バルツァーレク家御令息誘拐事件

オープニング

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　――それは今から十年以上前に『あった』出来事なのかもしれない。
　ガブリエル・ロウ・バルツァーレクは幻想王国の伯爵家の男児として生を受けた。
　ゆくゆくはバルツァーレク家を継ぐ者として期待され。
　本人も貴族としての責務と義務を自覚しながら日々を過ごしていた――
　だが。
「ぼ、坊ちゃん！　お逃げくださ……ぐぁああ！」
　ある日。馬車で移動していたガブリエルが賊に襲われた。
　複数人の男たちが馬車を取り囲み、護衛を押しのけ中にいたガブリエルを捕縛したのである――当時10歳前後の少年が大人達の掌から逃れられる筈もなく……
「むぐ……むぐぐー！」
「チッ！　大人しくしろ、このガキ！」
　それでも懸命に抵抗するガブリエル。犯人の手を噛みて……
　しかし苛立ったのか犯人の一人に腹部に蹴りを入れられ――気絶。
　後、手を縛りて口を塞げば最早悪あがきすら出来ずに連れ去られるものだ。
　……ガブリエルは病弱ではないが、しかし武勇に優れる程の肉体を得ていた訳でもなかった。
　犯人たちの思惑は何か。身代金か、それとも別の何かか……
　分からない。だが、このままにはしておけなかった――
「どうする！？　坊ちゃんをすぐにでも助け出さねば……！」
「ああ。しかし、手が足りぬ……どこを捜索すればいいのかさえ……！」
　今すぐにでも救出せねばと、報告を受けた伯爵家は焦燥に包まれる。
　……だが大手を振って探す訳にもいかなかった。なにせ彼は貴族の息子だ。
　そのような人物が誘拐されたと他家に知られるだけでも『面倒な事態』になり得る。
　可能な限り、内密に事を進めなければならなかった。
　幸いにして誘拐されたこと自体はまだ他家には知られていない様に思える――
「……そうだ。近頃噂のギルド・ローレットは……」
「ああ。あのレオン・ドナーツ・バルトロメイや、エウレカ・ユリカがいるという」
「彼ら程の逸材ならば、或いは……！」
　故に彼らが辿り着いた結論は、凄腕情報屋や凄腕冒険者を有する場所への依頼。
　……この出来事が本当にあったかは定かではない。
　なにせ伯爵家の子供が誘拐されたなど大事件とも言えるからだ。
　少なくとも表立ってガブリエルは誘拐された事がある――という情報は出回っていない。
　そもそも今日は4月1日『何もない日』である。
　だからこれは夢だ。だけれども。

「むぐ、むぐぐ……ぷはっ！　はぁ、はぁ……うぅ、ここは、どこでしょうか……？」

　ここに一人。夢であろうと、誰ぞに助けを求める少年がいる事だけは確かであった。

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第2章

第2章 第1節

　――かくして伯爵家の男児は救助される。
　数多の救いの手が差し伸べられ、賊達の思惑は妨げられたのである――
「くそー！　離しなさい！！　私を誰だと思ってるの！！
　こんな事をして、まだまだいる私の部下が黙ってるとでも……！！」
「煩い！　キリキリ歩けッ！！」
　その最中、駆けつけた憲兵に連れていかれるきゐこ。
　他の賊達も捕縛され続け……やれやれ、ひとまずは一件落着と言った所か。
　まぁきゐこは交渉術やら腹芸やら袖の下やらで出てきそうな気もするが――ともかく。

「あ、あの……皆さんありがとうございました！」

　少年は告げる。己を救ってくれた『初めて出逢った』者達に。
「ふふ。いいのよ――ええ。
　私は神の御使いとして、或いは只のシスターとして、責務を果たしただけだから」
「悪い人は『めっ』ってしたからね！　もう安心だよ！」
　彼らがいなくば己はどうなっていた事か――なんか派手に登場した前垂れが特徴的なシスターや、こっちをペロペロしてこようとするお姉ちゃんやら、やたら（色んな意味で）記憶に残る面々も多かったが。
「しっしっ！　離れなさいエセシスター！　駄目よ、こういう人の言う事を信じちゃ！」
「ふふっ。何はともあれよかったですね――無事で」
「うんうん。これでレガド・イルシオンの芸術と美食の未来は守られたよ！」
　同時に『ミカエラ』と名乗った自身を護る様に抱きしめる女性や、己を見つけてくれた黒髪の女性に獣種の人物らにも感謝している。それこそ感謝してもしきれぬ程に。故にこそ……
「ぜ、是非、当家にお越しいただけませんか？　お礼をしたいと思っていますので……！」
「はわわ。この前もおじゃましましたが、また行ってもよいのですか？」
「まぁそういう事なら是非とも――お邪魔させてもらおうかな」
　ニルやヨゾラ――否。『エア』と名乗った者らも含め、屋敷へと招待する。
　彼らと今一時語り合いたいと。
　幼き伯爵は、そう紡ぐのであった。


