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シナリオ詳細

釣り人日誌。或いは、冬と春の間、釣り日和の休日…。

完了

参加者 : 4 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ある晴れた日
 豊穣。
 高天京郊外、海辺の領地。
 海岸線を歩くベネディクト=レベンディス=マナガルム (p3p008160)は、足を止めて大海原へと視線を向けた。
 吹きすさぶ風は冷たい。
 冬ももうじき終わるとはいえ、春の陽気はまだ遠い。
 こうも寒い日々が続くと、いかにベネディクトとはいえ家に籠りがちになるのは仕方のないことだろう。
 もっとも、だからといって任務や日々の鍛錬、領地の見回りなどは欠かしていない辺り、生来の生真面目さが窺える。
 それに、いつまでも暇をしているというわけでも無い。
 もう少し暖かくなれば、付近に住みついているという奇妙な獣の調査を行う予定だからだ。
「暖かくなる前に居所の目途を付けておきたいな。必要があれば、活動が活発になる前に駆除してしまいたい」
 なんて。
 そんなことを呟いて、ベネディクトは視線を海から森へと移す。
 件の獣は、森の河川に住むという。
 黒い体毛に、短い4本脚。
 水中を泳ぐように駆ける狂暴な獣で、よく魚を喰らっている姿が見かけられるということだ。

 散歩は続く。
 かれこれ、1時間は海岸を歩き続けているか。
「今日は風が冷たいな。骨の芯まで凍えそうだ」
 だと言うのに、とっとこ前を走っていくポメ太郎は元気いっぱいだ。
 ふさふさの毛を風に躍らせ、楽し気に先へ駆けていく。
 どこまでも続く長い海岸。
 代り映えのない景色。
 冬ということもあり、生き物の気配も微か……一体、ポメ太郎は何が愉しくて駆け回っているのだろうか。
「わん!」
 歓喜の色が滲んだ声でポメ太郎が吠える。
 走る速度を少しあげて、進路を砂浜から海岸傍の通りへ変えた。
「うん?」
 ポメ太郎の向かう先へ視線を向ければ、そこには見覚えのある褐色肌の偉丈夫の姿。
「よぉ、ベネディクト。寒い中、ポメ太郎の散歩か?」
 走り寄って来たポメ太郎を抱き上げて、そう言ったのはルカ・ガンビーノ (p3p007268)。幾つもの戦場を共にしたベネディクトの盟友だ。
 乱暴な手つきでポメ太郎を撫でまわし、優しい手つきで地面へ下ろした。
 ひとしきり撫でられて満足したのか、ポメ太郎は上機嫌でどこかへ駆け去って行く。
 その背を見送り、ベネディクトはルカの元へ。
 握手を交わすと「来ていたのか」と言葉を投げた。
「あぁ、仕事で近くまで来たもんでな。それにしても冷えるな。ラサ育ちの俺には少し堪える」
「だろうな。俺も寒いと思ってたんだ。屋敷へ来ないか? 暖かい茶でも入れよう」
 なんて。
 親し気に言葉を交わした2人は、帰宅を告げるべくポメ太郎の姿を探す。
 けれど、どこにもポメ太郎の姿は無かった。

●ポメ太郎の拾いもの
 豊穣。
 海岸近くの森の中。
 川沿いを歩くコラバポス 夏子 (p3p000808)の鼻には、僅かに潮の香りが届いた。
 海が近いのだ。
「なぁ、誠吾。やっぱり手土産とか持って行った方がよかったかねぇ?」
 愛用の槍を肩に担いで、夏子は同行者……秋月 誠吾 (p3p007127)へと声をかけた。
 誠吾は足を止め、視線をぐるりと左右へ巡らす。
「ベネディクトは気にしないんじゃないか? というか……ここまで来ておいて今更どこで何を用意するっていうんだ?」
「……そりゃそうだ」
 誠吾と夏子が向かう先はベネディクトの住む屋敷だ。
 退屈を満喫することにも飽きた2人は、ふと思い立って豊穣にあるベネディクト領へ出向くことに決めたのである。
 思い立ったが吉日とばかりに、最小限の荷物だけを持ち移動を開始した辺り、流石は遠征慣れしているイレギュラーズの一員である。
「用意するのなら、土産よりも地図が優先だったな。夏子……ここはどこだ?」
「さぁ? 俺にもさっぱり分かりませんよ? ってか、歩いてりゃそのうち着くだろ? 海は近いっぽいしねぇ」
 絶賛、道に迷っているが問題ない。
 退屈を持て余した2人にとって、森の中で少し道に迷うくらい大した問題ではないのだ。
 むしろ、退屈を少し紛らわせるような気さえしている。

