだ。
「お早く。開けっ放しということはできませんので」
 融通が利かなくて申し訳ありません。と言う倉庫マンに気負いはない。彼にとっては世界からのささやかなギフトに他ならない。

 自分たちの大事な巣であり狩場である壁に異変が起きたことに気が付かないツムグモノではない。
「おっと、邪魔すんなよ!」
 穴が開いたのを見て、踵を返そうとしたツムグモノの鼻先に朔の巨大な剣――翠迅の切っ先が降ってくる。
 ツムグモノの視線が、幻想種の救助に向かうイレギュラーズから自分を害する刃に吸い寄せられ、背後に迫る敵に意識が集中する。
 肩越しにつきこまれたツムグモノの鋭く尖った前肢の爪が朔の肩口をえぐる。
 遠くの複数の獲物より近くの単体の手負い。血の匂いに気をよくしたか、ツムグモノの意識は朔の方に向かった。
(上手くいった)
 ツムグモノの行動を邪魔して、救助対象や救助してる仲間から注意を剥がすのが、朔の目論見だ。
(後は――ツムグモノを引き付けてる誰かの近くまで誘導!)
「わらわら気持ち悪ぃ、テメェら本当に妖精か?」
 床すれすれ、雪羊の足元をなめるように直進してから壁面に添っての急上昇。山のように空中戦闘負荷軽減装備を付けていなければ、呼吸もままならない高機動。
 体表面の粘液が蒸発するほどの雷撃は、アルヴァによってもたらされる。
「航空猟兵なめんじゃねえぞ!」
 アルヴァに怒りを煽られたツムグモノがアルヴァに向けて粘液を吐き散らかす。
 宝石の輝きを要する青い獣は自分を囮として、仲間がうまくやることを信じた。

 分厚い壁越しでも、向こう側から雷撃や閃光が透けて見える。
「他の方々が敵を抑えている間に――」
 ミストが気づかわし気にそそり立つ髪の壁を見上げる。壁でツムグモノと行き会えば地の利は向こうにある。鬼のいぬ間の救助だ。
「あちらの方ですね」
 助けを求める声を聞き逃さない超感覚。
「行きましょう。私の後についてきて下さい」
 巨大な倉庫を背負った男が壁を登攀し始める。ツムグモノの粘液で固められた髪は思ったより安定感があった。断崖絶壁よりは登りやすい。
「海の男はロープの扱いには慣れている」
 漁網、マストロープ、停泊用の舫い綱。ミストが後に続いた。

 アルテミアは鯉口を切った。ほんのわずかな金属音に意図的に気を載せて増幅する。彼女に敵対する者にとっては耐え難い不快。
 不快をあらわにアルテミアに突進してきたツムグモノが急に笑みを深くした。邪悪な気配が手に取るように感じられる。フィルマメントデコルテはピーキーに調整られた逸品だが、ある種の事象をひきつける。
 アルテミアのつやつやと美しい銀髪。壁の材料として、あるいは壁を飾る装飾具として。壁のあちこちにうずもれる骨片がまだ美しい生命だった時にも同じような笑みを浮かべたのだろう。
 値踏みするような下卑な者にアルテミアがくれてやれるのは――。
「――私の銀糸は一本だって渡しやしないわ!!」
 舐めくさった幻想を穿つ竜撃の一手。壁を這うのに最適化しているというなら、壁から落としてしまえばどうというということはないということだ。滑落する。壁から。ツムグモノにあるまじき転落。いや、粘液を出して再び壁に取り付ければあるいは。
「こんなものでは済ませないわよ」
 アルテミアは清廉な騎士であると同時に踏みにじられた者に同調する執拗な復讐者でもあるのだ。瀟洒な剣の切っ先がツムグモノをひっかけ、頭上高く放り出した。体液をまき散らしながら宙に放り出されるツムグモノ。
「死ぬかもしれないではなくて、この宙で。確実な死を。弄んだヒト達に死んだとよくわかるようにしてあげる」
 迫る切っ先。刹那の攻防。ツムグモノは生にあがいた。ぶら下がる幻想種。あれをクッションにすればあるいは。
 ぶら下がった幻想種の腕が上がらされ、ツムグモノを受け止める体制をとらされる。
「そうはさせないっきゅ」
 壁の真下でイレギュラーズの傷を癒し、やがて助けられる幻想種を癒し、仲間の手から逃げを待ち受ける任は失敗しない大賢者たるレーゲンにこそふさわしい。
 さもありなん。事態を予測していたレーゲンは、指一本動かせないほどの寂しさを湛えた夜でかわいそうな幻想種を包んだ。
 今まさにそうである幻想種には姿勢を維持できない。戦闘状況に身を置けない。つまり、ツムグモノを「かばえない」
「――地に墜ちろ! この外道がっ!!」
 アルテミアの言葉がすべてだった。レーゲンのすぐそばの床にそれは渾身の力をもって叩きつけられた。
 確認するまでもない。完璧な死だった。