　※第二章からは伯爵の館に舞台が移ります。
　※皆さんに御礼が言いたいそうです。紅茶でも飲みながらの、雑談の一時となるでしょう――

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第2章 第2節

　伯爵邸――その場に案内されたイレギュラーズ達だ、が。
「紅茶に添えるホイップクリームの量は定められている。やはり砂糖は地獄の如く溶かすべきだ。その先に見える光景こそが至高であり新世界。何、これでは糖類の塊？　貴様の好みは如何でも好い、食い給えよ」
「ホイップクリームと食べるってんならご主人様、握り飯なんてのも悪くないんじゃねえですかね？　ハンバーグの隣にステーキをおいて万々歳と行きましょうか」
　とんでもない会話を繰り広げているのがオラボナともつの両名であった――
　お腹がそろそろぐぅぐぅ鳴る頃合い。夜食すら頂けるのであれば是非にだが。
　ベーコン・パイ？　ならば上にはハンバーグを乗せねばならぬ。
「この身を削り粉チーズと見做すのだよ。おや、カトラリーが止まっているではないか。
　如何した？　頭痛がする？　何もかもは気の所為、嘘なのだよ」
「全部嘘です、何もかもがまやかしです、本当は美味しいから。
　真理ってのはおにくの内側じゃなくて新鮮さが見出したもんなんですよ――
　だからとっとと噛み千切ってくださいね、メインはベーコンです」
「ひ、ひぃ。何を、何を仰られているのでしょうかこの方たちは……！？」
　幼きガブリエル、オラボナ達の様子に恐怖する――
　ベーコン？　チーズ？　それらは美味しい筈だが、なんだろうかこの感覚は。
　脳髄に染み渡る言の数々。耳を傾けてはいけないような錯覚。

「Nyahahahaha――！！」
「Nyahahahaha！！」

　ああ――どこまでも高笑いが響き渡る。
「わぁ！　ニルはまた伯爵様とお茶したかったので、とってもとってもうれしいです！
　お招きいただきありがとうございま……はっ！」
「伯爵……？　ええと、ぼくはまだ爵位は継いでないです」
「そうでした！　それなら……ガブリエル様、のほうがいいのでしょうか」
　と。困惑するガブリエルに話しかけるのはニルだ。
　にこにこと。『以前』この場所に来たことを思い返しながら――思考を巡らせる。
　おんなじ所や違う所。なんだか以前より絵画の配置などが違うと、そわそわ見ながら。
「……ガブリエル様も、ちいさいころがあったのですね。ふしぎな感覚がするのです」
　当然と言えば当然かもしれないが、どうしても思うもの。
　……ニル自体の背は変わらぬ。それはきっとこれからもだろう。
　しかしガブリエルは違うのだ。
　これからおおきくなって。ちいさい時代は過ぎ去っていく――
「ガブリエル様は、なにかおすきな『ごはん』があるのですか？」
「ごはんですか？　ごはんは何でも好きですよ！
　お肉もお魚もお野菜も、全部全部美味しいですから！
　――あっ。でも最近は卵料理がすきですね！　色んな食べ方があるんですよ……！」
　と。目を輝かせて語るガブリエル――
　ガブリエル様は、以前お会いした時と違ってニルと背もあんまり違わないのです。
　目線が一緒。なんだか前に会ったときより、伯爵様が近い感じがして。
「……とっても、親近感がわくのです」
　きっと。このガブリエル様は『おいしい』事を知っているのだろうと。
　じーっと見つめながら。彼のにこやかなる顔を――ニルは覗き込むものであった。

「まぁまぁ、私のような名も無い神の僕にまでお気遣い頂けるなんて感謝致します。さ。そこにいるシスターもどうしたの？　貴方も夢のような時間だからと、己を律してばかりというのは少々勿体ないのではないかしら？」
「……余計なお世話よ、イーリン」

