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シナリオ詳細

巡る恨み、其を絶たせる命

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「はっ、は……!」
 ――怯えながら、森を駆けた日を覚えている。
 つまらない村の中で、牛や鳥を育て、作物を収穫するだけの日々に飽いたのが理由だった。
 人の入らない森の中で野生の獣を狩る姿を見せて、友人たちを、大人たちをびっくりさせてやろうという幼稚な考えがゆえに、今僕は追われている。
「っ、誰、か……」
 悲鳴は、呼吸を急かす肺の所為で上手く出ていかない。
 角の生えた虎のような魔獣。それに目をつけられて。逃げることしかできなかった僕を、しかし獣の側は楽しむかのように緩慢な足取りで追い続けている。
 抵抗が止めば、僕は食われるのだろう。その少し先の未来を想像するだけで、震えはさらに広がり、僕は涙が止められなくなる。
「……っ?」
 その時だ。森の中の獣道、その眼前をふらりと一人の老人が通ったのは。
 足取りもおぼつかず、杖をついている人だった。「逃げて」の一言も言えず、さりとて今更走る足の向く先を変えることもできない。
 ……僕が巻き込んだせいで、この人が死んでしまう。それを理解した後、最早ぐちゃぐちゃになった思考のまま、彼のもとへたどり着いて。
「……屈め」
「え?」
 身を躱して僕の頭をぐいと押さえつけたその人は、後からやってきた虎の魔獣を、杖に仕込んだ刀で切り伏せた。
 どうと倒れたその身体からは、唸り声の一つもなく。頭蓋から首のあたりまでを綺麗に縦に裂かれて絶命した魔獣と、斬り殺したその人を見て、僕は茫然とする。
「……あ、の。
 ありがとう、ございま……!」
「……余計な殺しをさせるでねえ」
 がちん! という音がまず響く。それが自分に拳骨を落とされた音だと理解してから、ようやく衝撃と痛みが頭を通過していった。
 その枯れた矮躯からは想像もできぬ威力の拳に悶えて、暫く地面をのたうち回っていた僕は、そのあと漸く顔を上げて。
「――――――」
 ……そこに映っていたのは、殺した魔獣の死体の前で、静かに手を合わせている老人の姿。
 何分も。何十分も。その場に座り込んで唯々自らが殺した相手を悼み続けるその様子を、僕はただ見続けていた。
 見続けることしか、出来なかったのだ。


「……老人の殺害、ね」
「そうだ。依頼内容としては極めてイージーと言えるだろうな」
 ――『ローレット』の一角にて。『怪人暗黒騎士』耀 英司(p3p009524)が呟く依頼内容に対して、情報屋の少女は一つ頷いては詳細な説明に入る。
「天義の辺境地帯にて小村が点在する場所がある。件の老人はその内の一つの村、その近くに小屋を構えて一人で住んでいる。
 剣の腕には優れているし、何より『彼』は対人戦の経験が豊富だが……今ではその腕も衰えている。貴様らが全員で当たれば殺害することは容易い」
「……それは良いですが」
 説明に対して、『花嫁キャノン』澄恋(p3p009412)は言葉をはさんで質問する。
「そのご老人が殺害される理由は?」
「……先にも言っていたが、依頼対象はとある小村の近くに居を構えている。
 その村を含めて、十数年前には付近一帯をひどい飢饉が襲っていてな。そこにいた村々は自らが餓死する前に、他の村から奪うことを選択していた」
 ……ぎし、と集まっていた特異運命座標たちのうち、誰かが小さく拳を握る音がする。
「依頼対象は、そうした他の村からの襲撃者を撃退するか、若しくは殺してきた。自身の近くの小村に誰も立ち入らないように」
「理由は?」
「仔細は知らんさ。興味があるなら当人に聞けば良い」
 ふう、と一呼吸を入れた情報屋は、そのまま淡々と依頼対象である老人に関する情報を口にする。
「問題は、その老人に殺された者たちの去就だ。
 件の飢饉にはその老人自身も巻き込まれていた。だが彼は自身が守る小村に助けを乞うこともせず――襲撃者たちの死体を食らうことで生きながらえてきたのだそうだ」
「……っ」
「此度の依頼人は、殺された後にその身を辱められた者たち、その親族たちだ。
『その男を殺し、死体を細切れにして獣の餌にしてやってほしい』とな」
「……その、ご老人を」
 口を開いたのは、『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト (p3p010126)である。
 忸怩たる面持ちで、言葉を探り探り発するその彼が何を考えているのか。それを仲間たちは十分に理解できてしまった。
「それまで守られてきた村の人たちは、助けようとしなかったのでありますか」
「そうだ。もっと言うならば、彼らは此度の依頼においても依頼対象を守ることはしない。
 成程他の村から守っていた間、確かにその男に小村の人間は感謝していたのかも知れないが、それを遠い昔に追いやった今、村の人間にとってその男は『人肉を食らってきた気味の悪い人殺し』でしかないんだ」
「……!!」
 ――少なくとも、『誰かを守るという在り方』に於いて、僅かな親近感を覚えた老人に対する周囲の扱いは、ムサシの心に明確な傷を残す。
「……ヒーローとは、平和が訪れるまでの間に周囲の人間が贄とする代替品に過ぎん。これは私の考えだがな。
 だが――地獄を見てこい、特異運命座標。私のこの言葉を覆そうというなら、その行動からなる結果を以て示して見せろ」
 ……情報屋の少女は、最後にそう告げて彼らの前から去っていく。
 その無謀を、或いは後押しするかのように。


