シナリオ詳細
交わる肉と、蔓草と
オープニング
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――『敵』が居並ぶ。その光景を見て、仲間は焦り、庇護すべき人々は怯える。
「……避難状況は?」
「村人は一か所に集め終えてます。家財は諦めて貰いましたがね。
あとは近隣の村に逃げるまで、奴さんらの足止めを誰かがしなきゃならないってことですが……」
苦笑を浮かべた冒険者に、忍装束の女性は、静かに頷いた。
……『人間を攫う魔物たちの討伐』。それが、今回彼女を始めとした冒険者たちに言い渡された依頼であった。
依頼は極めて順調に進んだ。被害に遭った者たちの消息を辿り、被害者を攫ったとされる者たちの痕跡を見つけた後、それを追って或る山中へと入り込み。
けれど、『それ』を目にした瞬間、彼らは、自らが遅きに失したことを理解したのだった。
地を埋め尽くす草花と、其処から出でる蔓に身体を蝕まれた失踪者たち。
意識を残したまま、蔓草に操られながら自身らを襲う彼らに対して、冒険者達は撤退と、付近に住む人々の避難を呼びかけることしか出来なかったのだ。
「……『ローレット』に増援を頼まなきゃならない」
ぽつり、呟いた何某かの言葉へ、その場にいた全員が同意する。
敵は――蔓草の魔物に支配された一般人たちは、今この時も幽鬼のような足取りで冒険者たちに近づいてきていた。それが何らかの理由あってのものか、或いは緩慢な足取りを以て相手に恐怖を与えるためかは分からなかったけれど。
「お嬢さん、頼めるか? 多分俺たちの中ではアンタが一番足が速い」
「私一人であれば、それが最善でしょうが」
ちら、と女性は背後を見た。視線の先には逃げ始めた町村の人間が居る。
「彼らを護衛する人間も、少なからず居るでしょう」
「それは……」
「皆さんが行ってください。確かに私は隠密が本業ですが、撹乱も不得手ではありません」
返答を待つまでも無かった。一手、前へと駆け出した彼女が暗器を振るえば、遥か前方に居る一般人たちが一人二人と崩れ落ちる。
「星……、ああ、畜生」
がしがしと頭を掻いた仲間が、呼びかけた名前を引っ込め、他の面々とともに撤退を始める。
それを尻目に確認した彼女は、「これで良い」と覚悟を決め、蔓に覆われた者たちの群れに対して苦無を構えた。
――幾ら眼前に救いを求める者が居ようとも。それを『障害』として断じることが出来る自分こそが、此処に残るべきなのだと。そう信じながら。
●
「……その、足止めしているっていう『お仲間』は?」
「現時点に於いても、敵の撹乱に徹しているらしい。流石に一人と言うこともあって完全には止められていないようだが」
『ローレット』に集められた特異運命座標達の表情は緊迫に満ちている。対する情報屋は普段と変わらない無表情で淡々と依頼の説明を行っていた。
「此度、貴様らへの依頼はそれら『人間を操る草花の魔物の討伐』だ。
元々はとある山中に自生していたそれらは、現在人間たちに寄生する形で『本体』を移し替えている」
「倒す方法は?」
「非常に簡単だ。燃やせばいい」
聞くところによると、その魔物は炎に対する耐性が極めて低く、また侵食した一般人たちとはその蔓で以て全員が繋がっているらしい。
その内の一人に火を付ければ、後は繋がっている他の蔓草にも延焼して絶命すると言う――が。
「それ、操られている一般人はどうなるんだ?」
「侵食を受けている奴らはその魔物と生命を共有している状態にある。必然死亡するだろうな」
「……他の方法は無いのか?」
頭を抱えた特異運命座標達に対して、情報屋は小さく瞑目したのちに言葉を返す。
「先ほどの方法に加えて言えば、操っている者同士を繋いでいる蔓を事前に断ってから火を付ければ、一般人への被害は少ないらしい。
が、此方は難儀するぞ。件の蔓草とやらは細いために見つけづらく、尚且つ強靭らしい。加えて敵の攻撃手段もある」
攻撃手段? と首を傾げた彼らへと、静かに頷く情報屋の少女。
「既に多くの一般人が操られているように、彼らは自らの種子を敵に『植え付ける』能力を有している。