 荒れた小路を歩く2人は、何かの気配を感じてピタリと足を止める。
 夏子は肩から槍を下ろし、誠吾は腰の刀へ手をかけた。
 茂みの向こう……川の方から何かが上がって来る音がしたのだ。
 歩き慣れない豊穣の森だ。
 どういった生物が住みついているか分かったものではない。
「豊穣には河童とかって生き物がいるんだろ? 友好的だと思うかい?」
「河童によるだろ。人と同じさ。いい奴もいれば悪い奴もいる」
 何が出て来ても対応できるよう、2人は得物を構えて腰を低くした。
 がさごそという音は続く。
 川からあがって来た何かが、茂みを突っ切って2人の方へ向かっているのだ。

「……くぅん!」
 
 がさり。
 茂みから現れたのは、びっしょりと濡れた4本脚の生き物だ。
 細い身体と手足。
 身体に張り付いた体毛は茶色。
 ぐっしょりと濡れた見慣れぬ獣は、しかし夏子と誠吾を見ると嬉し気に駆け寄って来る。
 見慣れぬ獣だ。
 しかし、どこかで見た覚えもある。
 円らな、愛らしい瞳にも既視感がある。
 そう。
 前進が濡れて、すっかりみすぼらしくなってしまったが、それは我が友の愛犬、ポメ太郎ではないか?
「ぽ、ポメ太郎!? お前、どうしたってんだ!」
「夏子! 今はそれどころじゃない! 早くベネディクトのところに連れて行って、乾かしてやらないと!」
 慌てた2人は、武器を仕舞うと濡れたポメ太郎を抱え上げる。
 拍子に、ポメ太郎の口から零れたのは1匹の魚であった。
 見慣れぬ魚だが、脂がのって美味そうだ。どうやらポメ太郎は、魚を追って川へ転落したらしい。

 暖かな部屋に集う4人と1匹は、ポメ太郎の咥えていた奇妙な魚を観察している。
 形はヤマメによく似ているが、よくよく見ればその体は透けているのだ。
 そっと、ヤマメの胴をベネディクトは指で触る。
 川魚特有の滑った感触を指先に感じた。
 しかし、それと同時にまるで水でも突いているかのような感覚もある。
 実体があるのか無いのか定かではない奇妙な感覚に、思わずといった様子でベネディクトは目を見開いた。
「……そう言えば、この辺りの川には季節を問わず色んな魚が住みついているという噂を聞いたことがある」
「色んな魚ってお前……これ、魚の括りに入れていいのか? ギリギリ、魚じゃなくないか?」
 そう言ったのは夏子だ。
 すっかり乾いて、元のふさふさを取り戻したポメ太郎を膝に乗せ、ヤマメを訝し気に見つめていた。
「いや、まだ魚の範疇だろう? ギリギリ魚じゃないのは、ほら……ワラスボとかだ」
「誠吾、ワラスボって何だ? 再現性東京にいる魚か?」
 ラサにワラスボはいない。
 疑問を口にするルカへ、どう言葉を返すべきかと誠吾は頭を悩ませた。
 それぐらい、ワラスボは衝撃的な見た目をしているのである。
「まぁ、この際別にヤマメの正体はどうでもいいか。それより……お前さん方、皆暇してるんだろ?」
 1日かけて釣りでもしないか?
 そんな夏子の提案に、否を返す者は無かった。

