シナリオ詳細
<咎の鉄条>魔女の蹂躙と報いる一矢
オープニング
●忌まわしき、そして忘れてはいけない思い出
「はぁ……はぁ……」
膝を突き、今にも倒れそうに地面に片手をつくアルメリア。
かたわらにはフランが倒れ、ううんと小さく唸っている。
もう一歩も動ける気がしなかった。
対して……。
「■■■■、■■■■■■!」
右腕と左手首を失い、更に下顎から上を喪失したキトリニタス・タイプ・アルメリアが、言語とすら思えないような音声で『笑って』いた。
じゅくじゅくと肉体が再生を始める。
衣服らしい衣服を纏わず、最低限の布だけを貼り付けて両手と頭を再生しきったキトリニタスは、『うふふ』と笑って舌なめずりをした。
「アルメリアちゃん。アルメリアちゃん。とっても、とっても、嬉しいわ。こんなに強く、たくましくなって。わたし、とっても嬉しい。この感情がなんなのか、わたしにも分からないけど……」
もはや動けず、魔法の一発もうてないアルメリアに近づき、彼女の頬に手を当てた。
「もっともっと、もっともっともっと強くなってね。わたし、ずっと待っているから」
そこまで語ると、キトリニタスはアルメリアから手を離して数歩後退。あたりを包む煙霧の中に消えていった。
●覚醒、そして直視するべき今
大きく息を吸い込む。目を見開き、見慣れない木造の壁が目に入った。
そしてすぐに、今自分が自宅のベッドで寝ていなかったことに気付き、やんわりと覚醒しつつある頭でそこがラサの安宿であるこを思い出す。
ふああとおもわずもれたあくびに手を当て慣れぬベッドで固くなった背筋をうーんと伸ばす。
そんな段階で……。
「ハッ、殺気!?」
アルメリア・イーグルトン(p3p006810)は真横から向けられる気迫に気付き振り返る。
寝間着というより薄衣と言った方が正しい格好のアルメリアに対して、似たような格好のフラン・ヴィラネル(p3p006816)が両目を僅かに見開いたまま凝視していた。
誰をかといえばアルメリアだし、何をかといえば背伸びをしたアルメリアの胸元だった。
背伸びをやめて背を丸めると大きく垂れ下がり、水の入ったやわらかい風船のようにちゃぷちゃぷと弾みすらした物体を、親の敵のように見つめている。
フランの格好を『似たような』と称したが、ピンポイントにその部分だけはキュッ引き締まっていた。健康的でむだのない流線系なフォルムである。きわめて良い言い方をすれば。
今にもキシャアと言い出しそうな顔つきに、アルメリアはとりあえず手元の枕を投げつける。
顔面に蕎麦殻枕をくらったことで正気を取り戻したのか、それまでの表情が嘘だったかのようにぱっと笑顔を浮かべるフラン。
「おはよ、アルメリアちゃん。うなされてたけど大丈夫?」
「……」
言われてから、アルメリアは目が隠れるほどの前髪越しに自分の額に触れた。
夢の記憶は、あるようでない。けれど思い当たるのはすぐだった。
なにせ、今から自分は『それら』と再会するつもりなのだから。
深緑が完全封鎖されたという情報がローレットに伝わったのは最近のことだ。
フランなどは酒場でのうわさ話を聞きつけて直行したようだが、練達への遠征で疲れ休養という名のかるい引きこもりになっていたアルメリアにとっては今からの出発である。
厳密には、もっと前から情報は知っていて深緑への侵入方法(具体的には自宅への帰還方法)を模索していたが、空中庭園からのワープも不可能となった今ラサのローレットポータルから陸路を使って地道に進むしかない。
今現在深緑を覆い尽くし近づく者を殺しすらしたという茨を恐れ商人達は移動をやめ、駅馬車すら止まった今、その陸路を見つけること自体が難しい状態であったが……やっと。
「そうね。やっと、戻れるわ」
茨を突破する方法はわからない。
しかし様々な場所を調べ、トライを繰り返せばどこかに抜け道がないとも限らない。
仮にどこにも抜け道が見つからなかったとしても、その事実が確認できるだけで価値はある。
第一……追加情報がもたらされるまで練達のビジネスホテルで寝転んでいるなどということは、彼女にできるはずもないのだ。
「今日トライするのは……確かメシュルーの村だったわよね。村人が皆昏睡状態にあるっていう……」
そこまで喋ってから、コンコンというノックの音がした。
