PandoraPartyProject

シナリオ詳細

武の研鑽

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ある少女が微笑んで
「老師。わたくし、最近来るようになった外の方――イレギュラーズさんたちに稽古をつけてもらおうかと思うのです」
 亜竜集落ペイトを治める里長宅で、白を持つ嫋やかそうな少女が唐突にそう切り出した。彼女の名前は塙・埜智(コウ・ヤチ)。ペイトを治める里長の『塙』家の娘であり、父に現里長、兄に次期里長をもつ少女である。
 その声に、里長宅の居間で我が家のような顔をしながら寝転がり、『外』から仕入れてきた戦術書を読み耽っていた小さな亜竜種が顔を上げた。
「なんじゃ埜智。ついにやる気が出たのかの? よし、わしが稽古をつけてやろう」
 埜智の兄も父も、瑛・天籟(p3n000247)の教え子である。当然埜智も教え子のひとりではあるのだが、彼女は武闘派の多いペイトでは珍しい頭脳派。つまり、戦うことよりも勉学――いずれ長となる兄を補佐するため政を学ぶ方へと向かっていた。
 そんな埜智が武術へのやる気を見せたとあれば、日々弟子たちをあしらっている天籟も喜んで腰を上げる。文字通りぴょんっと飛び起きて、彼女の顔の高さまでふわりと浮かんだ。
 それなのに。
「老師は嫌です」
「な、何故じゃ?」
 埜智はつれなかった。天籟は大いにショックを受けた。
「老師は荒いのです」
「わし、優しくしておるぞ?」
「兄さんと父さんを投げ飛ばしておいて、よく言いますね」
「里の者全員を等しく投げ飛ばしておるぞ?」
「……そういうところです」
「何故じゃ!?」
 脳筋には繊細な乙女の気持ちなぞわかるまい。
 やれやれと言いたげな表情でかぶりを振られた天籟は、年頃の娘の扱いの難しさにまたもショックを受けていた。
「という訳で老師。わたくしに稽古をつけてくれそうな方をペイトまで連れてきてくださいね」
 にっこり、と。
 それでいて有無を言わせぬ微笑みに、天籟はついつい頷いてしまったのであった。

●強くなるのは良いことだ
「と、言うわけでの。主らに稽古をつけてもらいたいのじゃ」
 人々の声が幾重にも重なりざわめくギルド・ローレット。そこへ最近出入りするようになった小さな亜竜種が、ぷかりと浮かびながらそう口にした。
「わしが稽古をつけてやると言うのに、あやつは……」
 うっうっと天籟が顔を両手で泣き、指の隙間からぽろりと涙が溢れた。天籟にとってペイトの殆どの者たちは孫のようなものらしく、反抗期かのぅと心を痛めているようだ。
「わかりました、天籟様。わたしがお引き受け致しましょう」
 花嫁姿の鬼の娘――『花嫁キャノン』澄恋(p3p009412)がお任せくださいと申し出た。すると先程までの涙は何処へやら、天籟はパッと顔を上げてニッカリと笑う。涙の名残の『な』の字すらない。
「おぅおぅ、すまぬのぅ。か弱い娘じゃから、あまり厳しくせん程度でよろしく頼むのじゃ」
 澄恋の手をこどものような小さい手で握り、よかったよかった一件落着じゃーっとブンブンと上下に振る。それから、あ、と何かを思い出したような顔をして。
「そうじゃそうじゃ、ちょうどよかったのじゃよ。主と主」
「私?」
「拙者でござるか?」
 天籟に唐突に顔を向けられ、同席していた『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)と『闇討人』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)が同時に首を傾げた。
「主らには明霞が世話になったじゃろ? 明霞も稽古の相手を欲しておってのぅ。……どうじゃ? 明霞と組み手でもしてやってくれんかの?」
 あやつには手加減はいらんからの。
 顎を撫でた天籟は、これにてお使い終了じゃ! とかんらかんらと笑っていた。

