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シナリオ詳細

神様が魔種ならば

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●一粒の砂
 夜空に月がのぼる頃。
 寝台に汗の匂いがこびりついている。

 大陸の中央部に広がった広大なる砂漠地帯。その中に存在する砂漠のオアシス、夢の都――ラサ傭兵商会連合の首都ネフェルスト。
 オアシスの都に生きる娘、16歳のアイリスには3歳離れた妹がいる。
 天真爛漫で愛らしく、甘え上手。表情豊かでよく笑いよく泣き、まっすぐな言葉でなんでも思ったまま心のうちを伝えて、誰にでも好かれる――そんな妹の名は、リリス。

 可愛らしい妹は、姉のものを何でも欲しがった。リリスは我儘が巧かった。理屈ではなく感情に訴えて駄々をこねる。他愛もない子どもらしいおねだりに、大人は甘かった。
 ぬいぐるみ。髪飾り。欲しいと言われ、姉なのだから譲りなさいと言われ。
 楽器を習い始めれば、同じ楽器を習い始め。
 仲の良かった友人や淡い想いを寄せる彼の隣には、気付けばリリスが当然のように居場所を獲得していた。
 姉が大切にしていればいる物ほど妹は奪う事に夢中になる。アイリスには、そう感じられた。

 『私は、妹が嫌い』。
 アイリスは、妹が嫌いだ。

 しばらく前、アイリスは『妹が奪えないもの』を手に入れた。
 それは、バイオリン奏者としての評価と未来だった。芸術好きな旅人が主催したという街角楽器演奏コンクールで、受賞したのだ。酒場『夢気まぐれの流浪者亭』のステージを彩るロマ楽団のメンバーが偶然演奏を聴いていて、バイオリンを担当させても良いと仕事の話も貰う事ができた。

 初めて見学で訪れた自由と情熱の酒場は、バフールと酒の香りがした。熱気と歓声と笑顔と光で溢れていた。ステージで踊り子が舞っていた。響き渡る演奏は哀調のと情熱の対比を烈しく魅せる奔放で陽気なロマ音楽で、自分が演奏に加わるのだと思うとワクワクした。

 ――けれどその後、アイリスは夜道を何者かに襲われて両腕を斬り落とされてしまった。
 
 これではもう演奏どころか日常生活すら……。医者の声を聞きながら、アイリスは生死の境を彷徨った。妹がバイオリンを弾く音が何度も聞こえて、悔しくて堪らなかった。耳を塞ぐ事もできない。流れる涙を拭う事もできない。アイリスは高熱に魘されながら運命を呪った。

 両親が教えてくれた。妹は『お姉ちゃんがバイオリンが好きだから』と弾いてくれているのだと。それは健気な善意の演奏なのだと。けれどアイリスは何度も思った――きっと、妹がやったんだ、と。
 ――『あの子が悪漢を雇って、私を襲わせたに違いないわ』。

 物心ついてからの日々が走馬灯のように駆け巡る。
 バイオリンの音を聞いて、演奏の歓びが、認められた喜びが蘇る。あの時、あの時。……『勝った』と思ったのだ。誰に? 妹に。『奪えないでしょう』と思ったのだ。

 だけど、奪われた。……奪われてしまった!

 絶望の淵で出来る事は、呼吸を繰り返し泣き声を噛み殺す事と、理不尽な現実を嘆く事と、奇跡を祈る事くらいだった。
「神様、もしこの声が届くなら。どうか、どうか、お願いをきいてください」

 ――そして、声がきこえた。


●討伐依頼
 ギルド・ローレットに一通の依頼書が届いていた。
 依頼人はラサの首都に住む民間人で、魔種の討伐依頼である。『L'Oiseau bleu』散々・未散(p3p008200)は、何故だかその依頼書が気になった。

