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シナリオ詳細

<咎の鉄条>乙女は柘榴を求める

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「それじゃあ、行ってくるね」
 くるりと振り返った少女は愛しい人と幼い娘へ微笑みかける。そんな彼女へレンセットは心配そうな表情を浮かべた。
「本当に大丈夫?」
「レン、心配しすぎ! わたし、大抵の事じゃなんともならないよ?」
 君が元気にしてくれたんだから、と殊更嬉しそうに言うものだから。レンセットはそれ以上言えなくなってしまう。代わりにフェルムがユースティティアへと口を開いた。
「アルティオ=エルムまで行くんだよね?」
 とおいね、と眦を下げる彼女の背には鉄の翼がある。ユースティティアにも、レンセットにも似ていない彼女は養子であった。最も、実の両親よりもずぅっと2人に愛されているのだ。居心地の良いこの空間は手放しがたいもので、だからこそユースティティアが深緑まで出かけてしまうのは寂しい。
 いつもはユースティティアとこの家でレンセットの帰りを待っているけれど、彼女が向かう先を考えるとレンセットを待つより長い時間のはずだ。
 本当は引き留めたい。けれどワガママを言って困らせたくない。そんな思いが募って続きの言葉が出てこないフェルムに、ユースティティアは視線の高さを合わせると優しく抱きしめた。
「大丈夫。時間なんて、あっという間だよ」
 ユースティティアとて家族と離れて寂しくない訳がないのだけれど、こればかりは行かなければならないのだ。だからやることはさっさと終わらせて早く帰ってくるつもりである。
「気を付けて行ってくるんだよ」
「うん! おじさまも、無理はしなくていいからねって言ってたの」
 その言葉を聞いてレンセットはそうかと少し表情を緩めた。
 おじさま。それは彼女の本当の叔父でも伯父でもない。優しいおじさんだからおじさまと呼んでいる、それだけだ。彼が配下に『お願い』をするのは珍しいから、余計にユースティティアは行きたがっているのである。
 自分たち家族にも本当に優しい、いい人だ。娘が寂しがることも把握しているのだろう。
「じゃあ……あまり引き留めると、暗くなって逆に危ないからね」
 彼女の小旅行が良いものであるように。彼はお守りを彼女へ託して、その出立を見送ったのだった。



 はあ、はあ、はあ。
 自分の荒い息遣いが余計に不安を煽り立てる。けれど呼吸を落ち着かせる間もなく茨は蠢いていた。
「わたし、お腹がすいたんだけどなあ」
 場違いにのんびりとした声がOliviaを焦らせる。はやく、はやくどこかへ逃げなくちゃ。
(でも、どこに……!?)
 深緑は茨に覆われて内部へ入る事ができない。彼女がそれから逃れられたのは、たまたまアーカンシェルへ向かう道すがらに国境付近の花畑へ寄ったからだった。そして今、1人で魔種と茨に追いかけられている。
「――ねえ、もう食べていい?」
 その言葉は案外近くで聞こえて。咄嗟に張った防御障壁は、Oliviaの身代わりとなって瞬く間に粉々になった。その衝撃にユースティティアの体は吹っ飛んで、木へ強かに叩きつけられる。
「思ったより面倒だなあ。おいしそうなんだけど」
「た……食べられません、から……!」
 痛みに顔を顰めながら障壁を張り直すOlivia。守りに徹する姿は決して戦闘向きではないが、魔種を手こずらせるくらいには厄介だ。
 この障壁を粉々になるまで破り砕いて、Oliviaを食べてしまうべきか。
 それとも、この少女は諦めて、無抵抗で食べやすい幻想種を味見に行くか。
 だが後者を取った場合、Oliviaに邪魔をされても不快である。せっかくの食事を邪魔されたら誰だって嫌な気持ちになるのは当然だ。
 だから、やっぱり彼女を先に食べてしまおう。ユースティティアはちろりと唇を舌で湿らせる。
 ――だが。
「させない……!」
 触れ合う直前だった両者の間を斬撃が別つ。ユースティティアは飛び退き、そちらを見て瞳を眇めた。
 嗚呼、全く。食事の邪魔をするなんて煩わしい人たち。
 その視線を浴びたイレギュラーズたちは、しかしOliviaを襲わせてなるものかと武器を構えた。

