シナリオ詳細
<spinning wheel>In marble walls
オープニング
●冬の子どもたち
――冬の薫りに抱かれたなら、誰より優しく眠れる気がした。
深緑(アルティオ=エルム)。
嗚呼、春先の柔らかな陽光に煌めくステンドグラスは、礼拝堂のタイルに豊かな色彩を描き出して。
大樹ファルカウの麓に麗しのアンテローゼ大聖堂は佇むけれど、今は茨に抱かれて凍て冬に眠る。
かつて、大小様々な数多の精霊達が暮らす楽園があった。
遙か昔の話だ。
そこは、虹の国、よろこびの園、金色ヶ原などと呼ばれていた。小さな王国――妖精郷アルヴィオンは、その頃に誕生したと言われている。
無辜なる混沌の勇者アイオン一行は、希代の魔術師シュペル・M・ウィリーから魔術的転送装置を作成してもらい、虹の国へとたどり着いた。虹の国を支配していた強大過ぎる暴威――冬の王が支配する国に。『妖精』達は、冬の王を追うアイオン一行と共に、冬の王討伐に挑んだとされる。
虹の橋をまもりまする
守りまする
守りまする
虹の橋をまもりまする
冬の王様 ボクたちの王様
たすけてもらったから
義理があるから
参戦しましょー―そうしましょ
きのこが沢山の森みたいなエリアを抜けた先に、マーブルの迷路があらわれる。
板下でネモフィラが咲き誇るのを透かすヴィードロの床を、
ふわふわ、ころりん! まっしろうさぎが転がって。
ころころ、続く卵たち。
勢いあまってぶつかる壁はマシュマロみたいに柔らかくって、絵本が見守る珍道中に冬の薫りが充ちていく。
●大迷宮ヘイムダリオン攻略
情報を精査し、『怠惰の魔種ブルーベル』の姿も見られたことから、『怠惰』が何らかのキーワードになるのではとイレギュラーズ達は考えていた。そんな彼らに齎されたのは妖精郷からの連絡だった。
迷宮森林の内部になりながら『大迷宮アルヴィオン』と呼ばれた道で断絶された常春の国は茨の影響も存在せず、平常通りの様子が見て取れた。「迷宮森林(深緑側)へ行く事は出来ないが、ラサとの国境沿いへの出入り口を『魔種ブルーベル』によって齎された」という妖精達は、イレギュラーズと一つの約束を交わした。
――『妖精達は侵入経路を提供する。その代わり、イレギュラーズは彼女達を危険から護る』という約束だ。
妖精女王が司る使命の一つ『妖精郷の門(アーカンシェル)』で直接ルートを開けば、『茨』や何らかの敵対勢力が入り込む可能性がある。故に、アーカンシェルは使用せず、大迷宮ヘイムダリオンを利用して深緑へと向かう事を妖精女王は許諾した。
「おかげさまで、深緑の調査も進んだようです。ご協力ありがとうございました」
情報屋の野火止・蜜柑(p3n000236)がそう言って頭を下げた。
「妖精郷側からアーカンシェルを開き大迷宮『ヘイムダリオン』への道を繋ぎ、内部に存在する敵対勢力を撃破する事。これが今回の依頼になります。また、今回は皆様に同行される方がいます」
蜜柑は状況をまとめた依頼書を手渡しつつ、同行者を紹介した。
「大迷宮ヘイムダリオン攻略にお力を貸してくださるのだそうです」
名前を告げて挨拶するのは、精霊種と幻想種の2人。
「希むきみ、挑むきみ。光咲く道がきみと共にあらんことを。蝶々は道照らす標になるだろう」
光る蝶々がひらりふわりと周囲を舞って、綿毛のように浮いて進み出るのは、《月光蝶々の魔女》エルマー・ギュラハネイヴル。小さな女の子みたいに無邪気で、おばあさんのように物知りな彼女が微笑んで、大事なポシェティケト・フルートゥフル(p3p001802)に寄り添っている。ぱちくり、霜のようなまつ毛を瞬かせて、ポシェティケトが首を傾げる。そちらの幻想種の方は、はじめまして、と。視線の先には、黒髪眼鏡の『陰性研究者』ティリオン・イル・ギロンドが冷然と立っている。
ティリオン、と名を呼んだヴェルグリーズ(p3p008566)が事情を問えば、如何にも不機嫌に――ヴェルグリーズには「故郷を案じている」と思われた――語るのだった。
「偶然茨の難を逃れた私は、今回の件についての調査を手伝っていたのです」