これは遠近どちらの対象にも対応している上に命中精度が高い。パンドラの加護を受けた貴様らなら多少は兎も角、『被弾数』と『被弾後の経過時間』によっては厄介なことになるぞ」
「具体的には?」
間髪返さず問うた特異運命座標に対して、少女は静かに返答した。
「種子が発芽して根付いた状態になれば、先に言った『救助方法』を介さず魔物を燃やした際、その部位が枯死したと同義の状態になる。
ちょうど、今現在足止めを行っている特異運命座標――星穹と同じようにな」
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失うことを恐れたわけではなかった、そう彼女は思っている。
それ故に、奪うことに対する覚悟も――罪悪感は、兎も角――彼女の中では定まっているつもりだった。
けれど、実際のところはどうだろう。
「――――――ッ」
足止めのために戦う続けるうち、蔓草の魔物が火に弱いことを確信した彼女は、しかし今でも『それ』に踏み切ることができないでいる。
『愛しているわ、私の宝物』
――蔓草の魔物に操られながらも、自らの子を慈しむ母子が居た。
『拙者達はもう、友達であろうに。何も気にすることは無いで候』
――強いられた行動の中でも、必死で互いが互いを庇わんとする、決然とした若い男女の友人同士がいた。
為すべきを為す道具であることからかけ離れていた。自らが血の通い、他者と想いを通わせるヒトであることを理解してしまった。
だからこそ、彼女は今も操られた者たちを殺せない。己の四肢が彼ら同様、蔓草にきつく縛られた状態であっても。
「………………」
相対する者たちとは違い、パンドラに愛された自らの四肢は未だ動く。
ならばそれで良いと、彼女は再度一般人の群れへ飛び込んだ。
……今こうして戦う己の果てが、無残なものとなることを覚悟しながらも、尚。
- 交わる肉と、蔓草と完了
- GM名田辺正彦
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2022年05月07日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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「気高い姿なのだ」と。
そう言える人が居たならば、どれほど良かっただろうか。
「――――――星穹殿」
吐き出すような言葉だった。
幾多の蔓に四肢をぎりぎりと縛られた女性がそこに居た。『桜舞の暉盾』星穹(p3p008330)を見遣る『桜舞の暉剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)の瞳に混在する感情はあまりにも多く、故に取り留めも無い感情を言葉に纏めるよりも先、動いたのは『敵』の側。
「これだけ多くの人が、こんなにも――」
生まれて幾ばくも無いだろう幼子が居た。夫婦が居た。兄妹が居て、老人も居た。
それらを一切の悪意無く、システムのように操っては自身の手足としていく瓊草の存在に、『カモミーユの剣』シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)は吐き気を覚える。そうして、けれど頽れることだけは自らに許さず。
嘗て、似たような依頼に臨んだことがあった。無辜の村人を傀儡にして襲う某かを前にして、救えず、唯悔恨するばかりだったあの時とは違い、今は少なくとも、彼らを救う術が有るのだ。……それがどれほど困難であっても。
「……全てを救えないことくらい、わかる」
そうした、シャルティエの思いを読み取ったわけでもなかろうが。
『うさぎのながみみ』ネーヴェ(p3p007199)が独り言ちた。それは自らの非力を嘆くようにも聞こえ、或いは仲間の心痛を汲んだようにも聞こえる。
「わたくしは……いえ、神であったとしても、この人数全てを救うことは、簡単じゃない。だから」
――見殺しにすることを、覚悟しなければ。
その言葉を口にすることが無かったのは、果たして何のためか。
「ええ。できる事ならば全ての被害者を救いたいですが、これ以上犠牲者を増やすわけにはいきません」
