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シナリオ詳細

<美しき珠の枝>きさらぎの風

完了

参加者 : 20 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●きらさぎ、うたう
 年の暮れに、刑部卿指揮下でとある『掃除』が執り行われた。
 人知れず行われたその掃除は、鬼人種(ゼノポルタ)の角を蒐集する精霊種(ヤオヨロズ)を捕縛すると言うものだった。神使(イレギュラーズ)たちの協力の下、刑部省は小笠原・弘鳳という男を捕縛した。
 ――しかしこれは、始まりに過ぎない。
 弘鳳と言う男は蒐集家であり、彼の所業に関わった者たちはまだ安穏と暮らしている。幾つもの下部組織と元締めの組織が絡んでいる事等想像に易い。
 この件において、刑部卿は『箝口令』を発した。弘鳳と言う男が捕らえられた理由を鬼人種に関わるものだと知れぬよう、屋敷で働いていた使用人や潜入した神使に決して口外しないようにと伝えたのだ。鬼人種に関わる事件に刑部省が動いたと知れば、この悪事に噛んでいる連中が鳴りを潜める可能性があるからだ。
 よって弘鳳の案件は、表向きには『朝廷内における汚職行為』と公表された。

 ――罪状。
   ひとつ、無辜の鬼人種を傷つけたこと。
   ひとつ、無辜の豊穣の民の命を幾つも奪ったこと。
   ひとつ、主上に仕える身でありながら――……。

 御簾を風が揺らした。墨が乾くのを待ちながら己が書き上げた書簡――表向きの悪事ではなく、刑部省で保管するための正しい罪状が記されたもの――の抜けを探していた男は、揺れる蝋燭の火に惹かれたように顔を上げた。
「衣更着か」
 読んで字のまま、幾つも衣を重ねてもまだまだ寒さの厳しい季節のことである。締め切った室内は火鉢が温めてくれているが、何処か隙間が空いていたのかもしれない。定期的に換気もすることもあってか、男は立ち上がり、窓の木戸を開けに行った。
 窓から見える八扇各省の集う院はしんと静まり返っている。灯りが煌々と焚かれているところは少ないのは、既に遅い時間だからだ。男も常ならばとうに家族の元へと帰っている刻限である。
 そんな院内で、宮内省の辺りに灯りが焚かれている。『追儺の儀』の準備で忙しいのだろう。
 追儺の儀とは方相氏と呼ばれる役職の者等が行う『鬼』――疫鬼や疫神を払う儀式のことである。鬼人種に排斥的な者等は敢えて『鬼遣らい』と呼称する。鬼は出ていけ、と。
 ス、と表情から感情を削ぎ落としたような顔となった男は窓から離れ、また文机の前で正座した。所謂残業という行為を厭う男がこの時間まで働いているのは、故あってのこと。
 ――必ずこの地から無辜の鬼人種を狙う輩を排除する。
 それが男の大願。そのためにこの位に就くことを受け入れた。
 質の良い紙にさらさらと筆を滑らせていれば、机に活けられた桃の枝がふと視界に入る。蕾もまだないその枝は、男の娘が今朝くれたものだ。桃は魔を祓うものとして追儺の儀でも桃の木で作った弓が用いられる。男を案じてくれる娘のためにも、男は鬼人種を脅かす存在を排除せねばならない。愛しい子等のため、そして数多の鬼人種たちの未来のために。

 刑部卿、鹿紫雲・白水(p3n000229)はローレット宛の密書を書き終え、筆を置いて浅く息を吐いた。国の未来を案ずるが故についため息めいてしまうのはいけない事だと思い、夜空を見上げる。
 きらとまたたき零れ落つる、星ひとつ。
 兆すは凶星か、否か。

●雨雲
「豊穣の高天京で調査をしてもらいたいのだけれど、行ってもらえるかな?」
 どうやらパイプが出来ているらしい刑部省の者から預かった巻物を手に、『浮草』劉・雨泽(p3n000218)はいつも通りゆるく首を傾げた。
 君の貌を見て依頼を受けるつもりがあると見て取ると、雨泽は巻物――刑部卿からの密書の内容を説明する。
「場所や相手によっては数日通ってもらうことになるかな。調査内容は――」
 一度口を閉ざした雨泽はひと段階声を抑え、内緒話をするように告げた。
 ――鬼人種の角の密売をしている者や、狩りをしている者の情報、と。
 ニッコリと笑ってから、雨泽は続ける。
「被害にあったと思われる鬼人種の噂とか、実際に被害に会った人の居場所とか、そういうのも知りたいみたいだね。情報はたくさんあったほうがいい。こういう場合、1割でも情報が生きれば御の字って感じだからね。根も葉もないような噂でも知りたいのだって」
 刑部側も隠密で動くが、情報は大いに越したことはない。
「注意点は……僕等が神使だとバレないことと、刑部が調査に乗り出していることがバレないこと、かな。相手が無害そうな相手でも、何処に他の人の耳があるか解らないし、その人が『そういえばこんなことがあってね』って誰に話すかは解らないからね」
 そして、情報を聞き出すには怪しまれないことが一番だ。怪しまれると『こういう質問をしてくる怪しいひとたちが居た』という噂が広がり、悪人の耳に入る可能性もある。そういった事態だけは避けねばならない。
「あ、そうそう。前回押収した角なのだけれど、これは条件があるけど貸し出せるよ。条件は後から告げるから、希望する人は僕に教えてね。
 それから、えーっと。あ、ジルーシャ」
「アタシ?」
 紫の髪を見つけた雨泽がおいでおいでとジルーシャ・グレイ(p3p002246)を手招き、はいと綺麗に畳まれた紙片を手渡す。頼まれていた佐吉と末吉の住所だよ、と。彼等は郊外に植木屋の店舗兼住まいを持っている。
「あら、ありがとう」
「行ってもいいし、行かなくてもいい。それは君の自由だ。
 後は……ああ、綾姫」
 また手招き、君にはこれと手渡すのは、布でくるんだ包み。
 蓮杖 綾姫(p3p008658)ならば、一度手にした『刃物』は重さで解るのだろう。受け取ったそれが曰くのある――『角を切っていた鋸』だと気付いて、小さく吐息のみが溢れた。
「刃物は君が詳しいでしょう? 出処が知れると、刑部が嬉しいのだって」
「ええ。では、お預かりします」
 作り手がもし知れたなら、そこから納品先等を刑部省が割り出してくることだろう。
「そんなところかな」
 気負わず、のんびり観光でもする気分で行ってきてよと、雨泽は軽く笑うのだった。
 容だけの笑顔で――。

