シナリオ詳細
昔語りのメモリーズ
オープニング
●昔語りのメモリーズ
振り返らないのが人生さ、と誰かが言う。
そこ(過去)には何もないからと。
ただ歩いて、歩いて。そうしていつか終わる。それでいいのだと。
きっと、色々な人がそうしてきたのだろう。
だからこそ、酒を呑む時には何もかもを忘れる人たちがいる。
その席にそれ以外は不要とばかりに、だ。
しかし、しかしだ。
そんなものこそを、ふと思い返す時が必要なこともある。
たとえば、それが自分を構成する何かであったり。
忘れ難き何かであったり。
くだらない思い出話であったり。
なんでもいい、なんでもいいのだ。
今は静かに笑いあえる、あるいは語らずとも何かを共有できるような。
酒のつまみに、そんな話を静かに出来るような。
そんな時間と場所があってもいい。
たとえば、静かにグラスに入ったバーボンを傾けて。
あの頃の想いのように透明な氷を、カランと鳴らしてもいい。
誰もそれを笑いはしない。
ただ、静かに受け止めてくれるだろう。
この静かな……「バー・クロノス」では。
●導かれし者達
鉄帝は騒がしい国ではあるが、時として静かに時間を過ごしたい者たちの為の場所も存在する。
たとえば、酒を一切出さないバーであったり。
黙々と酒を呑むことがルールの酒場もあったりする。
しかし、そんな中で。
ふと昔語りをしたい時に「偶然」辿り着くバーというものも存在する。
それは、かの幻の酒場「バー・アイアンヘヴン」の同類であるのかもしれない。
しかし「バー・アイアンヘヴン」と違うのは……その「バー・クロノス」には「酒乱は辿り着けない」というルールがあるのだ。
いや、正確には違う。その「バー・クロノス」では暴力性といったものが消えて失せるのだ。
バー・クロノスの静謐な空気は、それまで上がり切っていたテンションをもしっとりとしたものに変え、静かに酒を呑もうという気にさせる。
そして、酒を一杯飲めば昔語りなどをしたくなる。
誰もそれを笑いはしない。
望みもしない同情も共感も、何もありはしない。
だが、語る者がそれを望むならば、別だ。
バー・クロノスではただ静かに、昔語りをしたい者がそれを語るだけ。
老齢のマスターも余計なことは一切言わず、希望する酒を出してくれるだろう。
そして……そんなバー・クロノスに辿り着こうとしている者たちがいた。
ヤツェク・ブルーフラワー (p3p009093)。
シャーラッシュ=ホー (p3p009832)。
落葉 剛 (p3p010065)。
バクルド・アルティア・ホルスウィング (p3p001219)。
ヴェルグリーズ (p3p008566)。
ヘルミーネ・フォン・ニヴルヘイム (p3p010212)。
そして、あと2人。
「……ん? なんだこの店は。知らねえな」
ヤツェクはふと辿り着いたその店の看板……「バー・クロノス」に首を傾げる。
こんな所にこんな店なんてあっただろうか。
分からない。分からないが……なんとなく、良い酒が呑めそうな。そんな気はしていた。
- 昔語りのメモリーズ完了
- GM名天野ハザマ
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2022年03月08日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●昔語りを、君と
カランカラン、と小さなベルの音が鳴る。
「お、いいバーがあるじゃないか」
「「バー・クロノス」?鉄帝にこんなバーあったのだ?」
顔を出したのは『旅の劇場支配人』落葉 剛(p3p010065)と『呑まれない才能』ヘルミーネ・フォン・ニヴルヘイム(p3p010212)だ。
「若い頃はよくバーを梯子してたのう。あのバーのマスターは元気しとるんじゃろうか? 久しぶりのバーじゃ、ちょっくら入ってみるかの」
「まあ! ヘルちゃんはお酒飲めて適度に酔えれば何でもいいのだ! マスター、とりあえずおすすめを一杯なのだ」
「いらっしゃいであります」
寡黙なマスター……の他に『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)がいて、どうやら先に吞んでいたようだが……何やら多少スッキリした顔をしている。
エッダの前には、小さなグラスが1つ。彼女がその程度で酔うとも思えないが、何か心情的に思うところでもあったのだろうか。
「此処は良いバーでありますよ」
そんな事を言うエッダに剛もヘルミーネも顔を見合わせて。
特に申し合わせたわけではないが、新たな来客も訪れる。
