シナリオ詳細
あざなえる
オープニング
●教えて!
「――少し位良いではありませんか!」
粘りに粘ったエルス・ティーネ (p3p007325)が最初にそれを懇願してから軽く一年以上の時間が過ぎていた。
むくれた少女の大声に片手で耳をほじくったディルク・レイス・エッフェンベルグは相変わらずの彼女に肩を竦める。
少女がラサに居着いてかなりの時間が経ったから大分気安くはなっている。気安くはなっているが、まぁ――情緒レベルは概ねJCだ。他ならぬこのプレイ・ボーイは「稽古をつけて欲しい」とせがむ彼女の考える事を分からないではないのだけれど。
「アニキ、そう意地悪しないでも――実際、ラサでは良くやってくれてるじゃないですか」
「あん」
「少し位なら……まぁ、『分かってます』。『分かってますよ』。
アニキは人に教えるのが――って言うより手加減が苦手でしょうからね」
「分かってるなら分かるだろう?」と溜息を吐いたディルクにルカ・ガンビーノ (p3p007268)が苦笑した。
蒼剣教導ならいざ知らず、赤犬薫陶は余りにも不親切だ。ガンビーノ・ファミリーの跡取りたるルカももう少し子供の頃、せがみにせがんで――半殺しの目にあった記憶は忘れていない。『ディルクは一切の悪意なく、自分を慕う子供に対する優しさの心算で致命的な結果を引き起こしたのだ』。今のエルスは当時のルカよりずっと強いから滅多な事は起きないだろうが――
「……どうしても、駄目でしょうか……?」
上目遣いのエルスはまるで泣き出しそうにも見えた。
女らしさやその武器を、上手く使えば便利に渡世出来る『そういう術』に不器用な女である。
だが、それ故にディルクは少しやり難い。
――あーら、どうしてもダメ? お願い聞いてくれたら少しはサービスしちゃうんだけどなぁ――
例えば、そう。こんな風だ。
イメージでご出演頂いたアーリア・スピリッツ (p3p004400)のようであるならばむしろ結果は完封である。
『そういう手管』でディルク・レイス・エッフェンベルグを上回る事は殆ど不可能であり、いいように酷い結果なる取り立てを受けるのは想像するに難くない。前述のアーリアさん等はその相方も含めて格好の餌であった。
――ちがいますけど!?
違わない。俺は何も間違えない。
閑話休題。しかしながら、故に――である。
身も蓋も無く云うのなら『エルスのようなクソド下手くそで不器用な女』の取り扱いはディルクのマニュアルに載っていない。
言い方を変えれば情緒が幼く自己肯定感が低く持ち合わせる武器をまとも振る事も出来ない女なぞ、彼の華麗なる遍歴には存在すまい。存在しない以上は何とも解が出し難く、故に大抵の場合は彼は誤魔化す。
触れれば壊れそうな女と思いながら、それなりにぺたぺたと触る辺りは――まぁ彼としか言いようは無いのだが。
「……しょうがねぇ奴だな。まったく。
ルカもすっかり絆されやがって――どっちの味方なんだか」
やれやれと何度目かの溜息を吐き出したディルクにエルスの目が輝いた。
「それじゃあ――」
「――無条件に、とはいかないね。世界一の傭兵を雇いたいなら、それ相応のコストが必要だろう?」
そういう話もかのアーリアさんの件で記憶に新しいが、さて置いて。
「……お金、ですか? が、頑張って集めま――」
「――阿呆か。お前から小銭取るかよ」
真に受けたエルスの額をディルクの太い指が弾く。
力の強さに仰け反った彼女は額を抑え「じゃあ……?」と涙目で彼を見返した。
「お遊びに付き合うお代として、一つ仕事を引き受けなよ。
どうしようか悩んでたんだがね。実はちょっとややこしい問題が手元にある」
「ラサの、です?」
ルカの問いにディルクは頷く。
「ここんとこ幻想から鉄帝南部、ラサ、練達辺りにちょいと怪しい薬が出回っててね。
薬って言っても医者が取り扱う代物じゃない。もうちょっと『即物的』な方だ」
「――――」
緩い話の導入からは予測出来ない話にルカの眉がぴくりと動いた。
