PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<Sprechchor al fine>My Daddy.

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 憶えて居ないと知った時の気持ち、分かるかしら――Daddy。



「幻想からの依頼です。ノウェル領への介入……大目的としては領内の鎮圧になると思います」
 周りに何枚もの羊皮紙を積み上げて、一番上に乗っていたそれを嘴でブラウ(p3n000090)が降ろす。ひらりとテーブルに広げられた羊皮紙には、ここまでの顛末がびっしりと記載されていた。
 事の始まりは『シュプレヒコール』という通り名の旅人の暗躍であった。精神科医であった、いや今もそうなのであろう。彼は反転現象を病理と位置づけ、人がどの様にして魔へ堕ちるのか研究を続けている。その副産物は当然ながら魔種であり、それを看過すれば増えた魔種たちによって『滅びのアーク』は増大するのだ。
 しかし彼の、そして彼のシンパと思しき敵性存在の居場所はようとして知れなかった。これを突き止めるに至ったのが、先に行われた魔種や旅人との戦闘である。
 少なくない被害はあったものの、結果としてイレギュラーズたちは『アルフラド・ノウェル』という幻想貴族の領地が怪しいと突き止められることになった。
「このノウェル領はメフ・メフィートからずっと西に行った場所にあります。けれど今、この領は皆さんが得たヴィジャ盤がないと、この領地に入れないらしいんです。内側でシュプレヒコールやその仲間たちが、何かしているのだと思います」
 ヴィジャ盤――その破片は先の戦闘で撤退した敵から得たものである。完全な形ではないが、それでも場所をつきとめるだけの力を持っていたのは幸いと言うべきだろう。
「そこへ向かえば、『彼女』もいるのかしら」
「彼女……正義巛巛亜心さんの事でしょうか。ええ、きっと」
 メルランヌ・ヴィーライ(p3p009063)の言葉にブラウは少し考えて、思い至った旅人の名を口にする。メルランヌはそうよと頷いた。
 正義巛巛亜心(せいぎがわ あこ)とは、Tricky・Stars(p3p004734)の片割れである虚と既知の間柄であるらしい旅人だ。しかし彼女は悪に焦がれる少女であり、この世界では魔種と手を組んでいるらしい。
 彼女がノウェル領にいるかどうかという点では、領に入ることのできない情報屋が断定することはできない。されど、シュプレヒコールの傍にいれば悪は生まれてくるのだ。近くに居ればより悪いことができるとなれば、可能性は高いと見て良い。
「グリムさんは――」
 ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)はいなくなってしまった『元』イレギュラーズの名前を呟く。しかしTricky・Stars(p3p004734)はどうだろうかと頤に手を当てた。
 魔種であったエメス・パペトア――そしてその呼び声に応えたグリム・クロウ・ルインズ(p3p008578)。彼らの行方もようとして知れない。エメスの目的は人形とする素材の採取と思われるが、その実グリムを堕とすことが本命だったような気がしてならないのだ。
 イレギュラーズたちが彼らの元から撤退する時。エメスは『心の底から』嬉しそうだったから。
 その時の事を思い出してヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791)はつと目を伏せた。前々から、そして今も。魔種というものは理解しがたい。彼らの抱く欲――求める心を含めて、彼らという存在は得体の知れないモノ。
(貴方もです、グリム様)
 目の前で反転した彼も変わらないのだ。例外など存在しうるはずもなく、きっと次に相対した時だって理解などできないまま戦うのだろう。



