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シナリオ詳細

砂漠の睡恋花

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●カーブース
 ただがむしゃらに暗闇を駆ける。
 手を伸ばした指の先さえもわからなくて、まるで闇の中に潜む怪物にばくりと食べられてしまったかのよう。
 足は前に進んでいるとは思うけれど、本当は進んでいないのかも知れない。
 暗すぎて、確認する術がない。
 周りは闇。足元だって闇。わたしが地面だと思っているものは、地面ではないとしたら?
 ただ闇雲に手足だけを動かして進もうとしているだけで、一歩も動けていないとしたら?
 わたしはどうやって、どこへ行けば良いのだろう?
 わからない。なにもわからない。導はなく、標もなく、太陽のようなあなたもいない。いなく、なってしまったのが、わかる。だって熱を感じない。側にいないのがわかる。わかってしまう。わかりたくなんて、ないのに。
 あなたがいない。
 太陽のようなあなた。
 わたしの世界に朝をくれ、夜をくれるあなた。
 あなたがいない。
 あなたはいない。
 この世界のどこにも、もう、いない。

 あなたがいなくても、時は巡る。
 太陽と月は毎日飽きもせず、ぐるぐるぐるぐる。朝と夜とを繰り返し、あなたとの日々を過去のものにしてしまう。
 太陽なんて、昇らなければいいのに。
 夜なんて、明けなければいいのに。
 世界なんて、この瞬間に終わってしまえばいいのに。
 あなたがいない世界を憎まずにいられない。

 獣の断末魔が聞こえた気がする。
 ああ、明けてしまう。この夜が明けてしまう。
 どうか、明けないで。わたしは望んでいない。
 あなたがいなくては意味がないの。あなたのいない世界で生きることを望んでいないの。
 どうして、どうして。
 心が叫ぶ。
 ねえ、どうして――。

●サバーフル・へイル
 ――イヅナがねぇ、起きたよぉ。でもねぇ――。
 パラディーゾ火星天・イヅナ。砂漠のオアシスで戦闘を行った後、彼女はまるで全てを拒絶するかのようにいくら待っても目覚める気配がなかった。イレギュラーズたちは世界を護る戦いに赴かねばならず、意識を失ったままの彼女の身柄は『波濤なる盾』エイラ(p3x008595)が預かることとなった。
 戦いは終わった。そんなある日の事だった。
 突然彼女は目を覚ます。ちょうどログインしていて良かったとエイラは安堵の息を吐き、イヅナへと声を掛けた。
 しかしそれに返る応(いら)えはなく、感情を溢れさせることもなく、ただ心の泉に氷が張ってしまったかのように静かで――そして、彼女は移動を始めた。
 イヅナが目覚めたら連絡が欲しいと言っていた面々へとエイラは目覚めた旨を連絡し、彼女の好きにさせようとその背中を追いかけた。

 ――――
 ――

 砂嵐(サンドストーム)、夢の都ネフェルスト。
 そこにある家屋の一室で、イヅナは移動をやめた。
「イヅナさんは!?」
「ここだよぉ」
 エイラから連絡を貰った『決死の優花』ルフラン・アントルメ(p3x006816)は、その一室に急ぎ駆け込んできた。
 ルフランはずっとイヅナのその後が気になって、会いたいと思っていた。パラディーゾはバグで、いずれ世界から消えなくてはいけない存在で、彼等の命が長くないものだとしても――けれどそれでも会いたいと、話がしたいと、ずっとずっと願っていた。眠り続ける彼女を時折見に行っては、このまま目が覚めずにゆるやかに残された時間を終えるのかと、心が締め付けられるような思いをしながらも彼女の目覚めを待っていたのだ。
 ルフランへと視線を向けることもなかったけれど、それでもイヅナは目覚めている。
 そこで誰かを待っているかのように。
 そこが自分の居場所だったかのように。
 背もたれのない木製の椅子に座って、ただぼんやりと。
「よう。様子はどうだ?」
「……リュカさん」
 その姿に温かな息を吐いたルフランの後ろから『運命砕』リュカ・ファブニル(p3x007268)が顔を出す。彼には『預かりもの』があり、その約束を果たすために此処に来た。
 リュカの赤が視界の端に映ったのだろう。イヅナがパッと頭を動かした。
 瞳を見開いて、唇を震わせながら……開いて。
「――ッ」
 出るはずだった声は、呼ぶはずだった名は、喉奥に飲み込まれる。
 きゅうと鳴いた喉の代わりに、くしゃりと感情を見せなかった表情が歪む。
 大粒の涙が溢れ、ボロボロと零れ落ちた。

 イヅナの『アニキ』はもう、この世のどこにもいないのだ。

GMコメント

 ごきげんよう、イレギュラーズの皆さん。壱花と申します。
 このシナリオは、エイラさんとリュカさん、そしてルフランさんのアフターアクションから発生した『<ダブルフォルト・エンバーミング>熱砂の蜃気楼』のアフターシナリオです。

●目的
 イヅナと話をしましょう

●関連シナリオ
 <Closed Emerald>黒砂の竜
 https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/6843
 <ダブルフォルト・エンバーミング>熱砂の蜃気楼
 https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/6984

