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シナリオ詳細

【悪獣堕母】切れた絆を、最後に結んで

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


『特別』に焦がれていた。
 けれどそれは、子供が英雄譚の主人公に憧れるようなものではなく。
「……ねえ。お前は本当に駄目だね、××××」
 そうならなければ、生きていくことを許されなかったから。

 有り触れた話だ。
 優秀な兄と、凡庸な弟。
 智慧も有り、戦いにも秀でたその人と、何でも人並み程度にしかこなせない僕に対し、両親の扱いは徐々に変化していった。
「お兄ちゃんは凄いよねえ」

 ――知ってるよ。

「弟のお前は、どうしてそれが出来ないの?」

 ――そんなの、分からないよ。

 周囲が優秀なら、僕もそうでなくちゃいけないの?
 僕は僕に出来ることを精いっぱいやって、皆はそれを認めてくれているのに。
 ただ、父さんと、母さんだけが。
 才能のある兄さんばかり見ている二人だけが、僕に失望しているだけ。

 ――だって、僕は兄さんじゃない。

 だから、それを口にした。
 口にしたから、僕は。
「……。じゃあ、お前はもう要らないね」
 幾度も殴られた。
 首を絞められた。
 そうして、死に掛けの僕は捨てられた。

 ――………………。

 平凡であることが罪だった。
 非凡を望まないことが罪だった。
「そう信じる者」の元に生まれてしまったことこそが、きっと最大の罪だった。

 ――………………。

 けれど。
 もし、たった一度だけでも、そんな理不尽な運命に叛逆できるのであれば。
 誰かに押し付けられた不条理を、撥ね退けるほどの力が有れば。

 ――……『特別』。

 どうか、どうか、『特別』よ。
 ただ一度。この僕に奇跡をと。
 願い、萎びた手を伸ばし、かすれた声を発する僕は、しかしそれも叶わず、唯朽ちて死ぬだけ。



 ……そうであれば、良かったのだ。


「ありふれた依頼だ」
 語る情報屋の少女の言葉に、特異運命座標達は言葉を返さない。
 ――優秀な兄と比べられ、母親の虐待の末に『原罪の呼び声』によって反転した一人の少年。その討伐依頼を告げる少女へと、『呑まれない才能』ヘルミーネ・フォン・ニヴルヘイム(p3p010212)は居心地の悪い視線を向けている。
 似通った境遇を持つその子は、どうにも他人に思えないのがその理由であった。尤も――それが為に躊躇するということなど、あってはならないことだともヘルミーネは理解しているが。
「……その子は、今?」
「『遺棄』された地点から、自身を虐待していた母親のいる実家へ向かって移動している。周囲に構うことなくな。
 だが、止められなければ彼は両親を殺すだろう。其処から先は――――――文字通りの『見境なし』だ」
 通常、魔種は純種に対して肯定的な印象を抱かない。
 恐らくこの少年もその範疇からは出ない。その彼が現在に於けるまで被害らしい被害を及ぼしていないのは……そうした欲求に比肩、或いは凌駕しうる執着を、自らの母親に抱いているために他ならない。
 仮にその軛から解き放たれれば、あとは魔種としての欲求に従うのみである。そう説明する情報屋は、「だからこそ」と眼前の特異運命座標達へ言葉を続けた。
「……魔種である彼の戦闘スタイルは前衛。その中でも『特別』な在り方……端的に言えば、英雄じみた傾向に在ると推測される」
「その傾向って言うのは?」
「『常に身に降り注ぐ苦境を克服し』『他を圧倒する力と技を有し』『不利な状況を逆転しうる意志の強さを持つ』、と言ったところだな」
 ……抽象的な解説ではあるが、ニュアンスは伝わった。殊に最後に関しては。
「すまんが、私から提示できる情報は些少だ。相手が魔種となると迂闊に近づいて調べることもできなかった」
「……まあ、無理は言えないが」
「加えて、貴様らにはもう少し、地獄を見てもらう必要がある」
 特異運命座標の何某かが発した言葉に被せる情報屋の少女。
 胡乱な視線を向ける彼らに対して、少女は淡々と言葉を向ける。
「説明した魔種の少年。その兄は――特異運命座標だ。
 彼も現在、貴様たちに先んじて魔種の元へと向かっている。貴様らにはその保護もお願いしたい」
「戦力として宛てには出来ないのか?」
「……戦力、か」
 瞳を眇め、歎息する少女は、特異運命座標の言葉に一拍遅れて回答を零す。
「……兄の側が魔種の元へ向かったのは、肉親の手で命を絶つ為ではないのさ」


