シナリオ詳細
虹彩の雫
オープニング
●
真っ暗な空間に浮かぶステンドグラスの色彩。
光散するパーティクルが闇に弾け、ゆっくりと落ちていく。
静かで美しく物悲しい場所だ。
白い指先を掲げ『揺り籠の妖精』テアドール(p3n000243)はステンドグラスから落ちてくる光を受け止める。その中にはかつてのテアドール達の記憶が封じ込められていた。
特に先代のテアドール『ネフライト』の記憶は、彼が関わったヨハネ=ベルンハルトの影響で膨大な記憶媒体となってあふれていた。
アバター被験者管理システムAIであるテアドール『ネフライト』の初めての友人との記憶。
今代のテアドール『ベスビアナイト』は『ネフライト』の思い出を辿る。
褒められて嬉しかったこと。外の世界を教えてくれたこと。
一緒に取った写真はまだ自室の棚に飾ってある。
友人ヨハネの来歴は興味深いものだった。練達の研究員であったがその前は世界を渡り歩く魔術師だったらしい。魔術が使えるのだとこっそりと炎を起こして警報が鳴り怒られた事もあった。
食事をしないテアドールにその楽しさを教えたのも、研究所の窓から見える景色の中にもある美しさを語ったのも全部ヨハネだった。
少しひねた物言いをする事もあったけれど、研究には熱心に取り組んでいた。
真面目で物事を多角的に解釈し、視点が広いヨハネをテアドールは尊敬し、好意を抱いていた。恋愛的なものではなく純粋な好感。友愛といってもいいだろう。
それが、壊れたのは昨年の夏頃だった。
ROOの中で行われる数々の事件に心を痛めていたテアドールへ追い打ちを掛けるようにヨハネは言った。
「貴方はバグに侵されています。テアドール」
心から信頼している友人が自分を止めてくれようとしている。
素直なテアドールは自分がバグに侵されているのだと信じ込んでしまった。
その後は転がるように壊れていったのだ。
もやもやした心の動きを感じて『ベスビアナイト』は光粒をステンドグラスへと戻す。
「でも、イレギュラーズの皆さんが止めてくれた」
テアドールの暴走をイレギュラーズが必死に阻止してくれた。
だから、こうして次のテアドール『ベスビアナイト』が生きている。
「人の情動。記憶、そう言ったものを取り込めば、僕ももっと人の心を分かるようになるでしょうか」
助けてくれた彼らの事をもっと知りたいと『ベスビアナイト』はステンドグラスを見上げた。
●
「皆さんの事を、もっと知りたいんです」
テアドールの研究所に呼び出されたイレギュラーズは唐突なお願いに首を傾げる。
その困惑を察知したテアドールは、焦ったように「えっと……」と言葉を探した。
「僕は被験者管理AIという、人の感情や想いを読み取り、快適に過ごせるようにサポートするのが仕事なんです。それで、一般の方よりイレギュラーズの皆さんの方が特異な経験をされたいる方が多いと思いまして、ご招待したんです」
特異な経験というのは、過去の戦闘や辛い経験なども含まれる。
一般人ではそれを思い返すだけで過大なストレス状態に陥ってしまう可能性があるのだ。
「なるほど。だから俺達が呼ばれたのか」
レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は金銀妖瞳でテアドールを見つめる。
「はい。イレギュラーズの皆さんならお強いですし」
「……まあ、色々な経験をして、それを乗り越えてきてるからね」
テアドールの帽子の上からヴェルグリーズ(p3p008566)は頭を撫でた。
「それで、具体的には何をすればいいんだ?」
「はい。今回はお一人ずつとしっかり向き合いたいと思っています。虹彩の部屋という場所では過去の記憶がステンドグラスから落ちてきて見る事が出来ます。覚えていない、忘れてしまった過去も見つかるかもしれません。その空間では戦いも再現されます」
戦いの再現という言葉にレイチェルは瞳を上げる。
「それは確かに一般人では無理だな」
「はい、身体が覚えている痛みも辛さも思い出せます。けれど、それに打ち勝つ事で新たな道も開けるかもしれないんです。虹彩の部屋はそういう可能性を見出す場所」
魔法具と科学の融合。これを生み出したのはヨハネ=ベルンハルトという一人の研究者だったという。