●できること
 大きく分けてみっつの事が行えます。
 ・その場でのイヅナとの対話
 ・綺麗な場所をいっしょに見に行くor教える
 ・いっしょに楽しいことをする or教える
 あれもこれもと行動するよりは、どこかに重きを置くと良いでしょう。
 移動できる範囲は砂嵐内のみです。砂嵐内でもあまりにも遠いところへはイヅナは着いてきてくれません。基本的には今居る場所から動きたくないので、手を引けば着いていくけれどあまり離れると戻ってしまいます。

●『パラディーゾ』火星天 イヅナ
 シナリオ『<ダブルフォルト・エンバーミング>熱砂の蜃気楼』にて倒されたパラディーゾ、原動天『リュカ』をアニキと慕っている褐色肌の少女。バグNPC。
 本人にその記憶はありませんが、元盗賊の娘。『リュカ』に拾われたところから『イヅナ』は歩み始めました。
 記憶がないため、絵本で知識を入れることを好みます。絵本だぞと『リュカ』にからかわれては「何を信じるかは自由ッス」と唇を尖らせて読んでいました。
 年頃の少女らしく、綺麗なものや可愛いものが好きです。(絵本や室内にちょこっと置かれた小物からそれがうかがえます。)
 アニキへ向ける感情は恋慕ではなく、『憧れ』『家族』です。

「どうしてアニキと一緒に倒してくれなかったんスか」
「アッシの幸せはアニキと一緒に居ることだったのに」
「放って置いてもアッシは悪いことなんてしないッスよ」
「……ひとりで楽しいことをしても意味がないッスから」
 イレギュラーズたちのことは、今は『嫌』という気持ちです。好きではないです。
 自分が長く生きられないこと、ROOに存在してはいけないことを、何となく理解しています。そのため、アニキを奪ったイレギュラーズたちよりも、自分たちをそのような存在にした『世界』が嫌いです。
 彼女の短剣が手元にあったら目が覚めた時点で自刃していたことでしょう。その可能性を見越したエイラさんが短剣を預かっています。

 何も感じず何にも反応せず、ただ終わりを待とう。そう思っていました。
 けれどリュカさんの姿を見た事により、心の泉に小石が投じられました。
 悲しさが溢れてしまいました。恋しさが溢れてしまいました。あの人に会いたい――。

●『預かりもの』
 リュカさんのみに託された、イヅナへの伝言――『生きろ』。
 イヅナはその言葉を聞いても、どう生きればいいのかわかりません。
 伝言を聞けば自刃する可能性はなくなりますが、アニキの願いを叶えるためにただ生きているだけ、となります。短い命が消えるその時まで、希望も楽しみも見いださず、ただ息をするだけの道を選びます。

●ロケーション
 今居る場所は、夢の都内の家屋の一室です。
 イヅナと『リュカ』が暫く塒にしていた場所なのでしょう。
 室内にはベッドや机と言った最低限の家具、そして絵本が散らばっています。
 盗賊王に恋するお姫様の話、小さな動物の大冒険、何でも願い事を叶えてくれる神様の話……e.t.c.
 悪役が倒されておしまいな絵本は部屋の片隅にぞんざいに落ち、明るくて楽しい絵本はベッド周りに積まれています。


 あなたにとっても彼女との対話はつらいかもしれません。悲しいかもしれません。
 けれどあなた方の行動で、彼女の残りの命の使い方、生き方が変わります。
 対話を望んでくれるのなら――どうか彼女に導を。

 このシナリオは、そういったお話です。

  • 砂漠の睡恋花完了
  • GM名壱花
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年01月15日 22時25分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ザミエラ(p3x000787)
おそろいねこちゃん
Teth=Steiner(p3x002831)
Lightning-Magus
ファン・ドルド(p3x005073)
仮想ファンドマネージャ
ルフラン・アントルメ(p3x006816)
決死の優花
リュカ・ファブニル(p3x007268)
運命砕
焔迅(p3x007500)
ころころわんこ
きうりん(p3x008356)
雑草魂
ひめにゃこ(p3x008456)
勧善懲悪超絶美少女姫天使
エイラ(p3x008595)
水底に揺蕩う月の花
ルージュ(p3x009532)
絶対妹黙示録