 ――両親が、魔種となった弟の討伐を依頼した。

 それを和装の情報屋から聞いたとき、俺は考えるよりも早く足を動かしていた。
 反転したことに慟哭した。両親に殺されかけていたことに驚愕した。そして何より、それら全てを知らぬまま、のうのうと遠方で暮らしていた自分に憤怒した。
 与えられた力を振るう責務に躍起になっていた。面識もない誰かを救うことに身を注いでいた傍らで、一番身近にいた存在の助けを求む声に一度も気づかなかった痛みは、今もこの胸を苛んでいる。
(――今更、何ができる?)
 総ては取り返しがつかないほど捩じれて歪み切ってしまって、きっと自分に出来ることは、その全てを終わらせてしまうことだけ。
 ……嗚呼、だけど。

 ――――――兄さん。

 だけど。
 この足が、眼前に居る弟の元へ動いたのは、決してそんな理由ではないのだ。
「……イレギュラーズが、もうすぐこっちに来る」
 びくり。肩を震わせる弟の姿に、俺は何よりも痛ましさを覚えて、
 だから、俺はそれを元気づけるように、精いっぱいの笑顔で続けた。
「追い払ってやろうぜ、俺達で。
 俺とお前なら、きっと出来るさ」
 ……目を見開いた弟へと、俺は笑顔のまま手を伸ばす。
 そうだ。これが間違いでも、無為に終わる行為だとしても。



 たった一人の弟を守るという決意を、俺は貫き通すと。そう決めたのだ。

GMコメント

 GMの田辺です。この度はリクエストいただき、有難うございました。
 以下、シナリオ詳細。

●成功条件
・『魔種』の討伐
・『イレギュラーズ』の「殺害以外の方法による」無力化

●場所
 海洋の某沿岸地帯。時間帯は夜。
 障害物等は在りませんが、足場となる砂浜は特に柔らかい性質の為、しかるべき準備が無ければ移動、回避に多少の制限を受ける可能性が在ります。
 シナリオ開始時、参加者の皆さんと『魔種』『イレギュラーズ』の距離は20mです。

●敵
『魔種』
 年齢10代前半。出来の良い兄と比較する両親からの虐待の末、『原罪の呼び声』によって魔種へと反転した少年です。
 戦闘スタイルは前衛特化型。目映い光によって形成された剣、盾、全身鎧を装備し、「おとぎ話の英雄」のような姿で戦闘を行います。
 配下等が存在しない分、彼単体が持つ力は総じて恐ろしく高く、特に膂力と技巧に優れた剣の一撃は凡そ殆どの必中と大打撃を避け得ないでしょう。
 また、彼はその体力、気力の減少具合に応じて基礎能力が向上していきます。この上昇した能力値は、例え後から回復等を付与したとしても失われることは在りません。
 そして最後に、彼は自身を転化させた魔種により、特殊スキル『炎群狩り』を与えられております。
 これにより、「説明欄に炎、またそれに類する語句が存在する武器・スキル」による攻撃は一切が無効化されます。
 以上の能力以外にも幾つか不確定な部分が存在するようですが、詳細は不明です。

