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シナリオ詳細

<貪る蛇とフォークロア>断章:陰の如く潜む者を暴き立てよ

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●火酒には暑く
 扉を開けば中の空気は淀んでいた。
 白っぽい間接照明のようなランタンの光が店内を仄暗く照らし、椅子や机、カウンターなどの調度品は全てラサの特徴で統一されている。
 一歩踏み入れれば、その場の空気の独特さが身体を包み、嫌な熱気を当ててくる。
 音か気配か、ちらりとこちらを見る者もあれば、構わず酒を煽る者も、つまみをかっくらう者もある。
 ざっと見るに傭兵崩れのような者ばかり。
 構うことなく酒に酔っているように見えて、自身の獲物を直ぐ取れるように手を伸ばしているのは流石というべきか。
(あのカウンターの女……)
 変装を凝らしてはその女へとそっと近づいて、隣の席に座った。
「同じものを」
 バーテンダーにそれだけ告げて、女へ視線を投げる。
 あまりキャラではないかもしれないが、それでも構わない。
 目的は隣のこの女の気を引くためだ。
「ええ……構わないわ」
「前に会った日を覚えてるかい?」
「……どうだと思うかしら?」
 女が、椅子をくるりと回して、身体ごとこちらを向いてくる。
「前会った時よりも少しばかり精悍になったんじゃない? どれほどの修羅場を越えてきたの?」
 女が笑った。嫣然とした笑みからは余裕がありありと感じ取れる。
 けれど、何故だろうか――そんなにも余裕がありそうなのに、同時に怒りを内側に貯め込んでいるようにも見えるのだ。
「『黒き智嚢』ベルガ――鉄帝からの依頼で君と会話をしに来たんだ」
「そうらしいわね。周りにも……9人かしら?」
 ベルガは、グラスの口元をつぅーっと這わせながら、まるで余裕な表情を隠さない。
 ――どうしてこんなことになっているのか、話を少しばかり戻す必要があろう。

●潜み、進み
「――それでは、話を始めようか。
 私はユリアーナという。何人かは私の名前を知ってくれているかもしれないな」
 そう言ってユリアーナ(p3n000082)が声をかけたのは10人。
「ユリアーナ君、鉄帝からの大規模依頼っていうのは知ってるけど、私を呼んだんだい? 他にも9人はいるみたいだけど」
 問うたマリア・レイシス(p3p006685)にユリアーナは少しだけ俯いた。
 どこから話そうかと思案する様子だった彼女は、やがて顔を上げると、ひと先ずはと資料を手渡してくる。
「君達3人は鉄帝国の中で相当に名声を積んでいるから呼んだのだ。それからそちら2人はもしかすると興味があると思ってね。
 君達の中には知っている者もいれば知らない者もいるだろう。
 実は今、鉄帝国の北東部に『傭兵連盟ニーズヘッグ』と名乗る勢力が広域を占領している地域がある。
 この組織は、更に東に勢力を持つノーザンキングスがラサから流れてきた一部の傭兵団と手を組んで組織されたものだ」
 ノーザンキングス。高地の民ハイエスタ、凍結森林の民シルヴァンス、凍土の海を生きるノルダインの三部族から構成される連合国家。
 貧しき北方の中で超大国たる鉄帝国は国を富ませる為に戦争を繰り返す。
 その意味ではまるで興味を持たれていないのがノーザンキングスという勢力だ。
 併呑するには疲れる泡沫戦線。そんな中から一部のハイエスタとシルヴァンスが傭兵団と手を組み、鉄帝へと牙を剥いたのが傭兵連盟ニーズヘッグである。
 現時点で5つの城塞と砦を落とし、多くの町をその影響下に下した彼らは、この数ヶ月間、あまり動きを見せてない。
「なぜ彼らが勢力拡大を停止させ、少なくとも表面上は沈黙しているのか。
 それに関して、我々は『冬』のせいであると推測している。
 彼らは鉄帝でも北東部にある勢力、そのせいで鉄帝の例にもれず冬は休まなくてはならないのだろう、とね」
 つらつらと説明をつづけたユリアーナは、そこまで背景を語り終えるや、口元に拳を寄せて小さく咳を混む。
「で、ここからは君達10人に特別に頼みたいことだ」
「アタシ達にかい?」
 疑問を浮かべるリズリー・クレイグ(p3p008130)は、指名されたという5人を回し見て首を傾げた。
 そうしてユリアーナは「これはあくまで私個人の意見だが――」と前置きをして。
「リズリー君とマルク君については、どちらかというとこの件について気にかかるかもしれないと思って呼んだのだよ」
「僕達と関係があって、ユリアーナさんとも関係があること……」
 少しばかり考え込むマルク・シリング(p3p001309)に、ユリアーナはそのまま頷いて続きを語る。
「私はこれまで、長らく鉄帝から見て不服従勢力と攻城戦を扱ってきた。
 だが、あれは1年半ほど前か。君達と一緒に行なった交渉の後、その不服住民たちは降伏してきた。
 ――ただ2人を除いてね。降伏してこなかった2人は、その後、長らく動きが分からなかった。
 でも、今回、傭兵連盟という勢力の登場からある推測をしてみた」
「どういうことですの?」
「傭兵連盟ニーズヘッグは、鉄帝外のラサの傭兵とノーザンキングス系の勢力が合わさったもの。
 たしかに、ラサの傭兵が対ノーザンキングス戦線へ出るのはこれまであった。
 だとしても、それら傭兵が意図的に手を組むには、ラサとノーザンキングスの間には鉄帝という大きな壁があるはずだ」
「たしかに、ラサからヴィーザル地方に渡るには、鉄帝国の領土を横切らざるを得ませんが……」
 ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)が首を傾げれば。
「ラサから鉄帝に流れてヴィーザル地方まで『まとまった数が気づかれず動く』というのは難しい。
 ――だがそれは、前提として彼らが何の頼りもなく行動したらの話だろう」
「なるほど、つまりこう言いたいのでありますな? 『ラサから鉄帝に入ってくるルートが出来る前に、鉄帝からラサに入ったやつらがいる』と」
 考え込んでいたエッダ・フロールリジ(p3p006270)が顔を上げて言えば、ユリアーナが静かにうなずく。
「君達には、この鉄帝国から逃亡し、ラサへと入った『黒き智嚢』ベルガという女と接触してほしい」
「ベルガ……どっかで聞いた名だね」
 リズリーが言えば、マルクとマリアも同じように聞き覚えがありそうだ。
「あぁ、こいつらは君達と一緒に砦側と交渉をした際にその交渉会場にいた女だ。
 彼女は交渉会場から退いた後、数ヶ月も立たぬ冬のうちに他の全員を捨てて行方をくらました。
 今回、改めて調査してみて、彼女が『至極真っ当な方法で真正面から鉄帝とラサの国境を超えた』ことが分かった。
 これが一番の問題でね。彼女のラサへの逃亡には、一切の突ける点がない。ラサへ移動する一点について、彼女は真っ白だ」
「逃亡した理由が悪であっても、移動の仕方に何の問題もない以上、鉄帝側からラサへ引き渡すよう言ったり、無理矢理連れ戻すのは難しいってことだね」
 考え込んでいたマルクが言えば少しばかりの悔いを残す表情でユリアーナが頷いた。
「正解だ。自分で言うのも恥ずかしいが、我々はそもそも頭を使うことや腹芸の類がさほど得意ではない。
 だから君達だ。今回、私がヴァレーリヤ君、マリア君、エッダ君の3名を選んだのはまさにそこだ。
 君達は鉄帝国における名声はイレギュラーズの中でも上位にあたる。
 君達ならば鉄帝から派遣されたことを示しながら、イレギュラーズであるがゆえに文句を言わせないこともできるだろう。
 もちろん、かなり難しいミッションになると思う。だから、これは招集こそしたが参加は自由だよ」
 ユリアーナは静かに言い終えて、こちらに視線を投げかける。
 説明のまま、差し伸べられるように伸びた手には、親愛と信頼が滲んでいた。