リプレイ

●紅掛空
 争えば、ふたつに分かれる。
 味方と敵、勝者と敗者、逝ってしまう者と残される者。
 互いの正義の元に争い、正義は勝った側に与えられる。
 敵で、敗者で、残された少女。
 彼女が大粒の涙を零していた。二度しか会ったことがないから彼女のことは全然知らないけれど、それでも会う度に好戦的な瞳を向けてくるところが印象的だった。
 彼女の瞳は常に『生きて』いた。明るく元気に、挑発的に、そして憧れの人に向けて輝かせて。
 そんな彼女の瞳が今は生きていなくて。泣いていて――『決死の優花』ルフラン・アントルメ(p3x006816)の胸は色んな感情でいっぱいになった。
(敵だけど。敵だったけど! 戦う意思のない人は、もう敵じゃないし!)
 イヅナの大切な人を倒したことは後悔していないけれど、何遍だって頭によぎる『もしかしたら』。剣を握らず杖で人を守り、癒やすことをだけを選んでいたら、もしかしたら――。
 泣く彼女を見ていると心がギュッとなって、言葉と涙を飲み込むだけでいっぱいいっぱいになる。ごめんなさいなんて言葉、彼女は望んでいないことなんて痛いほどにわかるから、ルフランはただイヅナに駆け寄り、彼女の涙を袖でごしごしと拭った。
 前みたいに明るい声で話しかけることが出来ない。鼻の奥が痛くなるのを、目の縁に溢れてくる熱を、抑えこむのでやっとだった。
「イヅナさん……」
 掠れた声に、双眸が向けられる。
 どうしてと響くのは、同じくらいに掠れた声。
「どうして、アッシは残されたんスか……?」
 どうして、アニキと一緒に倒してくれなかったんスか。
 静かに響くその声に、ルフランは答える言葉が見つけられなかった。
「それは……」
「はじめましてイヅナ! わたしザミエラ、あなたとお友達になりに来たわ!」
 静かに見守っていた『運命砕』リュカ・ファブニル(p3x007268)が口を開きかけた時、唐突に明るい声が響いた。室内に居た全員の視線が部屋の入口へと素早く向けられる。
「あら? もしかして取り込み中ってやつだった?」
「おぉ、イヅナ殿。お目覚めになったのですね」
「……私のことはお構いなく」
 特徴的な髪を揺らして入ってきた『硝子色の煌めき』ザミエラ(p3x000787)に後に続いたもふもふ竜の『前足スタンプ』焔迅(p3x007500)が入り口に少しもふっとつっかえ、つっかえた彼を押して前進を手伝った『仮想ファンドマネージャ』ファン・ドルド(p3x005073)は部屋の隅へと向かうとそのままそこへ佇み眼鏡のツルへと指を滑らせた。焔迅曰く「ネットのご友人? という方に色々と尋ねているそうです」だそうだ。
「わ。結構ひとがいるね。おれもパラディーゾのねーちゃんと話したくて来ちゃった」
「私も。キミに少し、道を示せるかもしれないから」
 湿った空気を外へと押し流す勢いで、明るい声が続く。ともに自身のパラディーゾと決別した『わるいこ』きうりん(p3x008356)と『絶対妹黙示録』ルージュ(p3x009532)は互いの顔を見合わせ、心のままに笑む。『最期』のことを思い出したのだろう。それを踏まえた上で、これからの話しをしよう。
「なぜ殺さなかったって!? ……あっ、ちょっと! 皆さん入り口に固まらないでください! ひめが入れませんよ!!」
「あっ、ごめん」
 皆の背中をぐいぐいぐいと押した『勧善懲悪超絶美少女姫天使』ひめにゃこ(p3x008456)はバーンっと姿を現してからTAKE2。
「なぜ殺さなかったって!? 同い年の子をバッサーっといける訳ないじゃないですか!」
 誰よりも遠慮なくずいずいとイヅナに近寄っての仁王立ちである。ひめにゃこは世界一カワイイのだから、遠慮する必要などない! が持論である。何故ならカワイイから。可愛ければ全て許されるはずだから。ね、そうでしょう?
「強いて言うなら歳近いから友達になれそうだなって思っただけです!」
「えっ、ちょっ、何……なんスか……」
 先程もザミエラに友達になろうと言われた。何なのだろう、イレギュラーズたちは。これが所謂陽キャ集団というやつなのだろうか。友達が一人もいないイヅナには距離感が解らなくて、ただただ混乱してしまう。
 突然来て何なのか。しかもこんな大勢で。アッシは話したくないッス。放っておいてほしいッス。
 言いたいことは沢山ある。
 あるのに圧されて、言葉にならない。
「理由なんて何だっていいです。関係ないです! ひめの勝手です! 貴女は巻き込まれたんです!」
「ちが……」
「まぁまぁいいじゃないですか。そんなことよりお腹空いていません? はいこれ、甘いクッキーです! 何も食べてないんじゃないですか!?」
 ひめにゃこ流会話術(ゴリ押し)にイヅナが圧されている間に、何か言おうとして開かれた口にクッキーも突っ込んだ。
(……すごい、流石)
 何名かの尊敬とも呆れとも言える視線を浴びているような気がするが、ひめにゃこはそれを気にするような小さな器ではない。
 吐き出すわけにもいかないイヅナはむぐっと口を閉ざし、プイッと視線を逸してクッキーを咀嚼した。
「イヅナは甘いものが好き?」
 ザミエラの声に、返る反応はない。けれど、否定がないことが肯定だとザミエラは捉えた。
「まだあなたのこと知らないことばかりだけれど、こんなに早くひとつ知れてしまったわ。ねぇ、イヅナ。あなたの好きなものをもっと私に教えて。まずはそこにある沢山の絵本から、なんてどう?」
「……どうしてッスか」
 先程の『どうして』とは違う響き。
 どうして、知りたいのか。どうして、近寄るのか。イヅナにはわからない。
 放っておけばいいのに、と思う。世界に害を為すかが不安なら見張りでも付けておけば、パラディーゾなんてそのうち勝手に命を終えるのに。それだけなのに、どうして。知ったところで自分たちの荷物が増えるだけなのに。
「さっきも言ったわ。お友達になりに来たの」
 だから教えて。
 硝子細工のような瞳が、優しく告げた。

●砂漠の睡恋花
 ――そらとたいようは、毎日いっしょ。
   けれどそれは、ずっといっしょなわけではありません。
   たいようはきまっていつもどこかへ行ってしまうのです。
   そらはそれがいやでした。ずっといっしょにいたいのに、どうして?
   そらははなれていくたいようを思うと泣きそうになってしまいます。
   しかしそらは、泣いてはいけません。
   さばくに大雨をふらせては、ひつようなときにふらせられなくなります。
   だからそらはがまんをして、がまんをして、ひとしずくおとしました。
   オアシスの木々におちたしずくはぴちゃんとはね、スイレンのようなかたちにかたまりました。
   そらはときおりなみだをこぼします。
   ひとつぶだけ、ひとつぶだけ。
   地上にたくさんの花がさいたようにのこっていることなど、しらぬまま。

