シナリオ詳細
<spinning wheel>薄煙満ちて地を塗り潰し
オープニング
●
「師匠……何をしようとしてるんだ?」
「ん~ちょっとねぇ~」
静まり返った大聖堂のはずれ、周囲に他の何もなく、ただ1本の霊樹が立っている。
「あの女が研究してたやつも、いい感じじゃない?」
そう言った黄緑色の髪を流す幻想種の魔女が、その手に1粒の種を取り出し、目の前にそびえる霊樹へ植え付ける。
――刹那、霊樹が揺れた。
軋み、揺れ、震え――そして、淡い光を帯びる。
それはやがて燃え盛る炎のように揺らめいて、一つの形を成していく。
「――ちぃ、めんどうくせえ」
開口一番、それは苛立ちを露わにする。
「初めまして、霊樹レヴァンティン――いいえ、その化身」
「てめえか、俺を傷つけたのは」
「ええ、そうよぉ。ねえ、レヴァンティン。
折角出てきたのだし、良いことしない?」
「良いことだと? ――どういう意味だ?」
「ん~だって、つまらないでしょう? どうせ貴方は森が危険でないと出てこれない。
――暇でしょう、つまらないでしょう。せっかくだし、ちょっとばかり役目を放棄しない?」
「は? ――ははっ、なんだそりゃあ。おもしれえ……おもしれえこと言うじゃねえか、魔女。
いいぜ、乗ってやんよ――ちぃとばかし、刺激的なことをしてえ」
そう言って、男の姿をした炎が宙に浮かぶ。
「……師匠、結局あれは何だい?」
「ふふ、前も見たでしょう、ノエル。あれは大樹の嘆きよ。
ただ、ほんのちょっと――私達と言葉が交わせる、ただの嘆きよ――」
そう言って、魔女がけだるげに笑った――
●
「どうかな、エルリアちゃん。何かあったりしない?」
「うーん……どうだろう?この辺の研究は例えば葉っぱとかに幻覚作用があったりするものを抑制するんだよ。
で、こっちの研究はどこでも群生できるのが特徴なんだ。
これがあれば、もしかしたら砂漠の緑化が上手くいくかもしれない……って期待してたんだけど」
綺麗な金色の髪を困ったようにいじりながら、エルリアが言えば。
「そうなんだ……」
炎堂 焔(p3p004727)はその話を聞きながらひとまず頷く。
焔たちが赴いた集落に存在していたログハウス――エルリアの研究室を探り、そこが荒らされていたことが分かった。
ご丁寧に厳重な茨で封印されていたそのログハウスを考えれば、敵が何らかの意味を持ってしたことは想像に難くない。
「そういえば、焔ちゃん!」
「どうかしたの?」
「さっき聞いたんだけど、焔ちゃんが会ったことのある人は、白から黒に変わる不思議な百合の花を持ってるんだよね?」
「えっと、うん。そうだけど……それがどうかしたの?」
「不思議だし、その花の何かを持ってきてくれないかな?
次に見つけることが出来ればでいいから」
きょとんとした焔は、その言葉にひとまず頷いた。
「なるほどね。妖精郷……その手があったとは思わなかったわ。
うーん、敵はどういうつもりなのかしら?」
ほう、と溜息を吐いたラフィーネにベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は視線を向ける。
「どういうつもりとは?」
「いえ、だって本当にこっちに手を出させないようにするのなら、最初からそこも閉ざして置けばいいじゃない?
