シナリオ詳細
黒猫にゃる様。或いは、古城の化け猫騒動…。
オープニング
●古城の化け猫騒動
豊穣。
山奥に打ち捨てられた古い城跡。
最寄りの里まで3里ほどは離れたそこが、野良猫たちの楽園と化して久しい。
かつては城主もいただろう。
城を守る足軽たちもいただろう。
朽ちかけた槍や鎧の残骸が散らばって、城壁には破壊の痕跡が残る。
人の住まなくなった城に、野良猫たちが住み始めたのは果たしていつの頃からか。
古来より猫は自由なものだ。
古城に住まう猫たちへ、食料を運ぶ痩せた女はそう言った。
「あぁ、にゃる……にゃる……お猫様は神聖で、そして自由なものなのです。艶やかな体毛に触れれる事を許された時など、えも言われぬ快感が脊髄を走り抜け、それは脳の奥深くで星の瞬きにも似た鮮烈なる閃光を放ち爆ぜるのです。そうしてお猫様は瞳を細め、深淵を覗き込むかのごとき深く怪しい輝きをもって私の罪を、愚かな性根を見抜かれました。しかし、私はお猫様に許されたのです。あぁ、皆さま、古今東西に住まう愚かな者たちよ、勇猛果敢なる勇士たちよ、高貴なるお偉様方よ! 皆さまが今後、いかに素晴らしき人生を歩もうとも、何者かの賞賛を得ようとも、名誉ある戦いに勝利しようとも、きっと私に与えられし幸福には叶うまい! お猫様にお仕えできることこそが、何より尊いご褒美であるなど豊穣では常識なのです!」
彼女は確かに生来の猫好きであった。
しかし、古城に出入りするようになってから、彼女の様子は日に日におかしくなっていく。
ついには自身の寝食さえも後回しにし、猫に食事を与え、ノミを取り、請われるままに毛繕いに勤しむようになってしまった。
誰の目から見ても、彼女の精神に異常が起こっていることは明白だ。
古城の猫が異常の原因であると考え、彼女の友人は後を追って古城へ向かう。
果たして、そこで目にしたものは都合50を越える大量の野良猫たちの姿であった。
見れば、ちらほらと尾が2又に分かれている猫もいる。
きっと猫又と呼ばれる類の妖だろう。
しかし、真に恐ろしい存在は別に居たのだ。
古城の階段に座った闇よりも深き黒い毛の猫。
夜を塗り固めたようなその黒猫に、瞳や鼻、口はないように見える。
あれは何だ……?
「っ!?」
視界にそれを捉えた刹那、脳の奥にノイズが走った。
慌てて視線を外し、飛びかけた意識を気合いでつなぎ止めた友人は、件の黒猫がいつの間にか姿を消していることに気づく。
「何処に行ったの? お猫様……もう1度、お逢いして……叶うならお仕え……え?」
自分は何と口にした?
