シナリオ詳細
<咎の鉄条>辿る軌跡
オープニング
●
永久の救いが訪れる時、鳴り響く鐘の音を聞くことが出来なくとも――
終焉の時まで安らかであれと願うは罪なのだろうか。
嘆きと慟哭が木霊するこの世に。
我が導きを欲する者あれど。
至らぬ道行きに歯がゆさを噛みしめる。
――――
――
醜い肢体が深々とした木々の緑を駆け抜ける。
アルティオ=エルムを覆った茨の鎖を辿り、外縁部まで蔓延る蔦をくぐり抜けて。
ようやく見つけた美味しそうな獲物へ『邪妖精』が飛びかかる。
茨によって眠りにつく寸前に、生気を根こそぎ奪うのだ。
眠ってしまった者を食べるよりも、逃げ惑う恐怖を味わった人間の方が美味しい。
真っ黒な四肢を伸ばし、ぎょろりと一つ目が少女へと向けられる。
「……っ!」
声も出せないほどの恐怖に村の少女――リシェナは後退った。
小さな靴が木の枝を踏みつける。
「居たゾ。まだ眠ってなイ。若くて美味そうダ」
「本当ダナ。追いかけロ……追い回して食べルンダ」
グリンと真っ黒な長い首が少女を捉える。何体もの魔物が首の角度を変えながら、リシェナを見つめる。
品定めをするように大きな口がニィと開いた。
だらりと涎を垂らしながら、ゆっくりと近づいて来る魔物に背を向けて少女は走り出す。
――嫌だ。嫌だ、助けて、助けて!
涙が溢れ、頬を伝い零れ落ちて行く。
父も母も気付けば茨に覆われ眠っていた。
自分だけが、運良く茨に触れずにいられたのに。
もっと、怖いものがやってきた。
「はぁ、はぁ……、うぅ!」
リシェナは息も絶え絶えで村の中を走り続けていた。
村の外へ出ようとすると先回りされて出られなかったのだ。
きっと、これは狩りをするように弄ばれているのだろう。
怖い、悔しい。
独りぼっちで追い回される恐怖は如何ほどのものだろうか。
石に躓いた少女の視界いっぱいに、黒い手が広がった――
●
砂漠の街に吹く乾いた風が髪を浚い、日差しを遮るための外套がバタバタと音を立てる。
靴の底に入り込んだ小さな砂粒は歩く度に、僅かに舞い上がり風に攫われた。
集合場所である酒場の戸を押したラクリマ・イース(p3p004247)は、光量の減った室内に目を瞬かせる。
「あ、ラクリマさん、こっち……です」
ラクリマが視線を上げれば、『Vanity』ラビ(p3n000027)が手を振っていた。
「こんにちは。ラビさん」
「はい、こんにちは。どうぞ、こちらへ」
案内されたテーブルに着けば、向かいにはエルス・ティーネ(p3p007325)が座っている。
視線を巡らせればイレギュラーズの姿もある。
エルス達が此処に集まったのは、深緑に起った異常事態に起因する。
――ファルカウ全土が『茨に覆われ入る事が出来ない』というのだ。
「今度は深緑が大変な事に……」
「そうなのよ。この前、練達の方では『怪竜』ジャバーウォックが出たじゃない」
練達で発生していたR.O.Oの騒動が終結した直後、突如として現れた亜竜の大群とジャバーウォック。
「はい。何とか撃退しましたが、損害も大きかった。目的も分かりませんでしたしね」
エルスの言葉に眉を寄せるラクリマ。襲撃の真意不明のまま今度はファルカウが茨に覆われてしまった。
「一報をくれた商人達も困ってるみたい。ラサの住人としても隣国の深緑が閉ざされると、色々と面倒なのよね。物資の流通も滞るし美味しい紅茶も手に入らなくなる。それに……」
青瞳を上げたエルスは真剣な表情でイレギュラーズを見つめる。
「深緑の人達も命が危ないらしいじゃない」
ラサの為に忠義を尽くすエルスが他国の人々を慮るのは、この国と深緑との間に深い繋がりがあるからなのだろう。
「はい、強引に中へ侵入を試みようとしても、鉄条網のような荊に阻まれ――急速に眠りについてしまうらしい、です。命の危険すら、ある、です」
ラビは纏めた資料をテーブルの上に置いた。
資料には内部のリュミエ達と連絡が取れないこと、空中神殿を介したワープも使えないことが記され。
「あの、これって、R.O.Oであった『大樹の嘆き』でしょうか?」
資料を指差したラクリマにラビが頷く。
「はい。深緑を覆う程の脅威に、反応し出現した彼らは『その脅威を発生させた何か』に抵抗する様に、周囲を攻撃しています」
