シナリオ詳細
<spinning wheel>茨の夢
オープニング
●
――深緑が謎の茨に封鎖された。
そして今、ローレット内には重い空気が満ちている。
深緑から帰ってきたイレギュラーズたちが、または深緑へ向かったが入れなかったイレギュラーズたちが情報を求めて集い、小さな情報を聞いてはついため息を零してしまっている。けれどもそれも仕方がない。彼等が一番に欲しい情報が入ってきていないのだから。
(おとーさん、おかーさん……)
ぎゅうと祈るように両手を握りしめた『青と翠の謡い手』フラン・ヴィラネル(p3p006816)の横顔を見守る『魔風の主』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)もまた、テーブルの下で手を握りしめている。
深緑が茨によって閉鎖されたと聞いてから、気付けばいつだって眉間に力が入っていた。焦ってもどうにもならない事を知っている。幾度も足を運んで戻った今、次の手立てを考え、ひとつでも多くの情報を集めなくてはいけないことも。
(ああ、ジャネット……)
ふたりと同じテーブルに着いていた『バミ張りのプロ』クロサイト=F=キャラハン(p3p004306)もまた、重い吐息を零す。彼がふたりと違う点は小さな紙切れ――深緑に住まう妻からの『赤札』――をその手に握り締めている点だが、心情は似たようなものである。
深緑に縁深いイレギュラーズたちは、なんとしても新しい情報が欲しかった。
「この者たちじゃろ?」
「ああ、そうだ。ありがとう」
イレギュラーズたちが情報を求めて集っている今、目当ての人を見つけるのは少し難しい。たった今情報を携えて帰還したばかりの『特異運命座標』オルレアン(p3p010381)は人探しを手伝ってくれた小さな同朋へと礼を告げると、すぐに「フランセンパイ」とフランを始めとした三名に声を掛けた。
「深緑への『侵入経路』を得た」
「――え。ほ、本当!?」
無駄な挨拶は省いての、要件のみの言葉。
人形の様に整った顔立ちの美しい少女は瞳を丸くするフランへ浅く顎を引き、見聞きしたものを三人へと伝えた。
まず、妖精たちが住まう常春の国は、茨の影響を受けていなかった。妖精たちに『魔種ブルーベル』は「危害が加わらないように、深緑には踏み入るな」と忠告し、ラサとの国境沿いへの出入り口を与えていたようなのだ。
しかし。
「妖精たちは大迷宮ヘイムダリオンの内部にも邪妖精や茨の影響があると告げていた」
それは妖精たちにとっても困ることだ。
そこでイレギュラーズたちは妖精女王と取引をした。
深緑への侵入経路を確保してもらう代わりに、妖精たちの脅威を排除する、と。
妖精女王はこれに諾を下した。妖精女王が司る使命の一つ『妖精郷の門(アーカンシェル)』での直接ルートを開けば、『茨』や何らかの敵対勢力が入り込む可能性があるためアーカンシェルは使用できないが、ヘイムダリオンを利用して――そして妖精たちに危険を及ばすことなく迷宮内の脅威を排除してほしい、と。
開かれた道の先は、ファルカウの麓『アンテローゼ大聖堂』へと繋がっている。
「センパイたち」
一度言葉を区切ったオルレアンの視線が三人に向けられる。
行くかどうかを問おうとしたが、その必要はなさそうだ。
それぞれの瞳に、やる気、希望――様々な思いが宿っている。
まずは大聖堂を目指すべく、大迷宮を攻略しよう。
『未だ見えぬ敵』を相手としたイレギュラーズ達の進軍は今、始まる。
- <spinning wheel>茨の夢完了
- GM名壱花
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年04月06日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●みち
――大迷宮ヘイムダリオン。そこは、姿を変える迷宮である。以前来たからと言って同じではなく、足を踏み入れる度に見られる姿は異なることだろう。
故に、足を踏み入れるまで、何が起こるかは誰にも――妖精女王でさえも解らない。危険を伴う場所だ。