ほんの少し残った理性が、友人の正気をギリギリのところで平静に保たせたのだ。
恐ろしくなった友人は、彼女をその場に残したまま、脇目も振らずに里へ戻った。
「アレだ。あの化け猫のせいだ……! 偉大なるにゃる様の寵愛をいただけた彼女は、天上界のそれに等しき幸福に身を浸し……って、違う! 違う違う、そうじゃ……そうじゃない! アレをなんとかしないと!」
ともすると、古城へ戻りたくなる。
自分が自分で無くなる感覚に吐き気を催す。
勝手なことを喚きそうになる自分の口を両手で押さえて、嗚咽を零した。
異常の原因は突き止めた。
自分はどうにか正気を保った。
しかし、悲しいことに友人には黒い化け猫を排除する術が無かった。
●猫たちに安息はない
「にゃる……にゃる……にゃる……はっ!?」
まどろみの縁から目を覚まし、『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)は慌てた様子で視線を左右へ巡らせた。
誰かが「ユリーカ」と呼ぶ声が聞こえたのだ。
その声はとても優しく、そして遠いところから響いてきたように思う。
いや、きっと気のせいだ。
名を呼んだのは、イレギュラーズの誰かであろう。
「あ……あぁ、皆さん。おそろいですね。少しうとうとしてしまっていたようなのです」
召集を受けて参じたイレギュラーズたちを眺めると、ユリーカは大きなため息を零す。
どうにも、此度の依頼を受けて依頼、ぼうっとすることが増えた気がして仕方が無い。ともすると、疲れが溜まっているのだろうか。
この依頼の成否を確認し終えたら、少し長めの休みを取るのもいいかもしれない。
額に滲んだ汗を拭って、手元の水で喉を潤す。
「依頼の内容は簡単なのです。古城に住み着いた“にゃる様”という化け猫を討伐すれば、きっと事態は解決するです」
ユリーカ曰く、件の黒猫“にゃる様”が、古城に救う野良猫および猫又たちの頭目らしい。
異様な行動を取り始めた女性も、おそらくにゃる様に操られている状態だろう。イレギュラーズにも分かりやすい用語で言い表すのなら【恍惚】【狂気】【塔】【暗闇】【封印】辺りの状態異常を受けているのだ。
「その他には猫又が5匹と、野良猫が50匹。さほど脅威ではありませんが、数が多いですね。猫又を筆頭に10匹前後が纏まって行動するようですので、纏わり付かれればいくらかのダメージを負うことになるかもしれないのです」
猫とはいえ野生の獣だ。
その爪で切り裂かれれば【流血】もあり得る。
1匹程度なら何とかなるかもしれないが、相手は50匹を超える大群なのだ。
「幸い、猫又や野良猫たちはにゃる様さえいなければ無害なのです。わざわざ傷つけなくてもいいかもですね」
その場合、相応ににゃる様捜索の邪魔にはなるかもしれないが。
「古城とはいったものの、残っているのは堀と城壁、城の土台だけなのです。そこそこに広く、草木も茂ってはいますが十分に暴れ回れるだけの広さはあると思います」
にゃる様にせよ、猫又にせよ、戦闘能力はさほどに高いものではない。
しかし、草木や段差の多いフィールドは厄介だ。
何しろ相手は4足歩行。
つまり、四駆だ。当然、2本足に比べれば機動力も高いだろう。
「にゃる様を探して、追いかけて、お仕え……あ、いや、討伐するのです!」
あれ? と首を僅かに傾げてユリーカは告げる。
どうやら彼女も、にゃる様による洗脳を少し受けかけているらしい。
- 黒猫にゃる様。或いは、古城の化け猫騒動…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年03月10日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●城跡のにゃる様
豊穣。
とある廃城。
人から見れば荒れた土地でも、猫からすれば見通しが良く日当たりの良い住処となろう。
ましてや、頼りになるリーダーが……或いは、仕えるべき王がいるのならなおさらだ。
闇より黒い色をした、目も鼻も口も無い化け猫。
にゃる様というその妖こそが、野良猫や人の心を魅了し、支配する廃城の主なのである。
乾いた風が吹き抜ける。
肩を並べて廃城へと足を踏み入れたのは、背丈も性別も種族さえも違う8人のイレギュラーズだ。
陽だまりで微睡む猫たちは、興味深々といった様子で8人へと視線を向ける。
「ぶはははッ、まぁここはいっちょ平和的にいくとしますかねぇ!」
『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)は城の跡地の、かつて厨房であった箇所に陣取ると手早く竈を組み上げる。
「おう。誰か手伝いを……っと、カンティは料理できるのか?」
「えぇ、こう見えてグルメなので味のアドバイスはできますよ。ちょうど小腹がすいてたんです」
