シナリオ詳細
<spinning wheel>冬に雨混じりて
オープニング
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雨の音がする。激しく叩きつけるような、荒ぶる雨風の音。それらに混じって人々の喜ぶ不快な声がする。
「雨だ!」
「儀式は成功だ……!」
何が成功だ。声がもう出ないから、心の中でそう悪態をつく。
この激しい雨の中、処刑人の姉は『弟』の処刑に望んでいることだろう。一体どんな顔をしているのだろうか。あの優しい姉が、どれだけ心を痛めて、苦しんで、それでも処刑人としてそこに立っているのだろう。
(悲しませたかったわけじゃ、なかったのに)
笑って欲しかった。幸せにしたかった。そんな自分があの人を苦しめるなんて、笑い話にすらなりはしない。
僕は、どこで間違ったんだろう。
姉に処刑人の道を選ばせてしまったあの時だろうか。
儀式の生贄として無様にも囚われてしまった時だろうか。
姉に『弟』を殺させているという『今』なのか。
いいや、違う。この心はそのどれもを激しく否定する。だって姉も自分も必死に生きていただけじゃないか。なのに2人を犠牲にして世界は成り立って、平然と明日を迎えようとしている。
――憎い。
――憎い憎い憎い憎い。
許せるものか。ここで自分が死んだとて、姉は残され生きていく。けれどこんな世界で心から笑えるはずがない。あの人が笑えない世界なんて、そんなもの要らない。
嗚呼けれど、視界が段々狭くなっているような気がする。なんて無力なんだろう。こんな世界、断罪しなければいけないのに――。
●
茨に封鎖された深緑への、侵入経路が見つかった。その一報は瞬く間にローレット内を駆けた。
魔種ブルーベルと接触した妖精郷アルヴィオンの妖精たちが、道を深緑外へ繋げて貰う事でイレギュラーズたちと連絡を取ることに成功したのだ。その折にブルーベルからは深緑へ踏み入るなと忠告されている。それも、死んでほしい訳じゃないから、と。
外(深緑)へ直接通じる秘密の小道は封じられてしまっているが、外へ直接通じない――ショートカットではなく、正規の道である――大迷宮ヘイムダリオンはそうではない。進めばファルカウの麓、アンテローゼ大聖堂へと至るだろう。
しかしその道を使うのであれば、確実に魔種たちと交戦することになる。ブルーベルが妖精郷と外への通路を齎した以上、侵入経路を使われることは容易に想像できるだろうから。
故に、大迷宮ヘイムダリオンの攻略作戦を越えたその先でも、十分な戦力が必要となる。ローレットの情報屋たちは忙しなく働きながら、動けるイレギュラーズたちへの呼びかけを必死に行っていたのである。
「絶対強敵がいるだろう、ってところに皆さんを送るのは……とても、複雑なんですけれど。それでも、皆さんにしかできないお仕事です」
宜しくお願いします、とブラウ(p3n000090)は頭を下げる。魔種がいれば反転の可能性があるし、そうでなくとも重症を負う可能性は高い。情報屋とて鬼ではないのだから、無事でいてくれと思う気持ちは強い。
そんな彼らに見送られ、イレギュラーズは妖精郷へ、そして大迷宮ヘイムダリオンを経て――アンテローゼ大聖堂へと到着する。
春を目前にしようとする時期だというのに、その周囲は雪が降り積もっていた。酷く凍てついた空気がイレギュラーズたちの肌を刺し、雨交じりの雪が叩きつける。
「やはり来たか。ご苦労なことだな」
その声にクロバ・フユツキ(p3p000145)は振り返り、険しい表情で相手を睨みつける。まるで自身と瓜二つのようなその男は――かつて、彼の保護者代わりだったモノだ。
「クオン……!」
「闇雲に突っ込んでくるのはやめた方がいい。お前はまだ、私に勝てないよ」
ぎり、と歯ぎしりの音が小さく響く。まるで事実の様に告げるそれは、きっとその通りなのだろう。