それでも行くのかと少しだけ心配そうな顔で最終確認をしてくれる妖精たちに、イレギュラーズたちは頷きを返した。
「うん。あたし、おとーさんとおかーさんを待たせているから」
「深緑との交易が途絶えているのは、商売人や私みたいな飲食業には死活問題だしな」
「妖精達の助けにもなる……なら。おれも、嬉しく思う。道……拓く、する為に。頑張るよ」
胸の前でぎゅうっと『青と翠の謡い手』フラン・ヴィラネル(p3p006816)が杖を握るのは、そうしていないと不安で冷えた指先が震えて杖を落としてしまうかもしれないから。声は少し震えがちだけれど意を決したように妖精たちを見れば、傍らで『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)が軽く手を広げて首を傾げて見せ、『燈囀の鳥』チック・シュテル(p3p000932)も静かに、けれども必ず成し遂げるよと意志を見せた。
「このまま放置するわけにもいかないからね」
「ああ、ジャネット……どうかご無事で」
先日身内が茨の側で魔種に襲われたばかりの『二人一役』Tricky・Stars(p3p004734)にとっても他人事ではなく、深緑内の領地に愛する人が居る『バミ張りのプロ』クロサイト=F=キャラハン(p3p004306)も何度も握りしめすぎて既にヨレヨレになった『赤紙』をぎゅっと握りしめる。
不安なら、と『特異運命座標』オルレアン(p3p010381)が提案するのは、小指に小さな糸を結び『仲間との縁を繋ぐおまじない』だ。
「常に危険と隣り合わせの覇竜における、一種のまじないだ」
なんて彼女は口にしたけれど、彼女自身には記憶がないため、仲間たちの気を和らげるための方便である。オルレアンとStarsとモカの三人は小指に糸を結んだ。
仲間たちを静かに見た『魔風の主』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)はそっと息を吐き、短に告げる。
「さあ、行こう」
深緑で起きていることを止めたい。いつもの森に戻って欲しい。
妖精も人も動物も、安心して暮らせるアルティオ=エルムに。
そうして、未知なる道は開かれた――。
「うひゃー、すっごい霧! 何が来るか分からないから気をつけよ……う、ね? あれ?」
寸前まで会話をしていた仲間たちが、どこにもいない。
「おーい、皆ー?」
遠くまで響くようにと意識して出した声が、虚しくわんわんと響いて消えていく。フランの声に、誰も言葉を返してくれない。それは、何だか――。
両親の顔が脳裏に浮かび、ぎゅうぎゅうと心の奥底へ押し込めようとしていた里への不安や寂しさの箍が外れてしまう。いけない、だめだめ。顔を上げるんだ。
「あ! そこにいたんだ」
ふと、人影が、見えた。浮かびかけた涙が零れ落ちないようにぐっと我慢して、気持ちを振りきるように駆け寄った。
よかった、一人じゃなかったんだ。急にいなくなっちゃうんだもん、びっくりしたよ。
「え?」
ふらりと人影が倒れる。ウィリアムの持つ金色と、フランの嫌いな血の赤が広がった。
慌ててしゃがんで周囲を見渡せば、他の仲間たちも倒れていた。
不安と疑問、恐怖。綯い交ぜのマーブル状の感情。
しっかりしなきゃと杖を握りしめて回復を施そうとするのに――。
「なん、で?」
どうして。どうしよう。
このままじゃ、皆が死んでしまう……。
気付けば、知らない集落が燃えていた。
直前まで一緒に居たはずの仲間たちは見当たらず、視界に入るのは家々や倒れた人々に残されている巨大な獣らしき爪痕と、倒れた人々の下にある暗色の水たまりと、恐ろしい形相のように見える焔。
何かの襲撃があって、きっと何処かの家からの出火が燃え移ったのだろうと察せられる。
(なんだ、これは……)
――知らない。
そう、オルレアンは、知らない。記憶がないから。
けれど胸の奥が、ひどくざわついていた。走った後のように、心臓が、息が、弾む。
血と炎に染まる景色の中に、ひとりの少女が倒れていることに気がついた。虚ろな瞳には光が宿っておらず、深い爪跡によって既に事切れていることがわかる。