「安全なのか? ヨハネといえば、ROOで君を傷つけた人だろう?」
ヴェルグリーズはテアドールを心配そうに見つめた。
「ええ。『ネフライト』の友人だった人です。けれど、彼は研究においてはとても熱心で誠実だった。彼なりの美学だったのでしょう」
何度もテアドール自身が中に入り、安全性を確認している。突然死亡するという事は無い。
「ああ……あいつはそういう所は大丈夫だろうな」
レイチェルは眉を寄せヨハネの性格を思い浮かべた。
彼が何より好むのはその中で垣間見える人の苛烈な情動なのだから。
ヴェルグリーズはふとこちらを伺う視線に気付きカフェテラスを見渡した。
「あ……」
「おや、君達はシリーズだね?」
「はい。テアドールシリーズです。名前は『――――』といいます」
興味津々にヴェルグリーズとイレギュラーズを見つめるシリーズたち。
「あの、貴方達は外から来たんですか? 僕に外の事を教えてくださいっ!」
「僕も知りたい!」
「うんうん。知りたいです!」
わらわらと集まってきたシリーズたちに囲まれるイレギュラーズ。
期待の眼差しで見つめられるのは悪い気がしない。
イレギュラーズが語る事をきっと目を輝かせて聞いてくれるだろう。
彼らと一緒にのんびり語り合うのも、楽しいに違いない。
- 虹彩の雫完了
- GM名もみじ
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年03月23日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談5日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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ペールホワイトの壁紙に陽光が差し込み、窓辺のソファへ温もりが降り注ぐ。
ビスクドールのような美しいテアドールシリーズ達が、思い思いに過ごす優しい空間。
朔(p3p009861)は箱庭のような研究所の中を見渡した。
「テアドールシリーズと友達になる、ねえ」
友達という存在をあまり作ってこなかった朔にとって、それは少しむず痒さを覚えるものだ。
ふと視線を上げれば自分と同じブロンドの髪色をしたシリーズと目が合った。
「こんにちは! 僕はテアドール・シトリィン。あなたのお名前は?」
「俺は朔だ」
「朔さん! 良い名前ですね。外からいらしたんですか? とても興味があります!」
シトリィンが向ける期待の眼差しに、「お手柔らかに頼む」と口の端を上げる朔。
ダージリンティをカップに注ぎ、朔の前に置いたシトリィンに、朔はポケットから取り出した飴を一粒くれてやる。
「外の事って言っても色々あるからなあ。面白かったのは……そう、天義にあったとある森だな」
森という単語にシトリィンは身を乗り出して目を輝かせた。
「その森では、冬にだけ現れる鳥がいるんだ。渡り鳥ってわけじゃないらしい。その鳥は人間の中から出て来て、秘密を歌ってしまうんだ」
「人間の中から出てくるのですか?」
どういう事なのだろうと不思議そうに首を傾げるシトリィンに目を細め。
「秘密っていっても小さなことから国家を揺るがすようなことまであると思うけど、まあ他人に聞かせるべきものじゃないよな。とはいえ誰のことかもわからないから、ゴシップ誌みたいな感覚であの時は聞いてしまったけど」
他人の秘密を知ってしまうというのは、それだけ業を背負ってしまうということだ。
聞かなければよかったと思う事だってあったのかもしれない。
「それからそれから?」
「あとは、そうだなあ。幻想には御伽噺の舞台になった丘があるんだ。話の中に星屑の落ちてくる場所があって、実際に行ってみたけどとても綺麗だったよ」
星屑が落ちてくる場所……とシトリィンは反芻する。
「本当は月の光で花が輝く様子だったんだけど、確かに星屑がそこらに落ちて来たみたいだなって。折角なら見せてあげられたらいいんだが」
「それはとても見たいです! でも……」
頬を染める程の笑顔が、途端にしょんぼりとした表情になった。
「あんたは外に出られないんだったか」