 広い舞台のセットは既にはけられて、ステージ上には椅子が2脚。そこに座る少女と女性はスポットライトにあてられている。
 客席は異様なほどに静かで、それでいて満員御礼だ。その様を少女――亜心が瞳に映す。
「すっごいですねえ! この人たちみーんなそうなんですか?」
「ええ、そうよ」
 亜心は目を輝かせて彼女の従える人々を見た。魔種の狂気、その伝播。知ってはいたが、中々見られるものでもない。そもそも魔種が大々的に活動していたら、あっという間にローレットに補足されて討伐されてしまう。
「懲りずにやってくる馬鹿どもをコテンパンにしてやりましょう! 最後に笑うのは悪(あこ)たちなんですよ!」
「悪役の大団円なんて、中々見られない演目ね」
 亜心の言葉にくすり、と笑みを零して。彼女は――アリーは扉へ視線を流した。バン、と大きな音を立てて廊下から開けられる。アリーは望まれざる客にも微笑みを浮かべた。
「ごめんなさいね、もう舞台は終わってしまったの。だから――」
 お引き取り願えるかしら。
 彼女がそう告げると同時。客席に座った者たちが一斉に、ぎょろりと視線を彼らへ向けた。

GMコメント

●成功条件
 魔種『アリー』の撃退、あるいは撃破

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。不測の事態に注意してください。

●フィールド
 ノウェル領主館内。見た目より随分と広い内部には、舞台のあつらえられた大部屋が存在していました。
 客席となる椅子は1人掛けで、重厚な質の良い椅子です。障害物にはなりますが、使い方によっては盾にすることも可能でしょう。

●エネミー
・アリー
 ヴィクトール=エルステッド=アラステアさんの関係者。女優として活動する女性であり、魔種。
 その目的、戦闘スタイルは多くが謎に包まれています。武器を持っている様子ではありませんが、隠し持っている可能性もありますので、油断は禁物です。
 彼女としてはイレギュラーズには帰ってもらえれば良いようです。

・正義巛巛亜心
 Tricky・Starsさんの関係者。同郷の旅人であり、悪役プロデューサーとして魔種と結託しています。
 戦闘能力はありませんが、非常に逃げ足が早いです。攻撃的なリソースがない分、味方(エネミー側)への強力な範囲バフを持ちます。
 前回イレギュラーズを負かしたので気が大きくなっているようです。

・狂気の伝播を受けた人間×15
 アリーの狂気を受けた人間。若年〜中年層の男女たち。これまでにアリーが『愛』したひとたち。身なりからして、普通〜裕福な平民たちが主となるようです。
 狂気の深度はまちまちで、人によっては既に取り返しがつきません。ただし狂気に侵されて間もないようであれば、不殺攻撃で正気に戻る可能性があります。
 狂気の程度によって凶暴性も変わり、言葉も通じなくなっていきます。
 いずれも至近〜近接攻撃を主としています。防御技術はそうでもありませんが、攻撃力が高いです。また、亜心のバフがプラスされます。

●ご挨拶
 愁と申します。
 亜心ちゃんはアリーさんと一緒にいたようです。彼女と良く似たイレギュラーズをこの前見たんですって。
 それでは、よろしくお願い致します。

  • <Sprechchor al fine>My Daddy.Lv:25以上完了
  • GM名
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年03月14日 22時36分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

Tricky・Stars(p3p004734)
二人一役
ヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791)
懐中時計は動き出す
散々・未散(p3p008200)
魔女の騎士
鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾
メルランヌ・ヴィーライ(p3p009063)
翼より殺意を込めて
ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)
微笑みに悪を忍ばせ
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)
タナトス・ディーラー