『帰ってきた放浪者』バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)、『全てを断つ剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)、『陽気な歌が世界を回す』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)、『納骨堂の神』シャーラッシュ=ホー(p3p009832)、『少年猫又』杜里 ちぐさ(p3p010035)。
男同士で何処かで呑んでいたのか、それとも偶然か。どうやら常連と言うわけでもなく、フラリとこのバー・クロノスにやってきたようだった。
なんとなく、並んで座って。それぞれ、思い思いの注文をしていく。
ちぐさは年齢証(102歳)を提示するのも忘れない。大事なことである。
「ジンをお願いするにゃ。ショット、ダブルにゃ」
「マスター、酒と灰皿をくれ」
「ああ、儂にも……まずは、灰皿を頂こうかの。それと注文はギムレットで。ほんのりシロップ入れて少し甘めに頼むわい」
剛はバクルドに軽く挨拶をして。
「マスター、おすすめをひとつ。ゆっくり楽しめるものが今の気分にあってるかな」
ヴェルグリーズがそう言えば、ちぐさも頷く。
「この酒場の雰囲気か、静かにゆっくり飲みたい気分にゃ。僕だって、わいわいしてばかりじゃないのにゃ」
「まあ、そういう気分になることもあるでしょう」
「だな」
ホーとヤツェクもそう頷いて、酒を呑む。
「いつもは馬鹿みたいに騒いでしこたま飲むが、放浪中は一滴も呑まないほうが多い……まあ場の流れみたいなもんだ、とはいえそれ抜きでもなんつーか不思議と感傷に浸りたくなるな」
そうバクルドが呟いて。
「……旨いな」
グラスを手の中で転がしながら、少し遠い目をする。
なんとなくだが……昔語りなどをしてみたい気分になったのだ。
「……俺は基本的に独りで放浪をしているんだが、そうなる以前ってものがあるわけだ」
そうして、バクルドは語り出す。
「つっても生まれてこの方定住する家庭ってもんに巡り合ったことはねえが若ぇ頃にほんの数年、心地よく過ごしていたことがあった」
とある出来事があってな、両腕を切り落として気絶していた所を鉄帝の職人街のババアに拾われたんだ。
かなり危ない状態だったらしい。
ギフトがなけりゃイレギュラーズになる前に死んでたかもな。
両腕がないとな何もできねえし歩くことすらままならねえ。
だからそのババアの施術で機械腕を取り付けてな、なんとか腕があった頃と同じくらい動けるようリハビリした。
その一環でババアん所で手伝いをしてたんだよ、俺みたいに体のどっかを失ったやつのための義肢を作るんだ。
最初は結構苦労してたんだが暫くすると俺目当ての客もちらほらいたんだぜ。
色んなやつと仲良くなったりしてな、間違いなく楽しかった。
だがある日イレギュラーズになっちまった、そん時は地理について興味を持ってないせいでどこの街か知らなくてな。
戻れたときにはババアは死んでた、間が悪かった。
そのまま彼処に居る気も湧かなくてな、気がつきゃ放浪者になってた。
「後悔はしてないさ、ただの感傷さ」
だとしても、忘れられはしないだろう。確かな傷でるはずだ。
それが分かるからこそ、誰も「分かる」などとは軽々しく言わない。
カラン、と鳴る氷の音だけが、贈るものだ。
「昔、か。壮大な話はどこでもできるが、なに、おれの知ってる小さな話を一つ。ああ、ギターを弾きながらでいいか? その方が、やりやすい」
ヤツェクも言いながら、ギターを軽く弾く。
語るのは、とある「洞窟の外を見たことがない少年の話」だ。
「そのガキは体が弱いってのに、幼いころから鉱山労働。雇われてこそいるが、給料なんてもらったためしはない。全部天引きされているからな。自分のいる場所が星だとは知らなかった。ただ穴倉だけが、自分の世界だと思っていた」
思っていたのに知っちまったんだよなあ。外に空があること、ぞっとするほど広い暗黒の中にいくつも輝いているのが星であること、そして、手段さえあれば、抜け出せることを。だから、全てを捨てて、鉱石を運搬している船に密航だ。星から星を行く船にな。
無論バレて、しこたま怒られたさ。しかしまあ、最終的には雑用係として雇われることになった。
名前が無かったから、ヒアシンスと呼ばれた。古い言葉で『美少年』だと言われて――それが花の名前だって知ったのは、もっと後のことだ。
まあ、そういう訳でヒアシンス青年は宇宙船乗りになった。
酒場で言葉と演奏を学んだ。
だが、チャンスを求めて、堅実な生活から逃げ出した。
色々あって、自分の宇宙船を手に入れた後は、星々をめぐり……。
でも、故郷の星はわからずじまいだ。名前すら知らない。鉱山惑星なんて沢山ある。