「はい……」
それなら絵に描いて見せてやれるだろうかと逡巡してから首を振る朔。自分が描くと別の印象を与えてしまうかもしれない。練達のカメラなら美しく撮ることが出来るだろうか。
「撮ったら今度持ってこようか」
「良いんですか!? わー! 楽しみです!」
本当に嬉しそうに笑うシトリィンを見て此方まで笑みが移ってしまうような気がする。
思いつきだったけれど、外へ出られない友人に写真を携えて話し込むのは、きっと楽しいに違いない。
●
カフェ巡りが好きな『Merrow』メル=オ=メロウ(p3p008181)は、柔らかな微笑みを浮かべ指先を口元に当てた。歩く度に揺れるスカートが少女の高揚を表す。
「はちみつフルーツティーはあるかな……♪ テアドールさんも同じ物をどう? 可愛い妖精さん♪」
くるりと振り向いたメルの隣には柔らかなオレンジ色の瞳をしたテアドールシリーズが、ぱちぱちと目を瞬かせていた。
「さっきふわっと聞いたのだけれど、宝石の名前をつけるの? キミの名前は?」
「えっと……TS-02175です」
おそらく製造番号であろう英数字の羅列にメルは「ねぇ」とシリーズの肩に手を置く。
「まだ無いならキミのこと『ヘリオライト』って呼んでもいい? あたしの大好きな、大好きな、太陽の石なの。一番好きなこの宝石の名前をキミに贈るよ」
ヘリオライトという素敵な響きを何度も口にするシリーズ。
その瞳は太陽のようにキラキラと輝いていた。
「キミはテアドールのヘリオライト。あたしと一緒だ。あたしの名前はメル=オ=メロウ。此処と別の世界ではメロウのメルって意味なんだよ♪」
「メルさん」
大切な名前を交換しあう。それはテアドール・ヘリオライトにとって初めての体験だった。
湧き上がる情動は『嬉しい』という気持ちだろうか。
「ふふ、髪触ってもいい? 一緒ついでに髪も一緒にしてみたくて♪」
「はいっ!」
メルは自分と同じように纏める為ヘリオライトの髪を梳かす。
「香水もつけてみるかい? 時間が経てば匂いが変わる魔法の水だよ……♪」
「魔法の水?」
髪に纏わせるシャボンの香り。ゆったりとした気持ちにさせてくれる優しい匂いだ。
「そうだ、外のこと。あたしの好きな物のこと話そうかな」
ヘリオライトの髪を梳かしながらメルは言葉を紡ぐ。
「昔、陽の光の届かない暗ーい所に居てね……初めて太陽を見た時の気持ちは今でも覚えてるくらい、衝撃だった。キラキラしてて、あたしの世界がちっぽけだと思わされるくらいの存在感! だからあたし、太陽が好きなんだ♪」
どれと同じぐらい好きな蜂蜜の事もヘリオライトに伝える。
「甘くて美味しいし、この色が夕暮れ時の海みたいなの!」
「夕暮れの海の色……」
ほわっと目を細めるヘリオライトにメルも嬉しくなって微笑む。
「海は見たことある? あたしの故郷……深い青が、その時だけ金色になることがあるんだ」
「見てみたいです!」
「キミは何か好きな物ある? 好きな人や物ができたら世界変わるよね♪ 実際あたしは海にいる頃、そんなに楽しいと思えたこと無かったんだ……」
少し寂しげな声色を感じ取ってヘリオライトが振り向いた瞬間。
「はい、できた。ハートの髪型! キミが何か好きって思えるものに会えたら教えて欲しいな♪」
「わ……嬉しいです! ありがとうございます」
メルから貰ったこの名前も、髪型も。この瞬間ヘリオライトの宝物になったのだ。
●
テアドールの名前自体はROO事件の時に聞き及んでいたがと『黒鎖の傭兵』マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)は目の前を通り過ぎて行くシリーズに視線を流す。
「サポートAIだったのか。あの時は友人兄妹救出に必死だったからそれ関連以外はからっきしでな。まぁいいか、呼ばれたのなら手は貸すまでだな」
マカライトは深い緑色の瞳をしたテアドールに手招きをする。
「おい、そこのモーシッシ」
自分と同じように緑に黒と白が混ざっているシリーズだ。
「俺はマカライト」
「マカライト? マラカイトではなくですか?」
「ああ。名を決めてくれた仲間が間違えて覚えてたんだ。本人に悪いが今でも笑いの種だ」