かつて、妖精郷に危機が訪れた時。あの時もクオンは魔種たちと結託しており、封印されていた冬の王の力を奪い去っていったのだ。その力を自分のものにしていると考えれば、以前に増して強敵となっているに違いない。
さりとて、勝てないからとここで退くわけにはいかないのも事実である。
「まあ、落ち着け。わざわざ手にかけるようなことはしない」
死ななければ痛めつけはするのだが――クオンがその気であったならば、確かにこれまでの交戦で殺されていただろう。けれどそんな態度すらもクロバを煽る要素のひとつでしかない。
「ひとまず、彼らと戦って勝ち目がないようなら早々に帰るべきだ。その若き命を無暗に散らすよりはよほど良いだろう」
いつの間にかクオンの周囲に存在していたのは亡霊騎士の一団。空虚な眼窩に怪しい光が宿り、まるで目のようにギョロギョロと動く。イレギュラーズたちは武器を構えた――が、乱入者の影に大きく後退した。
「誰だ!」
「ただの処刑人だよ」
処刑剣を携えたその姿に、シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)はひゅっと息を呑む。どうしようもなく既視感を覚えたのはガーネットの瞳だからか。いや、彼は死んだはずだ。
その青年の姿にクオンは「まだ付いてきていたのか」と若干呆れたような表情であるが、止める訳でもない。敵側の人物ではあるようだ。
イレギュラーズは再び、彼らを退けるべく得物を構えたのだった。
- <spinning wheel>冬に雨混じりてLv:30以上完了
- GM名愁
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2022年04月06日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
アクアマリンとガーネットが交錯する。アクアマリンが零れ落ちんばかりに見開かれて、その唇がうそだ、と吐息を零した。
ありえない。
あるわけがない。
ここにいるのは別人だ。
頭の中で誰かがそう言い聞かせる。けれどその奥で小さく、けれど確かに叫んでいる。何か。聞きたくない? 知りたくない? その言葉を遮っているのは自分自身だと知っている。
ただ、その言葉を聞く勇気がないだけで。
(だって、もしも、そうだったら)
私とキミは、敵同士になってしまうじゃないか。
ねえ、だから、嘘だと思うんだ。人違いだと思うんだ。
息を呑んでしまったのは、あの子と同じ瞳をしていたから『だけ』なんだ、って。
●
「クオン・フユツキ! アンタ、まだ子供みたいに駄々こねてんの?」
「さて、駄々とはなんのことかな。それよりお嬢さん、そこの男が飛び出さないように気をつけておいた方が良いんじゃないか」
肩を竦めたクオン・フユツキが『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)へ示したのは『黒鋼二刀』クロバ・フユツキ(p3p000145)だ。さすがに飛び出しはしないが、半眼になるのくらいは致し方なかろう。まるで人をいつまで経っても成長しないガキのように見やがって。
「あの方がクオン様……」
師の父が思いのほか若く、『風のテルメンディル』ハンナ・シャロン(p3p007137)は目を瞬かせる。若いというか、あまりにも似ていないだろうか。一時期深緑で彼のナンパがクロバへ濡れ衣をなすりつけたことがあったが、それも納得できる瓜二つ具合である。妖精郷に引き続き、こちらでも関わってくるということか。
(それよりも……)
(あとからやって来た方は……)
リアとハンナの視線が『処刑人』と自称する青年へ向けられる。彼が現れた際、『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)が微かに動揺したように見えた。もしかしたら知り合いなのかもしれないが、深い事は知らない。
知らない、が。
(……似ている、わよね?)