「依頼人のご家族が魔種になってしまったというお話でして」
 情報屋が語る。
「魔種になった子は、16歳の女の子。名前はアイリスちゃんです。どうも呼び声に同調して反転する前は重傷を負っていたらしくて、その怪我がいきなり治って楽器の演奏を始めたと。そして、本人に尋ねたところ『神様の声がきこえた。神様が怪我を治してくれた』と主張しているらしいのですね」
 その神様というのが、魔種の呼び声だったんでしょうね、と情報屋は困り顔をした。

「現在アイリスちゃんは、自分の部屋で大人しくしています。アイリスちゃんは今のところ楽器を演奏する程度で、人を殺したりはしていません。とはいえ、魔種は、ほぼ例外なく非常に強力な戦闘能力を持ちますから、油断は禁物。ご家族も協力してくださるので、奇襲をかければ比較的倒しやすいのではないかとは、思います」

 魔種は、人類の不倶戴天の敵。存在するだけで『滅びのアーク』と呼ばれる『パンドラと反対の性質を持つ力』を蓄積してしまう存在。
 反転は不可逆であり、戻った例は一度もない。たとえ魔種から善良に見える精神性を感じられたとしても、ひょっとしたら心が通じ合えたと思えたとしても、死んでもらわなければならない。

「ご家族もおつらいでしょうね」
 情報屋は複雑そうな表情をして、気遣わし気に頭を下げた。
「……長く放置すれば、いつ被害が出るかもわかりません。すみませんが、どうぞよろしくお願いします」


 ――『見よ、ここに一粒の砂がある』。
 この日、あなたが出会うのは、一見ふつうの女の子。
 絶望の中、神様に奇跡をもらったと微笑んで、大切に失ったはずの音を紡ぎ奏でる討伐対象。

 砂漠の風はただ淡々と吹き抜けて、
 空は無機質に広がるのみ。

 さて、その出会いと運命の結末や、如何に――

GMコメント

 透明空気です。今回はラサで魔種討伐です。
 一粒の砂、という言葉を使った名言は幾つもありますね。今回の敵は反転したものの、『自分は神様に救われた』と思い込んでいて、反転したことに無自覚な魔種。みなさんはバッサリと奇襲をかけて敵を斬り捨てても良いですし、時間を会話に費やしても良いです。

●依頼達成条件
・『魔種アイリス』の討伐

●ロケーション
 ラサの首都にある両親と姉妹の4人家族が暮らす民家。小さな地上1階建ての一室に魔種がいます。
 部屋はそれほど広くありません。
 依頼人一家は、討伐に協力的です。

●現地NPC
・アイリスの家族
 父、母、13歳の妹の3人が現地にいます。
 情報屋の一言メモ『家族は必ずしも互いを全て理解しているとは限らない』

●敵
・魔種アイリス
 16歳、傲慢の魔種です。
 アイリスはバイオリンを弾くのが好きな大人しい女の子です。幼い頃から大人の言うことをよくきき、我儘はあまり言う事はなく、頼まれ事は素直に言う通りにしてくれるような、優等生タイプの良い子でした。
 普通に会話することができ、人格などは以前と変わらないように感じられると家族は言っています。
 魔種になる前に負っていた怪我が突然治ったらしく、『神様の声がきこえた。神様が怪我を治してくれた』と主張しています。情報屋は魔種の能力について「無自覚(パッシブ)の超自然治癒能力みたいなのがあるかもしれませんね、怪我してもすぐ治っちゃうとか」と推測を語りました。

●魔種
 純種が反転、変化した存在です。
 終焉(ラスト・ラスト)という勢力を構成するのは混沌における徒花でもあります。
 大いなる狂気を抱いており、関わる相手にその狂気を伝播させる事が出来ます。強力な魔種程、その能力が強く、魔種から及ぼされるその影響は『原罪の呼び声(クリミナル・オファー)』と定義されており、堕落への誘惑として忌避されています。
 通常の純種を大きく凌駕する能力を持っており、通常の純種が『呼び声』なる切っ掛けを肯定した時、変化するものとされています。
 またイレギュラーズと似た能力を持ち、自身の行動によって『滅びのアーク』に可能性を蓄積してしまうのです。(『滅びのアーク』は『空繰パンドラ』と逆の効果を発生させる神器です)