 それを見つけたのは、偶然だった。
 蓮の形の結晶が綺麗で集めていたら、後に読む絵本に出てくる『涙』だと知った。どうやって出来るのか誰も知らない薄紅の結晶に、昔の人々が想像の翼を広げたのだ。
(絵本の中のものが、本当にあった!)
 わたしは嬉しくて、楽しくて。アニキにも内緒で集めていた。いつかアニキにも見せて、自慢しようと決めていた。
 最後のあの日、あのオアシスでも見つけた。布袋に仕舞う前に最後ならとアニキに見せようと思って――最後にしたくなかったから見せなかった。
 ……見せておけばよかったのかな。

●宵
「おう、やってんな」
 イヅナが「あれッス」と指差した絵本をザミエラが読み上げ、いい絵本ねと微笑んだ頃、『Lightning-Magus』Teth=Steiner(p3x002831)が顔を出した。差し入れだと手にした大きな籠を掲げて入室したTethは部屋の中央まで進み出て、籠の中から沢山の食べ物と飲み物を取り出した。
「とりあえず飯食おうや。美味い飯や茶を口にすれば、少しは落ち着くってもんよ」
 ひとは空腹時、悪い方へと思考がいきやすい。腹が膨れれば気持ちに余裕が出てきたりもするものである。例えイヅナがゲーム世界のデータに過ぎなくても、この世界は『食べる』ことができ、ここに住まう人々は『生きている』。根本的な部分は何も変わらないはずだ。
「さ、早く食おうぜ? 俺様のオススメはコレだ」
 Tethが差し出したそれに、室内にいる全員の視線が集中する。
 細長いパンにソーセージと野菜を挟んだ――所謂ホットドッグなのだが……何というか、赤い。赤くて、匂いを嗅げばそれが激辛だということが解る香りが漂っている。獣(竜)型の焔迅にとってはかなりの刺激臭なのだろう。部屋の隅で鼻を押さえて目を瞑っていた。
 周りの反応はお構いなしのTethは毒なんて入ってねぇからよと口へと運び、豪快にバクっと食べた。
「うん、美味い。……なんだ、食べねぇのか?」
「……すごく辛そうじゃないッスか」
「いいじゃねぇか。辛みを味わえるってのは、立派に生きている証拠だろ?」
 刺激を感じるのも堪能するのも、生きていないと味わえない。
「じゃあ甘いのはどうだ」
「……」
 プリンを押し付けるように手渡せばイヅナは諦めたかのように匙を握り、匙で小さく掬ったクリーム色を食べもせずジッと眺めている。そんなイヅナを急かさずに、Tethは他のイレギュラーズたちにも皆も食べてくれと籠の中身を配っていった。……激辛ホットドッグが余ったとしてもTethが後から食べることだろう。
 ゆっくりと匙を口へと運び、もごもごと口が動き、喉が動く。一口食べれば、それを幾度も繰り返す。
「美味ぇか?」
「……うん」
 突っ込んだことを言うつもりは無ぇけどよ、と前置いて。
「どうするにせよ、こいつらと一通りの話はしておいた方がいいと思うぜ」
 他の仲間達を親指で指し示せば、イヅナがイレギュラーズたちへと視線を向ける。僅かに眉間に皺は寄るが、それは嫌悪の類ではなく、困惑であろう。
「自分を取り巻くモノの事を、確りと把握しとけ。でないと、いい終わりなんて選べねぇ」
 言いたいだけ言って、Tethは来た時同様、自由に立ち去る。出入り口で振り返り「頑張れよ」と告げた笑みは、とても柔らかなものだった。
(頑張れって、言われたって……)
 ぎゅっと眉間に皺を寄せ、イヅナはプリンの容器へと視線を落とした。
 空っぽになるまでちゃんと食べきったプリンは、甘くて美味しかった。初めて口にした時、美味しいッスとはしゃいだことを思い出す。けれどその時一緒に居て、「大げさだな」と笑った人はもういない。
「足りなければひめのクッキーをもっとあげますよ!」
 指先に力を籠めるばかりの空の容器を抜き取ったひめにゃこが、はいっと再度イヅナの口にクッキーを放り込む。
 甘い。
 泣きたいくらいに、甘い。
 プリンも、クッキーも、イレギュラーズたちも。
「どうして……」
 幾度も溢れる、『どうして』。わからないことばかりだ。
 どうして、甘いのだろう。どうして、優しいのだろう。
 ――どうして、あの人は何も言わないのだろう。
 何か言いたそうな、言わないといけないことがあるような顔をしているのに、どうして。
 イヅナはずっと避けていた。あの人の顔を見て涙が溢れた時から、もうこれ以上視界に入れないように。
 見たらきっと、思い出してしまう。思い出したらまた、溢れてしまう。……見なくたって、何気ないことで度々思い出してしまう、『あの人』の欠片を拾い集めてばかりいるのだから。
 リュカへと視線を向けられずに居るイヅナの傍――先程までTethが居た場所に、きうりんが身を寄せた。
「ぶっちゃけて言うとね、キミが本当に死にたいなら私は死んだ方がいいと思うんだよね」
 イヅナの視線がきうりんに向けられる。
「でもね、絵本にもあるでしょ。物語はめでたしめでたしで終わらなくちゃいけないんだ」
 私のパラディーゾはね、ときうりんは自分の姿をしたパラディーゾのことをイヅナに話す。
 きうりんが嫉妬しちゃうくらいに必死に今生を生ききったこと。
 彼女の最後は、きっと彼女にとって悔いがなかったこと。
 生ききって、その有様は美しいと言えるもので、煌めいていたこと。
「今キミが死んだら、死んだ後のキミはきっと後悔する」
 イヅナの『アニキ』がどう思って死んだかはわからない。でもきっと、最後にひとつ心残りが出来たからリュカに『伝言』を頼んだのだろうと言うことくらいはわかる。
「後悔なんて……死んだ後にアッシが何か感じるわけが無いじゃないッスか」
「死んだ後に何も残らないなんて、死んだことないやつの嘘っぱちだ」
「……それはアンタたちの命が沢山あるからッスよ」
 ひとつだけの命のイヅナを始めとしたパラディーゾやROO内の住人と、ROO内ではどれだけ死んでも生き返れるイレギュラーズとでは命のありようが違う。
「でも、死ぬ瞬間はどうだろう? キミのアニキみたいに、最後にきっとキミは何かを思うよ」
「…………」
「何が言いたいかって言うと、そんなのやめとけってこと! それよりもっと楽しいことを考えようよ! 最後の時まで楽しいことをしよう!」
「……」
 イヅナが視線を下ろす。何が楽しいことなのかわからないのだ。楽しいことを教えてくれた背中はもうなくて、一緒に笑い合ってくれる人ももう居ない。
 それじゃあさ、ときうりんは続ける。
「世界に嫌がらせするとか、どう?」
 私もこの世界が嫌いだから、手伝うよ。
 悪戯を思いついたような笑みに瞳を瞬かせたイヅナは「いいッスね」と淡く笑った。