ドアの外からは『お手紙ですー』という配達人の声。名前を照会してからドアの下から滑りこんだのは一通の封筒であった。
表になっていた差出人の名はこうだ。
『あなたのママ、ラウラより』
アルメリアの脳裏に、あのテンション高めの母の姿が浮かんだ。
そっと封筒を開き、畳まれた便せんを取り出す。
ふわりと広がった花の香りとおちた花びら。
まるであの母が文字を通して直接語りかけてくるかのようだ。
あえて、その想像のまま語ろう。とても長くなるのでメカクレお姉さんの甘い声を想像しながら楽しくお読みいただきたい。
『アルメリアちゃん。こんどは竜と戦ったのねぇ』
「竜というよりワイバーン(亜竜)だけどね……」
思わず独り言を漏らしたアルメリアの表情が、ぴたりと止まる。
『ワイバーンだって竜みたいなものよー?』
「やめて! 手紙で私と会話しないで!」
『いいじゃない。最近おうちに帰ってきてくれなくてママ寂しんだもの』
こちらの反応を先読みしたのか、何なのか。得体の知れないすごみにある意味慣れつつ、アルメリアは黙って先の文章を読み始めた。
そして文面は、アルメリアの沈黙を察したかのようにその硬さを変える。
『あなたがこの文章を読んでいる頃には、深緑は眠りの呪いに落ちているでしょう。冬に閉ざされたか、棘に閉ざされたか。夏の嵐……は違うでしょうね。ともかく、私は自分で動くこともできない状態にあるはずよ。
今動けるのはあなたと、今あなたの横にいる親友のフランちゃんかしら。牛乳飲んでる?』
「飲んでる!」
いつのまにか横から覗き込んでいたフランが手を上げた。
『えらいわね~』
「だから会話するのやめて」
『深緑への侵入方法を探しているでしょうけれど、その前にやってほしいことがあるのよ。いいえ、やらなければいけないこと……かしら』
文章の端々に見えた緊張感に、アルメリアたちは思わず身を震わせた。
あるいは、次の文字に。
『あなたを元に作られたホムンクルスが、妖精郷から逃れ姿を消したことは覚えているわね?
あの子がまた姿を現すわ。茨の外で。あなたを待ち構えるようにして』
スウッと、目が細くなる。
覚えているのだ。あの日のことを。
忘れるはずなど、出来ようはずもない。
『あなたの遺伝子を組み込んで作られたホムンクルス。キトリニタス・タイプアルメリア。
元の外見こそあなたに似せたけれど、あなたの持つ才能を異常に増幅しながら己のコピーを大量に生産、捕食、融合を繰り返した彼女はもはや人工の大魔女といって差し支えないわ。
当時のあなたにとってかなりの強敵だったはず。けれど、あくまで当時のあなたにとっては、ね』
含めた言い方に、アルメリアは呼吸を整えた。
目元を隠す前髪の間から、ギラギラとした光がもれるようだ。
『才能を増幅するという行為は、多くの場合時間や未来を代償とするわ。蝋燭の炎を強めたみたいに。
キトリニタス・タイプアルメリアも同じ。増幅させたことでそれ以上の成長が止まってしまっているの。
そらだけじゃないわ。
丁寧に丁寧に、長い年月をかけて、いろんな場所にいっていろんなものを見て、沢山の人に触れて育ったあなたの感性は、あのときと比べものにならないはず。
もう一度、挑みなさい。フェデラーくんもそれを願ってる』
ずきりとしたアルメリアの心を察したのだろうか。
文章はまた柔らかさを戻した。
筆体すらもふわふわとまるいものに変えて。
『この文章を読んでる頃には、あの子はメシュルー村に現れて大樹の嘆きを撃破しているでしょうね。
それじゃあ頑張って! 夜は歯磨きをしてたくさん寝るのよ。あなたを愛するママより☆』
「……」
便せんを畳み、封筒へと戻す。
と同時に再び部屋の外からノックの音が飛び込んだ。
郵便屋ではないようだ。
「アルメリアさん。あんたに伝言だ。大樹の嘆きを撃破して村を調査する依頼は中止。
かわりに、そこに現れたホムンクルスを撃退しろ。だそうだ。
ああそれと、『大樹の嘆き』を簡単に倒すような相手だから油断するなと」
アルメリアは応答し、そして最後に。
「でしょうね」
と呟いた。
- <咎の鉄条>魔女の蹂躙と報いる一矢完了
- GM名黒筆墨汁