GMコメント

さて、こんばんは春野紅葉です。
そんなわけで、『至極真っ当な方法で異国へ渡った敵と接触してほしい』というお話になります。

【<貪る蛇とフォークロア>断章:】EXシリーズは
『それ単体を追わなくとも長編シリーズシナリオは長編として楽しめますし、
 こちらは此方で単体でも楽しめますが、合わせて見るとより楽しめるかもしれない』と言った形になります。
 そのため、特に排他などは設けません。

※名声値について
当シナリオは成功時に鉄帝名声増+ラサ名声微増の形となります。
失敗時にも鉄帝悪名増+ラサ悪名微増の形になります。

●オーダー
【1】ベルガと対話を行ない、傭兵連盟との関係性を確認する。
【2】可能であればベルガを捕縛、鉄帝へ連行する。

●フィールド
 ラサ北部にあるオアシス都市の酒場です。
 室内は広く戦闘にも問題はありませんが、遠以上の射程では多少狙いにくい場合も考えられます。

●エネミーデータ
・『黒き智嚢』ベルガ
 酒場のカウンターにて優雅に安ワインを煽る人間種らしき女。
 リズリーさん、マルクさん、マリアさんは『銀閃の乙女と平穏を望む者:https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/4122』にて遭遇しています。
 当シナリオに参加される場合、覚えておいででも覚えてない形でも構いません。
 上記シナリオの終了から数ヶ月以内に砦にいた人々を捨てて逃亡し、ラサへと正規手続きで入っています。

 かつては黒一色の衣装をまとっていましたが、ラサの環境の関係か、今はどちらかというと青に近い黒の衣装に身を包んでいます。
 戦闘方法は炎を用いる魔術師のようです。なお言葉遊びを好み婉曲的対話をしてきます。
 戦闘が始まるかは皆さん次第ですが、戦闘時には明らかに手を抜いているように感じられます……。

・傭兵崩れ×10
 店内にいる傭兵くずれどもです。傭兵ではありますが、どちらかというとならず者の類。どことなく狂気を孕んでいるようにも見えます。
 あまりよろしくない者達であり、万が一倒したとしていかようにもいいわけが効く相手です。
 戦闘が始まればベルガと共に皆さんに牙を剥くでしょう。
 崩れと言えどラサの傭兵、油断できない実力はあります。
 武器は銃や刀剣類などが多く、室内での取り回しも良さそうです。

●攻略ヒント(この辺りを考え、ほぼ決め打ちで問うてみても良いでしょう)
【1】ベルガはかつて、ハイエスタ系の集団を死地にも等しい城塞の廃墟へ誘導しています。
【2】集団の長トールによれば、彼女はその城塞にて1年半弱の籠城を決め込み、徹底して抗戦するようトールを誘導しています。
【3】にもかかわらず、イレギュラーズとの交渉後に時を経ず逃亡し、指導者を失った籠城組は降伏しています。
【4】奇妙なことにベルガは敢えて鉄帝から足がつきやすい正規ルートでラサに入りました。それはもしかすると正規ルートが故の利点を突いたのかもしれませんが、そもそもばれなきゃいいはずです。
【5】また、彼女と共に先述した砦での交渉後に姿を消したディーターなる鉄騎種も消息がつかめていません。
【6】そもそも彼女は逃亡先としてなぜラサを選んだのでしょうか。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はB-です。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、非常に不明点が多く、不足な事態への警戒が必要です。

  • <貪る蛇とフォークロア>断章:陰の如く潜む者を暴き立てよ完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年02月25日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

郷田 貴道(p3p000401)
竜拳
サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
マリア・レイシス(p3p006685)
雷光殲姫
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
リズリー・クレイグ(p3p008130)
暴風暴威
リースヒース(p3p009207)
黒のステイルメイト
ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)
微笑みに悪を忍ばせ