敵に負けない自信があるのかもしれないけれど……不思議なことするなってね?」
「分からないな。だがその辺りも今回で分かるだろう」
「そうかもしれないね。あるいは、思いのほか敵の一部は優しいのかもね……」
「だが、アーカンシェルは使えないらしい。そうなれば、大迷宮ヘイムダリオンを踏破するのが鍵だな」
「それなら……私達はあの子の力を借りるとしようかしら」
そう言って、ウインクをしたラフィーネが自らの魔導書を開く。
手を翳して、やがて呼び出したのは小さな精霊。
「うーちゃん、お願いね?」
そう言ったラフィーネに同意するように、小さな精霊が彼女の周囲を飛びまわった。
「私も、前回同様に連れて行ってください!」
そう言ったのは、1人の幻想種――たしか、名前はユニスと言ったか。
●
ベネディクトやラフィーネ、焔、ユニスを含めた10人のイレギュラーズは、ヘイムダリオンの内部をさしたる脅威と戦う事もなくその向こう側へたどり着いていた。
「何――これ」
ユニスの声が漏れた。
唖然とする少女の鼻先に、ふわふわと白い点が落ちていく。
それはユニスに触れるとあっという間に溶けた。
「雪ね……」
ラフィーネが呟いた。
大迷宮ヘイムダリオンの向こう側――アンテローゼ大聖堂が存在する華やかな美しきその場所にはあり得ざる景色が広がっていた。
「さ……寒い!!」
焔は思わずぶるりと震えた。
「この感じは……まさか、冬景色か?」
ベネディクトはつぶやくとともに、何となく思う。
思えば、ヘイムダリオンを越えてからこちら、異様な気温の低さが感じられる。
「冬って言えば……」
深緑に関係し、冬にも関係深いもの、それがなにかイレギュラーズは良く知っている。
不思議に思いつつもアンネローゼ大聖堂へ向けて足を運んでいた10人は、不意に足を止めた。
「あ、あれ?」
焔はその光景に思わず声を漏らす。
それは不意に起きた出来事だ。
つい先ほどまで、凍えるほどの寒さを体感していた身体が、じっとりと汗ばみ始めた。
「なんだこれは……寒いのに、暑い……?」
ベネディクトもまた、同じようにその有り得ない環境変化に声を震わせ、咄嗟に槍を構える。
いつの間にか、周囲に火の手が上がっていた。冬に染められた花畑を歩いていたはずだ。
だというのに、そこはいつの間にか、ちりちりと足元で炎が這いずり、白煙が足元を擽る場所になっていた。
そんな急激な変化など、起こりはずがない。
「はぁ、頭が痛い……」
声がした。その声をベネディクトは知らなかったが――焔は聞き覚えがあった。
「ノエルくん、だっけ。君がどうしてここに?」
「……あぁ、貴方は前に会ったことがあるかな」
けだるげに、疲れたようにノエルと言うらしい青年が笑う。
「ノエル……良かった無事だったのね」
安堵したようにユニスが笑うのを、ノエルが意図的に無視したように見えた。
「君はこれがどういう状況か分かってるのか?」
「あぁ、うん。もちろん。――のやったことだしね」
ベネディクトの問いかけに、緩やかにノエルが笑う。
「……はぁ、面倒くさい。僕がどうしてこんなことをしないといけないのか」
そう呟いたノエルを、彼に巻き付いている蛇がちろりと舐めた。
「……分かってるよ、師匠」
一つ、溜息を吐く。
「ははっ、おもしれえな、坊主は」
新たな声の直後、それはノエルの真横に姿を見せた。
それは男――のように見えた。
髪や指先、踵などから炎を吹き出し、その背には炎翼を生やす炎の化身である。
「あんた、あの魔女の言いなりってわけじゃねえの?」
「別にいいだろ、どうだって。こっちにも色々とあるんだよ。
さて……戦おうか、イレギュラーズ。
僕を倒すか退けないと、ここから出られないよ」
「へへ、まぁ、俺としちゃあ今までのつまんねー日々と一緒にならなきゃ何でもいいがね」
そう言って、男の方が手を払い、炎が散って、剣の形を成す。
「俺の名は燃え盛るレヴァンティン。さぁ、始めようぜ」
- <spinning wheel>薄煙満ちて地を塗り潰し完了
- GM名春野紅葉
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年04月06日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
「……出来れば前みたいにお話だけで終わらせたいところだけど、今回は戦わないといけないんだね」
カグツチ天火を構え、『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)はレヴァンティンの後ろにて佇む青年幻想種を見る。
「それが師匠の命令だからね」
そう言って、ノエルは自身に巻き付く蛇へ触れた。
相変わらず、その双眸には光がない。
「それなら、やっつけてからお話してもらうよ!
