PandoraPartyProject

シナリオ詳細

Backdoor - All covet, all lose.

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 電脳廃棄都市ORphan(Other R.O.O phantom)――

 ネクストに語られた『実在した』都市伝説。世界の何処からでも入り込むことの出来るバグのコミュニティに一人の少女が立っていた。
 本来は廃棄されるはずだったデータ、あり得ない存在。『サイバー九龍城』とさえ呼ばれたその都市で『パラディーゾ』と呼ばれる少女は立っている。
「来て下さいましたか」
 パラディーゾ。それは本来ならば存在してはならないものである。
 クリミナル・カクテルを核としてキャラクターデータをコピーし、再構築された偽装人格。
 その中心的な存在であったベヒーモスが打破され、製造者であった『名無しの少女』が敗北した今、パラディーゾに待ち受けるのは緩やかな死だ。
 イレギュラーズを待ち受けていたパラディーゾ・ドウとてその一人だ。
「警戒なさらないで下さい。これでも皆さんを迎え入れる準備はしておいたのですから」
 淡々とそう告げる少女はこの地を甚く気に入っていた。
 ドウ(p3x000172)本人やそのプレイヤー――ドラマ・ゲツク(p3p000172)の意思を反映してか知識欲が大半の生存理由になっているパラディーゾは調査を主目的都市、効率と実益を重視して活動を続けてきたらしい。
「この場所から、どうやら廃棄されたワールドデータにアクセスできることは判明しました。ですが――」
 少女が適当な扉を開くが指先がばちりと音を立てて弾かれる。指の数本が弾け飛んだかのように見えるが、直ぐにデータが復旧され指先は元の通りに少女の体に繋がった。
「私ではこれ以上の調査はままなりません。かと言って、私が見付けたデータを皆さんが調査するのも納得が出来ません。
 ですので、私が調査を行う為の『協力』を行ってはくれませんか。現状で他のパラディーゾ達も同じ理由で動いているでしょうから」
 ドウが何を言いたいのか。合点が言ったのは練達研究者である紅宵満月 (p3y000155)であった。
「もしかして、パラディーゾの生存を出来うる限り長引かせる方法?」
「その通り。もしくは身体の核となっているクリミナルカクテルの無効化……此方は出来ない事は想定されます。
 例えば『パラディーゾであったデータ』でもデータデリート後、運が良ければORphanにて再構築され、ただのNPCデータと成り得る可能性はあります。その確率は低く、早々起こり得ないでしょう?」
「まあ……」
「次に、コンピュータウイルス相応の私達は存在するだけで『マザー・クラリス』を刺激します。
 現状でORphanに籠もっていることで『バグ・データ』の温床であるこの場所では感知され辛い筈ですが」
 満月は頷いた。練達の中心的機構であるマザーは修復作業を行っている。彼女がバグを検知した場合、何らかのエラーを誘発する可能性は高いのだ。
 ドウが言うとおりORphanに居る限りはそれ程マザーへの影響は大きくなかった。故に、練達は復興のためにマザーの修復を続けてきていたのである。
「ならば、私達は此の儘死にゆく定めであるのか、を検証したいのです」
「検証、でいいの?」
「ええ。私はそもそも、命尽きるまでこの世界のバグを読み漁ることが目的です。それ以上の多くは求めていません。
『カノン』や『私』と違い『星巫女』、『クオリア』――特に『影歩き』には目的があるようですが――はバグとしてのデータが薄い。特異例であるために彼女達は自身等の目的を果す事はできるでしょう」
「ドウさんがしたいのって……」
「たったの5人。パラディーゾとしてORphanに辿り着いた其れだけの人数です。
 それぞれの目的を叶える為の努力位は、バグデータでもしてみたいでしょう?」
 外を生きたバグデータとは違い、大きく世界に影響を及ぼすこと無く自己の目的のために彼女達は動いていた。
 パラディーゾ『カノン』は此処から繋がる異世界への冒険を夢見ていた。
 パラディーゾ『星巫女』は穏やかに微笑み、自身等がORphanで世話になる間は住民達の世話をしておきたいのだと言った。
 パラディーゾ『クオリア』は『影歩き』の支援を行いながらも、捜し物を幾つかしているらしい。
 そして――パラディーゾ『影歩き』は自身のデータから別たれてしまった存在を探しているそうだ。
 少女『パラディーゾ・ドウ』は知識欲故に異世界への探索の扉を叩きたいと願った。
「私は『クオリア』が探したいと以前言って居た『赤いカーネーション』の行方を探すことこそが、今回の私が求める答えに繋がっていると思うのです」
 赤いカーネーション。
 そう口にしてから満月は息を呑んだ。

 ――崩れ去る手を握れば、それはぼろぼろと、岩のように砕けていった。胸部であった場所には、一等美しい赤い花――

 母を愛した一人の少女より咲いたそれは『石花の呪い』の如く。
 体が徐々に変化して、一等美しい華を咲かせる。それが、クリミナルカクテルを打開するためのものだった。
 彼女のデータの大半はハデスが所有したが、咲いたカーネーションのデータの一部がこのORphanに存在しているらしい。
「もし、あの花がクリミナルカクテルを少しでも浄化するものであれば。
 私やカノンには効果は薄いでしょうが『特異』な存在であった『星巫女』や『クオリア』『影歩き』の救いにはなるでしょう?」
「あ、あるかもわからないのに……?」
「ええ。それが何処かにある事を願っているのです。実は特異な扉を見付け……そこに一緒に来てはくれませんか」