彼と、彼女の、旋律が。
「……お師匠。このままにはしておけないね?」
当の本人、シキは小さく深呼吸してクロバへ視線を向ける。それを受けた彼は僅かに瞑目すると嗚呼、と頷いた。
言いたいことは山ほどにある。思う事だって、同じくらいに。けれどクオンへそれらを届かせるにはまだ足りない。この手が彼へ届くのだと、もう近くまで迫っているのだと思い知らせ、自身も至らなければ。
「クオンさん、今回は大人しく見ていてよ。お師匠の気持ちを考えると複雑だけどさ」
「言われずとも、わざわざ降りかからない火の粉は払わないさ。……それにしても、お前が弟子、ね」
「うるせえ」
シキの言葉に何か含みのある視線を向けるクオン。一言も発してはいないのだが、如何せん視線が訴えかけてきている気がして鬱陶しい。
(正直、余計な事をされる前にクオンは叩いておきたいが……)
『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)はそんな様子をそっと見て、無理だと断ずる。まるで普通に話しているようだが、見る者が見れば全く隙のないことがわかるだろう。それもわからず斬りかかれば――最悪、首が転がる。
「処刑人くんは私の方で受け持とう。そちらは任せたよ、クオンさんの度肝抜いてやれ!」
「言われずとも」
「それじゃ、あたしはあっちで」
リアは身を翻し、魔力を励起させる。五線譜の軌跡と共に彼女が駆けた先にいるのは亡霊騎士団長だ。当然、周囲にいる騎士たちが次々と武器を抜く。
「それじゃ――始めようか!」
しかしイレギュラーズたちの連携も負けてはいない。ゼフィラを起点として、皆が一斉に動きだす。早くもじわじわと茨咎の呪いが侵食を始めているのだ。僅かな時間だって惜しい。
「一気に畳みかけるぞ!」
ガンブレードによる雷のような攻勢に続いてゼフィラの終わらざし弾幕の進撃が始まる。その中をリアは縫うように進み、騎士団長の元まで辿り着くとその進路を妨害した。
「悪いけど行かせられないわ」
「君のこともね」
リアが騎士団長を、そしてシキは――処刑人を。立ちふさがれば、処刑人の持つ武器だって良く見える。見覚えのある、その瞳だって。
「初めまして。……あまり、初めましてな気はしないけれど」
「……、……さあ、どうかな」
物言いたげな視線をしながら、はぐらかす処刑人。それはシキが初めましてと言ったことが想定外だった、とでも言うように。
けれどそうしていられる時間は少ない。砂時計の砂があっという間に溜まってしまうように、時が過ぎていくのは一瞬だから。
(実力試しっつー上から目線が気に入らねぇが、ここでぶつかっても勝てる算段がねぇのも腹が立つぜ)
この状況下ではより確実にこの場を収めるしかなく、そのためにはクオンと戦うのは悪手にもなるだろう。そう頭の中では理解しているが、だからと言って『名無しの』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)の虫の居所が良くなるわけではない。
「さっさとくたばりな!」
故に、彼のけしかけてきた騎士へ強烈な連撃を放つ。ただただ攻め立てて、前へ。それしかこの場で勝つ方法はない。ハンナも同じように、かつ手数も負けることなく攻撃を繰り出していく。大気中のマナが身を守るように寄り添ってくれるのがわかるが、同時にそれさえも抜けて侵食してくる呪いの気配も感じる。
しかしそれすらも吹き飛ばすように『喰鋭の拳』郷田 貴道(p3p000401)は勢いよく笑い、疾風怒濤の踏み込みと拳撃を連続で打ち込んでいく。
「HAHAHA、どうやら因縁のある奴等もいるようだがミーには関係無いぜ! 善だの悪だの辛いだの苦しいだのはミーが勝手に判断する、いいな?