●???
 アイリスが反転する原因になった(彼女曰く「神様」)魔種が存在しますが、現時点では全く情報がありません。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

以上です。
それでは、よろしくお願いいたします。

  • 神様が魔種ならば完了
  • GM名透明空気
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年05月21日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ノリア・ソーリア(p3p000062)
半透明の人魚
武器商人(p3p001107)
闇之雲
エマ・ウィートラント(p3p005065)
Enigma
雪村 沙月(p3p007273)
月下美人
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
散々・未散(p3p008200)
魔女の騎士
浅蔵 竜真(p3p008541)
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切

リプレイ

●未散
 あの日の雨音が問いかけたなら、ぼくはこのように応えるだろう。
 ……ぼくは葬儀屋だから。

 その夜に羽搏くのは、鳥。或いは鼠だったろうか。人が何かを言う時、部分的な単語を入れ替えすると真理が見えるとそれは語ったので、『冬隣』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は霊とそれに挑む事にした。


 望む結果を思い描き、その結果へと導く現在から未来への架け橋を行動で建築しようとした仲間達――『半透明の人魚』ノリア・ソーリア(p3p000062)、『闇之雲』武器商人(p3p001107)、『Enigma』エマ・ウィートラント(p3p005065)、『月下美人』雪村 沙月(p3p007273)、『燻る微熱』小金井・正純(p3p008000)、『L'Oiseau bleu』散々・未散(p3p008200)、『救う者』浅蔵 竜真(p3p008541)。

 何の変哲もない民家、生活感のある小さな部屋。少女アイリスを見て、竜真は思ったものだ。
(よくある話だ。娯楽小説なら逆転することもあっただろうが……反転してはな)
 
「バイオリニストの噂を聞いていてな。是非一度聞いてみたかったんだ」
「バイオリニスト! 私、まだそんな肩書は恐れ多いですっ、でも、そう名乗ってもいいのかな?」
 少女はくすぐったそうに笑った。未来を信じて疑わない、そんな笑顔で。

 そっと打ち明ける、心配事。
「家族の元気がないみたいなんです。私から竜真さんに依頼すること、できますか? 家族を元気付けてあげてほしいんです」
 薫るのは太陽と月に晒された砂の匂い。人の纏う複雑で温い臭い。
 ――魔種でさえなければ、よかったのにな。

 エマは煙管をくるりと廻して奇しく微笑んだ。
 彼女を魔種にしようとしたのは神様の意思。
 その声に応じたのは彼女の意思。
 そしてその『彼女を討伐するのはわっちらの意思』。
 ノリアは――自然の摂理を思う。
 ――特異運命座標が 悪人でも 世界を 救うなら 魔種は 善人でも ほろぼすのでしょう。
(やるせない、とは おもえども)


 8人は、たっぷり時間をかけて相談した。
 奇襲の策を捨て、対少女4人対家族4人で対話をしてから殺す段取り。本人には、「貴方は魔種になったのだ」「自分達は貴方を殺しに来たのだ」と最初に伝える。目的は情報収集。殺害時は外に連れ出す。理由は家族のいない広い場所で戦闘するため。連れ出した後は最期の演奏を許す事にした。警戒していた事、或いは望んでいた事は、殺すと伝えた後に少女が暴れ出す事――暴れる少女を倒す筋書き。