 ドウに誘われたのは業務用の冷蔵庫の前であった。彼女は少しばかり力を込めて扉を開く。
 がこん、と音を立てたその向こう側に広がっていたのは――

 穏やかな昼下がり。差し込む黄金色の日差しは蜜のように甘い気配を宿している。
 歌う花々の間を抜けて、煙草を噴かす芋虫に手を振る少女の背を追い掛ける。
 髪は色彩を失った真白ではない。瞳は色彩を失った真白ではない。
 金色蜜の髪に飾った青いリボンが揺らいでいる。

「やあアリス!」
「やあ、アリス元気かい?」

 ――それは、失われた筈の『黄金色の昼下がり』。

「ええ、元気よ。けれど兎を見失ったの。早く行かなくっちゃ!」

 走る少女の名はアリス。本来であれば、そうして有り得たはずの異世界の、ジェーン・ドゥと呼ばれる前の一人の主人公(おんなのこ)。
 彼女は赤いカーネーションを胸に走り出す。白い兎を追い掛けて、走るその背中にドウは言った。

「彼女のデータが構築されたときに、花のデータの一部がそこに混じり込んだのでしょう。あの花を、どうにか得る事が出来れば――」
 幾人かの延命が出来るかも知れない、と。パラディーゾと呼ばれた少女はそう呟いた。

GMコメント

 夏あかねです。電脳廃棄都市ORphan。
 本シナリオは『Rapid Origin Online 4.0』とは関係しないR.O.Oサブストーリーの更にサブストーリーです。

●目的
 ドウを納得させる答えを探す(赤い花を得る)

●特殊エリア『電脳廃棄都市ORphan』
 Other R.O.O phantom。ネクストに語られる伝説都市『ORphan』。
 曰く廃墟の扉から、曰く地下道の封鎖壁から、曰く邪教徒の棺から、曰く海底神殿から――世界各地のどこかにひっそりと存在する入り口から、その都市は繋がっている。
 本来世界にあるべきでなかった都市。世界に生まれる筈のなかった住民。
 それはまさしく、バグのコミュニティであった――

 このエリアは『本来はR.O.Oには存在しない』筈の場所です。大規模なバグや消去されたデータが集積された空間となります。
 そして、このエリアから繋がっていたのが『黄金色の昼下がり』です。

●『黄金色の昼下がり』
 ジェーン・ドゥと呼ばれていたバグデータ。その少女の故郷の世界です。
 世界の名前は『黄金色の昼下がり』。住民たちはワンダーランドと呼びます。
 花々が咲き、メルヘンチックな世界には面白おかしい喋る茸や芋虫さん、ハンプティダンプティ、コーカスレースに眠り鼠など様々な存在が多数に存在しています。
 どうやら、ジェーン・ドゥはおらず、その元となった主人公『アリス』が楽しげに過しているようです。

●ターゲット『主人公(アリス)』
『架空』の国のアリス ジェーン・ドゥと呼ばれていたバグNPCとなる前の普通の少女。
 天真爛漫で可愛らしい女の子です。皆さんが好意的に接触すれば、茶会の席に誘ってくれるでしょうが、落ち着き無く走り回ります。
「このお花はとっても大切なもの」「おかあさんは居ないけど、おかあさんのもの」であると認識しているのか簡単には手放しません。
 彼女と仲良くなり花を譲って貰うように尽力して下さい。

●ターゲット『赤い花』
 ジェーン・ドゥと呼ばれたバグNPCが撃破された際に咲いた花です。マザーの修復にも使用されるワクチン的な役割を果たすとされています。
 電脳廃棄都市ORphanに『黄金色の昼下がり』が構築された際に、花のデータが混じり込んだのか主人公(アリス)が大切な花として握りしめています。同様の効果が見込めるのでは無いかとパラディーゾ・ドウは言います。

●NPC パラディーゾ『ドウ』
 パラディーゾであるドウ(p3x000172)さんです。この地を甚く気に入っているのか無数のデータを『読んで』引きこもっていました。
 現在はその知識などを活かして『赤い花』を得ることが他のパラディーゾの活動の為になるのではないかと推測しています。
 どうやらドウさん他パラディーゾは電脳廃棄都市ORphanから繋がっている異世界の欠片へと入り込むことが出来なかったようです。
 何故か『黄金色の昼下がり』にだけは入ることが出来ました。皆さんと同行し、主人公(アリス)との接触を試し見ます。
 もしかすると、ジェーン・ドゥが残した『こども』達への愛なのかも知れません。

●ROOとは
 練達三塔主の『Project:IDEA』の産物で練達ネットワーク上に構築された疑似世界をR.O.O(Rapid Origin Online)と呼びます。
 練達の悲願を達成する為、混沌世界の『法則』を研究すべく作られた仮想環境ではありますが、原因不明のエラーにより暴走。情報の自己増殖が発生し、まるでゲームのような世界を構築しています。
 R.O.O内の作りは混沌の現実に似ていますが、旅人たちの世界の風景や人物、既に亡き人物が存在する等、世界のルールを部分的に外れた事象も観測されるようです。
 練達三塔主より依頼を受けたローレット・イレギュラーズはこの疑似世界で活動するためログイン装置を介してこの世界に介入。
 自分専用の『アバター』を作って活動し、閉じ込められた人々の救出や『ゲームクリア』を目指します。
特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/RapidOriginOnline

※重要な備考『デスカウント』
 R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。

  • Backdoor - All covet, all lose.完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年04月03日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ドウ(p3x000172)
物語の娘
梨尾(p3x000561)
不転の境界
ジェック(p3x004755)
花冠の約束
アウラ(p3x005065)
Reisender
玲(p3x006862)
雪風
真読・流雨(p3x007296)
飢餓する
カノン(p3x008357)
仮想世界の冒険者
壱狐(p3x008364)
神刀付喪
現場・ネイコ(p3x008689)
ご安全に!プリンセス
指差・ヨシカ(p3x009033)
プリンセスセレナーデ