ラサは砂漠の商人達である。金次第で荒事を請け負う傭兵国家でもある。『あまり宜しくない物品』を取り扱う事も少なくは無いが、そういった商売(おいた)は愛国者であってが故だ。ディルクの口振りからすればそれは部外なのだから由々しき事態に違いない。
「要は麻薬の類だが、混沌では見ない種類でね。どうも『外』から持ち込まれたものと見える。
誰かさんは外から持ち込んだソイツをこっちで増やして、俺達のシマで荒稼ぎしてるって訳だ。
なぁ、ルカ。こういう時、赤犬はどうするべきだ?」
「――ぶっ殺しますね」
「そう、正解だ。ぶっ殺すのが正しい。
ただ、連中はどうにも慎重なタイプみたいでね。拠点や全容が掴めてない。
末端を『俺』が出向いて潰すのは簡単だが、恐らく気付かれるしより警戒されるだろう。
スコルピオの時もそうだったが、一番面倒くさいのは慎重で臆病、その上頭のいいヤツだ。
ついでに言えば、俺が動き難い理由がもう一つあるのが問題だな」
「……それは、どんな?」
エルスはディルクの事を信頼している。
その実力を、人物を、その王器を――信仰していると言っても良い。
故に果断にして迅速な彼が口にした『問題』が気に掛かる。
いや、問題があるから頼って貰えるならそれは嬉しい事ではあるのだけれど――
「さっき言っただろう。ブツは『外』から持ち込まれたって」
「――――」
「気付いたみてぇだな。要するに犯人はウォーカー、言い方を変えれば特異運命座標サマって訳だ。
……ま、それ自体は別に驚く事でもねぇ。お前達が割と善良なのは知ってるが、そりゃあくまで『偶然』だからな。
レオンの彼女がいい加減な理由で召喚した――あ、違うんだっけ? まぁいいや。カミサマがいい加減に選んだ特異点に善良でなければいけないなんてルールは無ぇし。実際、俺も悪党のウォーカーと会った事もあるし。そりゃお前達も同じだろうよ。
だが、問題は問題でね。一応国のトップである以上、俺は『極力ウォーカーと事を構えたくない』。
今やお前達の持つ政治的意味合いは極めて大きいと言わざるを得ないんでね。
ローレットの敵役――ひいては特異運命座標の敵役を買うのは御免被る」
「だから俺達がアニキの代わりに末端を潰して状況を掘る、と」
「流石だな。末端を潰した所で得られる情報何て多くはねぇだろうが、そろそろ示威が必要だ。
『諸悪の根源』を引っ張り出すにも手順ってものが要るからな」
「……何も分かっていないんですかね?」
「鋭いねェ」
俊英を可愛がるのは或る程度歳を食った大人の特権である。
ルカの問いにディルクは愉快気に笑い声を上げた。
「黒幕らしき奴の名前は掴んでる。
『シンドウ』って言うらしい。ま、偽名なのかコードネームなのか本名なのかは知らないけどな――」
- あざなえる完了
- GM名YAMIDEITEI
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2022年04月09日 22時50分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費---RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●ただの依頼
混沌最大の特異運命座標――否、冒険者ギルドであるローレットには世界各国から多岐に渡る依頼が行われている。
混沌における主要勢力それぞれの仕事は勿論の事、権力者や政府上層から話が持ち込まれる事も多く、そういった意味では今日、八人のイレギュラーズがラサ傭兵商会連合の事実上のTOPであるディルク・レイス・エッフェンベルグから内密な、肝いりの依頼を受けた事は『普通』の範囲であり、何れも実力派と言える彼等の来歴を考えれば極自然な事であったとも言えたかも知れない。
だが――
(ディルク様直々に頂いた依頼……満足して師事して頂けるようにお尽くししなくちゃ!)