(無自覚、ですか)
 『月下美人』雪村 沙月(p3p007273)が和装の清潔な快さが際立つ優美な一礼をすると、アイリスは憧憬の眼差しを向けた。清冽な水の流れにも似た所作は、一朝一夕には身に付かぬ努力の果てにこそ得られるから。アイリスはどきどきして無礼にならないように居住まいを正した。
「あ、あのっ。アイリスです。お目にかかれて、光栄です!」
「神様もおしんだ 才能、と……うわさを ききましたの」
 ノリアが綺麗な尾をぴるると揺らして首を傾げる仕草は、庇護欲をそそる愛らしさ。アイリスは素直な声色で「可愛い」と呟き。旅の話をしようと言えばワクワクと洩らす。
「私思ったんです。嫌な事があっても、頑張って生きていたら見見ててくださるんだって」

(敵である以上、倒す以外の選択肢はないのが悲しいですね)
「アイリスさん、あなたは魔種になってしまったのです」

 靜かな言葉は少女の心に浸透するまでに時間を要した。
「……?」
 突然なにを言うんだろう。そんな目が居合わせた4人の間を行き来する。未散、ノリア、竜真、沙月――全員の瞳、表情、気配。少女の瞳が大きく見開かれる。
「え――な、んですか……?」
 嘘だぁ――皆が、それを肯定して突き付けている。
「変な事、言わないでくだ……」
 だって、だって――、『それは世界の敵だから』『恐ろしい生き物で、悍ましい悪だから』『イレギュラーズは魔種を』思考の先を肯定する、沙月の声。

「私達は、ご家族に依頼されてあなたを討伐しに参りました」

 ひっ、と引き攣った音がアイリスの喉奥から洩れた。強烈な眩暈を起こしたのか、立っている事もできずに座り込み、ガクガクと全身を震わせる。

 ――今、この人は言った。
 ――『私を殺しにきた』と言った!!

 恐怖に発語困難に陥って、それでも何か発さねばと口がぱくぱくと藻掻く。

「『その前に』私達はあなたに質問したいことがあるのです」
 声は続いて、現実を中断してくれない。少女の腕が冷たい床を滑る。手のひらも脇も、お腹も、背中も、全身が汗塗れだ。

「お母さん、お父さん……っ!?」

 少女に寄り添う者は、いなかった。


●似
 ――ヒトの認知は思い込みで歪むもの、片側からのみでは正確な色は見えないかもしれない。

「ああ、アイリス。許してくれ、誰もお前を救えないのだ」
 悲劇の最中。そんな室内。
(俺は『家族の正しいカタチ』など知らんが、ご両親は随分と無神経に見える)

 さながら死の押し付けといった仕事。強引ならイージーで、欲しがらせるなら困難、とアーマデルは情報の欠片を遊ばせる。

 故郷には、捩じれた縁の話が沢山ある。家族だから無条件で仲良しとはいかないという事を少年は知識としてよく知っていた。
「姉妹に関するこんな噂を聞いたのだが」
「誰がそんなことを? ひどいわ!」
 仕掛ければ、リリスが心底驚いたような顔で声をあげた。
「うちの娘達はとても仲が良いんだ」
「こんな事になってしまったけれど、一家仲良く今まで過ごしてきたのよ」

(妹は嘘を……)

 家族の声と霊の声にアーマデルは悟る。個人的に目指した情報獲得はまず、達成した。

 一度夢を絶たれ、絶望に落ち、呼び声を受け、仮初とはいえ絶たれた夢を見た。
「彼女に取って神の御業であったのでしょう。救いをもたらしたその声は、神の声であったのでしょう」
 ――皮肉なものです。世界を蝕む毒が一時の薬になるなんて。
 正純は長い睫毛をそっと伏せた。

 妹リリスは、気になる人に視線を向ける。真意の見えぬ三日月の微笑みを湛える武器商人へ。
 その首を傾ける仕草は流麗で、しゃらり流れる髪は繊麗で。妖艶さと底の知れなさを秘めている。その眼は隠れて見えねど、この世のものと思えぬほどに美しく印象深いものに違いない。
「綺麗なひと……」
 性別不明の艶美に陶然として、リリスは尋ねられるまま情報を吐く。両親を労わりながら、正純は気付いている――妹が助けを求めていない事に。
「通り魔? 逃げて、見つかってないわ」
「おやまァ、通り魔は捕まってないのかぃ?」