 そうして君たちは亜竜集落ペイトへと訪れた。
「貴方方がイレギュラーズさんですね。わたくしは塙家の埜智。みなさんを歓迎致します」
 今日はよろしくお願いしますね、と微笑む埜智には厳しすぎない稽古を。
「お。よく来たな。今日は手合わせをしてくれるんだろ?」
 楽しみにしていたと好戦的な笑みを浮かべる翠・明霞(スイ・ミンシャ)には高め合えるような手合わせを。
「わしも一応見ておるがの。ふたりのことをよろしく頼むのじゃ!」
 快活に笑った天籟が、バリッと豊穣で買ってきたせんべいを噛み砕く。
 ふたりの稽古と手合わせを観戦する気満々の姿であった。

GMコメント

 ごきげんよう、壱花です。
 ペイトの関係者さん! とアフターアクションから、です。

●目的
 基礎的な稽古をつけたり、楽しく手合わせをしましょう!

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●フィールド
 ペイト内の鍛錬場で行います。身体を動かすのには十分な広さがあります。
 順番待ちや見学者は隅っこの方に寄ります。

●できること
 下記の『どちらか』から選んでプレイング冒頭に【数字】を記して下さい。
 極端な偏りがないと嬉しいです!

【1】埜智に稽古をつける
 基本的な型や動き、武器の特性等を教えたりします。特殊な武器ではない限り、訓練用の武器があります。一度に複数人で教えても大丈夫です。

【2】明霞と手合わせをする
 得物有りでも、無しでも、魔法でも。明霞は素手でお相手します。1:1です。
 基本的に程々なところで天籟が「そこまで」と止めるのでガツンといっても大丈夫です。どちらが有利だったかは、ステータスを見つつダイスで判定します。

●塙・埜智
 亜竜集落ペイト出身の亜竜種。里長の娘であり、次期里長の妹です。
 将来的に兄を補佐するために座学に励んでいましたが、最近になってそれだけじゃ駄目だ! となったようです。色々な武器が扱えるようになりたいのですが、天籟に「わしが……」と言われる度に断ってしまいます。物心ついた頃には家を出入りしている親戚みたいな人に教わるのは、今まで断ってきた手前素直になれないのかもしれません。
 ペイトの女性らしく、押しが強いです。笑顔の。

●翠・明霞
 亜竜集落ペイト出身の亜竜種。天籟の教え子のひとりです。
 外の環境、特に戦う術について強い興味を持っています。
 フラフラウロウロしている天籟を捕まえては手合わせを願い出ていましたが、いやじゃいやじゃと振られていましたが、「外から手合わせ相手を連れてくるから待っておれ!」と言われたのでとても楽しみにしていました。
 戦うことに対して、とても積極的です。

●瑛・天籟
 亜竜集落ペイト出身の亜竜種。
 ペイトで主に里長の護衛や師範等をしている年齢性別不明のちびっこ亜竜種。とても長く生きているようです。
 せんべいバリバリ食べながら茶々を入れたり、手合わせや稽古の順番待ちしたりしている人と(話しかければ)適当に会話をしたりします。
 里の人からは老師と呼ばれることが多いようです。(老師=中国語で先生)
(※ペイト出身の人や亜竜集落の人は既知として接してくれて大丈夫です)

 それでは、イレギュラーズの皆様、宜しくお願い致します。

  • 武の研鑽完了
  • GM名壱花
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年04月16日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

零・K・メルヴィル(p3p000277)
つばさ
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
耀 澄恋(p3p009412)
六道の底からあなたを想う
Я・E・D(p3p009532)
赤い頭巾の魔砲狼
サルヴェナーズ・ザラスシュティ(p3p009720)
砂漠の蛇
風花(p3p010364)
双名弓手
レオナ(p3p010430)
不退転
紲・桜夜(p3p010454)
紲家