「……猫用だぜ?」
「冗談ですよ?」
ゴリョウの手伝いを名乗り出たのは『鑑定司教』カンティ=ビショップ(p3p009441)である。鰹節を手に取ると、鉋でそれを削り始める。
その間に仲間たちの半数は、にゃる様の居場所を探して城の各所へ散っていった。
「まずは猫たちと話してみるか。見た感じ、結構賢そうだぞ」
「……フフ。ワタシが躾をしてやろうじゃないか、猫ども。良い子に出来るならこの触手で撫で回してやらんことも無いがな?」
料理が完成するまで、まだ暫くの時間がかかる。
その間にも猫たちから話を聞くことはできるだろうか。『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)と『闇夜に包まれし神秘』レーツェル=フィンスターニス(p3p010268)は、猫たちの微睡む陽だまりへと足を向けた。
低い位置を飛ぶ2人の人影。
「猫は可愛らしくて好きなのだけれど……いつか力を付けたら……こういう子達も救えるようになるのかしら」
1羽の小鳥を引き連れた『嫉妬の後遺症』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)は高度をあげた。高い位置から見れば、遠くに煙が立ち上っているのが見える。
華蓮の眼下には、彼女の喚んだ猫の姿もある。
「あっちでは料理中。猫たちは遠くから見ているだけね。それらしいものの姿は見えないけど、瑞希さんの方はどうかしら?」
「駄目だね。霊魂はいるけど、すっかり希薄になっちゃってる。死後、長い時間が経過しちゃってるんじゃないかな?」
華蓮の問いに言葉を返した『深き森の冒険者』玖・瑞希(p3p010409)は、周囲をきょろきょろと見回していた。そこには何の姿も見えないが、きっと魂が浮いているのだ。
なお、余談ではあるが一般的に霊魂の寿命は400年とされている。
調理は順調に進んでいる。
もうじき、猫たち用の食事が完成するだろう。
黒蛇の目を通してそれを見ていた『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)は、おもわず口元に手をあてた。溢れそうになった唾液を拭ったのである。
「そういやあ、どこかに洗脳された女性がおるんでしたか。そちらについても、注意して探したいもんですの」
「さっさと探してさっさと帰る! 帰るまでがお仕事です。オーライ?」
ちょうどあそこに猫がいる。
石垣の影を指さして『虚構現実』白萩(p3p009280)はそう告げた。上空を舞う瑞希と華蓮に合図を送り、2人は石垣へ近づいていく。
●黒猫騒動
「にゃぁ」「なぁお」「ごろごろ」『ねっこ』「うにぁん」「みゃおみゃお」
近づいて来た白荻たちを、猫の鳴き声が出迎える。
「いや、猫はにゃーんだろうが。なんだ“ねっこ”って」
白荻の脳に直接響いた奇妙な鳴き声。
その声の主はにゃる様だ。
日陰で微睡む猫たちの中に、1匹、奇妙なほどに黒い猫がいる。夜の闇よりなお暗い黒。ある種異様な存在感を放つそれを見ていると、白荻の脳は痺れ、背筋には怖気が走る。
汗ばんだ手で腰に差した鉄扇を抜いて、白荻はそれを大上段に構える。
「……ん。居たか」
剣を抜いた支佐手が地面を蹴った。
地面に伏せるほどに姿勢を低くし、するりと駆け抜ける様はまるで1匹の蛇のようでさえある。
生い茂った雑草を撫で切りながら、一瞬のうちに支佐手はにゃる様へ肉薄。
『……ねっこ』
刹那、支佐手の脳ににゃる様の鳴き声が響く。
「っ!?」
踏鞴を踏んで支佐手は止まる。
目の前が暗い。
次いで、足首に走る鋭い痛み。
猫に引き裂かれたのか。
1匹、2匹、3匹と猫の群れが支佐手を襲う。
「当てられん! 白荻殿、わしに構わずにゃるをにゃる様を!」
「あぁ、しかし支佐手よ。猫はそれなりに可愛がられるもんではあるが崇拝される生き物っつー訳じゃァないんだが」
数歩、前進した白荻だが奇妙なことを口走る。
その視線は、足元に集まった野良猫たちに向いていた。鉄扇を下げた白荻は、そっと野良猫の背へ手を伸ばし……。
「……いや、そもそも何で猫側の気持ちになってんだ俺は?」
不自然に思考が乱れる。
そのことを自覚した白荻は、はっとした様子で視線を野良猫からにゃる様の元へ。
しかし、いつの間にかにゃる様の姿は消えていた。
華蓮の歌声が響く。
支佐手と白荻の治療に移った華蓮を残し、瑞希はにゃる様を追いかけた。
茂みに身を伏せ黒猫が走る。
暖かな日差しを何かがすっと遮った。
『……ねっこ』
顔を空へと向けたにゃる様を、見下ろしていたのは瑞希であった。灰色の髪が風に靡く。背から広がる、蝙蝠のそれに似た翼。
「ボクは玖・瑞希。にゃる様に会いに来たんだ!」
キミが死ぬまでの少しの間、よろしくね!
