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シナリオ詳細

クラマ怪譚。或いは、鵺の仮面回収作戦…。

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●仮面の鵺
 豊穣。
 カムイグラのある港町。
 名を“ツムギ湊”というその町は、2人の支配者によって統治されている。
 その片方、裏の支配者である狐の獣種“クラマ”が此度の依頼人である。

 金の髪に豪奢な着物、すらりと鼻梁の通った顔立ち。
 クラマはどこか妖艶さを感じる笑みを浮かべたままに、1枚の仮面を畳の上へ放り投げた。
 それは焼け焦げ、罅割れた翁の面だ。
 ところどころに、焦げ付いた肉か筋のようなものがこびりついている。
「……なんっすか、これ?」
 仮面を手に取りイフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)が顔をしかめた。
 見るからに不気味な翁面だが、触れて見ればなおさらに気色が悪いのだ。
 焼けた肉から漂う異臭、骨に似た質感、極めつけは触れた指先から身に染み入るようなじくじくとした不快感。
 思わずといった様子で、イフタフは面を畳の上へと投げ捨てた。
 それを見てクラマは、口を大きく開けて呵々と笑っている。
「やはり分かるか。まぁ、分かるだろうな。投げ捨てて正解だ。長く手にしておったなら、貴様も“鵺”になりかねん」
 そうなってはもはや燃やすより術はない。
 付け加えられた一言に、イフタフは頬を引き攣らせた。
 そのような危険極まりない呪具を、無造作に放り出すんじゃない。
 喉元まで出かかった不満の声を飲み込んで、代わりに重たいため息をひとつ。
「えっと、それでローレットに依頼があるんっすよね? 当然それはこの仮面に絡んだことと」
「然様。我らだけでは手が足りぬでな。お主らの力を借りたいのよ」
 そう言ってクラマは、翁面を拾い上げると傍らに置いた木箱の中へ無造作に放り込んだ。
 眼前から面が消えたことで、イフタフの感じていた悪寒がさっと溶けるように消える。安堵の吐息を零した彼女は、顎に手をあてクラマに問うた。
「討伐依頼っすかね? さっき“鵺”と言ってましたが……そういう名前の妖っすか」
「便宜上の呼び名に過ぎぬよ。それに、あれは妖ではない。人を依り代にする類の呪具だろうな」
 曰く、それが初めに現れたのは数ヵ月前の月の無い夜。
 背丈はおよそ八尺ほどとかなり高いが、全体としての骨格は人のそれに近かった。
 背を曲げて、長い腕をだらりと垂らし、猿のように跳びはね、虎のように四肢を掴んで疾駆する。また、後頭部から背にかけては蛇のようにうねる触手じみた頭髪を生やしているという。
「体色は女子のように白かった。しかし顔に被った面だけは、夜の闇を塗り固めたかのように黒い。その声は男とも女とも判然とせず、けれど【不吉】なものであったわ」
 ツムギ湊に現れた“鵺”は、夜道を歩いていた者を無差別に襲い始めたらしい。
 動きは速く、膂力に優れたその怪物に大勢の住人が怪我を負わされ、中には命を落とした者までいる始末。
 結局、怪物は一晩を通して暴れ回った後、朝日と共に姿を消した。
「日光を浴びるなり、身体が灰と化したらしい。それが最初の邂逅じゃの」
 二度目の邂逅はひと月後。
 再び姿を現した怪物だが、今度は1体だけではなかった。
 目撃情報を統合すると、2体はツムギ湊に出たはずだ。
「結局、その晩も捕らえることは叶わなかった。おまけに今度は、朝日を浴びてもしばらくの間は動き続けておったそうじゃ」
 以来、月の無い夜が訪れる度に怪物はツムギ湊に姿を現し続けた。
 そして、その度に数を3、4と増し、活動時間も長くなっているという。
 徐々に強化されていることは誰の目にも明らかだ。
 いつしか怪物は“鵺”という名で広く知られるようになっていた。
「早急にどうにかするべきと、先月はついに我も前線に出向くことになったよ。見つけ次第に燃やしてやったが……その折にな、回収したのが先の仮面だ」
 聞けばクラマは呪術師を生業としているという。
 そんな彼女の調べによれば、怪物の本体はあくまで“仮面”の方らしい。仮面が人に取り憑くことで、異形の怪物へ姿を変えさせるのだ。
「うぅん? 本体は仮面と分かったのなら、対処の仕様もあるっすよね? それこそクラマさんなら“鵺”を討伐することもできるんでしょう?」
「それがそうもいかぬ理由があってな……まず、街に出て来る鵺の大半は分身のようなものである。そして“本体の仮面”を封じぬことには鵺はいつまでも現れ続ける。そして何より厄介なのが、“鵺”の本体は呪力に敏感らしくてな……我が近づくとあっという間に逃げていくのよ」
 クラマの術があれば仮面を封印できる。
 しかし、肝心のクラマは本体の仮面に接近することが出来ない。
 そう言った事情から、彼女はイレギュラーズを呼集するに至ったのだ。