リプレイ


「模擬戦用の武具は自由に使ってくれて構わんからの」
 それでは埜智のことは頼んだのじゃと言いおいた天籟が、待たせたのーと飛んでいく。それを見送った『恋揺れる天華』零・K・メルヴィル(p3p000277)は、眼前でにっこりと微笑む少女へと向き直った。
「埜智は初めましてだよな。今日は稽古って事で教えれる範囲の事教えるけど、宜しくな」
「はい、よろしくお願い致します」
 改めてぺこりと頭を下げる埜智の前には、四人のイレギュラーズ。残りのイレギュラーズたちは明霞と天籟の近くに居る。あちらは少し過激――より実践的にやるようだからそれなりに距離を取り、どちらかと言うと隅の方に埜智たち五人は寄っている。
「まずは何から教えようか」
「何から、ですか」
「まずは武器が良いのではないか?」
 たとえそれが己の拳であろうとも、戦う以上武器を知らねば戦えない。自分の可能性を伸ばそうとしている埜智へと好意的に笑った『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は、天籟が使って良いと言っていた武器の中から長い棒を手にとった。棍であったり槍の訓練に使うものだろう。
「リーチの差は主導権の確保に繋がる」
 埜智へ投げて寄越せば、受け取りやすかったのだろう、彼女は両手で危なげなく掴む。
 対する汰磨羈が手にするのは短な木剣だ。
「長物の長所と欠点は何か解るか?」
「火力圏外からの攻撃が可能であること、けれど狭所での立ち回りには不向きである点、でしょうか。踏み込まれたり、更に投擲等をされても困りますね」
「正解だ」
「知識、だけでしたら」
 教本に載っていることですけれどと埜智はにっこりと微笑んだ。
 座学のみではわからない、実際に身体を動かしてみなければわからないことが山とある。

「順番は決まったのかの?」
「あたしは誰からでも良いよ。誰から来る?」
 埜智たちの元から戻ってきた天籟はそのまま明霞たちの前を飛んでいき、埜智たちとは反対側の隅へと向かった。
「順番じゃからの。戦わぬ者はこっちじゃ。煎餅、食べても良いぞ?」
 弟子のひとりが用意したのだろう。クッションの上に降りると、天籟は早速煎餅を齧り始める。
「私から行っても良いだろうか」
「一番手、頑張ってね」
 几帳面に挙手をした『亜竜祓い』レオナ(p3p010430)の申し出に、『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)が場所を譲った。他のイレギュラーズたちも異論はないのだろう。レオナ以外のイレギュラーズたちは天籟の居る端へと歩み去る。
 その間に天籟が「全員に勝てたらわしが手合わせに付き合ってやろう」と明霞へ発破を掛け、明霞は拳を鳴らして「そういう訳だから本気でいかせてもらうよ」とレオナへと向き直った。
「里は同じなれども、こうして手合わせをするのは始めてだな」
「そうだな。アンタは目立つし、一度手合わせ願いたかったんだ。丁度いい」
 高身長に剣を佩き、大盾を所持するレオナは目立つ。
 始め、と天籟の声が飛んだ瞬間、飛び出したのは明霞だった。
 レオナも明霞も近接戦が適している。距離を詰めてもらえる点はありがたい。
 素早い蹴撃を受けるも、立て直して盾を構えるレオナ。攻撃を受けても怯まず、盾で流すのみに徹せず、隙を狙っては刀や尾をも振るう。
 どちらかとも無く笑みが溢れたのは、互いに考えが同じであったからか。
 暫しの打ち合いの後、膝をついたのはレオナだった。天籟の声が響き、明霞がレオナへと手を差し出す。
「アンタ、意外とガッツがあるね」
「またの手合わせを楽しみにしている」
「次は、誰じゃ?」
「んー……あ、じゃあ私、いいですか?」
 そろりと上がる『紲家』紲・桜夜(p3p010454)の手に明霞が勿論だと頷いて、レオナが退場し、桜夜がふわりと翼から桜花を散らしながら明霞の前に立った。
「今日は胸を借りるつもりで……よろしく、お願いします」
「ああ、よろしく……って、それで戦うのか?」
「ええ。……何か、変、でしょうか?」
「いや、いいよ。やろう」
 ギターを構えた桜夜に少し驚くも、明霞は隙無く構え、天籟の開始の声と同時に踏み込んだ。
「明霞のやつ、稽古をつけてやっとるのか」
「わかるのでござるか?」
 並んで煎餅を齧っている『闇討人』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)に、レオナの時もそうであったがと口にしながらバリッと煎餅を齧ながら頷く。力量差が明らかであった為、明霞は桜夜の稽古になるような立ち回りを心がけている。直接ギターで殴りかかられた時は少し驚いた様子であったが、歌や爪にも対応した行動を取り、あしらいながらも軽く攻撃を与えていた。
 戦い慣れていない桜夜の攻撃はどれも拙い。けれど、彼女が動く度に桜の花弁がふわりひらりと辺りに散る。外の芸事に詳しくない明霞や天籟にはそれを上手く表す言葉を持たなかったが、イレギュラーズたちからはまるでショーのようだと思ったかも知れない。
 暫く立ち回れば明霞強い蹴撃が見舞われ、桜夜が吹き飛ばされたところで天籟から静止の声が入った。
「アンタの戦い方、面白かったよ」
「歌って、戦うのも、結構楽しいと……思う」
 差し出された手に起こされた桜夜はほわりと笑って、天籟たちの元へと飛んでいった。