結局、ヒアシンスは、いつまでたっても根無し草だ。
死ぬまでそうかもしれないな。
「喉乾いたなぁ――濃いのを一杯」
弾き語りが終わり、ヤツェクは差し出された酒を呑む。
ヒアシンスが「誰」かはさておこう。語らず、聞かず。そういうルールに自然となっている。
「昔語り、のう……」
だからだろうか、剛もふと何かを思い返す。
「うーん……わしは語るような過去なんかないんじゃが……まぁ、頼んだ酒が来たら酔ってポロリするかもかの。ま、期待せんといてくれ。こんな爺の過去なんか聞いてもなんもならんわい」
笑いながら、剛は酒を楽しんでいく。
「うーん、ギムレットにマティーニにマンハッタン。流石にこいつは効くのう……おお、そうじゃな……アレは家内と一緒になる前じゃったかな……」
貧乏音楽家の癖して浪費しては酒浸り。
貯蓄なんかゼロ。連れもゼロ。クソッタレの独身貴族をやってたんじゃな。
まぁ、音楽家なんてのは昔からクソッタレの代名詞じゃがな。
「酒・女・歌と煙草が昔の曲にもあるように音楽家が溺れるものじゃな、全部やっとるがの」
とあるバーはそんなクズの掃きだまりじゃったが、だれが来ても乱闘さえしなければ誰でも受け入れてくれたんじゃよ……ちょうどこのバーのように……な……。
ん? 家内はどうしたって?
それを聞くのは野暮ってもんじゃ。
「ま、シオンの花の一つでも手向けてやってくれ……」
そう語って、剛は黙り込む。
シオンの花言葉は「追憶、君を忘れない、遠方にある人を想う」だ。
だからこそ、誰も問いはしない。
剛の言う通り、野暮というものだ。
そんな中、ちぐさはグラスをゆっくりと傾ける。
お酒は一気飲みなんてせずゆっくりと。
喉に強めの刺激が心地良く思える。
なんとなく目を閉じると、浮かぶのは未来でも現在でもなく……昔のことだ。
(まだ酔うほど飲んでないのに不思議にゃ)
聞こえてくる過去話、一人語りの昔語り。無粋な事を言う者など1人もいない中で、ちぐさも語り始める。
「……僕は、とても幸せだったにゃ」
飼い猫としてでなく家族として大好きなパパやママに愛されてたにゃ。
だからこそ妖怪と呼ばれる猫又に成ったのも今では誇らしいにゃ。
……今は、にゃ。
「今、僕の姿が当然のように見えるのは『混沌肯定』のためだと思うにゃ。元の世界の僕は猫又に成った後、人間からは認識されず、干渉も出来ず、だったにゃ」
……年老いたママが病気になった時も……ママがいなくなって、独りぼっちになったパパが……眠るように、息を引き取った時も……何も出来なかったにゃ。
誰も悪くなく『時が流れただけ』『ごく当たり前』にゃ。
それでも、にゃ……。
「……大切な、大好きな人をただ……」
胸が詰まる感じがするのを、ちぐさはジンを一口飲んで流し込む。
「ただ見送っただけなんて……僕は……無力にゃ……」
今度は寂しさを洗い流すように、残りのジンを飲み干す。
「一言二言の独り言、語るというには短すぎにゃ。でも、今日くらい許されると思えたのにゃ……」
誰も笑いはしない。無力さを感じる事は、生きていればあるのだから。
それを証明するように、ヴェルグリーズも語り出す。
「最近依頼仲間が反転する現場に出くわしてね、何度居合わせてもやはり辛いものさ。ん? あぁ……えーと俺はこれでも精霊種でね、それなりの時間を生きてる。長い時を生きていればそういう現場に出会うこともあるって話さ」
色んな主がいた、そして色んな事情で反転していった。
追い詰められて仕方なく反転した人、復讐心に引きずられて反転した人、半ば事故のような形で反転した人、愛する人の後を追った人……本当に色んな事情でね。
「そんな主達を俺は見つめるだけで何も出来なかった、ただの剣だったから」
どれだけ苦しんでいても悲しんでいても声一つかけることは出来ない。
感情がまだ未成熟で朧げだったのは不幸中の幸いだったかもしれないね。
まともな情緒を持ってればそんなもの耐えられるはずもなかったんだから。
「……ちょっと話がそれたね、そう魔種になった事情の話」
もちろん同情できない主もいた、でも俺が出会った魔種はそれなりの事情持ちが大半だった。
不幸にも普通の人より少しだけ運命の歯車が狂って狂気に堕ちた人たち。
だから俺は魔種というだけで彼等が悪とはみなせないんだ。
うーん、我ながら、イレギュラーズとしてはどうなんだろうね。
「俺が事情を知っている魔種は俺の手でケリを付ける、それが俺の目標の一つでね。今日はちょっとそんな立場を振り返りたくなったんだ。だからもう少しだけ……反転していった人達を想う時間をくれないかな」
カラン、と鳴るグラスの音。
それを聞きながら、ヘルミーネはふと思う。
(……そういえば、ヘルちゃんがお酒を嗜む様になったのはどうしてだっけ……?)