 彼個人のパーソナリティとしては、平凡を受け入れた人。非凡を称えることは有れど、羨むことは決してしない人です。
 そんな彼に対して「特別となること」を強制し続けた両親への執着は相当なものであり、それ故に現状『原罪の呼び声』に抗し、純種じみた感情を未だ有することが出来ています。
 それが幸か不幸かは分かりませんが、結果として現在、彼は下記『イレギュラーズ』の選択を尊重し、抵抗の末共に死を迎えることすらも良しとしています。

●その他
『イレギュラーズ』
 年齢10代後半。数年前の大規模召喚の折に特異運命座標となり、以降は実家を離れて『ローレット』の活動を行ってきた青年です。
 戦闘スタイルは前・中衛型。主軸は補助術師ではありますが、必要となった際は前に出て「間に合わせの壁」となることも可能。
 ただ、彼は上記の能力のほかに幾つかの消耗品アイテムを持ち込んでいる為、或いは本来の戦法とはかけ離れた行動を取る可能性もあります。

 彼のパーソナリティは単純そのもので、「ありふれた善性の持ち主」の一言に尽きます。
 目の前で苦しんでる人、痛んでいる人、助けを求める人の為に力を貸し、同時に誰かを苦しませる存在に対して義憤を燃やす人柄。
 言い換えれば、彼は目前の助けに対して顕著な反応を示す反面、大局的な立場に立っての善悪を判断することに慣れておりません。
 今回、上記『魔種』に組したのも、そうした彼の「弱点」が所以であると言っていいでしょう。




●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
『魔種』の有する能力の幾つかは未だ判然としておりません。



 それでは、リクエストいただきました方々、そうでない方々も、参加をお待ちしております。

  • 【悪獣堕母】切れた絆を、最後に結んで完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年03月15日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)
泳げベーク君
志屍 志(p3p000416)
密偵頭兼誓願伝達業
エマ・ウィートラント(p3p005065)
Enigma
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)
挫けぬ笑顔
ヘルミーネ・フォン・ニヴルヘイム(p3p010212)
凶狼
※参加確定済み※