リプレイ


 一斉にその場にいる者が視線を向けて来たならば、薄気味悪いとしか言いようがない。それは同時に、この客席にいる者たちが須らく舞台上の女優――アリーに魅せられているといって良いのだろう。
 けれど、イレギュラーズたちはそんなことで怯みはしない。
「前回はあんなことがありましたが……もう、誰も堕とさせやしないですよ!」
「できるものならやってみればいいんじゃないですか? ま、亜心たちに負けたままじゃただの遠吠えですね!」
 『航空猟兵』ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)の言葉にぷくく、とわざとらしく笑ってみせる正義巛巛亜心。その姿を見て『二人一役』Tricky・Stars(p3p004734)は自身に問う。
(『私』は亜心を……どうしたいんだろう?)
 彼女に対して怒っているのか、悲しんでいるのか、それすらもわからなくて。ずっとずっと考え込んでいる。
 けれども――今日、会ってしまったから。その答えを出さなくてはならない。
「なんだ、アンコールはしてくれないのか」
「ええ。もうアフタートークなのよ」
 そういう振りなのだろうが、『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)はなるほどねと呟く。舞台上へのスポットライト、椅子は2脚。すっかり舞台もアンコールも終わり切ったつもりの設定ということか。
「だが、これだけ新しい客がいるんだ。2回目のアンコールと洒落込んでもいいだろう? なに、同じ展開は他の客も物足りないだろうから即興劇といこうじゃないか」
「まあ。貴方たちの都合で上演時間を変えろだなんて、そんな事がまかり通るとでも?」
 アリーは小さく眉を寄せた。しかしイレギュラーズに立ち止まっている暇は、ない。
 スポットライトよりも激しく瞬く光。それらが客席の人々の目を焼くように眩ませる。『L'Oiseau bleu』散々・未散(p3p008200)はすぐ後方にいる彼の背を言葉で押した。
「ヴィクトールさま、さあ!」
 駆け出す『ボクを知りませんか』ヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791)。追いつかんとする者にはすかさず未散が衝撃波を放つ。長い脚が客席の間を駆け、舞台へと上がり――アリーの手を恭しい手つきでとった。
 しかしそれだけでアリーの動きは封じられない。すらりとした足が迫ってくるのを受け止め、流すようにして反撃を食らわせにかかる。
 一方、舞台下でもすでに乱闘が始まっていた。名乗り口上で客たちを引き寄せる『鏡に浮かぶ』水月・鏡禍(p3p008354)は、未だ自身へ向かって来ていない客に向けても声を上げる。その間にTricky・Stars――今は稔の姿だ――は自身の周囲に終焉の帳を降ろした。
「今日は眼鏡なんですね。というかあの時麻資郎は死んだし、アナタがなってる麻資郎くんは偽物でしょ?」
「うるさい」
 偽物? そんなわけあるものか。稔と虚は2人でひとつ。これまでも、これからも変わらない。
 鏡禍と共に『微笑みに悪を忍ばせ』ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)が客を引き付け、彼らを狙ってブランシュのメイスから特殊弾が発砲される。その視線は舞台上の端っこに居る亜心へと向けられた。
「亜心さん、悪が栄えたところで、この世は滅ぶしかないですよ!」
「何言ってんです? 滅べばいいじゃないですか。クソつまんねー平和な世の中なんてなくなった方がいいんですよ」
 平和を願うブランシュ。混沌を望む亜心。その言葉は何処まで行っても平行線だろうけれど、いつかどこかで諦めてくれるのではないかと思ってしまう。だって『世界を救うための』イレギュラーズじゃないか。
「ああああああああ!!!!」
 唐突に客の1人が重厚な椅子を持ち上げる。勢いよく振りかぶった先のウィルドはどうにか受け止めるが、ガクリと体勢を崩した。『翼より殺意を込めて』メルランヌ・ヴィーライ(p3p009063)はすかさず鼓舞して体勢を立て直させる。
「そう易々と倒れさせませんわ。今日のわたくしは癒し手ですもの」
 不幸のショウを終わらせ、幕を下ろすためにも。できうる限りの時間は仲間の膝をこの床へ付けてなるものか。
 小鳥のように未散の体は軽やかだ。長い髪が翻り、その軌跡をたどる。
「此方の男性は、もう手遅れのようです」
 瞬時にして眼前へ踏み込んだ未散の掌が廻らせる。しかし亜心がいるからか、存外ダメージは深くない。ウィルドたちが押さえつけてくれてはいるものの、自身らの回復とメルランヌのそれではジリ貧になっていくだろう。簡単に倒れることはないだろうが、早い所決着をつけるに越したことはない。
 そんな彼らを支援するように稔が不調と体力を戻す。まだ――その心は、定まっていない。
「亜心さん! どうしてそんなにも悪に拘るですよ! グリムさんを堕として……こんなことまでして、何が望みなんですよ……?