彼は、ファルカウに住む研究者である。天文学や紋様魔法陣を使用した精霊魔術の論文で評価されている。だが、ヴェルグリーズは知っている。彼が最も熱心に研究している内容は『大樹ファルカウの周辺に存在する霊樹達の防衛機構の有する感情増幅作用を制御する研究』。例えば、負の感情には働かず、正の感情にのみ働かせる、といった具合にできないか、と事件前から研究していたのである。そっと目で問えば、研究が何かの役に立たないかと関係機関や友人らに共有もしたが、現状成果は芳しくない様子だと報せる視線が返された。
「大迷宮ヘイムダリオンを抜けた先に存在するファルカウの麓に鎮座した『アンテローゼ大聖堂』をイレギュラーズの活動拠点として取り戻すならば、私も全面的に支援をいたしましょう」
ファルカウ周辺には冬の暴威が吹き荒れているですとか、大聖堂付近には敵陣営が――魔種とかが布陣している、という情報もあるようです、と情報がまたひとつ共有されると、ヴェルグリーズは微かに眉を寄せた。
――魔種、か。
魔種に関わった記憶を思い出せば、もちろん同情できない主もいたものの、それなりの事情持ちの者が大半だった。
(彼らは、不幸にも普通の人より少しだけ運命の歯車が狂って狂気に堕ちた人たちだ)
――だから俺は魔種というだけで彼等が悪とはみなせないんだ。
やりとりを見守っていた蜜柑は自領地のある深緑を案じるクロエ・ブランシェット(p3p008486)を励ますようにギルドのあちらこちらを示した。ギルド・ローレットのメンバーは幾つかのチームを結成し、それぞれが相談を始めている。
「敵も多いですが、味方も多い。連携し、協力して勝利を掴みましょうって事で、今回は『大迷宮ヘイムダリオン攻略作戦』と『アンテローゼ大聖堂周辺掃討&制圧作戦』の同時展開となっています。このチームの目的はさっきもお話しましたけど」
――目的は、大迷宮『ヘイムダリオン』を先行し、敵対勢力を蹴散らして出口まで行く事だ。
「皆様なら、きっと作戦を成功できると信じています。どうぞよろしくお願いいたしますね」
深森の異変が知らされてから今日まで、たくさんのイレギュラーズが調査に名乗り上げ、現地に赴いた。
大勢の目指す目的は、はっきりしている。
かの地を元に戻したい。
人々を助けたい。
これは、そんな願いを背負い望みを繋げんと迷宮を駆ける勇者たちの物語である。
- <spinning wheel>In marble walls完了
- GM名透明空気
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年04月04日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●花と冬の迷宮行
――幽かな白、冬の薫りにご挨拶を!
蝶々のプリズムが跳ねる路をトコラトコラと歩むのは、エルマーの大事な『謡うナーサリーライム』ポシェティケト・フルートゥフル(p3p001802)。ふわ、ふわ。蜜色の星の粉を振り撒く妖精のクララと口遊むのは、素直な歓び。
「精霊達の国、可愛い迷路。絵本の中にいるようで、わくわくしちゃうわねえ」
――お歌のしめくくりは幸せなものが好き。
虹の架け橋に色づく花の彩りに抱かれて無垢に謡えば、エルマーが微風めいて微笑んで。ああ、このかわいこさんのためならコッソリ魔女が先廻りして幸せの粉を振りまくくらい、容易い物さ……――甘やかしすぎてはいけない。独り立ちした娘だもの、と反駁が聞こえるよう。ああ、ああ、わかっているとも、でも甘やかしたくなって仕方ない――かくも悩ましき親心。蝶の光溢れる中、あどけなき挨拶がぽつり。
「皆も、エルマーさんもティリオンさんも……よろしく、ね」
胸をどうしようもなく躍らせる可愛い迷宮にミモザの花瞳をきらきらさせて、『淡き白糖のシュネーバル』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)が蝶々を指先に休ませた。