(――ッ)
胸の奥で焦燥らしきものが爆ぜて、オルレアンは知らない内に拳を握りしめる。
(違う、これは恐怖だ)
倒れている知らない少女を見て、オルレアンは酷く恐怖した。
場面が転換する。
薄暗い森の中、グルルルと喉を鳴らすような獰猛な唸り声が聞こえてくる。いつの間にか森の中でそれらに囲まれていたオルレアンは、視線を巡らせた。木々の向こうに、何処にも赤い色は見られない。
先程見たはずの赤が何処にも無いことから、あれは『こうなってはいけない』と思った誰かの、怖い想像を共有したのだとオルレアンは察した。――誰か、なんて。考えられるのは過去の自分しかいないけれど。
白い、オルレアの花々を踏み潰して、ワーウルフにも似た魔獣が地を蹴った。オルレアンが目覚めた『覇竜領域内の花畑』にどこか似ている気がした。
あらゆる方向から、魔獣が襲いかかる。万全の状態で迷宮に向かったはずなのに、何故だかとても身体が重かった。知らぬ間に怪我をしているのかも知れない。
心が震えている。恐怖を覚えている。
知らない光景のはずなのに。
(だが、俺は)
仲間とはぐれたのなら探しに行かなくてはならない。ともに迷宮を越えるのだと誓いあった仲間たちと、前に進むために。
大剣を振るう。倒れている想像に出てきた少女は、オルレアンのかつての友だったのかもしれない。
(俺はきっと、これまでも友の為に戦ってきた)
襲いかかる敵を切り伏せると断末魔の声が響き、森の景色は薄れていった。
視界が白く染まり、思わずわっと小さく口を開いて目を瞑る。ひやりと頬を撫でる空気が冷たいのは転移の影響か、それとも霧で満ちているのか。『竜剣』シラス(p3p004421)は瞳を開け、それが後者であったことを知る。
――が、そんなことは些細なことだった。
「お母さん」
今でも夢で何度も出会う姿に、ドキリと心臓が大きく跳ねた。
最後に見たあの日の姿で止まっている母は、ゆっくりと此方へと歩いてくる。
「お母さん」
もう一度、呼びかける。呼びかけたって母はシラスを見てもくれない。彼女の態度が変わらないことを嫌なくらい理解しているはずなのに、シラスはいつも望んでしまう。
(兄貴だけじゃなくて、俺も見て)
いつだって縋るように、兄に向けられる横顔を見つめてきた。視線に気付いて、見つめ返して欲しかった。優しい微笑みを、自分にも向けて欲しかった。
けれどそれは、ついぞ叶わなかった。
だから、誰にも無視されない存在になろうと思った。
貴族のコネを得るために、汚い仕事もいくつも果たした。やがてシラスの名は、『黄金双竜』にも知られるようになった。彼に名を呼ばれた時は心が震えた。
ラド・バウでは常に格上に食らいつき、ローレットでは褒章を三度も受け、馬鹿王の戯れにも付き合って勇者にだってなった。凱旋だってした。
けれど、まだ足りない。
幻想中に名を知らしめて、誰もがシラスと聞けば「ああ、あの」と思うくらいにならないといけない。そうなったらきっと、きっと――母さんは俺を愛してくれる。
母はゆっくりと歩いてくる。
どうせまた見向きもされない。……先程掛けた声にも、当然のように反応がなかった。視線は変わらず何処かを見ていて、シラスの方へとチラとも寄越してくれやしない。
(俺がやってきたことに意味なんて)
少しでも見てくれれば、そこに意味を見いだせるのに。
そのままいつもみたいに通り過ぎて行ったらどうしよう。
今までの行動は全て無駄なのだと知らしめられるようで、恐ろしい。
(……母さん)
気付けば母はすぐ側まで来ていた。
子供の頃には大きく感じていた母の背丈は、今のシラスの肩程もない。大きくてシラスの世界の中心だったあの人は、こんなにも華奢な人だったのかと、初めて気がついた。
母さん。手を伸ばす。
母さん。腕を引く。
母さん。俺を見てよ。
抱きしめる寸前――母の瞳に、シラスが映った。
仲間たちが消えて、ハッと息を飲んだ。此処は足を踏み入れるまで何が起きるかわからない大迷宮だから、覚悟は少し出来ていた。
けれど。
(ああ、まさかここで)
何度も何度も、何年経ったってマルク・シリング(p3p001309)を苛む、あの冬の記憶。『今はもう無い』村での、記憶。
