PandoraPartyProject

シナリオ詳細

ああ、あの美しき白亜の都よ

完了

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●四月の嘘
 まったくもって、青天の霹靂としか言いようがない。
 気づけばあなた達は、今よりずっとずっと昔、『過去』のただ中にいた。
 ああ、意味が解らないだろう。理解もできないだろう。それも当然だ。だってこれは、四月の嘘の一環なのだから。
 あなたがいる今ここは、『昔の天義』である。はるか古かもしれない。ほんの数年前かもしれない。『昔』という概念が混ざり合い、とにかく『昔』というひどく大雑把な嘘で塗り固められた、かつての天義の姿だ。
 具体的に数字を記述するのは野暮だろうか。だがあえて言うならばそうだ、ベースで言うならばおよそ17年前ほど前――世界が今より少し平和で、ローレットという組織が産声を上げた、その時期。
 この『昔』という空間は、それを前後に構成されている。それより未来で、それより昔。ああ、あなたが想像する昔であるならば、それがすなわち今この瞬間である。
 めまいがしてきただろうか。ふわふわとした、夢の中で危機から逃げる時みたいな、ゆっくりと身体が動くみたいな、あのもやもやとした感覚を覚えたかもしれない。
 夢だ、と言われれば、そうであろう。少なくともこれは現実ではないのだ。現実ではない。故に、この地で見たことは、或いは現実の影である、過去ですらないのかもしれない。例えば、ここで悪の権化をあなた達が倒したとしても、現実には一切の影響を与えないだろう。だってこれは夢なのだから。過去に悲惨な境遇にある少女を救ったとして、今に生きる女が救われることもない。だってこれは嘘なのだから。
 ここで見たすべては嘘かもしれない。ここで話した全ては虚かもしれない。ここで体験したことは、明日には忘れてしまうだろう。
 それでも、ここにあなたがいることに、何か意味があるのだとしたら――。
「――もし?」
 ふと、声がかけられた。可憐な声であった。幼さと、大人の硬さが同居するような、そんな声。混乱するあなたが顔をあげてみれば、そこには一人の少女の姿がある。
 神学校の制服である。白のその衣装が、なんとも彼女の清廉さを表しているような気もした。
「ご気分が、すぐれないのでしょうか?」
 少女が言う。
「顔色も、あまりよろしくありません。この先に、私も所属する教会があるのです。よければ、少し御休みになっては……?」
 あなたがこの街で何を行うにしても、拠点は必要だろう。それに、確かに……少しばかり、休みたいのは事実だ。あなたが礼を言って頷くと、少女は優しそうに微笑んだ。
「はい。ええと、歩けますか? 無理そうでしたら、人を呼びますが……?」
 それには及ばない。あなたは少しだけふらつく体でそういうと、少女は心配げに頷いたが、しかしこちらの意志を汲んでくれたようだ。
「では、ついてきてくださいね」
 そういう少女の後ろに、あなたはついて歩く。周囲の風景は、確かにあなたも見慣れたかもしれない、天義――聖教国ネメシスの姿だ。だが、苛烈な宗教的弾圧をしていた時期とは外れるのだろう。現在の、開放された雰囲気ともまた異なるが、また自由と明るさを感じさせる空気を、感じ取れる。
「もしかして、旅行者様でしょうか?
 天義は初めてですか?」
 そういう少女に、あなたは曖昧に頷いた。まぁ、実際初めて訪れたようなものだ。ここは自分の知る天義ではないのだ。
「そうですか。ここはとても良い所ですよ。空気も澄んでいますし……私は神学徒なのですが、学ぶこともいっぱいあります」
 楽しそうに、少女が言う。相槌を打ちながら、少女の後に続いた。
「私は、生まれは天義ではないのです。レガド・イルシオン……幻想国の生まれで。
 今は、留学中の身です。
 できれば多くのことを学んで、故郷の改革に活かしたい所ですが……」
 少女の年齢は、十代前半くらいだろうか? 幼さを残しながら、しかし言葉はどこか大人びている。少しだけ驚くそぶりを見せると、少女は、「ああ」と口元に手をやって、バツが悪そうに眉をおろした。
「ごめんなさい、妙なことを口走ってしまって……。
 もし、あなたが幻想の方でしたら、どうか秘密にしておいてくださいまし?」
 少女が苦笑する。
「どうしてでしょう。貴方には何か、気安い……心を許せるような気持がします。
 そうですね、何か……英雄にあったみたいな、そういった安心感。
 ……ごめんなさい、変ですよね、私。どうしたのでしょうか……?」
 苦笑する少女。それからすぐに、教会へとたどり着いた。簡素なつくりだが、広さは充分だろう。少女が教会の神父に話をつけると、神父はすぐにあなたを歓迎し、仮眠室に案内してくれた。
 あなたが、少し硬めのベッドに腰を下ろす。そうすると、これからの事を考える余裕が出てきた。
 さて、ひとまず何をしようか。状況はめちゃくちゃだが、しかしこれだけは分かっている。これは四月の嘘。明日になれば、何もかも忘れるうたかたの夢。
 ならば……少しばかり、この街を見て回るのもいいだろう。天義という国のかつての姿を、見てみるのもいいだろう。
「お茶をお持ちしましたよ」
 少女がノック一つ、仮眠室へやってきた。気持ちの落ち着くハーブティーの香りが、部屋に広がる。
「うん。顔色も良くなりましたね。良くお休みできたようです」
 にっこりと笑う少女に、あなたは礼の言葉をかける。
「いいのですよ。これも神の導きなのでしょう。
 あなたは、これからどうなさりますか?
 やはり観光など?」
 そのつもりだと告げるあなたに、少女は微笑んだ。
「ええ。ぜひ、天義の街を楽しんでください」
 少女は一例をすると、部屋から出ていく。それから数秒して、バツが悪そうに、再びノックと共に、部屋の中に顔を出した。
「……失礼しました。私ったら、自己紹介もせずに。
 私は、イレーヌ。イレーヌ・アルエと申します。
 旅人様、またお会いできましたら、嬉しく思います」
 そう言って再び一礼すると、イレーヌは扉の奥へと消えていく。
 あなたは、イレーヌ、という名前に目を丸くした。意外な人物と出会ったものだ。或いはこれから、そう言った人物と出会うのかもしれない。あなたはハーブティーをゆっくりと飲み干すと、立ち上がった。
 これから、かつての天義を、見て回るつもりだった。