「――! 本当に視界が塞がれてしまうのですね」
「眼に頼るタイプには効く手法だ。覚えておくといい
 盾を手にずいと前へ出た汰磨羈がそう口にして、盾を下げた。目を丸くした埜智はなるほどと感心したように口にして、脳内の教本との答え合わせをしているようだ。
「あなたの場合ですと、近距離からよりは遠距離の武器の方が良いでしょうか」
 得手の弓を手に風花(p3p010364)が口を開けば、少し思案するような表情をしてから埜智は頷く。次期里長になる兄を支える立場になりたいという明確な目標のある埜智は、彼を補える道を歩みたい。
 弓を握らせ、型をなぞりながら口にするのは、弓の利点と欠点。
「矢を番えねばねばなりませんから、近づかれる……もしくは気付かれる前に畳み掛けたいですね」
 埜智の手から離れた矢が、真っ直ぐに飛んでいく。綺麗な立ち姿を風花が導いたから、弦で頬を切ることもない。
「あなたの場合は文学の道を辿ってもいるようですし、敵の弱点への一撃を期待出来るのはいいですね」
「……当たれば、ですけれど」
 初めて射た矢は的の前でひゅるひゅると失速し、ぽとりと落ちた。
「何事も積み重ねです。さて、あなたはどのような守破離を辿り、武の道を行くのか……楽しみですね?」
 見える口元だけで笑った風花は「さあ続きを」と新たな矢を番えさせた。

「貴方が明霞――ですね? ザラスシュティと申します。どうぞお見知りおきを」
 胸に手を当て、腰を折った『砂漠の蛇』サルヴェナーズ・ザラスシュティ(p3p009720)の泥めいた光輪に一度視線を向けた明霞は、短くああと応えた。
 開始を告げる天籟の声に合わせて地を蹴ろうとした明霞だが――しかし、サルヴェナーズの方が素早い。
「っ」
 正面からの立ち回りを不得手としているサルヴェナーズが間合いに飛び込んで魅せる珍しいステップは、異国ならではのもの。思わず鑑賞したくなる気持ちが沸くが、これは手合わせだと明霞が蹴撃を見舞う。
「目に楽しいのぅ」
 観戦している天籟からは高評価のようだ。咲耶とともに煎餅をバリバリやっている。
 空ける距離を明霞が瞬時に詰め、振るわれる拳に反撃をするが、最低限の動きで躱される。
「動きは面白いけど、アンタまだ隠してるだろ?」
「では、これならどうでしょうか」
 口元だけで笑みを作ったサルヴェナーズの姿が増え、惑わせる。
 けれど。
「そっち!」
「そこまでじゃ」
「あら、ふふ」
「アンタの動き、楽しかったよ」
 開始と同じように礼をしたサルヴェナーズは明霞の前を退き、そのまま天籟の弟子に台所の場所を聞いて新しいお茶の用意をしにいく。
「それじゃあ次は私だよ! 私はそう簡単には倒れないつもりだから、覚悟してね! 本気で行くよ! よろしく!」
 サルヴェナーズと入れ替わりで、足取り軽く明霞の前に立ったアレクシアはそう宣言した。互いに浮かべるのは、勝ち気で好戦的な笑み。
 開始を告げる天籟の声と同時に踏み込む明霞に、アレクシアはやっぱり武闘派って感じだなぁと思う。魔法使いになってからまだ数年の身で、戦い方が違うふたり。けれど負けるつもりはないと言う気持ちはきっと同じだけある。
「……アンタは傷を癒せるんだ?」
「そう。私は誰かの命を、誰かの笑顔を護るためにこの力を磨いてきたからね!」
 花弁が如き魔力塊を打ち込んでは、自身には白い花弁を展開する。
 夜に閉ざした花弁が朝にまた啓くように、アレクシアは咲きと割き続ける。
「ちと時間が掛かりそうじゃのう」
「そのようでござるな。それにしても天籟殿、この煎餅は美味でござるなぁ」
「海に浮いておる島国で買ったのじゃ」
 最近のわしの気に入りじゃ! と笑う天籟の前や観戦中のイレギュラーズたちの前に、サルヴェナーズが淹れたてのお茶を置いていく。
 豪快と優美の織りなす『語らい』は暫く続いたのだった。