――今日の彼等の事情が『ただの依頼』から少しばかりズレるのは、その発端が非常に個人的な関り合いから生まれたという事だろう。
それは白い肌に映える紅潮を浮かせた『青鋭の刃』エルス・ティーネ(p3p007325)の様子を見れば分かる話である。二年程前にレオンが親しいイレギュラーズに『稽古』をつけた事があったのだが、それを聞き知ったエルスが心底慕うディルクに同じ事を要求し続けていたのは結構知れている話である。
(よ、漸く訪れた機会(チャンス)なんですから……!)
「――この案件、私の出番のようですね」
赤くなったり青くなったりコロコロと表情を変えるエルスの姿に目を細め、『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)が口元を緩めた。
ラサの民やローレットに詳しいものならば言うに及ばず、大して詳しくない他人でも一目瞭然で分かる乙女の隙の多さは考えている事を拡声器で外に宣伝しているようなもので、何にせよ『若い』という事は情熱的で素晴らしいものである。
「かわいこちゃんのお願いを聞かずお仕事ぽい、なぁんて全くやな男!」
「さて、エルスさんのために一肌脱ぎましょう!」
『覚えがあるからか』、唇を尖らせて眉根を寄せた『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)が渋面で呟き、『禍福は糾える縄の如し』鹿ノ子(p3p007279)が胸を叩いた。
大人びた『少女』と『自称』1500歳はさて置いて、瑞々しい事は素晴らしい。
「まったく、大層な厄介事案件を俺の元に持ってきやがって……
しかしまあ、国のトップ直々の依頼なんてそうはない。恩を売るチャンスだと考えれば悪くは無いか?」
「ああ。今回やるべきことはシンプルで良いね。襲う、倒す、調べる。仕事だ。やろう」
「実際、困るのですよねえ~。こういう事されると!
ここは旅人たる拙者が! きっちりお仕置きして思い知らせてあげないと!」
些かわざとらしい悪態を吐いた『貧乏籤』回言 世界(p3p007315)に『北辰の道標』伏見 行人(p3p000858)が応じ、『離れぬ意思』夢見 ルル家(p3p000016)が溜息を吐いた。
『あざなえる実に個人的な事情はさて置いて』ディルクから面々に与えられた依頼はこの所、圏内に不法に出回る非合法薬物の流通事件の調査であった。情報は多くは無いが、ラサの情報網によれば事件にはとある旅人の関与が疑われているらしい。
「……とは言え、ここでお仕置きして終わるような簡単な話ではないのが難点ですが!」
ルル家の表情が浮かないのもさもありなんである。黒幕が旅人という事は必然的に『それ』はイレギュラーズであるという事で、今や混沌においても重要な勢力となった特異運命座標が政治的に極めて高度な存在となっている事実が状況を些かややこしくしている事実がある。
「……政治だなんだは知らねぇし、自分事とも思えねぇけどよ」
一方でそう吐き捨てたのは『竜撃』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)だった。
「理屈は分かる。アニキの事情にも納得するさ。
だが、『関係ねぇ』んだ。どこの誰だか何の真似だか知らねえが、一つだけ確かな事がある。
そいつがラサを舐めたなら、俺のやることは決まってる。
アニキが――いや、アニキがどうであろうと、そりゃあ徹底的にぶっ潰すってこった!」
ルカの端正な顔立ちに何時にない獰猛さが匂う。
「……しっかし、私も赤犬さんに恩は売りたいのもそうだけど――何より、女の勘がこの事件『何かある』って言っててね。
一介の旅人が四ヶ国跨いで事を起こすなんて、どうにもきな臭い事極まりないわ」
アーリアの言葉に世界が「ああ」と頷いた。
「『何事もないければいいんだが』」
言葉を受けてエルスは唇をぎゅっと噛んだ。
殺しても死ぬような人ではない。砂漠の民の強さは誰より理解している心算だ。でも、それでも――
何れにせよ、『シンドウ』なる旅人が傭兵や幻想におかしなちょっかいをかけているなら、ローレットの見過ごす所ではない。
(さて、どうなりますかね? 事と次第によっては、お嬢様への『ご報告』も必要か――)
寛治は何となく胸がざわつく感じがした。
畏れの無い男ではあるが、こういう時、決まって彼の勘は良く当たる――
●強襲
ディルクの依頼は『ご禁制の品を取り扱う武装キャラバンを叩き潰して情報を得る事』。