GMコメント

 これは夢、一日の夢。四月の泡沫、儚い嘘の旅路です。

 これは四月一日限定の、何もない日限定のシナリオです。
 このシナリオの結果は、世界になにも引き起こしません。何故なら今日は、何もない日なのですから。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はZです。
 そもそもが『何もない日』のおはなしです。

●このシナリオはラリーシナリオです。仕様についてはマニュアルをご覧ください。
 https://rev1.reversion.jp/page/scenariorule#menu13

●状況
 何もない日に、なぜか過去の天義へと迷い込んでしまったあなた。イレーヌと名乗る少女に案内され、一応の拠点を得たあなたは、好奇心の赴くままに、過去の天義を見て回ることにしました。
 ここは『昔』の概念でコーティングされた天義です。数字にするならば、『およそ17年前』前後を基準としています。それ以前のストーリーも見えるかもしれませんし、それ以後のストーリーも見えるかもしれません。
 しかし、ご留意ください。これは、四月一日の嘘。ここで起きたことが、『歴史的事実である保証は何もない』のです。
 あなたが見た過去の光景は、嘘かもしれません。あなたが見た過去の光景は、幸せな願望かもしれません。
 でも、もしそれでも、それらがあなたに何かを残してくれるなら。
 あなたが過去を歩いたという経験は、無意味なものにはならないのかもしれません。