分かったらリピートアフターミー! ヘイ、エブリワン!?」
にぃと浮かべた笑みは凶悪だ。たとえ返事がカラカラと虚しく鳴る骨の音だろうとも関係ない。全てぶっ潰す。
(戦況はまあまあ、といったところでありますな)
『空の守護者』ハイデマリー・フォン・ヴァイセンブルク(p3p000497)は視界に映る状況を確認する。しかしてなんと寒い事か。悲しいかな、小鳥の1羽だって飛んでやいない。しかし彼女の頭脳を以てすれば雪の足跡、敵の動向、トラップの用意されていそうな場所など、同時並行で整理する事だって可能だ。
クオンはと言えば、戦況を見ているのか見ていないのか。呑気に欠伸などしている様を見ると、まるでいつでも仕留められるような気さえしてしまう。
(しかしそんなことはあり得ない。恐らくこちらのことも気づいているでありましょう)
下手に邪魔をされたら厄介だ。クオンの監視はほどほどに、ハイデマリーは装着兵装のような殲滅兵器を構える。狙うは仲間と同じ敵。
冷徹に引き金が引かれる。躊躇いのないそれは一直線に、骨の身を砕かんと突き刺さった――と思った。
「っ!」
キン、と硬質な音が響く。盾を持った亡霊騎士が前へと立ちはだかり、その後方から騎士が槍を突きだして近くの仲間たちへと応戦を始めた。
(全く以て、厄介であります)
クオンも、亡霊騎士たちも。そして恐らくは、あの処刑人も――。
激しい戦闘が行われている傍らで、にらみ合った2人は暫しの間無言であった。時間は刻一刻と過ぎ、呪いは徐々に進行していく。それでも考えずにはいられなかった。どれだけ考えてわからなかったとしても、だ。
どうして、あの子と同じ姿をしているのか。
どうして、あの子と同じ声をしているのか。
どうして、あの子と同じ瞳をしているのか。
心の奥底で自分が叫んでいる。それは予感であり、確信でもある。確かめるのは怖くて、それでも現実だと信じたい気持ちもあって。
死んだはずのあの子は、生きていたのだ、と。
「……ザクロ……?」
だから、名を呼んだ。
(あいつは少し……いや、かなり動揺するかもしれない)
騎士たちへ連撃を叩きつけながら、クロバは処刑人と相対する弟子を想う。予感だけれど、きっと当たらずも遠からず。
けれど、例え憎からず想っている――彼女にとって大切な人物だったとしても、その手を取ることはないだろう。彼女はもうただの処刑人ではない。彼女の手にした武器が何の為にあるのか、師であるクロバは知っている。
「俺は、俺のやるべきを為すだけだ!」
クロバの左腕が錬金薬で一時的に変異を遂げる。かぎづめのようになったそれは勢いよく横殴りに払われた。盾を持っていた亡霊騎士が転がるも、その後方にいた騎士は果敢に槍を突き出してくる。
「はっ、簡単に倒れるかよ!」
アイツに認めてもらうには、まだこんなところで倒れられない。想いが燃え盛り、素早い突き技をスローモーションでも見ているように回避していく。
「HAHAHA、庇われていようが関係ねえ! こいつで殴られたらジ・エンドだぜ!!」
貴道の拳に容赦はなく、自身の受ける傷もお構いなしに亡霊騎士の体を痛めつける。槍の穂先を間一髪で避けたニコラスが小さく笑った。
「体も良い感じに温まってきたぜ。重い一撃喰らわせてやるよ!」
多少の痛みも今くらいが丁度良いのだと、ニコラスは万死の一撃を繰り出す。彼の攻撃は何時だってコイントスの裏表を決めるよう。少しでも勝利の女神へ微笑んでもらうため、骨の鳴る音を頼りに彼は攻撃と回避をこなす。
「呪いなどというもので、私たちの足を止められるとでも?」
甘いというようにゼフィラのクェーサーアナライズが皆を鼓舞し士気を上げる。茨咎の呪い自体はそれでどうにかできる類ではないようであるが、それならそれで皆の気力を持ち直すだけだ。後を気にして出し惜しみなどさせるものか。
ゼフィラのキャロルを受けたハイデマリーは、クオンを気にしつつも敵全体へ弾幕を撒く。本当に見ているだけなのかと怪しんでいたが、今のところは特に手出しなどもない。
(このまま終わるなら、それが一番でありますが)
彼は敵側の人間――イレギュラーズとは相いれない思考の持ち主だ。何を仕掛けてきても良いように、注意はしておかなければ。
「――おっと、アンタもこっちだ!」