「ちょうちょ……可愛いなぁ。照らしてくれて、ありがとう」
おとぎ話の世界のなかに来たみたいですね、と『救済の視座』リスェン・マチダ(p3p010493)も大きなウィザーズハットのつばを片手で持ち上げて絵本の世界を見霽かせば。
「あたしはあんまり絵本とか読んだことないからな……」
『餓狼』シオン・シズリー(p3p010236)は祝音と一緒に聞き耳を立てて、方向感覚を活かして地図を書いている。リスェンは頷き、「たくさんの人の願いを背負う大事な作戦ですから、気を引き締めていきます……!」と杖を掲げた。
「まあ、迷宮だってんなら踏破するだけだ」
「はい!」
ここは過ごしやすいわね。エル――代わる代わる囁く契約精霊たちに楚々とした呟きを返し灯す『自然を想う心』エルシア・クレンオータ(p3p008209)は、覚悟を瞳の底に宿している。それは、ある時からエルシアに燈る刃に似た傷みを伴う想い。
「冬の精霊種達は、ただ義を通しているだけ……」
淡い春を燈す瞳は自然に寄り添い、然れど自身の立ち位置を確りと見定めて。
(彼らを傷付ける事が、果たして赦されるべき行為であるのかは判りません。でもそれが今の私達の為すべき事だというのであれば、喜んでこの身を罪の炎で焼きましょう。もしもそれが赦されざる行為であるのなら、運命が私を裁くでしょうから)
ふわりと頬を撫でる感覚は、精霊のモレアー。世話焼きな気配に「大丈夫です」とエルシアは優婉に応えた。
絵本の天蓋下を鳥が往く。
「大迷宮というくらいだからどれだけ険しい迷宮かと思っていたけれど、思いのほか可愛らしいというか……妖精の持ち物と言われれば納得する感じだね?」
『全てを断つ剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)が相棒が放った星鳥を見送る。返る聲は清廉に。
「メルヘンでお伽噺のようですね」
「でも、油断をしては痛い目を見そうだし、何より突破できなければ今後に関わる気を引き締めてかかるとしよう」
「ええ。大迷宮ヘイムダリオン……大迷宮の名を冠すだけあって、やはり巨大ですね」
――音、温度、絵本の視点。
万華鏡めいた感覚を淡々と報せる『星雛鳥』星穹(p3p008330)。ヴェルグリーズが無理はしないようにと細い肩を支えると、天青石の瞳が近くの顔を見上げてからその上で舞う白綿毛に風を見つけて星が瞬くように吐息を零す。
「風が視えました」
――あなたのおかげです。
ふわ、ふわ。綿毛を追いかけて金絲雀の視界を伝える『茨姫と感情舞曲を』クロエ・ブランシェット(p3p008486)は髪留めにとまる蝶々に眦を柔らかく和ませて。
「目移りしそうになるくらいとってもメルヘンな道ですね」
「みんなで進んでひとつずつ、繋いで繋いで、向こう側へ辿り着きましょうね」
エルマーが楽しい魔法で歩むびいどろの上に耿々とお星さまを遊ばせるから、ポシェティケトは夜を彷徨う御月さまの気分でくすくす笑う。わぁ、と祝音がお星さまに目を輝かせ。
「エルマーが一緒に来てくださるなんて。ふふ、嬉しいな。ワタシ達の頑張り、ご覧になってちょうだいね、ママ」
――ママ、と。はじめて呼ばれた時の嬉しさを思い出すように目を細め、エルマーが可愛い娘に頷く。優しい気配充ちる道――深緑の皆は心配だけど、とクロエは林檎色の瞳に笑みを浮かべ、淑やかに言の葉を紡いだ。
「皆がいれば、きっと辿り着けますね」
歩くうち、自然と隊列めいた並び順ができていた。
「右の道に行けば敵と遭遇します」
星穹が予測して、消耗は避けていきたい、とシオンが方角を視る。
「毛玉ほこほこの冬うさぎさん、敵なんですよね……」
残念そうなリスェンに、エルシアがお気持ちはわかります、と応えて。祝音も頷き、3メートルの棒で床をつん、つん。
「罠があるよ」
お菓子の匂いがするよとファミリア―の猫もみゃあと鳴く。リスェンが罠を解除するのを皆が見守り、慎重に穴を調べて引き上げたのは、プレゼントボックス。中は、花弁のチョコと苺をミルク色のシャンティーイが冠るチェリームースと白のカヌレ!