言葉を零したのは『神威雲雀』金枝 繁茂(p3p008917)。
既に瓊草に囚われた寄生体たちは新たな七名の獲物を視認していた。新たな手足となりうる存在へと徐々に徐々に近づいてくる彼らを前に、繁茂は眇めた瞳のまま掌中に大鎌を取り出だす。
「冷酷ではありますが……惨禍はここで間引かせてもらいます」
それは、事前に情報屋が伝えていた必定。80もの敵が寄生の種子を飛ばす中、その総てを種子の束縛から解き放つことは不可能に等しいと言う警告。
「暗く足場も悪い、おまけに敵は見渡す限り。これは救えるか……急がねばなりませんの」
「救える者だけを救う」。その数を可能な限り多くと。『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)が自身の感覚を鋭敏化させて寄生体を操る蔓草を可能な限り知覚しようとする。
寄生体が、特異運命座標達が。軈て交わる、その刹那。
「――どうして貴方が此処に居るの、ヴェルグリーズ」
彼女は。
星穹は、泣きそうな声でそれを言って。
「相棒が危機に陥ったなら助けにいくに決まっているじゃないか」
それに対し、ヴェルグリーズもまた、悲しげな表情でそれに応える。
『私は、貴方の隣にある為に、強くありたかっただけなのに』、『俺は、キミを追い詰めたくて隣に居たわけじゃないのに』。
何処までも誠実なヴェルグリーズの視線から、星穹は目を逸らすことしか出来ない。
自らの弱さのツケを払わせるような現在(いま)への自己嫌悪が募っていた。相対する彼がこの戦いの果てに身体を喪うことが在れば、それは彼の盾足らんとしていた己の存在自体が無為と突き付けられることと同義だとすら思えた。
「……今、どうこう言っている場合じゃないね。助けられる人達を助けないと」
苦笑いを零し、寄生体の側へと進んでいく彼を追いながら、星穹は何も言い返せぬまま。
ただ、一つ。
「――――――違う」
今の自らの姿は、貴方に追い詰められたものではないのだと。伝わる筈も無い言葉を、せめて。
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「かの在り方を」
りいん、という鍔鳴りが夜に響く。
「おめえは、歪だと思うかよ、白鳳楓」
「止める気はない。ああいうお人には『相棒』の心労も憚って欲しいものではあるが」
夜半。その戦いは極めて静かに始まった。
ネーヴェが、ヴェルグリーズが、星穹が各々のスキルを行使して敵を惹きつけ、それに誘引された寄生体の集団を、側面から『漆黒の妖怪斬り』黒田 清彦(p3p010097)と『光の女退魔侍』白鳳 山城守 楓季貞(p3p010098)が先んじて叩く。
追うて、残る者たちも追随する。尤も彼らが狙うのは寄生体そのものではなく、その身体を這いまわり、他に通じる瓊草の蔓草の側であったが。
「況や、この無辜なる混沌には斯様な者が多すぎる。信念に準じる者。その危うきを引き留める者。そうした人々を見かけるたび気を病んではこの身がいくつあっても足りん」
楓季貞が呟く視線の向こうには、星穹とヴェルグリーズのみならず……ネーヴェの身を案じ、時折視線を送っているシャルティエの姿も在った。
「私が手を伸ばせるのは、精々私の傍らに居るもの程度だ」
「……成る程。では、」
――刈りつくすぞ、総て。
言葉が先か。夜闇に溶け込んだ清彦の『鉄その壱』が振るわれれば、音よりも先に寸断された幾許の蔓草が虚空を舞う。
蠕動じみた挙動を返したのは、それに繋がれていた寄生体だ。清彦の一撃によってすべてとは言わずとも、その大半が瓊草の支配を脱した一般人は、明らかに精彩を欠いた動きを見せる。
暗に「ついてこい」と言った清彦に呆れ交じりの表情を浮かべた楓季貞も同様に。清彦の得物とは違い、月光を弾き返す『銀その壱』が疾る軌跡には多くの寄生体たちが目を惹かれ、なればこそその動きは多くの者たちに追われることは必須。
……無論、それを許さぬが故の誘導役でもあるのだが。
「兎は、跳ねて逃げるもの」
暗闇に飛び交う真白。敵の誘導に成功したネーヴェが常に片足だけを地に付け続けるステップを介せば、その姿へと手を伸ばした寄生体から幾つもの種子が弾丸のように解き放たれる。