この状況についてだけじゃなくて、ユニスちゃんともちゃんとお話してもらうんだから!」
「あぁ、そうだね。それがきっと良い」
「どうにも、易くは突破はさせてはくれなさそうだな」
「それが師匠の命令だからね」
愛槍を構える『黒き葬牙』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)に、ノエルは再びその言葉を告げる。
「……ノエルとやら。お前にも言いたいことがあるが……まずは、そっちからだな。
名乗られたからには返そう。特異運命座標が一人、ベネディクトだ。
黒き葬牙と渾名された我が執拗たる直視の因果をその身に受けよ!」
視線をレヴァンティンへ向ければ、楽しげに笑う。
「ははっいいねぇ! おもしれぇ!!」
高らかに笑ったレヴァンティンの長剣が出力を増していく。
「寒暖差激しすぎて風邪ひきそうなんですけど! ノエルさん頭痛いのも風邪引いてるんじゃ!?
しにゃ達出口探してるんですけど美少女に免じて教えて貰えませんか☆」
「これが風邪なんかだったら、楽なんだけどね。
出口は……おしえられるはずがないよね」
そう言ったノエルは少しだけ視線を別の咆哮へ向けたようにも見えた。
「ですよねー! なれば武力で解決です!」
こちらも最初からそのつもりだとばかりに『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)も銃を構えれば。
「突然帰れなくなったと思ったら割とピンチなことになっていた!
覇竜でワイバーンと遊んでいる場合ではないですね!!」
いつもどおりなハイテンションの『ワクワクハーモニア』ウテナ・ナナ・ナイン(p3p010033)は、敵の様子を見てから、植木鉢を取り出している。
「炎の精霊に炎とかあんまり効かないですよね多分! おかげでドラゴンブレスが使い物にならない!!
でも、うちだって茨くらいだせますからね! しかもこれは結構嫌な感じになる茨ですよ!!」
自慢の付け髭を整え元気よく。
「深緑、というか妖精にはいい思い出があまりないのですが……
ともあれこのような事態が続くと私の領地にも影響がありそうですし、
迅速な解決をするにも微力ながら手伝わせていただきます」
黒蓮を構えながら、『厄斬奉演』蓮杖 綾姫(p3p008658)は冷静に敵を見る。
「よくわからないけど、どうしてこんなことするのさ! 人に迷惑をかけちゃいけないって教えてもらわなかったの!
なにかしたいことがあるのかもしれないけど、それは人に迷惑をかけていい理由にはならないんだよ!」
「……そうだね。その通りだ。出来る事なら、誰にだって――」
斧槍を突きつけるように構えて告げた『宝食姫』ユウェル・ベルク(p3p010361)にノエルは緩やかに頷いて。
そんな少年の首筋に、蛇が牙を突き立てんとすれば、そっと口を噤んだ。
「はっはー! 毎度毎度、危険になった時だけ呼び出されて、さんざん迷惑かけられてきたんだ。
ちぃとばかし今更かけたところで文句言われる筋合いはねえな!」
対するレヴァンティンは笑うばかり。
(今回の戦場、各所で寒さや雪に関する事象は観測されていますが、『寒いのに暑い」というのがこの戦場の奇妙な点です。
同一条件の戦場にて差異が生じているなら、『この戦場固有の要素』がその差異をもたらしている可能性が高い)
ぽん、ぽん、と滲む汗をハンカチで拭いながら『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)は状況の整理に思考を巡らせる。
「暑さ・火・煙・靄……なるほど、それらの要素に符合する存在はここにいますね」
「あぁん? ごちゃごちゃと……なんだよ?」
視線の先、レヴァンティンは寛治に気づいたのか剣をこちらに向けた。