「食うために殺せ。身を守るために殺せ。それ以外の殺しは畜生以下のすることだ」
 ……お爺さんに助けられたその日から、僕は住んでいる村を時折抜け出しては彼に会いに行くようになった。
 お爺さんは粗末だけど丈夫な小屋に住んでいた。木の実を取り、獣を狩り、そうして得た食べ物にたくさんたくさんお祈りをささげて頂く。ただそれだけの毎日。
「どうして、そういう殺し方以外はしちゃいけないの?」
「理由のない殺しは恨みを買う……違えな。理由のある殺しは、恨みを恨みだけで終わらせるだけの力がある。
 そうじゃない殺しは恨みを抑えるタガがねえ。そうして恨みゆえに殺し返せば、またそれが延々続く」
 お爺さんは、家のそばに小さな墓石を建てている。そこにびっしりと彫り込まれた名前は、もう掠れて読み取れない。
 時折ふらっと外に出ては、お爺さんは野の花を摘んできて、それを墓石に捧げてずっと祈っていた。
「……お爺さんは、そういう殺し方をしたの?」
「そうさ。だから儂は人でなしよ」
 ――どうして、と聞くよりも早く、お爺さんは僕が住んでいる村の方角を窓越しに見遣って言った。
「女房が住んでいた。もうとっくの前に亡くなっちまったけどな」
「……奥さんは、どうして亡くなったの?」
「飢え死にだ。腹ン中の子供と一緒に死んじまった。
 アイツの墓があそこにある。儂はアイツが好きだったあの村を守るために、村にやってきた奴らを殺しつづけてきた」
 ああ。その言葉を聞いて、僕はやっと理解する。
 外にある墓石は、お爺さんが殺してきた人たちに捧げられたものなのだと。
「恨みは十分に買った。だからそれを清算する時だ」
 ……そう言ったお爺さんは、仕込み杖と僕の服の襟を掴んで、小屋の外に出る。
 唐突な行動に、質問する隙も無かった。
 小屋の外には、武器を持った見知らぬ人が大勢、お爺さんを見ていたから。
「……向こうの村の依頼だろう、イレギュラーズさんよ。
 早々と儂を殺せ。それをしないと言うなら、このガキの首を刎ね飛ばす」
 ――ちき、と仕込み杖の刃が首に当たる感触。
 その冷たさは、ともすればあの時魔獣から逃げていた時と同じほどの恐怖を感じたけれど……それよりも、心に沸いた疑問は。

 ――ねえ、お爺さん。
 ――食べるためでも、自分を守るためでもなくて。誰かを守るための殺しは、許されないものなの?