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2022年03月04日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●炎の記憶
たとえば無知な子供が、なぜ人は死んではいけないのかと尋ねたとする。
大抵のひとは困ってしまうし、彼女――『緑雷の魔女』アルメリア・イーグルトン(p3p006810)にもその答えを返すことは未だに不可能だろう。
けれど今なら、ちょっとだけだけど答えることできそうだ。
「生きていれば、悔しい過去にパンチを食らわせるチャンスが巡ってくるものよね」
手の中で手紙を強く握り、アルメリアは呟く。
隣を歩いていた『青と翠の謡い手』フラン・ヴィラネル(p3p006816)も同じ事を考えていたのだろうか。
ぎょっとしたように振り向いて、そしてそのリスのようなまるい目にきりりとした険をやどした。
「うん。今度こそ、負けないよ」
アルベド。
錬金術における『大いなる業(Magnum opus)』において賢者の石を創造する段階をさす言葉で、意識変容のメタファーとしても用いられるこれらの単語は妖精郷をめぐる戦いに身を投じていた者たちにとって別の意味をもつ。
というのも、門を再び開通するためのダンジョン攻略の際に遭遇したニグレドという泥のようなホムンクルス系モンスター。これに遺伝子情報を採取された一握りのイレギュラーズが己のコピーともいうべきアルベドを作成された。
(ごく一部の例外を除いて)はげしく敵対し、潰し合い、その多くを滅殺した。
その中で倒しきれなかった個体。それが、キトリニタスという第三段階のホムンクルスとなって立ちはだかったのだ。
個体名を、キトリニタス・アルメリアタイプ。
「毎度毎度、人を試す様な態度が鼻につく奴だったわね。今回もそうかしら?」
少しむすっとした表情で、『雪風』ゼファー(p3p007625)が口に出した。
会話の流れではあるのだが、『黒鋼二刀』クロバ・フユツキ(p3p000145)は意図するところを察して頷きを返す。
「あのホムンクルスは俺にとっても無視はできないものだ。必ずこの剣を……」
直接的な関わりは確かに無いが、クロバにとっては無視できない『一連の災い』だ。わざと砕けた言い方をすると『身内のやらかし』かもしれない。
『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)がやや心配そうにその横顔を見てから、『ん』と小さく唱えた。
(妖精郷の時に倒せなかったキトリニタスがいるとは聞いていましたが……まさか自前でアルベドまで引き連れてくるなんて……ですがかつての私達ではありません。今度こそは)
強く握りしめる手。
そしてその思いは、なにも彼女たちだけのものではなかった。
(前回は力が及びませんでしたが、同じ相手に2度も負ける訳にはいきません)
『月下美人』雪村 沙月(p3p007273)も同じような気持ちを抱き、しかし手には力を込めず、背筋を伸ばしリラックスしたように両手を下ろして歩いている。身構えていないからではない。この状態が、彼女という刀にとって『抜き身』なのだ。
そのことが伝わるのだろう。『隻腕の射手』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)は後ろを歩きながらもぶるりと肩をふるわせた。
(二度も特異運命座標を返り討ちにしたのなら実力は本物……か。
だからこそ、今度はどちらが優秀なのかハッキリさせるべきだろう)
『Le Chasseur.』アッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)が、歩くアルヴァの横顔を少しだけ見た。
「何を考えているんですか?」
「ん? いや……『再び姿を現したことを、その造られたエゴで後悔すると良い』ってところかな」
肩をすくめて言ったアルヴァに、アッシュがなるほどと呟く。
(皆さんは、今回の事件と背景の関連性はあまり考えていないんですね……)
『茨』と『大樹の嘆き』。アルベドがらみの事件とあまりに無関係すぎると、アッシュは思っていた。近くの藪をつつかれたから飛び出ただけだろうか? それとも、これは『同じ藪』なのか?