「毒とかは、入ってない……と、思う」
祝音がはにかみ、全員で分け合おうとして、ひとつをティリオンに差し出した。子供は苦手だったはずだが大丈夫か、とヴェルグリーズが見守る中、ぎこちなく受け取ったティリオンが礼を言うと祝音は無邪気に微笑んだ。
「僕、深緑、あんまり行ったことない……」
「……」
「どんな、ところ……? 森、おやすみ、してる……?」
「……」
静寂の男が言葉を選んでいるのを、幼い瞳は健気に見上げて待っていた。長身の大人は目を逸らしているが、下から向けられる視線を強く意識して動揺しているのは傍目にも明らかだった。
「どうでしょうね」
そっと応えがあったから、祝音は嬉しそうに声を弾ませた。
「解決、僕も手助けできればいいな」
不思議な生き物に出会ったような顔でティリオンが首を傾けて、「もう、手助けをして頂いています」と不器用に呟く。
「そっか……?」
「ええ」
「でも、まだ解決、してないから」
「……そうですね」
ふわふわした会話を聞きながらヴェルグリーズは最後尾で地図と方角を照らし合わせた。シオンが記憶力を発揮して敵と遭遇しかけた道を思い出し、敵の巡回経路を割り出す隣で棒が違音を奏でたから、再びリスェンが罠に対処する。
ポシェティケトはマーブルの壁を優しくつついて、目印が描けるかしらと呟けば、祝音がマーブルの壁に油性ペンでねこさんを描いて「できた」と笑う。
「これで同じ所に来た時、わかる……はず?」
「まあ。なんて可愛い目印かしら。じゃあ、床にはこれを」
ポシェティケトが探索者の短刀を標に置いて行く。エルマーが「立派な探索者さんだね」と目を細めたから、鹿の頬が薔薇を燈して「ふふ、そうなの。ワタシ、りっぱな探索者さんなのよ」と淡く柔らかにはにかんだ。
巧く戦いを避け何度目かの曲がり角を選ぶ一行は、泉に辿り着いた。
「きらきらの泉だわ」
水晶のように澄んだ泉が視界に煌めいて、ポシェティケトが新鮮な驚きに足をはやめる。
「勇敢な探索者さん、気を付けるんだよ」
蝶々がひらりと飛んで鏡のような泉面にその光を燈せば、中の黄金が呼応するように煌めいた。星穹が水中の果実に気付いて、黄金の林檎だね、とヴェルグリーズが頷く。
「休憩と情報精査の時間を取ろう」
シオンが地図を詰めながら提案した。クロエとリスェンが一緒になって黄金の林檎を不思議そうに覗き込む。きれいですねと声が揃って、触れ合う肩が微笑みに揺れる。エルシアは水面に映る己をぼんやりと見つめていた。長い耳には、研究者が縁を語るのが聞こえた。
「ティリオン殿がご無事で何よりだ。今回の協力、感謝するよ」
ヴェルグリーズが声をかけたのが発端だった。黙々と綿毛や泉の水を採取していたティリオンは居住まいを正して頭を下げた。
「感謝するのは此方です」
いそいそと試験薬を水に浸して反応を調査するティリオンという研究者には礼儀はあるが愛想はないけれど、ヴェルグリーズは感情の薄い声に紛れもない感謝と不安を感じ取った。
「深緑を取り巻く茨は俺も別の依頼で見てきた。中心部の人達が心配だね。キミがこれ以上案じなくて済むように俺達イレギュラーズも最善を尽くすよ」
研究者が信頼の色を浮かべて顎を引く。沢山の人を視て来た剣には、使い手の傍らで話せぬ武器として寄り添うしか出来なかった思い出もある。言葉を通して心に働きかける距離感にいる現在だからこそ、その言葉は大切に紡がれるものだった。
「この先の戦いでは魔種と邂逅する可能性も高いだろう。キミは早めに安全なところへ避難してほしい。魔種の被害にキミが巻き込まれる必要はないのだから」
ヴェルグリーズが提案をする。それは当然の配慮であり、従うのが自然に思えた。しかし――沈黙がひたりと場を占めた。
「ティリオン殿?」
返事がない事に違和感を覚えて尋ねれば、ティリオンは呟いた。
「目撃情報があるのです」
「と、いうと?」
情報を端的に整理して共有されるのは、色弱の子供の話。その子に光溢れる世界を、希望を感じさせようとした過去の彼の失敗談。
「その子供が魔種として参戦しているという情報があったのです。それも、私が教えた紋様魔術を行使して」