GMコメント

●成功条件
 ユースティティア・ロンドの撤退
 Oliviaの生存

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。不測の事態に気を付けてください。

●魔種
 純種が反転、変化した存在です。
 終焉(ラスト・ラスト)という勢力を構成するのは混沌における徒花でもあります。
 大いなる狂気を抱いており、関わる相手にその狂気を伝播させる事が出来ます。強力な魔種程、その能力が強く、魔種から及ぼされるその影響は『原罪の呼び声(クリミナル・オファー)』と定義されており、堕落への誘惑として忌避されています。
 通常の純種を大きく凌駕する能力を持っており、通常の純種が『呼び声』なる切っ掛けを肯定した時、変化するものとされています。
 またイレギュラーズと似た能力を持ち、自身の行動によって『滅びのアーク』に可能性を蓄積してしまうのです。(『滅びのアーク』は『空繰パンドラ』と逆の効果を発生させる神器です)

●フィールド
 深緑の迷宮森林。昼間ですが、周囲の木々には上の方まで茨が絡みついており、若干暗く感じられるかもしれません。
 木々により視界が遮られる他、木の根や土の隆起で若干足場は悪いでしょう。

●エネミー
・『あなたのための白い薔薇』ユースティティア・ロンド
 ヴェルグリーズさんの関係者。暴食の魔種です。元は人間種と想定されます。
 元々は病魔の巣くっていた体でしたが、魔種となったことで延命されました。丈夫になった体で人間を食べ歩いています。
 今回この場を訪れたのは『ベルゼーおじさま』からのお願いのようですが、それはそれとして幻想種やOliviaのような女性は柔らかくて美味しそうに見えるようです。食事を邪魔するイレギュラーズの事は嫌がっています。Oliviaをどうやっても食べられないと分かれば撤退していくでしょうが、場合によってはイレギュラーズ自身に興味を向けるかもしれません。
 特に武器は持っていません。近接戦が主となるでしょう。元気になった彼女は羽根のように身軽です。また、彼女の攻撃には【HA吸収XX(数値不明)】【復讐XX(数値不明)】が付きます。
 その他、不明です。注意して相対してください。

・茨
 ファルカウを覆った謎の茨、その一部。フィールドの上空までも有刺鉄線のように張り巡らされており、触れるだけでも傷つくことがあります。
 この周辺の茨は一度攻撃の当たった相手を追いかけるように攻撃する特性があるようです。今はOliviaを狙っていますが、他の誰かが庇う等で受ければ標的が変わります。標的が倒れた場合、ランダムに次の標的を定めます。
 一定ダメージを与えることで暫く動かなくなりますが、その場に居続ければその内復活して狙われることになります。適宜戦闘不能状態にする必要があるでしょう。

●NPC
・『共鳴の天使』Olivia
 Tricky・Starsさんの関係者。同郷のウォーカーです。オリヴィアと読みます。イレギュラーズには好意的です。
 内気な少女で、実力はあるはずですが戦闘には向かない性格です。魔種に追いかけられ、少なからず疲労が溜まっています。
 皆様が加勢に入ってくれたなら、自衛する力は十分にあります。

●ご挨拶
 愁と申します。
 Oliviaさんの危機です。どうにかしてかの魔種を退けましょう。
 それでは、よろしくお願い致します。

  • <咎の鉄条>乙女は柘榴を求めるLv:20以上完了
  • GM名
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年03月20日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
藤野 蛍(p3p003861)
比翼連理・護
桜咲 珠緒(p3p004426)
比翼連理・攻
Tricky・Stars(p3p004734)
二人一役
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
キルシェ=キルシュ(p3p009805)
光の聖女