 ここでできることは、過去の天義を見て回ることです。過去の自分に会ったり、過去の出来事を目撃できたりするでしょう。

●補足
・およそ17年前をベースとしていますが、15~30年程度の年代がごちゃごちゃになっているイメージです。
・NPCたち、特にシェアキムのような国の重鎮に接触するのは、非常に難しいです。
 この過去でのあなたは、一人の観光客に過ぎないのです。
 ただし、案内役に配置されたイレーヌについては、会おうと思えば教会で会うことができます。
・過去改変などは発生しません。現在に一切影響はないものとします。これは何もない日のおはなしなのです。
 ……とはいえ、行儀よくお願いします。あまり派手に暴れるのは推奨できません。
・ちなみに、魔種や竜種といった存在は、この時代ではおとぎ話的存在です。
 人々に『魔種がでたぞー』と言ったとしても子供のジョークか何かだと思われます。そういう時代です。
・『過去ににあったかなかったか』といった問題に関しては、このシナリオでは『保証しません』。何せ四月の嘘の物語です。
 本当かどうかなど、誰にも確かめようがありません。

 以上となります。
 それでは、ひと時の夢を。

  • ああ、あの美しき白亜の都よ完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別ラリー
  • 難易度EASY
  • 冒険終了日時2022年04月01日 22時15分
  • 章数1章
  • 総採用数7人
  • 参加費50RC

第1章

第1章 第1節

アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯

 目の前の少女は、アーリアの知っているイレーヌとは、少し違う印象を見せている。
(『今』のイレーヌさんは、なんというか)
 『硬さ』を、前面に見せてしまっているような……そんな、未熟さを感じとれる。
 『今』がおよそ17年ほど前の世界だとするならば、イレーヌは13歳前後、という事になるだろうか。それにしては大人びてはいるものの、やはり未熟さは隠せない、とみるべきか。そんな彼女の姿に、アーリアはくすり、と笑みを浮かべてしまう。
「? どうしましたか?」
 目の前で、ハーブティーを差し出すイレーヌに、アーリアは頭を振った。
「いいえ、なんでもないの。ねぇ、イレーヌ……ちゃん。あなた、幻想の出でしょ?」
「わかりますか?」
「ええ……ねぇ、あなたからみて、天義って、どんな国かしら?」
 私が捨てたころの、あの真っ白な国は。
 あなたの目には、どう映っていたのかしら?
「そうですね。信仰篤い、のは良いのですが……」
 むぅ、とイレーヌは唸った。
「何か……誰かが間違えた時に、止める存在が、無い……ような気がします。
 今は良いのですが、いずれそれが、何か大変な事を呼びそうな……」
 あ、とイレーヌは口元を抑えると、
「え、ええと。これはその。秘密にしてください!」
「ふふ、勿論よ。女同士の秘密のお話、神様だってのぞき見なんて、野暮なことはしないわ」
 そう言って笑うアーリアに、イレーヌは頬を赤らめて、苦笑するのだった。