GMコメント

●ミッション
川釣りを満喫する

●ターゲット
・川の魚
およそ川に居そうな魚はだいたい生息している。
釣れるかどうかは運次第。


・幽霊ヤマメ
ポメ太郎が咥えていた魚。
半霊体の奇妙な魚で、水中、空中を問わずに泳ぎ回る。
海辺まで来ていたそれを追って、ポメ太郎は真冬の川へ転落したのだろう。


・河川に潜む怪生物×?
それは非常に好奇心旺盛で、そして狂暴だ。
噂では水中を自在に泳ぐ獣のような姿をしているとのこと。
魚を喰らっている姿が度々目撃されている。
【流血】【麻痺】【弱点】などを備えた攻撃手段を有する。


●フィールド
豊穣。
ベネディクトの領地からほど近い森の中。
川釣りを行うことが目的。
川幅は広かったり、狭かったり、滝があったり。
流れは速かったり、遅かったり、淀んでいたり。
釣竿については簡単なものであれば現地で調達することも可能。
また、今回の依頼にはポメ太郎が同行する。


●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 釣り人日誌。或いは、冬と春の間、釣り日和の休日…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年03月06日 22時05分
  • 参加人数4/4人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 4 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(4人)

コラバポス 夏子(p3p000808)
八百屋の息子
秋月 誠吾(p3p007127)
虹を心にかけて
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃

リプレイ

●男4人
 豊穣。
 海岸近くの森の中。
 冷たい風に撫でられて、木の葉がさらりと微かな音を響かせる。
 何かの拍子に小鳥が1羽、飛び立った。
 それに驚き、ポメ太郎が空へ向かって吠えたてる。
「きゃうん!」
 地を駆けるしか出来ない獣に、飛ぶ鳥を落とす術はない。
 ぴょんぴょんと跳ねるポメ太郎を眼下に見ながら、小鳥はどこか遠くへ飛んで消えていく。

 元気がいいのは良いことだ。
 川に着いた男4人が囲むのは、地面に置かれた簡素な造りの釣り竿だ。数は4本、『竜撃の』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)の屋敷に保管されていたものである。
 餌を詰めた木箱を嗅いで、ポメ太郎は前脚で突く。それを横に押し退けながら『竜撃』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)が首を傾げた。
「釣り具と、餌はこれだ。大丈夫だと思うが針には気をつけてな」
「俺ぁ砂漠育ちだから釣りってのは初めてなんだよな。コツとかやり方とか教えてくれよ」
「そう難しいこともないさ。ルカ程の男なら、むしろ魚が向こうから飛び込んで来るかも知れんぞ」
「わん!」
 今のところ、寄って来たのはポメ太郎だけだ。
 砂漠には海も川も少ない。釣り糸を垂らして魚を釣るより、網でも投げるか、半身を浸けて掬い上げる方が効率がいいと言うのも理由だろうか。
 川釣りをしたことのないルカは、糸と針とを見比べながら何とも難しい顔をしている。
「誠吾は釣ったことあるのか? 夏子は慣れてそうだな」
「多少はね。でも普段は朝から晩まで家令としての仕事をし、休日や空き時間は剣の稽古だ。仕事も稽古も嫌いじゃないが……ゆっくり過ごせるのはいつぶりだろうか」
 餌箱の蓋を開け『虹を心にかけて』秋月 誠吾(p3p007127)はルカの問いに答えを返す。
 思えばこの場に集まった4人は、日々を忙しく過ごしているのだ。イレギュラーズとしての任務もあって、生傷も絶えない。
 今日、この日に偶然4人が暇な時間を手に入れた。
 男4人、沢に1日。何も起きないはずは無く。
 のんびり川釣りと相成ったのだ。
「ま、今日ツマむ肴くらいは獲ってこうじゃないの。呑るでしょ? 今晩も せーごは予習になるか」
 酒のボトルを日陰に置いて『イケるか?イケるな!イクぞぉーッ!』コラバポス 夏子(p3p000808)は適当な竿を手に取った。
「あぁ、手頃な串も調達したし、釣れたら火をおこして頂きますかね。食いきれないくらい釣れたら黒狼の館に持って帰るか」
 次に誠吾が竿を手に取り、餌の箱へと手を伸ばす。
「獲らぬ狸のなんとやらってな」
「……釣らぬ魚の、って感じか。この場合は」
 釣竿を担いで立ち上がった2人に続いて、上機嫌なポメ太郎が川へ向かって駆けていく。