●恐ろしい夜
「5か月目ともなればすっかり慣れたものなんっすかね。住人たちの避難は既に開始されていて、街に人の気配はないっす」
 ところは豊穣。
 クラマの屋敷に設けられた「緊急作戦会議室」にて、イフタフはそう口にした。
 壁に貼られた「仮面の鵺」の姿絵に、出現箇所を記された地図。
 仮面の鵺の姿絵は、街で一番の水墨画絵師が描いたものだ。おどろおどろしさと同時に、どこか神秘的な気配さえ感じられる一筆入魂の力作である。
「こうしてみると、出現箇所は街の西側……港とは反対の方向に集中してるっすね。これまでそうだったから、今回も同じという保証はどこにもないっすけど」
 わざわざ大穴を狙う必要も無いだろう。
 街の住人は避難を終えており、クラマも屋敷に詰めている。
 しかし、当日は見回りとしてクラマの配下が街の各所に配置されると言う話だ。万が一、西側以外に仮面の鵺が現れた時は、クラマの配下が知らせてくれることだろう。
「特徴としては、まず運動能力の高さが上げられるっす。これまで出た被害は、どれも物理的なダメージによるものっすね。付いているのは【防無】に【滂沱】【致命】。あぁ、鳴き声に【不吉】もあるっす」
 一方で知能はさほど高くはないとイフタフは言う。
 元は人であるらしいが、既に人としての理性は失われているということか。
「数は少なくとも3体以上と……そして、そのうち1体が“仮面の鵺”の本体っす。確実に討伐しなきゃいけないのは本体の方っす。残りは別に無視しても構わないっすね」
 本体が残っていれば、分身体が増え続ける。
 しかし、本体が封印されればいずれ分身体も自然と力を消失するだろう。
 それがクラマの見立てであった。
「本体の仮面は、回収して街の東にあるクラマさんの屋敷まで運んでほしいっす。彼女が封印してくれるそうなので」
 鵺を生み出す仮面は危険な呪具である。
 呪術師であるクラマは、それを封印するに際して調べたいことでもあるのだろう。
「さて、月のない夜っすからね。視界は当然に良くないっす。それからこれが一番肝心なんっすけど、仮面の鵺は呪力に敏感らしいっす。要するに神秘攻撃手段が豊富な人ほど、接近を察知されやすいってことっすね」
 今回、クラマが屋敷に待機しているのもそのためだ。
 不用意に接近し、仮面の鵺を逃がしてしまわないために講じた対策の1つというわけである。
「さて、お話するのはこれぐらいっすかね。じゃ、やりましょうか……鵺退治」
 私はもう帰りますけど。
 そう言ってイフタフは、緑茶を啜って一息吐いた。

GMコメント

●ミッション
「鵺の仮面」をクラマの元に持ち帰る

●ターゲット
・仮面の鵺×3~
2メートルを超える長身に、異様なほど長い腕。
体色は白く、夜の闇を塗り固めたかのように黒い仮面をかぶっている。
後頭部から背にかけては蛇のようにうねる触手じみた頭髪を生やし、猿のように跳ね、獣のように疾駆し獲物に襲い掛かるという。
また、呪力に敏感であり、神秘攻撃手段が豊富な人ほど接近を察知されやすい。
※内1体が本体。本体の仮面を剥がしてクラマのもとに持ち帰ることで依頼は成功となる。