「だから連絡が途絶えていたのか……」
「どうしましたか?」
ラクリマはブルーグリーンの瞳を少し伏せて眉を下げた。
己の出自や所属について語るつもりはないが、家族が心配だという思いは本当であり、それを言わなければ憂い顔を余計に心配されてしまうだろう。
「俺の故郷も深緑の中にあるので心配なんです」
「ご家族が……それは、急いで向かった方が、良いですね。でも、まだ状況がよく掴めていない、です」
「そうなのよ。ラサからも調査に大勢向かっているわ。話しによると国境付近は比較的茨が少ないって事なんだけど。普段は見かけない魔物が出ているらしいの」
エルスは面白く無さそうに溜息を吐いた。恐らく茨に乗じて深緑の奥地から国境付近まで出て来た可能性があるのだ。
「いえ、深緑でもあまり見かけないですね。これは妖精郷のアンシリーコートかもしれません」
妖精郷アルヴィオンに生息する邪妖精が茨に乗じてラサとの国境まで出て来ているのだ。
「とにかく、私としてはこれ以上魔物をラサに近づけさせるわけには行かない」
エルスは立ち上がり、長い髪を掻き上げる。
ラクリマはエルスへ視線を送り「ありがとうございます」と言葉に乗せた。
思いは違えど、目的は同じ。イレギュラーズも各々の思いで剣を取る。
茨に閉ざされた深緑へ――
- <咎の鉄条>辿る軌跡完了
- GM名もみじ
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年03月14日 22時35分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
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ディープグリーンの木々の合間に黒く巻き付いた茨が見えた。
禍々しい妖気を漂わせイレギュラーズの行く手を阻むように時折蔦がぬるりと動く。
『竜撃の』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は青眼を茨へと向け眉を寄せた。
練達国での騒動の次は深緑の森が脅威に晒される。ジャバーウォックを退けたとはいえ、あくまでも辛うじて追い払っただけのこと。
ベネディクトは踏んでも大丈夫そうな土を用心深く観察する。
「次はどの様な事態が起きるかと思っていたが、大樹の嘆きか。新緑の中の状況は現在不明、今回の件で何か解れば良いが……」
足先で茨との境界線を確かめながら安全な場所を進んで行く。
「急ごう、悪い予感がする」
「ええ。ラサの友人である深緑の危機なら……行かざるを得ない」
ベネディクトの言葉に『竜首狩り』エルス・ティーネ(p3p007325)が頷いた。
「エッフェンベルグの方々が繋いできた繋がりもあるもの。ここで私が無視出来るはずがないわ!」
含みを持った物言いに『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)が笑みを零す。
「ふふ」
「……な、なんで笑うのよ。べ、別に深い意味は無いわよ!!」
「ええ。大丈夫よ。さあ、行きましょ」
嫌な緊張感を解きほぐしたジルーシャはエルスから村の入口へと視線を向けた。
「あの茨がもうこんな所にまで……ってちょっと、誰か倒れてるじゃない!?」
入口から繋がる広場への路を指差すジルーシャ。
そこには三人の親子がぐったりと倒れていた。周りにはエレメンタルの気配も感じられる。
「村が完全に茨に覆われていない今ならまだ助けられるかも。お願い、間に合って……!」
走り出すジルーシャにエルスが続いた。
「戦場に動かせない要救助者が3名。となれば、戦場の側を動かすしかありませんね」
黒いスーツに身を包んだ『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)は倒れている村人親子を見つめてから広場を見渡す。
茨で頑丈に覆われた村の周辺から、中に侵入している枝は比較的少ないのだろう。
比較的……ではあるが。