●午後の時間はゆるりと流れる
 ひゅん、と風を切る音がした。
 陽光のきらめきを引き裂いて、透明な糸が空を舞う。
 糸の先には針と練り餌。
 ぽちゃん、と僅かな音を立てて釣り針が水面に波紋を立てる。
「いい位置だな。やるじゃないか」
 ぱちぱちと小さく拍手しながらベネディクトはそう言った。
 一方、釣り糸を投げたルカはというと、ゆるりと流れる水面と自分の手元を見比べている。
「なるほどな。で、こっからどうするんだ?」
「どう、とは?」
 問いの意味が分からなかったのか、ベネディクトは首を傾げる。
 2人の視線が交差して、無言の時間が暫く続いた。そこに助けの手を差し伸べたのは夏子である。
「待ってりゃいいのよ、待ってりゃ」
「……待つだけ? マジかよ……暇すぎるだろ?」
 釣りとは根気のいる作業だ。
 餌を針に付け、水に落とせば後は魚がそれに食いつくまで待つだけ。ルアー釣りなどになれば糸と疑似餌を操って、生きているように見せる必要もあるのだが、今回それは必要ないのだ。
「見て見ろよ、ポメ太郎を。暇すぎて穴掘ってるぞ?」
「……ミミズがいるな。ポメ太郎、それを貰うぞ」
 ルカが視線を脇へ向ければ、退屈過ぎて地面を掘っているポメ太郎。掘り返した穴の底にいたミミズを指先で摘むと、誠吾はそれを針に通して川へと投げる。
 そんな誠吾の足元には、古びた長靴が転がっていた。
 先ほど誠吾が釣りあげたものだ。
 本日の釣果、第一号がそれである。
「あとはアレだ。こういう場所には「ヌシ」みたいなのがいるかもだから、変なのを釣り上げないように……」
「ヌシなんてのがいるのかよ。あぁ……待つだけってのは、こういうことか。適当に話でもしてのんびりしてりゃあ良いか」
 なんて。
 思い思いに口を開いて言葉を交わす。
 視線を川へと向けたまま。
 