但し、イレギュラーズが狙う現場は『幻想の街道』である。当然ながらディルクの権力の及ばない位置であるし、仮に現場が傭兵だったとしても証拠をあげる事もなく、『無辜を装うキャラバンを襲撃する』のだからこれは些か荒っぽい話である。
証拠等、追って挙げればいいと考える辺りは如何にもラサらしい風情だが、ハンドリングに大胆さと慎重さの双方が求められるのは必然だ。
そして失敗すれば相当な面倒を背負う事になるのは言うまでもなかろう。
「この辺りには多少顔が利きましてね。まぁ、こういう搦め手で食っている位だ。少なくとも情報は信用して貰って構いませんよ」
実にふてぶてしくそう言った寛治は事前に街道周辺の状況の裏取りを行っていた。
エルスの想い人であり、ルカの尊敬する首領であり、レオンの相棒であるディルクが嘘を吐く事は考え難いが、彼の依頼は如何にも砂漠の傭兵王らしく大雑把で荒っぽいものであり、方法は現場に任せるという事は取りも直さず良く言えば柔軟、悪く言えば丸投げという類であった。ならば寛治としてはこれは腕の見せ所であり、幻想の裏社会に鼻先の一つも突っ込んで件の商隊が常どうなのか、はたまたラサの外――この辺りに見るべき情報が伝わっていないかの確認は何かと捨て目の利く彼からすれば極当たり前の行程であると言える。
「少なくともディルクさんのくれた情報は間違っていません。
今回のタイミングで仕掛けるのも問題はないでしょう。
肝心の『シンドウ』一派については――多少、口が重い感じでしたね。
実際の所、ここ暫くそういった連中が幅を利かせているのは確かのようですが、まだ正体を掴みかねているか」
「或いは」と寛治は続けた。
「『口にしたくない理由があるか』」
悪辣なる幻想社会において『誰』に乗るかは死活問題である。
イレギュラーズの介入により幾分か以前より社会情勢の緊張感が緩和されたのは確かだが、見極めを誤れば奈落は変わらない。
それは一般人であろうと、裏社会の住人であろうと、貴族階級であろうと変わらないのだ。
例外があるとしたら、実に皮肉な話だがそれを言う寛治――イレギュラーズ位のものだろう。
「じゃあ、ここは予定通り。シンプルに最短距離の話になるね。精霊達もそんな感じだ」
目配せをした行人に鹿ノ子が手を挙げて応えた。
「もう暫くッスね。到着まであと五分――」
「――んー、四分位かも」
「そうッスね。少し警戒を強めておく方が良いかも知れないッス」
主偵察任務を負う鹿の子が広域俯瞰で視野を広げたアーリアに頷いた。
ファミリアでの偵察はイレギュラーズの好む十八番であるが、取り分け視界の良く利く開けた場所での利用は強力である。
地上からの観測よりもより効果的なのは俯瞰視点を持つ事で、これに鳥の目を用いる事は至極合理的だ。
鹿ノ子の場合は特別製でこれに感覚強化(ハイセンス)をクロスする事で、より遠距離からの高精度観測を可能としていた。
加えて広域俯瞰でアーリアが偏差をすれば、精度は自ずと上昇しよう。
「……しっかり、やり切らないとね」
やや緊張の面持ちでエルスが呟いた。
視界が開けているという事は情報が取得しやすいという事であるが、逆を言えば情報を取得されやすいという事にも他ならない。
これまで幾度もの『交易』を成功させているキャラバンの非常の警戒があるとは考え難かったが、遮蔽の無い街道の真ん中で堂々と怪しい連中(イレギュラーズ)が佇めば、流石にこれはどんな目が出るかも分からない。
「大丈夫です! エルス殿、拙者の岩は完璧です。しかもエキスパートな幻影です! さぞ凄い岩でしょう! しらんけど!」
「まぁ、俺の岩がエキスパートかは知らんが……見たものを覚えるのは得意だしな」
無闇やたらな自信で薄い胸を張るルル家の幻影が遮蔽の無い街道にちょっとした小細工を作り出している。一方でルル家と『組む』恰好となった世界は苦笑交じりにそう言った。幻影の効果時間は凡そ一分程である。必然的に『岩』が消失する瞬間はあるのだが、遮蔽が消失したでは遠目から見ても異変で違和感である事は間違いない。隙間(タイムラグ)を埋める工夫がルル家と世界による『二人での幻影維持』であり、どちらかと言えばアシスト役の気配を醸す世界は瞬間記憶で『ルル家が勝手に作り出した岩』を見事に模倣して繋いでいる、という訳だ。
寛治等はすっかり背景に紛れているのだが、それ以外の者も含めて『パーティは強襲する為の準備をすっかり整えている』。
焦れる数分は非常に長く感じられる。
空から見ればあっという間の距離でも、身を潜め、緊張感を保つ時間はその逆だ。
キャラバンが近付いてくる。数十メートル。必要なのは手を伸ばせば届く距離――
(――今だッ!)