リプレイ


 我楽多だらけの街並みに乱雑に積み上げられた粗大ゴミは泥に塗れたその傍にはテクスチャの剥がれた猫がにゃあと鳴いている。
 裏通りに捨てられた粗大ゴミの数々に、傾いだ家屋の扉がちらりと見える。積み重なった建物は粗造と言うしかあるまい。
 前を進むのはパラディーゾの二人の少女。一人はイレギュラーズを誘う為に声を掛けたパラディーゾの『ドウ』。もう一方は『仮想世界の冒険者』カノン(p3x008357)が『ドウ』に断りを入れて誘ったパラディーゾの『カノン』であった。
「あの、『私』……クオリア達と違って見た目でも判別が出来ませんから仮の呼び名をつけませんか?」
 提案するパラディーゾの二人の少女。それを目の当たりにすれば『アルコ空団“蒼き刃の”』ドウ(p3x000172)は確かに、と頷いた。
 例えば、現在では数奇な運命と幾つもの例外を重ねた上でデータの再構築が成された――それもORphanという特異な構造が残されていたが故ではある――『夜船』梨尾(p3x000561)のパラディーゾは『理弦』と名付けられている。
 パラディーゾの『ドウ』に言わせれば『理弦』に起きた現象は限りなく奇跡に近いのだという。パラディーゾとして構築されたデータは『ロスト』、つまりは『廃棄された』筈であった。だが、それが彼女達5人がORphanに留まっていたからという限定的な理由で再構築され、バグとなってNPCとして再構築されたデータがあったのだ。それを練達の技術者がなんとか救い出したという顛末だ(ドウが想像するに、マッドハッターや操が梨尾の為に行ったのだろう)。
「一先ず、そうですね……私のことは『叡智の捕食者(ビブリオフィリア)』とでも。略してビブリオ、でも構いません」
「……」
「どうかしましたか?」
「いえ」
 自身のアバターであるが故か。行き着く所は現実の自身に似ているのだろうか。貪欲とも言える知識欲求こそが自分を構築する最たるものであるとドウは改めて実感する。
「それから、私は……どうしましょうね。一般通過冒険少女であったのは確かなんですが」
「そうですね。私は『一般的な冒険少女』でしたから……なら、クエスターはどうでしょう? クエストを探すのも冒険者の嗜みですから!」
「いいですね。それでは仮にクエスターと。呼びたい名前が出来たら別の呼びかけをして下さい」
 にこりと微笑んだ『カノン』にカノンは頷いた。ビブリオフォリアとの区別のためにドウは現実にも近しい外見――と、言っても大きくは変わらない――をアバターにセレクトしていた。
「前回ORphanを訪れた時、『ドウ』は『アリス』に『黄金色の昼下がり』を探すように言われていた、とのコトでしたね。
 お疲れ様でした。見付けられたコトこそ何よりの喜びでしょう。そして、また新たな謎が生まれたのでしょうけれども……」
 ドウにとってはデータを貪る姿こそが数年前の『ひきこもり』であった自分のようで。其れを止めて外の世界に出た今はそこはかとない微笑ましさと喜びを感じられずには居られなかった。
「こうしてネクストに降り立つのも何だか久しぶり。あの事件からホントに色んな事が起こって忙しかったって言うのもあるけど……」
 あの日、あの時出来なかったことが少しずつ動いていく。妙な感覚なのだと息を吐いた『ご安全に!プリンセス』現場・ネイコ(p3x008689)に「本当にね」と肩を竦めたのは『プリンセスセレナーデ』指差・ヨシカ(p3x009033)。
 ORphanに関しては触りだけであった。それ以降はあれだけの大騒ぎだったのだ。マザーの暴走然り、暴れ回った『バグ』NPC達然り、そして――その崩壊を察知したように飛来したジャバーウォック然り。
(まさかマザーを巡る事件の後にもROOに来る事になるとはな。
 事件の後にもRPするのも、と思うが……作成者として残してきた物に『そう在って欲しい』という思いは変わらんのだよな。知己のパラディーゾも気になるし、全力を尽くしてみるとするかな!)
 さて、やる気を溢れさせるかと一念発起する『神刀付喪』壱狐(p3x008364)。マザーの一件を終えたとてR.O.Oは続いている。それこそ、当初の目的に立ち返れば分かり易い。この地は所謂『旅人達による元世界への回帰が為の世界の謎を解き明かすための世界』なのだから。
「いけなかったところに行けるようになった、と」
 それも冷蔵庫から。何とも愉快極まりないと『雪風』玲(p3x006862)は扉に手を掛けた。その様も『兎をおいかけて』飛び込んで行く不思議の国の少女そのものだ。『Reisender』アウラ(p3x005065)は「目標は何処だろうね」と首を傾いだ。
「入ってみよう。多分、入ればどこに居るか分かるよ」
 冷蔵庫の外は我楽多だらけ、積み重なった乱雑な廃棄都市。『冷蔵庫の中』に広がるのは穏やかな日差しの心地よい黄金色の昼下がり。
 何を見せられているのだろうかと、そう感じてしまうほどの空気の差に『屋上の約束』ジェック(p3x004755)は小さく身震いをした。
「この奥に、アリスがいるんだね」
「はい。黄金色の昼下がり……モザイクだらけで、壊れかけだったはずの世界。
 それが『本来の姿』になったらば。彼女が――アリスが笑顔で居られる世界が此処には広がっているのですね」
 春さん、と呼びかけた彼女を思い出す梨尾の言葉にジェックはこくりと頷いた。
 一歩踏み入れれば暖かな温度が身を包む。寒々しいまでの我楽多通りを余所に置き去りにして。
 辿り着くのはワンダーランド。鮮やかな色彩と花々が咲き誇った玲にとっては知らない世界。
「そして、此処か……かの娘が健在だった頃の『黄金色の昼下がり』はこうも平和とは言わなんだ。
 かつてのワンダーランドはこうも色があったと思うと惜しいものがあるのぅ」
 呟く言葉は空に溶けた。今、自らが訪れた場所は『本来はあり得なかった世界』なのだから。