その一言がにゃる様の心を揺さぶった。
瑞希は翼を畳んで急降下を開始。にゃる様へ目掛け、握った拳を叩き込む。
一瞬、辺りに金色の閃光が散った。
しかし、閃光に包まれてなおにゃる様は黒い。
まるで闇が光を吸い込むかのように。
右へ、左へ。
足場の悪さをものともせずに、にゃる様は草原を駆け回る。
その後を追う瑞希と華蓮の目の前で、にゃる様は迷わず石垣から跳んだ。
「っ……見失ってしまいます!」
にゃる様を追って華蓮が飛行速度を上げる。
翼を畳んで急降下。
石垣から、遥か眼下の草むらへ。
伸ばした手がにゃる様の尾に触れる。
掴んだ……そう思った
「なぁぁお!」
直後、華蓮の顔面にもふもふとした柔らかな衝撃。
石垣を蹴って跳びあがった猫たちだ。
「くっ、うぁっ!?」
翼に纏わりつく猫たちが邪魔で華蓮の飛行は安定しない。
きりもみしながら落下した花蓮は、強かに地面にぶつかった。
ほっと心に染み渡る。
そんな優しい香りがしていた。
「さぁ、完成したぜ!」
木皿に盛った猫飯に、野良猫たちの視線はまっすぐ向いていた。
踊る鰹節も心なしか活き活きしているように思える。
「美味そうだろう? にゃる様がどんなもんかしらねぇが猫ってのは本来は我儘なもんだ。忠誠心一本で耐えきれるものかねぇ?」
「にゃぁ!」「なぁお!」「あおぉん!」「うなんな!」
猫飯の香りに興奮したのか、野良猫たちがゴリョウの元へと群がった。それをゆるりとあしらいながら、ゴリョウは木皿を地面へ下ろす。
跳びかかるように勢いで、野良猫たちは猫飯へと殺到。
その様子を一瞥し、カンティは周囲へ視線を巡らせた。
「これ、にゃる様も惹かれて来るとかありませんよね? にゃる様がこっちに来たら怖いですね。怖くて泣いちゃうかもしれません」
「そんなタマかね、お前さん。まぁ、近くに来れば猫たちが先に気付くんじゃねぇか」
なんて言いながら、ゴリョウは三毛猫の頭を撫でた。
尻尾が2本……猫股である。
「……こうしていると普通の猫にしか見えねぇんだけどな」
先ほど、華蓮や支佐手から受けた報告によれば、にゃる様に対する野良猫たちの忠誠心は随分と高かったとのことだ。
「……しかしにゃる様なんなんですかね。何事もなく終わりそうならちょっと正体を確かめたい好奇心があります」
顎に指を充てながら、カンティは一つ溜め息を零した。
1度は追い詰め、けれど取り逃がしたにゃる様が、どこからこちらを覗いているか分からない。そう思えば、胸の奥がざわつくのも仕方あるまい。
『……ねっこ』
否、これは歓喜に心が震えているのだろう。
あぁ、なんと幸福。にゃる様にお仕えできる悦び。
にゃる様はお腹が空いているのだ。ならば、そこの食事を寄越せ。にゃる様に食物を捧げられる幸福をしっかり噛み締めるが良い。
なんて。
そんなことを考えながら、カンティは棒を振り上げた。
「……フフ。ワタシが躾をしてやろうじゃないか、猫ども。良い子に出来るならこの触手で撫で回してやらんことも無いがな?」
ゆらり、ゆらりと黒い触手が揺れている。
猫たちは本能の囁くままに、触手を追って右へ左へ。
爪を立てて猫パンチを繰り出すが、レーツェルは素手でそれを捌いた。
「ほら、まずはお座りとお手からだ」
猫の手をするりと地面へ下ろし、手の平を上にして差し伸べる。