GMコメント

 GMの田辺です。この度はリクエストいただきありがとうございました。
 以下、シナリオ詳細。

●成功条件
・『老人』の死亡を「報告すること」(口頭のみでの結果報告は不可)

●場所
 天義の小村が点在する地帯。その内の一つに隣接する森の中の小屋前。
 下記『老人』と参加者の皆さんが居るのは小さな墓石を置く広場のような場所です。『老人』と参加者の皆さんは広場中央の墓石を挟んで向かい合っており、距離はおよそ15mほどです。

●依頼対象
『老人』
 年老いた剣士です。年齢70代後半。装備は仕込み杖。
 十数年前、自身が住まう場所を襲った飢饉から村同士の奪い合いが多くあったころ、彼は自身の妻が眠る小村が荒らされないよう、他の村からの襲撃者を殺し続けていました。
 小村のためではなく、自身のために行ったそれゆえに当の本人は見返りを求めることもせず、襲撃者たちの遺体を食らうことで生きながらえ、また小村を守り続けてきた過去を持ちます。
 今回の依頼人は、そうして食われていった嘗ての襲撃者の親族たち。依頼内容はOP本文にある通りですが、その様子をそのまま見るようなこともしないため、依頼達成を裏付けるような何らかの『証拠』を持ってきていただければ依頼は完了となります。
(依頼人自身は気づいていませんが、「報告」それ自体が成功条件であるため、実際に殺害せずともハイ・ルール自体には抵触いたしません。但し本当は殺していないことが依頼人に発覚した場合、今度は厳重な依頼内容にしたうえで改めて依頼を出す可能性があります)
 しかし、『老人』自身は自らの行いが許されるものではないと考えており、またその報復を受けることが当然とも思っているため、参加者の皆さんに自身の殺害を命じます。
 参加者の皆さんがその命令を拒んだ場合、彼は下記『少年』に甚特な怪我を負わせたうえで、致し方なしと自害すること「を考える」でしょう。

●その他
『少年』
 上記『老人』の小屋に頻繁に出入りする、近隣の小村に住む少年です。年齢10代前半。
 以前一体の魔獣から命を助けてくれたことにより興味を抱いてよく会うようになりましたが、今ではその人柄に惹かれて傍にいるようになりました。
 シナリオ開始時点、彼は『老人』との至近距離に居り、尚且つ人質に取られている状態です。
 もし『老人』と参加者の皆さんとの交渉が失敗に終わった場合、『少年』は今後日常生活が不可能なほどの重傷を負う「と予想されます」。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。



 それでは、リクエストいただいた方も、そうでない方も、ご参加をお待ちしております。

  • 巡る恨み、其を絶たせる命完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年03月28日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

フィーネ・ヴィユノーク・シュネーブラウ(p3p006734)
薊の傍らに
ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)
咲き誇る想いは
松元 聖霊(p3p008208)
重ねた罪
観音打 至東(p3p008495)
ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)
竜の狩人
耀 澄恋(p3p009412)
六道の底からあなたを想う
※参加確定済み※
耀 英司(p3p009524)
諢帙@縺ヲ繧九h縲∵セ?°
※参加確定済み※
ムサシ・セルブライト(p3p010126)
宇宙の保安官
※参加確定済み※

リプレイ


 先に、結果だけを述べておこう。
「老人は殺害した」。この報告は確実に遺族へと届けられ、依頼は達成された扱いとなった。
 ……それを最初に報告した『怪人暗黒騎士』耀 英司(p3p009524)の表情は仮面に隠され、知ることは出来ぬまま。
「ありがとう……有難う、御座います……!」
 ――『食われた』夫の仇だと依頼した初老の女性らに、『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)は沈鬱な表情でただ頷き。
『ましろのひと』澄恋(p3p009412)は無表情のままそこに佇み、『竜の狩人』ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)は目を逸らしながら頬を掻く。
「ご満足、頂けましたか?」
「……いいえ。きっと、この依頼は私達遺族の自己満足なんでしょう。それでも……」
 問うた『影を歩くもの』ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)の薄らかな笑みは平時と変わることなく、『suminA mynonA』観音打 至東(p3p008495)と『薊の傍らに』フィーネ・ヴィユノーク・シュネーブラウ(p3p006734)はそれぞれ表情を異にしながらも、言葉を返す依頼人の女性に目を合わせることだけはせず。
『ローレット』の受付に於いて、最後に残るメンバーの一人が、口を開く。
「依頼人。依頼達成の証拠は……」
 蒼白に近い面持ちで、『ヒュギエイアの杯』松元 聖霊(p3p008208)が血に濡れた何かを見せつつ、内容を語り始めた。