リプレイ

●蛇のように
(ノーザンキングスやらニーズヘッグやらが暗躍してくださるのは、幻想の貴族としては有り難いことですがねえ……
 どうせほっておいても他のイレギュラーズや、最悪徹底の脳筋共が解決するでしょうし)
 対話と交渉を続けるイレギュラーズ達を横目に、伏して酒を飲むのは『微笑みに悪を忍ばせ』ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)だ。
 ギフトの効果でがっつり怪しまれつつも、胡散臭い男が酒を飲むという状況が不思議でない店なのか、警戒のようなものはされていない。
(さてさて……出入口はほかにあるのでしょうかね……)
 ちょろちょろとファミリアーのネズミを走らせて様子を窺ってみる。
(ベルガ君か…あの砦で取り逃がして以来だね。
 今度はそうは行かない。ユリアーナ君にも少しは楽をさせてあげたいしね)
 店内に入ってすぐ、明らかに目立つ女の背中を見つけ歩みを進める『雷光殲姫』マリア・レイシス(p3p006685)はその日の事を振り返りつつ、視線で『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)を見る。
(ふうん、和平交渉をぶち壊しにしておきながら、その足で……どういうつもりですの?
 彼らとてあの場で和平を結べていれば、より良い待遇で降れたはず。
 私も帝国に思うところはあるけれど、そういうやり方は好みませんわ)
 対するヴァレーリヤは事前に目を通した前回の報告書を改めて振り返りながら、目標の背中に視線を向ける。
「ベルガ君、久しいね。砦での一件依頼かな? 私のことは覚えているかい?」
 仄暗い店内、目立つ青に近い黒服の女、ベルガの隣に座ったマリアに、ベルガが艶のある笑みで返す。
「ええ、もちろん。覚えてるわ、こちらにとってもあの日は忘れがたい日なのよ?」
「そうか、それなら話は早いね。少し話をしたい。何、安心しておくれ。こちらからいきなり襲いかかるつもりはない」
「そうでしょうね、襲い掛かりたいのなら入ってきたときにしてるでしょうから。
 それで……何が聞きたいのかしら?」
 ベルガがマリアの方を向く最中に視線で店内を探ったのをマリアは見逃さない。
「君はあの砦で、明らかに先のない長期の籠城を狙っていた。
 補給も満足に出来ず厳しい環境の中、遅かれ早かれ終わりが来ることは君にも分かっていただろう? 何故だい?」
「あら、早速の本題かしら? ふふ。せっかくだし、先にそちらの考えを聞いてみてもいいかしら?」
「これはあくまで私の予想に過ぎないが、長期化させることにより鉄帝の部隊一部を引き付け、あるいは注目させて、
 他のノーザンキングス達の動きから目を逸らさせ結託する時間を稼ぐ目的があったんじゃないかい?」
「なるほどねぇ……そうなのだとしたら、私は一体、何のためにそんな真似をするのかしら?
 死ぬかもしれない、あるいは捕縛されるかもしれない。そもそも、成功したとしてそれほど旨味があるかしら?」
「そうだね。これは私の仮説だ。けど、君は明確な目的があってあの事件を起こしたんだろう」
「流石に前回の撤退は早すぎたからね。トールの件が上手く行くかどうかは別に、元々ズラかるつもりだったとしか考えられない」
 結んだのは『戦華』リズリー・クレイグ(p3p008130)である。
「とくれば、籠城そのものが傭兵連盟の結成、ないしは戦力の移動のための時間稼ぎや陽動である――って考えるのは当然だろ?」
「あら、久しぶりね」
「あぁ、そっちこそ息災なようで何よりさ」
 互いに、多分な挑発のニュアンスを込めて笑いあう。
「そうねえ、貴女の言う通り、私が陽動であれば、元々眼が南に行きがちな鉄帝が北の巡回網を更に減らす……みたいなことかしら」
 強兵は富国のためにある、そうである以上肥沃な南方こそが敵――それは鉄帝の常だ。
 元々が自国領土と海ばかりのある北に目が向くようなことはほとんどない――可能性がある。
「となれば、アンタが今ここにいるのも陽動、なんなら捕まるのも折り込み済みなんてのもあり得る」
「あら、どうして? 私が自殺願望を持っているのかもしれないでしょう? 籠城も、今回のも」
「それは……違う、だろ」
 言い切ったのは『横紙破り』サンディ・カルタ(p3p000438)だ。
「ま、ラサ出身なら目に見えてクセがあるぐらいがちょうどいいや。
 だとはいえ、そう簡単にこっちが騙されてやるとは思うなよ」
 ほんの一瞬言い淀んだのは、それが正真正銘、徹頭徹尾の大嘘であるとも言い切れないように感じたからだが。
「あらあら、初めましてね。お名前は?」
「そうだな、自己紹介と行こうか。俺はサンディ。
 鉄帝の名のもとに!ってわけではねーんだな、とりあえず俺はね。
 どっちかといえば領地はラサにある位だ。出身は幻想だしさ。貴族は大っ嫌いだが。
 んだから別に、その方が儲かると思えば、ラサの領民総出でお前を追い掛け回してもいい」
「まぁ、そういえば聞いた覚えがあるわね。ご領地にはあんまり出向かれてないんじゃない?」
「――へぇ、どこでそれを?」
「ふふ、内緒。どうせ答えてもつまらない答えにしかならないし。
 で、なんだったかしら? あぁ、私が自殺願望を持ってるってのが嘘って話だったわね。
 どうしてそう思うの?」
「まぁ、勘みたいなもんさ」
「そっ。勘なら仕方ないわね」
「それよりも、何かもっと『お得な情報』があるんじゃねーかと思ってさ。どうだ?」
「お得な情報、ねぇ……貴方達にとってお得な情報を私が渡せるかしら?
 情報は上手く使えるかどうかでしょう。私がお得と思っても貴方達にとっちゃそうじゃないかもしれない。
 まぁ、逆も然りなわけだけれど」
 そう言って嫋やかに笑う彼女を見ていたサンディは、先程よりもなお『濃い』深い謎があるように思えた。
(なんだ、今の……! とびっきりの隠し事がある気がしたぜ……!)
「あら? どうかしたのかしら?」
 そういう女の微笑が、先程よりも悪意に満ちているように見えたのは、気のせいだろうか。
「へへっ! じゃあ次は私ちゃんも自己紹介と行こうかな!」
 普段通りの調子で続ける『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)に少しばかり驚いた様子のベルガは、すぐに表情を笑みに戻して。
「こんな分かりやすく動くだなんて、お誘いは有り難く受け取らせてもらったよ
 で、私ちゃんらのほうから会いに来たってわけ! ヒューッ! ワイルドだぜえ! これがゼシュテルスタイルってやつ?」
「ええ、お誘いを受けてくれたことはよくわかったわ。
 そうよねえ、これもまたゼシュテルスタイルって奴なのかしら」