GMコメント

 ごきげんよう、壱花です。
 お待たせいたしました。如月になりましたので豊穣のお掃除の続きとなります。
 タイトルの『きさらぎ』は漢字を当てるなら『鬼』と記します。

●成功条件
 有力な被害側と加害側の情報を掴むこと
 情報漏洩をしない
 (刑部省が動いている/神使であること含む)

●シナリオについて
 鬼人種虐待絶対許さないマンが刑部卿に就任しちゃったのであら大変★
 叩けば出る出る、豊穣に蔓延る鬼人種が被害にあっている悪事の数々!
 刑部卿「この機に洗いざらい綺麗にするから覚悟するがいい!」(意訳)
 ――という訳で、段階を踏んでいくので暫く続きます。今回は調査パートです。
 被害者と加害者の情報を集め、小さいところから潰していき、最終的に総元締めを叩き潰したいなと刑部省が動いていきます。
 しかし、この情報が漏れる事は望ましくありません。悪人が「暫く大人しくするか……」「神使ってあのやばいやつらだろ?」と隠れてしまいます。刑部省が動いていること、そして神使であることは隠した方が良いでしょう。何も知らない一般人にも、悪事を働く者たちにも知られること無く情報を集める必要があります。

・前回『美しき珠の枝』 ※読む必要はありません。
 https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/7061

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●プレイングについて
 一行目:行き先【1】~【3】
 二行目:同行者(居る場合。居なければ本文でOKです)

 一緒に行動したい同行者が居る場合はニ行目に、魔法の言葉【団体名+人数の数字】or【名前(ID)】の記載をお願いします。その際、特別な呼び方や関係等がありましたら三行目以降に記載がありますととても嬉しいです。

 例)一行目:【1】職人町
   二行目:【お掃除隊3】(※3人行動)
   三行目:仲良しトリオで行動だよ。職人町で塗師の所へ行ってみようかな~

 情報収集のためにNPC等に話しかける言葉は、具体的に。『セリフ』でお願いします。そのセリフが有効であった場合、良い結果が得られることでしょう。
 怪しまれる、無理を通す、先に手を出す、等といった問題が生じなければ戦闘は発生しません。
 調査行動を行いたい時間帯を『朝昼夕夜』から選べます。特に指定がなければ昼間の扱いになります。夜は花街以外、酒家帰りの人か脛に傷を持つ人にしか会えない可能性が高いです。例外もあります。

・調査対象区分【高天京】
 広く発展し、住人の多い高天京で調査をします。
 今回は高天京が舞台なので住人は殆どがヤオヨロズです。『神逐』以降マシになってきてはいますが、鬼人種への差別は根深いです。ひとはそう簡単には変われません。差別するひとも居れば、好意的なひとも居り、興味のないひとも居ることでしょう。
 ヤオヨロズの一般人たちは、基本的に『鬼人種の角が狙われる事件が起きている事を知りません』。どうして? という顔をするでしょう。悪人たちも、知っていてもそういう反応を返すことでしょう。

『長屋通り』
 点在しています。町人たちの基本的な住まいです。
『職人町』
 鍛冶師、材木店、左官、組木職人等、様々な職人が店兼住居を構えている場所です。
『大通り』
 廻船問屋、呉服屋、茶屋、質屋、小物屋等が立ち並んでいます。
『盛り場』
 水茶屋、床見世、芝居小屋などが立ち並び、棒手振りや屋台の露店商で賑わっています。軽業や手品、講談などの見世物小屋等もあります。
『花街』
 夜の町、花街です!!口が堅いです。

 ※花街を除き、飯屋や茶屋、酒家は点在しています。

【1】被害者情報を集める
 調査対象区分から行き先を選び、被害者の情報を集めます。

【2】加害者情報を集める
 調査対象区分から行き先を選び、加害者の情報を集めます。

【3】その他
 他にやりたいことがある人向け。前回の登場人物に会いに行く、または高天京外で何かを行えます。(ジルーシャさんは此方を選択してください)
 前回の登場人物に会いに行く場合、選べるのは一名のみです。情報期待度は低いです。弘鳳と松人はお縄に付いたので会えません。
 また、澄恋(p3p009412)さんが参加された場合、希望すれば雨泽からの情報開示があり、助けた男の子に会うことが出来ます。

●証拠品『鬼人種の角』
 前回集めた証拠品の内、『鬼人種の角』を刑部省から借りられます。
 これは『前回の参加者』もしくは『先日直接刑部卿に会った人』に限り、解決するまでその人が所持している扱いになります。(解決後、刑部省に返却)
 一人一本まで借りられます。プレイングで仲間の誰かに譲渡することは可能ですが、一度所持した人が刑部省の所に余っていたとしても新たに借り受ける事は出来ません。また、一箇所に集める(全員が一人の人に渡す)ことも可能となります。譲渡可能対象者は『同じ行き先』の人のみです。(『【1】職人町』までの合致)
 前述の通り、善良なヤオヨロズの民たちは角と言われても首を傾げますが、提示方法によっては何らかの情報が出る可能性があります。
 また、悪人にも同様です。彼等は隠しているので口が固いのですが、提示方法によっては何らかの情報が出る可能性があります。
 言うまでも無いことかも知れませんが……どちらの場合に置いても、角だと言って唐突に見せるのは怪しまれることでしょう。

・刑部省が保管している角
 金・銀・瑠璃・硨磲・瑪瑙・珊瑚・玫瑰 ……めいた角。
 上記条件に当て嵌まる貸し出し希望者は、【三行目】に【金の角】等、希望の角を記してください。また、他の人と被らないように相談をして担当を決めてください。(被った場合、どちらにも貸し出しはありません)

●EXプレイング
 被害者(もしくは情報を持っている町人等)・加害者の関係者が居ましたら、どうぞ。
 本シリーズに今後登場するかもしれません。(登場を確約するものではありません)
 今回は『そういう情報があったよ』の体になるかと思います。

●同行
 弊NPC、劉・雨泽(p3n000218)が同行しています。
 刑部省に伝えたいこと、もしくは彼に話したいこと等ありましたら掴まえてください。基本的にウロウロしているので、何処に居るかなーと探せば『全ての行き先で』黒い笠が見えることでしょう。一応、情報収集(甘味処で休憩してたり、酒場で呑んでたり)をしています。
 ※種族を知られることを嫌うので、種族特徴を明かすような行動を弊著SS以外で行う事はありません。


 それでは、イレギュラーズの皆様、宜しくお願い致します。

  • <美しき珠の枝>きさらぎの風完了
  • GM名壱花
  • 種別長編
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年03月02日 22時10分
  • 参加人数20/20人
  • 相談10日
  • 参加費100RC