「投影魔術っつうのは知っているか?」
「投影魔術、ですか?」
「例えば短剣とか……こんな刀も出せる」
 自分が理解している武器等を出す魔術だと説明しながら刀を出す零の手元を見つめ、埜智は静かに息を飲んだ。
「それは普通の武器と同じように扱えるのですか?」
「そうだな。こう……」
 出したばかりの刀を掴み、ブンと投げる。矢よりも早く高速で飛んだそれは、埜智が矢を射るのに使った的へと刺さり――消えた。
 魔術は向き不向きもあるかなどと口にした零はふっと口を閉ざして、少し真剣さを帯びた声で問いかける。
「埜智は大事な人、守りたい奴はいるか?」
「兄です」
 間髪入れずに返る声は揺るぎない。
 座学だけでは、兄を、里を、護ることは出来ないから。
「零さんは?」
「俺にもいる」
「愛している方ですか?」
「ああ、護りたい人なんだ。だからこそ俺は、戦えている」
 手のひらを見詰める零の横顔を、埜智が真っ直ぐに見つめている。この世界に来た当初はパンを出すギフトしか無かったという彼の手は、きっと戦う内に固く変化していっていることだろう。
「何が言いたいかっていうと、埜智も強くなりたいと、そう想った切っ掛け……原点を忘れないでほしい」
 埜智を見る。
 まっすぐな瞳で見つめ返してくるこの少女には、きっとこの言葉は不要だろう。見つめ返してそう気付いたけれど、埜智は只管真っ直ぐな瞳と声で「はい」と応えた。
「愛しい方をお護りする。良いですよね、乙女としてもピッタリです」
 花を見つめるように柔らかく、恋する乙女のように『花嫁キャノン』澄恋(p3p009412)が微笑んだ。
「さあ、埜智様。わたしと身体を動かしましょう。わたしたちはか弱いところがそっくりですが、か弱さを活かした戦い方がありますので、今日はその戦い方をれくちゃーいたしますよ!」