リプレイ


「……理屈じゃねーのはわかるつもりなのだ」
 ――海洋の夜間帯。砂浜に響く波の音はひどくノイジーだった。
『呑まれない才能』ヘルミーネ・フォン・ニヴルヘイム(p3p010212)。仲間たちが用意した光源の向こう側に覗く兄弟に対して、それに対処するべく集まった特異運命座標である彼女の声は極めて平坦なもの。
 魔種と、純種。本来は共存を許されず、相反する在り方を求められる者たち。
「それでも、敢えて言わせてもらえれば……全く共感出来ねーのだ。
 魔種は魔種。放置したら無関係な奴らが犠牲になるこの世に害悪しかもたらさねー不倶戴天の敵だろうが?」
「否定はしないよ」
 それに。声を返したのは純種である兄の側。
「俺の行いはきっと愚かなんだろう。きっと俺たちの存在は許されず、ともすればこのまま無為に死を迎えることが自然なんだろう。
 ……けど、俺はそれを許せなかった。理屈じゃない。本当にただそれだけの話なんだよ」
 全てを、悟り切ってしまっているかのような言い草。
 ヘルミーネは小さく舌を打つ。魔種となった弟は確かに悪い。それを理解していながらなお庇うこの兄もまた悪しきと言える。
 ――だが、それらすべての発端となった彼らの両親に向けられた弟の憎しみは、果たしてその総てを否定されるべきものだろうか。
「……その子は貴方のご両親を殺そうとしている。それが終われば、きっと無関係な人たちだって。
 お兄さんは、それらに助けを求める人たちを見ないふり出来るの? 弟さんは、そんな『破滅』に付き合うお兄さんを本当に道連れに出来るの?」
 続けざまに問うた『挫けぬ笑顔』フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)の言葉も、また真理と言える。
 今二人が特異運命座標らの言葉に抗することが出来ているのは、彼らが被害者よりの存在であるためだ。
 その行動が憎むべきものを殺す方向性に向かえば、彼らは加害者となる。殊に兄の方がそれを見過ごせるのかは怪しいとも言えるだろうが。
「もしここで弟さんの命を絶てば……彼は執着を晴らせないし君も辛いだろうが、これから起こり得る悲劇は避けられる」
「だから、それを受け入れろと?」
「いいや。それを受け止めろと。そう言いに来たのさ」
 ……問いに対して『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が返す言葉は、その毛色を僅かながらに異としている。
 抵抗を止める必要は無い。自分たちの行動を撥ね退けることが出来るのならそうすればいい。
 但し、自分たちはそれすら乗り越えて為すべきを為すと。そう言外にイズマは語ってみせる。
「……どうぞ、後悔の無いように」
 非常に端的な言葉だけを口にする『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)の言葉は、その外面ほどドライな意味を伴ってはいなかった。
 その内実はイズマに酷似している。兄弟の心情を慮る心地、それとは別に弟を討たねば世界が苦境に陥るという現実を見据えた考え。何より……彼らの抵抗を良しとし、その上で打倒しようという心境が。
(……息子を虐待し続けた両親、兄と比べられ。
 虐待の末に魔種となった成り果てた弟、そしてその魔種を庇い立てする兄)
 兄弟の来歴、また現在の在り方に対して、肯定的な者も居れば否定的な者も居る。
 だが。『Enigma』エマ・ウィートラント(p3p005065)は――そのどちらでもなかった。堕ちるところまで堕ちたものだとは思うが、それを彼等お互いが理解した上での行いなら止める理由を持たない。
 寧ろ。堕ちることすら覚悟の上で選択した彼らの意志の輝きをこそ、エマは好んでいるのだから。
「……僕には家族に覚えなど有りませんし、魔種に組するという考えも正直良く分かりません」
 彼我の態勢は整いつつある。
 会話と共に展開した配置はおおよそを完成させていた。それを確認した上で、『不屈の障壁』ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)が偽らざる本音を淡々と吐き出して、
「……ただ。それくらいに他人を思えるというのは、素敵なことなのでしょうね、きっと」
「そうだね。俺たちは彼らの想いの深さを理解できてしまった。だからこそ分かってしまう」
 かしん、と言う音を立てて、腰に差した剣を抜きつつ言葉を返したのは『全てを断つ剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)。
 苦み走った表情で、それでも自らに止まることを許さない彼は、最後の一言と共に疾駆を始めた。
「これはすごく……いいや、きっと後味の悪い依頼だって」