参加者 : 20 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(20人)

チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
水瀬 冬佳(p3p006383)
水天の巫女
ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
鏡花の癒し
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
三國・誠司(p3p008563)
一般人
蓮杖 綾姫(p3p008658)
悲嘆の呪いを知りし者
瑞鬼(p3p008720)
幽世歩き
幻夢桜・獅門(p3p009000)
竜驤劍鬼
トキノエ(p3p009181)
恨み辛みも肴にかえて
耀 澄恋(p3p009412)
六道の底からあなたを想う
物部 支佐手(p3p009422)
黒蛇
マグタレーナ・マトカ・マハロヴァ(p3p009452)
彼方への祈り
郷田 京(p3p009529)
ハイテンションガール
ブライアン・ブレイズ(p3p009563)
鬼火憑き
月折・社(p3p010061)
紅椿
嘉六(p3p010174)
のんべんだらり
プラハ・ユズハ・ハッセルバッハ(p3p010206)
想い、花ひらく
唯月 清舟(p3p010224)
天を見上げる無頼
猪市 きゐこ(p3p010262)
炎熱百計

サポートNPC一覧(1人)

劉・雨泽(p3n000218)
浮草

リプレイ

●美しき珠の枝
 神に祝されし国に、憂いなく。
 騒乱の世は終わり、まさに泰平が訪れた。
 安寧だと世の春を歌うが如く晴天の下に雲はなく、美しきかりし神威神楽。
 ――けれども、そうではないことを知っている者たちがいる。政(まつりごと)の上に立つ者、国の手足となって務める者、その協力者。そして――悪事に手を染めている者。
 世の春は今だ遠しと嘆く者、密かに数多あり。
 今こそが世の春だと腹の裡で嗤う者、暗冥にあり。
 ひとつひとつを摘み取らねば、真に平らかな世は訪れまい。
 まずは密やかに獄人を苦しめる問題からと刑部省が神使等の手を借り立ち上がり、

 神使捕物帳<美しき珠の枝>――ここに啓かれる。

●散らぬとも、散らすとも
 きさらぎの風が、神威神楽を駆け抜ける。
 身に染みるような寒さを感ぜさせる風だが、肉体労働をしていればそれでも汗が吹き出してくる。高天京の郊外で植木屋を家族で営んでいる末吉は吹き出た汗をふうと拭うと、視線を京のある方角へと向けた。ザリと土を踏む、ひとの気配がしたからだ。
 末吉が『彼』に気付いたことに、彼もまた気が付いた。ひいらりと振られた手に大きく手を振り返した末吉は「じいちゃん!」と店内へと駆けていく。
「ハァイ、久しぶりね! また会えてよかった。二人とも元気そうで嬉しいわー♪」
「俺も会いに来てくれて嬉しいよ。な、じいちゃん」
 香り袋と蜂蜜が甘やかに香る手土産とともに訪れた『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は庭の縁側へと案内された。寒いから上がっていくかと問われたが、お庭が見たいのとジルーシャが望んだのだ。
「お仕事は上手くいってる?」
 近況を問えば、『あれから』の事が明かされる。
 勤めていた使用人たちは散り散りになったが、刑部省は約束通り働き口を探してくれた。
「俺たち、刑部卿のお屋敷の木々も任せられたりするんだ」
 笑う末吉は楽しげで、そうなのと微笑むジルーシャの胸からトゲがひとつ抜け落ちる。
 ずっと、不安だった。彼等の居場所をなくしてしまったこと。そして、引き離してしまったこと。
「ね、マリとはあれからどうなったの?」
「どう……も、ないぜ?」
 他国と違い、この国に便利なものは溢れていない。住所や戸籍が定かでなければ、一期一会が至極当然だ。
「やっぱり? それじゃあ、ね――」
 まだプレゼントがあるの。
 末吉の手に、紙片を握らせた。雨泽に『お願い』して得た、マリの勤め先である。
 後は、末吉次第だろう。

「此方でしょうか?」
 きさらぎの冷たい風に着物を揺らしながら、『花嫁キャノン』澄恋(p3p009412)は寒そうに枝を伸ばす木の向こうへと視線を向けた。そこにあるのは、長く続く白塗りの塀。塀の外から見ても、そこが寺であることが解る。幾度も修繕された跡のある塀からして、その寺は決して裕福であるとは言えない。――けれどもそれは、それを修繕出来る程度には金があると言うことの裏返しでもある。修繕出来るほどの金の工面が出来ない寺社など五万とあるのだから。
 刑部省から話は通っているのだろう。同行している『幽世歩き』瑞鬼(p3p008720)と共に寺男に案内されて庭を歩めば、子供たちの賑やかな声が響いてくる。元気そうな声に瑞鬼の口端が自然と上がり、それを見つけた澄恋も穏やかに笑む。ひどい目に合いはしたが、男の子は元気に過ごせているようだ。
「あ、お姉ちゃん!」
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
「元気だよ、友達もできたんだ」
 駆けてきた少年の背丈に合わせて屈んだ澄恋はまたお会いできて嬉しいですと微笑み、傍らの瑞鬼を『豊穣で名のある神使で友人』だと少年へと紹介した。
「わっぱ、名は?」
「……そーた」
 響きしか解らぬ少年に、寺の者たちは蒼太という字を当てはめたらしい。今日の空のような角を持つ少年の頭を、瑞鬼は優しく撫でた。
「思い出したくない事かもしれませんが、宜しければあの日のことを話しては頂けませんか?」
 知らない人もいることもあってか少し緊張した様子の蒼太と少し遊び、彼の気持ちを解してから澄恋は切り出した。
「あの日のこと?」
「拐われた日のことです」
 澄恋の言葉に蒼太はきょとんとして。
 そうしてふるふると頭を振った。
「僕、かどわかされていないよ。家のために奉公に出たんだ」
 あの屋敷――小笠原邸で一時期働き、そして被害にあった者たちは全員浚われていない。成人して家を出た者なら別だが、子を浚えば探し回る親や周囲の反応から少なからず足がつく。それを幾度も重ねれば必ず刑部省に嗅ぎつけられる。故にひとつで満足の出来ない――幾度も罪を重ねる蒐集家は、そのような愚は犯さないのだ。拐かされたと思い込んでいた澄恋は、思わず瑞鬼と視線を交わす。刑部省で足取りを掴めていないことから知れていた事ではあるが、『敵』は相当に頭が切れるようだ。
 この国以外でも、奉公にあがるというのはよくある話である。育ちがそれなりによくともそれよりも格上の家に行儀見習いとして奉公に上がったり、貧しければ少しでも食い扶持を稼ぐために幼いうちから働きに出る。貧しければ貧しいほど仲介ではなく『買い』の可能性が高くなるが、それならば尚の事、親は周囲に吹聴しなくなる。子を売った等とは言わず、子は家のために奉公に出たと語ることだろう。
 少年は辿々しくも懸命に、状況を思い出して告げる。『口減らし』という言葉をまだ知らない少年は、自分が家を出ることによって幼い弟妹がお腹いっぱいご飯を食べられるようになったと信じている。そしてそれは真実なのだろう。だから家に帰りたいと願わずにこうして寺で保護され、勉強をし、また奉公や仕事に就くのだと歯の欠けた顔で笑った。
 その笑みを見た澄恋は彼を抱きしめ、心に誓う。必ずこうした子が生じない世とする為に、人々の心の隙間に付け入る悪を裁くことを。
「何か困ったことがあればわしらを頼るといい。勝手に名前を使ってくれても構わんぞ」
 瑞鬼も澄恋と同じ気持ちであった。蒼太の頭をワシワシと撫で回すと、強くなりたければ修行をつけてやってもいいぞと笑った。
 鬼の子は強くあらねばならない。心も身体も、世間の荒波に呑まれぬように。