 亜麻色の髪を揺らしてアレクシアが膝をつき、そこまでと天籟からの声が掛かる。
「うーん、負けちゃった」
「アンタは誰かを打ち負かすためじゃなくて、皆の、誰かのためにあるんだろ?」
 アレクシアのことはまだよく解らないけれど、彼女の戦い方から明霞は皆をよく見てサポートし、補う戦い方を普段からしているのだろうと感じた。それは敵を穿つ直接的な力ではないかもしれない。けれど、皆で何かを成しえるには必要な力だ。
「明霞君はさ、強くなってなにかしたいこととかあるのかなあ」
 差し出された明霞の手を借りて立ち上がりながらアレクシアが問えば、ちらりと視線が天籟へと向けられる。その視線はすぐにアレクシアへと戻ってきて「まだ探し中だ」と返ってきた。
 ペイトに生まれて、強い人たちに囲まれて育ち、強くなりたいと思うのは明霞にとって当たり前のことだった。日々鍛錬を重ねながらもペイトに無い戦術に興味を持ち、外に憧れて――そうしてついに外から人が来るようになり、今日はこうして拳を重ねるようになった。
 明霞を取り巻く環境は、彼女の見る世界は、今、目まぐるしく動き始めている。その先で何が目標となるのかは、まだ解らない。
 今は未だ――特に今は別の問題も発生していて自由に外には出られないけれど、幼馴染たちと世界を回ってみるのも良いかも知れないと思っている。幼馴染たちをどんな存在からも守れるような強さは欲しいなと笑みを見せた明霞に、アレクシアは目をパチパチと瞬かせる。明霞もまた、誰かの命と笑顔を護りたいのだろう。
「手伝えることができたら、また手伝わせてね!」
 パンと笑顔で手を叩きあって別れれば、「ようやっと拙者の番でござるな」と咲耶が明霞の前に立った。
「門外不出の紅牙流暗殺術、しかとその目に焼き付けよ」
「アンタは珍しい術を使いそうだな」
「シノビと言うらしいぞ。楽しみじゃなぁ。わしの目にも焼き付けておくれ」
「老師はあたしの応援をしなよ」
「えー、いやじゃ~。わしは気になる方の応援をするのじゃ」
 観戦しながら咲耶とお茶を飲み、煎餅を噛り、武術の話をしていた天籟は咲耶の応援をやんやとする。
(応援は嬉しいが、はて)
 天籟は師として、連戦で疲れが見えてきている明霞を煽ってやる気を回復させようとしている。それが解っているからこそ咲耶はマフラーを引き上げ、口元を隠して笑った。
 開始の声に合わせ、咲耶よりも反応が早い明霞が突っ込んでくる。素早くも力強い蹴撃を食らいながら、手甲から麻痺毒の塗られた針を出し、外三光。
 拳と拳の素早い連撃がぶつかりあい、違う動きが見られれば明霞が離れようとするが――咲耶はこれを逃さない。戦が本分ではない忍びの身。戦場で相手と対峙したならば、常に一瞬で仕留めなくてはならない。
 軸足を執拗に狙おうとすれば、身体能力を強化して更なる素早さと力強さで明霞が応じる。
 純然なる力と、搦め手。
 最後の一撃を放ったふたりは、同時に吹き飛んだ。
「引き分け。そこまでじゃ」

「埜智様は、想いを寄せている方などはいらっしゃいますか?」
「特に慕っている方はおりません」
 想う相手にはアプローチを。恋敵は殲滅を。
 そのどちらも積極性が重要となり、それを戦闘に応用するのが大事なのだと語る澄恋は、埜智へ乙女の嗜み・フルカウンター戦法を伝授する。
「一番大事なのは、距離です」
 視界に入れば相手を虜にする微笑み、空間を切り裂き距離を詰めて、背伸びをすれば唇が触れ合うような距離まで至れば愛らしい笑みとともに更に可愛らしいポーズを。……どれも花嫁としての嗜み(攻撃)である。
「お相手が奥手ならば――こう、です!」
 すすすと滑らかに近寄って、そっと手を握る。勿論、本来ならば此処で相手の手を粉砕したり投げ飛ばしたりする。
「頭脳派の埜智様ならカウンターで頭突きをすれば、その立派な角で意中の人のはーとを射抜けるかと!」
「……?」
「……?」
 きょとんと埜智が首を傾げれば、澄恋も「わたし、何か変なことを言いました?」的な表情で首を傾げる。
「とにかく戦闘も普段と同じです。積極性と包容力です! あ、そういえばご存知ですか? 汰磨羈様の包容力はすごいのですよ!」
「何故唐突に私が出てくるんだ」
「もふもふは包容力です!」
「……澄恋は置いておくとして。魔術の素養があれば、御主は頭の回転も立ち位置の事もあるだろうから、魔術の併用も良いかもしれんな?」
「零さんも魔術と仰られておりましたね」
 どちらかと言うと肉体言語的なイメージの多いペイトだが、扱える者もいるはずだ。誰かに教えを乞うか、留学、もしくは教師を招くのも良いかも知れない。
「あちらもそろそろ終わりそうだな」
「それじゃあ、こっちも終わりかな。……もし協力がいるなら、俺はこれからも、幾らでも協力するぜ?」
「ええ。わたくし、これからもがんばります。今日はご指導ご鞭撻、誠にありがとうございました」
 ちゃんと意味のあるものになるようにしますねと埜智は微笑んだ。