幼いマルクが住んでいた村は、今はもう地図上のどこにもない。ある冬に無くなってしまったのだ。
その年は何ヶ月にも渡る厳冬で、食料の蓄えはとうに失われていた。少ない食料で何とか耐え忍んできたけれど、乳を出す動物は食べ尽くし、卵を生む鶏も、もうクレアのところだけだった。
命を辛うじて繋ぐ――にも満たない食料だけになれば、どうなるか。答えは簡単だ。生命力が低い命から失われていく。
最初に、マルクの父が死んだ。息子に食べ物を残して。それを皮切りに、毎日村では人が死んでいった。
死んだ人を供養することもできなかった。土葬するには雪が積もりすぎて、火葬するには火種がない。春になったら供養することを誓って外に出すことしか出来ない。――地獄だった。閉じこもっているだけでも、人々の心は緩やかに死んでいく。
やけに人や物が大きいと感じる視界と、カチカチと鳴る歯。
寒さとひもじさと、悪魔の唸り声のような風の音が恐ろしい。
母とふたり、身を寄せ合って、熱を分け合う時間。
けれどその熱も、離れていく。
母は――村の大人たちは、子どもたちを助けるために、村の全ての家や納屋、家具に至るまで、狂ったように壊して回った。そうして、子どもたちを集めた村長の家以外、建物は薪となった。
(残る食料全てを僕たちに残して、大人たちは――)
周りには暖炉の火を一心不乱に見詰める子どもたち。――この子どもたちも、食料が尽きた後に死んでいく。
自身の手を見下ろした。大きい。
(そうだ、僕は)
もう、子供じゃない。
命を繋いでくれた大人たちと同じ、大人になった。
(誰も死なせないなんて理想(ゆめ)はまだ遠いけれど)
けれどこの悪夢(ゆめ)に膝を折る訳にはいかない。
「クレア、僕は行くね」
記憶の中の、幼いクレア。
本物の彼女は今、どうしているのだろう。
冬の日に別れを告げる。
今でも冬は怖い。けれど逃げないと誓ったから。
マルクは扉へと手を掛け、吹雪の中へと飛び込んだ。
『ノアならできるよね?』
白で覆い尽くされた視界にそんな声が響いて、一人ぼっちが怖くてはぐれてしまった皆を探そうと懸命に足を動かしていた『星見の瞳』ノア=サス=ネクリム(p3p009625)は、びくりと身をすくめて足を止めた。
「気の所為、ですよね」
一人ぼっちで怖いから、そんな声が聞こえたのだ。
(弟に会いたいな……)
一緒に召喚されて、ノアをひとりにしないでくれた弟は、今何をしているのだろう。こんなところから抜け出して、早く弟の元へ帰りたい。
ひとりは怖い。独りは嫌だ。
『あなたが必要なのです』
『大丈夫、ノアなら出来るわ』
また、声が聞こえて。
ノアは慌てて両耳を手で覆う。
「私に期待しないで……みんなの期待を背負えるほど、私は強くないからさ……」
――誰かに期待させるのが、怖い。
じわりと涙が滲む視界は、いつの間にか人の影を映している。顔は凡庸で、朧気でよくわからない。けれど、それらは口々にノアへの期待を口にして、それをノアが応えてくれると信じている。
故郷の世界でなら、それでもよかった。それで皆が幸せなら――誰かの幸せのためだけに働くことがノアの役割だったのだから。
「皆に喜んで貰いたい、けど……」
役割を全うして喜んでもらう。それがノアにとっても幸せだったはずだ。
――違う。自分の幸せの事を考えず、これが幸せなのだと思いこんでいただけだ。だってノアはもう、『自分の幸せ』を見つけてしまった。それに喜びを感じてしまった。知ってしまった。だからもう、自分の幸せを犠牲にして、誰かの期待だけに応え続けるノアには戻れない。
「ごめんなさい」
期待に応えられなくて。
けれど言葉とは裏腹に、未来の自分への期待が胸に満ちた。
ノアは武器を構え、高らかに宣言する。
「私の幸せを見つける邪魔をするなら……どんな奴でも撃ち抜くまで!」
わがままかもしれない。期待した人はがっかりするかもしれない。自分のエゴを周りに押し付けているだけかもしれない。
(いいの、それでも。だって私の幸せは――)
誰かの幸せで犠牲にして良いものではないのだから!