(まだ、駄目だ)
 詰めていた息をホッと吐き出すルフランを視界の端に納めながら、リュカは瞳を眇めた。
 渡されたり口に入れられて誰かに促されて食事をする。誰かに促されて何かをする。それだけでは、まだ、駄目だ。足りていない。イヅナが望んで、イヅナが自ら出来るようにならなければ、それは生かされているだけで生きているとは言えない。
(――俺に、何が出来る?)
 伝言を伝えたとしても、イヅナの行う『生きる』は『リュカ』の望む『生きる』姿にはならないだろう。それがリュカにはよく解っていた。
 原動力がない。起爆剤がない。自分の中で爆ぜさせて、動き出させる何かが足りていない。
「イヅナ」
 静かさを意識して、名を呼んだ。
 それだけでイヅナは大きく肩を跳ねさせる。
 声が、同じなのだ。
 期待と絶望が同時に同じくらいに膨らんで、感情の渦が瞳と喉奥に湧き上がってくる。
「アイツからの伝言だ。――『生きろ』と」
「――ッ」
 彼女の中で爆発的にたくさんの気持ちが生まれ、死んでいく。声にならぬ間に生まれては死んでいく気持ちと言葉たちが、唇を震わせて、涙を零れさせた。
「ど、う生きれば……いいって」
 言うんスかとまで言い切れず、言葉尻が消える。
 大切な人のいない世界での生き方なんて、生まれて数ヶ月のイヅナが解るはずもない。
「そうだな。お前の人生、お前の好きにすりゃあ良い。あんなヤツの言うことなんざ守らず、そのままくたばっちまったっていい」
 イヅナが顔を上げる。先刻宿った小さな光も消え去った、暗い顔だ。
「ルカさ――」
 慌てたルフランがリュカを止めようとして彼を見上げ――その表情に息を飲んだ。
 彼が心を殺しているのが解る。言いたくないことを、心にも思っていないことをわざと口にして、彼女の起爆剤にしようとしている。
「生きてりゃいいってもんじゃねえ。アイツはお前に幸せになって欲しかったんだろうさ。けれどお前はそれが出来そうにねえ。それなら守らず、くたばっちまえ」
 お前のその姿はなんだ? 淡々と冷徹にリュカが告げる。
 アイツが見せていた『生きる』姿はそんなものだったのか?
 冷淡に、冷酷に。イヅナの心を割くと知っていても、リュカは口を閉ざさない。
「そんなことすらお前に理解させる事が出来ねえ。自分がいなくなりゃあ前を向く事すら出来ないやつにしちまった。――アイツは、ただのゴミだ。何も残せなかった。何も出来なかった、ゴミだ」
「……違う」
「違わない」
「違うッ!」
 ガタン、と大きな音がした。
 椅子を倒して立ち上がり、イヅナがリュカの胸元を掴む。
 止めることは出来た。けれど誰も止めない。――リュカがずっと拳を握りしめていることに気付いているから。
「アンタに何が解る! アニキは強くてかっこよくて、アッシの太陽だ! アンタに……アンタだけはアニキをそう言ったらいけないのに!」
「……俺にアイツをゴミ呼ばわりさせたのはお前だ、イヅナ」
 残されたイヅナは、何も出来ない。最後まで生き抜く気力もない。
 それは兄貴分が何も残せなかったと言うことだ。
「お前にアイツが望んだ生き方をするのなんて無理だね。なにせお前はアイツの妹分だ」
 イヅナはぎりっと奥歯を噛みしめる。出来ると吠えたい。けれど、出来るかどうかなんてわからない。悔しくて悲しくて、大切な人と同じ顔の男をただ睨んだ。
「出来るって言うんなら証明してみな」
「しょう、めい……?」
「証明だ。お前の生き様を見せてみろ」
「アッシは……」
「それが出来なければ本当にアイツはゴミってことだろうよ」
 態度は変わらず、冷淡に。服を掴んだイヅナの手を払い落とし、リュカは言うことは終えたと背を向けた。「証明してみせるッス!」と吠えたイヅナの声を、しっかりと背で受け止めて。