「いやー、籠城してた城塞どうだった? 後で降伏したんだってさ!」
 すっとぼけた様子からスッ、と表情を真面目にして秋奈が問えば、目の前の女も楽し気に笑っている。
「でしょうねえ。元より投降しない理由なんてないもの。
 食料は尽き、指導者達は降伏。ついでに降伏した相手は死んでいない――なんてことを知らされたんじゃあ、保つ狂人はいなかったわよ」
 回顧するように眼を閉じて言えば、ベルガは首を傾ぐ。
「あ、そうだった。ディーターって人、知ってる?」
「ええ、もちろん。彼がどこにいるかと問われると、それは難しいわね」
(ったく、面倒くさいのは嫌いなんだがな?
 闘うなら闘う、闘わないなら闘わない……はっきりして欲しいもんだぜ)
 対話を眺めながら『喰鋭の拳』郷田 貴道(p3p000401)は内心に溜息を漏らす。
 今のところ、互いに威嚇をし合っているようなものに思えた。
 実際、ざっと周囲の傭兵に気配を配れば武器に手を置いていつでも戦えるようにしているのは見えている。
(HAHAHA! 今回は俺好みの展開になりそうだ!)
 まだ戦っていないのは、恐らく。
「ミーには真意なんてモンは読めないが、他国に居るって情報をわざわざバラしたのは、イレギュラーズに辺りを付けたからじゃねえかい?
 正規ルートで鉄帝が口出ししにくい状況なら、ローレットが出てくるのは無い話じゃねえしな」
 口を挟んでみれば、ベルガが表情を綻ばせて笑う。
「そうね、貴方達が来るだろうと期待はしてたわ。
 彼らはどっちかというと搦手とか苦手だし、ラサとの交渉とか、絶対に止めておきたいでしょうし?」
 そもそもその手合いの事が上手い国であれば、幻想との戦争をもっとうまく運べているのだろうから、と。
 緩やかにベルガが笑えば、それにつなぐようにヴァレーリヤも口を開く。
「ラサに何をしに来ましたの? 傭兵連盟に新しい戦力を仕入れるつもりかしら。
 それとも、古代遺跡にあった兵器を操作できる術式や魔術師を探しに?」
「傭兵どもなら、連盟連中に参加して戦場に行きたいって奴らもいるでしょうから、そっちはその通りね。
 けれど、あれを操作できる術式も魔術師も、いるとしたら鉄帝の中でしょうね」
「戦力調達……それも本気ではないのでしょう。
 鉄帝との兵力差は歴然。多少の戦力を補強した程度で勝てるとは、貴女も最初から思っていない。
 ハイエスタを見捨てた事から察するに、あの地に根を下ろすつもりもない。違うかしら」
「あははは! ええ、そうね。負けるでしょうねぇ」
 初めて、ベルガが愉し気に大笑した。
 余裕を見せるための笑いではなく、思わず漏れてしまったような、そんな笑みだ。
「……貴女の本当の目的は何? 一体何のために……いえ、誰のために動いていますの?」
 表情を少しばかり険しくしたヴァレーリヤが核心を問う。
「――それは最後まで取っておきましょうか。全部のカードを最初から提示してしまうのもつまらないでしょう?」
 口元に人差し指を寄せて、再び余裕ありげに笑みを戻す。
「……話を戻そうか。僕らは必ずしも敵対しているわけじゃない。要件によっては協調できると思ってる」
 そう告げたのはマルク・シリング(p3p001309)である。
「ふふっ、そうだと良いわね」
「その言い草だと、君は僕らと敵対していると解釈してもいいのかな?」
「そうねぇ、遅かれ早かれ、敵対するでしょう。貴方達は私を殺さない選択肢を選べないわ」
「……君の敵は僕らだってことかい? それとも、鉄帝やラサが敵で――僕らがその依頼を受けると?」
「全部正解と言ったら?」
「……つまり、君の敵は――」
 この世界か――と。言いかけた言葉を噤む。
 揺らめくように、ベルガの身体から魔力が零れだす。
「ふふ、その言葉はまだ言わないでおきましょう? だって――それをしたらこの交渉は成立しないもの」
「交渉の意思はあるってこと? もしくは、君自身が囮なのかな」
「そういう事にしておきましょう?」
 どっちに対しての、『そういう事』にしておくのか。
「……今度はラサの遺跡狙い? ラサから鉄帝に兵力を移動できるなら、ハイエスタをラサに送り込む事も可能だよね?」
「いいえ、ラサの遺跡には用事はないわ。でも、そうね。貴方の言う通り、ハイエスタをラサに送り込むぐらいなら出来るでしょう。
 やるかどうかはともかく、ね」
「それで、結局のところ、キミと傭兵連盟のカンケイはどうなのかな!」
 それは今回の依頼の大本、腹芸なんてやってもしょうがないとばかりに問うたのは『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)である。
「なんて言えばいいのかしらねぇ……元朋友、現利用し合いの関係、かしら?」
 言い淀むというよりも、単純に言い方を考えたような間の後、さらっと言い放つ。
「オレとしては、キミは陽動だと思う。他の人達も言うとおりね!
 で、実際にコトが起こりそうになっているのはヴィーザル側か帝都側かな? 天義や幻想の国境沿いもあり得るのかな?」
 コトを動かすのなら、と問いかければ、彼女は曖昧に笑みを残す。
「まぁ、実際のところ、私は陽動ってのもその通りなのだけれど。
 さて、どこで起こるのかしらねぇ……天義やら幻想やらの国境線に事を起こすのは面倒よ。
 流石にそこまで戦線を広げれば、きっと戦力がもたないでしょう」
「そこまで言っていいのかな?」
「ええ、だって今頃は手が結ばれてるでしょうし」
「……手が結ばれてる? ――もしかして、ノルダイン、とか?」
 傭兵連盟ニーズヘッグは、ラサからの傭兵と、ハイエスタ、シルヴァンスの一部が手を組んで構築された小規模勢力だ。
 ノーザン・キングスを構築する三大部族の内、ノルダインのみ、唯一手を結んでいないということになる。
「ふふ、もうじき、新しい戦力が合流するんじゃないかしら?」
 ほぼ肯定に等しい言葉を告げて彼女は笑う。
「あぁ、そういえば、貴方の話、1つ答えそびれたわね。
 私と傭兵連盟の関係だけれど……私ね、元々はラサの傭兵だったのよ。
 ラサから鉄帝に入り、鉄帝からラサに入った、ただの傭兵」
 くすりと零すように笑い、緩やかに席を立つ。
「私は判じ物は苦手だが、これだけはわかる。御身は戦で利益を得るのが得意な性質の人間……。
 戦を軽々しく巻き起こし、利益を得るものを私は許さぬ」
 気配を消していた『葬送の剣と共に』リースヒース(p3p009207)は、その動きに初めて動いた。
「否定はしないわ。それで、貴方達はどうするの? まぁ、言うまでもないけれど」
「当然、悲劇が起こる前に、捕まえねばならぬ」
「でしょうね」
 そういうや、パチン、と彼女が指を鳴らし、店内にいた傭兵達が立ち上がる。
「さて、そろそろダンスパーティの時間よ。残るお話は後にしましょう?」