リプレイ


「しょ、初代様、皆さん……!」
「いい加減にしろよ八番目! お前の面倒に振り回されるのはこれで二度目だ」
 『二人一役』Tricky・Stars(p3p004734)――稔の姿を見て安堵の表情を浮かべるOliviaに、稔はピシャリと雷を落とす。1人で出歩くなと言い含めたのに、この体たらくとはどう言うことだ。
「ヒトが増えたのは良いけど、面倒そうだなあ」
「ユースティティア……?」
 イレギュラーズたちに眉を寄せた少女、否、魔種に『全てを断つ剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)は小さく眉を寄せる。『比翼連理・攻』桜咲 珠緒(p3p004426)が視線を向けると、ヴェルグリーズは彼女について簡潔に囁いた。
(なるほど、病身の者が転機を経て強靭に……)
 かつての自身を振り返れば、それが全くの他人事というわけでもない。珠緒は混沌肯定によって復調した身だ。
 自らの足で立って歩ける事。この身でどこまでだって進んで行ける事。パートナーを得て、共に未来を描いていける事。それらが奇跡ともいえる産物で、大きく世界を変えたことも分かる。
「さりとて、人間の食べ歩きなど許容できませんよ」
「許可なんて必要ないよ? あなたたちだって、いちいち許可を取ってから食べたりしないでしょう?」
 術式展開する珠緒に魔種――『あなたのための白い薔薇』ユースティティア・ロンドはくすりと笑ってワンピースの裾を翻す。茨が珠緒の頭上を伸びて、後方で回復を施されるOliviaへ向いた。
「させない! 貴女はボクの後ろへ!」
 珠緒と共に動く『比翼連理・護』藤野 蛍(p3p003861)が咄嗟に身を呈してOliviaを庇う。茨にも魔種にも彼女を攻撃などさせるものか。
 その後方でOliviaの体力をマルク・シリング(p3p001309)と稔が2人がかりで急激に回復させる。とはいえ稔はまだぶつぶつ言っていたが、彼女が動ける程度に回復できると視線をユースティティアへ向けた。
「説教は後にしよう」
「あ、後で続きがあるんですか……」
「当たり前だ。だが、今はあの魔種が先だ」
 あとのことに半泣きの表情を浮かべるOliviaへふんと鼻をならす稔。この状況を前にして、戦った後の事に気を取られるくらい余裕があるのならもう十分だろう。
「おい、八番目を食おうとしたらしいじゃないか」
「八番目ってそのヒト? うん、だって美味しそうだったし。美味しそうなものがあったら食べたくなるじゃない?」
 さも当たり前のように返すユースティティア。その対象がヒトでなかったならば共感できる部分もあったかもしれないが、流石に難しい。
「眠ってる人たち傷つけたり、食べようとするなんてダメなのよ!」
 むっと眉を寄せた『リチェと一緒』キルシェ=キルシュ(p3p009805)はその場に桜色の濡れない雨を降らせ、Oliviaに活力を与える。これで万全――とまではいかなくとも、彼女も自分を守れる程度には心身ともに回復しただろう。
「Oliviaお姉さん!」
「は、はいっ!?」
 器用にもその場で飛び跳ねるOlivia。見た目ではそう変わらないどころか、キルシェのほうが年下にも見えるのだが、キョドっているのはOliviaの方である。
「お姉さんのこと絶対に守るから、お姉さんは自分のこと守ってくれる?」
 もしも、という可能性はいつだって付きまとうのだ。キルシェが絶対といっても、予想もできないところからOliviaを危険にさらしてしまうかもしれない。Oliviaはキルシェの言葉に小さく頷いた。
 『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)は珠緒へ向けて支援しながら射程に全ての敵を収めるよう立ち位置を変える。この状況とて、イレギュラーズたる自身らがいるならば打破できるはずだ。
(とはいえ、この人数の精鋭が派遣される相手。相当に手ごわいでしょうね)
 それに――懸念点もあるようだ、と寛治はヴェルグリーズへ視線を向ける。
 当のヴェルグリーズは剣で斬りかかりながらも非常に難しい表情を浮かべていた。どうして彼女が此処に居るのか。どうして彼女が『1人』なのか。
(『彼』は一体何処に……? いや、だからこそ好機というべきか)
 ユースティティアと共に在るはずの男がいないという事実は、どうしようもなくヴェルグリーズの心をざわつかせる。どこで、何をしているのかと。しかし彼女をここで仕留められたのならば、今後の布石にもなるだろう。
「見た目に反して、随分と悪食な事だな、お嬢さん?」
「美味しいものを食べたいと思うのは誰だって同じでしょ?」
 『黒鋼二刀』クロバ・フユツキ(p3p000145)がヴェルグリーズに続いて連撃を繰り出していく。多少なりともそのワンピースに傷を負わせるが、羽根の様に身軽な彼女の一撃は思っていたよりも重い。
「チッ」
「クロバ!」
「問題ない」
 ヴェルグリーズにそう返し、クロバは素早く元の位置まで接近する。ユースティティアはつまらなそうな顔をしながら2人の猛攻をひらりと躱した。
「あんたの好きにさせるつもりはないんでね。止めさせてもらうぞ!」
「できるならどうぞ? わたしは食べたいものを食べるだけ」
 つんと澄ましたレディにクロバはわざと嘲るように笑う。もちろん、そこに2刀の連撃もお見舞いしながら。
「魔種に墜ちるとそんな食生活に目覚めるってのは、勘弁願いたいものだね。そんな趣味の悪い食好みじゃあ誰も食事に付き合ってくれないんだろう?」
「ちゃんと付き合ってくれるわ! 今回はわたしの気ままな小旅行なだけ!」
 眦を吊り上げるユースティティア。以前は遠出などままならなかっただろうから、よほど楽しみにしていたのだろうと思う。
(けれど、)
 魔種を――それも嘗ての主を野放しにするわけにはいかないから。
「ユースティティア、キミのすべてをここで終わらせよう」
 その剣が、別つために振るわれるのだ。