『飢餓する』真読・流雨(p3x007296)はビブリオフォリアを一瞥した。
「パラディーゾ。ログアウト不能となった者たちのデータを用いたバグデータ。
 あの戦いの前後で、この都市に招かれる事のなかった者に対しても、この赤い花は効果があるのだろうか?」
 流雨の言葉に耳を澄ませたのはヨシカ。自身とて、『赤い花の本来の持ち主』に生きて欲しいと願った過去がある。
 ジェーン・ドゥと名乗っていた『架空の国の主人公(アリス)』。彼女がそうなる前の只の物語の娘出会った頃と出会う覚悟をしなくてはならない。――けれど、心は途惑いを抱えながら、誰かの会話に耳を傾けて置かねば不安が過るというモノだ。
「パラディーゾ・スティア。通称ぱらすち君。彼女は、あの戦いの後に己の死が遠くない事を語っていた。
 だが彼女を僕は助けたいと思っているし、願わくば幸せになってほしいと思っている。その目があるならやるだけだ」
「……先に言った通りにこの花の効果があるのは『黄泉ちゃん』――つまりはゲームマスターが故意で現実の皆さんを引き込んだパラディーゾだけ、です。
 ですからパラディーゾの私やカノ……クエスターにも効果は雀の涙程度。どちらかと言えば、『影歩き』の目的達成のためというのが近いかも知れませんね」
 ビブリオフォリアはそれに、と続ける。
「此処に来たのは私にとっての母……ジェーン・ドゥが言って居たこともあるのです」
「ジェーン・ドゥが?」
「はい。此処は彼女にとっての故郷。『混沌に組み込まれてしまった世界』です。
 ですから、此処を保全し、彼女を……ただの何者でも無いアリスを保護して欲しいというのがジェーン・ドゥの願いです」
 ぱちりと瞬いたヨシカは唇を噛みしめた。彼女はマザー・クラリスの為にその命をも擲った。
 クラリスの命と、もう一度見たかった故郷の姿。それを天秤に掛けて生きてきたのだろう。
「アリス、『架空』の国の主人公……か。本来は『黄金色の昼下がり』で笑っていた『物語の娘』だったあの子。
 赤い花を譲ってもらうにせよ先ずは会って話をしないとだよね! 行こう、アリスさんを探しにっ!」
 しんみりしている暇はないねと笑ったネイコにヨシカはこくりと頷いた。
 前行く二人を追掛けて、壱狐はふむ、と呟く。自身はベヒーモスに注力していた。この地に居るアリスもジェーン・ドゥとしてではなく『只のアリス』として接すれば良い。ロールプレイではその場で得た情報を使えば良い。
 ORphanから繋がったこの地の彼女はそもそも『ジェーン・ドゥ』ではないのだ。無理なアプローチは彼女を困惑させるだけだろう。
「ねえ、クエスター。あの『赤いカーネーション』を見つけられるかも、と聞けば冒険者としても、私としても無視出来ません。
 そう思っていましたが……なるほど。『赤いカーネーション』の、“彼女”の世界であればこうなるのも必然でしたね」
「そうですね。屹度、その花をもう一度得ようとするなら……此処しかなかったでしょう」
 二つの同じ顔。一方は好奇心に満ち溢れた瞳を、もう一方は何かを覚悟するような瞳を。
「クエスター?」
「いえ、ほら、私にとってはお母さんなので。でも、ワクワクします!」
「そうですね。ふふ、見て下さい。あの大きなお城に兎さんが逃げ込んだかも知れないですね~? それとも、あっちかな」
 カノンに手を引かれてクエスターは頷いた。二人とも、『花』は屹度手に入るはずだと感じている。この世界は簡単には崩れない。ビブリオフォリアが言った通りに保全しておける場所でもある筈だからだ。
「……アリスはジェーン・ドゥの生まれ変わりなのだろうか。それとも『逆』か。
 そうであるならば彼女が、年相応の少女のように過ごしているのは微笑ましい物があるな。ジェーン・ドゥの最後は、僕とて感じるモノがあった」
 呟く流雨にドウは「屹度、『元のジェーン・ドゥ』でしょうね」と呟いた。
 彼女は様々なアリスと呼ばれた存在が積み重なって概念的に現れた主人公(アリス)である。
 主人公という立場のみを空箱のように渡された彼女は自身の住まう『この世界』をも混沌世界に飲み込まれて失った。消え去る事を拒否した結果がこのR.O.Oに辿り着いたというのだから。
「さて、アリスちゃんは何処かな? 機動力なら少しばかり自身があるから走らなくちゃならないなら追いつけるかも。
 まあ、追いつけてなかったり、隠れられたとしても、居場所さえわかれば近づけるんだけどね」
 周囲を見回すアウラにジェックは「あっちに、白い兎さん」と指差した。仲良くなることを頑張ろうとする小さな少女の目の前を横切ったのは真白の兎。
 そして――