戦場を広場から別の場所へ移すには好都合だと寛治は眼鏡の奥から眼光を走らせる。
寛治は走り込んだ体勢のまま、倒れている少女の元へ駆け込んだ。
幸い大きな怪我はしていない。転倒した際のかすり傷程度だ。
されど、敵の気配は去っていない。
寛治は注意深く辺りを見渡し、茨の影から此方を注視する視線を見つける。
「居ますよ! 気を付けてください!」
仲間への合図と同時にイレギュラーズの目の前にナックラヴィが姿を見せる。
ブルーグリーンの瞳で『守る者』ラクリマ・イース(p3p004247)は周囲を覆う茨を見遣った。
このずっと向こうには自分の仲間や父が居るのだ。
目の前で倒れている村人の姿が仲間や父に重なり、ラクリマは苦い顔をする。
胸の奥に不安がこみ上げ、今にでも茨に切り込み先へ進みたい衝動が首を擡げた。
されど。この茨は危険だと状況から判断せざるを得ない。
「茨に囲まれた原因がわかっていない以上、今俺ができる事は目の前の敵を残らず倒すのみです!」
ラクリマは寛治が庇っている少女ではなく、両親と思われる男女を背に手を広げた。
「大樹の嘆き……ROOにあったものがこちらにあるのは不思議ではないけれど……もし今起きてる事態がそうなのなら、他に原因があるということだよね」
戦場へと走り込む『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)はベネディクトへと視線を送りナックラヴィの前へ立ち塞がる。
アレクシアにとって故郷であるこの国の窮地。気持ちはどうしても焦ってしまうだろう。
原因を突き止め早急に手を打たねば取り返しの付かない事になるかもしれない。
歯がゆい思いを抱え。それでもアレクシアは強い眼差しで息を吸い込んだ。
「――でもまずは、助けられる人を助けないとね!」
困ってる人を見捨てて良い道理などないのだから。
アレクシアが指先を天に掲げる。両手首に嵌められたブレスレットから淡い光が放たれ、アレクシアを包み込んだ。赤い光は花開くようにアレクシアの周りで美しく散り、戦場を花弁が覆い尽くす。
『ウワッ……! なんだこの変な花弁』
ナックラヴィは目の前で舞い踊る赤い花弁を振り払おうと躍起になった。
『くそ……あの女だ! 目障りダ!』
募った苛立ちをアレクシアへと向ける。
「お前達の仲間は単純で助かるな。流石、下等な邪妖精といったところか」
アレクシアの元へ駆けていった個体を鼻で笑うベネディクト。
『アァ!?』
ナックラヴィは眼光鋭くベネディクトへと牙を剥き出しに襲いかかる。
「来い……! 相手をしてやる」
敵の牙が青銀の手甲を噛み、その反動のままベネディクトは地面へと重心を掛けた。
傾いだナックラヴィの身体をもう片方の手に持った槍で払い、距離を置くように跳躍する。
アレクシアとベネディクトの連携と華麗な手さばきを感心しながら口の端を上げたのはジン(p3p010382)だ。己の中の闘志が揺さぶられるような感覚に太刀を握り絞める。
目の前に広がる茨の封鎖。深緑に棲まうもの達でさえ理解しきれていない異変なのだろう。
余所者であるジンには語れる言葉など無い。
されど、戦う事を迷うことはしない。
目の前で倒れている命を救うため。刀を振るう理由なぞ、それで十分なのだ。
ジンは『スピリトへの言葉』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)を見遣る。
オデットの瞳にはナックラヴィの瘴気に当てられたグリーン・エレメンタルの姿が映っていた。
「可哀そうな精霊たち。なんとか鎮めてあげないとね、こんなこと望むような子たちじゃないでしょうし」
彼らは草木の化身だ。本来であればそこに在るだけの存在。何者害さない無垢なる自然。
「邪妖精が狂わせてるのか知らないけど酷いことするものだわ! リンゴも食べて元気いっぱい、悪い子はぜーんぶ吹き飛ばしちゃうんだから!」
オデットの声が戦場に響き、エレメンタル数体が一斉に動き出す。少女はこの周辺に結界を張り、万が一の事故に供える。
「村や広場の被害の防止と、それに伴って中で眠ってる人に被害が出ないようにする作戦よ」