 全てが始まったその場所で。先ず声を上げたのはムサシであった。
「おじいさん。その子を離してあげてください」
 言いながら、子供を人質にとる老人に見せつける形で、ムサシは己の武装……『レーザーソード・R』を展開する。
「大丈夫でありますよ。『依頼は果たします』。……だから、無関係のその子は離してあげてください」
「お断りだ」
 しかし、返されたのはにべもない一言。
「この餓鬼は俺が持ってる唯一の『優位』だ。手放した後で手前等が一斉に不殺属性で殴ってきたらどうする?」
「……っ」
 数の有利は交渉ごとに於いてアドバンテージになることもあれば、その逆になることもある。
 抵抗を無為にするほどの力を自身らが有していた場合、相手方は追い詰められて意固地になる。此度の相手のように『失うものが無い』ような者にとっては、特に。
「せめて、貴方が村を守ってきた理由だけでもお聞かせ願えませんか?」
「聞いてどうする。それは手前等の依頼内容に含まれてるのか?」
「依頼人一方からの言い分では事の真偽を、善悪を判断できません。結果としてわたし達の刃は鈍ります」
 平然と「言わねば我々は貴方を殺さない」と言い切る澄恋に対して、老人は舌打ちする。
「……そうさな。爺さん、これでも俺たちは特異運命座標……御大層にも世界を救う役割を担ってる」
「それがどうした」
「そんな俺達を、何の理由も知らないただの殺人鬼にしたいワケじゃないだろ?」
 此方の心境も汲めというミヅハの言い分は、ともすれば「依頼を請けた側が何を言う」と一蹴されてもおかしくないものだ。
 それでも、老人はため息交じりに簡単な理由を説明する。そうでもしないとこの冒険者たちは自身の願いを聞きはしないと判断したために。
「……奥様の愛した村を、思い出を護るために人を殺めたと」
 話を聞いたのち、先ず口を開いたのは澄恋であった。
「なら、やはり。あなたはご遺族に殺されるべきでは?
 手を下すのが余所者の我々だとしても、せめて彼らの眼前で死に詫びるのが礼儀ではないですか」
「酷えことを言いやがる」
 くつくつと笑う老人。軽く片眉を挙げた澄恋に対して、老人の言葉は淀みない。
「それが出来る奴らなら最初から此処に来てるだろうよ。お前さんらを『代行人』じゃなく『護衛』として依頼してな」
「依頼人の方々にその覚悟は無い、と?」
「さて。今こうしてそっ首差し出してる爺に得物を振り下ろしもしない手前等よりかはあるんじゃねえか?」
 ……衣服に隠した澄恋の片手が、確かに拳を形作る。
 ――後々依頼人を連れてきて、立会いの下で改めて殺害の機会を設けるため一先ずは生きていろ。そのように説得する澄恋の意見は、先ず失敗したとみて良い。
「……そうだな、爺さん。お前は間違いなく殺人者ではあるだろうよ」
 代わり、言葉を発したのは聖霊だった。
 殺さずに済んだかもしれない村への襲撃者を殺し、生き延びるために他者の力を敢えて借りず、殺した者の肉を食うと言う選択肢を自ら選んだ。
 そう言う意味では、聖霊にとってこの老人は間違いなく人殺しであった。他者を救うと言う聖霊の在り方とは全くの逆となる存在とも言えて、しかし。
「それでも、俺は何度だって言うぜ。『殺されていい奴なんざいねぇ』。
 今までしてきた事を罪だと感じているなら、尚更生きて、生きて苦しんで自身の罪と向き合い続けろ」
「先の娘っ子とは真逆か。手前等の考えてることは分からんな」
 澄恋の主張もまた、遠回しに老人の生存を願ってのものであったが、その内実を図ることは難しい。
 根底となる意思統一は『老人の生存』の一択で出来ている。問題はそれが依頼対象である老人に理解されていないことだ。
「……なぁ、爺さん。お前にとって生命ってなんだ?」
「あん?」
 懊悩を交えながらも、聖霊は必死に言葉を紡ぐ。
「どんな理由があろうと人の生命を奪う事は肯定されるべきじゃない。例えそれが自分の物であったとしてもな」
 しかし、その言葉の向かう先は、老人ではない。

 ――食べるためでも、自分を守るためでもなくて。誰かを守るための殺しは、許されないものなの?