「まって」

 ストラップシューズの爪先が泥濘に食い込んだ。エプロンドレスを揺らがせて、走るのは金色、蜜の色。
 ふわふわと揺らいだのは柔らかなウェーブヘアー。頭の上を飾ったリボンに、水色のドレスを身に纏う少女が駆けて行く。
「春さ――」
 春さんと呼びかけて梨尾は止まった。そう呼んでいた彼女とは懸け離れた存在であったからだ。あの様に色彩に溢れた姿を知らない。
 全てが抜け落ちたモノクロームの少女は世界を厭うように呻いていた。それが、あれだけ笑っているのだ。
『幾度目か』『幾つ目か』のワンダーランドで見たアリスは余りにも愛らしかった。ドウは息を呑む。
 ――ジェーン・ドゥがどんなコトを思い、考えていたのか今でもはっきりはわからない。わかった気にしかなれない。
 泣きながらヨシカの手を振り払ったのも、心を説かれ疎ましいと叫んでいたのも。其れ等全てがジェーン・ドゥだった。
(でもあの時の彼女は確かにこの『アリス』が生まれるのを予見していた。
 ジェーン・ドゥになる前の『アリス』――兎の穴にも存在していた、あの頃の。
 ……ジェーン・ドゥだって初めからジェーン・ドゥだった訳ではない。特異運命座標と出会い、無辜なる混沌を知覚し……少しずつずれていった)
 あの彼女は特異運命座標を知らない。
 あの彼女は無辜なる混沌を知覚していない。
 あの少女は――『只のこの世界の主人公』だった。
「……この『アリス』と私達が関わって良いのか、少しだけ怖い。あの物語は幸せなモノだったのか。
 最後の時、彼女は生まれ変わるとして、『おかあさま』の娘になりたいと云っていた。言って居たんです」
 震えるように呟いたドウにビブリオフォリアは「それでも、行かねば」と首を振った。

 ――昨日になんて戻れないわ。だって、昨日と今日の私は別人だもの。

 躊躇いと途惑いだらけだった。
 それでも、ずけずけと踏み込むのが特異運命座標なのだというならば。


 ジェーン・ドゥ。そう名乗った彼女に様々な呼び名を与えた人が居た。
 それでも、彼女は『おかあさん』が呼んでくれたアリスが気に入っていたのだろう。
 ヨシカにとって自分がそうするのは自己満足でしかなく、声を掛ける事さえも躊躇いが産まれていた。それでも、だ。
「こんにちわ、初めまして素敵なアリス。一緒にお茶しましょう?」
 これが只の偽善でしかなくても。此処で見付けられた。あの、泣いていた小さな少女を見付けて、笑顔を見ることが出来た。
 息も詰まりそうになりながらぎこちない笑みを浮かべたヨシカの声に少女がぴたりと立ち止まった。
「こんにちは! 不思議な旅人の皆さん。あなたたちも兎を追掛けてきたの?
 ええ、ええ! お茶会はとっても楽しそう。けれども、ごめんなさい。あの子を追掛けなくっちゃならないの!」
 ほらほら、と地面をぴょんと跳ね。今すぐ走り出しましょうと駆け出そうとする少女の手には一輪の花。可愛らしい赤いカーネイションが握られていることにヨシカは息を呑んだ。
 もしかして、と。そんな優しい現実なんてこのバグの世界には存在しない。優しいばかりの世界に浸っていたいなら暗い部屋に閉じこもっていた方が幾分かマシなのが現実というのだから。
「今は忙しいのですね? 可愛い元気なお嬢さん、貴女の悩みはなんでしょう。どんな悩みでも、冒険者が解決してみせますよっ。兎だって何でも!」
「本当に?」
 ぱちりと瞬いたアリスにカノンは勿論と頷いた。自身をカノンと名乗り、パラディーゾはクエスターと名を称する。
「うふふ、可笑しいわ! 双子なのね。同じお顔だもの」
「「え」」
「ああ、同じようにお喋りもするのね! うふふ、うふふ」
 腹を抱えて笑い出したアリスを見てからカノンとクエスターは顔を見合わせた。
 敵意がないことをアピールしてごろごろと転がっていた流雨は「うさぎを捕まえる手伝いをしてもいいかい?」と首を傾げる。
「ええ、可愛いわ! くまさん?」
「ぱんだだ。可愛いだろう? ぱんだ」
「ええ、とっても。ぱんださんが兎を追掛けてくれるのね。ねえねえ、どこまでいくかしら」
「さあ? 遠くだろう」
 流雨の腹に飛び込んで耳をもふもふと掴んでいたアリスは天真爛漫そのもの。驚いた様子の流雨に「ふむ、不思議じゃのう」と玲は呟いた。
「ふしぎかしら?」
「うむ。かの娘――ああ、『妾のよく知っていたアリス』にも似て居ったが、どうにも違うようじゃからな」
「まあ、私とそっくりだったのね! ねえねえ、あなたはどこから来たの?」
 玲の傍へと詰め寄って、兎のことなど忘れた様子のアリスに『色々な世界を旅する旅人』であると玲は告げた。実際に嘘は吐いていない。この世界にやってきたのも『世界渡航の一環』だということにしよう。
「ねえ、後でお茶会をしましょう! その前に兎を捕まえなくっちゃ。
 沢山の世界のお話を聞かせてくれる? 私ったら、物語が大好きなのよ!」
「うむ、勿論! 妾は玲。それから、こっちが……」
 ちら、と後方を振り返った玲に促されてジェックは「アタシはジェック。一緒に遊ぼ」と声を掛けた。
 大人しく座っているよりも一緒に遊びたい。何故か街道に並んでいた椅子に腰掛けていたジェックは椅子からぴょんと飛び降りる。
「うさぎはあっち? 花畑にいったのかな?」
「まあ、そうかも!」
 大事そうな赤い花。それが彼女にとってどれ程に大切なものであるかをジェックは知っている。
 斯うしてみれば天真爛漫な子供でしかない。そんな彼女の大切なモノを貰うのは気が引けて堪らないのだ。
「アウラです。それと……」
「初めましてアリス。自分は梨尾です」
 アウラの傍でお土産の和梨のタルトを手にした梨尾が微笑んだ。一人で丸ごと食べても良いと提案すれば、「みんなで食べましょう!」と彼女は笑う。
「ではお茶会……よりは体を動かす方が子供としては嬉しいですかね? 本題の前に体を動かしましょうか!
 見失った白い兎さんを追いかけます? それともいい感じの枝を探して、フリスビー代わりに投げ合いっこはどうです?
 両方同時でもいいですよ! こう見えてHP、じゃなくて体力はあるので」
 じゃあ、どっちもと笑った彼女が走り出す。
 冒険者を舐めるべからずとカノンとクエスターが兎の居場所を割り出して、梨尾は鼻をくんと鳴らして走り出す。
「こんにちは、アリスさん。白い兎を探しているとお聞きしました、手伝わせてください!
 兎は大変、大変と大急ぎ。人助けセンサーに引っ掛かったりしないでしょうか?」
「屹度、『助けて』って叫んでいるわ!」
 微笑んだアリスにドウはこくりと頷いた。掛ける背中を追掛けてネイコと壱狐も釣られて走り出す。