 ポメ太郎が土を掘り返す音だけが、静かな沢に響いていた。
 何がそんなに面白いのか。ポメ太郎は一心不乱に穴を掘り続けているのだ。
 飛び散った土がベネディクトの脚にかかるが、彼はそれを気にしない。
「……のんびりとした時間を過ごすのも悪くないな」
 そうは言ってみたものの、無言の時間も些か飽きた。
「あぁ」だの「そうだな」だの、短い返答にも心が籠っていない。
 横目でチラと皆の様子を伺って、夏子はガリガリと頭を掻いた。川から釣り糸を引き上げれば、餌だけが奪われている。
 糸を引く感触は無かった。
 どうにも手ごわい魚が底にいるらしい。
 仕方ねぇやな、と囁くように呟いて夏子はふと思いついたみたいに言葉を紡いだ。
「なぁ、ルカルカの女性遍歴聞かしてよ~。古今無双なのは知ってんだけど自分で言わんやん? あんべぇ無敵話~」
「なんだ藪から棒に……まぁ、いいけどよ。浮いた話なぁ」
 揺れる水面をじぃと眺めて、ルカは一時、口を噤んだ。
 記憶を探って、過去の甘い……或いは、酸っぱい思い出を引っ張り起こしているのだろう。
「イイ女と遊んだり程度はあるが、惚れた腫れたの話になると中々ってところだな」
「やっぱ詳しく言わんやん~」
「……そういう夏子はどうなんだよ。店の女と遊ぶのもいいが、本気の相手ってのはいるのか?」
 誤魔化すように話題の矛先を夏子へ向けた。
 ルカの問いかけに追従し、ベネディクトと誠吾、ついでにポメ太郎の視線も夏子へと向いた。
「うーん俺、恋愛感情欠損してんだよな~」
「そうは言っても、何かあるだろう」
 ベネディクトがルカの問いを引き継ぐ。
 困ったように眉をへの字に曲げた夏子は、うぅむと顎へ手を添えた。
「本気の相手ってそりゃその時その瞬間何時だって本気だぜ~? 自分じゃ誠実だと思うんだけど 誰から見ても不誠実に見えてる? まさか」
 驚いた、とでもいうように夏子はわざとらしく目を見開いて見せた。
「そう言うわけでも無いがな。なぁ、縁があって黒狼隊として活動をしているが夏子。お前は此処で満足しているのか?」
「べっきょんの女性遍……えっ何急に?」
 投げたボールは投げ返されるのが世の常だ。
 キャッチボールの基本である。例に倣って、夏子は次の矛先をベネディクトへと差し向けようとしたのだが、それより先に変化球が飛んでくるのは予想外であったのだろう。
 今度の驚いた顔は、先ほどのような作ったものとは趣が違った。
「深い意味は無い。お前ならもっと別の場所でも十分に活躍出来ると思っているからな」
「あーそー? いや、不満は無いし綺麗可愛い女性多いし、なんだかんだで激烈士気高いこの隊の満足度は傭兵の身からしたって高いよ。おまけに居心地も良い」
「そうか。いや、居てくれるというなら、これからも頼りにさせて貰うとも」
「……んー」
 不意に投げ込まれた問いに、夏子は一時、何かを思案するような表情を浮かべた。
 日頃であれば、次の言葉を繋げることはしなかっただろう。
 しかし、この場にいるのは男が4人だけ。それも、何度も死線を共にした気の置けない盟友たちばかり。
 普段よりも口の滑りもよくなるものだ。
そして、思いもかけず真面目な話題だ。
 ルカや誠吾は口を挟まず、黙って会話に耳を傾けている。
 空気を読んだか、ポメ太郎も穴を掘る作業を止めていた。否、穴を掘るのに飽きてしまっただけかもしれない。
「それより、だ。ついでだから聞きてーんだけども、婚約解消の話って……」
 この場には夏子たち4人と1匹しかいない。
 普段は聞きづらい話題を出すには良い機会であるともいえる。
「なんて事はない話だ。俺に好きな相手が出来たから、と相手側に伝えただけだよ」
 説明としてはそれだけだ。
 ベネディクトの答えは至ってシンプル。けれど、些かに言葉足らずと感じたのか、ほんのひと呼吸を挟んでもう一言だけ真実を続ける。
「お互い納得の上でだからな。まあ、今後は彼女の実家の庇護は得られん訳だから踏ん張り処なんだが」
「あー、つまり……この程度じゃ終わらんから“期待しろ”って事でしょ。心配してないよ」
 問題ないさ、と夏子は竿を持ち上げる。
 ゆっくりと水面に挙げられたのは、半透明の魚であった。以前、ポメ太郎が咥えていた幽霊ヤマメであろう。
 それを針から外した夏子は、籠の中へと投げ入れた。ふわり、と宙へ浮いた幽霊ヤマメがどこかへ泳ぎ去っていく。
 不可思議な魚だ。ポメ太郎は、尻尾をぶんぶん振りながら、それを追いかけていく。
「それじゃ、次はセーゴの番か?」
 ピンと張った糸に目を向けルカは言う。
 勢いよく糸を引き上げれば、針の先にはイワナが1匹食いついていた。人生で初めて釣った魚に、図らずもルカの頬が緩む。
 しかしそれも一瞬のこと。
 弾みで針からイワナが外れ川へと逃げた。
「うぇっ、俺か?」
「そりゃそうでしょ~よ。なんで自分1人だけ無関係でいられると思っちまったんだい?」
「ったってなー。恋愛なー。元の世界に帰るってのに無理だよなーまじで。ねぇよ、浮いた話とか」
 舌打ちを零し、誠吾は視線を横へと逸らす。
 いつの間にか、ポメ太郎の姿が消えていた。幽霊ヤマメを追いかけて、茂みの奥へと行ったのだろう。
「浮いた話無いって事は未経験マンか~? 女性抱く前に自分へ50の質問ノート作っといて、いざ経験したら答え合わせしたそのノート読ませてくれよ。きっと最高のモノになるハズだからさ!」
「ってうっせー! 経験なんてねーよ! 先ずは夏子さんのノート見せろよ!」
 夏子が煽って、誠吾が怒鳴る。
 それを見てルカとベネディクトが笑う。
 男4人で過ごす休日の理想的な形がこれだ。
 時間はゆっくり過ぎていく。