暫く、レーツェルの手を見ていた猫はやがて首を伸ばして顎をそれに乗せた。
「…………ふむ、貴様らには難しかったか?」
なんとも長閑な一幕だ。
猫と人……人のような存在の穏やかな交流。
ゆっくりと流れる時間は幸せなものだ。
「って、そうだ。猫と遊んでいる場合じゃなかった」
はっとした様子で、イズマは正気を取り戻す。
にゃる様の影響を受けたわけでもあるまいが、猫の魅力に抗うことは耐え難い。人の多くは、猫の愛らしさに耐えることは出来ないのだ。
例えば、にゃる様に操られているという女性も、このような心境なのだろうか。
「あー、人間が来てたと思うが、今どこにいるか知らないか?」
イズマの問いはそうだった。
暫くの間、イズマとレーツェルと戯れていた猫たちは、やがて2人を案内するみたいにして群れになって歩き始める。
「にゃーにゃー」「にゃぁお!」「うにゃんにゃ!」
1匹、2匹と2人の周りに猫が増える。
猫股の姿も2匹ほど。
「こっちは石垣の外れ……下か?」
身を乗り出して眼下を除くイズマだが、十数メートルほど下方には地面が広がっているだけだ。件の女性も、にゃる様の姿もそこにはない。
「いないじゃないか。なぁ、捜すのを手伝ってくれないか? 美味しいご飯をあげるから」
そう言って背後を振り返る。
その拍子にイズマの背とレーツェルの背が触れた。
「こいつら、ワタシたちを排除するつもりみたいだぞ」
そう言ってレーツェルは触手を展開。
腰を落として、攻撃に備える姿勢を取った。
視線の先には、20匹を超える野良猫の群れ。牙を剥き出し、爪を伸ばして、じわじわと2人へ近づいている。
先頭に立つ2匹の猫又たちが、毛を逆立てて威嚇を放った。
「心配するな。ワタシより脆い者や傷付き過ぎた者は積極的に庇ってやろうじゃないか」
「……そりゃどうも」
イズマが剣を抜いたと同時、猫又たちが咆哮をあげる。
それを合図としたように、猫の群れは一斉に2人へ襲い掛かった。
「……これ、どうすればいいかな?」
空の高くから城跡を見渡し、瑞希はポツリと言葉を零す。
視界に映る光景は、ある種異様なものだった。
猫の群れに襲われ、石垣から落ちそうになっているイズマとレーツェル。
ゴリョウへ襲い掛かるカンティに、それを止めるべく駆ける白荻と支佐手。
「分からないのだわ。でも、やれることやらなきゃ……歌を届けて……皆を助けます」
そう言って華蓮は、城跡の隅へを指さした。
騒乱の中、ふらりと女性が現れたのだ。
今までどこに隠れていたのか。おそらく彼女が、にゃる様に操られているという女性に違いない。
そして、その腕の中には1匹の黒猫。
「やるしかないね」
「えぇ、やりましょう」
こつん、と拳をぶつけ合い。
瑞希と華蓮は別々の方向へと飛び去って行く。
●猫と和解せよ
歌声が、高く、遠く。
白い翼を大きく広げ華蓮が舞った。
涼やかな声に魔力を乗せて。
響く歌声と降り注ぐ燐光。
「……この歌がにゃる様にも届いたら良いのだけれど」
今はまだ、仲間たちを支援し続けることしかできない。
「おぉ、ありがとさん。助かるぜ」
「お手数おかけしますが、引き続きよろしくお願いしますね。司教は打たれ弱いので」
華蓮に手を振り、ゴリョウとカンティが駆けていく。
頼れる仲間たちが戦線に復帰したのだ。