(寒さは雪竜である私には親しい物ですが、そこに暑さを感じるのは不思議ですね。
とても興味深い現象ですが、この地の現状を鑑みるに早急に抜け出す必要があります)
疲労感を滲ませるノエルを見ながら、『舞い降りる六花』風花 雪莉(p3p010449)は思うところがある。
(その鍵を握っていると思われるノエルさんは疲れた様子で頭が痛いと仰っていましたが、それは心労によるものでしょうか。
そのような状態で戦わなければならないというのは心苦しく感じますが、引いては下さらないご様子。覚悟を決めて挑みましょう)
隠し切れぬ疲れを見せる青年の幻想種を見つつ、リーディングを試みた。
「――――」
思考は読めない。ブロッキングの類ではない。
とても意味を聞き取れぬほどに強烈なノイズが掛かっているような、そんな感じだった。
「ったく、いつまでだべってんだよ。つまんねえぞ! もうそろそろいいか? 良いよなぁ!」
ゴウ、とレヴァンティンの背中の翼が出力を増す。
炎の化身が動き出すよりも前、しにゃこが動く。
「しかしこのレヴァンティンの暑苦しくてバトルマニアっぽい感じ……ちょっと身内に似てますね」
しにゃこの弾丸は形状を変えつつあった炎の剣を越えてその身体へと炸裂する。
必殺を期す不可避の弾丸はレヴァンティンの肺をがありそうな辺りに命中している。
「ははっ! おもしれぇ! おもしれぇ!」
寧ろ、その表情は爛々として、なおのこと誰かさんを思い越しつつ。
レヴァンティンへ向けて次を装填する。
「この辺りが燃えてるのもあなたのせいなの?」
「はっはっ! さて、どうだろうなぁ! 俺は炎、森が抱く熱! さぁ、焼けちまえ!」
焔の問いかけに、レヴァンティンは言葉を返すと真っすぐ視線を合わせる焔へ剣を薙いだ。
急速に伸長した炎は横一線を焼き払う。
「……これ以上はやらせないよ! ノエルくんにも聞きたいことがあるんだから!」
激しくぶつかり合った2つの炎が、天高く燃え上がる。
(茨がなくても呪いはある、というのはおかしい。
であれば『あるけど認識できない』のでは?
そうなると、我々の感覚が狂わされている……?)
「怪しいのは立ち込める煙ないし靄……それなら――超過駆動開始。励起せよ、黒蓮」
煌々と輝く大剣は黒から白へと光を以って塗り潰す。
「――それごと全て焼き斬るのみです!」
文字通りの光の束と化した剣身をレヴァンティンの首目掛けて走らせる。
その太刀筋はレヴァンティンを中心に、辺りに立ち込める靄のような煙のようなものを薙ぎ払う。
そう思考したが故の判断、咄嗟に綾姫が黒蓮を盾のように構えれば、靄とも煙ともつかぬものが蛇のように姿を変えて襲い掛かる。
このフィールドのギミックは、レヴァンティンの存在が鍵になっていると私は見ました。
レヴァンティンの特性を、ノエルさんが何らかの手法により領域に転換している。いかがですか?」
そんな様子を見ながら寛治が問うたのはノエル。
青年はそれに対して何も語らず、そっと唇付近へ人差し指をやり、口を噤む動作を見せる。
その口元が小さくゆっくりと動いている。
「戦いの前に、魔女と言っていたな。それに、色々とあると」
跳び込み走らせる黒狼の牙。
壮絶の刺突に合わせたレヴァンティンの剣が防ぎきれなかった闘気がその身を削る。
「詰まらない日々が嫌なのだと言っていたな。
どうだ、俺達がそちらの退屈を吹き飛ばすに値する実力を見せたらその色々とやらを教える気は無いか」
「はっはっ! おもしれえ、やってみな!」
爛々と輝く瞳がレヴァンティンの本質を露わにしている。
「ねぇ、あなたはこれでいいの? 楽しいの?」
レヴァンティンめがけて文字通り飛び込んだユウェルは、上段からその重量に任せるように振り下ろした斧槍でもってレヴァンティンを殴りつけた。