成否

成功


第1章 第2節

バク=エルナンデス(p3p009253)
未だ遅くない英雄譚

「なるほど、なるほど。ここはかつての天義、となるのか」
 むぅ、と唸りつつ、バクは『今』の天義の道を行く。ハクの知っている天義より、まだ建物が新しさを感じさせる時代。
 苛烈な抑圧により、悲劇が起き、それにふたをされていたあの時でも、
 魔種によって破壊されたあの時でも、
 そして復興により新たな光を見出したあの時でも、ない。
 バクの知らない……それらとは違う、雰囲気の、白亜の都。
「ふむ……新鮮な感じ、じゃな。爺としては、これくらいの雰囲気が良い」
 ふむ、と笑って、持ち帰りのお茶を購入した。そのまま拠点の教会に戻ると、入り口を箒ではいていた聖職者たちの中に、イレーヌの姿を認める。
「おお、アルエ殿。先ほどはどうも」
「まぁ、バクさん。おかえりなさい」
「少し休憩に付き合っていただければと思ってのう。神父さんや、お嬢さんをお借りしても?」
 老神父は、ええ、と微笑むと、イレーヌに休憩をあげた。ぺこり、と例をしつつ、2人は礼拝堂の椅子に腰かけると、バクが持ち帰りのお茶をさしだす。
「さて質問、という形とは異なるが……アルエ嬢はここに来て勉強は楽しんでおるか?」
 そう尋ねるバクへ、イレーヌは微笑んだ。
「はい。やはり、神学の聖地、というだけのことはあります。学ぶことはたくさんで、とても充実していますよ」
「それは良かった。神学校のこと、聞かせてはくれまいか?」
「ええ、勿論」
 二人の語らいは、しばし続いた――。

成否

成功


第1章 第3節

シスター・テレジア(p3n000102)
俗物シスター

 17年前。それは、テレジアがまだ、素直に我慢は美徳だと信じていた頃。
「まったく、冗談じゃありませんわね!」
 テレジアは、懐かしきあの場所へと向かって、かつての天義の街を進んでいく。
 記憶に残る道。記憶に残る場所。もう遠い、あの空の青。空気の澄んだ匂い。心をざわつかせるような、締め付けられるような、そんな。
「……わたくしらしくありませんわね」
 ふん、と鼻を鳴らして、テレジアは行く。もうすぐ、あの場所へ着くだろう。『あのシスター』が言葉をくれた場所へ。
「これは夢。一日の夢。泡沫の夢――だとしても。わたくしがそれで、まぁなんてびっくり! と一日を過ごすだけかと思えば大間違いですわ!」
 テレジアは笑った。誰に対して? 神だろうか? それとも、こんな過去に自分を呼びつけた何か、に対してだろうか?
「まったく、わたくしらしくありませんわ!」
 目の前の、少女(わたくし)に言う。突然の邂逅に、少女(わたくし)は目を丸くしている。
 さぁ、伝えよう。あのシスターに言われた言葉を。わたくしが救われた言葉で、少女(わたくし)を救い上げよう。
「神はわたくしたちに、幸せになれと仰せでしょう。他人様に迷惑さえ掛けなければ、本当は何をしても構わないんですわ……そう、飲酒だって!」
 そう言って、テレジアはグラスに継がれたビールを煽ってみせてやった。
 少女(わたくし)がびっくりして目を丸くしたので、テレジアは笑った。

成否

成功


第1章 第4節

サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り

 ――――。
「ええと、大丈夫ですか?」
 イレーヌが、そう声をかける。少しだけ痛む頭を振って、頷いた。
「ああ、大丈夫。ボーっとしてたみたいだ」
 そう言って笑う。イレーヌは安心したように微笑んだ。
「それで、街を案内してほしいとの事でしたが……」
「ああ、そう。うん。此処、初めてだからさ。
 しかし、ここがあの白亜の都、天義なんだな。
 神の勉強なんて別にどこでも出来るじゃん、とか思ってたけど、
 実際来てみるとすげぇもんだなぁ。
 神に近いっていうか……ま、物理的に近いってわけでもねーだろーけど」
 その言葉に、イレーヌはくすくすと笑う。
「ふふ。でも、わかりますよ。確かに、神の実在を強く感じられる気がします。
 それは、あらゆるところで、神を意識させられるからなのでしょう」
「そうだなぁ……ま、綺麗で白い建物だなぁ、くらいしかわかんねーけど」
 おどけてみせると、イレーヌはくすくすと笑った。
「では、案内に戻りましょう。
 ……ええと、人を探している……のでしたよね?」
「ああ。実はさ、先にこの都に呼ばれてったヤツがいてさ。
 ま、もしそいつが元気にしてるのが見られたらラッキーとおもってさ。
 いや別に追っかけてきたとかじゃなくてな! 全然な!!」
 わけもなく、言い訳してしまう。
「その子、○○○○○って言うんだけどさ。知ってる?」
「え――?」
 そう言った、その子の名前のことは。
 今はもう誰にも聞こえなかった。