怯懦はある。焦燥も。身を掠める種子がもし精撃に至りこの身に根付けばと思う度、震えが満身を支配してしまいそうになる中、しかしネーヴェは。
「簡単には、捉えられません!」
……自身の上を行く回避能力を誇るネーヴェの言葉。その信頼性の高さを理解している星穹は、しかしそれ故に「その通りには済まない」ことを、正しく身を以て理解している。
敵の数が多いと言うことは、その分命中が『上振れ』る確率も必然として上がっている。ラッキーヒットでも当たってしまえば、後は四肢を失いかねない恐怖との戦いが始まってしまうのだ。
だから、星穹は敵を喚ぶ。
「此れは私の我が儘。だからこそ貫く義務がある……!」
仲間たちが到着した時点に於いて、既に気力も体力も限界であった星穹の、それは精いっぱいの強がりであり、懺悔にも似た思いの発露。
「支佐手さん」
「応、任された!」
戦闘は続く。危うさを湖面のように湛えながら。
数分が経とうかと言う最中。漸く二桁目に至った『要救助者』を繁茂が支佐手に預ければ、寄生体たちの視線を遮れそうな空き家へと彼が運んでいく。
寄生体を瓊草から解放しても、それが再び侵食を受けうる可能性について、支佐手はよく理解していた。念のためにとファミリアーまで配置して要救助者たちの警戒に努める彼の存在は、恐らくこの戦いの明確なキーマンであると言える。
「……恨んでください、憎んでください。それであなたが楽になれるのなら」
呟く繁茂の言葉は、『要救助者』が運ばれるのを目で追っていた寄生体……一人の老女である。
瓊草に操られても、その自我まで失われたわけではないのだろう。「何であの人が」「何で私は」、それを誰しもが視線だけで語る様を確りと受け止めながら、しかし繁茂の意志は小動もしない。
或いは、その意思こそが。この戦いで最も必要なものであることを、彼はこの中の誰よりも理解していたのかもしれない。
逆を言えば。
「……君が無茶をするのなら、その身を助けた後で、叱って、許すのが相棒の役目だ」
『それ』が備わっていない者は、きっとこの戦いに於いて、心を千々に引き裂かれる定めなのだ。
「だって、それが『相棒』なんだから」
――四肢の内、三つに蔓草を伸ばされたヴェルグリーズが、普段と変わらぬ笑顔で囁いた。
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心無い言い方をするならば、この戦いに意味と言うものは存在しない。
本依頼の目的は『瓊草の殲滅』であり、『寄生体の救助』ではない。尚且つその目的の達成は犠牲を念頭に置けば非常に容易であり、それを理解した上で「それ以上」の目的の達成を望むのであれば、特異運命座標達には覚悟が必要となる。
……その覚悟は、「他者を見捨てる覚悟」であり、「仲間が癒えぬ傷を負う覚悟」である。
「助けた、数は?」
「半数を未だ超えない程度です、が……」
『もうそろそろ、潮時でしょう』。それを繁茂が続けるよりも早く、最初に問うたヴェルグリーズが一つ頷いた。
元々の敵のスペックは大したものではなかった。命中と回避、そして防御力を除けば一般人と変わらぬ性能ではあるも、命中した種子による侵食が進む度に受ける障害が看過できないレベルに達し始めていた。
特に、敵を誘導する役の中で比較的回避が劣っているヴェルグリーズはその傾向が顕著だ。繰り返し受けたダメージはパンドラの消費を余儀なくされ、最早些細な動作でさえ鉛のように体が重い。
「……撤退、するしかありませんか」
「……そうだね」
悲しげな瞳で呟くネーヴェに、答えるヴェルグリーズ。その後ろには、度重なる負傷で気絶している星穹の姿が。
仲間が到着した時点で既に多くの瓊草に蝕まれ、尚且つリソースが枯渇していた彼女が保っていた時間は長くなかった。元々回復役に乏しいこのパーティは事実上一枚岩だけでの戦闘を強いられていた上、その戦闘自体も敵の誘導、寄生体の救助、避難と多くのタスクが積まれていたのだ。
戦闘開始時点の寄生体の数をおよそ半数近くまで救助することが成功できたのは、凡そ十分以上の成果と言っても良い。
「……誘導役が減ったことで戦線が瓦解しつつあります。瓊草を断ち切るメンバーにも攻撃が向き始めている」