 その身は風に攫われてしまいそうなほどに軽く、息を切らす間もなく彼女はステップを踏む。彼女に置いて行かれまいと珠緒は自信の限界を超え、終わる事無き弾幕の進撃が絶えずユースティティアを攻め立てる。
「もうっ、折角のお出掛け着だったのに!」
「服の心配なんてしている場合かい? ユースティティア」
 むくれるユースティティアへ向けてヴェルグリーズの得物が振り下ろされる。彼女はきょとんとヴェルグリーズを見つめた。
「わたし、名前って言ったかな? それともどこかで会った?」
「ああ、会っているよ。キミはかつての主なのだから」
 あるじ、とユースティティアの唇が動き、眉根が寄せられる。知らなくて当然だろう。彼女は精霊種としてのヴェルグリーズを知らない。あの時はまだ言葉を交わす事もできない存在だったのだから。
 ――そう、あの頃のキミはまだ『ただの少女』だった。
 体は弱く、それでも心は一人前に少女で。生きたくて、愛する人と添い遂げたい、恋する乙女だった。それでも彼女は遠からず死神に連れ去られていたことだろう。
(あの時、俺に動ける体があったなら……キミを魔種になどさせなかったのに)
 知っているからこそ、余計に無念だと思う。魔種になってしまえばこちらが出来ることは限られている。少なくとも――生かす事はできない。
(それにしても、あの魔種の視線……なーんか気になるのよね)
 今はヴェルグリーズを気にしていてこちらを見ていないが、と蛍はそっとうかがう。あのユースティティアという少女、嫌そうな顔はすれども敵対心を持っているわけではなさそうなのだ。強いて言うならば、餌を前に『待て』と言われている獣――などと考えていれば、背筋も冷えるもので。蛍は茨の攻撃をいなしながらぶんぶんと頭を振る。
 きっとそんなことはない筈だ。まずはOliviaから蛍へ標的を変えた茨を何とかしよう。これと魔種を同時に対処するのはなかなかに難しい。
「さあ、行くわよ!」
 吹き荒れる桜吹雪が茨をも取り囲む。多少珠緒と距離が離れていようとも、その心は何時だって同じ場所にある。
「早々に黙して頂きましょう。あちらも余裕は無いはずですから」
 寛治のステッキ傘が茨へと向けられ、その一弾が的確に茨を穿つ。倒しても大元がどこかに繋がっている以上、本当に倒れる訳でも、ファルカウへ至る道が開くわけでもないだろうが。それでも多少の時間稼ぎにはなるはずだ。
「悪食のお嬢さんは手癖も足癖も悪いみたいじゃないか」
「わたしはレンが嫌わないならそれでいいの!」
 どうにか自身へ引き付けようと煽り立てるクロバは、その目論見通りというべきか手痛い一手に後ずさる。しかしニィと笑みを浮かべると、ユースティティアが顔を引きつらせた。
「ええ、もしかしてそういう趣味……?」
「誰が趣味だ!! いいか、復讐の力を剣に乗せられるのはアンタだけじゃないと見せてやる……!」
 何人かでヘイトは分散しているはずだが、近場にいることもあってクロバのダメージは大きい。だが、それでいい。
 クロバの見せた鬼神がごとき斬撃がユースティティアを襲う。キルシェはクロバが少しでも戦い続けられるよう、癒しの力を全力で彼へ、仲間たちへと届けた。
(Oliviaお姉さんだけじゃなくて、深緑のこと、深緑で眠ってるみんなのこと……守って、助けてくれる仲間たちだもの)
 大切な同胞のためにも、大切な家族のためにも、『大切な弟』のためにも――森を魔種になど荒らさせるものか!
 誰も倒れさせないという気概を見せるキルシェは、果敢にもユースティティアへ語り掛ける。
「お姉さん、さっき小旅行っていってたわよね? どうして深緑なの? 深緑のみんなが眠ってるって、誰かに聞いたの? 答えて!」
「小旅行はついでだよ。ベルゼーおじさまが遊びにおいでっていうし、おじさまがわたしたちにお願いなんて珍しいかったから、それじゃあ来てみようかなって。元気に動き回ってるヒトでもいいけれど、やっぱり抵抗されない方が、ね?」