●冬と勇者たち
数分後、憩いの泉に別れを告げて、一行は再び迷宮を進む事にした。
迷宮探索は順調で、シオンの記憶によると同じ道に迷い込んだのは只2度のみ。
「上々。あとは、直進して出口だな」
軈て辿り着いたのは、すべての分岐が終わった最後の道。
出口を堅守する構えの冬の仔らとの邂逅にポシェティケトは目を丸くして、おっとり、トコトコ。
「まあ、可愛い」
あなたたち、王様のために働いてらっしゃるのね、とポシェティケトが首を傾ければ、冬の仔らは誇らしげに転がって。
「ここは、お通しできかねまする」
「ワタシ達、王様を傷付けに行くのではないから、出来ればあなた達と戦いたくはないのだけれど……難しいかしら?」
ポシェティケトが砂糖菓子のきらめきめいた笑みを咲かせて問いかける。
「んーん。じゃましまする」
ふんわり、ころころ、冬の仔らは首をふって。大きなふわふわうさぎが転がって、卵もいっしょに跳ねている。可愛い、と思わず呟いて頬を抑えてしまうクロエ。
(キャンディスさんを思い出しちゃう……)
クロエが口元に手をあててたれ耳白うさぎの可愛いあの子を思い出し、困り顔で思わず呟く。
「わ、私たち、むやみに傷付けたいわけじゃないんです」
「敵じゃなければもふもふしたかったです……っ」
「うん。敵じゃなかったら、もふもふしたかった……」
リスェンと祝音も寂とした呟きを洩らして。
「心が痛みます……よねっ」
そぉっと3人、口元に人差し指をたてて内緒の合図。
「でも……僕等は進むし、敵は倒す。深緑の人達を助ける為にも……!」
祝音は蜜色の翼を背中に輝かせるから「はい!」と歯切れよく返事をしてリスェンはおんぼろの杖を握りしめ、回復の準備をする。冬うさぎさんに攻撃したくないわけではないですよ、と呟く耳にはシオンの「エッグから倒そう」という呼びかけが聞こえている。
(戦いは避けられません、ね)
――胸に過るのは木漏れ日差し込む樹冠。隙間に覗く青と白。
エルシアは戦う術を知らなかった頃の自分を思い出して「火砲は任せてください」と集中する。
――なすべきことを。
祈るように手を組むエルシアの足元に飆風より疾く赤き魔力が渦を巻き、花が大輪を咲かすように炎が生まれた。
苛烈な赫。麗しい浄化の色。
覚悟の焱。優しく罪を吞み込んで。
長い髪を緩く靡かせ燃える視界に何かを求めかけて、森の娘は祈るように瞳を閉じた。
(私がこうして苛烈に攻める事で、彼らが逃げていってくれれば良いのですけれど)
この温度。閉じた世界に感じる熱。瞑目世界は母に抱かれているようで、然れどどうしようも無く独りだった。
「お母様……」
呟きは迷子のよう。いいえ、と首を振って瞳を開けて。自らの意思で腕を前へ伸ばした。罪炎が冬を焼くように。彼らが怯える事のないように。長く苦しむ事の無いように――最大火力を奔らせる。目を逸らさずに瞶める先で冬が炎に溶けていく。ああ、我が身が罪に燃えるよう。お母様、お母様……揺れる瞳に涙が溢れそうで、エルシアは両手を握って静かに堪えた。
「いけそうですね」
「ああ」
仲間の炎はあたたかく、一撃で敵を鎮めるさまには優しさが見て取れた。燃え盛る戦場にシオンが一息で距離を詰めて剣魔双撃をお見舞いする中、その身の清霜たるを象徴するような三つ編みを靜かに揺らして星穹が印を結ぶ。彩光の櫻花が乱れ飛ぶ視界前方に展開するのは、盾に似た魔法陣。星穹の傍らで相棒と共に剣を構えるヴェルグリーズは、清廉な盾に絶対の信頼を感じながら共駆ける。
ひらり、櫻花舞い――踏み込みに床が涼やかに鳴る。身ごと体当たりするような劍風瀑布。櫻光を反射して燦めく鮮やかな軌跡で冬鎮め。佳刃の変幻自在たるや流麗な水に似て、型変えてシュッとのぼる切っ先が敵を断つ背でふわりと光花弁が着床する光景は絵画めいて美しい。両腕で勢い付いてすぱりと袈裟から振り下ろす鋭い一閃に白い破片が飛び散って、素早く独楽めいて廻る流麗斬弧は舞うが如し。ぴたりと距離を保つ剣手は盾陣の練り手を狙う冬を弾いて決して寄せつけぬ――残心余韻に光る櫻と蝶が舞う視界は絢爛の春を思わせた。