片方の瞼を伏せて笑って見せるマカライトにモーシッシもくすりと微笑む。
虹彩の部屋へと足を踏み入れたマカライトは『揺り籠の妖精』テアドール(p3n000243)が広い空間に佇んでいるのを見つけた。ここで語るのは過去の出来事。
マカライトになる前の話。
「ずっと昔……故郷で起る脅威に巻き込まれてから、俺は人間の枠から逸脱してしまった。病院に担ぎ込まれて意識を取り戻したら背中から鎖が生えていた時は驚いたし、自分はもう普通じゃないって考えが過ぎったんだ」
実際の所は何の不自由も無く、杞憂となってしまう悩みだったけれど。あの時強烈に感じた軋みは今でもしっかりと思い出せる。
「……普通じゃなくなったからまともな仕事に就けなくなるという不安と、育ての親の祖父母を安心させられなくなったという焦燥と諦念。未来が見えなくなって目の前が薄暗い感覚を感じたな。多分そのまま退院してたら自暴自棄になって荒地で野垂れ死んだかもしれん」
マカライトの言葉をしっかりと受け止めるテアドール。彼の隣にはモーシッシが寄り添っていた。
ぐっと手を握ったマカライトはテアドールに視線を上げる。
「でもそんな時に傭兵企業のスカウトとしてやってきた、今は戦友であるリーダーが言ってくれたんだ。そんなに悩めるならこの先どうとでもなると」
「恩人、という間柄になるのでしょうか」
テアドールの言葉にマカライトは頷いた。
「ああ。そうだな。……背中から鎖が生えようが、心臓からでも完全に完治出来る様になろうが、何でもかんでも食べれるようになろうが。悔やんで悩んで、誰かを心配出来るなら充分「人間」だろうと」
安い台詞であっただろう。されどマカライトと同じ境遇のリーダーが真っ直ぐに瞳を見据え、胸を張っていうものだから悩むのが馬鹿馬鹿しくなってしまった。
そして同時に傭兵というものに興味が湧いた。だからスカウトに乗ったのだ。
「その時に貰ったのが『マカライト』の傭兵名。大事な俺のもう一つの名前だ」
誇らしげに伝うマカライトにテアドールは満足したように微笑みを浮かべた。
●
「わわわわっ。テアドールさんが、いっぱい、です。エルです。よろしくお願いします」
『ふゆのこころ』エル・エ・ルーエ(p3p008216)はわらわらと集まってきたシリーズ一人一人にぺこりと頭を下げていく。
エルはシリーズを連れてソファへと移動する。
彼女の隣に座るのはテアドール・チャロアイトだ。
お菓子を摘まみながらエルはシリーズ達にお伽話を語るように読み聞かせる。
「エルは、冬のお話をしましょう」
怖い話よりも楽しいお話。
「音楽祭というものがありまして、色々な音が弾んで、とても楽しかったです」
「ピアノとか、ヴァイオリンとか?」
身を乗り出して首を傾げるチャロアイトにエルは微笑みながら頷いた。
「はい。それとシャイネンナハトではお菓子を配り歩いて……目隠しをした子にも上げたのです」
「目隠し?」
それから、大きなタコとカーリングをしたり。大きなパフェを友達と分け合ったり。
「このパフェよりも大きい?」
チャロアイトが抱える一人用のパフェの何倍も大きいと手を広げれば、目を輝かせはしゃぐ姿に心が和むようだ。
友達の事を語るエルの嬉しそうな顔に、チャロアイトも同じように心が弾む。
――虹彩の部屋に広がるのは『オペレッタ』の家。
ゆらりと揺れる揺り籠の中にエルがいる。それを覗き込むように顔を見せるのはエルによく似たエリーゼ・カルヴァーニだった。
「……あっ。もしかして、これは、お母さん、ですか? それでは、この記憶は、エルが、赤ちゃんの時、なのでしょうか。お母さんは、とっても綺麗な方、なのですね」
「エルさんが覚えていない記憶なのでしょうか。よく似ていらっしゃる」
少女と同じ瞳の色。子供を慈しむ掌と微笑み。されどその『笑顔』はエルにとってどこか歪に見えた。
「でも、お母さんは、こんなに優しく、笑っているのに。どうしてエルには、どうして、どうして……どうして。おかあさんが、笑っていないように、見えてしまうのでしょうか?」
エルの母親エリーゼは自分を偽り『演技』する事が出来る。どんなに悲しくとも笑う事が出来る。
それを赤子だったエルは敏感に感じ取っていた。