内心で吠え、獣のように獰猛に仕掛けるのはルカ。
彼が狙うのは銃を持った後衛だ。
「あらあら……悪ぅいお金の匂いがするわね。今日の獲物はあなた方にしちゃおうかしら……?」
何時になく蠱惑的に、意地悪な笑みを見せたエルス、
「では皆様!サプライズパーティーのお時間です!」
何処か気取って凄烈に――ルル家の言葉に応えるように、ほぼ同時に動き出した仲間達が異変に構えを取ったキャラバンに襲い掛かっている!
(さて、お手並み拝見――)
大立ち回りは必至だが、その中にも冷静がある。
目を細めた行人は精霊への干渉も含め、この襲撃に関わる最適解を探していた。
「はぁい、わるーい山賊さんよぉ」
『しな』を作って冗句めいて。悪女(アーリア)の戦い方は何時も意地が悪い。
ゼピュロスの吐息を従えて、超遠距離から馬車の車輪を精密無比に撃ち抜いている。
バランスを崩した荷台に護衛が気を取られた一瞬を突き、
「一気に行くッスよ!」
今度は鹿ノ子の下、ティタノマキアの閃光が瞬いた。
和装に刀、猪鹿蝶の剣技は『侍』を思わせる護衛達と何処か似ていて――変幻自在のこれを受ける彼等に幾ばくかの動揺が走った。
「……ホントは支援役なんだけどな俺」
軽くぼやいて、しかし表情は不敵に揺れず。
反攻の構えを見せた敵を引き付けた世界がこれを食い止め嘲り笑う――
ローレットの精鋭達は何れも見知った――言わば気心の知れた連中だ。
元はと言えばディルクより仕事を預かったエルスとルカが己の人脈で集めたのだから『自身等の考える最高の一角』に間違いない。
必然ながらその連携は見事であり、鮮やかな奇襲の手管と合わせても並の敵ならばこの勢いを押し返す事等、全く不可能だったと言えるだろう。
(――だが)
行人は揺れる戦いの天秤を見事に見抜く。
(――まずは、かなり戦い慣れていると見る)
可能な限りで確率を高め、確実な奇襲を打った筈だったが、彼は殊の外敵側の迎撃がスムーズである事を見抜いていた。
俯瞰的視点で敵の動きと指示者を見通さんとする彼の視野は異常と言えるレベルで広がっており、単純で強烈な事実を見逃す事は無い。
「ふーん? ……私ってそんなに弱そう?