「救助した村人を隠している家屋にも寄生体が顔を見せ始めちょる。改めて侵食を受けた者も出始めましたのう」
楓季貞と支佐手。二人が続けて語る劣勢の報告は、特異運命座標達に撤退を決定させるには十分な材料だった。
「……獲りきれんか」
「無理を押して目的を達成できなくすることは、我々には認められておりません」
忌々しげに呟く清彦に、ハイ・ルールを説く繁茂。
視線の先には、元の半数とは言え未だ数多くの寄生体たちが襲ってきている。
――「助けて」と。声を上げられたならば、彼らはそう叫んだだろうか。
「……着火は、誰が?」
元々、その役目は星穹が担っていた。が、敵の攻撃により受ける障害によって崩れ落ちた彼女に代わり、誰かが残る瓊草の群れに火をつけ、その総てを焼きつくす必要がある。
……それを、代わりに引き受けた者は、ヴェルグリーズを始めとした仲間たちに一つ、声をかけた。
戦線は最早崩壊していた。
清彦が、楓季貞が、繁茂が、支佐手が、そして『彼』が切り続けた瓊草の蔓は地を埋め尽くさんレベルに達している。その度新たに放たれる種子が根付けば、再び蔓草に身を覆われた操り人形が出来上がってしまう。
それでも、『彼』は諦めなかった。
目を凝らして蔓草を見つけ、それをスキルで断ち切り続けていた。時と共に尽き始めていた気力を震わせ、誘導役から漏れた寄生体の種子が身を掠めながらも、僅かにすら恐れることなく、前へ、前へと。
自らの役割に身を窶した『彼』の集中力は恐るべきもので、この戦いに於いて最も多くの寄生体を瓊草から助け出したのも『彼』であった。それでも、限界は明確に眼前へと迫りつつあり。
――だから、仲間からの合図を。『瓊草に着火する』意図のそれを受け取った時点で、『彼』は他の仲間たちと共に前線から退き……その果てに絶望した。
「……イレギュラーズだって、わたくしだって、ヒトだもの」
星穹から火種を借り受けたのは、『両足を蔓草に蝕まれた』ネーヴェ。
この依頼に於いて、「仲間を瓊草の侵食から庇う」ことを念頭に置いていたのは星穹とネーヴェであり、そして前者は既に力尽きている。
そして、「仲間を瓊草の支配から断ったのち、着火する」ことを指針としていたのは、ネーヴェのみ。
……例え、その為に自身の身体が失われようとも、と。
「知っている人を、大切な人を守りたいのは、当然で。
その命のためなら、腕や足の一本くらい、持っていけばよろしいわ!」
『彼』は。
仲間の誰よりも、そのブルーブラッドの少女の身を案じていた少年は、慟哭を交えた表情でネーヴェに手を伸ばす。
――その手がネーヴェに届くよりも早く、生まれた炎は、シャルティエの眼前で燃え盛った。
●
「どうか、あなた達の最期が救いであらんことを」
……総てが終わった戦場で、繁茂が燃え殻を前に祈りを捧げていた。
万一の為に、蘇る可能性を検証していた彼は、その兆候が見られないことを確認するとただ犠牲者に祈り続けていた。それこそが自らの義務であるのだと言わんばかりに。
「……わしがもっと強けりゃ、救ってやれたんじゃが」
済まんの。そう言って繁茂同様死者を悼んだ支佐手は、短い黙祷の後に救助した者たちの元へと向かう。
瓊草から解放した彼らは、それまで不眠不休で操られていた影響か、ほぼ全員が意識を失っていた。尤もそれらは主に疲労によるものが原因だと判明し、後は近隣の村で休養を取らせれば良いだろうとも結論づけられている。
「……油と、燐寸か」
燃え殻の傍。残りかすとなったそれと、割れた油壷を拾い上げた楓季貞は、背後に立つ清彦に静かに問う。
「星穹殿の覚悟は、見届けられたかよ」
「おめえはどうなんだ、白鳳楓」
「最初と同じだ。私は彼女の判断を尊重するし、それに口出しする権利を持たない」
「ただ」。そう言った楓季貞は、彼ら『二組』の側へと静かに視線を送り、呟く。
「それでも、私は誰も泣かなくても済む結末を望みたい。……望み、たかった」
――哀惜の声が響く。
左腕を喪い気絶する星穹を抱えるヴェルグリーズと、両足を失いながら薄く微笑むネーヴェを抱き留めたシャルティエの声音が、余人に届かず、ただ、その思いだけを乗せて。