「くそ! なんなんだあの魚! 男ならガブっといけよ! 思い切りの悪いやつらだな!」
 悪態を吐くルカの釣果は未だ0のままである。
 一方、夏子はといえば傭兵稼業で鍛えたものか、ひょいひょいと魚を吊り上げていた。
 そろそろ大量といっても差し支えのない数が釣れただろうか。
 幽霊ヤマメだけは、するりと籠をすり抜けてどこかへ泳いでいくけれど……。
「酒の肴には十分かな。俺は火を起こしてくるよ」
 餌の付いていない針を見ながら誠吾はよっと立ち上がる。
 近くに草木の茂っていない辺りを選んで、誠吾はそこに落ちていた木切れを集めて火を着けた。
 それから持参した串を手に取って、目の前を泳ぐ幽霊ヤマメを掴んで突き刺す。
 ものは試しと幽霊ヤマメを火にかけると、思った以上に煙が昇る。ゆらりとまるで、成仏していく霊魂を想起させる類の煙の立ち方だ。
「……焼けたのか?」
「貸してみそー」
 幽霊ヤマメを横から攫って夏子はそれをひと口齧った。数度咀嚼して、顔を顰めた夏子はそれをルカへと手渡す。
 受け取ったルカも、夏子と同じ奇妙な表情を浮かべていた。
「……これは」
 ベネディクトも同様だ。
 どうやら美味い魚ではないらしい。誠吾も興味本位でひと口齧ってみたが、なんと食感や味がしないのだ。しかし、確かに“そこ”に何かがあるのだ。
「……腹に溜まる気がしない」
 完食したが、何かを食べた気がしない。
 