「わたしは武術とか使えるわけじゃ無いからね。獲物や魔法も全部有りの試合になっちゃうけど良いかなぁ?」
「勿論いいよ。あたしの知らない戦い方なら歓迎だ」
 それならばと、『赤い頭巾の断罪狼』Я・E・D(p3p009532)は明霞の前へと立った。
「わたしは経験を与えてあげられるだけで、共に高め合うとかそういうのは無理だと思う。だけど、明霞さんが今後、外の人と戦う事になった時のために知っておいた方が良いと思うことだから」
 試合前の礼をしたЯ・E・Dは顔を上げ、軍服めいた衣装のマントを払う。マスケット銃を手にした姿から超遠距離を得意とする戦闘スタイルであることは安易に読めるだろう。
 ――しかし。
「……糸!?」
 Я・E・Dの指先から放たれた光る糸が明霞へ絡みつく。
 距離を詰めるべく地を蹴った身体に絡みつく糸を力技で破った明霞は、急激に距離を詰めての力強い蹴撃の連撃。腕とマスケット銃で防ぎながら後方へと飛んだЯ・E・Dは素早く体勢を整えると引き金を引いた。
 チ、と頬を掠めた銃弾を最低限の動きだけで避け、明霞は距離を詰め続ける。腕や足の間合いに入らずとも、技の間合いにさえ入れればいい。
 銃弾を恐れず、逃さないと言いたげに明霞に地面が割れる程の強さで地を蹴るが――届かない。
 いつの間に周囲にいくつものマスケット銃を浮かばせたЯ・E・Dが人差し指を明霞へと向けた。
「そこまで。明霞の負けじゃの」
 飛んできた声に指先を下ろせば、その動きに合わせて銃口が降り、さらりと空気に溶けるように消えた。
「これで全員終わったかの」
 煎餅の粉が着いた手をパンパンと叩いて立ち――浮き上がった天籟のすぐ横を、アレクシアが駆けていく。連戦している明霞の回復に向かったのだろう。
「わたし自身も酷い戦い方だと思うけど、そういう人と出会った時のために、色々対策を考えておくと今後も安心だと思うよ」
 しまいの合図と共に座り込んだ明霞の手をЯ・E・Dが掴んで引き上げると、「まあ、勉強にはなったよ。ありがとね」と笑みが返る。手合わせだからとラフな恰好で挑んだ明霞は、連戦な上にイレギュラーズたちのように装備や技を整えてきてはいない。また相手をしてよと好戦的に笑んだところで、明霞は薄紅色の花弁に包まれた。
「桜夜殿、起きるでござるよ」
「むにゃ……はっ! 私、寝ちゃってました?」
 いつの間にかウトウトとしていた桜夜を優しく揺さぶって咲耶が起こすのを横目に、サルヴェナーズがお茶の器やお盆を回収していく。
「今日は世話になったの」
 明霞も埜智も、晴れ晴れとした良い表情をしていた。
「いつでも遊びに来るといい。まあ、わしはおらんかもしれんがの」
「また手合わせをしようぜ。他のことだっていい。アンタたちが来るの、楽しみにしているよ」
「近くにお越しになった際は、是非お立ち寄りくださいね」
「主もじゃ、レオナ。いつでも帰って来るが良い。此処は主の故郷じゃからの」
 ポンポンと小さな手で肩を叩かれ、レオナは父母の元へと顔を出してからまた世界を巡り、世界を見てこようと心に決めるのだった。

成否

成功

MVP

Я・E・D(p3p009532)
赤い頭巾の魔砲狼

状態異常

なし

あとがき

楽しく稽古や手合わせは出来ましたでしょうか。
……埜智さんが澄恋さんを見習った場合、お兄さんやお父さんはどう思うのかな……と思いました。天籟はそんな里長一家を笑って見ているだけだと思います。

おつかれさまでした、イレギュラーズ。
またペイトに遊びに来てくださいね!

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