「降りかかる火の粉を払っているだけ……とも思えないのですが」
つい口に出してしまったアッシュの言葉にアルヴァは首をかしげ、しかしそこで止めた。
先頭を歩くアルメリアとフランが立ち止まり、構えたからだ。
●生み出されたものの宿命
絵画のような美女が立っていた。
あるいは、美術品のような風景がそこにあった。
美しくあれと生み出され、あえて歪に整形されたかのようなそれは、生命への夢と情熱があった。
たった一人の、豊満な体型をした、前髪の隠れた美女が魔女のような帽子を被り、こちらに背を向けている。
「久しぶりね、アルメリアちゃん」
ゆっくりと振り返るその姿に、アルメリアはつい隣のフランの手を握ってしまった。
彼女の顔を見もせず、前だけをしっかりと見たフランはその手を握り返した。
「あれから、どれくらい強くなったのかしら。沢山経験を増やした? お友達はできた? 悲しいことや辛いことも、沢山経験できた? 他人の死は飲み込めた? ああ、ああ、どうしようかしら、聞きたいことが沢山あるわ……」
キトリニタス・アルメリアタイプ。
彼女は頬に手を当て、そして長い前髪の奥でごくわずかに漏れた眼光が――物理的な圧力すらともなった波動としてこちらへ打ち付けてきた。
「フラン――!」
「分かってる! 下がって皆!」
魔法の杖を水平に構えたフランが魔術障壁を展開するのと同時に、その頭上を飛行能力によって飛び越えたアルヴァが魔力宝珠『神風』を起動。フランより更に巨大な魔術障壁を展開すると二重障壁とした。
キトリニタスは間髪入れずに手をかざし、たった一枚の魔方陣を展開した。いや、アルメリアにはわかる。何十枚と知れない魔方陣が超高圧縮された陣術だ。
ドッという暴風のような音と共に吹き付ける純粋な魔力の塊をアルヴァとフランは障壁によって受け止めた。
「っ――」
アルヴァの片腕がたったの一発で吹き飛んだ。いや、片腕だけで済んで良かったと言うべきだろう。よくみればそれは装着していた義手だった。
それ以上の防御をさせないためか、キトリニタスの後ろに控えていたインスタントアルベドたちが一斉に散開。それぞれが魔法を放ち始める。
「こっちはフランと押さえ込む。アルベドを頼む!」
「そうさせて貰うわ」
アルメリアはリング状の道具に片手を突っ込むと腕輪のようにパチンと収縮させた。リング内に生まれていた五つの小さなリングが五指へとはまり、アルメリアの手の動きを完全に読み取って魔方陣を最小限の動きで形成させた。
「SSR3(短縮術式起動第三号)――『ミザリーボルト』!」
ダイヤルを一瞬だけ回すような動作と共にターレット魔方陣が超高速で回転。数十枚の魔方陣が瞬間生成、圧縮――イグニッション。緑色の雷が無数の蛇のようにアルベドへと襲いかかる。集中攻撃をさけて散開したらしいが、それでも痺れから逃れることはできない。
動きの遅れたたったの一瞬。アッシュは露わな片目を大きく見開いて急発進した。10m以上ある距離が瞬きひとつで埋まり、曲刀がズッとアルベドの腹に刺さる。口から漏れた血が草の上にぱたぱたと落ち、アッシュは相手が咄嗟に払った斬撃魔術から飛びのくことでかわした。
腕からのびたワイヤーをひくことで剣を手元へ戻すと、ぱしりと掴んで回転させる。
「手応えは、充分。圧倒できる戦力差……ですが、『私達の足止め』には充分な戦力ですね」
「時間はかけない。侮りもしない。速攻で倒す!」
クロバは自らを急加速させるとアルベドへ接近し、同じく急加速をかけて接近したシフォリィとほぼシンメトリーな動きで連続斬撃をたたき込んだ。
黒と白の奇跡が複雑に暴れ回り、アルベド一体を中心に光の軌跡が交差と往復を数秒のうちに繰り返す。
(悪いなアルメリア、フランたち、俺はあいつと遭うのは初めてだ。
だから何も分かった風な事は言えないが、要するに今度こそ勝てるように、強さを見せつけられるようにやればいいんだな。
――だったらそれは俺の得意分野でもある。云千回と負けて、それでも挑み続けた)
「私達は負けません。止めることも、もはや――」
最後に交差した剣がアルベドを斬り割き、アルベドの身体が泥のように崩れて消えていく。