 正純は両親へ配慮に満ちた声で接していた。その心の叫びは痛いほどに感じられているから。
「彼女が魔種になったのでは、という投げ文があったのですね?」
「ええ。だから腕が治ったといわれれば、納得するしか」

「ふふ……じゃァ、お見舞いにその『旅人』が来たんだね?」
「そう。コンクールの主催者、芸術好きな旅人さんが来たのよ」
「ほ。そう……自称旅人」
 ヒヒ、と妖しく艶のある笑みが洩れる。
「演奏は、その時に」
 アーマデルがフードと目隠しで表情を隠したまま呟いた。武器商人が秘密を愉しむみたいに囁き声を紡ぐ。
「うン、……バイオリンを弾いたのは――旅人のため、という理由もあったってコト?」
 リリスは勝気な眼をきらきらさせた。
「旅人さん、今度ゆっくりあたしの演奏をきいてくれるって言ったのよ」


 故にアーマデルは設問を霊と眺めた。

 仲間達は、次の空欄を埋めるのかもしれないし、埋めないのかもしれない。
 ――『 』だから、死にませんか?


●砂
 一粒の砂は、あなたさまで、そしてぼく等。砂な事に変わりないのだとしても、金を掴んでしまった時に分たれる運命なのだ――そう云う、ルールなのだから。

 未散が少女の号哭を瞶めていた。
「どうして、どうして、どうして」
 アイリスは生きていてはいけないのだという。だから、今から殺されるという。

「誰か」
 たすけて。

 未散が〇〇のは、XXのような事実。
「悲しいかな、誰もが我が身が可愛くて誰もが自分が思う程他人を見ていません。家族とて――だってあなたさまの首だって差し出したのだもの」
 ――其れは正しい行いではあるけれど。

「けれど、けれど?」
 ねえ、「けれど」なら、貴女はXXXな私を哀れだと、〇〇と、思ってくれて  ね?

「けれど、そう、あなたさまは魔種になってしまわれた」

 ご提案があるのです――、葬儀屋が優艶に紡ぐ。
「広大な空の下でのご演奏に興味は?」
 死に場所も、死装束も、自分で選ぶべきだ。そう語る声は神秘的で美しく、まるでXXのよう。

「ステージ衣装も用意しましょう、ヘアセットに、お化粧だってうんと、綺麗に致しましょう。お手伝い致しますよ」

 アイリスは首を振った。
 ――だって、死にたくなんてないのだから。


●世
 ――温かい砂に還る感覚は屹度、気持ちが良い。だから、飛び切り綺麗にお洒落をして、死にましょう? イレギュラーズが殺しますから、死ぬまでの時間を素敵に楽しく過ごしましょう?

 〇人が、X人の少女を人気のない砂漠で囲む夜。


 沙月が呟きを零す。
「私はせめて安らかに眠れるよう手を尽くしたい、そう思ったのです。例えば、妹さん――私には大好きなあなたと同じことをしたいと思っていたのではないのかなと思えたのです……そうでなかったとしても、最期に本音を言ってお別れしてはと。襲撃も、神様と仰っている人物が襲ったのかもしれませんよ。その方が絶望して呼び声を受け入れやすくなるはずですから」
「その点は俺も疑問があるんだ。妹が『悪漢』を雇えるものだろうか、と」
「蛇巫女殿も知っての通り、あの娘には邪な心があれど――我が怪しむのは『旅人』だねぇ」

「死にたく、ない……」

「くっふふ、それで?」
 エマが飄々と問う。
「貴女は如何するので? またバイオリンを? それとももっと別の事を?」
 糸のような目の奥が心の隅々まで、一点の闇すら見逃さぬようで、アイリスはゾッと震えた。