 ――最後の希望だと『呼び声』に縋って。これでようやく楽になれると狂気に身を委ねりゃぁ、今度は世界の敵だと生きる事すら否定されて。
『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)にとって、その感慨は海面へ墜ちた愛しい人と共に去来する。
 叶わない願いを知っている。叶えてほしくなかった願いばかりが叶ってしまう未来も知っている。それら総てを吞み込んだ彼にとって、この依頼は。
「……知ってるさ、これも嫌になっちまうほどよく知ってる。
 しかし、だから――悪いな、お前さん方の願いは叶えてやれそうにない」
 先手を取ったのは特異運命座標の側ではあるも、それが優位の確立を為したかと言うと話は別だ。
 何故と言って。
「うーん……想定は、していましたが」
 困惑した表情のベークの台詞が、総てを物語っている。
 ベークが発する甘い香り、イズマが細剣から発する響奏撃・弩。兄弟の双方を別々の方向から怒りを付与することで分断し、相互を分かれて対処するという考えは、恐らく相手方も予想していたのだろう。
 付与される状態異常の一定数を撥ね退けるのは魔種となった弟。その彼が、兄を誘導する側となったイズマへと諸共突っ込む様子に、ブロッキングを担当するヘルミーネとフォルトゥナリアが臍を噛む。
 不幸中の幸いと言えるのは、メンバーの内で広域、或いは複数対象が念頭となる攻撃手段を持ち込んだ者が殆ど居なかったことだろう。尤も、それとて些細な幸運に過ぎない。
「は――――――」
 先手を取る、と言うのは必ずしも良いことではない。
 現状はまさにそれを体現していると言えるだろう。先んじて動いたブロッカー役。その後に行動した兄弟は、彼女らを『通過』して後方に居るイズマの元に辿り着いてしまったのだから。
 息を継ぐ間すらない。魔種に因る光剣の両断。次いで足払い、最後に横薙ぎ。
 一挙動の内に三次行動までを行う巧手に、メンバー内でも平均以上の体力を有するイズマの身が朱色へと染まる。
「イズマさん!」
 堪らず、声を上げたのはフォルトゥナリアである。
 元より短期戦を覚悟していた特異運命座標達ではあるも、胸突き八丁を迎えるには余りにも早い。それを十全に察した彼女によるミリアドハーモニクスは、少なくともイズマから即時のパンドラ使用を回避させる程度の効果を齎して。
「……なぁ、弟さん」
 血の塊をいっそ呑み込んで、それでもイズマは決然と問う。それが義務であるかのように。
「お兄さんには、どんな存在であってほしい?」
「……そんな、望みなんて」
 今更乞うには、遅すぎる。魔種はただそう言葉を返して。
 純種である兄の側に向けられた怒りの付与率は高いとは言えずとも、掛かる時には掛かる。問題はそれに魔種である弟がほぼ必ず追随しうるという点だ。
 ともすれば、その弟の側をブロックすればとも思われるだろうが――問題は。
「ああ、成程」
 中距離から黒顎魔王による攻撃を行う縁が、苦み走った声で声を漏らす。
「足止めは味方に対しても行える、って事か……!」
 通常であれば単なる副行動の無駄遣いとも言える「味方に対してのマーク」はしかし、その状態異常の間に兄の側の意識が取り戻されるわずかな時間を稼ぐだけで十分だった。
 懐から取り出したアンプル。彼の行動前にイズマがそれを幾つか掠め取ることに成功するも、盗み損ねた数本の内の一つが兄自らの首に打ち込まれれば、その挙動は明らかに精彩を増す。
 恐らくは状態異常に対する耐性を底上げする薬物であったのだろう。今度こそ兄弟双方が背中合わせに立つ確固たる姿を見て、特異運命座標たちも一個のエンゲージ内に於ける乱戦を覚悟する。
「……キミの、キミたちの境遇には深く同情するよ、正直二人の親には憤りすら覚える」
 並び立つ兄弟に対して憐れみを込めた言葉を呟きつつも、ヴェルグリーズの剣には一切の迷いがない。
 純粋な光の鎧を、青みがかった刀身が裂いた。噴き出す血液に魔種が顔をしかめるも、そこまで。
「ただ魔種に変じた以上はキミが罪を重ねる前に討伐するのが俺達の役目だ。恨んでくれて構わない……!」
「そう、やって!」
 返す言葉は兄の方だった。他の特異運命座標たちの妨害を受けつつも、それでも合間合間に自身の弟に回復と支援を飛ばす姿は、果たして献身か、或いは只の自己犠牲に映るだろうか。
「自らの責務に、相手に叩き付ける容赦ない運命に、余計な感情を寄越せとあなた方が言うから!」
「ならば、一切の情けも赦しもなく、ただ無慈悲に死を味わわされることをお望みで?」
 ……兄弟が至近距離内に存在し続けるというのは、少なくともエマにとっては全くの不利とは言えなかった。
 自身の範囲攻撃が確実に通る位置に両者が存在するということ。無論不殺の属性を伴わぬそれは戦況……というより兄の体力を目視で確認しながら慎重に撃つ必要はあるが、それでも彼らの体力を個々に削る労苦からは些少ながらも解放されている。
「魔種は世界を滅ぼす猛毒。ローレットは……否。
『イレギュラーズは』それを防ぐ為に魔種と戦っておりんす」
 貴様もその内の一人だろうという言外の問いに対して、当の本人も「分かってる」と一つうなずく。
「それでも、俺がイレギュラーズになったのは……!」
 言葉の先を、聞くまでもなく。
 手段が先か。目的が先かの話というだけなのだろう。だからこそ兄に迷いはなく、それを理解した弟も所作に淀みは見られない。
「そうした方向性」の揺さぶりは、彼らに意味をなさないのだ。それを察するヘルミーネは指先から紅の魔弾を放つ間際、何方へともなく問いかける。
「よしんばここでヘルちゃん達を退けてもまた追手を差し向けられる事くらいわかってたはずなのだ」
「それらから逃げられるか否か、それはアンタが決めるようなことじゃない」
「テメェの不甲斐なさに嫌気が差して魔種の弟を庇って自己満足で無理心中ってか? ちゃんちゃらおかしいのだ」
「……はは」
 呵責なきヘルミーネの連続した言葉に対して、兄ではなく、魔種である弟から終ぞ返されたのは――苦笑。
「勘弁してよ。『同族嫌悪』だなんて」