「茨にも注意が必要よ。毒や痺れは平気だけれど、眠らされちゃうのは困るもの」
オデットの言葉にジルーシャが応える。
念には念を入れて注意深く戦場を構築するのだ。
●
「先に茨の調査に入った人の報告だと、眠ってる人を動かすと苦しむって話しだからね。できるだけ、負担をかけずに守りたい」
アレクシアの言葉にエルスが頷く。
「なるほど……それは村人の皆さんに移動をお願いするのは酷な事ね」
エルスが大きな鎌を振り上げれば、柄の先から繋がった鎖がジャラと音を立てた。
「だから、あっちに移動して安全を確保するのね。あの辺なら丁度良い塩梅じゃない?」
「そうだね。向こうへ行こう」
アレクシアが放つ赤い花弁に惑わされたナックラヴィが手を振り上げる。
既に傷だらけになった敵の体。エルスはサファイヤの瞳を上げて地面を蹴り上げた。
仲間が攻撃されるよりも早く、大鎌がナックラヴィの身体を分断する。
「深緑を困らせてる子達は全員始末してあげるわ!」
敵は地面にアガットの血をまき散らしながら崩れた。
「同じ妖精を傷つけさせるなんて酷いことを頼んでごめんなさい」
ジルーシャは竪琴を奏でその場に存在する土の精霊の力を借り受ける。それは砂を誘う嵐の呼び声。
「……少しだけ、アタシに力を貸して頂戴ね」
巻き上がった砂嵐は仲間が集めたグリーンエレメンタルとナックラヴィへ向かい広がっていく。
それに重なるようにオデットの放った熱砂の嵐も混ざり合った。
二重の砂嵐に見舞われ、力を失ったグリーンエレメンタルが魔素となって大気に霧散する。
「……っ」
ラクリマの痛みに歪む声が戦場の隅から聞こえてくる。
数の多いグリーンエレメンタルが溢れラクリマ目がけて草羽の魔法を放ったのだ。
ラクリマは咄嗟に村人に怪我が無いか確認する。
自分が傷付くのは後から回復すればいい。されど、無防備な彼らは一撃で致命傷になっても不思議で無いのだ。身体の至る所を魔法が切り裂き血が滲んでくる。
「はっ……」
小さく漏れた吐息に敵の次弾の予感を感じ歯を食いしばるラクリマ。
「ここは俺に任せておけ!」
グリーンエレメンタルがラクリマに魔法を繰り出す直前、その胴を横から叩いたのはジンだ。
彼はアレクシアとベネディクトのフォローに回れるようにと、機を見計らっていたのだ。
溢れたグリーンエレメンタルを止め、自身へと引きつけるジン。
「俺はローレットのイレギュラーズとしてはまだ駆け出しだが。それでも自分に出来る事は分かっているつもりだ」
「ジンさん……! ありがとうございます!」
ラクリマは口元に滲んだ血をごしごしと拭いて大きく息を吐いた。
――――
――
寛治が口にした戦場を動かすという作戦。
これは、ともすれば戦況が崩れる恐れもあるリスクも含んでいた。
されど反応速度が早いアレクシアとベネディクトが敵を引きつけ、寛治とラクリマが守り切るという布陣はことこの戦場においては大変効果的だった。
「タンクとはまではいきませんが、短時間耐えるだけなら私でも十分でしょう」
己のリソースと仲間の能力を的確に采配する寛治の手腕も然る事ながら、アレクシアとベネディクトの連携、ジンのフォローを踏まえた上でのエルス達の猛攻撃に、敵は誘導され戦場を後退させる。
アレクシアは十分に敵を引きつけた上で青い瞳を戦場へ向けた。
「蒼穹に瞬く光を――」
指を組んだアレクシアの胸から青空を思わせる閃光が溢れ、敵を白輝の渦へと飲み込む。
その閃光はナックラヴィとグリーンエレメンタルを灼く聖なる陽光。
鮮烈なる眩しさに敵は悲鳴を上げてのたうち回る。
光が晴れたその影からベネディクトの銀槍が唸りを上げた。
「あの精霊達を狂わせたのはお前達か?」
『俺達が居るだけで、トチ狂う方が悪いと思わねぇか?』
ナックラヴィが一つ目をくねらせて、ベネディクトへと近づく。
拮抗する力が弾け、お互い距離を取った。
「ならば、仕置きが必要だな!」
『アァ!?』
走り込んで来たナックラヴィの牙がベネディクトの槍を捉え鈍い音が槍身に伝わってくる。
「此処で終わらせる!」
槍先が光を帯びて闘志が燃え上がる。
ベネディクトの呼気に合わせ、竜の爪を思わせる残影が彼の攻撃に重なった。
「覚悟しろ――!」