この騒動もじきに終焉を迎えるだろうことを理解し、華蓮はふっと微笑んだ。
『……ねっこ』
脳のうちに声が響く。
その度に背筋が粟立って、頭痛と眩暈も激しくなった。
しかし、それでも瑞希はその場を退かない。
「ボク、猫は大好き。お世話するのもね!」
「素晴らしい。素晴らしい心がけです。あぁ、にゃる様にお仕えできる悦びを分かち合える同胞よ! あぁ、にゃる……にゃる……共に手を取り、にゃる様の素晴らしさを豊穣中へと広げましょう。我々が皆を導くのです!」
にゃる様を胸に抱えたままに、女性は喜色満面といった様子で叫ぶ。
それを一瞥し、瑞希は拳を強く握った。
「……でも。それを強制する悪い猫には、興味ないかな。それはとっても、楽しくない事だよ」
翼を広げて低空飛行。
手にした旗を一閃させた。
「きゃぁっ!」
女性は足を縺れさせて転倒。その胸からにゃる様がぴょんと飛び降りる。
再び逃走に移るつもりか。
けれど、しかし……。
「そーれ!」
間延びした声と、空気を切り裂き飛来する魔弾。
螺旋を描くようにして、絡み合いながら飛んだ魔弾の数は4。
にゃる様は器用に空中で体を捩じってそれを回避しようとするが……間に合わない。
カンティの放った魔弾を受けて、小さな体が地面を跳ねた。
『……ねっこ』
ざわり、と精神の震える感覚。
カンティは咄嗟に耳を塞ぐが、脳に直接響くにゃる様の声を掻き消すには至らない。
踏鞴を踏んで足を止めたカンティ。
その横を、ゴリョウが駆け抜けた。
「ぶはははッ、その程度じゃ俺は止まらんぜ!」
まっすぐに、胸を張って駆けるゴリョウがにゃる様の前へと辿り着く。
前方にゴリョウ。
背後に瑞希。
逃げ場を失ったにゃる様は、首を伸ばすようにして空を仰いだ。
『……ねっこ』
響く鳴き声。
それはきっと、城跡に住まう野良猫たちへ向けた号令だっただろう。
にゃる様の元へ野良猫が向かう。
先頭を走るのは2匹の猫又たちだった。
その眼前に立ちはだかったレーツェルへ向け、野良猫の一団とともに爪を立て襲い掛かる。
「おぉ、あれか……本当に元のワタシより黒いな。興味深い」
触手を噛まれ、腕を爪で裂かれながらもレーツェルはにゃる様の様子を見ていた。
自身を襲う野良猫なんて、まるで眼中にないように……。
そして……。
「うにゃっ!」
レーツェルに気を取られた刹那、猫又の胴を衝撃が射貫いた。
「ごめん! でも死にはしないから許せ! 後で遊んであげるから!」
しなる細剣の腹により打ち据えられたと理解できたのは、数メートルも転がった後だ。
レーツェルに群がる野良猫たちを、素早く、しかし適度に加減し剣で打ち据えるイズマを睨んで、猫又は悔し気に鳴いた。
にゃる様が呼んでいるというのに、馳せ参じることは叶わない。
それはなんと歯がゆいことだろう。
飛翔する金糸雀の後を追い、支佐手と白荻はにゃる様の元へと駆け付けた。
「……成程。これが噂に聞く」
唸るように支佐手が呟く。
脳に直接、声が響く感覚は実に不気味で不快なものだ。だからといって、尻尾を巻いて逃げるわけにもいかないので、となれば早々に決着をつけるほかに逃れる術もない。
剣の切っ先をにゃる様へ向ける。
空間より滲むように広がる漆黒。
形成された立方体がにゃる様の身体を包み込む。