(――けれど、どうすれば……)
 リュカの背が見えなくなると、またイヅナの頭が下がっていく。
 心の温度が冷えていけば、あの人が本心で言ったことではないことも、言わせてしまったのが自分だと言うことも理解できた。
(どうして、アッシはこんなにも弱いのだろう)
 見ず知らずのイレギュラーズまで来てくれた。けれど、前の向き方が解らない。以前はどうしていたかなんて、もう忘れてしまった。
 ボタボタと涙が溢れる。泣いてばかりでは駄目だと思ったから、今度は自分で涙を拭えた。止まれ、止まれ。止まらない。念じても涙は止まらない。けれど、自分で拭うことは出来る。
(そういえば、さっき、)
 拭ってくれた――自分の方が泣き出しそうな顔をしていたルフラン。
 彼女は今、どうしているのだろう。
「イヅナさんのばか!」
 ルフランのことを気にして探そうとした途端叫ばれたものだから、イヅナの肩は大きく跳ねた。おっかなびっくりそろりと窺えば、ルフランはイヅナにも負けないくらいボロボロと涙を零して泣いている。驚きにイヅナの瞳は丸くなり、涙はポロリと落ちたのを最後に止まってくれた。自分よりも泣いているひとを見ると、少し冷静になれるものだ。
「リュカさんのこと、何も解っていない! ルカさんの方が解ってる!」
 ルフランの言う『リュカさん』は原動天の方である。リュカ――ルカはその名を彼にあげたのだから、ルフランはそれに倣う。
 泣きながらキッと睨みつけてズンズン近寄ってくるルフランに、イヅナは借りてきた猫のように身を強張らせている。――彼女を倒さなかったのは、最初は作戦のためだった。けれど今は違う。作戦も何もない。彼女の大切な人が『生きろ』と願って、それを叶えたいと思う人がいる。いてくれている。
(それなのに、イヅナさんは……!)
「ばか! わからずや! リュカさん検定不合格!」
 彼女の大切な人の願いも理解できない、大馬鹿者だ。
「でも、アッシは……」
「方法が解らないなら皆に聞けばいいじゃない!」
「え……」
「イヅナさんはひとりじゃないの、あたしも、皆も居るの」
「そうですよー。まったく、ひめのこと忘れないでほしいですね!」
「そうよ、イヅナ。あなたのアニキだったら、どう生きるの? 一緒に考えて、一緒に楽しく生きましょう。その人が羨むぐらいに!」
「もー、早速楽しいこと始めちゃいますよ。まずはお洒落です! ほら、殿方は早く出ていってくださーい。女の子のお着替えですよ!」
 ひめにゃこが口を開く度、場の空気が一変する。重苦しい空気は彼女に払われ、出てった出てったと追いやられた男性陣は室内から出ていった。

(――悪ぃな、上手いようにやれなくて)
 部屋の外、壁にもたれて会話を聞いていたリュカは、同じ姿の男を、ホンモノだと認めた男のことを想った。
 種火はつけた。後は仲間たちがきっとどうにかしてくれる。その炎がどれだけ大きく育つかはわからない。けれどきっと、仲間たちなら上手いこと焚き付けてくれるはずだ。
 部屋から出てくる者たちと顔を合わせる前に、リュカはその場を後にした。