亡霊騎士団長、そしてリアたちの方へ向かおうとした亡霊騎士をニコラスが追いかけ、自身へと引き付ける。あちらの邪魔などさせるものか。
それを見て助かります、と返したハンナはリアと共に騎士団長へ立ち向かう。2人で倒せる相手ではないが、後からくる皆が少しでも楽になるように。この戦域において楽ということはないだろうが、少しでも負担は軽減しておきたい。
(師匠の事も、シキ様の事も気になりますが、全てが終わってからです)
今はただ攻めるのみだと二振りの剣で猛攻するハンナ。残り時間はもう長くない。じわじわと迫る呪いが時にその身を硬直させるからこそ、尚更動ける時に全力を叩きつけるのだ。
「さすが騎士団長ってところね……」
リアはひたすらヴァイオリンを奏で、自身を癒すことに注力していた。彼女が空舞う羽根のように掴みどころのないものであっても、ハンナと負けないくらいに攻勢を仕掛けてくる相手はいつかその身を捉える。
(それでも、皆が来るまで耐えてみせる)
必死に傷を癒し、かの敵を押しとどめるリア。その後方から、不意に発砲音が鳴り響いた。
「待たせたであります」
「よう、無事か?」
「……遅いですよ」
ハイデマリー、そして飛び込んできたクロバ。次々駆けてくる仲間たちの姿にリアは疲弊しながらも笑ってみせる。ゼフィラは急いでリアへと回復を施した。
クロバは鬼神の如き斬撃を繰り出すが、敵の持つ大斧に阻まれる。随分と年季の入った、頑丈な武器だ。
(厄介だな)
これを振るわれてはひとたまりもないだろう。ここまでどうにか持ちこたえたのはリアだったから、に他ならない。撃破できないなら、この武器自体を壊してしまおうとも考えたが――敵自身を狙ったほうが早そうだ。
「悪いが時間がないんでね。お遊びに付き合うのはここまでだ!!」
仲間たちが得物を手に仕掛けていく。リアは騎士団長を引き付け続けながら、処刑人たちの方へ一瞬視線を向ける。
彼女たちは、何かを話している様であった。
●
「――そうだよ、姉さん」
その顔に浮かぶ微笑みは、いつしかの記憶と寸分違わなくて。けれどここで見られるとは思っていなかったから、シキは思わず嗚呼と吐息を零す。
やっぱり彼だった。見間違えるなんて天地がひっくり返ったとしても有り得ないのだ。人違いだなんて思えるはずもない。
誰よりも大切で――シキが殺してしまったはずの、弟。
けれど真っ先に出てきたのは、どうして生きているのか、ではなくて。
「生きててくれて、良かった……」
ともすれば、このまま座り込んでしまいそうなくらいに安堵している。彼の心臓が鼓動を刻んでいる事。彼の瞳がシキを映してくれること。こんなに嬉しいことがあるだろうか。
「姉さんも、良かった。『こんな世界』でも生きていてくれて」
「……? こんな、世界?」
引っかかった言葉にシキが首を傾げれば、ザクロはそうだよと頷いた。
世界は醜悪で、腐っている。誰かの犠牲で成り立って、明日を迎えているのだと。
「だから僕は、僕らに仇名す世界を断罪する。……そうすれば、雨も止むと思うんだ」
その言葉にシキは気付かされる。彼は――彼も。シキと同じで、未だにあの日の雨の中で取り残されているのだ。
「世界を断罪するために、魔種やクオンさんの側についているのかい?」
「そうだよ。だって、こんな世界で姉さんが心から笑えるはずないんだ」
違うとシキが首を振っても、ザクロはただ悲しそうな笑みを浮かべるだけ。
きっとこの先で気づくのだと。今はただ、環境に合わせざるを得ないだけ。本当は、心から笑えてなどいないのだ。
(これは、私のせいだ)
彼が世界を憎んで、断罪などという目的を持ってしまったのは。だって彼は『シキの為に』と心から思って動いている。
「私……またザクロと一緒にいたいよ」
「それなら姉さん、一緒に――」
行こう、と告げられる筈だった言葉はシキ自身に遮られる。
「でも。でもね。それでも、ザクロ。どうか私の仲間を傷付けないでほしいんだ」
皆の事が大切だから。争って欲しくないと思うのは当然の思考で、けれどその言葉にザクロはすっと表情から色を落とす。
「……姉さん、毒されているんだよ。気付いていないだけで」
「違うよ。ザクロ、大切な出会いが沢山あったんだ」
すらりと瑞刀を抜くシキ。彼を傷付ける為ではない。彼を止める為、守る為。格好がつかなくったって、泥臭くったって、師の教えと共に自分なりの守り方はできる。