 ――世界を救うために召喚された旅人じゃないですか!」

 客たちを一掃しようとしながら叫んだブランシュの言葉に亜心は嘲りの表情を見せる。
「誰が世界を救いたいなんて言い出しました? こんな世界に飽き飽きしてる人間呼んだって、はいそーですかって言うと思ってんですか?」
「世界を救いたいとは思わないですか……?」
「これっぽっちも」
 その瞳に宿っているのは世界に対する憎しみか。けれど、正義が許せないからってこんなことをしていては、全世界が滅んでしまう。それはすなわち、自身らも滅ぶということではないか。
 しかし亜心にとってはそれすらも関係ないらしい。のうのうとした世界が残るくらいなら自分ごと消えてしまえ、なんならそれまでは精一杯悪事に加担して悪いことしてやろう、といったところか。
(それなら……第二のグリムさんを生まない為に、ブランシュは……!)
 ここにいる客たちを止め、亜心もアリーも殺すしかない。反転を起こさない為には、魔種を駆逐するしかないのだから。
「おい、故郷や家族は覚えてるか?」
 イズマは冷気でその動きを鈍らせながら客たちへ声をかける。どれだけの間狂気に染まっていたのかわからないが、応えがあるのなら戻ってくる望みもある。間に合う可能性はある。
 進んで人殺しをしたい者など――亜心や魔種は例外的だが――そうそういない。助けられるのなら助けたい、助けられないのなら一思いに楽にしてやりたい。そんな思いはあってしかるべきだろう。
 けれど、現実は無情なものだ。
 鏡禍は全く応えのない、それどころか会話すらもままならない女性にアイアースで反撃していく。手加減をすれば戦闘は長引き、戻って来られる筈だった者さえも戻って来られなくなってしまうだろうから。



「ねえ、どうして私のこと覚えてなかったのかしら」
「どうして、と言われましても」
 ヴィクトールは困惑しながらもアリーへ攻撃を仕掛ける。けれどその攻撃の受け止め方、反撃、どれをとっても――。
(――遊ばれている)
 当然と言えば当然か。魔種1人に対して1人で立ち向かうのは無謀だ。アリーがヴィクトールに対して何らかの感情を抱いていなければ、早々に潰されていただろう。
 しかしそこへの乱入者。美しい挑発をなびかせた小鳥は、唇に弧を描いて囀る。
「美々しくて、哀しいお人。何処かの誰かさんを見ている様ですね」
「何処かの誰か、とは?」
「さて、何方でしょう」
 ヴィクトールの言葉へ肩越しに笑って。そうすると気に入らないというようにアリーが片眉を上げる。まるで子供のようだ。
 ヴィクトールに思い出してもらいたくて、けれど思い出さないものだから癇癪を起したような彼女。愛される女優だというのに、愛し方は随分下手くそらしい。
「私たちを捨てて、忘れて……新しい家族を作っているの? Daddy」
「……はい?」
 とぼけているわけではない。彼女が何を言っているのか、本当にわからなかっただけ。しかしヴィクトールがそのまま呆けて居られる時間はそう多くなかった。未散へ向けて、先ほどより苛烈な攻撃が繰り出されたからだ。
 そのすべてをヴィクトールが庇い、余計にアリーは『ヴィクトールと未散がそういう仲なのである』と思い込む。少し冷静になれば、味方を庇うのは当然のことなのだろうが、Daddy(ヴィクトール)と知らない女を前にしたアリーは娘らしく傷ついているというわけであった。
「――アリー、さんでしたっけ」
「アリーで良いわ、Daddy」
 だって私と貴方は、娘と父親だもの。
 そう告げる彼女にヴィクトールは視線を返す。そこには一切の感情もなく、ただただ目の前の『魔種を見ている』に過ぎなかった。
「貴方がボクを何と呼ぼうとも、少なくとも今の私は貴方を知りません。一切、貴方と私は関係ない」
 何を望まれようとそれを与える義理はなく、何を願おうともそれを叶える義理はない。彼女がどうなろうとも今のヴィクトールが心を動かすことはないのだ。
「だから、死んでくれませんか。本当に私の子だったら少しは悲しいかも知れません」
「……酷いわ、Daddy。泣きそうよ」
 実の娘へ死ねと願う親ならば、四方八方から非難を浴びせられても仕方がない。けれど本当に親子なのかもわからなければ、その瞳に滲む涙さえも演技なのか判別はつかない。
 ただ、本当に親子ならば――憶えていなくとも、彼女をどこかで愛しているのであれば。全てが終わったあとで苦しむのかもしれないとは、思う。
「堕ちてしまったのなら、敬意と親近感を抱いても虚しいだけね」
 その様子を見てひとりごちながら、メルランヌはヴィクトールへ癒しの力を送る。彼女が望むように帰ってやるつもりもない。その支援に合わせて、ブランシュの狙撃がアリーを狙った。
「ブランシュは不殺攻撃ができないので、こちらに加勢なのですよ!」
 その背後ではアリーの狂気に染まった人々が確実にその頭数を減らしていた。当然ながらイレギュラーズも相応に消耗しているが、稔たちの支援を受けつつ自身のイモータリティでしのぎながら耐えている。
「あともう少し……!」
 鏡禍はその身に受けた傷を回復させ、掴みかかってこようとした敵を寸でのところで回避する。そちらへ向かおうとした客をウィルドはブロックした。
「この人は……手遅れです。頼みます!」
「ああ!」
 イズマは鏡禍の言葉に黒の一撃を放つ。膨張したそれは大きな顎となり、相手を呑み込むように開いた。
「助かる人間はこっちだ!」
 対する稔は無力化した人間を戦いに巻き込まないよう、座席の陰へ隠せる後方へと引きずっていく。魔種から離しておけば多少マシだろう。