 最後に1匹、ベネディクトが大物を釣り上げたことで釣りはお開きになった。
 後は魚を焼いて食べるだけ。
 釣りは終わりだが、今日という休暇の日はまだ終わらない。
「なぁ、あれ」
 誠吾が川の上流を指さした。
 ばしゃばしゃと水飛沫を上げながら、何かが川を下って来るのだ。
「きゃうん! わぉん!」
 水飛沫の間に見える茶色い毛並みには見覚えがあった。
 ポメ太郎だ。
 溺れているのか? 
 否、何かに襲われているのだ。
「何か襲われてね?」
 槍を肩に担いだ夏子が駆ける。
 ポメ太郎に襲い掛かっている相手は、体長1メートルほどの獣のようだ。長い胴体や尾に比して、手足は少々短めに見える。
「カワウソか? 夏子さん、ポメ太郎をこっちへ!」
「あいよっ」
 川へ跳び込み、夏子はポメ太郎へ向けて槍を伸ばした。槍の柄で掬い上げるようにしてポメ太郎をひょいと宙へ放り投げ、誠吾へと渡す。
 ついでとばかりに数体の怪生物……カワウソが宙へと舞い上がった。
「よし。俺はポメ太郎と食料を守っておくよ。3人いればどうとでもなるだろ?」
「きゃうん! きゃうん!」
「あー、ほら。拭いてやるから大人しくしとけって」
 びしょ濡れになったポメ太郎を連れて誠吾は下がる。
 川の中でカワウソ相手に戦う夏子を援護するため、ベネディクトとルカは駆け出した。
 流石に住処を川としている生き物だ。水中での戦いは、カワウソの方に分があるか。
「つーかこの川が幽霊みてぇな魚ばっかなのってコイツのせいだろ! ぶっ倒してお前を食ってやる!」
「喰えるのか、これは? まぁ、ちょっとしたハプニングも良い思い出になる……か?」
 川から這い上がった夏子を追って、襲い掛かって来るカワウソは3体。
 うち1体は、撤退しながら夏子が槍で突き刺し仕留めた。
「おらぁっ!」
 地面が陥没するほどの強い踏み込み。ルカが片手で振るう大剣が、カワウソの身体を3度続けて斬り付ける。
 鮮血を散らし、息絶えたカワウソが地面に落ちた。
 最後に残った1匹が、ベネディクトへ喰らい付く。鋭い牙が腕に深く突き刺さるが、ダメージとしては軽微なものだ。
 がら空きになった胴へ槍の先端を押し付けると、ベネディクトは目を閉じた。
 衝撃。
 肉を穿つ湿った音と、短い悲鳴。
 腹に風穴を開けたカワウソが、ぐったりと地面に横たわる。
 溢れた血が赤い染みを広げ、辺りには獣特有の生臭い臭いが広がった。
 ざぁ、と吹いた冷たい風が血と熱の臭いを攫って行く。

 日が暮れて、辺りは闇に包まれる。
 暖かな焚火を囲んで、4人は思い思いに釣った魚へ手を伸ばしていた。
「なぁ、酒って冷やしておかなくて良かったのか?」
 夏子が持参した酒のボトルへ目を向けて誠吾は問うた。
 酒に詳しい者が看れば、その銘柄が常温か少し温めて楽しむ類の酒であることは一目瞭然だろう。しかし、未成年の誠吾に酒の種類や楽しみ方など別れというのは土台無理な話である。
「あぁ、そりゃそのままでいーんだよ。そこに竹の器があるだろ? そいつに注いで温めて飲むんだ。燗っつってなー」
「エールなんかは冷やした方が美味いけどな。っていうか、冷やしとかねぇと飲めたもんじゃねぇ」
 夏子、ルカの酒談義も誠吾にとっては聞き慣れない単語のオンパレードだ。
「そうか。春すぎには酒が飲めるようになるから、飲めるようになったら飲み方を教わりたいもんだ。飲めるようになれば、それにあうツマミももっと上手く作れるだろうし」
「お、セーゴはそろそろ成人か。そりゃあ良いな。ドゥネーブの屋敷でパーティーでもするか。酒の取り寄せは任せてくれよな」
「勤勉な事は良い事だが、休む事も仕事の内だ。また休みたくなった時は言う様にな、誠吾」
 ぱちぱちと、薪の燃える音がする。
 冬の寒さと、火の熱と、ほろほろと崩れる魚の身。
 男4人で過ごす休暇の締めくくりとしては、きっと上等な部類であろう。
「わぉん!」
 魚の分け前を頬張りながら、ポメ太郎が空へと吠える。
 尻尾をぶんぶん振り回し、上機嫌といった様子だ。
 ポメ太郎にとっても、今日という日は良い1日となったのだろう。

成否

成功

MVP

コラバポス 夏子(p3p000808)
八百屋の息子

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
この度はシナリオのリクエスト、ありがとうございました。
ゆったりとした休日の物語はいかがでしたでしょうか。

縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。

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