「もし、ごめんください」
 貴族の小間使いに扮した『厄斬奉演』蓮杖 綾姫(p3p008658)が黒髪をさらりと滑らせながら組み木職人の元へと訪えば、新米職人の若者が作業をやめて出てきた。
「このくらいの大きさの、装飾のある小箱をお願いしたいのですが」
「小物入れかい?」
「最近は何か流行りがあるのでしょうか、旦那様のご友人も頼まれてるとか……」
 よくある大きさだしなぁと首を傾げた職人は当人に聞いてみてはどうだと笑い、綾姫は主のことをあまり詮索してはいけませんでしたねと誤魔化した。
「それと……もしご存知でしたらお教え願いたいのですが」
 そう口にして取り出すのは、刑部省から預かった『鋸』だ。
「お屋敷の庭師に頼まれたのですが、これを打った鍛冶師をご存知ないでしょうか?」
 庭師が硬いものを伐ったため手入れをしたがっていることと、出来れば更に大きいものも欲しいのだと無知を装い伝えれば、若者は「おおい、親方ぁ」と後方へ声を掛け、年長の者へと尋ねてくれた。
「これは宗方さんのではないか?」
 ここに薄いが『宗』の字が見えるだろう、と柄を取り外した茎を指し示す。
 聞けば宗方という職人は高天京に住んでいるらしい。住所も教えてくれた職人に礼を告げ、綾姫は鍛冶師の元へと向かった。
 宗方の元へと向かえば、組み木職人に教えてもらって来たのだと告げ、『鋸』を見せた。
「こちらをあなたが作った可能性があると聞いて来ましたが、お間違えないでしょうか? この鋸が実に良いと庭師が褒めておりまして。私も刃物が好きなので、これの良さがわかります」
「ああ、確かに俺が作ったものだ」
 宗方は何に使われているのか知らないのだろう。それを自分が作ったものであることを容易に認めるのだった。
 夕刻になれば、仕事を終えた職人たちは酒場に集う。親方に連れてこられたであろう若人、ひとりで手酌をする厳つい顔の玄人。その顔ぶれは様々だ。
 そんな中でひとり静かに如何にも異国からの旅人然とした『音撃の射手』マグタレーナ・マトカ・マハロヴァ(p3p009452)が盃を傾けていれば、自然と興味深げな視線がよこされる。普段同じ顔とばかり顔を突き合わせている職人たちは『部外者』と言うだけで目を引く存在なのだろう。
「すまねえ、ねえさん。相席してもらってもいいか? こいつ、顔は厳ついが悪い奴じゃないからよ」
 店が混んできたからと声を掛けてきた店主にマグタレーナは構いませんよと承諾を示し、すまねぇなと笑いながら眼前の席についた男たちへと視線を向けた。どうやら師弟関係らしい。気にせず食べろと口にする師らしき男へと頭を下げる弟子はマグタレーナよりも料理に興味がいったのだろう、しきりに品書きへと視線を送っていた。
 周囲の会話に聞き耳を立てているが、世間話ばかりでこれといった情報は入ってこない。眼前の師弟たちも納期がどうしたとか、あれを上手く作るには等と言った会話で盛り上がっている。マグタレーナも軽く自身が旅の聖職者であることや異国の地で苦労をしていることを告げれば、ふたりは「酒を呑まねぇとやってられないこともあるわな」と大きく頷いていた。
「お困りごとや悩みごとがありましたら、お聞きいたしますよ」
 聞くことくらいしか出来ませんがと聖職者の顔で微笑むマグタレーナに、実はなぁと男たちは話す。
 ――時折用途の解らない発注があり、職人たちは首を傾げている、と。そしてそれは毎回、同じところからの発注ではないため、「まあどこにでも酔狂な人はおるわな」とお猪口を机に置くのだった。