鵺の鳴く夜:神遠範に小ダメージ、不吉
 女とも男とも判然とせぬ奇怪な鳴き声。

猿か虎か:物近単に大ダメージ、防無、滂沱、致命
 獣のごとき荒々しい攻撃。

・クラマ
カムイグラの港町に拠点を置く女呪術師。
金の髪に狐の耳、豪奢な着物を身に纏った胡散臭い女。
“鵺の仮面”を封印する術を知っているらしい。
“鵺の仮面”に逃走されるリスクを抑えるため、今回は街の東側にある屋敷で待機する模様。
彼女に“本体の仮面”を渡すことで依頼は成功となる。

●フィールド
豊穣の港町。
月のない夜であり、非常に暗い。
さほど広い通りのない街の西側。海とは反対方向が主なフィールドとなる。
クラマの屋敷は街の東側にある。そのため、仮面回収後は区画を移動しなければならない。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • クラマ怪譚。或いは、鵺の仮面回収作戦…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年05月27日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

水瀬 冬佳(p3p006383)
水天の巫女
河鳲 響子(p3p006543)
天を駆ける狗
鹿ノ子(p3p007279)
琥珀のとなり
橋場・ステラ(p3p008617)
夜を裂く星
星影 向日葵(p3p008750)
遠い約束
不動 狂歌(p3p008820)
斬竜刀
神倉 五十琴姫(p3p009466)
白蛇
フロイント ハイン(p3p010570)
謳う死神

リプレイ

●鵺の鳴く夜
 鵺の鳴く夜は恐ろしい。
 そんな台詞を最初に舌に乗せたのは、いったいどこの誰だったろう。

 人気の失せた広い通りを『天を駆ける狗』河鳲 響子(p3p006543)が駆け抜ける。響子を先導するように、夜闇を1羽のカラスが飛翔する。
「西に1体、東に2体……分身する妖ですか、非常に厄介ですね」
「どれが本体、どれが分身か分かりますか? 僕は神秘の力を持っていないので、比較的見つかりにくいはずですから、本体を獲りに向かうっス」
「フロイント先輩が見れば分かるんでしょうけど……」
 響子の後を『琥珀の約束』鹿ノ子(p3p007279)と『真意の選択』隠岐奈 朝顔(p3p008750)が追いかける。腰に下げた刀へ手を触れ、鹿ノ子はギリと歯を噛みしめた。
 今回の敵は仮面の鵺と呼ばれる呪具だ。
 本体を倒さぬ限り、月ごとに数を増す人とも獣とも言えぬ化け物。
『DiーDidi!!』
 犬とも猫とも取れぬ無機質な機械の獣が、電子音に似た鳴き声をあげる。それは先行して走る響子たちに付いてきた『友人/死神』フロイント ハイン(p3p010570)のペットであった。
「1体だけ離れて行動している個体は、私が誘導を試してみますね。皆さんは東へ向かってください」
 2羽の鶫を従えて『斬城剣』橋場・ステラ(p3p008617)が進路を変えて隊列を離れる。西へ向かったステラを残し、残る4人は東に居座る鵺のもとへと駆け付ける。

 肩に担いだ大太刀を、疾駆と同時に横に薙ぐ。
「何処のどいつが用意したか知らねえが今楽にしてやるから雁首揃えて待ちやがれ!」
 気合一声。
『暴れ博徒』不動 狂歌(p3p008820)の放つ斬撃が、土砂を巻き上げ地面を抉った。
 暗がりの中、大通りの真ん中に立っていたのは2体の怪物。白い身体に、頭部から背にかけ映える触手のようなうねる髪。顔に被った黒い仮面が“仮面の鵺”という名の由来だ。
 長い腕で地面を叩き、2体の鵺は後ろへ跳んだ。
 狂歌の斬撃を回避して、嘲るようにキィキィと、甲高い声で吠え猛る。