 食事前にお腹がペコペコでどうしようもないなんて事態もないから。ユースティティアの口にのぼった『ベルゼーおじさま』という言葉に、マルクはネメシスの光で茨と魔種の双方を狙いながら考え込む。
(ベルゼー配下の魔種が絡んでるのか。『誰が』も分かった。『どうやって』も想像は付く)
 ――では、『何故』だ?
 しかしその思考はユースティティアが放った次の言葉で遮られる。彼女はキルシェを見てちろりと舌なめずりをしたのだ。
「あなた、美味しそうかも。お肉も柔らかそうだし……あまりお腹には溜まらないかもしれないけれど」
「はっ、そんなに腹が減っているなら、今から鱈腹食わせてやろう」
 稔が飛び込み、茨と魔種両方を巻き込んで終焉の帳を降ろす。不吉と終わりを告げるそれは、けれど彼女の腹は膨らまない。
 だが、そうこうしている内にようやく茨の動きが止まる。寛治は立ち位置を変えることなく、すぐさま珠緒に合わせて銃弾を放った。
「私なら『行動そのものをさせない』事を狙い得るのですよ」
 彼女は傷を負えば負う程、その攻撃が苛烈になっていく。されども攻撃自体できないようにしてしまえば何ともないというのが理屈の話だ。それを成し得るだけの寛治の実力に、されどユースティティアもついて行く。しかし執拗な攻撃にいつまでも逃げられるか、と言えばそのようなワケはない。
(とはいえ、苦戦しているご様子ですね)
 存外彼女の『味見』も厄介だ。与えた傷が少しずつ癒えている様を見れば嫌にもなろう。ならばと珠緒は致命の一撃で攻め、その傷が治らぬようにと立ち回る。多少攻撃を喰らうのもなんのその――とはいかないが。
「まだです……この血と剣で、立ち向かいます!」
 パートナーである蛍はOliviaの守りに徹している。ならば珠緒もまた守られるだけではなく、困難を切り拓いて進むパートナーでありたいから。
 その想いが珠緒の剣をユースティティアへ届かせる。そんな彼女を誇らしげに視界へ入れていた蛍は、むくりと起き出した茨にOliviaを背へ隠した。
「モテるって大変ね!」
「ええっ、も、モテる、ですか……!?」
 背中で惑う声がするが、初心な彼女に小さく笑みを浮かべた蛍は桜花の決意を胸に抱く。ここは何としても守り抜く。
「キルシェさん!」
 マルクがユースティティアから彼女を庇いたて、にらみ合う。魔種は何度も邪魔が入っていることに鼻白んでいるようだ。
「マルクお兄さん! すぐ回復するわ!」
 キルシェの福音が彼の疵を癒し、マルクへの回復効果を促進する。自分を美味しそうと思われるのならそれでもいい。1人じゃないから、この場だって切り抜けられると信じているのだ。
(それよりも、『あれ』……何かしら?)
 ユースティティアが腰に下げている、小さな袋。お守りの様にも見えるが、どんな効力を持つのだろう。キルシェの持つブレスレットの様に、大切な人から祈りを込められているのだろうか。
「ねえ、わたし、お腹が空いてるの。どうして邪魔するのかなあ」
「まだわからないか?」
 呆れたように稔が仲間たちを回復させる。ヴェルグリーズはその標的を変えさえるべく斬りこむが、鋭い蹴り技で吹っ飛び、木へ叩きつけられる。
「ヴェルグリーズ!」
「ヴェルグリーズ……?」
 咄嗟にクロバが彼の名を呼ぶ。それをユースティティアは復唱し、その視線がヴェルグリーズの持つ剣へと向けられた。続いて戦いながらも暫しその視線はそこへと固定され、やがてゆっくりと目が見開かれる。
「……ヴェルグリーズ? 剣の?」
「思い出してくれたかい? キミを魔種に変えた剣だとも。いまや精霊となった身だけれどね」
 既に立ち上がって斬り込んでいたヴェルグリーズはユースティティアを睨みつける。対して彼女は嬉しそうに笑った。
「そうなの! あのね、知っていると思うけれど、あなたのおかげですっごく幸せなの!」
「ああ、そうみたいだ」
「あの時、あなたじゃなかったら、レンと離れ離れだったかもしれない。……なんて、レンに言ったら拗ねちゃうかもしれないから、ナイショね」
 流れるように、歌うように、その唇が一緒に行かないかと紡がれようとした瞬間、キンと硬質な音が響いた。