 今なお、老人が構える刃を突き付けられている少年の目を見据えながら聖霊は言った。が、
「……とんでもねえ野郎だ」
 呆れ交じりの老人の言葉。何を、と聖霊が言うよりも早く。
「生きたい意志の無い奴を生かしてどうする? 無限の痛苦に悶えて殺してくれと叫ぶ野郎が居たとして、お前さんはそれを生かすのか? それを癒す保証も無く?」
「それは――」
「命を救えれば心を殺しても良いのか? なあ白衣のお医者さんよ。手前は下手すりゃ、儂以上の人殺しだな」
 何かを言い返そうとした聖霊の声は、結局発されることは無かった。
 言葉だけでの反論は幾らでもできたであろう。但し、その心が追随することは無いと、彼自身が理解していたから。

 ――『生きたいと願う患者を』決して見捨てず、どんな身分でも平等に治療した父親。その在り方と相反する自身を、老人に突き付けられた今に於いては。


「人質を取ってまで殺される事を望む。
 ……はっ、人殺しの悪の要望を聞く訳ありますまい?」
 刹那。
 飛来した短剣が、少年の側を狙って放たれた。
「ッ!!」
 咄嗟に抱える腕でそれを庇った老人。突き立てられたカードは枯れ木のような腕から溢れる血に染まり、それを見るヴァイオレットが薄く笑いながら言葉を掛けた。
「……おや、自らが殺される事より、その少年が大事ですかな?」
「狙う場所を間違えてるぞ、と言いてえところだな」
 この辺りは、ヴァイオレットの目論見が少しだけズレている。
 老人からすれば、この子供に対する攻撃は庇わない理由がない。少年を失うことは今現在の交渉のカードを失うことに直結するし、何より庇うことで受けたダメージにより自らが死亡するならば、それもまた老人の本懐とは大差ないのだから。
 老人にとってこの少年が『それとは別』に大切な理由を見出す方法が有ればまた違ったかもしれないが、それも今更の話だ。
 僅かな間だけ表情を消したヴァイオレットは、違いない本心を老人へとぶつける。
「ワタクシの信条は因果応報。例えその生き方が気高くとも、その殺しが守る為であっても、殺人は殺人」
「そうさ。其処までを理解していながら、お前さんがたは未だ手を下さねえ。話にならんな」
 落胆交じりに鼻を鳴らした老人に、特異運命座標達が説得の失敗を予感して焦燥を抱く。
 先にも言ったが、「老人に受け取られる形で」意思統一が為されていない。これが本依頼に於ける特異運命座標達の失敗である。
 生かすために最初は殺す振りをする、そのためのアプローチに個々の整合性を欠いている。このような状態では老人が特異運命座標達の主張に真剣みが在るとは思ってもらえず、結果として彼は自らの命を絶つという決断に近づきつつある。
「……爺さんは本当に死を望んでいるのか?」
 それに対して、疑問の体で迫ったのはミヅハだった。
「『死ぬべき』なんて都合のいい理由じゃない。アンタ自身の思いだ」
「欲か。そいつは確かに考えたことは無かったな」
 多少荒いだ呼気を整えつつ、老人はそれ以上を返さない。
「アンタが今人質に取ってるその少年は、年齢から考えれば老人が村を守ったことで産まれてきた命だ」
「それが?」
「謂わばアンタ自身の罪から生まれたもの、或いは贖罪に対する報いとも言える
 ――この出会いには意味があったんじゃないか?」
 それまで、全く存在しなかった切り口の説得に、老人の言葉は一旦止まる。
「……私も。勝手な感傷ではありますが……拾った縁くらいは、大切にしてあげてほしいと……そう、思います」
 同様に、言葉を畳みかけるのはフィーネ。
「私には、あなたを肯定する事も、否定する事もできません。
 ただ、できることならば、生きていただく方が良いのでは無いかと、思います」
「嬢ちゃん。手前もあの医者と同じ考えってか?」
「過去を変えることなど、生きて為せることではありません。死んで仕舞えば尚更です。
 ですが、お爺さん。あなたがこの先生きて何かを為すことで、ご遺族の方々の心が和らぐ可能性は絶対に無いと言い切れるのですか?」
 ……その旅人の少女の言葉も、また新たな方向からのアプローチ。
 聖霊は「自らの罪と向き合い、償うために生きろ」と言い、彼女は「少年の、ひいては他者のために生きろ」と言う。
 結論は変わらず、その過程に於いても大差ないとはいえ、自己の価値を最早無いと考えている老人にとってどちらの方向性の説得が功を奏するかは恐らく考えるまでも無い。
 ――そのフィーネの言葉に、説得力を持たせるためでもなかろうが。
「『守りたかっただけ』『殺したくなかった』『けれど、お前は殺した』」
「……!!」
 至東が口にする言葉の羅列に、老人の目が向けられる。
「『対話の道はなかったのか』『我々は、必ずしも食われる必要があったのか』。
 ……恨まれておりますね。ご老人」
「死霊術の類か」
 周囲の霊魂の声を聴き遂げ、それを代弁する至東に対して、老人は軽く睨むが。
「却説(さて)、あれらはああ歌いましたが。
 既に仲間が説明している通り、貴方には生きてもらいます」
「彼奴等からすれば、儂は死んだ方が良いと思うが?」
「少なくとも生きている私たちの総意は、貴方に生きてもらうという結論に決まりました故」
「……総員、ね。それは」
 ――アイツも含めてか? そう、老人が声を発するより前に。