そんな二人から距離をとり、張りしながら手をかざしたアルベドが魔方陣を開いて魔法弾を乱射した。
生まれる弾幕を前にして、沙月とゼファーはちらりと互いの顔を見た後、肩をすくめ合った。
そして――予備動作は一瞬。ジグザグにすら見える複雑怪奇な歩法で弾幕の1mないスキマを掻い潜りながらアルベドへ距離を詰めるゼファー。沙月はその後ろにつく形で進み、たちまちアルベドの至近距離へと迫った。
沙月は手刀を、ゼファーは十センチ程度の鉄の棒を握りしめた拳を全く同時に、そして奇妙な螺旋を描くようなフォームでアルベドの顔面や腹にたたき込んだ。それも一発ではない。
拳が、膝が、つま先や額や肘が回転のこぎりを押し当てたかのような速度で連続して打ち込まれていく。
最後にはゼファーは仰向けになったアルベドに馬乗りになって両手の拳を打ち込みまくっていた。
フウ、と息をつき沙月に引っ張られる形で立ち上がるゼファー。
横一文字の斬撃めいた魔法が別の方向から飛んでくるが、沙月はそれを手刀によって切り払う。
「キトメリアちゃん!」
そんな中で、フランはキトリニタスへと大声で呼びかけていた。
沙月たちに意識をそらしかけていたキトリニタスは、動いた視線をフランへと戻す。
「前のキトメリアちゃんは強くて勝てるか不安だったけど、なんか今なら勝てそうな気がしちゃうんだ。
海の向こうで神と戦って、ヘンテコなタワーにも挑戦して、ゲームもしたし竜とだって戦った」
沢山の戦いの記憶を呼び覚まし、力ある目でギラリとキトリニタスを睨むフラン。
対するキトリニタスは前髪の間から見えた目でそれを受けた。
物理的な圧力があると錯覚するほどのプレッシャーがぶつかり合い、しかしフランは目をそらさなかった。
「いっぱい大冒険したあたし達は、物語の読者なキトメリアちゃんよりずっと成長したんだ!」
だから、撃ってこい。
フランの挑発はキトリニタスからの魔術弾という形で返された。たった一発の、しかしあまりに強力な衝撃がフランの魔術障壁と身体を貫いていく。
ぐっと歯を食いしばり、倒れそうな身体を踏み留める。
その時、側面から回り込んでいたアルヴァが『神鳴神威』を解き放った。雷がうねり、自らが纏ったそれごとキトリニタスへと強烈な蹴りを繰り出す。
「さっさとくたばれよ、偽物人間」
直撃――したかのように見えたが、キトリニタスの顔面に突き刺さった足がまるで粘土や餅でもついたかのようにからめとられる。ぐにゃんと不自然にゆがんだキトリニタスの頭部そのままで、アルヴァを睨む。
至近距離で展開した魔方陣が光を放つ――その瞬間。アッシュが反対方向から飛び込みその首を切り取った。解放されたアルヴァが転がるように地面へと落ち、その直上を魔法の光が突き抜けて行く。遠い木々がまるでその部分だけくりぬいたように消えた。
「技術系統も経緯も違えど彼女も造られたもの。創造主の意思という軛を解かれて、貴女は何を望むのです」
相手は化物だ。首を切り落とした程度で死ぬとは思っていない。
アッシュは次なる攻撃を――放とうとした所でキトリニタスの手に魔法の刃が生まれた。手刀を払うその動きひとつでアッシュの胸が深く切り裂かれ、鮮血が吹き上がった。
それを浴びながら次なる手刀をアッシュめがけて突き立てようとしたところで、沙月の手首がトンッとキトリニタスの腕に当てられる。
相手の動きを無理矢理に、しかし不思議な物理現象をもって制止させる。足と腕を静かに、しかし洗練された動きで動かすとキトリニタスの全身がはげしく上下反転した。
いや、反転する寸前の無防備な腹めがけて沙月は連続で手刀をたたき込んだ。
「あなたの技は見覚えがあります。『学習』したのですね、あのときに」
圧倒的な連打は口以上にキトリニタスへと訴えかけた。挑発であり、大技を煽るためのプレッシャーだった。
巨大な魔方陣が足元から出現し、沙月をとりこむ。
直感した。回避不能な衝撃が、連続して放たれようとしている。
ならばと構えた沙月――の胴体をとんでもないキックが襲った。否。サッカーボールのように沙月を蹴り飛ばすことで魔法の効果範囲から無理矢理外したのだ。
振り返るとゼファーの姿があった。