 走り回るアリスについて、慌てて走るネイコは「ネイコだよ」と挨拶をした。
 こうして普通に会話しているだけでもどこか嬉しくて。自身と『ジェーン・ドゥ』は何時だってぶつかり合うだけだったから。
「良ければこの世界の事、私達に教えてくれないかな? 私達、まだこの世界に来たばっかりで知らないことだらけなんだ」
「こんにちは、私は壱狐、良ければ貴女の事やここについて教えてくれますか?
 混沌ともネクストとも違う世界、オルファンに繋がる異界。依頼とも関係なく楽しそうじゃないです?」
 壱狐の言葉にアリスは目を丸くした「オルファンってなあに? 異界ってなあに? 他の世界って?」と首を傾げる彼女にヨシカがひゅうと息を呑む。
 ドウが考えていた通り『彼女はイレギュラーズと混沌世界』によって変化をもたらされた。
「そう呼ぶ世界があるのよ。玲さんが『異世界を知っている』から教えて貰いましょう? 屹度驚くわ」
「そうだね。屹度、アリスさんもビックリするような世界が広がっていると思うから。
 空から見てみるのは? 怖くないから大丈夫。私の手を取って? ……そう――それじゃ、行くよっ!」
 ぐわりと空へと浮かび上がって、ネイコがにんまりと笑う。アリスと共に空中散歩を、というのは『あの時』に最後まで手を伸ばせなかったからだ。
 気軽に手を取ってくれてウサギを探すように見回す彼女。その身体はちっぽけで、ネイコでも易々と抱きかかえることが出来た。
 あの時の代わりというわけでもない。それでも、仲良くなりたいと、そう願っていたから。
 花園に行きましょうと笑うアリスがネイコの手を引いて、走って行く。その背中へとヨシカは緊張したように言葉を投げかけた。
「ねえアリス。貴女は此処でどんな事をして遊んでいるの?
 チェシャ猫さんはいないのかしら? 白うさぎはああしてずっと逃げているの? 私達とも……遊んでくれるかしら?」
 不安に思ったのは『あの時』の事を思い出すから。ジェーン・ドゥと出会って、知った気になって、自分の良いようにしか手を差し伸べられなかった後悔。
 手を伸ばして、掴んで、捕まえてと叫んでいただけの『自己満足』の象徴のような。
 故に、ヨシカは息を呑む。不安になって、言葉を紡げず、今の彼女が何を求めているのか。彼女のためにと自分を欺瞞しているだけに思えて、酷く落ち込んだ。
「遊ぶわ」
 笑った彼女は「だからおいでよ」と手招いた。
 ワンダーランドの追いかけっこ。カノンが「負けませんよ」と走り出す。ぱちり、と瞬いてから流雨は「ならば僕も走ろうか」と走り出した。
「ふふ、皆で走るなんて楽しいわ! 此処では私以外は皆不思議な住民だったから。
 ねえ、もっと走りましょう。兎はまた今度でも良いもの。どこまでいこう?」
「じゃあ、あっち。綺麗な花畑があるから」
「そうしましょう。ジェック、ジェックと言ったわよね。手を繋いで。離さないで。ネイコはヨシカの手を引いて。
 梨尾もドウも遅れちゃあいやよ。アウラと玲も壱狐もついてきて。それじゃあ、よーい――どん!」
 走り出すその背中を見遣ってから流雨とカノンは小さく笑った。天真爛漫な可愛い子。
 彼女とのお茶会の席に着くまでに、あと少しだけ遊んでいよう。
『本題』に入るまでもう少し。もうちょっとだけ――この時間を楽しんでいることが屹度、自身等にとっても大切だから。