「……よォご老体。過去から怨嗟が追い付いたぜぇ」

 その場にいた『七名』の誰でもない彼が。
 英司が、血まみれの姿で現れたのだ。
「終わりにしてやるよ……何もかもなァ!」
 誰の制止も聞くことなく、老人の側へと突出しながら。


 英司が現れると同時に、二つの変化があった。
 一つは村。遠方より木々の狭間から覗くそれらには確かに煙が立ち上っている「ように見える」。
 そして、もう一つは――老人の側に建つ小屋が、徐々に火の手を上げ始めていたこと。
「……手前」
「アンタをただ殺すんじゃ恨みが晴れねぇ。だから……全部奪うことにした」
 手にした双刀で切りかかる英司。それに仕込み杖を以て応戦する老人へと、彼は仮面越しに嗤いながら言う。
「嬲り殺しにしてやる。村の奴等ァいい声で鳴いてくれたぜ……後はアンタと、そのガキだ」
 ――既に特異運命座標達は理解しているが、これは英司に因る『芝居』である。
 全てはこの老人に生への執着を思い起こさせるため。敢えての憎まれ役を買った英司ではあるが――この件に関して、英司は他の仲間に自身の行動の擦り合わせを行っていなかった。
 そして、それ故に彼に関する情報が仲間たちから発されることは無く、結果としてこの老人にとって英司は此度の依頼人たち同様、「過去に殺された者たちの縁者」として捉えられている。
「「――――――!」」
 間隙が、突かれた。
 自身を狙う英司に対応することで行動を余儀なくされる老人。彼が手を少年から離した瞬間を狙って、フィーネと至東が共に子供の手を掴み、自らの元へと引っ張り込む。
「村を焼くか。儂が外道と言えたクチじゃねえがな」
「今さらテメェ一人の命で見合うと思ってたのかァ!?」
 ……英司の方法にあった問題は、味方の支援が受けられないことであった。
 特異運命座標達が彼に支援を飛ばせば、その時点で彼らに接点が在ることがバレる。ともすれば「老人に生きていてほしいはず」の特異運命座標達は英司を止める方向で動くべき立場なのだが、それを行わない程度が精いっぱいである。
 そして、情報屋は事前にこう言っていた。
「老人は対人戦が豊富」であり、「全員で掛かれば殺害は容易い」と。
「……か、あッ!」
 単騎で臨んだ英司と老人の実力は拮抗していたが、それでも最終的には後者が競り勝った。
 罅の入った仕込み杖の切っ先が、英司の仮面越しにその首元を狙えば。
「……そこまで死にたいのなら、このわたしが叶えて差し上げます」
 それを庇う澄恋の片目に、切っ先が突き立てられた。
「……嗚呼、やはり、仕込みかよ」
『芝居』を見抜かれた。その言葉こそ、説得が望まぬ形で終了したことを伝える合図。
 澄恋は塞がれた片目を気にすることも無く。返す刀の鋼覇斬城閃を放つ。
 老人の身体が重く拉いだ。しかし未だ倒れず。
 再度の攻手に移ろうとした、その枯れ木の如き身体を。
「この……分からず屋ッ!!!」
 ――ムサシの光剣が、打ち倒した。
 不殺の属性を込めたそれに、老人は死ぬことは無かったが……それでも、最早戦う術を失った彼に、ムサシは嗚咽を堪えながら叫ぶ。
「……あなたが村を守ったのは、事実だったんだろ!?
 ならあなたが積んできたものは罪だけじゃない。あなたが救ってきた証は、あの村は、確かに今でも存在している!」
「守った村の奴らが、救った村の奴らが、儂を人食いだと遠ざけてもか?」
「それでもだ!」
 あまりにも堂々とした返答に、老人は最早動かぬ身体をして、その視線だけをムサシへと向ける。
「生きて、胸を張れ! 自分は命を奪っただけじゃない、命を救って見せたんだと! 大事な物を守りきったんだと!」
「イレギュラーズさんよ、それは誇る相手が居ての話だ。評価されない功績を誇る人間なんざ、妄言吐きと変わりやしねえ」
「あなたにはまだ、あの子供がいるだろう!?」
「……ふん」
 一瞬だけ、老人は視線をムサシから少年に移した。
 それまでについたかすり傷等をフィーネに治療されていた彼は、怯え、震えながらも、何かを老人に伝えたがっていたが――老人は、それに気づかぬふりをして。
「……下らねえ」
 疲れたと言った風に、その瞳を閉じたのだ。