「……嗚呼、そう言えば…どうしても過去のトラウマで寝付けなかった日に従兄に勧められて飲んだのが初めてだっけ? 初めてのお酒は苦くて……なのに頭がほわほわして過去のトラウマなんてどうでも良くなる位に不思議な気分だったのだ」
それが心地よくて…つい従兄と一緒に飲み過ぎたのだ。
うう……まさかあんな醜態を晒すなんて……ヘルちゃんが脱ぎ癖の抱き着き魔のキス魔だったなんて……しかも従兄と……うん、飲み過ぎないようになったのはあの経験があったからなのだ……最近守れてないけど。
「……でも……仕方ないのだ。ヘルちゃん、偶に酔って過去の事忘れないと押しつぶされちゃうのだ」
……生まれた時から母ちゃんには愛されなくて、挙句に母ちゃんに殺されかけて…運良く助かったと思ったら騒ぎに乗じて母ちゃん嫌ってた叔父さん一派に拉致監禁されて一年間くらい生贄という名の玩具として徹底的に弄ばれて……よく魔種にならなかったのだ……まあ、なりかけたけど……本当に婆ちゃん達が助けに来てくれなきゃ……今のヘルちゃんは居ないのだ。
「……何だか今日はいつもより酔いが回るのが早いのだ……おやすみ……今日は悪夢見ねぇといいのだ……」
スヤスヤと眠り始めるヘルミーネを起こす者は居ない。
そして……ホーが、口を開く。
「私が昔話を語ろうとすると、大概「話が長い」と言われ旧友達から敬遠されていましたから、極力そういった類の話をすることは避けてきたのですよ。しかし皆様が過去を語り、私だけなにも語らないというのはフェアではありませんからね」
それに今日は、それが許される雰囲気があって。それを受け止める度量が場に出来上がっている。
だからこそ、ホーも語り出した。
「人類が最初の火を生み出した日の話……は、あまりにも昔過ぎますから少し時間を進めましょう。そうですね、私が無辜なる混沌へ喚ばれ、練達で過ごしてきた数ヶ月間の話でも」
私はこの数ヶ月間、人間の叡智の結晶とも言えるあの都市国家で様々なものを見て、そして体験してきました。
その中でも一番興味深かったものは「ゲームセンター」とかいう娯楽施設でしょうか。
人間の作るものは面白いですね。彼らの創造性と成長性には驚かされます。
対して私が暮らしていた場所というのは、朽ちた廃墟群と荒廃した島々しかない非常に退屈な場所でした。
出来れば日々発展を続けるあの都市国家に留まり、人間の創造物に触れる生活を続けたいのですが……。
しかし、いずれは元いた世界に帰らねばなりません。
現状帰る術は見つかっていませんが。
こんな私でも帰りを待つ者達があの世界では大勢いますからね。
「何故なら───ああ、無駄話が過ぎましたね。話の続きはまたの機会に」
無駄話を笑う者は、此処には1人もいない。
しかしそれでも、ホーは今日はそれ以上語るつもりはないようだった。
「静謐な雰囲気のせいでしょうか、ついつい深酒をしてしまったようです。少し外の風に当たって酔いを覚ますことにしましょう」
そう言って代金を置くと、外に出て……ふと、星空を見上げる。
バー・クロノス。雰囲気のせいか、いつもよりも少しだけ……ほんの少しだけ、語ってしまったような気もする。
けれど、不思議と悪い気分ではない。
語った分だけ、背負った荷物が少しだけ軽くなったような……そんな錯覚すら覚える、そういう夜だった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
昔語りの夜に。
此処での話は、決して外には漏れません。
しっとりとした、大人の夜を。
GMコメント
しっとり大人の雰囲気なシナリオです。リクエストありがとうございます。
今回のルールは「酒乱禁止」です。
静かにお酒を呑んで、昔語りなどをしましょう。
何も邪魔するものはありません。
此処での話が外に漏れる事も、世界の何かに影響することもありません。
此処は外界から切り離された場所、バー・クロノス。
ただ静かに、皆様の昔語りを受け止める場所でございます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
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