ゼファーがたちまち魔法の範囲に包まれる。巧みな身のこなしで魔法の衝撃を逃がしにかかるゼファーだが、それでも耐えきれるダメージではなかったようだ。
回転しながら吹き飛び、木の幹に激突して地面へと落ちる。
ジーンズパンツがボロボロに崩れ、ジャケットも焼け落ちている。
咳き込むように大量に吐血すると、手首と親指をつかって口元を拭った。
「あら、かすり傷だわ? 前はあばらを粉々にしてくれなかったかしら」
挑発的な笑みを浮かべながらも、再び咳き込み血を吐き出す。
巨大な魔方陣が出現。ゼファーを包み込み光を空へと解き放つ。
これで終わりだとばかりに背を向けたキトリニタスへ――クロバとシフォリィ、そして沙月が襲いかかる。
「結局、貴方は本物のアルメリアさんを超えられたのでしょうか?
本物を超えたという事実が欲しいのでしょうが、どこまで行っても本物ありきなんですよ、それは――!」
「計算やパターンを超えなきゃ怪物には何も届かない――だったら、それを成す為に積み上げてきたのが俺の剣だ!!」
シフォリィの剣に火炎のオーラが燃え上がる。
沙月の連続攻撃に更に重ねるように、クロバがガンブレードのトリガーをひき、爆発的に広がった魔力が彼を加速させた。
キトリニタスの肉体を滅茶苦茶に破壊するが、はっきりとした手応えが感じられない。人を殺したような感覚も、感触も得られない。巧みにかわされているのだと感じるが――それでいい。それでいいのだ。
「シフォリィ!」
クロバの叫びが、いわばトリガーだった。シフォリィは燃え上がる剣を、キトリニタスの胸の内側に隠されるように存在していた赤いクリスタルめがけて構えられる。
その時になってやっと、キトリニタス・アルメリアタイプは目を見開き焦りの表情を浮かべた。
シフォリィ一人だけ吹き飛ばすための魔術を解放――したその瞬間。突き出した手首をゼファーが横からスッと握った。
「――!?」
確実に倒したはず。それだけのダメージを与えたはずだ。そう考えたキトリニタスはゼファーが口にくわえていた空っぽの小瓶を見て微笑んだ。
「ああ、アクアヴィタエ」
「そういうこと」
ぐいっと相手の手を自分の胸元に押しつけ、獰猛な肉食獣のように歯を見せるゼファー。その身体を今度こそ魔術が貫くが、それはキトリニタスにとって致命的な『一手損』であった。
シフォリィの剣がクリスタルへと突き立ち、ズンと衝撃が抜けていく。
キトリニタスはよろめき、そして数歩後退した。
「うれ、しいわぁ……こんなに、こんなにィ」
再生する頭部。引きつるような声をあげ、キトリニタスは肉体のなかから転げ出た奇妙な小瓶をくわえてかみ砕いた。中身が溢れキトリニタスの身体から炎のオーラが振り払われる。
そして天空を覆うほど巨大な魔方陣が出現した。
圧縮されたそれの意味を知っているアルメリアが息を呑む――が、フランはその肩をトンッと叩いて笑った。
そして、こう言った。
「勝ったね、アルメリアちゃん」
フランが手の中にあったタロットカードを握りしめると、パキンと音をたてて砕けるように消えた。そして大量に複製された仮想フラン体が、魔方陣から解き放たれた巨大な雷の群れの全てを引き受けそしてたったの一瞬で焼き尽くされた。
フランががくりと膝を突き、うつ伏せに倒れる。
圧倒的な魔法とそれに倒れる少女という構図だが……
フランの顔には笑みが。
キトリニタス・タイプアルメリアの顔には驚愕があった。
両目を見開き口を開き、そして口元には引きつったような笑みが浮かぶ。
視線が、アルメリアでとまったからだ。
魔方陣を大量に。大量に大量に後方に連鎖させ、まるで掌底でも放つように突き出したその動作ひとつで圧縮したアルメリアにだ。
雷。それも、強大な力を圧縮させきった鋭い槍のような雷がキトリニタスを貫いていく。
「ああ、こんなに大きくなって……ああ、うれしいわぁ」
引きつり笑いのまま、キトリニタスが砕け散る。
いや。完全に散ったわけではない。
胸の奥に隠されていたらしいクリスタルが宙を舞い、くるくると回転している。
それが何なのか直感したアルメリアたちは手を伸ばし――たが、それよりも早く黒い風が吹き抜けていった。