まぁ戦闘で弱そうに見えるのなら相手を油断させる事は出来る……それなら、案外悪くないのかも知れないけど!」
エルスが正面に回した敵に挑発めいて、彼に黒色の顎を叩き付けた。
「貴様等、何者だ!?」
「答える義理はねぇよ。ついでに先回りするなら、色々理由はあるがな。突き詰めりゃあ一つだけだ。
気に食わねえからぶっ潰す! ――まさか『覚えがねぇ』なんて言わねぇよなぁ!」
目を見開き、歯茎を剥いて。平素纏う空気を嘘のように猛獣のそれに変えた竜撃(ルカ)が暴れに暴れている。
イレギュラーズ――エルスや取り分けルカに相対すれば侍達もかなり分が悪かろうが、何れもかなりの精鋭である彼女等を向こうに戦闘らしい戦闘を展開できる辺り、行人の評価は上に行く。敵は弱兵どころか手練れであるとさえ言えよう。
「――剣片喰紋。やはり『組織(プロ)』だな」
事前に聞いていた通り、統一感のある装備に身を包む敵の統制は高いレベルで取れていた。
印象に残るのは彼が呟いた『剣片喰紋』。三貴族の紋章と同じく権威主義の封権社会の好む家紋である。
裏社会の犯罪組織がシンボルなぞを気取るなら、それは余程の自信かそれとも示威か。
乱戦は激しさを増し、混沌を増す。数に上回る彼方と、質に勝る此方。
勝敗もまた糾える縄のようだが――特異運命座標は可能性の獣、運命の蒐集者である。
潜った修羅場と想いの強さで負けぬなら、腕前も含めてこの場の制圧が叶わない事は有り得まい。
但し、それは『全員を捕縛する』状況に到らない事をも意味していた。
「……あらあら、まったく」
アーリアが苦笑する。
敵方は形勢不利を察するなり、逃げを打ち始めたのである。
当然ながらパーティは打倒した者も含め、全員を逃がす程の間抜けではないのだが――
「逃げ足の速い男って、つくづく厄介なのよね。体験で知ってるし、知人にもそういうのいますからね――」
これまでの戦いも含め、行人がプロと判断した連中のジャッジが早かった以上は『これ』が組織の致命傷になり得ぬ想像はついた。
それはつまり、この問題が予想以上に根深いものである事を告げている。
●尋問
「『お侍さん』たちはこのへんのひとじゃないッスよね? どこから来たんッスか?
実際、困るんスよね、海の向こうの似たような文化の人達が風評被害を受けるじゃないッスか!」
鹿ノ子の脳裏を過ぎったのが温かな笑顔を浮かべる青年の顔だった事は言うまでもあるまい。
思わず頬を染めてしまった彼女はさて置いて。
「……で、まぁ。そういう訳で……
こんにちはぁ、お名前と何処から来たのか、何処へ行こうとしていたのか聞かせてくれると嬉しいんだけどぉ?」
短く終わった戦いの後、捕縛され跪いた男数人を前にしてアーリアがそんな言葉を投げかけた。
「私達ってそこそこ各国に顔が広くてね、貴方達の処遇がどうなるかは回答次第!」
「私が足を滑らせる前にね」とわざとらしく長い脚、ヒールを見せつけた彼女に男の一人が吐き捨てる。
「斯様な縄目、女人に辱めを受けるとは」
「女で駄目なら喜んで俺が変わるがな。ガキの使いと思われるのも面白かねえし――」
男を地面に抑えつけ、その腕に足をかけたルカが鈍い音を響かせる。
「――これでちったあ素直になるかね?
お前らの知ってる事なんざ知れてるだろうが、連絡役との繋ぎ方ぐらいは知ってるだろ?
幻想の交易となりゃバルツァーレクの旦那も黙っちゃいまい。やり方がまずかったな?」
「あちゃあ」とばかりに顔を覆ったアーリアの向こうで苦悶の声が響いている。
「隠すのは無理だと思うけど?」
「……心をめくるか? 生憎とその手管は知れておる」
「可愛くないわねぇ」
「尋問しても然程情報が得られないのは分かってるが……
言わない訳にもいかんだろ? 『知ってる情報を吐かないと殺す』なんてお決まりの台詞はな」
マッチポンプではないが、獰猛なルカと飄々とした世界の組み合わせは相手を追い込むに適していた。
(例え吐かないでも受け答えの一つで組織の質も末端の練度も忠誠心も。分かる事も少なくないからな)
行人やこの世界の見る限り、期待は薄かったが事実の補強には充分である。
案の定、情報を吐く気の無いらしい男達だったが、世界はこれを忠誠心と意地のようなものに感じていた。
(忠誠心が高く、誇り高い悪党共か。最悪だな)
「この期に及ばば、是非も無し……!」
一人が呟くと男達の様子が次々とおかしくなる。
突然苦悶し、痙攣し、血を吐いて前のめりに倒れ始める。
「毒ですね」
端的に寒々しく寛治が肩を竦めた。
「薬物は……お得意でしたね。成る程、これは阿片か」
「阿片と『シンドウという旅人』。潔過ぎる侍風ね」
行人の言わんとする所を察した寛治が苦笑した。
「侍、シンドウのキーワードをローレットで聞き込めば労せずしてシンドウなるものが何者かわかるでしょう!