 二連の蹴り技を華麗に避けるその様は、いついかなる時も女優なのだなと思う。真っ赤なドレスにそのルージュは、麗らかな雪解けの陽気とミスマッチだけれども。
「危ないじゃない」
「存外、足癖が悪いもので」
「Daddy、こんな女より私の方が絶対良いわ」
 先ほど自分がヴィクトールへ蹴り技をかましていたことは横に置き、気に入らないと主張する様は娘らしい。今のところ、彼はちっとも娘だと思っていないのだけれど。
「そう思うのならば、この心の臓を貫いて棺桶送り(ベッドイン)にしたほうが、屹度早いのではないでしょうか?」
「ええ、そう思うわ。だってDaddy、呼び声なんてかけたところで応えてはくれないでしょう?」
 拗ねたような口ぶりで、ドレスの裾を払った彼女の手に暗器が握られる。それを認める間もなく、ヴィクトールの懐へと迫って――。
「――すみませんが、ここからは暫し私の相手をして頂きましょうか」
 滑り込んだウィルドの戦衣が阻む。同時に焦ったような亜心の声が響いた。
「あ、アリーさん! 皆やられちゃいましたけど!? 亜心ちゃんか弱いんですけどっ!?!?」
「それじゃあ、僕たちのことは倒せないですね」
 立ちはだかる鏡禍にうぇっと声を上げる亜心。彼女は攻撃に特化していない分、周囲へのバフを撒いているという。それを阻めるのならそれも良し、そうでなくとも魔種よりよっぽど倒しやすいだろう。
「時間切れね、Daddy。また会いましょう」
「逃げるのか?」
 イズマがアリーへ攻めにかかる。逃すわけにはいかない。魔種は世界の敵だ。彼女を野放しにすれば、被害を被るのは一般人である。
(正義だ悪だと言ったって、それすらも被害に遭うのは当人より無辜な隣人じゃないか)
 気に食わない――イズマは睨みつけるが、アリーは意に介した風もなく首を傾げる。
「貴方も愛して欲しいの?」
「そんなわけあるか!」
 残念、と呟くアリー。その横で盛大に客席の椅子が吹っ飛んだ。それと、亜心の悲鳴も。
「それ投げるとかあり得ないんですけど! 怪力おばさんこわーい!!」
「……まあ。プロデューサー気取りのガキはよほど早々にくたばりたいらしいわね」
 どうしてピンチの時に煽り立てるのか。一度の勝利で大きくなった気も、メルランヌの表情で一気にしぼんでいくのが見て取れるようだ。
「アリーさん!」
「ええ、ええ。急かさなくても大丈夫よ」
 逃げようとする亜心にイズマが黒顎魔王を放つ。逃がす前に一撃でも、と。その顎は僅かだが確かに亜心へ届き、朱を散らす。
「いってぇ!!! なにしやがるんですか、乙女の柔肌傷つけるとかサイアク! 死ね!!」
「帰るのであれば早く帰られてはいかがです? 赤子の様に愚図つくのであれば――おねんねの時間としましょうか」
 未散が取り出さんとしたとっておきにひゅっと亜心が息を呑む。けれど本当に、逃げるのであれば未散は止めるつもりもない。蔓延ってこその悪である。ただ、居るなら殺すぞ、というだけで。
「ブランシュもリミッター解除したですよ。この場を引かないなら……手加減出来ないし、する気もない」
「あーもー逃げてやりますよ! 死ぬならこんな場所じゃなくて盛大に悪いことして爪痕残してやりますから!!」
 それは結局、これからも悪の為に身を費やすという事なのだけれども。ひとまずシュプレヒコールの件からは身を引くようだ。またどこかで相対するのだろう、と鏡禍はその様子を見る。
 去ろうと素早く駆けだす亜心の背中を見た稔は小さく目を細めた。