●結末の見え透いた戦い
 にわかに戦闘態勢を取った傭兵達を見ながら、リースヒースは自分の考えを纏めていた。
(何度考えても、この女が採りうる策は推察できなかった。
 あるいは、そもそも存在しないということか。
 ヴァリューシャやリズリーの言う通り、彼女は捕縛も作戦のうちということも考えられるか)
「おっと失礼、少しばかりお待ちいただきますよ」
 そんなリースヒースの視線の向こう側、ベルガの後ろにてウィルドが立ち上がる。
「気にせずとも、どこにも行かないわよ」
「おや、驚かれないのですね」
「えぇ、貴方、初めて見るもの。知ってる? ここの店、殆ど新規客来ないのよ。
 常連の殆どが傭兵崩れのならず者だから」
「なるほど、そういうことでしたか」
 肩を竦めるばかりで驚いた様子を見せぬベルガにウィルドは小さく呟いた。
 そんな店にイレギュラーズが来店した日に、新規の顧客が偶然にも同席する――なんてのは都合がよすぎるか。
「オーケー! 売られたケンカは全部買うのがゼシュテルの流儀だよ。
 キッチリ白黒付けるまでやり合おうじゃないか!」
「単に闘いたいってツラでもねえ、ミーと同類には見えねえしな。
 たぶんミー達に何かさせたい、あるいはさせたくないんだろうが……。
 今はどうだっていい。ミー達にとっつかまってから、存分に話してくれよ?」
 獰猛に笑うはイグナートと貴道の2人。
「よーし! ウィルドっちと私ちゃんが相手だー!」
 堂々と動いた秋奈がベルガの前に立ち様に愛刀を走らせた。
 邪道なす三連撃を奇襲とさえいえる速度で斬り結ぶ。
 太刀筋がベルガへ迫るその寸前に描かれた魔方陣を切り刻み、肉を切り裂いた。
「拙いわねえ……」
 ぽつり。2度目の三連撃を撃ち込むより前、ベルガが最低限の動きで躱す。
「う~ん、流石に死ぬわけにはいかないのよ」
 その背後からウィルドは右手を撃ち込んだ。
 けれど、その拳の力はベルガへぶつかるよりも前に現れた障壁に勢いの殆どを殺されてしまう。
「ふぅん……私の抑えは2人かしら?」
「くくっ、こちらから手を出さないとは言っていませんよ?」
「そりゃあそうでしょうね……どうしようかしら?」
 緩やかに首を傾げ、ベルガが呟いた。
「HAHAHA! こんな狭い所で俺とやろうなんて、お前らツいてないな?」
 豪快に笑って、貴道が走る。
 ここからは自分の出番。待ちに待った闘争に胸が躍る。
 放たれる銃弾、それを最低限の体捌きで躱して一気に肉薄。
「そんな獲物でミーを止めれるか?」
 懐へと潜り込んで、挑発を込めて笑ってやる。
 表情に驚きを浮かべるそいつの顎へ、真っすぐに拳を叩きつける。
 直線軌道のアッパーカットに、脳震盪を起こしたのかそいつがくらりと体勢を崩す。
「端から手加減する気はないが死んでも知らないぜ!」
 そのまま体重を乗せて撃ち抜く拳。
 無限を思わせる連打を受けて、そいつがふらりと倒れこんでいく。
「――主の御手は我が前にあり。煙は吹き払われ、蝋は炎の前に溶け落ちる」
 聖句を紡ぐヴァレーリヤが、手を翳した先に炎の壁が姿を見せる。
「――まぁ、いいわね、綺麗な炎」
 静かに、ベルガが笑ったのを見た。
 けれどそちらを意識を向けている場合ではない。
 刀剣を構えた傭兵がヴァレーリヤの方へ近づいてくる。
「ここから離れるつもりはありませんわよ――」
 メイスに灯るは美しき炎。
「どっせえーーい!!!」
 揺らめく聖火のようですらあるそれを握りしめて、思いっきり殴りつけた。
 剣でそれを受け止めんとした憐れな傭兵は、剣を弾かれ直撃した。
 炎の魔術とメイスの重さ、そこに加わる鉄騎の馬力――ただの突撃、ただの打撃は、異常な衝撃力を生んだ。
「こうなっては仕方ない。今回は逃がさないよ?」
「ふふ、逃げられると思ってないわ。こう見えて私、貴方達のことを高く買ってるのよ?」
「それは思ってもみなかったね」
 紅雷を鎧に、全身へと紅雷を纏ったマリアは、更に出力を上げた。
 紅は、白へ転じ――砲弾と化した自身を射出する。
 文字通りの雷霆となって翔けたマリアを止められる者などいない。
 カットラスらしき物を構えた傭兵は、鮮烈に輝くマリアの閃光を受けて、手から獲物を零す。
 倒れるほどではないが、精神を削り続ける紅の雷に、片膝をついた。
「貴方達、外の事もしっかり警戒してるみたいだし。
 前回みたいに私の事をフリーにしてくれそうにもないもの。
 馬鹿の一つ覚えみたいに私を自由にしてくれたら逃げたのだけど」
「それはウソだね。外には伏兵はいないはずだよ」
 小さく欠伸をして言ったベルガにイグナートが告げれば、彼女はくすりと笑って。
「やっぱり警戒してるのね。やれやれ、一網打尽にされたくなければ、本気を出したらどう?」
 肩を竦めていったベルガの言葉の意味は、すぐに分かった。
 向かってくる傭兵の気迫が上がった。
「――そういうことか」
「クソがっ! 最初からそのつもりかよ! ……悪いが、俺達も負けるわけにはいかない!」
 向かってくる傭兵が舌打ちする。
 充実した気力を燃やして告げたイグナートに傭兵が警戒するように注意を向けてくる。
「さぁ、誰からでもいいよ」
 動きを読み合いながら、イグナートは笑ってみせた。
「悪いね――」
 リズリーはそれだけ言い捨て、ベアヴォロスを思いっきり薙いだ勢いのまま、ランドグリーズを振り下ろす。
 勢いと重心に任せた力づくの振り下ろしに、傭兵がたまらず体勢を崩す。
 そのまま後退したそいつは後ろにあったテーブルを盛大にぶちまけて倒れこんだ。
「このテーブル、どうにも邪魔だね」
 乱雑に蹴り飛ばしてテーブルを入口の方へと吹っ飛ばすと、一歩前に出た。
「くそっ……騙された、どういうつもりだベルガ!?」
「さて――ねぇ。文句があるなら先代に吼えたらどう?」
 激昂する傭兵に、ベルガが嗤う。
「なるほどねえ、アンタ達もアイツに騙された口かい?
 ――残念だったね。アイツ、相当の悪女だよ」
 どうにも、この店にいる傭兵とベルガにもなにがしかの関係性がありそうだと思いつつ、リズリーは剣を振り抜いた。
 リースヒースは冥送のテネブルーズを構える。
 漆黒の旗が風も無くはためき立てれば、紋章を持たぬはずの旗の内側に、満月が浮かび上がる。
 闇色の月が淡く鮮烈に輝きを放てば、輝きに包み込まれた傭兵達が振り向いて弾丸を撃ち抜いた。
「御身は戦いにおいて常に自分にとって利のあることをする手合いだ。
 たしかに御身は陽動だろう。だが、それでは『ラサで陽動を起こす理由にはならない』……。
 御身がここで陽動を行なったのにはそれ自体にも理由があるのではないか」
「あらあら、初めて会ったはずなのに、よく分かってるじゃない。うーんでも、それ以上は言って欲しくないわね」
 そう言って、答えを牽制するようにベルガが魔術を行使する。
 紅蓮の炎がリースヒースを貫いた。
「そいつらには何も分からずに死んでもらわないといけないの――でないとアンフェアでしょう?」
「まさか、御身がフェアだのアンフェアだのを語るとは……」
「ふふ、驚いてもらえるなら嬉しいわ」
「……今回の交渉の対価は最初からこれか」
 掌に魔方陣を浮かべたマルクは、一斉に魔弾を発射する。
 軌道を事前に設定した弾丸は複雑な軌道を描いて仲間を躱し、傭兵のみを撃ち抜いていく。
 眩く輝く閃光弾に、呻く声がする。
 傭兵の動きとベルガの口調を見れば、彼女が最初からイレギュラーズとここにいる傭兵を戦わせたかったのだとは容易く理解できた。
(……でもそうなると、僕達へ大量の情報hを流すだけの価値がこの傭兵達に存在してることになる?)
 マルクにはおおよそそうは思えなかったが――。
「なるほど、『価値』は人それぞれだ――ってこのことか」
 ナイフを投擲しながらサンディは思わずつぶやいた。
 イレギュラーズ達にとっては情報の対価とするには安すぎる。
 だが、彼女にとってはそうでもないのだろう。
「気になりますねぇ……それだけ多くの情報と自分の身をカードにすることが傭兵崩れを数人倒すだけというのは……随分と対価が偏っている。
 人によって価値はそれぞれなのだとしても、流石にこれでは釣り合っていない」
 ベルガを抑えるウィルドは思わず呟いた。
「でしょうね。それでも私はあいつらには『訳も分からないうちに地獄に落ちてもらわないと気が済まない』のよね」
 くすりと笑うベルガだったが、その表情の奥に深い憎悪と怒りが宿っているのを、ウィルドは見た。
「なるほどなるほど。でしたら今回の戦いで貴女は貸し借りなしということでよろしいのですね?」
「ええ、構わないわ。――これで貸し借りはなしよ」
 ベルガがウィルドと張れる程度には含みをある笑みを浮かべてくる。
 顔を上げたベルガの視線の先を見れば、貴道が最後の1人となった傭兵を攻撃しているところだった。
「HAHAHA! 自分の運の悪さを呪うんだな!
 お前らを倒すことがミー達にさせたいことだってんなら――なおのこと手加減なんてする理由もないな!」
 それは最早、独壇場と言っていい状況だった。飢えた狼のように牙を剥いた拳の鮮烈たる有様は、リングというにはやや広く、戦場というにはあまりにも狭い空間に置いて、貴道の存在を際立たせている。
「簡単に死ぬなよ――」
 懐へ入り、まずはとばかりに打ち込んだ左手を以って勢いをつけ、一瞬のうちに身を落としてアッパーカットを叩き込む。
 瞳を得た龍が空へ舞い上がるように放たれた拳に、顎が砕ける感覚を感じ取り、最後の連撃を叩き込んでいく。
 崩れ落ちていく傭兵。その姿を見ながら、秋奈は一歩前へ。
「さーて、これであんただけだぞっ! 神妙にお縄につけっぇい!」
 双刀を振るい、変幻に描く無双の防御攻勢。秋奈の猛攻を受けながらもベルガの調子は落ち着いている。
 攻めは手を抜いている。あまりにも露骨に。だが、その一方で『守り』に手を抜くというのは中々どうしてやりにくいものだ。
 次の太刀を入れんとした秋奈に、ベルガが小さくため息を吐いて。
「参ったわ。降伏よ――なんて、そちらもこうなるのを分かってた人もいるようだけど」
 そう言って、ベルガは両手を上げて降伏の意思を示した。