 花畑に腰掛けて、赤いカーネーションはエプロンドレスのポケットに潰れぬようにとっと入れてからアリスはジェックの隣に腰掛けた。
「花冠、作れる?」
「いつもぐしゃってなるからできないの」
「アタシも作ったことはないけど。作り方は教わったことはある。ね、一緒にやってみない?」
 花畑に腰掛けて、身を寄せ合って少女同士で花冠を作り出す。
 その背を眺めるアウラは不思議なモノだとまじまじと見詰めていた。この世界はライブノベルで見た『黄金色の昼下がり』そのものだ。どこか楽しげな、愉快そのものの世界。
 その中に彼女が楽しげに笑っているのだ。
「茎をこーやって曲げて、こっちに通して。んと、これを繰り返す感じ。多分。……できそう?」
「んんー……」
 赤いカーネーションはまだポケットの中。ジェックはちら、と見遣って。盗るとかはしないように、意識しすぎぬようにと気を配る。
「どうですか?」
「難しいわ!」
 匙を投げそうなアリスに「頑張って下さい」と微笑んだクエスター。その傍で見遣りながらカノンは『彼女』にもあの花は影響するのだと唇を噛んだ。
 簡単に奪うことは出来る。それでも『そう』しないのは、彼女がその花を大切にしているからだ。
「難しそうじゃのう」
「とっても……うーんんんん」
 ぐうと唸った小さな少女の手伝いをしながらジェックは「そうそう」と小さく頷く。斯うしていれば、友人同士。あんな『殺し合い』なんて無かったような――
「アリス、上手。綺麗にできたね」
「ジェックのお陰ね」
「……ねえ、アリス。その花、綺麗だね」
 花冠を被ったアリスがきょとんと赤いカーネーションを見下ろした。ジェックの言葉に「ああ!」と頷いてから「おかあさんの花なの」と微笑んだ。
「おかあさんってどんな人だったの? その花はおかあさんのものなのに、どうしてアリスが持ってるの?」
「……わからない」
 茶会に行きましょうと壱狐に促されながらアリスは首を傾いだ。
『おかあさん』が誰かは分からないけれど、とっても大切な人だったことだけは、なぜだか分かるとでも言う様な。


「最高のお茶会にして見せますよ、任せてください。ここでは私(刀)は必要なさそうですが、こう見えて私は他にも色々出来るんですよ?」
 見ていて下さいとティーセットや日傘もこの世界にぴったりのメルヘンチックなモノを。紅茶に合う軟水を用意して、おもてなしの準備を整えていた壱狐のテーブルに梨尾のお土産のタルトが載せられる。
「この世界ならではの茶会が楽しめそうです。トランプ兵が給仕してくれたりするんでしょうか?」
 不思議そうに見回すカノンにそうしましょうと壱狐が準備を進め行く。
「アリスさんはお砂糖をいくつ入れますか?」
 ドウが角砂糖を摘まみ上げればアリスは「3つよ」と指で『3』を作ってにんまりと笑う。
 三月兎や良かれ帽子屋はいないが、不思議の国のお茶会に参加してアウラは正しく『物語の世界』だと瞬いた。
「アリスさんは家族がお好きですか?」
「ええ。あのね、私ったら家族がどんなお顔をしていたか分からないのだけれど、とっても好きだったわ!」
 ドウはちら、とビブリオフォリアを見遣った。目を瞠り、そしてどこか潤んだ瞳をする彼女は「そうですね」と笑う。
『おかあさん』と『こども』達。
 記憶は繋がっていない。想いは確りと繋がっている。だからこそ、ビブリオフォリアはワクチンを求めてやってきた。
 現時点のアリスが持つ『ワクチンの花』は弱い効能しかもたらさない。