●東雲
「どーですか? ひめプロデュース、プリンセスコーデです!」
「……着替えていいッスか?」
「どーしてです!? 女の子なら誰だってお姫様に憧れるはずですよね!?」
「……アニキに一番見られたくない姿ッス……」
「こういう服装はリュカ先輩は疎いですからねー」
 あの人結構大事なこと言わなかったり一言足りなかったりしますもんねー、なんて知ったかぶりな顔でうんうんと頷くひめにゃこ。その隣でイヅナは「絶対に笑われる……」と顔を両手で押さえてプルプルと震えていた。
「おれは似合ってると思うぜ、ねーちゃん。……着替えたら、ちょっとおれに付き合ってくれる?」
 イヅナが着替えるのを待ってから(ひめにゃこはブーブー言っていたが)ルージュはイヅナの手を引いて外へと連れ出した。外のほうが空気がいいし、景色も見られる。心に鍵をかけるように室内に閉じこもるより、ずっと開放的だ。
 外に出て少し歩き、広場みたいなところのベンチへと落ち着いた。
「おれな、パラディーゾのねーちゃん達とは沢山戦って来たんだ」
 少しだけ風を楽しむように瞳を閉じた後、静かにルージュは口を開いた。
 姉妹喧嘩みたいに倒した『自分』のパラディーゾのこと。
 護りたい人のために自殺――自ら倒されたパラディーゾのこと。
 最後まで戦って、仲の良かった人と一緒に死ぬことを選んだパラディーゾのこと。
「ねーちゃん」
 イヅナの目を見る。
 その瞳はずっと揺れている。
「なぁ、ねーちゃん、今はまだ見つからねーかもしんないけどさ。そんなに長く生きられない命なら、世界に何かを残して見る気はねーかな?」
 何をしたっていい。悪いことだって、やりたいようにしていい。
 それでちゃんと生きられるのなら、命を謳歌できるのならそれでいい。
 後始末はおれたちがやってやるからさ。
 なんて笑って、ルージュはイヅナの手を取り立ち上がる。
「ねーちゃんを殺してやる事もできるぜ? ねーちゃんの大切な人みたいに全力で戦い合って、今度こそ後を追えるようにだってしてやれる」
 無抵抗に殺されるのは自殺だけれど、全力の戦いの中で死ぬのなら――何よりそれを望んで果てたのがその人自身なのだから、きっと許してくれることだろう。
「……そういう道もあるって事ッスね」
「おれとしては楽しい方がいいけどな。やりたいこと決まったら、教えてよ」
 な? と、にっこりと笑ったルージュの顔を見て、イヅナはうんと頷いた。そこにあったのが純粋な優しさで、この子は優しさからそう言い、きっと望めばそうしてくれることが解ったから。
「アンタみたいな子にそんなことさせられないッスから、アッシは出来るだけ『楽しい』を見つけたいッス」
「おれもそうしてくれると嬉しいぜ」
 そろそろ戻ろうかとルージュが差し出した手に、素直にイヅナが手を伸ばす。イレギュラーズたちはこうして幾度も手を差し出してくれるのだろう。それを掴むかどうするかの勇気さえあれば良いのだと、イヅナにも解ってきた。
「お帰りなさいませ」
 戻ってきたイヅナたちを出迎えたファンは涼しい顔を崩さずに、けれど瞳の中で残念という感情が揺れていた。
 皆がイヅナに声を掛ける中、ファンはひたすら情報を集めていた。ネットの友人たちに声を掛けてまわり、仮説の立案と検証。その結果から何か得られるのではないか。そしてイヅナ以外の残されたパラディーゾにとっても良い結果が得られるのではないか、と。
 しかし、どれだけネットの友人たちに声を掛けても、ファンが望むような答えは得られなかった。
「良いお話が出来ましたか」
「うん」
「それでは私からも提案を。もしラサにも他にも行く宛がない場合は『電脳廃棄都市ORphan』を訪ねてみるのも良いかも知れません」
 そこには、原動天が倒れても、至高天が倒れても、イノリが倒れても――今尚活動を続けるパラディーゾたちがいる。
「他の人たち、そんなところにいたんスか……」
 基本的に『リュカ』以外と交流を持っていないイヅナは、他のパラディーゾがどこで何をしているのか知らない。『リュカ』は時折『話し合い』にふらりと姿を消していたから、もしかしたら他と繋がりがあったかもしれないが。
「彼女らと会ってみるのも、新しい気付きがあるかもしれませんよ」
 それでは私はこれにて。
 折り目正しい礼をして帰っていくファンの背中へ、イヅナはありがとうと礼を口にした。イレギュラーズたちに負い目を感じるようならば、パラディーゾの仲間たちがいる場所へ行ってもいい。選択肢の広がりは、イヅナの心を軽くしてくれた。
「お帰りなさい、イヅナ殿。次は僕と出かけましょう」
 さあ僕の背中に乗ってくださいと元気に告げた焔迅を見たイヅナは、ルージュを見た。馬等ならいざ知らず、喋る生き物に乗るのは初めてだ。彼の姿もオアシスで見たからイレギュラーズであることは解るが、「え、本当に?」な心地でいた。
「しっかり捕まっていてくださいね!」
「楽しんでくるといいんだぜ!」
 イヅナに大きく頷き返して背中を押したルージュは、空へと消えていくふたりへと大きく手を振り見送った。
 あっという間に地上から離れていった。手を振るルージュの姿は小さくなり、視界が広がる。集合する家々の境を超え、その向こうの砂漠、空と大地との堺の地平まで見渡せる。
「イヅナ殿、見えますか? 珍しい鳥たちの群れがいますよ」
「どこに?」
「驚かせない範囲で、になりますが、少し近づきますね」
 きっとオアシス間を渡っているのでしょうと焔迅が告げたその鳥は、大きくて優美な白い羽を持っていた。イヅナの胸に感嘆が溢れるのが、掴まれている毛越しに焔迅へと伝わった。
「世界は、綺麗ですね」
「そうッスね、綺麗ッス」