「あぁ! 楽しいねえ! 楽しいったらありゃあしねぇ! せっかくだ、あんたらぶっ倒したら次と殴り合いたいもんだ!」
直感的なユウェルの攻撃は予測しずらいのか、レヴァンティンへと多くの傷を与えていく。
「……」
笑うレヴァンティンを見下ろしながら、微かに抱いたのは憐憫に等しきもの。
「……悲しいね」
「あぁん!?」
其れだけ残して続けた猛連撃はレヴァンティンに大きな隙を生じさせる。
「今です!! うちの茨たち! やっちゃってください!!」
生じた隙目掛け、ウテナが指示を与えれば、深淵を思わせる植木鉢から鋭く複数の茨が伸びていく。
それはまずレヴァンティンの身体を縛り付けたかと思うと、グルグルと渦を巻きながら球を作り、その内側にレヴァンティンを呑みほした。
ややして、茨がちりちりと燃え始める。
「いいね、いいねぇ! 最高だ! あぁ、こんぐれぇねぇとつまんねえ!!」
歓喜を以って、レヴァンティンが吼え、茨が焼け落ちる。
「追加の悪夢ですよ!! 受け取ってくださいね!!」
――もっとも、それはウテナにとって想定済み。
また別の茨が弾丸のように真っすぐに伸びて、レヴァンティンへと炸裂する。
溢れる炎を打ち消す雪莉の周囲を雪が舞い降りる。
それを深々と降る雪が仲間達の傷を癒すのを見届けながら、雪莉は視線をノエルへ投げかけた。
「私達はまだしもユニスさん、無事であることを喜んで下さるご友人を一緒にここに留め置くのは、それは良くないのではないですか?」
「けれど、それが彼女の選んだことなら……しかたないことだよね」
口元に人差し指を添えて、そう言ったノエルが無表情にこちらを見ている。
やはり、ノイズが掛かったようにその内側は覗けなかった。
●
戦いは続いている。紅蓮の炎が戦場を焼いて、気温は灼熱へと移り変わる。
「ねぇノエルくん、前に師匠に命じられてるって言ってたお花のお世話、今日もしてたりする?」
レヴァンティンを捌きながらも、焔は遥か前方、レヴァンティンの後方から攻撃してくるノエルへ問うた。
思い起こすのは、彼と以前に会った時の事。その時も焔やイレギュラーズ側はおかしな光景を見ていた。
それを引き起こしているのが、その花だという話だったが。
対するノエルはそっと口元に指を添えて、けれど何も語らず、ちらりとレヴァンティンを示す。
「……! しにゃこさん、彼の口元に注目してください」
寛治はその様子を見ながら、ハイセンスを持つしにゃこへ声を掛けつつ、自身もその口元を注視する。
男の唇を見る趣味はないが――それはさておき。
青年の口が、音もなく動いている。
「お い う お あ あ あ お……? かもです!」
しにゃこの言うそれは寛治がみとったものとも合致している。
(先程の視線も踏まえれば、もしや、そいつのなかだよ……?)
「ふむ、なるほど――」
なんとなしに察しを付けて、引き金を引いた。
「いいねぇ――いいねぇ、さぁ。もうそろそろだろ? 全力でやり合おうぜ!」
そういうレヴァンティンの手にある剣が陽炎を帯びて剣身の出力を上げる。
それは、決して当たってはならない。
そう予感させる恐らくは敵の全力。
「ちょっと! めちゃくちゃやばそうなんですけど!」
しにゃこはそれをみながら思わずそう言って、引き金を引いた。
放たれた2発の弾丸はレヴァンティンの剣が動き出すよりも前、その身体を縫い付けるように貫いた。
「あぁ、いてぇ。いてぇなぁ! ――そうじゃねえとよ、面白くねえ!」
更に出力を上げていく。
「離れて!」
しにゃこの言葉の直後、炎が戦場を塗り潰す。
壁かの如き錯覚を以って振り抜かれた炎が戦場を焼いた。
(私の推測も当たってましたか……)
黒蓮の出力が落ち着く中、綾姫は小さく呼吸する。
(恐らくは、私達は茨の存在を認識できていない。この靄は……いや、靄こそが茨なのでは?)