成否

成功


第1章 第5節

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女

「あの子が、昔のイレーヌさん……。
 せっかくだし、お話してみようかな?
 へーい! 彼女! 私と一緒にお茶しない?」
 にこにこと笑いながら手を振るスティアに、イレーヌは少しびっくりした様子を見せて、苦笑してみせた。
「スティアさん……もう、びっくりしましたよ」
 とてとてと、歩いてやってくるイレーヌ。スティアは、ふふ、と笑ってみせた。
「ごめんごめん。でも、一緒にお話したいのはほんとだよ。同じ聖職者の道を行く者、話も合うと思う!」
「スティアさんも、聖職についていらっしゃるのですか?」
「……信じてない? ほんとだよ。生まれも天義なんだから」
 くすくすと、スティアが笑った。
「それで、貴女がこの国をどう思っているのか知りたいなって」
「そうですね……」
 むー、とイレーヌは唇に人差し指を当てて、唸った。
「とてもいい所だと思いますよ。皆さん、敬虔ですからね。
 でも、それは危うさなのかもしれません。
 あり得ないと思いますが、信じていたものがひっくり返ってしまった時……何か、反動が起こるのかも……」
「いい加減さが必要って事?」
「そこまでは。でも、そうですね。いい意味で柔軟さが必要かもしれません」
 あ、とイレーヌはバツの悪そうな顔をした。
「……秘密にしてくださいね。こういうの、良くないですから」
「ふふ、わかってるよ。
 でも、ありがと。客観的に、天義を見る事って少ないから」
 そう言って、スティアは笑った。

成否

成功


第1章 第6節

アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯

「えっ、なんですか、それ……」
 些か胡乱気な視線を向けるイレーヌに、アーリアは渋い顔をした。
 手に持ったマジカル・ブルーム。子供のおもちゃのようなそれを、大の大人が握っているのは、イレーヌにとっては奇妙な事だった。
「あー、うん、気にしないでね? これ、一応マジックアイテムだからね?」
 そう言って振るってみれば、ステッキは瞬く間に箒へと変わる。流石に驚いた様子のイレーヌを、アーリアは手招きした。
「ほら、座って座って。お空のデート、しましょ?」

 夜のヴェールに覆われて、地上には人の営みの光が星のように瞬く。
「すごい、すごいです、アーリアさん!」
 はしゃぐようにイレーヌが声をあげて、でも、うん? と小首をかしげる。
「でも……ここから、どうやって探し物をするんですか?」
「それは、えーと、とにかく、景色を見て頂戴?」
 ごまかすように、アーリアが言う。探し物の手伝い、という名目で、イレーヌを外に連れ出したのだ。本当は、イレーヌを気分転換に連れていきたかったのだが……その目的は達成されている様だ。
「……ねえ、イレーヌちゃん
 私ね、この国のことそれなりに好きなのよ。
 だから貴女が、例えば他の国で偉くなっても――この景色を、覚えていてね」
「はい! こんな素敵な景色、忘れられません!」
 子供の、それははしゃいだ様な言葉だったけれど。
 ……アーリアにとっては、その言葉だけでも、充分だった。