 ――あの花は、私には効果が薄いでしょう。

 それは、もしも『効果が発揮されたら』消え失せてしまう危うささえあるからだ。
 流雨が『ぱらすち』に使おうとしたことも然り、誰に使おうとも、それがその命を消し去る可能性もある。
 それでも、ビブリオフォリアは『同胞』の――効果を得られる相手の為にと此処までやってきた。
(……繋がっているのですね)
 彼女が感じた、安堵や幸福が親子の絆と呼ぶのだろうかとドウは目を細めて笑った。
「では、いろんな国の話じゃったかの? 『鉄』の国の話はどうだろう。
 ぜんぶ鉄でできた国のおはなし。わるいぐんじんさんが大むかしのあぶない機械を動かしてしまうのです、
 そこにかけつけた勇者さまたちによって機械はたいじされ、わるいぐんじんさんも心を入れ替えてみんなのためにお仕事をするのです」
「まあ、不思議! 他には?」
「『海』の国の話……海のむこうをめざしている国のおはなし。
 わるいうみの蛇さんに何度も邪魔をされてきましたが、今度は他の国や旅人とみんなと協力してやっつけることに成功するのです」
「でも、わるいうみの蛇さんだって何か事情があったんじゃないかしら?」
 玲は「どうじゃろうなあ」と笑った。話を聞くために身を乗り出す彼女は可愛らしい。
「ならこれはどうじゃろう? 『今』の国の話。むかしもいまもずっとかわらない国のおはなし。
 そこへわるい竜があらわれて、今の国のひとたちは協力してやっつけます。
 変わらないままだといけないことに気づいてみらいに進むことをきめたのです」
 冒険譚を楽しげに聞いているのはクエスターであった。楽しげな彼女を見ているだけでカノンはにこりと笑みを浮かべる。
「ねえ、アリスさん。そのお花はおかあさんのものなんだっけ?」
 問いかけるネイコにアリスは遂に『話さなくてはならない』と暗い顔をしてこくりと頷いた。
「……そっか、やっぱりその花はアリスさんにとって大切な物なんだね。
 ――けど、それでも言うよ。アリスさんの持ってる赤い花、私達に譲ってくれないかな?」
「ど、どうして」
 不安げに声を震わせるアリスにネイコは続ける。
「とっても大事な物なんだって、わかってる。アリスさんの口から聞いたんだもん。
 でも、その花があればドウさんや、その仲間たち。『彼女』の子供達を少しでも延命させられるかもしれない。――だから!」
「わ、私は、」
「アリスさんにとっては関係ない事なのかもしれない。それでも、私達はこうしてお願いする事しか出来ないから……」
 俯いたネイコの傍でヨシカは其れを奪うことは出来ないと震える声を漏した。
 彼女が納得して花を渡してくれる可能性は少ないのだ。其れを分かって、此処まで来た。
「他の人から聞いてるかもしれませんが……自分達はアリスが持ってる赤い花が必要なんです。
 その赤い花があれば、いずれ死んじゃう人達が助かるかもしれない。
 外で自由に動くと、バグだから、魔種だから、世界やマザーを刺激するからなどで……自由に動けない人達の助けになるかもしれないのです」
「よく、わからないわ」
 アリスは俯いた。梨尾の言う息子の話は奇跡である。故に、他のパラディーゾが『そうなることはあり得ない』。
 有り得やしないが、アリスにとっての大切な花が誰かの命を長引かせる可能性がある。
 効果をもたらしすぎれば屹度、消えてしまう命だ。それが『微かな効果だけで僅かな延命』をさせるのだとすれば。
 ……縋りたくもなる。
「ごめんなさい、アリス。
 けれど、それがお友達の命を救うの」
「……ヨシカまで。梨尾が言う、その『バグ』はわたしはわからないわ」
 自由に動けない人々は『その命を長らえるだけ』で、平常に戻るわけではない。所詮は、少しばかりの命の待機時間が増えるだけかも知れない。
 それでも、その間に為し得ることがあるのだ。
 ある者は目的を果たすだろう。
 ある者は笑って死ぬ道を選ぶだろう。
 ある者は――そうやって、積み重なっていく人の命と『命より大切な花』を天秤にかけなくてはならない。
 少女が俯いてしまった、とヨシカは息を呑んだ。
「世話になったお礼として、母君を、クラリスを探して赤い花を代わりに渡してあげるというのはどうじゃ? ちゃんと伝えてあげるのもよかろう?」
「そうですよ、良ければおかあさんに会ってみませんか」
 玲と梨尾の問いかけに、カノンの出したマスコット・マザーを眺めていたアリスは首を振る。
「やさしいのね。でもね、その『おかあさん』を私は知らないの。
 きっと、知ってるんだとは思うの。胸がきゅうっとなるし、ほっとした。けど……私は『おかあさんの子供』じゃないアリスだから」
 流雨の言う様に『姉妹』としておこうか。
 アリスとジェーン・ドゥは同一人物でありながら別々の存在だ。
「彼女は……彼女は、この世界に生まれ苦しみ藻掻き、それでも生きる事を選んだ。選んでくれた。
 恐らく他のパラディ―ゾ達も『そう』なのだろう。ならば僕は其れを助けたいと思うのだ。それが生きろと願った者の責任でもあると思うゆえに。
 まぁ、あれこれ言ったが難しい事でもないのだ。子を助けたいと願うのは『親』として当然の事だからな。もっとも、この場合は『名づけ親』という事なのだが」
「ねえ、『わたしのおかあさん』も私に生きてて欲しかったかしら?」
「無論」
 頷いた流雨にアリスはにこりと微笑んだ。
「おかあさんがいなくて辛かったり悲しかったりするなら、一緒に探してあげる」
「ううん、大丈夫よ。大丈夫なの。けど……このお花は、ジェック達に預けたら『おかあさん』に届く?」
 ジェックは唇を噛みしめた。それは難しい。それでも。
「ねえ、アリス。……あのね、一緒に遊んで、お話してくれたお礼。この花も貴女の『大切』にして貰えないかしら」
 おかあさんは此処には居ない。クラリスと彼女は『出会う前の存在』だ。それでも、心のデータは残って、彼女に大切な母を与えていたから。
「……たいせつ?」
「ええ。大切よ。この花を見たら私達と言うお友達がいる事を思い出して欲しいの」
 装備してきた赤いリボンを花にして。笑ったヨシカの傍で、ジェックはそっと花冠を乗せた。
「また遊びに来るからね、アリス」
「ええ。……ねえ、お花、つかって。
 でもね、ヨシカもジェックも約束よ。また――また、遊びに来て。もっとこのワンダーランドは楽しいところがあるから」
 にんまりと微笑んだ彼女が差し出したのは赤いカーネーション。
 枯れることのない電子の花。
 ――パラディーゾの命を僅かに繋いで、結んで。……そして『多量摂取させることでワクチンの効果で安全に殺す事の出来る』花。
 使い方によっては安楽死に近い穏やかな死を迎えさせてやれるだろう。
「また遊びに来るよ」
 ジェックは、寄り添った。
 額をこつりとぶつければ、黄金色の髪がジェックの頬を擽った。
「うん、待ってるね」
 笑った彼女の手を離せば、赤いリボンの花と花冠の少女が手を振った。

「お帰りなさい」
 ビブリオフォリアの淡々とした声を聞き、ゆっくりと顔を上げたドウは「ただいま」と返す。
 そこは電脳廃棄都市ORphan――開いたままの冷蔵庫の扉をばたりと閉めれば、今はあの世界とは隔絶された『バグだらけの世界』がその身を包み込んだ。

成否

成功

MVP

ジェック(p3x004755)
花冠の約束

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 アリスも、この頃に皆さんに出会えば、笑って一緒に過ごせる未来が待っていたでしょうか。
 MVPは寄り添ってくれた方に。
 おはな、大切に使いましょう。パラディーゾには少しずつ与えて、少しだけ命を延ばすように。

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