反撃は綾姫を取り付くように濃くなる靄が証明している。
振り抜いた黒蓮の極光が戦場を再び塗り替えれば、直撃を受けたレヴァンティンの翼の片方が斬り落とされた。
「……そろそろ、いいかな。師匠ももう十分だろうし」
溜息を吐いたのはノエルだ。
「待て!」
一歩後ろへ下がったノエルをベネディクトは制止すれば、青年がこちらに視線を向けた。
「ノエルとやら。お前はまだ耐えきれている様だが、何時までもその状態は長続きせん筈だ。
仮にお前が反転したとしても、お前の知人は不幸になるのではないのか?」
それは諭すためであり、忠告でもあった。
「……そうだね。あとどれぐらい、もつかな」
そう言って青年は曖昧に笑う。
酷く悲し気に、苦し気にも見える複雑な笑み。
「その闇は君が一人で背負うには重い様に感じられる。
もちろん、それを為すと決めるまでの過程もあっただろう。だが――」
続けようとしたベネディクトの足元から、蛇が飛翔した。
それを槍で払い避けて顔を上げれば、既にノエルの姿はない。
雪莉はずっと考えている。
ノイズがかったようなリーディングの不発は、確実にブロッキングの類ではない。
「……結局、彼が今の状況をどれだけ納得しているのか、計りかねますね」
呟きつつ、再び治癒術式を放つ。
美しき輝きは灼熱の地獄をやわらげ、傷を、状態異常を癒す者。
(彼の感情は読み取れませんでした……)
その理由も、分からない。
「あらら、坊主が退いたか……じゃあ、俺も――って言いたいところだが、そうもいかなさそうだな!」
「ええ、どうやら貴方を倒すことが脱出につながるようです」
寛治はレヴァンティンへと静かに告げる。
「残念ながら、貴方の手に入れた自由はここで終わりのようです」
「――よく知らねえが、最期までやり合うってなら、楽しませてもらうぜ!」、
「それじゃあ、もういっかい!」
ウテナはすぐさま茨をレヴァンティンへけしかけた。
溢れるようにして地を這った茨は、レヴァンティンの身体を呑み込むや急激に締め上げていく。
「レヴァンティンさん、あなたを倒して私はお家に帰るんです! もう少しで、もうひと踏ん張りで――!」
出力を上げた茨がぎりぎりと締め上げ、続けて放たれた茨の弾丸が腹部を貫いた。
「あなたは、戦う以外に楽しい何かはないの?」
連撃を見舞うユウェルの問いかけに、レヴァンティンが訝し気な視線を寄越す。
「あぁん?」
「外はキラキラしたものやカワイイものがたくさんあった。
わたしはそういうのが見たかった。あなたには、あなたには無いの!」
「……ねぇなぁ。そんなもん」
しばしの沈黙の後そう返したレヴァンティンは、すでに消えかけだ。
「そんなもん手に入れたって、俺の渇きは癒えねえんだよ! 好きに暴れさせろ!」
出力を上げた炎剣とぶつかり合いながら、ユウェルは相容れぬ相手を悲しんでいた。
●
景色が戻っていく。
灼熱から冬へと回帰すれば、そこは1本の霊樹を中心として、茨に囲まれた広場のようになっていた。
霊樹の幹、その中心に後から埋め込まれたようにして花を開いた黒百合がぽとりと落ちる。
落ちた花は地面に溶け、白百合を咲かせた。
「……はっ! そうだった! エルリアちゃんに不思議な百合の花の何かを持ってきてって頼まれてたんだ」
その光景を見て、ハッと我に返った焔は、それの近くへ余歩み寄る。
「お花を丸ごと持って帰れたらいいんだけど、確か前に無理に手折ったらよくない事になるって言ってたから……根っこからちゃんと掘り起こせば大丈夫かな?」
周囲の地面ごと掘り返してプランターに移し替える。
「あとは……落ちてる花弁も一応、回収した方が良いかな?」
解けた花の花弁を拾い上げて、それも保存すれば、一息ついた。
「会話に出てきた魔女とやらに覚えはあるか? ラフィーネ」
周囲の見回りを終えたベネディクトの問いかけに、ラフィーネは暫しの間、考え込んでいた。
「……いくつか、あるよ。あと、それから……私は私で別件が出来たね」
そう言うラフィーネはレヴァンティンがいた場所に視線を降ろしている。
「ベネディクトさん。お願いがあるの。一緒についてきてくれる? 私の故郷――クエイトへ。
もしも、高位の――意思疎通の出来る大樹の嘆きがいるのなら、私は彼に問いたいことがあるの」
静かに何かへ思いを馳せていたラフィーネが、真剣にベネディクトを見据えていた。
●
「よくやったわ、ノエル。良い子ね」
魔女は笑い、『領域のうちでずっと後ろから抱えるようにしていた』弟子からそっと離れた。
「幾度か怪しかったけれど、貴方を絞殺さなくて済んで良かったわ」
「……そう、それなら、それでいいよ」
「ふふ、ちゃんと見てたわよ? もしかしたら――約束、破ってしまうのかと思ってね。
でも、貴方はちゃんと約束を守ってる。面倒だけど、だからあの子には手を出さないわ。