 風にそよぐ黒髪を『水天の巫女』水瀬 冬佳(p3p006383)は、きゅっと黄色い紐で結う。
「物理組がきちんと引き付けられていれば、私達が接近しても問題は無いでしょう」
 神秘スキルを感知するという鵺ではあるが、いざ戦闘が始まってしまえばそれどころではなくなるだろう。
「うむ。なんぞ変わった呪具もあったもんじゃが……実に厄介じゃ。きちんと封印してやらねばの」
 ひゅん、と風を切りさいて槍を肩へと担ぐ『白蛇』神倉 五十琴姫(p3p009466)が、一つ大きく頷いた。
 響子を初めとした物理攻撃組が出陣してから、それなりの時間が過ぎている。
 つい先ほど、ハインのペットが夜空に高く遠吠えをあげた。
 接敵および交戦開始の合図である。
「うん? ハインよ、浮かぬ顔をしておるが、どうかしたのじゃ? もしや怖いのかの?」
「いえ……人を怪物へと変える呪物。悍ましいと感じるには十分ですが」
 怖いわけではありません。
 囁くようにそう呟いて、ハインは視線を前へと向ける。
 ハインの胸のうちに渦巻く感情を、終ぞ五十琴姫は知ることは無かった。気にならないと言えば嘘になるけれど、現状において優先すべきは仲間との合流、および鵺の撃破であろう。
 ふぅ、とため息をひとつ零して意図して思考を切り替える。
 そうして3人は、鵺の元へと向かうべく夜の町へと繰り出した。

●月の無い夜は恐ろしい
 口腔が開く。
 血に濡れたような紅い口から発せられたのは、絹を裂くような雄たけびだった。
「っ……うるせぇ!?」
 至近距離から咆哮を浴び、狂歌はたまらず後ろへ下がった。
 それを追うように鵺が跳躍。
 跳ねる勢いを乗せた殴打を、狂歌へと叩き込む。
 鋭く太い、歪に曲がった爪が狂歌の眉間を裂いた。血飛沫が飛んで、狂歌の顔面を朱に濡らす。
 追撃とばかりに、もう1体の鵺が姿勢を低く疾駆。
 振り抜かれた剛腕は、しかし朝顔の構えた刀に受け止められた。
 鈍い殴打の音が響く。
 腕にビリビリとした痺れを感じながら、朝顔は狂歌の肩を引く。
「直撃を受け続けてはいけません。一旦、下がって!」
「……くそ」
 舌打ちを零した狂歌が後退。
 2体の鵺の突進を、朝顔はその大きな体で受け止めた。着込んだ鎧を突き抜けて、衝撃が内臓を激しく揺らす。骨の軋む音と、腹部に走る激痛。朝顔の唇から血の雫が零れた。
 守りに長けた朝顔が、これほどのダメージを受けたのだ。
 鵺に殺められたという街の住人は、果たしてどれほどの苦痛と恐怖を味わったのか。
 きっと、目も当てられぬほどに惨い遺体と成り果てたに違いない。
 ならばこそ、彼らの無念を晴らしてやらねば。
 これ以上、増える犠牲を留めなければ。
「朝顔さん!?」
 吹き荒れる衝撃が、鹿ノ子の長い髪を激しくなびかせた。
 突進を真正面から受け止めた朝顔へ、悲鳴のような声を投げかける。
「平気です! 鵺がどんなに強くても絶対に負ける訳には、倒れる訳にはいきません! ……私の故郷の人々は、蹂躙されて良い者じゃない!」
 朝顔は気丈にも叫び返すと、腕を伸ばして2体の鵺の顔面を押さえた。
 仮面に触れられることを嫌ったのか、鵺が激しく首を振る。逃げようと藻掻く鵺の身体を、その場に抑え込む朝顔の形相は、どこか獣のようでさえある。
 命をかけて、誰かの命の仇を取ろうとしているのだ。
 なりふりなんて構ってはいられないだろう。
 胸に当てた手が淡く光って、朝顔の受けた傷を癒す。
「遮那さんのおわすこの豊穣に、乱あるをけして許さず」
 腰を低くし、鹿ノ子は刀の鯉口を切った。
 しゃらん、と涼やかな刃の音。
「鹿ノ子……抜刀!」
 まずは1体。
 摺り足で鵺との距離を詰め、目にも止まらぬ刺突を放った。
 夜闇を穿つ白い閃光。
 一撃。
 まずは鵺の肩を貫く。
 次いで、2撃目。
 筋肉に覆われた首に、深い裂傷を刻んだ。
 噴き出した血が鹿ノ子の髪を濡らす。
 構わず、1歩踏み込んで、終の刺突が仮面を割った。