銀槍の軌跡が迸り、ナックラヴィがの背から赤い血が吹き上がる。
ラクリマは十分に村人と戦場の距離が離れた野を確認して走り出した。
今のところ彼が懸念する茨からの攻撃は無いようだ。
しかし、油断というものは禁物だということも知っている。
「流石に仲間まで眠ってしまうとこちらが不利になってしまいますからね」
ブルーグリーンの瞳で仲間を補うように神経を研ぎ澄ますのだ。
ラクリマの閃光と共にオデットの砂嵐が戦場を覆う。
土の精霊を従えたジルーシャとオデットのコンビネーションは猛威を振るい、グリーンエレメンタルを次々と自然の輪廻へと戻していく。
精霊は消滅するのではなく自然現象へと循環し、やがてまた芽吹くといわれている。
だから、これはお別れではないとオデットは手を広げ魔法陣を展開した。
「なるべく沢山巻き込めるように!」
オデットの周りに集まったシトリィンの粒子が煌めきを放つ。
「ええ、皆が集めてくれたんですもの――行くわよ!」
竪琴を奏でるジルーシャの傍には土の精霊が祈るように見守ってくれている。
砂塵が美しいガラスの万華鏡のように広がり、草木の緑が風に舞い上がった。
「後は任せる!」
「ええ、大丈夫よ」
ジンはエルスの背後に居たナックラヴィを刀で押し返し姿勢を低く取った。
刀身に走る陽光がナックラヴィの視界に入り込む。
これはエルスへと繋ぐ仲間との連携。この一太刀を仲間の為に使うのだ。
「――参る!!!!」
ジンの一閃。紫雷纏う剣尖が走る。
雄叫びと共に右足へ感じた痛みにナックラヴィは重心を蹌踉けさせた。
「月徒の刃――此処に血を欲す」
エルスが小さく呟いた言葉はナックラヴィに届いただろうか。
大鎌に輝く刃が戦場を舞い、散らす命を啜る顎――
エルスの攻撃はナックラヴィの心臓を的確に捉え、地面へとアガットの赤が滴り落ちた。
●
ナックラヴィが全滅した事により、グリーンエレメンタルは正気を取り戻す。
無益な争いは此処までだと寛治は銃を収めた。
静けさを取り戻した戦場にオデットはほっと息を吐いた。
その場に集まった精霊で話せそうな者が居ないか周囲を見渡す。
可能性があるとすれば大地の精霊あたりだろうか。茨について分かる事があればいいのだがと近づいて観察してみる。
「大樹の嘆きねぇ、竜種が深緑に来たって話があるけども」
オデットの隣に立ったジンは刀で茨を切りつける。
「この茨で竜種を寝かそうとしてたらいっそ面白いわね」
「どうだろうな。今は検討がつかんな」
ジンは切りつけた茨が地に落ちて消えるのを見た。しかし、別の場所から切り取られた部分を覆う様に再び茨が這い出てくる。
「これ、国境を越えてラサの方まで伸びたりしないのかしら」
ジルーシャは茨に触らないように注意して顔を寄せる。
「…もしかしたら、だけれど。霊樹に何かが起こったから『大樹の嘆き』が発生したんじゃなく、これから何かが起こるから、って可能性もありそうよね」
深緑に何か大きな危険が迫っているのを感じ取ったから、茨で覆う事により防衛しているのではないかとジルーシャは考えたのだ。
「なんて、考えすぎよね、きっと……それよりも村の人達ね」
ジルーシャは先に少女の元へ向かったアレクシアの後を追う。
「確か、この茨で眠っている人達は動かすのも危険なのよね……大丈夫そう?」
「ちょっと動かしてみようか」
「そうね。私の知ってる症状と同じか確認する必要はあるわよね」
アレクシアとオデットは少女をそっと揺すってみる。
其れだけでは何の反応も無く眠っているようだ。
「少し移動させてみましょうか。このまま外に置いておくわけには行かないですし」
ラクリマはそっと少女を抱え上げる。すると僅かに苦しげに眉を寄せ始めた。
「とりあえず建物の中へ。こっちよ」
エルスは近くの家のドアを開けてラクリマ達を呼ぶ。
ジルーシャは苦しげに表情を歪ませる少女にそっと上着を掛けてやる。
単純な回復魔法ではこの眠りは解けないという事実も歯がゆさに拍車を掛けた。
少女達を建物の中に運び込んだのを確認したベネディクトは上空に飛ばしたファミリアで村全体を一望してみる。村の周辺は既に鬱蒼とした茨に覆われ、これ以上先に進めそうには無かった。