 ミストが抱き上げた幻想種は驚くほど軽かった。
「それでは、あの辺を吹き飛ばしますので、そのまま受け止めていただいて」
 倉庫マンはそう言うと壁目掛けて特大の弾丸を撃ち込んだ。
 自分の髪という戒めから解き放たれた幻想種はまだ息がある。
「こんなところですかね。応急処置解毒ユニットです。頭からかぶせてあげて下さい。しかる後に移動に耐えうるだけの治癒を。まだ要救助者はいる」
 ミストは、携帯倉庫から出てきた珍妙な頭巾を言われるまま幻想種に装着し、癒しの波動を送る。
「移動しましょう」
 次の助けを呼ぶ声に、救助班は移動を始めた。

 向こう側から壁が破られ、引きちぎられた髪が宙を舞う。キラキラと瞬時に氷結しながら舞うそれはモールやスパンコールのようだ。
 それは、雪羊は罪に苛まれ、巨大な刺突剣と大鎌で毛皮を朱に染めて地に付した上にも降り積もる。
 地面にたたきつけられて死んだツムグモノが一匹、雷で焼かれ、切り刻まれたものが一匹。
 あと一匹を探し出して屠らなければ。
 最後の一匹――手負いのツムグモノは背に腹は代えられぬと自ら壁に穴をあけたのだ。ここをしのぎ切ったら、穴をふさげばいい。死ななければいい。
「ミストさん!」
 分泌液はミストが背負っていた幻想種めがけて射出されていた。
 ごく自然にミストは幻想種をかばったのだ。それが警備のプロ――センチネルというものだ。
 喉元にこみあげてくる倦怠感。飛行ユニットの補助で姿勢を制御できているが今にも手指の力が抜けそうだ。神経に作用する毒。動きが鈍った獲物を壁に埋め込む接着剤。今まで感じたことのない熱を感じた。このまま死んだりはしない。虫の息の幻想種をより深く自分の懐に抱え込む。
 壁の中から突き出されるツムグモノの腕そのまま幻想種ごとミストを壁に埋め込むつもりなのだ。とりどりの髪の糸の向こうに邪悪な笑みがのぞく。
「いけません」
 倉庫マンのつぶやきに呼応する声がある。
「だよなあ!」
 その尖った腕に組み付く、そのまま握りしめる。
 朔の目と鼻の先、弱り切った幻想種とそれをかばいきったミストの呼吸が小さくなっていく。
(これはゲームじゃない。実際に傷を負って、時には死に至る……現実だ)
 朔がこの手を放したら、あっという間に二人死ぬ。
 今この瞬間年エ区をはこうとする口二位轡をかませるようにとっさ二に長剣をかませる。
 時間にしたらほんの数舜。頭の毛がよだつような刹那だ。苛烈な光が降り注ぐ。倉庫マンが放った神の威光は邪悪なものだけを焼く。今垣登作は長剣を取り回して、ツムグモノの脳天に切っ先を叩き込んだ。
 ぐらりとミストの巨体がかしいだ。ツムグモノの体が邪魔でとっさに朔の手は届かない。地面まで――。
 開いた大穴から飛び込んでくる影があった。
「航空猟兵、なめんなっつってんだろうがあっ!」
 影――アルヴァは、幻想種とミストの巨体を抱える。
「もう、人が死ぬとこなんぞ見たかねぇ。この身に代えても俺が護ってみせる――!」
 揚力をかけ、できるだけ軟着陸。それでもゴロゴロと床に転がることになった。
「――よく頑張った!」
 アルヴァがいち早く跳ね起き、幻想種とミストの状態を確認する。レーゲンやミーア、イルリカが癒しを施さんと走ってくる。頭上からは倉庫マンと朔。アルテミアが。
 毒でもうろうとなりながらも、ミストが抱えていた幻想種に新たについた傷はなかった。


「生きてるのは――」
 倉庫マンの能力により、声が出せなくとも助けてほしいと考えられることができていた幻想種はどうにか救い出せた。
「助けたな」
「死神だからって、死ななくていい奴を救わないって訳じゃねーんだよ!」
 ミーナは語気荒く癒しの領域を展開する。
 頭を垂れよ、生死を善く分ける死神の聖域である。死神が「死ななくていい」というなら、その通りなのだ。むしろ、生きなくては。
 イルリカも体力回復、状態正常化と次々と治療を施す。
 ミストもすぐに復調とはいかないが命に別状はなさそうだ。
 幻想種は乾ききった唇から音にならない声でたしかに「ありがとう」と自分の言葉で言った。頬はこわばっていない。癒しを受け、緩やかに安らいでいた。

 回廊をふさいでいた壁は穿たれ、取り払われた。
 残念ながら、それ以前にこと切れた幻想種の亡骸を弔う余裕は今のイレギュラーズにはないことに、朔は表情を曇らせたがすぐに前を向き直った。この場に起こる災厄を討ち果たした暁に。
 さらなる戦場が、ローレット・イレギュラーズを待っている。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

ミスト=センテトリー(p3p010054)[重傷]
伝承を語るもの

あとがき

お疲れ様です。備えあれば患いなしみたいな戦場でした。救えるだけの命は助けて、回廊は無事に解放されました。次のお仕事。頑張ってくださいね。

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