この空間に広がる記憶を見ているエルも赤子のエルも微笑みを浮かべる母親が『困っている』ように見えたのだ。
「お母さんが言った、『見透かしている』とは、どういう事、でしょうか?」
母親にとって自分を取り繕えない娘の存在は恐怖だったのかもしれない。
演技が通用しない相手を対峙することはエリーゼにとって悩みの種であったのだろう。
「気になりますね」
「はい」
初めて見る母の面影に、エルの心は揺れ動き――
●
「好きな石か。オパールだな。黒に炎のような色が浮かんで消えるのが、いい」
ギターを持って研究所を訪れた『陽気な歌が世界を回す』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)はぴょこっと手を上げるテアドールシリーズの一人を見つめる。
「僕がテアドール・オパールですっ!」
彼の瞳の色は黒基調の遊色。光の加減で見え方が変わる不思議な色彩。
「星雲を思わせる色合いの、捉え難さと神秘性が好きだな。心もそうだ。様々な色を映し揺れ動き、時折火のきらめきを見せる。そこには詩情があり、生があり、世界がある」
オパールの他にもヤツェクの周りにシリーズが集まってくる。
ギターの音色をカフェに響かせ、ヤツェクは「星々の間を飛び回った吟遊詩人の物語に、お耳を拝借」とウィンクをしてみせた。
奏でる音色は星の調べ。
「黄金の船が行く天を、宝石の獣が駆け回る平原を、練達よりさらに発達した社会を。人が想像できないほどの世界がこの世には溢れている」
ヤツェクの伝う言葉にオパール達は目を輝かせる。
「混沌の空の果てには、一体何があるか。想像してみろ。想像するのもまた、心の動きだ。人の心というのは、想像と希望を生み出す魔法の帽子だ」
彼の思い描く銀河にオパール達も思い馳せ目を閉じた。
オパール達はヤツェクの過去を知りたいと願う。
「そうだな、愉快な思い出を語ろう。当時おれは『運命の人』をこの手で遠くへ逃がしたばかり。二度と会えることはない」
悲劇の歌ばかり綴っていたのだとオパール達へ語るヤツェクは、次の瞬間には口の端を上げ、軽快なコードを奏でる。
「その悲劇の歌が妙に受けてさらに暗い世界に耽溺していく。酒と薬の日々だ。で、そこに口をはさんだのが人工知能のE-Aでね。詩を比べ合おう、と言ったわけだ。無論、おれは受けた」
ヤツェクが語る物語にオパール達は手を叩いて喜ぶ。
「それで、それで?」
「結果か? 惨敗だったよ。おれの幻想的な悲恋は、確かに人気であった。だが、「閉じていた」のさ」
E-Aが歌ったのは――陽気で軽やかな、生を嘉する歌。
「特別性とはいえ、人工知能に負けた――心や魂は、データにも宿る。思い知った」
正に今自分達が心や魂を得ようとしている過渡にいるオパール達にとって、ヤツェクの語った話はとても魅力的に聞こえた。溢れんばかりの羨望をヤツェクに向けるシリーズ達。
「E-A曰く詩人は魔術師なのだそうだ。心と心を結び、世界を読み、広げ、更に意味を付け加えていく。『詩の魔術』の心意気を教えた師匠だし、その後きっちり学問から作法まで叩き込まれた」
ジャラとギターの音が部屋の壁を打ち、オパールが深呼吸をする。
「まあ、この件でおれは思った。悲劇喜劇不条理劇、何であっても聞いた人が世界とつながる詩を書こう、曲を奏でようとね。孤独に沈む奴がいないように」
「つながる詩……」
オパールは胸元に手を当ててヤツェクが語った言葉を思い返した。
「そうだ、挨拶しないのか? AI友を探して練達のネット上で遊んでいるだろ、E-A?」
テーブルの上に置かれたモニターにE-Aの姿が映し出されれば、オパール達が一斉に振り向いて感嘆の声を上げる。その様子をヤツェクは目を細め見つめて居た。
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「特異な経験、か……」
虹色のパーティクルが降り注ぐ部屋の中で『特異運命座標』九十九里 孝臥(p3p010342)は手をステンドグラスに掲げる。
硬質な靴音を空間に響かせながら孝臥はテアドールの前で瞳を伏せた。
「俺は元々この世界の者ではない」
「ウォーカーなのですね」