心臓が、跳ねる。
開いた口から入り込む火の気配に肺が焼かれてしまいそうだけれど、チックには口を閉ざす余裕がない。走らないと。走って、逃げないと。弟の手を引いて、何かの焼ける匂いも、真っ黒になった仲間たちも見ない振りをして、楽しく踊るように揺らめく炎の中を駆け抜けないと――。
焦燥がじわりと胸を満たす。まるで――いや、悪夢だ。
これは命からがら弟と共に逃げた、あの日の再現だ。
嫌な記憶は、いつだってこびり付いて離れない。
炎が踊る。嘲笑うように。
炭が崩れる。灰になって、風に乗る。
声が聞こえる。渦巻くような、悪意ある言葉たち。
傍らを見る。
――弟は、いない。
「……霧のせいで皆とはぐれてしまったようだ」
辺りに視線を巡らせても、仲間たちの姿が見えない。これだけ深い霧だ、仕方がない。だが、生憎モカは潜入任務で独りは慣れている。しかし、久しく味わっていない感覚だったせいか、些か寂しいようにも思えた。
暫く歩くと、モカはふと自分が『Stella Bianca』の店内にいることに気がついた。考えなくとも、おかしいことが解る。少し前まで仲間たちと大迷宮へ向かう話をしていたし、その後は霧の中にいたはずだ。
けれど。
(……私の店だ)
カウンターには常連客たちが腰掛けているし、小さなステージではジャズの演奏をしている。見慣れた風景、慣れ親しんだ空気。
しかしそれは、一瞬でがらりと雰囲気が変わった。
『そういえば聞いたか?』
客たちが何かを噂しだす。それは、モカの店とモカへの悪評だ。店主が何をした、店で出された料理でどうなった、此処に来ると後から嫌な目に合う気がする――しまいには常連客のひとりが乗り込んできて、どういうことだと騒ぎ立てた。
頭が真っ白になった。どう対処すべきかと必死に考える。
恐ろしいことだ。信頼を失った飲食店は立て直すのが難しい。
(けれど、これは)
現実ではないはずだ。
(誰に対しても礼儀を忘れず真摯に向き合い、人として恥ずかしくない振る舞いで、約束は絶対に守ろう)
初心、忘るるべからず。
現実でそうならないように、今一度己と店の在り方を考えようとモカは思った。
「昔は自我が無く、死も恐れず、仲間もおらず孤独な、組織の人形だったのに……それが今や人間らしく、死と信用失墜を恐れる人形になってしまったな」
客が居なくなった伽藍堂な店を、モカも後にした。
「皆の姿が見えなくなったと思ったら……こういう試練か。参ったな」
ウィリアムの眼前に今あるのは、仲間たちの姿ではない。なぎ倒された森の木々に、無数に転がる叩き潰された獣の死骸――それは、あの日の光景だ。
知っている光景だからこそ、『次』の想像がつく。
(出てくるのはどちらだろうか)
正体不明の巨獣か、それとも……。
「君かな――」
名を呼ぶ音と、草を踏む音が重なった。
来訪者は鋭い眼差しでウィリアムを睨めつけ、既に魔法を練っている。
「……ごめん、“ウィリアム”」
敵意しか見せていない彼の名を口にして、ウィリアムは謝った。
彼こそが、“ウィリアム”。
本物の、ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズだ。
●しるべ
仲間が居ないことに気がついたStarsは、ハ、と短に息を吐いた。
しかし、ただそれだけだ。原因は解らないが、まぁいいさと言の葉の欠片をひとつ零して、ただ真っ直ぐに歩を進めていく。
少し進んだところで、霧が晴れていく――ように感じた。
霧で隠れて見えずにいたけれど、どうやら辺りには沢山の人々が倒れているようだ。
そのどれもが知った顔だった。男もいれば女もいる。年齢も身に纏うものも全てバラバラで、共通点はひとつだけ。
既にこの世に居ない、命を喪ったはずの人々だ。
彼等が倒れている理由は、解る。Starsが――『稔』の力が足らず、救うことができなかったせいだ。
命が喪われていくのは、目にする度に恐ろしい、と思う。取り零さないようにしなくてはと思うのに、儚い命は指の隙間からポロポロと零れ落ちていくのだ。次も、その次も、また、また、また……。