他の敵が来るような気配も感じられない。
不気味な程静かな森の様子が視界に入り込んでくる。
「他の住人も確認が取れました。数人が消息不明ですね。おそらくさっきのナックラヴィに殺されたのかもしれません。部外者はいないようです」
寛治はあらかじめ調べておいた住民情報で村人の人数を把握していた。
「こっちは茨で先に進めないだろうということしか分からないな」
「やはり……さっきジンさんが切っていましたが。すぐに元通りになっていましたしね」
「ああ、普通の茨では無いだろうな」
この場所の茨は反射的な攻撃性があるわけではないようだとジンは先程切った時に感じた所感を述べる。
「……それにしても。リュミエ様はどうされているかしら……気になるわね、心配だわ」
エルスは建物から外に出て茨の前に立ち尽くした。
「もう少し奥に行けないか、他の幻想種の方が居ないか探したいところだけれど」
「村人達は起きそうに無いか?」
ベネディクトの言葉にエルスは頷く。
「建物中に移す事は辛うじて出来たけど……」
「先程の苦しみ具合からすると、村の外へ動かすのは厳しでしょう」
外の様子を伺いに来たラクリマが首を横に振った。
「草木の精霊に聞いた所によると、やはり突然茨が村を覆ったみたいですね。予兆とかも無く次々と人が眠るように倒れていったと」
ラクリマは茨に触れぬよう注意深く視線を向ける。
「森羅伝心とかで意思疎通ができないとは聞いてるから、これは植物じゃないんだよね……」
アレクシアの声にラクリマは振り返った。
「触るのは危険ですよ」
「うん。でも多少危険を冒してでも近づかないと、分からないから」
アレクシアの指先が茨に触れた瞬間に、彼女の重心が傾ぐ。
「大丈夫!?」
少女の身体をエルスが咄嗟に支えた。
「……うん、大丈夫。これはやっぱり植物じゃない。魔法や魔術、神秘に類するものだと思う」
別の戦場では茨は攻撃性を高めている場合もあるらしい。
「では、とりあえず帰るか。これ以上進めない事は分かったし。報告も必要だろう」
ジンの言葉にオデットが「そうね」と頷く。
鬱蒼と茂る茨を睨み付けて、エルス達は踵を返した。
薄暗い茨森の隙間に、僅かなスカイブルーが差し込んだ――
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
無事に邪妖精から村人を守る事が出来ました。
MVPは仲間を的確にフォローした方へ。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
もみじです。茨の深緑を進みましょう。
●目的
・邪妖精の撃破
・周辺の調査
●ロケーション
ラサと深緑の国境付近の村です。
村は茨で覆われ人々は眠っています。
イレギュラーズが到着すると邪妖精たちが集まってきます。
そこら中に茨があり、ダメージを受けますので注意してください。
戦いは広場へと誘導して戦うといいでしょう。
●敵
○『邪妖精』ナックラヴィ×5
おどろおどろしい見た目の邪妖精です。
馬の胴体に人の身体がついておりケンタウロスに似ていますが、表皮は真っ黒で滑っています。
大きな赤い目が一つ。裂けた口は鋭い牙が並んでいます。
強烈な体当たりや噛みつきの他、ある程度の距離まで触手のように身体を伸ばして攻撃します。
毒や出血を伴います。
○グリーン・エレメンタル×15
魔物の瘴気に当てられて怒り狂う草木の精霊です。
倒すことで鎮める事が出来ます。
至近から遠距離に神秘攻撃を行います。
○茨
イレギュラーズを飲み込まんと茨を伸ばしてきます。
棘に刺されるとダメージを受け、毒や痺れになる場合があります。
猛烈な眠気に襲われる場合があります。注意しましょう。
●村人たち
家の中で眠っている者達が多いですが、三人戦場となる広場に倒れています。
少女リシェナとその両親と思われます。
自分で起きる事は出来ません。眠ったままになっています。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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