末端組織が全員同じ世界の出身者という事はありえない。その上我々は剣片喰紋(シンボル)なるヒントを得たのですから!
頭が切れるというシンドウの事! もしかしたらこれも挑発か宣伝なのやも知れませんし!」
「いやはや、これはいよいよ……」
ルル家の言葉を寛治は否定も肯定もしなかった。
「せめて関わっている商人、幻想なら貴族の名前があれば……」
寛治と共に荷台を検めていたエルスが小さく声を上げた。
「……どうかしましたか?」
寛治は正直『聞きたくはなかった』が、嫌な予感をそのままにそう尋ねた。
「……新田さん、これ」
「これは、素直にお嬢様に報告も出来なくなりましたね」
天を仰いだ寛治は珍しく心底からの苦笑いを浮かべていた。
積み荷の一部はサリューを含む『北部』からのものだった――
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
YAMIDEITEIっす。
『ローレットで色々分かったかどうか』は実際の空気を読んで判断します。
シナリオ、お疲れ様でした。
GMコメント
YAMIDEITEIっす。
一年って書いたけど二年位粘ってたかもしれない。
以下詳細。
●依頼達成条件
・ご禁制の品を取り扱う武装キャラバンを叩き潰して情報を得る事
●ディルク・レイス・エッフェンベルグ
ラサ商人傭兵連合の事実上のトップ。
傭兵団『赤犬の群』のボスです。今回の依頼はエルスさんが「稽古をつけて下さい!」と一年だか二年粘りまくった結果、「代わりに仕事をしろ」と妥協を引き出した事から始まりました。上手くやったらつけてくれるでしょう。
まぁ、稽古シナリオを出すという意味ではないんですけど><。
●街道
ラサと各地を繋ぐ主要街道。
『襲撃しろ』という依頼なのでクライアントがラサであると思われたくはない模様。
従って、決行は幻想領内、幻想側で実施して欲しいとの事。
一般的な街道なので見晴らしは良く遮蔽物もありません。
状況を照らし合わせ『上手く』やりましょうね。
●悪依頼
証拠を検めず(ディルクの言に従い)作戦を決行します。
それも幻想側で実施します。故にこれは特殊な悪依頼です。
成功すると悪名では無くラサの正の名声が増えます。
失敗すると幻想の悪名が大幅に増えます。
●PCの立場
ディルクから下請けをしたルカ君とエルスさんが信頼出来る仲間という事で皆さんに相談して集めました。
曰く「お前達を信じてるから細かい事は任せた」だそうです。
●武装キャラバン
ご禁制の薬を運んでいるらしい(?)武装商隊。
強力な護衛が存在しています。
和装に日本刀に似た武器を備えた男が数人。槍を持つ者も数人。
銃を保有した者も数人居ます。PCがそれを知るかどうかは個人によるでしょうが、プレイヤーの皆さんの知識に当てはめるとするならば『侍』と呼ぶと相応しいのかも知れません。尤も全員がウォーカーである可能性は低い為、統一感のある装備は単に所属の連帯を意味するものかも知れませんが。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
複合的なトリガーです。
リクエストを発端にしていますが、今後の展開は結果如何で色々かなあと思います。
但し本シナリオのリクエスト実施自体が今後の有利や優先に繋がるかどうかと言えば恐らくそうなりません。
一先ず目の前の仕事を頑張りましょう!
以上、宜しくお願いいたします!
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