 流石は神威神楽の首都、高天京と言ったところか。盛り場は国内のどの都市よりも賑わっている。棒手振りたちが往来を忙しく行き来し、道端では椀を手前に置いての大道芸。明るく活気のある声が耳に届かぬ時は寸の間たりともなく、人々は笑顔でこう告げる。
「さあさ、御覧じろ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
 明るい声に楽しげに笑みを向ける他国からの観光客を装いながら『ハイテンションガール』郷田 京(p3p009529)は昼間の活気に満ちた通りを抜け、食事処や茶屋をハシゴしていく。
「今日の芝居小屋の弓月姐さん、荒れてなかったか?」
「入ったばかりのお付きの子が居なくなったらしいぞ」
 大道芸を見ながらお団子を食べ、時折椀へと銭を投げ、そうしてぶらりと歩きまわって居た時、そんな会話が耳に入った。
「ああ……夢見て劇団に入ってみたが、練習が辛くて逃げたのだろうなあ」
 よくある話なのだろう。
 けれど、だからこそ。そのうちのひとつくらいには『もしかしたら』が含まれているかもしれない。
(芝居小屋、ね)
 まずはその子が鬼人種であるかどうかの確認を。けれども鬼人種でなく精霊種だとしても、何らかの事件に巻き込まれている可能性だってある。
 悪党は許さない。それが京の掲げた信念だから。
「ねえ、有名なおねえさんが出てる芝居小屋があるの? アタシ、見に行ってみたいんだけど……教えてくれない?」
 会話をしていた人に話しかけ、京は芝居小屋へと向かうのだった。
(鬼人種が”そういった目”で見られるのは……僕だって全く知らなかった訳じゃないけれど……)
 家の外に出なければ、知らないことばかり。『紅椿』月折・社(p3p010061)の『月折家』や刑部卿の『雲の一族』等、鬼人種の名家は基本的に一族を守るために門扉が重い。書物や人の口から見聞きするものと、実際に目にして体験するのとではやはり『現実』は違ってくる。
「……頼むよ鼎。いいかい。仕事だからね。何か粗相があれば刑部卿に言いつけるよ。良いね」
 目立たないように笠をかぶって変装をした社は、常と変わらぬ姿の鼎へと言い含める。遊びなれている彼はそれなりに世の渡り方を知っているせいか、「へいへい」とひらりと手を振り離れていく。向かう先は夜の街。自分には向かないからとお願いをしたが、単独での行動が不安にならないかと言えば嘘になる。
 けれど鬼人種として、何よりも誇り高き月折の"紅椿"として。期待に応えるべく精進せねばと笠をかぶり直し、鼎の背中から視線を外した社は盛り場の人混みへ身を投じた。
 がやがやと辺りが騒がしい。酒場に入った社は店員に「酒の料金で払うから」と熱燗に模させた白湯を口にして人々を観察する。
 『大きな仕事』をした場合、金が入り、羽振りがよくなることだろうと踏んでいたのだが、社が見える範囲ではそこまで羽振りの良い者はいない。
(組織ぐるみなら、流石に打ち上げは隠れ家でするかな)
 白湯で唇を濡らす。
 しかし、度々『賭場』の話がなされていることにも気がついた。
 もしかしたら、色々な下部組織があるのかもしれない。
 政変が起きたように、京の人々も八扇も、悪党どもだろうと変化をしていく。
(刑部省のお役人が獄人のために動くたァな)
 日が暮れて提灯に火がつく頃、煙管片手に盛り場を歩む『酒豪』トキノエ(p3p009181)は、ふうと吐き出した紫煙の向こうで小さく笑った。少しずつ変わっていくこの国が、良い方向へと進んでいっているのだと信じられる気がしたのだ。疫病神の一端として恐れられたその身からすれば、鬼人種の問題は然程他人事とは言えぬのかもしれない。
「よォ、大将。邪魔すんぜェ」
 既にほろ酔い状態を装って暖簾を潜るのは、安く酒を扱っている飯屋だ。
「よォ、隣いいかい? 一杯奢るからよ、な?」
「何だ兄さん。景気がいいね」
 ひっくとしゃくり上げながら問えば、ひとり酒をしていた男が嬉しげに顔を上げた。
「実は久々に賭けで大勝ちしてな、どうせならパーッと使っちまおうかって!」
「お、いいねぇ。それじゃあ遠慮なく運を分けてもらうとするか」
 話す会話は、酒と賭け。
「あー、何処かに楽して稼げる話は落ちてねぇかな」
「あー、金といや……獄人の角が高く売れるだとか……集めてる奴がいるって誰かが言ってたような……? あ、アンタ知ってるかこの話?」
「知ってるように見えるか?」
 お猪口を揺らす仕草で、そうだったらもっといい酒を飲んでると示す男と笑い合う。
「だよなあ。知らねえよなあ、やっぱガセかあ……」
「大体よぉ、人体の一部を奪うってことだろ? 知ってたとしても俺はおっかねぇよ」
 次第に大きくなっていく声は、酒の力と演技だ。周りの客にも話を聞かせて覗えば、男の言葉に頷くものばかりだった。
「おっかねぇってんなら、存在もだよなぁ」
「ああ、裏で働いているやつが多いって聞くしな」
 腕っぷしが良かったり体格のある鬼人種の働き口は、京では自然と裏社会が多くなるのかも知れない。そんな相手の角なんて狙えないわなと、酒呑みたちは大口を開けて笑っていた。
「ようジジイ。聞きてえことがあんだが」
「賭場の紹介ならしねえぞ」
 場所は変わって、盛り場の中でも脛に傷を持つような男たちの集う場所。
 闇に溶け込んでいきそうな薄暗がりで酒を飲んでいた男に『のんべんだらり』嘉六(p3p010174)は声を掛けた。いつまでも嘉六をガキ扱いする、知った顔だ。いつもどおりのやり取りを素早く終え情報が欲しいと口にすれば、酸いも甘いも知り尽くしたような男の目が剣呑さを帯びた。
「ウチはそういうのはやってないが、妙な商売を仕掛けてくる奴らなら関わったことがあるぜ」
「……どこでやってるとか、分かるかそれ?」
 嘉六の問いに男は片頬を上げて笑い、口を開いた。