 この広い世界で、誰もわかってくれない、味方がいない。
 そんな感じだ。

「何も、悪い事をしていない。それでも、殺されないといけない……?」

 それはまるで、世界に巣食う病のよう。
 感染した者は、治療ができない。他者にうつるから、殺さないといけない。

 縋る手は、平凡な女の子の手。
 楽器の演奏が大好きな、
 助けを求めるだけの、怯えて震えて、温もりを求める手。

 亡き声が啼き風と共に泣き、鳥が羽ばたくような音と声が重なる。其れを聞いた者は、四人居た。世人は此の時追加で影響力を行使する権利を得た。夜人が何も死なければ、この流れの先に着く未来を半ば確信した。拒絶しつつも嘆きに理解を示したり、救いとなる言葉だけでも捧げたり、体を張って全身全霊で寄り添う姿勢を見世たり……損な風にして、現在地点から別の未来へと架け橋を繋ぐ機会を掴んだ。

 『これが物語なら』

 『ヒーローは、その手を――』

 羽ばたきと重なる声。別の魔種の存在。
「……たすけて……」
 お願い、と少女がさいごに呟いた。

 エマは、哂った。
「くふ、くふふ」
『助けて』……でごぜーますか、と。
「アイリス様、申し訳ないでごぜーますがわっちは貴女を助けない。貴女の呼び声にも応じない。

 だって貴女の意思の輝きは、ねえ?

 わっちーー私は。
 世界がどうなろうと知った事ではない。
 ルールなど、知った事ではない。

 私は世界を救うヒーローになるつもりもないしそれこそ物語に出てくるような都合のいい存在にもならない」

 私は本能や欲望すら本人の意思としてみなす。
 生きたいと強く願う――それは間違いなくアイリス様の本能であり強い意志。

 でもね、それだけでは足りない。
 私を誑かすにはまだ足りない。
 私を堕とすには全然足りない。
 私を魅了するには。

「貴女の声など、心揺らす魅力がない」

 エマは、優雅に微笑んだ。
「わっちからは、優しい言葉に替えて死の花束を」


「逃がしません。助けません」
 正純が天星弓に殺意を番える。わざとらしく強い言葉を使うのは、少しでも彼女が抗えるように。
「恨んで構わない、憎んで構わない。貴方が救われた神は、そういう存在なのです」

 ――狙うのは、手。
 一度失い、取り戻したばかりの。
「いやあぁっ!!」

 悲鳴に想う。星に痛みを覚えながら、思う。
 ――彼女は、かつて星に出会わなかった私だ。
 縋るものも、祈るものものなく、弱いまま、奇跡が起こってしまった私だ。

 このまま手を伸ばせば、きっと私はかつての私の可能性を救えるのだろう――悲劇を、変えられるのだろう。

 だけど。だからこそ。
 彼女の伸ばす手を、私は掴めない。

「これは物語ではないので」
 私は絵本の英雄たりえないのだと内心で呟いて。
「なぜ、と貴女は問いました。貴女がそうなったのは誰のせいでも何のせいでもない」

 奇跡がそんなに都合よく起こるものなんかじゃないことを、知っていた。
 これまで取りこぼしたものを、しっかりと覚えている。
 何度も経験して、慣れがある。
 少女にとって一度切りの終わりでも、こちらはそうではない。

「ただ、間が悪かっただけなのです」
 数ある美談には、相手に抱きついて痛みを共に受けると叫んだり、欠損してまで寄り添った者もいたという。
「運が無かったのです」
 だから、ヒーローが必要なこんな少女に。初めて出会ったヒーロー志願者みたいにウブに寄り添うよりも。