　直後。笑みをほころばせるイーリン――に対してリアは複雑な顔色だ。
　ほんっっっとうに目聡い女。だけれども、良い事？
「修道女ってのは己を律するものなのよ、わかったかしらこの格好だけのエセ修道女。ていうか恰好も最早ソレ修道女じゃないでしょ。なによその破廉恥衣装――鏡見た事ある？」
「そんな……ひどいわ……
　私はただ、今日の衣装が偶々横からみるとマジヤバ構造だっただけで……
　あ。見る？　フェチポの塊よ？　此処とか其処とか」
「そんな偶然ある訳ねぇだろうが！　やめろ！　ガブリエル様、眼を閉じて！！」
「え、ええ？　なんですか？　一体なにが？」
　際どい個所を指し示すイーリン――フェチポ（高まると青少年の何かが壊れる）の羅列でガブリエルの脳髄にダメージを与えるつもりか……！　まぁこの衣装ほんまにやばいね！　この時代に流行ってたら現代が恐らくぶっ壊れてますよ――性癖が。
　……まぁ彼女も気遣ってくれているのだろうから制裁だけは勘弁しておいてやろうと思考して――しかし。
「あとそこのフラァン！！　今日に限ってはフランも要注意人物だからな！！
　勝手に近付くな！！　まず塩でお祓いしてから此処に来い！！」
　ええ、どうして――！？　ただちょっとオータムハバラモードだっただけなのにー！
　リアの言に対してふくれっ面なのがフランである。ひぃ！　ペロペロお姉さん！
「どうしてそんなに怯えてるの？　もう浚おうとする人はいないから安心してね！
　ホント無事でよかったー！　あ、この( ・◡・*)クッキーおいしいね！　一ついる？」
「オラ、離れろ！　本当に、この青少年の教育に悪い女共め！　しっしっ！」
　リア・セコム・クォーツ。自然とガブリエルとフラン達の間に入りて守らんとする――
　全く、油断も隙もあったものじゃないわ。
「むむー。純粋にお話したいだけなのにー……
　ねーねーガブリエルくん、ガブリエルくんの将来の夢ってなーに？」
「えっ、将来の夢……ですか？」
　うん！　と、フランはリアにガードされつつも言を紡ぐもの。
　ガブリエルくんのおうちは、なりたい道へ進むのも……もしかしたら大変なのかもしれない。けれど、もし出来るなら。
「自分の夢を、大事にしてね。あたしもね、みんなを守りたいって夢大事にするから！」
「――はい。勿論です、大事にします」
「うんうん！　じゃ、あたしはねちょっとお茶を『しばき』に行く必要があるから――また後でね！」
　えっ？　お茶をしばく……？
　言の意味が分からず首を傾げるガブリエル。一方のフランはニッコニコ顔で……んっ？　執筆の途中だが、なんだか部屋から物音がしたような、うわっなんだお前一体どこから入ってきぁｑさっうぇｒ【4月1日の神秘中です。暫くお待ちください】
「はぁ。全くフランはこれだから……改めまして、お茶会にお招きいただきまして有難うございます、ガブリエル様。多分もう『長居』は出来ませんが、将来のバルツァーレク家当主のお手前、しっかり拝見させて頂きますね」
「はい……！　ミカエラお姉さん、助けていただいた御恩は、決して忘れません」
　と。そしてリアが改めてガブリエルに挨拶を行えば。
　彼の背を些か後方にて――見据えるものだ。
　己の知っている『あの人』の背中。それとよく似ていると思いながら……

「やぁガブリエル君！　ヨ……もとい『エア』だよ、よろしくねー！」
「あぁエアさん！　先程はありがとうございました……！」

　と、その時。ガブリエルの下へと新たに至ったのは、ヨゾラだ。
　再び己の事を『エア』と名乗りて、視線を周囲に巡らせる――
　そういえばバルツァーレク家の屋敷に来たのは初めてかと。
「んーホント立派なお家だよね……あっ、そうそう。ガブリエル君、好きな動物は何かな？　僕はね、猫が好き！　可愛くてふわふわもふもふだよー！　特にね、猫を吸うと気分がよくなるんだー！」
「ふふっ。ぼくも猫は好きです。お屋敷の中に、時々迷い込んでくる子猫もいるんですよ」
「へぇ、そうなのかい！？」
　ただ。見た限り猫の気配は立派な屋敷からはしないので、飼ってはいないのだろうか。
　しかしガブリエルが迷い込んでくる猫を見た事があるという事は――どこか隅っこにはいるのかもしれない。その辺り、もしかしたら現実で話す事もあるだろうか？　此処から見て未来の彼に会える日も……いつかあるかもしれない。
　……まぁその時名乗る名前は別なんだけどね！