 仮面の下から現れたのは、若い男の顔だった。
 眼球は腐って落ちたのか、虚ろな眼窩からはドス黒い血が溢れている。
 半開きになった口腔から、湧いた蛆が零れて落ちる。
 白かった肌は爛れて腐り、あっという間に肉の色をした汚泥に変わった。
「……何処のどいつか知らねえが胸糞悪い物作りやがって」
 人の身を無理やり妖に造り変えたのだ。
 その代償は軽くない。
 大上段に斬馬刀を振り上げて、狂歌は地面を蹴った。
 咆哮と共に叩き落すかのような斬撃を見舞う。
 鵺は両腕を顔の前で交差して、狂歌渾身の一撃を防いだ。
 密集した筋肉を裂くことには成功したが、残念ながら骨を裁つには至らない。
 だが、それこそが狂歌の狙いであった。
 鵺の注意が彼女に向いている隙に。
 鵺と狂歌の膂力が拮抗しているうちに。
「邪悪を殺め、外道屠る。堕ちた妖は封じ祓われる運命なのです」
 闇に紛れて駆けた響子が、鵺の背後へ辿り着く。
 逆手に構えた2本の刃。
 音もなく、縦横に降り抜けば夜闇に走る3条の剣閃。
 背後からの奇襲に応じる暇も与えられぬまま。
 両肩の腱を斬られて、鵺の腕から力が抜けた。
 力の入らぬ腕では獲物を嬲れない。
 限界まで口腔を開け、鵺は再び夜空へ吠える。
 けれど、しかし……。
「だから、うるせぇって!」
 1歩。
 強く踏み込んで、狂歌は渾身の斬撃を見舞う。
 まっすぐに振り下ろされた分厚い刃が、鵺の仮面を真っ二つに断ち斬った。

 同刻。
 ステラは1人、暗い道を駆けていた。
『蜉ゥ縺代※蜉ゥ縺代※』
 背後から聞こえる、男のものとも、女のものとも知れぬ声。
「鵺と言えば、猿の顔、狸の胴、虎の手足、蛇の尻尾でひょーひょーと鳴くものと思っていましたが……どうやら少し違う様子」
 一般的に広く知られる“鵺”という妖と、此度ツムギ湊に現れた“仮面の鵺”はまったく違う存在だ。
 ステラを獲物と捉えているのか、鵺は執拗にその背中を追いかける。この調子であれば、そう遠くないうちに仲間たちの元へ誘導できるだろう。
「っ……体力的にはギリギリになりそうですがっ」
 太い爪がステラの背中を裂いた。
 瞬間、ステラは転がるように前へと飛んだ。
 衝撃を逃がし、少しでも受けるダメージを減らそうという心算だ。
 けれど、しかし……。
『蜉ゥ縺代※』
「……やはり、封印しない限り分身は増えるみたいですね」
 夜の闇から滲むようにして、もう1体の鵺がステラの前に立ちはだかった。
 高く振り上げられた爪を、避ける時間も余裕も無い。
「っ……!!」
 腰の鞘から赤く輝く剣を抜き、ステラはそれを一閃させた。

 鵺の殴打はステラの額を裂いたのだろう。
 ステラの剣は、鵺の片腕を潰したはずだ。
 しかし、流石に2対1では分が悪い。
 2体の鵺の猛攻を受けたステラは【パンドラ】を消費しながらも、どうにか戦線を離脱した。彼女の目的は、この場で鵺を倒すことでは無い。
 鵺を仲間たちの元まで、誘き出すことが今の彼女にとっての最優先である。
「……あと、少しで。皆さんのところへ」
 顔を血で赤く濡らして、ステラはよろけた足取りで、前へ前へと駆けていく。
 