 ――愛さない親。反骨する子。今眼前にいる魔種は、ともすれば自身が迎えうる姿にも見えて――

「テメ……!」
 ……分断が成らなかった以上、ヘルミーネ渾身の氷結魔法は行使されない。
 それゆえ、と言うだけでも無かろうが。想定より幾らか少ない状態異常を受ける相手方が愚直に、間断なく打ち込む攻勢に対し、魔種のブロッキングを担当するフォルトゥナリアとベークの体力は確実に削られている。
「……参りましたね」
 口調こそあっさりしたものの、ベークが語る『苦境』は誰しもの感想だ。
 基礎能力と装備効果に加え、自己付与まで重ねたベークの極めて高い防御力と再生能力が如実に上回られている。フォルトゥナリアに至っては既にパンドラの消費を余儀なくされている状況だった。
「……あなた、は」
 拉いだ身体。一度は着いた膝を運命の変転で以て再び立ち上がらせた希望足る少女の……本人にとっては、些細な抵抗。
「貴方を愛して、貴方のために一緒に戦ってくれる。そんなお兄さんが破滅する様子を、見たいの?」
「……ッ!!」
 言葉は、明確に魔種の動きを鈍らせた。
 戦闘中のポジショニングが確立した以上、もはや意味はないとされていた分断交渉用の台詞。しかしそれを口にした少女の言葉が、「未だ純種並みの感情を有する弟」の行動を確かに揺るがせた。
「何度も、言ってる……」
 ――今更、遅いと!
 光剣一閃。フォルトゥナリアが頽れ、ベークも一度その身を傾がせた。
 併せて彼と立ち位置をスイッチした縁とて、長くは保たなかろう。そもそもの話、彼ら特異運命座標たちは、本来の予測よりも大幅に「兄の支援」「兄弟の連携」と言う観点から、その戦力分担を大きく分けすぎた。
「っ、う……!」
 エマ、イズマ、ヘルミーネ。確かにこの三名によって兄の体力は確かに虫の息だが、同時に弟に対してもブロッカー、支援担当を除いた三名のみしか攻撃を担当していない。
 未熟なれども魔種に対してその人数の火力は知れており――また同時に、事前に想定していた通り一定の状態異常を弾く弟は、特異運命座標らが考えるよりも遥かに『動けて』いる。
 それでも。それでも、その奮闘が無駄であるというわけではない。
 傷を負うごとに能力を増すという弟の異能は、裏を返せばその能力が高まった分だけ致命傷に近いダメージを受けているということ。
「……一つだけ聞きたいんだが」
 ベークが復帰する刹那。自身の怪我の度合いを見て最早耐えられまいと判断した縁が、己の携行品を溶かしつつも一度だけ問う。
「お前さんは、あいつを妬んだことはねぇのかい?」
「――――――」
 言葉はない。それは、つまり。
 交わる一合。稲妻断つ一閃と光条が互いを裂けば、一方は寸でのところで立ち続け、他方は自然と身を伏した。
 縁の犠牲を元に復帰したベークとて、その体力はあくまで僅かな間を繋ぐためのものだ。後がないのは間違いなく特異運命座標の側である。
 だから、勝敗分けるのはこの一手。
「……私たちにしろ、あなた方にしろ。これが最後だから聞いておきますが」
 彼我の時間が、止まる。
 瑠璃の視線は弟にぴたりと合わせられており、同様に弟も瑠璃へと視線をそらさずに居た。
「DV親への制裁について、ローレットに依頼する気はありますか? 餞別変わりに、書類手続きくらいは代行して差し上げますが」
「……嗚呼」
 冗談めかした、けれど極めて真面目な瑠璃の言葉に、弟は確かに表情を緩ませたのだ。
 傍らの、すでに気絶した兄に視線を遣って。
「必要ないさ。
 それはきっと、兄さんがしてくれる」
 ――頷き、軋む呼吸を無視して、瑠璃が放つ弾丸は弟へと向かう。
 弟は……魔種は、それを避けることかなわず、真面に身体の芯を撃ち抜かれて。