 貴族たちが住まう大きな屋敷が立ち並ぶ閑静な一角とは違う町人たちの住まう長屋通りは、大通り程ではないが常に人の気配で溢れている。そこが賑わうのは良いことだ。町人たちに活気があるのは良い国である証拠。――けれどもやはり、そこに住まうのは殆どが精霊種である。
 差別というものは、根深いものだ。政変があったとしてもすぐに払拭される訳でもなく、何十年たっても薄らぎはしても根を取り除けないものなのだ。
(その多くは天香長胤様の取った政策が原因でありましょう)
 昔からそうではあったが、彼の取った政策が助長させたのは事実だ。
 町人たちの姿を視界に収め、『燻る微熱』小金井・正純(p3p008000)は浅く吐息を零して気持ちを切り替えた。
「こんにちは」
「ええ、こんにちは」
 町民を装い、人当たりの良い笑みを浮かべて正純が声を掛ければ、文字通りの井戸端会議をしていた女性らが振り返る。誰かしらと向けられる興味深げな視線を笑顔で躱しても、彼女たちは気にしない。直前までの会話に戻っていく彼女たちの話に正純は自然と加わった。
 なんてことはない、日常の話だ。血腥さがないという事は、彼女等の日々は平和である証でもある。精霊種たちは大きな不満もなく、幸せにこの国で暮らしている。
「最近、何か変わったことはありましたか?」
 例えば、鬼人種を見たとか、夜間に何かあっただとか。
 自然なタイミングでそう問えば「そうねぇ」と少し考えるような間を置いて。
「以前よりも鬼人種を見るようになった気がするわ」
「夜間はねぇ、あたしたちも寝てしまうから」
「でも物騒な話は聞かないよ。高天京は治安が良いからね」
 電気やガスのない生活では、夜は早く寝てしまうに限る。
 正純が引越し先を考えているのだと思ったのか、女性たちは明るく笑う。一年半前には、きっとこの風景もなかったのだろう。穏やかな笑みを浮かべた正純は礼を告げ、何箇所か長屋を回っていった。
 長屋通りには人の声が絶えない。明るい声で交わされる何気ない生活の声を拾いながら、『「Concordia」船長』ルチア・アフラニア(p3p006865)は人々と言葉を交わす正純の後ろを歩いていった。
(皆元気そう。良い国だわ)
 ルチアが先日会った刑部卿は鬼人種だったが、やはりすれ違う人々のなかにその姿は少ない。もしかしたらその半数はイレギュラーズなのかもしれない。高天京の郊外――京から離れれば離れるほどその姿は見られるのだが、こんなにも精霊種で溢れているところに角のない鬼人種が居ては目立ってしまうことだろう。
 だからこそ人目につき、情報があるかもしれない。
 そう思い、ルチアは昼時で賑わう飯屋へと向かった。
「少し、いいかな? 話が聞きたいのだけれど。良かったらお酒も奢るよ」
「おお、昼酒か。いいねぇ。おぉい、このねえちゃんが酒を奢ってくれるってよ!」
「話を聞かせてくれたら、ね」
「おう。それで、何が聞きたい?」
「それはね……」
 賑やかな町民たちに角の折れた鬼人種は見なかったかと尋ねるも、全員が首を振った。望んだ応えを得られなかったけれど、ルチアはそっかぁと笑う。まだ調査は始めたばかりだ。
(この飯屋、何だか妙に賑わっているな……)
 明るい声が外まで響いてくる飯屋の前を長身の男が通り過ぎた。あまりの身長に幾人かが振り返るのは、『竜驤劍鬼』幻夢桜・獅門(p3p009000)の姿であった。
(角ねえ……俺達の角を集めると何かいい事でもあるのかね?)
 辺境で育った獅門は京に鬼人種の姿が少ないことに違和感を覚えつつも、幾つかの長屋通りを訪ねて鬼人種が住んでいるところは無いかと聞いて回った。年老いた者は眉を顰めたりもしたものの、若い世代の者たちは見るからに鬼人種な獅門にも普通に接してくれる。時代はこうして少しずつ変わっていくのだろう。
 そうして教えてもらった長屋通りで、獅門は聞き込みを始めた。怪しまれぬよう置いてきた愛刀のない背中が少し寂しいが、おかげで体躯の良い獅門相手でも町人たちは親切に接してくれる。それは、彼の話がとても上手かったからでもある。
「年頃になった妹がよ、京で働いてみてえって言うんだが。田舎娘が1人でやっていけるか心配でな……」
 強そうな男がそう言って治安を聞いて回れば、町人たちは関心したような面持ちで親身になってくれたのだ。
「わかるよ、にいさんの気持ち。心配だよなぁ」
「田舎にいると妙な噂が流れてくるが、この辺りは治安とかどうだい? 鬼人種が近づいたら危ない場所とかあるか?」
「安心していいぞ、にいさん。京はどこも安全だ」
「一年半前くらいだったか? 以前と比べたら、すごくよくなってな。鬼人種……と言うよりは、若い娘なら近寄らない方が良いところはあるぞ」
 そう口にした男がきょろりと周りを見渡してから、こっそりと告げる。
「わかるだろ? 花街だ。今も昔も、売られてくる娘がいる。妹が可愛ければよぉく言い聞かせておきな」
 近づいちゃなんねぇ。拐かされちまうよ、って。

 夜に華やぐ花街も、昼間となれば別の顔。
 夜の賑やかさが嘘のように――夜に羽化する蝶が羽根を休めるように、『一般人』三國・誠司(p3p008563)が訪れた時間帯は静かなものだった。
 きっと金を手に入れた密売人が豪遊するはずだと踏んできたのだが――。
(可愛い女の子を侍らせるとか許せん。僕なんか人生で一度だってないんだぞ!)
 少し羨ましいとか私怨が入ってしまうのは許して欲しい。
 数日下調べをし、まずは花街一番の店を探した。幾つか候補が上がったが、大々的に花魁道中をするのは『白鴇屋』だろうか。調べる店を決めたら、次はそこへ酒を卸している酒屋を探し、確実に発注しているかを確認してから件の酒屋へと足を運んだ。
「一番いいお酒ってどれだい?」
 兄ちゃんには買えないよと返る苦笑に幾らか値段が知りたいのだと問えば、示されるのは驚きの数字。
「はー、いい酒だけあっていい額してるよ。これだけすると買い手もあまりいないんじゃないのかい?」
「そうだねぇ。これくらいの酒となると……花魁候補の水揚げの時か、花魁の身請けの祝いの時くらいだろうね」
「近々買われる予定はあるのかい?」
「まだ確定した訳ではないから、それ以上は言えないよ」
 客の情報を漏らすようでは、客の信頼は得られない。大口の客を逃す訳には行かないから、店主は「兄ちゃんは酒は呑めるのかい? それとも冷やかしかい?」と締めくくった。
 夜になれば、花街が目覚める。
 昼の気配を払拭した花街は美しく咲いて、男たちを迎え入れた。
「お前、本当に『もつ』のか?」
「当たり前じゃ、嘉六。何遍同じこと聞いとるんじゃ」
 何度聞いたって心配だ。だってなぁと言葉を濁す何とも言えない顔の嘉六に、『天を見上げる無頼』唯月 清舟(p3p010224)は大丈夫じゃ! と自信満々なドヤ顔だ。――正直、今これほどまでに信用のおけないドヤ顔はない。
 花街の外の飯屋で軽く酒を入れたのがいけないのかもしれない。この男、普段の自分を忘れたのかと問いたくなるくらい強気の姿勢だ。日々の清舟の姿を思えば、嘉六は不安しか感じなかった。
(駄目だコイツ、俺がしっかりしねえと)
 わはは! と笑う清舟は「どこの飲み屋にいこうかのう!」なんて言っているけれど、花街には一般的な飲み屋がない。何故なら妓楼がそれを兼ねているからだ。
「うお……」
 格子から伸びる女たちの白魚が如き手に、清舟が一瞬たじろいだ。これはいけないと早急に判断した嘉六は清舟を引き連れて盛り場へ戻り、手頃な酒家へと入った。
「よお、久しぶりだな? 最近どうだい」
 知った男の顔を見つけた嘉六が清舟を引き連れ相席していいかと尋ねれば、男と同じ席についていた女がひらりと手を振ってくる。嘉六が昔口説いた女だが、自分が挨拶されたと思った清舟の動きが少しぎこちなくなった。
(嘉六は流石じゃのう……!)
 なんとか腰を抜かさず表情を崩さない努力をしながら酒に口をつけている清舟の隣で、嘉六が場をあたためてくれている。お互いの軽い近況を話し合い、勝った負けたの話をすれば、会話は自然と金の話へと流れていった。
「おいおい、誰が大負けしただのなんだの……もっと景気のいい話はねえのか?」
「そういや最近……賭場の規制が緩い気がするわ。暮れの辺りから役人達がばたついとると聞いたがなんかあったんかのう」
 清舟のはったりだが、何か思い当たることがあったのだろう。女がそういえばと口を開く。
「聞いた話だけれど、ガラの悪い鬼人種が出入りしている場所があるそうね」
「賭け事をするにしてもそういうとこには近寄らないほうがいいぞ、嘉六」
「そうじゃぞ、嘉六」
「うっせぇ」
 その賭場が何処なのかはわからない。盛り場は京の中に何箇所かあるし、賭場だってひとつの盛り場の中にいくつもあるからだ。
「もっと景気のいい話はねえのかよ。楽に稼げる話とか、例えば――」
「例えば?」
「世にも珍しい”鉱石”とか」
「あはは! そんなのあったら、アタシが先に手を出してるよ!」
「そりゃそうだ!」
 いつしか金鉱を当てる話を始め、その日は大いに盛り上がった。