しかし、Starsは歩みを止めない。己の未熟さを自覚し、全てを受け入れ、己が使命を胸に歩き続け無ければならない。
その歩みを引き止めるように、倒れた人々の手が足首に絡みつく。
「君達、そんな恨めしい表情で見ないでくれ」
最期にこの俺の美貌を目に焼き付けたいというなら止めはしないが。
けれど、手を伸ばして引き止めるのは、いただけない。
長い足を大きく振って振り払い、前へ、前へとtarsは足を動かす。失われた命を無駄にしない為にも、ここで立ち止まることは許されない。たとえ非道だといくつもの罵りを背にうけたとしても、
(それでも、俺は)
君達が抱いた憎悪、後悔――全て背負って生きていく。
ひとり、またひとりと、霧の中からイレギュラーズたちが顔を出す。
倒れていた邪妖精から原因を察し、僅かに息を吐いて心を落ち着けた。
「困っているのだろうか」
半数程が揃った時、Starsが言葉を零した。助けに行くべきではないか、と。
「もう少し、待とう」
「そうだな」
マルクの言に、まだ半分夢でも見ているかのように少しだけぼんやりとした様子のシラスが頷く。
(あの日もああしていたら何かが違っただろうか)
腕の中にぬくもりが残っているような気がする。いつかまた会えたら、そうしてみようとシラスは思った。
仲間たちはきっと、自分の力で帰ってくる。時間を掛けても、向き合って。自分が見たものを思い出し、マルクはぎゅっと掌を握りしめる。まるでそこに、誓いがあるかのように。
いつか彼女と再会する時、恥じない自分でありたい。
だから、今できることをしよう。
「届くかはわからないけれど」
せめてと優しく聖歌を口遊む。
ルリルリィ・ルリルラ、ここで待っているからね。
ああ、ジャネット。愛しいジャネット。
愛しています。愛しているのです。……ともに死にたいと思うほどに。
ぎゅうと握りしめた赤紙。今はその感触だけがよすがに思えていた。
「そこにいるのは……ジャネット、ですか……?」
転移した先に愛しい姿が見えた途端、パッと顔を上げてクロサイトは駆け出していた。罠だとか、そんなこと、頭の中から転げ落ちて、思いつきもしない。愛しい人が目の前にいる。再会を喜び、もう離れないと誓って、死ぬまで側にありたい。特異運命座標になったからと嫌われるのを恐れて距離を置いたことが間違いだったのだ。ごめんなさい、ジャネット。私が間違っていましたと許しを乞おう。
「近寄るな」
「ジャネ……」
「名を呼ぶな」
ピシャリと愛おしい人が言い放つ。
何故、どうして。矢張り私がいけなかったのだ。
愛しい人はサッと手を振り、現れた男性たち――『OSK47(夫諸君ふぉーてぃーせぶん)』の向こうに消えた。カツ、コツ、と踵を鳴らす音が遠ざかっていく。名前すらも呼んでくれず、離れていく。
――嫌われた。彼女はもう、愛してくれていない。
息を飲んだ。目の前が真っ暗になった。
「ふふ……」
笑みが、溢れた。
「良いでしょう、ジャネット。貴方を殺します。そして私も後を追います。あの世で再び、二人きりで祝言を上げましょう!」
愛しいジャネットに嫌われるのは一等恐ろしいことだけれど、やるべき事はいつだって何ら変わらない。
彼女を守るために立ち塞がる、武器を手にしたOSK47たちを見据える。
彼等はとても良い人たちだ。華奢で弱そうなクロサイトが頭首の座に着いた時も、嫌な顔ひとつせずに迎え入れてくれた。ジャネットの決定を何よりも重視して、彼女の気持ちに寄り添える人達だ。
(ですが、手加減は致しません)
ギャラハン家には『惚れた女のためには全力を尽くせ』という家訓がある。
(ジャネット。貴方が私から興味を失っても、私は愛を注ぎ続けます。だって私は貴方の旦那ですから)
クロサイトは喉に手を掛け、絶望の海を歌った。
(……いつか。向き合わなくちゃいけない日が……来るんだろうと、予感はしてた)
炎によって喉が熱くなるのも構わずに、チックは唇を開いた。
歌うは、『汚れなき鎮魂歌』。きっと一等、似合いの曲。