 アイリスは気づいた。何を求められているのかを。
「ごめん、なさい」
 抗ってくれた方が、討伐する側の心が救われるから。私は怪物みたいに暴れて討伐された方が、いいんだ。
「……ごめんなさ、」


「できません。したくありません……私、そんな風に――仕方ないってみんなに思われるような、  がイヤです……っ」
 少女の勇気は武器ではなく、声に灯った。
「そうしてあげたら、手を汚す貴方達の気を楽にできると思う。……ごめんなさい。だって私――あなたがヒーローじゃないみたいに、私だって。物語のXXじゃ、ない。だから、そんな顔をする貴女を傷つけられない。憎むのが、イヤ。恨みたく、ないです……!」

 沙月は敵味方の想いを理解して、謝った。
「申し訳ありません」
 ここにヒーローがいない事を。

 そんな事は、現実を識るイレギュラーズならば当たり前なのだから謝る事ではないと皆が言いそうで。けれどその言葉は (    )人間的で、心に響く。
「助けられなかったことを恨んで下さっても構いません。私にできることは、あなたがいたということを覚えておくことのみ。……あなたみたいな敵を殺す依頼が、珍しくありません。他の方も、こんな助けを求める者があっても、慣れたその手で殺めるのです」

 その声にアイリスは少しだけ、心を動かした。
 こんな風に、申し訳なさそうに言ってくれる――なら、

 ノリアは武器商人に力を贈って戦いに備え、愛しい彼を想う。

 わたしには いとしのゴリョウさんが いますから。
「ただ 食べものを求めていただけの獣を 駆除したりもする わたしは アイリスさんばかりを とくべつに救う資格は ないのです」
 その瞳が絡み合う。
「でも、アドバイスくらいは してさしあげられますの」

 助ける理由がないというよりも資格がないという方が、自罰的で清らかだ。アイリスは、ノリアは綺麗だと思った。
「わたしは わたしが死にそうになったら あなたのためではなく わたしが生きるために あなたに味方するかもしれませんの」
 可憐な声が、神聖な宣言のよう。

「もうすこしばかり いとしのゴリョウさんと一緒に いるためになら どんな誘いでも 受けてしまうかもしれませんの」

 ですので、と綺麗な尾を揺らし。愛らしいかんばせが。
「うまくわたしを そんな気分にさせて そのときにわたしに 神様みたいに すくいの手を差し伸べてみるといいですの。そうすれば たすけてもらうかも……」
 神様を――、思い出す。
『神という存在は多くの場合心の拠り所だ。存在せぬ事でこそ絶対の味方たり得る概念だ』


「ぶん殴ってやりたいって何度も思ったのではないですか」
 未散は腕を広げ、義手を開いた。

 ――どうぞ、受け入れますよ。

「なぁに、ぼくもね、腕が無いのです、此方は義手でして。殴り合うには丁度いいかなと」
 玲瓏と囀る未散の前へと、武器商人がその体を滑り込ませた。
「我がいる戦場で青い鳥に傷をつけさせやしないさ」
 なんて頼もしい――『武器商人』は堅牢賢守不沈の盾の勇者と、アイリスも高名を知っていた。

「戦え、ません……」

 ――詰みか。

『さて、鼠鳥は神ではないが、人が助けぬのでこれを救う』

 今、気紛れな風が吹く。
 それが感じられたのは竜真のみ。
 秒より疾く、不可視の光めく気紛れな風に、その命を助けようと思わせただけの奇跡がそこにあった。

 朝焼けの如き朱が踊り竜真に埋め込まれた生体回路が起動して、そのギフトで少女は夜明けの希望に邂逅した。


『英雄の剣は、誰かを守るための……』

 地上の儚い夢が、風が。
 遠くなる。


 一秒にも満たぬ傲風の後、そこには8人が残されて、地上の青い鳥はぽつりと呟いた。


「……ぼくの獲物でしたのに」
 魔種は、去ったのだ。

成否

失敗

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ご参加、ありがとうございました。

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