「見た目が可愛いから少し罪悪感があるけど……邪魔をする以上はごめんね」
斬撃の後に引く静謐な声色。星穹は盾陣をふわりと廻し、堅守の構えを深めんと印を連ねた。
夜天色の外套を翻し、シオンが敵の後衛まで突っ込む至近の一体をエルシアが焼却し、もう一体をリスェンが前に出て神気の光で弱らせた。嵐のように乱撃を繰り出すシオンの耳に犬の鳴き声がきこえた。
「キャンディスさん、ごめんなさい。いえ、違ううさぎさんなのはわかっているんですけど……っ」
クロエと契約を交わした妖精の黑いワンコさんが足元の影から飛び出して、わふわふと卵にがぶりっ。可愛い生き物が増えました!? と驚きながらリスェンとポシェティケトが並んで声をかけあっている。
「星穹さんを癒します」
「ワタシは霧で支援するわね」
後方で紋様魔術を描くティリオンは煌花を喚ぶエルマーと目を合わせ、「私たちも」と星陣で2人を守る星穹の負担を軽減する魔術を練る。2人を庇ってくれている星陣が負荷の大きな魔術式だと気付いたのだ。
「その――そこの、子供。あまり敵に近付いては危ないのではありませんか」
ティリオンは幼い祝音が怪我をしないか密かに案じて後方へ呼ぼうとして――しかし、祝音の光翼が敵を鮮やかに捌いているのを見て「さすが特異運命座標ですね」と口を噤んだ。冬の白い霧をポシェティケトの霧のパドドゥが上塗りするように包み込めば、エルマーは誇らしくて堪らないといった声で「ごらん、あの霧の繊細で優しく広がる光景ったら!」とご機嫌、にこにこ。
「あと、もうすこしです……!」
おんぼろ杖を忙しく振りながらリスェンが懸命に聲をかけている。踴躍し黑い尻尾を振るワンコさんを優しく労い、クロエが両手で春ノ呼請を振れば、ひゅるんと魔力のロープが冬うさぎを絡めとった。星穹は繊手に豪焔の花扇を生成し、ひらりと扇いで迫る卵を火炎で祓おうとして――エルシアの火砲がほわりと合わさり、燃え上がる。
円盤状魔道具がゆらめいて、祝音の光る羽がひらひらと霧のなかを舞っている。
炎に照らされるヴェルグリーズが相棒を閉じ込めようとする卵に猛進して閉じかけた蓋を斬り開けた。オルゴールの旋律に寄り添うようにクロエが歌い始めるのは、絵本の天蓋が描く春待ちの海に謳う人魚姫。透ける花の海に高く切なく澄み、無垢に優しく空間に染みわたる。
「ごめんね……君達を倒して、進まないといけないから」
祝音が優しく声をかけるのを聞きながら黑の大顎を操り冬の白を狩るシオンは冷静そのもの。星穹とヴェルグリーズは背合わせに隙を補い合い、息を合わせて最後の1体を散華させ、戦いに幕を下ろした。杖先に光を咲かせて全員を案ずるリスェンは、初めての戦闘を終えた鼓動を胸に抑えて「皆さん、ご無事ですね……?」と息を吐いた。
エルマーは零乱蝶のまんなかでポシェティケトを抱きしめて、慈愛の籠ったあたたかさでめいっぱいに包み込む。
「どうかこの先も無事でありますよう」
あどけない声が「心配いらないわ」とちっとも怯える事無く豪胆に言ってのける。
靴音が人数分駆ける迷宮の果て。出口の光からは、凍えるような冬の風が吹き込んでいる。閉ざされ眠るのは――悠久の緑、森の日常。
「さあ、アンテローゼ大聖堂です」
星穹は凛然と声をあげ、仲間たちを振り返る。
――まるで物語の主人公のようですね。
星陣の代償に痛む腕を気丈に抑えて平静を装う眦が迷宮を共に駆けた仲間たちを順に見て、前を向く。頬や髪を撫でていく風はひやりとして、季節を逆戻りするような心地にさせた。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
おかえりなさいませ、イレギュラーズの皆様。
大迷宮ヘイムダリオン攻略、お疲れ様でした。細部まで配慮の行き届いたプレイングの数々、誠にありがとうございました。MVPは具体行動を伴いつつ、世界観の伝わるプレイングを魅せてくださったあなたに。精霊疎通で非好戦の意思を伝えるワンクッション・プレイはとても優しくて素敵ですね。
魅力溢れる皆様の冒険譚を綴らせて頂けるご縁を嬉しく思っております。ご参加ありがとうございました!