●残り火を消すように
「さて――残る質問は何だったかしら?」
 捕縛されたベルガは首を傾ぐ。
「ベルガよ、御身は囮で、本体はディーター。
 此度ローレットが御身と対峙したことを利用し、ラサ、ニーズヘッグ、鉄帝の間に大いくさを起こす気であろう。
 自由に動けるローレットを押さえているうちに火種は燃え盛る。おおむねディーターがどこぞかで挙兵しているのであろう?」
 リースヒースの問いに、ベルガは肩を竦めた。
「そうしたいところだけど、ラサを巻き込むのは無理でしょう。
 この国は国というにはだいぶんと緩やかだし、せいぜい傭兵を戦力として追加で起用できるぐらいね。
 貴方の言う通り、ディーターがどこぞかで挙兵してるのなら、まぁ、彼の任務が終わったのでしょうね」
「ディーターの任務っていうのは、ノルダインを巻き込むとかだろうね」
 イグナートが確認すれば、ベルガは否定をしない。
「貴女の本当の目的は何? 一体何のために……いえ、誰のために動いていますの?」
 取っておきましょう――そう言ってはぐらかされたその問いを、ヴァレーリヤは改めて問うた。
「君が何者か? というのは大いに興味があるね」
 ヴァレーリヤの問いかけに応じるようにマリアが言えば、ベルガは思い出したように笑った。
「あぁ、そう言えばそうだったわね。その前に少し、昔話をいいかしら?」
「……えぇ、今更ですし、構いません」
 他の仲間が頷くのを見てから、ヴァレーリヤが言えば。
「ふふ、良かった。それじゃあ、話させて頂戴な。
 そう、昔々のお話。あの国が、北方の超大国ゼシュテル鉄帝国がまだ存在してない――或いはしていてもまだ小さな国だった頃。
 今の鉄帝国の中部に小さな国があったのよ。いわゆる先史超古代文明のひとつ、と言い換えてもいいわね。
 その国はある魔獣を神と崇めていた。神に願い、隣国を征服しようとしたの。
 最初は良かったわ。魔獣の力もあって、隣国を西方に追い詰めた。――けれどその隣国がある兵器を使ったことで形勢は逆転、魔獣の国は滅ぼされたの」
「もしや君は、本当に鉄帝からラサに追いやられたノーザンキングスの一部族の末裔だったりするのかい?」
 マリアの言葉に、ベルガは小さく笑う。
「ふふ、その通りよ。私は、祖国が神と崇めた魔獣の事を知りたかったわ。
 だから、どこにアレが眠ってるのか、探りたかった」
「――まさか、その魔獣というのは」
 ヴァレーリヤは先程までの話を反芻しながら、声を漏らす。
「流石にここまで言えば、分かるでしょう? ニーズヘッグ――私は、その魔獣を神と崇めたある超古代文明の国の民を始祖とするの」
「祖国の神を、見たいとでも? それが、貴女の本当の目的? じゃあ、貴女はニーズヘッグを封印から解き放つために……?」
「えぇ、そうよ」
 確認するようにヴァレーリヤが問えば、平然と彼女は笑った。
「でも、それがどうして傭兵連盟と関係するんだい?」
 マルクが続ければ、ベルガは微笑を残す。
「私の大目標のために、彼らの――戦争屋の小目標が必要だから」
「なるほど、だから利用し合う関係なのか。君にとっての目標を果たすのに、傭兵連盟の目標は手っ取り早いとそういうことか」
 マルクの言葉にベルガは否定しなかった。
「……待て、それだとおかしい。アンタは傭兵連盟を元同朋と言ってただろ。
 アンタの言う通りなら、アンタと傭兵連盟の関係性は、最初から利用し合うものってことになるぜ?」
 サンディが言えば、ベルガが小さく笑う。
「ええ、そうね。鉄帝以前に滅び去った国が私の祖国だと知った時、あの国に愛着が無くなったの。
 だから、傭兵へ移り住んだわ。そこで、ある傭兵団に入団した。それが――」
「傭兵連盟――いや、正確にはその前身ってことさね。
 ……なら、いつなんだい? いつアンタは、『自分の祖国の神様を見たい』なんて夢想を始めたんだい?」
 リズリーの問いに、ベルガはじっと見つめ返してくるだけだ。
「――こればかりは、内緒にしておきましょうか」
「今まで言ったことが正しいと証明できるのか?」
「ええ、知りたければ私の故郷に行くといいわ。――全部燃やしたからあればだけれどね」
 サンディの言葉にさらりとそう告げて、微笑んだ。