「なんと、なんと酷いことをなさるのですか! いと尊きにゃる様に剣を向けるなど万死に値します! 豊穣では常識ですよ!」
「そんな常識は初耳ですの」
間に割り込む女性が邪魔だ。
このままでは攻撃に巻き込みかねない。剣を下ろすか、判断に迷う支佐手であったが……。
「そのまま続けろ!」
女性の進路をゴリョウが塞ぐ。
次いで、疾駆したカンティが女性の腰にタックルをかまして転倒させた。
邪魔者はこれでいなくなった。ならば後は仕上げといこう。
『……ねっこ』
にゃる様の身体が立方体に囚われる。
その隙を突き、鉄扇を手にした白荻がにゃる様の眼前へと至る。
「ゴリョウよ、あのメシ効果あったか。人間でも食えるんだったら後で一口貰っていいか?」
「おぉ、作り直すから幾らでも食ってくれ! 猫たちにも振舞おう!」
なんて。
日常会話と共に振り下ろされる鉄扇が、立方体を強かに打つ。
弾けるように漆黒が辺りへ飛び散った。
『……ねっこ』
立方体より解放されたにゃる様に、鉄扇を逃れる暇はない。
その一撃を頭部へ受けて、化け猫はまるで初めからそこにいなかったかのように霧散し、消えた。
最後にひと鳴き。
皆の脳裏に響いたにゃる様の鳴き声は、暫く脳から離れそうにはなかったが……。
こうして、豊穣のとある城跡で起きた騒動は一応の終焉を迎えたのである。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。
にゃる様は無事に討伐され、操られていた女性も里へ帰還しました。
依頼は成功となります。
このたびはご参加いただき、ありがとうございます。
縁があればまた別の依頼でお逢いしましょう。
GMコメント
●ミッション
黒猫“にゃる様”の討伐
●ターゲット
・にゃる様(妖)×1
闇よりも黒い化け猫。
遠目に見ると、目や鼻、口などが無いようにも見える。
猫らしく非常に俊敏で、気づけばどこかへ消えている。
冒頭に登場した女性は、にゃる様の影響により猫に仕える者となっているようだ。
端から見ればひどく歪な状態だが、操られている女性はとても幸せそうだ。
にゃる様の呼び声:神遠範に小ダメージ、恍惚、狂気、塔、暗闇、封印
『……ねっこ』脳に直接、鳴き声が響く。それはとても悍ましく、そして幸福である。
・猫又(妖)×5
毛色は様々。尾が2本に分かれた猫の妖。
にゃる様に従い、野良猫たちを従える存在。
猫又1匹は、10匹ほどの野良猫を引き連れ行動する。
野良猫よりも賢く強いが、言うなればそれだけの基本的に人畜無害な存在。
しかし、猫たちの襲撃を受ければ幾らかのダメージと【流血】の状態異常を受けるだろう。
●フィールド
人里より離れた山奥の古城。
正確には古城跡地。城本体は失われ、かつて城や通路があった場所は草木に覆われている。
残っているのは堀と城壁ばかり。
とはいえ元は山中の城であるため、防衛用の段差や坂が多く歩きづらいし、そこそこに広い。
現在、古城跡地のどこかににゃる様は隠れてしまっている。
また、どこかににゃる様に洗脳された女性がいるはずだ。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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