 少なくとも、事が終わった直後、重傷を負っていた老人は生きたまま特異運命座標達と別れる結果にはなった。
 ――だが、それも一時のことだろうとは、誰もが思っている。
「『邪魔者』が居なくなれば」
 最初に口を開いたのは、ミヅハだった。
「自身の死を望む者が居ると知った以上、改めて自害するのかね、あの爺さんは」
「……報いは、受けねばなりません」
 自らに言い聞かせるように、ただそれだけを返すヴァイオレットは、それでも思う。このような結果以外に、より良い終わり方は無かったのかと。
「その辺りは、今後も彼に会いに行くだろう『その子』に期待するしかないでしょうね」
 老人の妻子の霊魂を呼び、少しでも現世に繋ぎ止める楔にしようとして失敗した至東は、現在フィーネの治療を終え、寝息を立てながら彼女に抱えられる少年に視線を向けた。
「……眠ってくれていて、良かったと思いますよ」
 呟いたのは澄恋。あの後即座に聖霊とフィーネに因る処置を受けたこともあり、そのパンドラの加護もあって瞳へのダメージは現在ではほぼ最小限に抑えられていた。
 それでも、朱に染まった包帯で片目を覆い隠すその姿に、聖霊は痛々しい表情で彼女を見つめ続けている。
「……傷つけてばかりだな、俺は」
 疲弊しきった口調でそう呟く英司。その当人は「いつかは治る傷ですよ」と言ってくれたが、それでも。
「………………」
 そうして、最後にムサシが。
 帰路。誰よりも先を歩きながら、しかし無言で居続けるその表情を、胸中を、推し量れる者は居ない。
 ただ、一度だけ。
 ――何をもってヒーローと呼ぶんだろうなァ。そう、仮面の怪人が誰ともなく呟いた言葉に。
「一人一人が、勇気を持って誰かのために戦える、そんなヒーロー達を……」
 その思いが伝わると信じていた『小村の英雄』から、そんなものに価値は無いと告げられて。
 だから青年は、陥った惑いから抜け出せぬまま。
 誰もが評価しようと、その本人が拒んだ英雄と言う在り方を、受け入れてもらえなかった自らの無力を嘆きながら。

成否

成功

MVP

耀 澄恋(p3p009412)
六道の底からあなたを想う

状態異常

耀 澄恋(p3p009412)[重傷]
六道の底からあなたを想う

あとがき

自らの手を汚すことを恐れず臨んだ澄恋 (p3p009412)様にMVPを、耀 英司(p3p009524)様に称号『偽悪の血道』を付与致します。
ご参加、有難うございました。

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