　――さて。

　さぁ、そろそろパーティもお開きの時間です。
　名残惜しいが最後の挨拶にと訪れる者達……が、その時。

　＼たぁ～ぬたぬたぬたぬ☆／

　部屋に突如として響き渡る怪しい笑い声！　それは天より響きて！
　あれはなんだ鳥か！？　ねこか！？　いや、あれは！！
「攫われし少年を無事救出してハッピーエンド？
　そんなもの、ヤミーが許してもmasahikoが許さねーぽん！」
　――たぬき（汰磨羈）だ！　シャンデリアの上に仁王立ちする怪しいたぬきが！
「魔妖少女カチカチ☆たぬきち、ここに参上だPON☆
　4月1日の夜はこれから詰まる所の第二ラウンド！
　エイプリルフールだって二日目を迎える権利ぐらいある――という事でレディーゴー！」
「わぁッ、わぁ！　なんですかこれは――！」
「はぁ、はぁ……そこなガブリエルきゅんは連れ去って立派なしょたっ子妖怪に仕立て上げるぽん！　まずは手始めに、ちゃんちゃんこを着てもらうぽんね。抵抗しても無駄だぽん！　こんなにか弱い少年に出来る事などないぽん！」
「むむー！　待ってー！　私も混ぜて――！」
　たぬき、ガブリエルの腕を掴んで拉致せんとする――フランも加わろうとしているが、やっぱりお祓いが必要かもしれない！
　ともあれ。えぇい、うさうさ☆タイムの所為で背中が火傷する所だったのだ！　憂さ晴らしを此処でさせてもらうぽんね！　はぁ、はぁ。この少年は逸材だぽん。きっと手塩にかけて育てれば立派な小妖怪になるぽん……！
「たぁーぬたぬたぬたぬ！　さぁさ、そのおべべを今すぐ脱いでこのちゃんちゃんこを――んぁ、しまったリア・セコム・クォーツが！！」
　たぬき、遂に心を抑えきれず暴走――の瞬間にその腕をリアに掴まれた。
　あ、ちょっと待って、少しは手加減してくださお願いしまぁ――！？！？･*･:≡(　ε:)
　逃げんとした所にドロップキック。たぬき、幻想の夜空に散る――

　後年。光り輝く星々の中に『たぬきち座』が作られたとか、作られてないとか。

成否

成功

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第2章 第3節

「はなせー！　何をするんだ、これはたぬきへの虐待だぞ！！
　貴様らさては猫帝国からの刺客だな！！　たぬきは絶対屈したりしないぽん！！
　いつの日か、必ずたぬきが覇権を取る日が……！！」
　ケージに入れられる汰磨羈。中で暴れるが、しかし脱出できないものだ。
　ケージの外から木の枝で突かれるたぬき。えぇい狼藉狸め、大人しくしろ！
　その内どこぞの職員らしき人達がたぬきを回収しに来て……あぁ。ばいばいたぬき～！
　と、まぁ。連れていかれてしまった、たぬきはともかく――
「良いですか？　よく聞いてください、ガブリエル様。
　例えこれが、泡沫の夢であろうとも……どうか聞いて下さい」
　リアは。別れる前に伝えるべきことがあるのだと、ガブリエルに紡ぐ。
　貴方はバルツァーレク家当主として、そして幻想3大貴族として。
　これから沢山の苦悩を抱く事でしょう。
　その決断の一つ一つに重みがのしかかってくるかもしれない。
「でもね」
　――貴方はこの世界で誰よりも強くて素敵な人よ。
　あたしがそれを証明し続ける。必ず！
「……いつか貴方が成長して、カッコよくて頼れる男の人になった時。
　もしその時にあたしが困っていたら、助けてね？」
「――はい。絶対に、たすけます。今日ミカエラさんが助けてくれたように」
「ん。じゃあ――約束よ」
　だから、する。
　指切りげんまん。いつか果たされるやもしれぬ約束を。
　例え消え得る一夜の夢で在ろうと――確かに此処に。
「ガブリエル様。今日は、ありがとうございました」
「ニルさん！　そんな、御礼は此方が言うべきものです……ありがとうございました」
　そして、ニルもまた最後の挨拶に訪れる。
　……なんとなくわかっている。きっとこの時間は夢、みたいなもので。
　もしかしたら明日には思い出せなくなるのかも、しれないけど。
「ニルの、ガブリエル様ともっともっと仲良くなれたらいいなって気持ちはなくらならないといいなっておもうのです。ガブリエル様。どうか、いつかまた仲良くしてくれますか？」
「……？　勿論ですよ！　そうです。ニルさんはお友達です」
「はい！　きっと、きっとですよ！」
　にこやかなりし一時。
　例えこの先に消えようとも、今はただ純粋に――と。
　手を振って別れるものだ。

　これは4月1日の物語。

　決して現には繋がらぬ。しかし誰かの心の片隅には確かにあったかもしれない一時……
　一人の少年が誰かの手により助かった――物語であった。