 けれど。
 彼は、止まらなかったのだ。


 砂浜を、幾名かの特異運命座標達が歩いていた。
 重傷を負った者を無事な者が背負い、戦場であった場所から背を向けつつ緩慢に歩くその姿を、他に知るものは誰もいない。
「……少なくとも」
 イズマに肩を借りて、重傷ながらもどうにかといった体で歩く縁が、最初につぶやいた。
「兄の方が弟に『呼ばれる』ことだけは、なかったわけだ」
「唯一の僥倖は、結局それだけでしたが」
 苦笑を浮かべたのは瑠璃である。
「弟さんの亡骸も――結局は消えてしまったわけですし」
 ……それが、戦いの結末だった。
 瑠璃の攻撃そのもので倒れることはなかった魔種ではあるが、それは確かに致命打となって彼の余力をあと僅かにした。
 その後、兄の無力化に成功した残る特異運命座標たちによる総攻撃によって弟は倒れることとなったわけだが――これは正しく、紙一重というに相応しい結末だったといえるだろう。
「あの方は……果たして『特別』になれたのでありんすかね?」
「彼自身がそうだったかは分からない。けれど……」
 ――『特別な存在』はそばに居たよ、と。
 未だヴェルグリーズに背負われている、意識のない純種の兄を見つつ、イズマはエマの言葉に答えた。
「間違ったことをしたとは思わないけど……やっぱり、後味はよくないね」
「……悪いのは、アイツを魔種にした奴の方なのだ」
 自分たちが恨むべきも、自分たちに倒された側が恨むべきも。ヴェルグリーズの言葉にそう応えるヘルミーネは、しかしその裡に魔種の弟が遺した言葉を未だ渦巻かせたまま。
「………………」
 一度だけ、ベークは魔種が死んだ戦場へと視線を向け――その後に、残された兄を横目で見る。
 一人取り残された兄は、この先何を思うのか。それはわからない。共感を得ない彼の思考など、ベークには読めるはずもないからだ。が、
「……遺言にはあたらずとも。
 せめて、末期の『依頼代行』くらいは、教えてあげないと、ですね」
 瑠璃の言葉が、誰から誰に向けられたものか。それは言うまでもないだろう。
 月が見える夜。戦場の砂浜に残されたものは波が全て浚い。
 それでも、残ったものは確かにあると。確かに特異運命座標たちは知っていた。

成否

成功

MVP

フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)
挫けぬ笑顔

状態異常

十夜 縁(p3p000099)[重傷]
幻蒼海龍
ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)[重傷]
泳げベーク君
フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)[重傷]
挫けぬ笑顔

あとがき

魔種である弟に、最後の『依頼代行』を兄へと伝えさせる心の揺らぎを作り出したフォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)様にMVPを差し上げます。
ご参加、有難うございました。

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