●最後の問い
 鉄帝への護送を終えた後の事だ。
 イレギュラーズはまだ1つだけ残っている疑惑を考えていた。
「結局、あいつの正体はなんなんだい? 内通者がいるってんなら、鉄帝まで護送したところで意味がないだろ」
 リズリーは思わずつぶやいた。
「そうだね、それも考えてるけど、僕はもう1つの方が最悪だと思う」
 何やら考えていたマルクは、顔を上げた。
「なあ、マルク……最悪ってさ」
 その様子に、サンディも思わず言うのだ。
「……例えばだけど、彼女が反転してるって可能性はないかな?」
「……それはほんの少し、俺も思ってたんだ」
 サンディはベルガと相対していた間、常に感じていた異様な感覚を思い出す。
「そうだよねー! あいつと戦ってる時、私ちゃんも思ってたぜい!
 やっぱさ、自分が攻撃する時に手を抜いても、守りに手を抜きにくいんだろ。
 あいつ、人間と戦ってる感じしなかったんだぜ?」
 守ってる時の手ごたえは、間違いなく恐るべきモノだったと秋奈も言えば。
「それに、自殺願望がどうこう言ってる辺りからは『嘘を言ってるけど嘘を言ってない』気がしたんだよな」
 サンディが頷いた。
「……仮に、彼女が魔種であれば、あの余裕は全て説明が行く。
 本気で戦えば僕達10人と渡り合ってもどうにかできるかもしれないのが、魔種だ。
 それこそ『内通者がいなくても鉄帝の護衛を殺して逃亡する事』だって、やろうと思えばできる――はず」
 マルクは推測を形に変えていく。
「なるほどね、あいつが魔種ってんなら、余裕なのもこっちといつかは敵になるってのも頷ける話だ。
 ってなると、護送中の兵士達が危ないんじゃないかい? ただの兵士が魔種を同行できるかね」
「それは……うん、そうだけど。今から行って間に合うかって言われると……分からない。
 彼女がこっちが正体を予測して対応するまで待ってくれるとは思えない」
 リズリーの問いかけに、マルクが静かに答えれば、リズリーは思わず短く笑った。
「貸し借りゼロってのはそういうことかい。
 こっちに大量の情報をくれてやる代わりに、傭兵を片付けさせて、自分はトンズラとはね」
 ――あの時の借りを返すには、まだ足りないらしい。
「……彼女からは深い怒りを感じました。
 本気で『我々を使って彼らを倒すことに意義があると思っている』顔でした。
 なんともひねくれた憎悪に思えましたね」
 結んだのはウィルドだ。
 その口調からは、彼女が魔種であると仮定した時の属性を思いついているように見える。
「しかし、自分達が何でこんな目に当てるのか分からない状態で捕縛されることがその怒りを晴らす方法とは……
 一体どういう状況で思う感情なのでしょうねえ」
 それに答える者は誰もいなかったが、そこに彼女が反転した答えが潜んでいることは確信に近いものがあった。
 そう言いながら、ぽん、と落とした新聞の一面にはラサの傭兵崩れが多数捕縛されたという情報が載っている。
「オレ達がベルガに戦わされた奴ら、犯罪者だったんだよね。
 ――数ヶ月前にリーダーが突然の変死を遂げて半壊した盗賊団紛いの傭兵団の生き残り」
 イグナートはその一面を見る。
 『上半身だけ骨一つ残さず焼けて死んだ傭兵』が団長だったという傭兵団の生き残りをローレットが捕らえたというその話が、彼女と関係するのかはとんとしれないが。