 別に殺したいわけではないのだ。罪を重ねないでほしいと彼は言う。
 何を言っても彼女が聞く耳を持つわけがない。やるしかないんだと彼は言う。

 2人でひとつ――『Tricky・Stars』という演目は、喜劇でなくてはならない。そのためにはあの女をいずれ、自身の手で殺してやらねば。そう、ようやく決断を下したのだ。
 しかして、亜心に続いて去ろうとしたアリーを稔は思わず呼び止める。亜心は阻止せずとも、魔種を逃しておくわけには。
「やめた方が良いわ。今の貴方たち、私に勝てないもの」
「……っ」
 その言葉は自惚れでもなんでもなく、紛れもない事実であった。万全でないこの状態で、魔種へ立ち向かうことは限りなく敗北に近い結果をたたき出すだろう。
「それでは去る前に、ひとつお答えいただいても?」
 ウィルドの問いかけは、無言の促しが返される。早くしろとその視線は告げているようであったが。
「呼び声に応える……そうして魔種になった貴女は、果たして本当に貴女なんでしょうか?」
 反転現象への研究。ウィルドも興味がないわけではなく、押収される研究資料が見られるのなら見てみたいと思う。最も、自分が魔種になるのはごめんだが。
 魔種へと反転すれば、常人とは異なる力を手に入れることができる。しかしその身が変質してしまったり、精神が歪んでしまっている例もあるのならば、それは本当に『自分』なのだと言えるのだろうか。
 彼女は、自身をどのように認識しているのだろうか、と。
「マナー違反のようだけれど……それじゃあ貴方は、本当に『貴方』なのかしら。貴方は『正常な貴方』なのかしらね?」
 アリーはウィルドへと問い返した。正気であると思っている自身は、本当にそうなのかと。けれどウィルドは反転などしていないし、至って普通の思考だと思う。
 それはきっと、誰もが同じなのだ。人間も、魔種も、例外なく。
「自分が自分なのかなんて、当人にしか分からないわ。私は『私』――Daddyの娘よ」
 かつ、とヒールの音を立ててアリーが出口へ向かっていく。そしてその姿を扉の向こうに隠す寸前、振り返ってこう呟いた。

 ――また、別の舞台で会いましょう?

成否

成功

MVP

ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)
微笑みに悪を忍ばせ

状態異常

ヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791)[重傷]
懐中時計は動き出す
鏡禍・A・水月(p3p008354)[重傷]
鏡花の盾
ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)[重傷]
微笑みに悪を忍ばせ

あとがき

 お待たせしまして申し訳ありません。
 アリー、亜心ともに、またどこかで出会いそうです……。

 それでは、またのご縁をお待ちしております。

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