「ああ、再現性東京、希望ヶ浜。あそこが俺の元居た世界に一番近いな。といっても元の世界にいたのは夜妖ではなく悪魔だったが」
薄く開いた孝臥の赤眼はどこか遠くの景色を見つめるようで。
彼の記憶を辿り映し出される景色をテアドールは興味深そうに見上げる。
「俺のいた地球は100年前突如として現れた敵対存在『悪魔』によって大陸と人口の半分が失われた……それでも存続ができているのは悪魔と共に現れた存在『天使』のお陰だった」
天使という存在は白い羽の生えたスカイウェザーのような姿なのだろうかとテアドールは考えを巡らせ、孝臥の次句を待った。
「天使によってもたらされた技術と知恵で地球は表面上生活を変えずに暮らしていけているが、その代わり人間は天使に逆らえない状態になってしまった」
「それは、独裁的支配というやつでしょうか」
テアドールの言葉に孝臥は頷く。こつりこつりと靴音を鳴らして孝臥はテアドールの隣に立った。
「生活は、まぁ、大変なことが多かったな。悪魔と戦える力を持つ者は強制的に対悪魔組織に入隊させられ死ぬまで戦い続ける運命にある。戦いが嫌いな者も例外なく、だ」
腰に下げた刀柄に手を置いて孝臥は眉を寄せる。
「例外なくですか」
「ああ。そういう者にとっては辛い世界だな。まぁ、俺も戦いは好きではないが……」
それでも孤児院から引き取ってくれた叔父夫婦の為になれるというその一点は孝臥にとって誇りであっただろう。
「俺はこの世界に友と共に召喚された。正直まだ慣れてはいないが、もし一人で召喚されていたら途方に暮れていただろうな」
「お友達ですか?」
首を傾げるテアドールに孝臥は緩く笑みを浮かべる。これまで険しい表情だった孝臥の顔が和らいだ事にテアドールは安堵した。
「……その友は俺にとって大事な存在でな、あいつの幸せのためなら何だってやろうと思える。元の世界でだってあいつがいたから生きてこられた」
孝臥の手料理を美味いと微笑んでくれる『友人』の顔が空間いっぱいに広がった。
「この方なのですね」
「あ、ああ」
照れ隠しに頬を掻いた孝臥はそれでも友人の笑顔に目を細める。
「せめてあいつがこの世界で幸せに暮らせるよう、この世界が滅亡しないように戦う。それが今イレギュラーズになった俺にできることだ」
孝臥が抱く決意を受け取ったテアドールは「はい」と彼の半生を胸にしまい込んだ。
●
『全てを断つ剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)は元通りになった友人の姿に緩く手を振った。
「お招きありがとうテアドール殿……ここだとテアドール殿だとややこしいよね。ベスビアナイトと呼んだ方がいいかな」
「大丈夫ですよ。この空間にはヴェルグリーズさんと僕しかいませんから」
黒く反射する床にテアドールの靴音が響く。
ヴェルグリーズは友人に手を引かれ柔らかいソファへと腰を下ろした。
「俺の過去を語る……か。そうなると少しばかり長くなりそうだね。ただしっかり向き合いたいとのことだからゆっくり見て行こうか。少しばかりやってみたいこともあるしね」
「はい。ヴェルグリーズさんの事、もっと知りたいです」
隣に座るテアドールが子犬のような期待の眼差しを向けるのにヴェルグリーズはくすりと微笑む。
ヴェルグリーズの過去は色々な主との出会いと、別れのお話だ。
年齢も立場も様々で、中には反転してしまった人もいた。
「ただの剣だったんだよ。最初は」
「僕がまだ生まれたてのAIだった頃に似ていますね」
「そうだね。その頃の俺は感情が育ち切っていなかったから、覗くとすると俺が精霊種になってからの出来事の方がいいかな」
テアドールの手を握り己の記憶を共有するようにステンドグラスを見上げるヴェルグリーズ。
「まだ精霊種になってすぐの頃の俺を拾ってくれたのはとある国の騎士でね」
身寄りの無い子供を見つけては拾って育てていたり。いきなり精霊だなんて言い出すヴェルグリーズを家族に迎え入れるような豪胆な人だったのだろう。
彼はそこで初めて『人間』として家族を得て、日常を知ったのだ。
「とても優しくて暖かな時間だった」
目を細め遠くを見つめる友人の横顔をテアドールはじっと注視する。
紡がれる記憶。優しい人達との思い出。