「ごめんなさい」を言う少女が居て、「近づかないで」と拒む女性が居た。
涙と共にそれを受け止める少年が居て、悲しげな顔でそれを否定する青年が居た。
喪失を恐れ、拒んだ一組の少年少女の果てと、喪失を恐れず、良しとした一組の男女の果てが在った。
其処に介在する思いも、結果も、全て全てが交わることは決してなかったけれど。
少なくとも。
彼らは、その喪失を悼み、悼まれることが出来たのだ。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
敵の侵食攻撃に対して「味方の救助」「味方のカバーリング」を明確にプレイングで示唆し、その犠牲を最小限に抑えたネーヴェ(p3p007199)様に称号「とべないうさぎ」を付与致します。
ご参加、有難うございました。
GMコメント
GMの田辺です。この度はリクエストいただき、有難うございます。
以下、シナリオ詳細。
●成功条件
・『瓊草』の討伐
●場所
カムイグラ某所、近隣に人里を置く山岳の入り口部分です。時間帯は夜。
木々が生い茂り、尚且つ足元も不安定です。夜であるため視界も悪く、戦場としては劣悪の部類に入ります。
シナリオ開始時、『星穹』様と参加者の皆様との距離は3m以内、下記『瓊草』の侵食を受けた『寄生体』との距離は30mです。
●敵
『寄生体』
下記『瓊草』によって寄生された人間たちです。数は80体。
能力は命中と回避、また防御関連に寄ったもの。反面体力は多くありません。
攻撃方法は近接対象か遠距離対象に『瓊草』の種子を植え付ける単体攻撃のみ。「この攻撃にクリーンヒット以上の精度で命中した回数」と、「最初に命中した時点から経過したターン」によって、対象への『瓊草』の侵食率が変化します。
侵食率が一定値に達するごとに、『寄生体』から受けるダメージの上昇、または対象の回避率の減少等、恒常的な不利を受け続け、更に四肢を徐々に侵食されていくことになります。
『瓊草』
もともと自生していた草花に、情報屋が便宜的な名前を付けたものです。全ての『寄生体』に寄生しております。
生態系に則って生まれたというよりは突然変異に近い個体らしく、本シナリオの個体を除いて同様の存在は確認されませんでした。
炎やそれに近しい熱量に対して非常に弱く、自身が寄生している『寄生体』に一度でもそうした攻撃等が与えられた場合、このエネミーは即座に死亡するとともに、戦場に居る全ての『寄生体』、下記『星穹』様の四肢、また戦闘中に上述の侵食率が一定値以上に達したキャラクターの部位を枯死に近い形で失わせます。
この状態を避けるためには、救助対象と『寄生体』同士をつないでいる『瓊草』を断ち切り、対象への支配を弱めた後で寄生している『瓊草』を燃やす必要があります。
――追記しておきますと、80を超す『寄生体』全てを助けた上で『瓊草』を殲滅するのは「現実的」ではありません。
●その他
『星穹(p3p008330)』
本シナリオの参加者様です。
仲間である冒険者のメンバーと共に『瓊草』の調査、討伐に乗り出しましたが、想定以上の量の『寄生体』を前に撤退、仲間のメンバーを近隣住民に避難に宛て、自身は『寄生体』の足止めとして戦場に残りました。
結果として、現時点の彼女は上述した侵食率が極めて高く、四肢に植え付けられた種子がすでに発芽し、蔓草に蝕まれている状態です。
パンドラの加護があるため『瓊草』による操作は受け付けませんが、若し何の手立ても講じず『瓊草』を討伐した場合、侵食を受けている彼女の四肢は朽ち果てることが想定されます。
シナリオ開始時、本キャラクターのステータスはAPが1/3、HPが1/2(端数切り上げ)の状態。パンドラは消費しておりません。
また、本シナリオの相談に於いては外部協力者によるハイテレパスやファミリアー等を介したという扱いでご参加いただいて結構です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
それでは、リクエストして頂きました方々も、そうでない方々も、ご参加をお待ちしております。
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