 ぱしゃり、と。
 水の渋く音がした。
 次いで、空気を揺らす鈴の音色が鳴り響く。
 りぃん、りぃん、と音色は次第に大きく、はっきりとしたものへ変わる。
 雪のような淡い燐光が、ゆらりゆらゆら、夜の闇から溶け出すように倒れたステラへ降り注ぐ。
 その音色を聞いた瞬間、2体の鵺は動きを止めた。
 腰を低くし、鵺は跳躍。
 逃げるように、民家の屋根へと跳び上がる。
「意志のようなものを宿している様子。呪具といえども一種の生命体なのかもしれないですね」
 撤退を図った鵺を見上げて、冬佳はそう呟いた。

 黒い空を切りさいて。
 煌々と輝く“太陽”があった。
「巻き込まんようにの。範囲攻撃ゆえな」
 往来の真ん中に立ち、空へ向けて槍を掲げる五十琴姫。
 歌うように祝詞を紡げば、その度に夜を引き裂く太陽光が強くなる。
 五十琴姫の警告に従い、冬佳は傷ついたステラに肩を貸しながら、急ぎ足でその場を離れた。
 空を仰ぐ鵺たちが、顔を押さえて苦悶を零す。
「通常の生命と比較し、鵺なる怪物は逸脱した存在と言えるでしょう。外法で生み出されたが故にその肉体は、生命に恵みを与えるはずの太陽の光を弱点としています」
 苦しみ藻掻く鵺たちを見て、ハインは囁くように呟く。
 知らず、ハインは握った拳を自身の胸に当てていた。
 鼓動する心の臓などないはずの、ハインの胸にチクリと鈍い痛みが走る。

「消し炭にしてくれるわ!」
 一つ。
 掲げた槍を下げ、柄の底で地面を強く打つ。
 しゃらん、と飾りの揺れる音。
 刹那、白く染まった空から幾つもの熱線が雨のように地上へ降り注いだのだった。

 焼け焦げた2体の鵺が、地面に倒れて苦しみ藻掻く。
 そのうち1体へと歩み寄り、ステラは手にした蒼剣で顔に被った仮面を刺した。
 砕けた仮面は、霧のように霞んで消える。
 白い肌は爛れ、残るは腐った人とも魔ともつかぬ誰かの遺体だけ。

 響子が現場へ着いた時、2体の鵺は焼け焦げ、藻掻き苦しんでいた。
 1体をステラが剣で仕留める。
 しかし、その隙に残る1体が逃げ出した。
「そっちが本体です。逃がさないで。それは倒さなければならない災厄だと、ボクの理性は告げています」
 誰よりも先にハインが告げる。
 鵺の逃走に気付いていたのは、ハインと響子の2人だけだ。
 響子は姿勢を低くして、地面を滑るように疾走。
 走りながら、腰に下げた刀を引き抜き逆手に構える。
 夜の闇に紛れての奇襲は、何も鵺の専売特許というわけでもない。
 数秒。
 音もなく鵺に近づいて、響子は鵺の首を裁つ。

 4枚目の仮面は砕けなかった。
「これは……同じです。ボクと」
 地面に落ちた仮面を見下ろし、ハインは淡々と言葉を紡ぐ。
「本体ということかの? よし、であれば回収じゃの」
 そう言って、五十琴姫は視線を冬佳へと向けた。
 ひとつ、冬佳は頷くと楚々と上着を脱ぎ捨てた。
 翳した手から、つーっと真水が滴って、白い衣に染みをつくった。
 清められた水ですっかり濡らした布で、仮面を包もうという心算だ。
「これで……対呪抵抗力で多少はマシな筈です」
 布で包んだ仮面を持って、冬佳は視線を東へ向けた。
 4体の鵺を討伐し、呪具の本体である仮面を手に入れた。
 後はこれを、街の東にあるクラマの屋敷へ届ければ任務は無事に達成となる。

●名をあらわせる今宵かな
 1の月に1体。
 2の月に2体。
 ツムギ湊に現れた鵺の数であうr。
 そして今は5の月……月に1体ずつ鵺が数を増すのだとすれば、今夜、ツムギ湊には合計5体の鵺が出現していることになる。