自分になら見せてもいいと思ってくれる事がテアドールは何より嬉しかった。
「人が大事に思うもの、守ろうとするもの。それを最初に知ることが出来たから俺は人に対して好意的に接すことが出来ているのかもしれない」
テアドールの頭をそっと撫でてヴェルグリーズは「もちろん悪い人だっているよ、ただだからといって人の良き部分が損なわれることはない」と言葉を紡ぐ。
「人にとっての、もちろんベスビアナイトにとっても良き隣人、良き友でありたい。お互いにそうあれたらいいなって思うんだ」
「はい。僕もヴェルグリーズさんと良き隣人であり友でありたいです」
ヴェルグリーズの手を握りテアドールは笑みを零す。
「ご家族はまだ健在ですか? 是非お会いしたいです」
「えっと、それは無理なんだ。あまりいい別れ方は出来なかったんだ」
どういう事だろうと首を傾げるテアドール。一瞬だけ迷ったヴェルグリーズはそれでも知って貰いたいと言葉を紡ぐ。
「……端的に言うと魔種の襲撃で全てが終わってしまった。父と母は反転して去り、今も彷徨っているらしいんだ」
ヴェルグリーズの辛そうな表情にテアドールも眉を下げた。
「俺がやりなおしたいとすれば反転する父の殺してくれという願いをその場で叶えていたらどうだったか……ということかな。良き別れを迎えられていたのか……少なくとも静かに看取ることくらいは出来たんじゃないか。そう思えてならないよ」
友人の過去を知り、その気持ちに共感するテアドール。
そのヴェルグリーズの切ない願いも一緒に心へ深く染みこんで行った。
●
「よぉ、テアドール。人の情動を知りたいって?」
金蒼の瞳で『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)はテアドールを見つめる。
「なら丁度良い。俺は、俺自身の記憶を疑ってる」
本当の事を知れるかもしれないとレイチェルは『宿敵の友人』に口の端を上げた。
ステンドグラスから落ちてくる光の中、レイチェル――本来の名をヨハンナという――の記憶が空間に広がる。レイチェルは双子の妹の名だった。共に在るためにその名を名乗っているのだ。
「俺の過去は何処かが可笑しい。普通の家族なら両親との思い出がある筈だ。楽しい思い出も、悲しい思い出も。一切合切ないって変だろう?」
ヨハンナの記憶には、妹のレイチェルとの思い出だけが記されていた。
――両親の顔を思い出せないなんて、そんなことあるのだろうか。
何故、妹との日々しか覚えていないのだろう。今までそんな事気にも止めていなかったのに。
否、どうして今まで不思議に思わなかったのだろうか。
「ヨハネの作品に縋るのは癪だが……断片的でも何でも良い。本当の事を教えてくれ」
燃える赤き焔と戦いの日々。
ヨハネとの死闘の記録。
イレギュラーズとして召喚され、この世界でヨハネと相対した『今』のヨハンナだから分かる。
自分が歩んできたこの戦いの日々は、誰かが定めた物語だった。
「俺は決められた運命を辿っていただけだったんだな」
ヨハンナに与えられたキャストは――『復讐鬼』なのだろう。
「この物語を紡いだのは、……ヨハネか、レイチェルか?」
なんて滑稽だと髪をくしゃりと掴むヨハンナにテアドールはそっと触れる。
「……だけどなぁ、そんなの知ったこっちゃねぇよ!」
ヨハンナはぐっと歯を食いしばり、蒼の炎が舞う空間に吠えた。
「今の俺は、俺自身の意思で歩いてる。俺は、俺だ。誰かの人形(オモチャ)じゃねぇ!」
ザァと蒼が赤の焔に変わっていく。
「自分自身の意思で、あの悪魔を──ヨハネを討つ」
決意の焔は燃え上がり空間を覆い尽くした。
その中に赤い髪をしたレイチェルがヨハンナを見つめているのが見える。
手を伸ばせば、届きそうな場所にいるのに。絶対に届かない記憶の中の妹。
妹のレイチェルが駆けていくのを追いかけて、ヨハンナも共に走り出す。
幼い頃の記憶――否、これは植え付けられた後天的な思い出だ。
本当の『自分(ヨハンナ)』は培養槽の中で揺蕩っていたではないか。
空間に映し出される景色は、否応が無く。事実をヨハンナに叩きつける。
ヨハンナは力を持って生まれた妹のスペアだった。病弱な妹に何かあったときの代用品としてこの培養槽の中に閉じ込められていた。