成否

成功


第1章 第7節

リドニア・アルフェーネ(p3p010574)
蒼穹の魔導書

 夢の中にいる――そんなような、感覚。ふわふわとした感覚。夜の闇の中に、リドニアはいる。
 天義。そこは、リドニアの生まれ故郷。この街も、薄れていた幼い時の記憶に照らし合わせてみれば、確かに、どこか懐かしい。
 懐かしい街。懐かしい建物――懐かしい、生まれの家。
 深夜の夜の帳の中で、リドニアは生家を見上げた。『今』より少しだけ、綺麗な壁。いくつかの部屋から光が漏れている。それは間違いない、両親の部屋だ。
「――ふふ。今の姿を見せたら、お父様もお母様も、驚くでしょうね」
 気づいてくれるだろうか? それとも、何者だと驚くだろうか。
 結婚をご破算にして飛び出してきてしまった身分だが、それでも、やはりしっかりと大切に、自分を育ててくれた両親だ。懐かしさと愛情はある。
 ……だが、今は別に、両親に会いに来たわけではない。リドニアは、なれた様子で家の敷地に入り込むと、外から自分の部屋の位置を確認した。身に着けた身軽さで、外からかつての自室に入り込む。中には大きなベッドがあって、そこには小さな、3歳の、リドニアが眠っている。
「こんばんは、私。今も勇者の物語の夢を見ているのでしょうか?」
 くすり、と笑うと、リドニアは、手にした剣を、枕元に立てかけた。
「私は未来の貴方。わからなくても良いですわ。でも、この剣をあげましょう。まだ替えはありますから」
 ――おやすみ、私。いつか天に呼ばれるその日まで。

成否

成功


第1章 第8節

 すっかり夜の帳が下りた寄宿舎に、イレーヌは帰る。他の生徒に気づかれないように……そうやって、忍び足で自室に戻った瞬間、
「イレーヌ! あなたどこに行ってたの!」
 雷のような声が上がった。イレーヌは一瞬、身をすくませて……それから、ぷう、と頬を膨らませた。
「カチヤ。びっくりしたじゃない」
 カチヤ、と呼ばれた少女は、いたずらっぽく笑った。
「どう? 似てた? 神父さまの真似」
「はいはい、似てた似てた。もう、うるさくしたらバレちゃうじゃない……」
 備え付けの机に修道女のヴェールをかけながら、イレーヌが言う。
「まぁ? 私達一蓮托生よ? 同室なんだもの、貴女が怒られたら、私も怒られるんだから。
 貴女が出かけてる間、私はそれはもう、びくびくしていたものよ……でも、真面目なあなたが、こんな時間まで外にいたなんて珍しいわね。どうしたの?」
 小首をかしげる同室の神学徒、カチヤに、イレーヌは頷いた。
「うん、今日、街で不思議な人たちに会って。お話したり、道案内をしていたりしたの」
「へぇ? かっこよかった?」
「カチヤ、そういうのよくないわ」
「あなたが懐くくらいだもの、どんな人か気になるわ」
 ケタケタと笑うカチヤに、イレーヌは苦笑する。
「そうね。不思議な人たちだった。 
 ……なぜか、どこかで会ったような、これから会うような、不思議な感じ。
 物語の登場人物みたいで、現実の登場人物みたいで……」
「……ふぅん、変なの。
 ま、いいわ。そろそろ寝ましょ。私達も、そろそろ本格的に、神学校に通う事になるわ。
 楽しみね!」
 そう言って笑うカチヤに、イレーヌは笑って頷いた。

 はっきりと言えば、ここからのイレーヌに待ち受けていたのは、輝かしい学生生活、等ではない。
 優秀であるが故のやっかみ。或いは、他国である幻想国からやってきたが故の、偏見や敵意に強くさらされた彼女は、孤立し、時に異端審問の嫌疑にもかけられることとなる。
 その中で、彼女は決して折れることなく、強く、強かに、成長していく。やがてこの地を離れ、幻想の地にて、その才覚を如何なき発揮し、幻想中央教会の大司教の地にまで上り詰めるのだが。
 その物語は、ここで語られることはない。

 いずれにせよ、四月一日の日に起きた奇跡は、ここで終わり。
 すべては泡沫の夢の記憶の中に、薄れて消えていくのだ。

PAGETOPPAGEBOTTOM