これは過去のこと。過去の、向き合わねばならないこと。
歌っても救えない。けれど、今の想いを歌にして、祈ることはできるから。
だから、ただ歌う。
(おれ……守りたいと思う人達、いっぱい、出来たんだ)
暖かな言葉をくれた大切な友達、家族のように帰りを待っていてくれる子達、他にもいっぱい。
だから、以前よりも誰かを喪うことを怖いと思うようになったのだと、炎の中に消えていった仲間たちに伝える。
この怖さはきっと、膨らむばかりで無くならない。
それは怖いことかもしれない。けれど、とても幸せなことの裏返しだ。
(おれ、生きる……よ)
手に掛けた命の分も、生きなくてはいけない。
魔種になってしまったとある双子の兄(かたわれ)を殺めてしまった時に、伝えたのだ。彼の弟が生き続けられるように自分を憎ませる、と。憎しみでも、強い意思は生きる糧になるはずだから。
(怨んでいい、赦さないでほしい……なんて、おれの)
エゴだと言うことも、解っている。
瞳を伏せかけたチックは自嘲するように小さく唇の端を持ち上げ、ただ、歌った。
神童だなんだと言われていたウィリアムはあの日、自分がただの子供だったことを思い知った。腕の中で震える妹を抱きしめるだけで精一杯で、大丈夫だよと励ますように明るく笑って立ち去る彼の背中に手を伸ばすことも出来なくて、ただただ見送ることしか出来なかった。
いつだって明るく笑みを浮かべていた”ウィリアム”が、敵意を持った目で責めるように睨んでいる。それがウィリアムの、恐ろしいもの。
――本物の彼は、そうしないことをウィリアムは知っている。
最初は誰かがわざわざ『ニセモノ』を作って見せているのかと思った。けれども、違うのだとすぐに解った。”ウィリアム”にそうさせているのは、霧の向こうにいるかもしれない何かでもない。『自分』だ。
責められたくないと思いながら責めてほしいと望んでいて、赦されたいと思いながら赦してほしくないと望んでいるのは、自分。全部、自分の弱さだ。だから今、『彼』はこうして目の前で睨んでいる。
(でも、だから、)
大丈夫。やるべき事は解っている。
ここを乗り越えないと、大迷宮を抜けられない。
足を止めてしまっては、『弱い自分』に逆戻り。
彼の魔法が身を刻む中、ウィリアムも魔力を練る。
こんな風にお互いの魔法をぶつけ合って戦うことになるだなんて、思ったこともなかった。彼は大魔道士で、追うべき背中だったから。
「勝って、みせるよ――!」
怪我をするのも厭わず接近し、ウィリアムは必殺の一撃を放った。
「ただい、ま」
「ああ、チックさん。ハーブティーはいかがですか?」
霧の中から顔を出したチックに、少し前に合流したクロサイトが湯気の立つカップを見せる。水筒に入れて持ってきたのですと弱々しくも微笑んで見せる彼にありがとうと告げ、チックはカップを受け取った。
すぐ後に帰ってきたウィリアムにも、クロサイトはハーブティーを振る舞った。少しだけ表情を固くしていたウィリアムはホッと息を吐くと、「あとは……」と面々を見渡した。
ここのつの顔があり、残りは一名。フランだけだ。
「あ、そっか。これは夢で幻覚なんだ!」
頬をつねる。痛い。
もっと痛ければ、きっと覚めるよね。
ナイフで手を刺す。痛くて血も涙も出る。夢は覚めてくれない。
そうしている間にも、フランの周りには倒れている人たちが増えていく。
両親、里の皆、友達、黒狼隊の皆、ゲーム内で出来た友達。
怖い。
失うのが、怖い。
起きてくれないのは嫌だ。
ねぇ、起きて。名前を呼んで?
どうして起きてくれないの?
あたしもっと、皆の役に立てるようになるから。
「……あ」
大切な皆を血で汚しちゃいけない。ハンカチを手繰ろうとポケットへと忍ばせた指先が、何か固いものに触れた。
――『睡恋花』。ゲーム内のアイテムの筈なのに、何故か現実にあった小さな結晶。奇跡みたいで、夢みたいで、びっくりした気持ちを思い出す。
そうだ、そうだった。諦めない心さえあれば、奇跡も起こせるし、運命だって変えられる!