「守りたいものができたんだ。だから……ここは退けないよ」
例え、相手が大切な弟だったとしても――。
「――そこまでよ!!」
不意に2人の間へ影が飛び込む。シキはぎょっとした目で彼女を見た。
「リア!?」
「姉弟喧嘩するのはいいけど、傷つけあうなんて絶対にさせないわよ!」
きっと眦をあげたリアはすっかりボロボロで、それでも瞳に宿る光は力強い。
自称兄貴分である彼と、シキを護るのだと約束したのだ。身だけでなく、心も。
「今のシキ、旋律がとっても揺らいでいるわ。少なくとも、喧嘩するのは今じゃないのよ」
シキを庇うように立ちはだかるリアに、ザクロは冷たい視線を向ける。処刑剣を握った彼はリアへ肉薄し、その刃を一閃させる。
リアは――避けなかった。
「っ……」
「リアっ!! ザクロ、傷つけないで!!」
シキの叫びにザクロがぴくりと反応する素振りを見せた……が、その処刑剣は止まらない。彼はシキが洗脳の類にかかっていると思っているから。
「あなた、シキの家族でしょう! わかるわよ、旋律が似ているもの!」
「それがどうしたっていうのさ」
「一先ずは話をしましょう? あたしは貴方のことも、シキのことも傷つけない!」
戦うだけではどうにもできない。まずは対話からだとリアは攻撃を受けながら必死に声をかける――が、らここまでの疲労とダメージが重なって思わず膝をつく。
「ゆっくりする時間はないから、できれば剣を納めて欲しいのだけれど……っ」
「おまえに興味はないからね。それに姉さんを惑わすヤツがいなくなって丁度いい」
ひたりと剣を突きつけられる。飛び出そうとしたシキは、リアが徐に手を伸ばしたのを見て再び目を丸くすることになった。
「リア、血が!」
「でもこうすれば逃げられないもの。改めて初めまして、リア・クォーツよ!」
ザクロが振り払おうとするが、剣を掴んだリアの力は存外強い。ザクロも思わず顔を引き攣らせる。
「私はシキの親友なの。こっちの世界に来てからのシキの事、聞きたくはない?
覚悟も、想いも、強さも……全部語って聞かせてあげるわよ!」
ザクロの知らない事。リアたちが知っている事。それを引き出せば多少は大人しくなってくれるのではないか、と。
「……そうだね、興味はあるよ。でも――おまえの口から聞く必要はないね」
勢いよく剣が引かれれば、リアも流石に刃から手が離れていく。それが振り上げられた直後、横合いから迫ってくるそれにザクロはすかさず後退した。
「いい判断だぜ、直撃したら頭が吹っ飛んじまうからな、HAHAHA!!」
見守る時間は終わりだと貴道は拳を構える。ハンナは得物を握るか一瞬迷ったが、ここで捕まえてしまったほうが後々のためになるかもしれないと思い直す。
――だが。
「時間だな」
クオンが呟くと同時、イレギュラーズたちは突然身動きが取れなくなった。瞠目すると同時に、これが茨咎の呪いであると察する。
しかし、亡霊騎士たちは倒したと言ってもクオンとザクロは未だ健在。何もできないのかと歯噛みするイレギュラーズたちにクオンは小さく肩をすくめた。
「まあこんなものか」
「俺たちの実力は見れたか? いくらお前がアホほど力を得ても、こっちだって成長してるんだぜ」
「私の手のひらで転がされているがな」
言い返す言葉もない。クロバは黙る代わりに睨みつける。そんな彼を見て、クオンはつとザクロへ視線を向けた。
「戻るぞ。彼らは放っておくと良い」
「いいや、ここで――」
「ザクロ」
黙り込むザクロ。力関係がうかがえるが、こればかりは単純に実力の差か。
「クオン、期待してみろよ、イレギュラーズを……死神にさせた、俺を」
「期待できるほどになれば、そうするさ」
踵を返すクオン。ザクロがその後に続く。おそらくは冬の王の力を得ているあの男に、その実力を見せつけなければ同じ土俵には立たないだろう。
一同は後続で到着したイレギュラーズに救出され、妖精郷へ戻ることとなる。その道すがら、クロバは去り際のクオンを思い出していた。
――やっぱり、こっちのアンタはR.O.Oのアンタと俺を見る目は違うんだな。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした、イレギュラーズ。
クオンとザクロは撤退していったようです。
以上、よろしくお願い致します。
GMコメント