――透明空気より。
GMコメント
マザーグースはお好きですか?
透明空気です。今回は深緑です。
●オーダー
・大迷宮ヘイムダリオン攻略
妖精郷側から妖精郷の門(アーカンシェル)を開き大迷宮『ヘイムダリオン』への道を繋いだので、PCは大迷宮『ヘイムダリオン』内部に存在する敵対勢力(邪妖精や冬の王の配下妖精、魔種など)を撃破しながら、出口(アンテローゼ大聖堂側)を目指すシナリオとなっております。
※妖精郷の門(アーカンシェル)
妖精郷とこちら側との行き来に使うゲートです。
通常はアルヴィオン側からの行き来のみが許可されているようです。
大迷宮ヘイムダリオン
虹の大橋と呼ばれる大迷宮です。
深緑の迷宮森林と、妖精郷アルヴィオンとを繋いでいます。
●場所
・大迷宮ヘイムダリオン
大きなきのこがいっぱい生えている森を通り過ぎた先、マーブルの迷路が今回のメインステージです。
上…絵本の天蓋。上をみあげると、大きな見開き絵本の天井があります。絵本の見開き頁は時間とともにいろいろなお話のワンシーンに変わります。
左右…ミルクのように白く不思議なマーブルの壁。ひんやり、マシュマロみたいなふわふわ弾力の壁です。
下…透明なヴィードロ風の床。床下にはルピナスとネモフィラが咲いているのが透けて見える。
迷路状の道…たまに落とし穴があります。落とし穴は花の中を落ちて、底には敵が居たり、ツララや槍がざっくりと待ち構えていたり、お菓子がおいてあったりします。
水晶のように澄んだ泉…黄金の林檎がのぞいて見える。
綿毛…全体的に、ふわふわと白い綿毛が舞っています。
音…郷愁を誘うようなオルゴールの音がきこえます。
●敵
現地迷宮にうろうろしている敵です。
・冬うさぎ
冬の王の配下である精霊種。参戦の動機は王への忠誠。
まっしろの冬毛がほこほこしています。大きさは2メートルほど。
攻撃手段は回転アタックと必殺ジャンピング・ダイヴ。
怪我をしたとき、たまに白い霧が治癒します。
・イージー・イースター・エッグ
冬の王の配下である精霊種。参戦の動機は退屈だったから。
いろいろな模様をした卵たちです。
攻撃手段はパカっと上下に分かれてパクッとPCを食べて閉じ込めちゃいます。中にいると眠くなってしまいます。
※冬の王
冬の王は、かつてアルヴィオンに封じられていた大精霊です。妖精郷シナリオで魔種側に封印をといてもらったため、義理立てし、しばらく魔種側に協力するようです。
配下精霊たちは自然現象に近しい存在であり、基本的には善悪はありません。
●味方
・『陰性研究者』ティリオン・イル・ギロンド
ヴェルグリーズ(p3p008566)さんの関係者です。
大樹ファルカウ上層に住まう研究者。研究のためにフィールドワーク(散歩)に出かける事も多く、今回はそのために茨の難を逃れたようです。
天文学や紋様魔法陣を使用した精霊魔術の論文で評価されている彼は、色弱の子供を救おうとして失敗した過去があります。その子供は魔種となった事が判明しています。話しかけてみると繋がる縁もあるかもしれませんね。
・《月光蝶々の魔女》エルマー・ギュラハネイヴル
ポシェティケト・フルートゥフル(p3p001802)さんの関係者です。
ポシェティケトさんの養い親の精霊種。小さな女の子みたいに無邪気で、おばあさんのように物知り。
ギフトで光る蝶を出し、皆さんの行く道を照らしてくれます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。安心!
以上です。
それでは、よろしくお願いいたします。
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