 それは音もなく現れた。
 クラマの屋敷へ向かう道中、鹿ノ子だけがそれに気づいて足を止めた。
「仮面を持って……そのまま逃げて!」
 刀を抜いて、振り向きざまに横薙ぎの一閃。
 鹿ノ子の放った斬撃は、それを……鵺の腹部に深い裂傷を刻んだだろう。
 けれど、鵺は止まらない。
 落下の勢いを乗せた殴打で鹿ノ子を地面に押し倒し、その顔面へと握った拳を何度も何度も、がむしゃらに叩きつけるのだった。

 冬佳とステラ、五十琴姫が仮面を持って走り去る。
 本体の仮面を封印すれば、これ以上、鵺が増えることはなくなる。何よりの優先事項は、仮面を無事にクラマのもとへと送り届けることである。
「事前に聞いてたより多いが関係ねぇ! 全部叩っ斬ってやる!」
「分身体には、本体の位置が分かるみたいですね。なんて厄介な……コレを作った人はまだ居るのでしょうか?」
 狂歌が斬馬刀を一閃させた。
 鵺は鹿ノ子を殴る手を止め、後ろへ跳躍。視線はまっすぐ、逃げて行った仲間たちの方を向いているようだ。
 仲間たちを庇うため、朝顔が鵺の眼前に立つ。
 それと同時に、鵺の逃走を阻むべく、響子が背後へと回った。
 前進することも、逃走を図ることもこれで出来ないはずだ。
 本体の封印さえ済めば、分身体はいずれ元の遺体へ戻ることだろう。
 けれど、しかし……。
「共感に近い感情を覚えます。ですが、ボクは鵺を倒します」
『DiDi―! Di! Di!』
 鵺の背後で、ハインがゆっくりと手を持ち上げる。
 その足元では、ハインのペットが電子音を鳴らして吠えた。
 刹那。
 空気を切り裂いて、ハインの指先から黒い魔弾が放たれた。
 それは鹿ノ子が裂いた鵺の腹部に命中し……体内から、鵺の身体を傷つける。
 鵺の巨体が数度激しく痙攣し、ついに口から血を吐いた。
 ドス黒く、腐った臭いを放つ血だ。
 倒れた鵺の顔面から、剥がれた仮面がカランと地面に転がった。

 クラマ屋敷の門前で、五十琴姫は光の1つもない空を見た。
「なかなか大変な依頼じゃった。返ったら支佐手に土産話でもしてやろう」
 クラマの元へ向かったステラと冬佳を見送り、五十琴姫は1人、屋敷の外に残った。万が一、仲間たちが鵺を逃がしてしまった際は彼女が1人で、それを食い止めるつもりである。

 蝋燭1本の小さな灯。
 薄暗い部屋に、豊かな金の髪が揺れた。
 着物を着こんだ美しい女性……クラマは仮面を受け取ると、それを手に取り桐の箱へと仕舞い込む。
 白木で蓋をし、札を張って、数分ほどの祝詞を唱え終えたのなら、それで封印は完了だ。
「ま、こんなところじゃろう。さて、ご苦労……仕事はこれで終いだな。お主ら、今夜は屋敷でゆっくり休んでいくと良い」
 呵々と笑って、クラマは視線をステラへ向けた。
 2体の鵺の猛攻を受け、ステラは満身創痍といった有様である。
「……これでもう、鵺は増えないのですよね?」
「仮面の由来が気になります。呪具の類なら無から突然湧いて出るようなことは無いと思いますが、この世界には肉腫のようなものも存在しますから」
 ステラと冬佳の問いかけに、クラマはにぃと瞳を細めた笑みを返す。
 それから彼女は、くっくと数度、おかしそうに肩を揺らした。
 薄く開かれた口元から、鋭い犬歯を覗かせてクラマは囁くように言う。
「好奇心は猫を殺すというが……お主らはまさか、猫ではあるまいな?」
 なんて。
 慈しむように、仮面を封じた木箱を撫でて、クラマは再び呵々と声をあげて笑った。

成否

成功

MVP

フロイント ハイン(p3p010570)
謳う死神

状態異常

鹿ノ子(p3p007279)[重傷]
琥珀のとなり

あとがき

お疲れさまでした。
鵺の仮面は無事にクラマの元へ届けられました。
仮面の封印は完了。
依頼は成功となります。

この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。

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