(……まァ、アイツは行きたがらねェか)
 美しい笑みを浮かべて手を振ってくる格子の中の女たちにひらひらと手を振り返し、鼎は花街の中心となる通りを歩いた。仕事半分女遊び半分の気持ちで、入る店は適当だ。
「なァ、綺麗な"鉱物"の話を聞いたこたねェか」
「鉱物? 玉のこと? なぁに、アタシに貢いでくれるわけ?」
 美しい女性に注がれる美酒を喉に流し込み、そんなものだと鼎は笑った。
(差別と対立。わたしの元の世界にもあったものですね)
 きっとそれは、どこにいってもあるのだろう。
 べべんべんと三味線が音を刻む。鼓を持った女がぽんと叩き、それに合わせて着物に身を包んだ『春風と導き』プラハ・ユズハ・ハッセルバッハ(p3p010206)は動きを止めた。決めポーズで暫く姿勢を保ったプラハへ、客たちからは賛辞の拍手が送られ、踊りに息を早くしたプラハは胸に手を当て頭を下げた。プラハの得意な舞踏はこの国では馴染みのないものだが、だからこそ受けが良かったのだろう。売られてきた訳でもない幼い娘が臨時雇いしてもらえたのもそのせいだ。
 客層は、やはり精霊種が多い。けれども遊女が鬼人種ばかりの店を選んだお陰か、鬼人種の客も何日も通えば時折見かけることが叶った。
 踊りを終えれば、禿(かむろ)の装いのプラハは遊女たちに続いてサポートにまわる。遊女でない彼女の役割はあくまでおつかいかサポートまでだ。ひとりで客に着くことはないが、ねえさんと呼ぶように言われた遊女が目を離している時にお酌をすれば、「見ない顔だね」と鬼人種の男に声を掛けられた。
 曖昧な笑みを浮かべて最近この国に来ましたとだけ返せば、客は詮索しない。ここは訳ありの娘で溢れている場所だから、勝手に勘違いをしてくれるのだ。
「鬼人の方々の間で何か大きな喧嘩があったと他のお客さんが言ってました。巻き込まれたりはしませんでしたか?」
 プラハの問いに不思議そうな顔をしてから男はああと呟いて、間違いを柔らかく訂正するだけに留める、柔和な男だった。夜の街なのに、穏やかな時間が流れていく。
「お大尽様、わっちも頂いて良いでありんすか?」
「おお、いいぜ。好きなだけ呑んでくれよ。アンタも、そっちのアンタもな。こんな好い夜だ。楽しく行こうぜ!」
「まあ、まあ! おうれしおざんす」
 とある部屋で、好きなだけ、じゃんじゃん酒を持ってこいと男が笑う。彼に着いた遊女たちはくすくすと楽しげに笑い、男の言うとおりに酒と肴を振る舞った。男は気前も良ければ、金払いも良い。遊女たちに悪さをするわけでもなく、ツケにもせず連日連夜遊び歩いては金を落としていってくれる。
 そんな男――『鬼火憑き』ブライアン・ブレイズ(p3p009563)が花街へと顔を出せば、「今日はうちで飲んでくれなんし」と沢山の白魚が如き手が伸ばされる。最初は金遣いの好い愚かな放蕩息子かと思われていたが、どうやら他国から来た遊び人のようだと噂され、誰を贔屓にするのかと遊女たちは注目しているのだとか。
 今日訪った『白鴇屋』でも暇をもてあましている遊女たちを呼んでの大盤振る舞い。彼が冗談を交えて語る話に、遊女たちは楽しげに笑っている。
「田舎には鬼人種の角が薬のもとになるなんて話があるんだぜ。実ァ俺も目が悪くってよ」
「ええ。そんなけちな(悪い)お話が? 」
 ころころ笑う遊女たちは、冗談だと思っているのだろう。だから悪い冗談を続けた。
「あれさ花魁の角が美の薬になるのなら……」
「こら。滅多なことをお言いなさんね」
「花魁は鬼人種なのか?」
 店に認められねば花魁には会えない。まだ見ぬ花魁の話がぽろりと出れば、興味を惹かれぬ男はいない。ブライアンもその類だろうと、「あい」と頷き遊女は笑った。
(――ん。あの人は『仲間』か)
 賑やかな席の気配に引かれて聞き耳を立てていた誠司は、ローレットで聞き覚えのある声にそっと息を吐くのだった。