イレギュラーズも、何人かあそこに放置できたものね」
気だるげに笑う魔女へ、青年は何も返さない。
――どうせ、そんなものを求められてもいないだろうから。
「ふふふ、実験も上手くいったわ。あぁ――早く、早く……全部、塗り替えて潰してしまいたい。
私が居づらかったこの国を、私の居たいように作り変える――ふふふ、自分で動くのは面倒だけど、そんな景色は良いものよね」
恍惚とした表情で一人笑う師匠(ましゅ)から、呑まれるようなけだるさから逃れる術をノエルはもたないのだ。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでしたイレギュラーズ。
MVPはレヴァンティンを抑え、脱出の糸口を導いた焔さんへ。
GMコメント
そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
<spinning wheel>は2本参ります。
当シナリオは『<咎の鉄条>薄革の如き現実へ』の続編と言った形になります。
●オーダー
【1】『揺れ動く者』ノエルの撃退
【2】領域からの脱出
●フィールド
冬景色に閉ざされたアンテローゼ大聖堂のほど近く。
本来であれば多くの戦場と同様、冬景色……なのですが、
何故か『周囲は確かにひどく寒いのに汗ばむほど暑く、火の手が上がり、薄い煙ないし靄が立ち込めて』います。
相反する状況、あり得ない景色から尋常な事態ではないことはたしかです。
また、どこにも茨が存在していないにもかかわらず、茨から漂う『茨咎の呪い』が発生しています。
何故か皆さんはこの景色が有り得ないと分かっているのに抜け出せなくなっています。
何らかの方法で脱出は可能なようですが……?
●エネミーデータ
・『揺れ動く者』ノエル
色が落ちてあせた黒髪とハイライトのくすんだ瞳をした線の細い幻想種の青年です。
なお、現時点では魔種ではありません。
原罪の呼び声を浴びながらも何らかの精神的な支えにより耐えています。
とはいえ、疲弊はしているのか酷く疲れた様子を見せています。
魔術師タイプであり、指輪を媒介に魔力で出来た蛇らしき物を召喚して攻撃します。
素直に戦えば本来的には負けることのない相手――のはずです。
しかし、状況を鑑みるに、フィールドが何らかの味方をする可能性が高いです。油断は禁物です。
領域からの脱出にはノエルからのヒントが重要になるでしょう。
対話を試みることをおすすめしますが、あまり直接的に言っても答えてくれるとは限りません。
また、前段オープニングからのややメタな情報ですが、ユニスの事を気にかけているようです。
・『燃え盛る』レヴァンティン
人型の炎のように見える大樹の嘆きです。
背中の翼から自身の力の飽和した部分を放出し、循環させています。
その手には炎のように波打つ剣身の長剣を持ちます。
この剣は自らの身体から構築した物であり、射程の調整が容易であり、射程を選びません。
オルド種とも呼ばれる上位種であり、意思疎通を交わすことができます――が。
自らを外へと解き放った魔種陣営へと味方しています。
豊富なHPを持ち、非常に強力な神攻が特徴的であり、他にも命中、防技などが高め。
高位の【火炎系列】、【致命】、【呪い】、【恍惚】のBS、【邪道】を持ちます。
パッシブで【火炎無効】、【復讐】を持ちます。
●NPCデータ
・『高潔なる探求者』ラフィーネ
ベネディクトさんの関係者。
様々な大事件が縦続きに起こる現代、深緑で起きない理由はないと様々な情報を集めていました。
とある『組織ないし敵』からの攻撃を追っていたために眠らずに済みました。
皆さんと同等程度の実力を有する冒険者であり、水にまつわる魔術を用いる魔術師です。
ヒーラーとするかアタッカーとするかは皆さん次第です。
・ユニス
深緑のある集落でレンジャーを務める少女。
前段同様、皆様についてきました。
皆さんよりはややスペックが低め。
基本はレンジャーらしく、中~超遠距離タイプのサブアタッカーです。
●『茨咎の呪い』
大樹ファルカウを中心に広がっている何らかの呪いです。
イレギュラーズ軍勢はこの呪いの影響によりターン経過により解除不可の【麻痺系列】BS相応のバッドステータスが付与されます。
(【麻痺系列】BS『相応』のバッドステータスです。麻痺系列『そのもの』ではないので、麻痺耐性などでは防げません。)
25ターンが経過した時点で急速に呪いが進行し【100%の確率でそのターンの能動行動が行えなくなる。(受動防御は可能)】となります。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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