あまりに突然のことで身構えてしまったアルメリアたち。しかし自分達になんの影響も起こることはない。変わったことといえば、先ほどまであったクリスタルが消えていたことくらいだろう。
「今の、黒い風は……」
呟いたが、答えるものはいない。それよりも、はっきりしたことがあった。
「どう? 勝ったわ――あなたに!」
アルメリアは吠えるように、天空へと叫んだ。
成否
大成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
『人工の大魔女』に勝利しました
その後の調査によって、近くの木に文字が刻まれていることがわかりました。
魔法の雷によってできた跡で、『次は決着をつけましょうね』と書かれていました。
GMコメント
●オーダー
人工の大魔女キトリニタス・タイプアルメリアを撃退すること。
村の調査が主な目的なので、敵を倒すことや殺すことは目的としていません。
戦闘によって追い払う必要があるだけなので、敵が撤退してくれればそれで充分です。
・フィールド
メシュルー村は深緑国境線付近にある村落で、主に牧場経営によって成り立っています。
幸い茨は村の深緑側(こちらから見れば外側)にあり、村まで侵入することは可能です。
また村人は少なく、主な戦場は広い牧場地帯となるため被害を気にする必要はありません。
事前の情報によると、村人は皆眠りについており、動かそうとすると非常に苦しそうにし危険であるということから避難等々はできていません。
戦場を広げすぎたり長期化しすぎたりすることがなければおよそ問題にはならない筈ですしプレイングに書く余裕もなさそうですが、頭の片隅程度に置いておいてください。
・エネミー
キトリニタス・タイプアルメリア
アルメリアの遺伝子を組み込んだホムンクルスで、ニグレド→アルベド→キトリニタスという進化を遂げた個体です。
いわゆる最強個体ですが、そのせいで力が大幅に増大し、外見や迫力はもうちょっとだいぶ若い頃のラウラ・イーグルトンのようになっています。
広範囲にむけた魔法攻撃などとんでもない威力の攻撃が可能で、EXA値やCT値の高さも含め決して油断できない強敵です。
過去のデータから推測するに、BSの付与や攻撃による引きつけといった一般的な抑制手段はかなりの確率で突破ないしは無効化されている可能性があります。
戦力的には、およそ二年ちょっと前のイレギュラーズ10人程度と同等かそれ以上といった戦力でした。
魔法攻撃の手段は非常に多彩で、広範囲への攻撃のみならず近接戦闘もこなし、頭や腕を吹き飛ばしても自力で修復するという異常な回復能力を持っています。
彼女を撤退させるほど消耗させるには、優れた火力と優れた防御力、更にはそれらを連携させて通用させる作戦を必要とし、更には数人が戦闘不能になる程度の損害を計算にいれつつのプランが求められるでしょう。
また、若干数の『インスタントアルベド・タイプアルメリア』を引き連れています。
こちらはアルメリアを外見的に摸しただけの、低位の魔法行使能力をもったホムンクルスです。
感情や知性をほとんど持っておらず、簡単な戦闘行動だけを行います。
とはいえ無駄に引き連れているわけはなく、こちらの回避ペナルティを狙っての配置の筈なので、序盤から総力で倒しきってしまう作戦がお勧めです。
●参考情報
以下はアルメリアキトリニタスに関する過去のデータです。
過去の事例を調べたい時にご利用ください。
・<夏の夢の終わりに>魔女たちの大戦争(https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/3940)
・<月蝕アグノシア>ワルプルギスナイト・リザーブ(https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/3546)
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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