途端に目が覚めた心地になったフランは、掴んだ杖を掲げて、祈りを籠める。強く、強く――!
「あたしは皆を守る力がほしいの!」
だから、起きて。名前を呼んで。
おはようって言うんだから。
「あ。もしかして、あたしが最後?」
「遅かったな、センパイ。後輩よりも遅いのは少々格好悪いぞ」
「えへへ、ごめんね」
涙の跡をゴシッと袖で拭うフランに理由は聞かず、マルクはそっと福音を与えてくれる。
「お疲れ様。……頑張ったね」
ウィリアムの優しい緑の瞳に、フランは泣きそうになりながらも「うん」と返す。
「皆、揃ったようだな。さぁ、先に進もう」
モカの言葉に、イレギュラーズたちは頷き合う。そこに、モカへ向けられる軽蔑の色はない。浅く息を吐くと、モカは身を翻して歩んでいく。
大迷宮を抜けても、まだ先がある。
外に出てもきっと一波乱あるだろうから、気を緩めてしまいすぎずに抜けねばならない。
出口だーと漏れ出した光に駆けていく仲間の背中を追いかけていたノアは、ふと背後を振り返る。
「……ありがとう、ゼノ」
帰りを待ってくれている、愛しい弟。本当の『幸せ』。
大切な人がいるからこそ、頑張れるのだ――。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
きっといつかは乗り越えないといけなくて、それが訪れるのはきっと突然。
向き合えてよかったと思える日々が来ることを祈っています。
お疲れさまでした、イレギュラーズ。
今回も、また一歩。
GMコメント
大迷宮ヘイムダリオンから全体シナリオをお送りします、壱花です。
大迷宮を攻略し、深緑を目指しましょう。
●目的
迷宮を攻略する
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●シナリオについて
常春の国である妖精郷から転移し、大迷宮ヘイムダリオンへと入ります。
ヘイムダリオンの状況は足を踏み入れるまで解りません。
心情系です。
ヘイムダリオン内であなたは恐ろしいものを見ます。それは心底恐ろしく、あなたの心は、足は、前を向かなくなるかも知れません。
けれど打ち勝たねば、道は開けません。行きたい場所があるのなら、為さねばならないことがあるのなら、あなたは前を向き続けなくてはならないのだから。
●フィールド
皆さんがヘイムダリオンへ入ると、そこは霧のようなものに覆われています。非常に視界が悪く、どんな手段でもそれは払えません。最初から仲間が見えないひとも、最初は仲間が見えたけどすうっと消えてしまったひともいるかもしれません。
声を掛けても仲間の声は返ってこず、あなたはひとりぼっちになります。
あなたはそこで、『あなたの怖いもの』を見ます。過去の記憶がない人も、過去のあなたが怖がっていたものを知ることとなるでしょう。
それは人かもしれない。現象かもしれない。記憶の再現かもしれない。
何を見るかはあなた次第です。
あなたが怖い何かを斬り伏せたりした先に、霧の力を増幅させ悪い幻聴を聞かせている『邪妖精』がいます。あなたが怖いものに勝った時、それは逃げたり倒されたりしており、あなたの周囲の霧は晴れていくことでしょう。
因みにこの霧っぽいものは、あなたと他を分断させる効果があるので、範囲攻撃等を行った場合も仲間に届くことはありません。怖いものを吹き飛ばすために全力でドーン! としても仲間たちは大丈夫です。
自分の心に打ち勝った仲間たちは合流していきますが、なかなか勝てずに出てこれない人もいるかと思います。そういった時はまだ残っている霧めいたものの中へと飛び込んで助けにいくことも可能です。(相談掲示板で予めヘルプを呼んでおくのも手です。)
ですが見えるのはあくまで『あなたの怖いもの』なので、相手の怖いものが見えるわけではありませんし、克服した怖いものでもありません。再度飛び込むひとは新たに怖いものと対峙し、打ち勝つ必要があります。
●プレイングについて
何を怖がって何を見ているか。
それに対してどう思い、どう立ち向かうかを記して下さい。
それでは、イレギュラーズの皆様、宜しくお願い致します。
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