●災炎の魔女
 ――――――同時刻、鉄帝国内部、帝都へ到る国道上
 馬車の中、厳重に魔術的、物理的拘束を施された女がゆっくりと目を開く。
「さて。イレギュラーズの人達ならそろそろ私の正体に気づくでしょうし、この辺りが潮時かしら」
 ゆっくり立ち上がり、少しばかり派手に暴れてみせる。
「おい貴様、やめろ!」
 止まった馬車、護衛の兵士が中に入ってきて、座らせようと触れた所で、ベルガは自分の身体を無理やりに後ろへ落とす。
 バランスが崩れた兵士の後ろに回って、拘束具を縄代わりに縊り殺す。
『鉄帝の兵士っていうのも、存外雑魚ばかりなのね。この程度の雑魚ばかりなら、最初から別の行動をしたらよかった』
「き、貴様、同胞を! それに、何を言う、女! 我々を挑発するのか!」
 次いで入ってきた護衛の兵士が言えば、ベルガはくすくすと笑って。
『――あら、怒っちゃった? ふふふ、そうよね、憎いわよね、腹が立つわよね! ええ! そうでしょうとも!
 でも、事実、貴方達すごく、弱いものねぇ』
 独特な声が響く。
 それは、挑発にしか聞こえないのに、何かを誘うような声である。
「き、貴様……!」
 剣を抜いた兵士が、飛び掛かってくる。それを利用して拘束を砕き、馬車の外へ。
『ねぇ、どう? 苦しい? 憎い? あはは、私の事、殺したくなってきた?』
 笑う。哂う。嗤う。
 原罪の呼び声が、兵士達を狂わせていく。
 紅蓮の炎が馬車を焼き、『掻き立てられた憤怒に満ちた兵士達の声が』雪原に響き渡る。
 嘲りの籠った魔女の声が響く中、炎上した馬車は焼き尽くされ、兵士達の同士討ちが終わる頃には、魔女の姿はそこには無かった。

 正気に戻った鉄帝軍兵達が、自分達の身に起こったことをローレットへと報告するのは、それから数日後の事だ。
 屈辱に満ちた鉄帝兵達の被害は、『最初にベルガに縊り殺された1人を除き、1人も死者を出すことなく、殺す前に気絶させられていた』という。
 それを奇跡のようでさえあるが、兵士達を気絶させた攻撃が炎の魔術であったことを踏まえれば、それは奇跡などではないのだろう。
「脱走の機会をもらった代わり、私は最小限の損害で鉄帝兵から逃れる。これで、貸し借りはなしにしましょう」
 ――などと嘯く魔女の台詞が、参加したイレギュラーズには聞こえた気がした。
 ここに、ローレットへとまた1人、魔種の存在が記録される。
 『黒き智嚢』ベルガ。魔獣ニーズヘッグの信奉者である彼女は、兵士達が掻き立てられた感情から、『憤怒』属性の魔種であると。

成否

成功

MVP

ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星

状態異常

なし

あとがき

お疲れさまでしたイレギュラーズ。
もう一つのフォークロア。
こちらでは誰が何の目的で、何を目指して戦いを行なっていこうとしているのかが明かされたりしていくでしょう。
MVPは重要な幾つかの答えを聞きだしたヴァレーリヤさんへ。

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