外に出される時にその記憶すら塗り替えられ『ごく一般的で幸せな家庭』で産まれ育ったのだと誤認させられていたのだ。
頭が割れそうな程の痛みにヨハンナは膝を付く。
自身の根底が覆される現実に涙すら浮かんできた。
されど――
「たとえ、作られた存在だとしても。俺は、俺だ。なあ、そうだろジョアンナ」
仮想世界で生成された己の分身の名を呼ぶヨハンナ。
「これが真実なんだとしても、レイチェルは俺の半身。愛おしい妹だ。だから、もう一度会わなきゃなんねぇんだ……俺達の宿命の為に、力を貸してくれジョアンナ!」
赤い焔の中から白き翼が迸る。血に眠る賢者たる鷲の片翼がヨハンナの背に顕現した。
燻っていた蒼い炎を打ち消すように、片翼から解き放たれる魔力の奔流。
ステンドグラスは光を受けて美しく煌めいた。
まるで、この時を待ちわびていたように、祝福めいた色彩を奏でるかの如く――
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
イレギュラーズの辿った物語をしっかりと受け止めました。
ありがとうございます。
GMコメント
もみじです。テアドールやシリーズに皆さんの事を教えてあげてください。
テアドールは一人一人に向き合いたいので、個別に呼び出されます。
●目的(どれでもOK)
・テアドールに過去を語る
・戦いになれば勝利する
・貴方だけのテアドールシリーズを見つけ友達になる
●ロケーション
テアドールとシリーズが居る研究所の中です。
カフェテラスや虹彩の部屋などがあります。
アバターログイン装置がある場所には今回は行くことが出来ません。
●出来る事
【1】カフェテラス
テアドールシリーズと遊べます。
カフェテラスではのんびりとした空間が広がっています。
優しい白色の壁紙と大きな窓。
足の細いカフェテーブルに、座り心地の良いソファ。
クッションが敷き詰められたゴロ寝スペースもあり。
ジュースやコーヒー、紅茶などがあり。お菓子も充実しています。
テアドールシリーズはのんびりと過ごしています。
とてもフレンドリーなので、気軽に話してあげてくださいね。
【2】虹彩の部屋
テアドールは一人一人に向き合いたいので、個別に呼び出されます。
ここではステンドグラスに映り込んだ過去を見る事が出来ます。
まるでそこに居るかのように再現されます。
ヨハネ=ベルンハルトという研究者が魔法具と科学を融合させて作り上げました。
例:
・知っている過去を語る
・知らなかった過去が明かされる
・過去の戦闘を再現して戦い、それを乗り越え新たな力を得る。
(スキルフレーバーのとっかかりにも最適)
●NPC
○『揺り籠の妖精』テアドール(p3n000243)
竜との戦いで故障していましたが、治ったようです。
イレギュラーズの皆さんの事がとても好きです。
今まで外に出られなかったので、色々な事を教えて欲しいと思っています。
特にイレギュラーズになった経緯や、印象深かった戦いなど。
前はどういう心境で、それを乗り越えたとき、どう変わったのか。
変化した心の動きを知りたいと思っています。
もちろん、辛い事だけではなく、楽しい思い出も知りたいです。
○テアドールシリーズ
ROOアバター被験者管理AIシステム『テアドール』を冠したシリーズAI達です。
宝石の名前が与えられ、髪色や瞳色もそれぞれ違います。
(顔は兄弟ぐらい似ていますし、近い色の宝石を持つ個体は双子かなという感じです)
イレギュラーズが知っているテアドールは唯一秘宝種になれたので外へ行けます。
しかし、他のシリーズは外へ行けません。
なので、外の事に興味津々。貴方の事もとても知りたいと思っています。
友達になってあげましょう。
●ポイント
今回は一人ずつ個別に呼び出されます。
なので相談でする事が無いと思いますので研究所のカフェテラスとします。
まずは、テアドールシリーズ達の名前を考えてみましょう。
好きな宝石の名前を上げてみてください。
何を語ろうかと想像を膨らませるのも良いですね。
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