 大きな通りは、商人たちや店に訪れる人々で賑わっている。
 高天京の外から訪れた精霊種を装った『転輪禊祓』水瀬 冬佳(p3p006383)は物珍しげに辺りを見る振りをしながら、怪しい素振りをしている者はいないか、怪しげな店はないかと目を光らせていた。
(恐らく奴隷商のように鬼人種そのものを抱える事はせず、予め対象に目星を付けておいて、必要に応じて……という所でしょうか)
 政変により鬼人種が京に少し増えたとは言え、これだけ精霊種が多ければ鬼人種は目立ってしまうはず。周りにバレずに犯行を行うにはどうすれば良いか……。
 怪しむべきは長屋か商店だろうと当たりを付けた冬佳の考えは、きっと正しい。
 丁度薬問屋へと入っていく鬼人種を見つけ、冬佳は後を追った。
「高天京にも獄人が住んでいらっしゃるのね。殆ど居ないと聞いていたけれど」
 こんにちはと声を掛けた冬佳に、鬼人種の女性は微笑んで。
「最近は以前よりも少し居るのですよ。まだまだ少ないのですけれど……ほら、一年半ほど前だったかしら。神使様がご活躍されたことがあったでしょう?」
 獄人の神使様もいらっしゃるから、そうでない自分たちも勇気を持てるのだと女性は笑った。
 聞けば女性は夫の商売のために上京したのだと言う。商いの手伝いとして女性が定期的に顔を出す店が決まっているため、こういった女性には手を出さないのだろうと冬佳は察した。
 だとすれば狙うべきは――。
「私はまだ京へ来たばかりなのです……上京したばかりの人が懇意にしているお店があれば教えて頂けません?」
「それなら――」
 告げられた店名をしっかと心に留め、冬佳は礼を告げて人混みの中へと戻っていった。
(わしが獄人のために働くとは、時代も変わったもんじゃの)
 鬼人種の女性が出ていった薬問屋をちらりと見た『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)はヨッと背にした荷を担ぎ直し、「お御免」と大店の暖簾をかき分けた。
「旦那様に取り次いでもらえんでしょうか。幾つか骨董品を取り扱っとりましての。是非お見せしたいんですが」
 その出で立ちは稼ぎに困っていそうな行商人風であり、骨董品と言っても大したものではないはずだと取り次いで貰える訳もなく、あっさりと手代たちに追い払われてしまう。
「やれやれ、ここも駄目か。なんぞ良い儲け話でもありゃいいんですが……嗚呼、金さえありゃあのお……」
 はあと大きなため息が零れ落ちる。けれども彼は田舎に残してきた弟とたちの為にも頑張らねばと荷を背負い直し、露店の方へとちらと視線を向けてから、また大通りに並ぶ店々へと顔を出していく。
 その通りでは、支佐手と同じように沢山の荷物――商品を抱えた『炎熱百計』猪市 きゐこ(p3p010262)が露店を開いていた。
 当然、他の店への許可が必要だ。
「神威神楽ではめったと見られない希少品を集めているのだわ♪」
 希少品を集めてはそれを求めている人に売るのだと説明すれば、ある店の店主が興味を示して店先を貸してくれたのだ。
「特に幻想の貴族様がコレクション用に珍しい動物の牙や爪を求めてたり、練達の研究者が珍しい材料に鉱物等を求めててね~♪ 何か良い物や情報は無いかしらね? 勿論、物の代金や情報料は弾ませて貰うわよ♪ 今後も良い付き合いの為にね♪」
 フードから覗く笑みはミステリアス差を増す。
 どうかしらと問うきゐこに店主は少し悩む素振りを見せるがかぶりを振った。
「牙や爪か……。私はそういうものには疎いのだが、そういったものを摩り下ろして粉にすると聞いたことがあるな。まあ、それではお嬢さんが求める品ではないだろう」
「そういったものって……牙や爪のことかしら?」
 ああ、そうだねと頷く店主は自分の興味がないことだから忘れてしまったと、それ以上は解らない様子で顎を撫でた。
「うーん……薬屋だったかな、それとも占い師だったかな……それとも酒の席で聞いたのやら。すまないね、お嬢さん」
「いいえ、店先を貸して頂けるだけで充分よ♪」
 店奥へと戻っていく店主を見送って、きゐこは珍しい品々に興味を惹かれて露店を覗きに来る人々の相手をする。
 摩り下ろされているものが、もし角であったなら――。
(どの世界にもそう言う輩は居るものね……)
 誰かの大事なものを奪う者も、怪しげな品物を幸運や長寿になれると売る者も。

 大通りに面した茶屋で、はあと幾度も湯呑みに向かって溢れるのは『燈囀の鳥』チック・シュテル(p3p000932)のため息だ。時折布に包まれた何かを覗き込んではため息を吐く彼のことを見た人は、きっと何か悩みがあるのかとても疲れているのだろうと思ったことだろう。
(これは……お仕事。だから、我慢、我慢……)
 そっと胸に湧き上がる偽ることへの『苦しみ』を封じて、チックは手にした包みの中身を思う。
 それは、鬼人種の角だ。珊瑚めいた美しさ――だからこそ狙われ、犠牲となったとある鬼人種の形見とも言えるものである。
「お茶のおかわりは如何ですか?」
 お菓子を食べ終えた頃、茶屋の娘が声を掛けてきた。
「ありがとう。頂くよ」
「元気、出してくださいね」
「えっと……あ、探してる人、いて……お客さんの中に。鬼の人の……角の事、話してた人、いなかったかな……?」
 どうやら何かを勘違いしている娘にチックはきょとんと瞬くも、今がチャンスだと尋ねてみる。
「角の事、ですか?」
 今度は娘が瞬く番だ。どうして、と。
「本物かどうか……わからない、けど」
 旅の途中で商人から貰ったものだけれど、本物なのかどうか解らない。
 けれど京なら――大きい都市ならば解るかなと思ったのだけれど。
(…………嘘、ばかり。おれも、『悪い人』なの……かな)
「綺麗ですね……でも、毎日違うお客様がいらっしゃるから……」
 チックの心は知らず、そっと開かれた包みを見た娘は首を傾げるばかりだ。ごめんなさいと頭を下げた娘に、チックはいいんだと眉を下げて淡く笑った。――その姿を見つめる者がいることに気付かずに。
 湯呑みからあがる温かな湯気を眺めていると、通りの喧騒から切り離されたような気分となる。店表に番傘を立て、非繊毛の敷かれた床几を出している茶屋では、男女が床几に背中合わせに腰掛けていた。
「梅の花に目白は鳴いたかな?」
「ええ、少し」
「そう。――春が来るといいね」
 報告を終えた綾姫は、早くそうなれば良いと温かな湯呑みで指先を暖めた。
 春は未だ遠し。

成否

成功

MVP

水瀬 冬佳(p3p006383)
水天の巫女

状態異常

なし

あとがき

お疲れさまでした、イレギュラーズ。
基本的に「雨泽に伝える」等しておくと、刑部省まで情報共有されたりします。判断によっては留め置かれたりもします。(個人の判断に任せたほうが良い情報は個別でその旨が出ているかと思います。アフターアクション等で刑部に伝える等しておいてくださっても大丈夫です。)
皆さんが伝えた情報を元に少し刑部省が動いてから続いていきますので、のんびりと次回をお待ち頂けますと幸いです。

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