●成功条件
亡霊騎士たちの撃破、あるいは撃退
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。不明点もあります。
●フィールド
アンテローゼ大聖堂付近。そこそこ広く開いた場所ですが、雪が積もっています。
また、雨交じりの雪が降っており、視界は若干悪いでしょう。
●エネミー
・『亡霊騎士団長』セルメント
冬の王の配下。骸骨が騎士鎧を付けたような見てくれで、眼窩には紫の光が宿っています。動くとカタカタ音が鳴ります。雪や雨の影響を受けません。
両手斧を所持しており、全体的なステータスが高めですが、特に攻撃力特化となります。声帯がないので話せませんが、人語を理解します。
騎士ながらもガンガンいこうぜなパワーファイター。その一撃は大熊であっても一瞬で沈むでしょう。純粋な押し比べをしようとすれば非常に危険です。また、【ブレイク】【封殺XX(数値不明)】等の効果を持つ攻撃手段を持っています。
・亡霊騎士×2(片手剣+盾)
冬の王の配下であり、セルメントの部下となる亡霊騎士です。骸骨が騎士鎧を付けたような見てくれで、眼窩には赤の光が宿っています。動くとカタカタ音が鳴ります。雪や雨の影響を受けません。こちらも声帯がないので話せませんが、知恵は持っているようです。
チームワークは抜群です。防御技術に多少秀でていますが、基本的にはオールラウンダーです。【反】を持っています。
また、彼らは2人までかばうことや、ブロック・マークすることが可能です。思い通りに戦えない可能性があります。
・亡霊騎士×3(槍)
冬の王の配下であり、セルメントの部下となる亡霊騎士です。骸骨が騎士鎧を付けたような見てくれで、眼窩には赤の光が宿っています。動くとカタカタ音が鳴ります。雪や雨の影響を受けません。こちらも声帯がないので話せませんが、知恵は持っているようです。
チームワークは抜群です。また、槍持ちは武器をに力を込め、その力を遠くへ放つ技を持っています。攻撃力と機動力に富み、【ブレイク】【必殺】などの属性を含む攻撃手段を持っています。ただし、回避は少々不得手としているようです。
・処刑人
OP画像に登場している謎の青年。旅人で、シキ・ナイトアッシュさんの関係者です。シキさんは『彼』であると気づいてしまっても、気付かず戦いを終えても構いません。貴女の中で彼は故人でしょうから。ただし、彼は最初からシキさんの存在に気付いています。
彼は世界を憎んでおり、シキさん以外を殺戮するつもりです。今は殺すべき人類の敵である魔種に肩入れしており、特に同じ旅人でありながらこちら側に与するクオンへ共感めいたものを感じています。
戦い方は処刑剣を用いた至近~中距離レンジの物理アタッカー。EXA・CTに優れており、次点でEXFと命中が高いです。その他、詳細な戦闘スタイルは不明となります。亡霊騎士団長と同じかそれ以上の危険ねみーとなります。
初手ではシキさんに攻撃を向けませんが、状況によっては変化する可能性があります。
・クオン=フユツキ
クロバ・フユツキさんの関係者。元々は彼の親代わりだった人です。旅人でありながら世界を壊すことを目的とし、ことあるごとに魔種と組んでいるようです。妖精郷でも敵側として立ちはだかっていました。
非常に優れた剣の腕と、錬金術師としての技能を持っています。ただし、今回は『イレギュラーズの実力試し』でここに居るようです。下手にちょっかいをかけなければ反撃もされないでしょう。
●ご挨拶
愁と申します。
クオンと、彼へついて行っているらしき人物。何者なのでしょうね。
どうぞよろしくお願い致します。
●『茨咎の呪い』
大樹ファルカウを中心に広がっている何らかの呪いです。
イレギュラーズ軍勢はこの呪いの影響によりターン経過により解除不可の【麻痺系列】BS相応のバッドステータスが付与されます。
(【麻痺系列】BS『相応』のバッドステータスです。麻痺系列『そのもの』ではないですので、麻痺耐性などでは防げません。)
25ターンが経過した時点で急速に呪いが進行し【100%の確率でそのターンの能動行動が行えなくなる。(受動防御は可能)】となります。
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