「おいおい、仲間を連れて行かれちゃ困るぜ。ヴェルグリーズ、寝ぼけるなよ」
「……言われずとも。こんなところで誘いに乗ろうものなら、『彼女』にも怒られてしまう」
 目を丸くしたヴェルグリーズは、クロバに小さく笑みを浮かべる。共にここへ来ることは叶わなかった彼女に、ちゃんとただいまを言ってやらなければ。
「そういうわけで、残念ながらゆっくり昔語りはできないんだ」
「そうなの? レンもよろこぶと思ったのに」
「犠牲なんて出させないさ。その裁定を下すのはこの"死神"だ」
 睨みつけるクロバはヴェルグリーズに続いて畳みかけていく。その食欲を満たすことは叶わない。是非とも空腹のままお帰り頂き、あわよくばそのまま餓死してもらいたいところだ。
 攻め立てる2人の攻撃を無にしないように、珠緒の剣が治癒を止める。其れ即ちよりこちらへのダメージが跳ね上がると言う事だが、寛治の一撃が回復の隙を作りだした。稔の放つ大天使の祝福があともう少しと仲間の力を押し上げる。
「人を食べていいのは人に食べられる覚悟のある奴だけよ!! 何でも食べちゃう超雑食性の人類舐めないでよね!!!」
 蛍も茨の対処に注力しながら、その合間に珠緒と息を合わせて攻撃を叩き込む。流石に魔種は食べないが、その危険性――死と隣り合わせであることは自覚してもらおう。
「あなた、すごく危ないヒトたちと一緒にいるんだね?」
「いや。頼もしい仲間だよ、ユースティティア」
 ヴェルグリーズはその攻撃を受けながらも反撃し、キルシェの福音を受ける。本命はその後――彼女の力によって促進された治癒魔法だ。マルクは彼へ回復を施すと、確実にダメージを通すべく呪言を放つ。
「もう、お腹空いちゃう!」
 徹底的な抗戦に、とうとうユースティティアが感情を爆発させた。ぷぅと頬を膨らませた彼女は、この戦場でなければ実に愛らしい少女であっただろう。しかしその身は擦り傷切り傷だらけ、周囲のイレギュラーズたちも満身創痍だ。
「わたし、帰るから!」
「待て!」
 クロバの一閃がユースティティアへ迫る。しかしキルシェはこの時、ユースティティアが腰につけていたお守りが淡い光を放ったことに目ざとく気づいた。
「クロバお兄さん、まって!」
 その一閃はユースティティアの髪をわずかに切り裂き――不意に彼女の姿が掻き消える。
「は?」
「……なるほど、逃走手段を用意していたということですか」
 ステッキ傘を構えていた寛治がそれをゆっくりと降ろす。茨もすっかり大人しくなって、辺りに敵性生物の気配はない。マルクは素早く森の小さな生物を使役すると、近くに彼女の姿がないか捜索を始めた。寛治もそれを手伝うが、結果としては『何の痕跡もなく消失していた』。
「……クロバ殿、あとは頼めるかい」
 完全にいなくなったのだと知ったヴェルグリーズは小さく息をつき、本来の姿へと戻る。その剣をクロバは手にして、しかし何も言う事無く視線を移した。きっと考えたいこともあるだろうから、と。
 ともあれ、Oliviaに迫っていた脅威も去ったのだ。一旦はこの事態を報告すべく、イレギュラーズたちは動き出す。
 キルシェは最後にその場をもう一度だけ振り返って、いなくなってしまった彼女と、そのお守りについて思いを馳せた。

 ――ユースティティアさんを大事に思ってる人が、ちゃんと逃げられるように、願いをこめたのね。

成否

成功

MVP

クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者

状態異常

クロバ・フユツキ(p3p000145)[重傷]
深緑の守護者
藤野 蛍(p3p003861)[重傷]
比翼連理・護
ヴェルグリーズ(p3p008566)[重傷]
約束の瓊剣

あとがき

 お疲れさまでした、イレギュラーズ。
 ユースティティアはどこかへ消えたようです。またどこかで会うかもしれません。

 それでは、またのご縁をお待ちしております。

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