「イヅナ殿、『リュカ』殿の伝言は聞きましたよね?」
「……うん」
 『伝言』の内容を知った時、焔迅はなかなかひどい願い事だと思った。
「僕は、戦ばかりの国に生まれました。だからイヅナ殿の気持ち、少しは分かります」
 生き残る事は、置いていかれる事だ。上官も部下も戦友も戦で命を散らせ、自分ばかりがこの世に残される。名誉なことだと国は言う。お前は生きろと死した者たちは呪いであり祝いを吐く。
「それでも僕は、生きています。悲しくても、生きているのだから生きなければ。僕はイヅナ殿にもそうあって欲しいです。最後まで自分らしく――『リュカ』殿がそうであったように、イヅナ殿らしい人生を懸命に生きてください」
 酷なことを言っている自覚はある。だからこそ僕たちが支えます、と真っ直ぐに焔迅は伝えてくれている。イヅナはすぐに返事を返さず、綺麗な景色を見て、風を感じて、言葉を何度も噛み砕いて考えた。
「……また今度、背中に乗せてもらってもいいッスか?」
 自分らしい人生はまだまだ解らないが、また空の散歩は楽しみたいと思ったようだ。はい! と大きく応えた焔迅は、尾を振った。難しいことを考えるのは苦手だからこうした空の散策やもふもふなら幾らでも、と。
「風が冷えてきましたね。そろそろ戻りましょう」
 また一緒に綺麗なものを見たり探したりしましょうねと明るく口にして、くうるりと空中で旋回した焔迅は仲間たちの待つ地上へと戻っていく。
「おかえり、イヅナ。空はどうだった?」
「綺麗だったッスよ」
「ね、今度、わたしが皇帝になり損ねた鉄の国にも行きましょ。ドラゴンの国、海の向こうのハイカラな国だってあるのよ」
「……いっしょに行ってくれるんスか?」
「当たり前じゃない。だって私たち、もうお友達でしょ?」
 お友達になりに来たって言ったじゃない。
 ザミエラが美しい髪を揺らして笑う。
「ともだち……なってくれるんスか……」
 本当に。落ちる言葉のひとつひとつが震えている。
「あー、ずるいです! ひめもお友達ですよね!?」
「あたしもだよね、イヅナさん! 嫌だって言ったってこれから毎日来て色んな話するからね!」
「……いや、毎日は困るッス」
「パジャマパーティだってしたいし、美味しいお店も紹介したいでしょ? 皆で一緒に騒いで、騒ぎ過ぎだってルカさんに怒られちゃったりしようよ」
「…………たまに、なら、いいッス。楽しいこと、いっぱい教えてくれるんスよね?」
「うんっ、教える! 教えちゃう!」
 少女たちの満面の笑みの中に、ぎこちないけれども小さな笑みが咲いた。それは前を向いて歩いていこうと、皆に手を引かれながらも最初の一歩を踏み出した笑みだ。
「ねぇ、イヅナぁ。答えは出せたかなぁ」
 ずっとずっと見守っていた『水底に揺蕩う月の花』エイラ(p3x008595)はその笑みに安堵して、そっと声を掛ける。聞かなくても答えは解っている。けれど、聞きたいのだ。
「エイラ」
 少女たちの傍から離れ、イヅナはエイラに近寄った。
 エイラの伝えたかった言葉は、仲間たちも告げてくれていた。
 イヅナの大切な人が遺したのは言葉だけじゃないこと。
 イヅナ自身が彼が生きた証であること。――リュカが泥を被ってでも伝えた。
 思い通りの死に方が出来たはずの彼に生まれた最後の思い残し。
 誰よりもイヅナのことを知っていて想った、最後の願い。
 その言葉が呪いではなく、祝いであること。
 世界に祝福されますようにと、祈りであること。
「アッシが寝ていた間もずっと声を掛けてくれていたの、アンタッスよね」
「聞こえてたんだねぇ」
「うん、届いてた。エイラの気持ち、いっぱい貰ってた」
 エイラの、ROOの外での、過去のこと。
 イヅナみたいに傍らに居てくれる人が居て、喪われて長い時がすぎたこと。
 世界の色彩が欠け、それでも生きてきたこと。
 全部全部、聞こえていた。
「アッシはエイラみたいに世界を嫌いじゃないなんて思える日は来ないかも知れないッスけど……」
 大切な人と出逢えわせてくれたことには感謝しているけれど、悪として作られた身では好きになれる日よりも先に終わりの方がきっと先にくる。
「寂しい、ねぇ」
「うん」
「逢いたい、ねぇ」
「……うん」
 面影を想えば、すぐに涙が溢れそうになってしまう。
 返すねぇと差し出された短剣に、少しだけ間を置いて手が伸ばされる。
 短剣を自らの首に添えることはしない。生きたいと願った名も知らぬ少女の願いと、生きていこうと振るったイヅナの意思が宿る短剣は、あるべき定位置へと収められた。
「アッシ、最後まで頑張って生きるッス」
 上手に生きられないかもしれない。けれど、頑張って生きる。
 どうしてイレギュラーズたちがこうもお人好しなのかイヅナには解らなかったけれど、きっと彼らはそういうものなのだ。そういうものなのだと思えば、困ったら頼ってしまえばいいと心がストンと何処かに落ち着いた。
「楽しいことを見つけて、面白いことをして――アニキの真似っこみたいだけれど、いいんス。だってアッシ、アニキの妹だから!」
 そう言って浮かべた満面の笑みに、エイラもそうだねぇと口角を上げた。

 まだまだ泣いてしまうことも多いだろう。
 ひとりになる度に、隣の空白が気になってしまうことだろう。
 けれどそれでも、寄り添ってくれるひとがいるから、ひとはひとりではないのだと立ち上がれるのだろう。

 立とう、太陽を向いて背筋を伸ばし、真っ直ぐに。
 笑おう、太陽みたいに明るく元気に。
 生きよう、太陽みたいだと想った人に恥じないように。
 謳歌しよう、太陽みたいなあの人が羨むぐらいに!

 いくつもの優しい気持ちの溢れる世界に、わたしは生きているのだから――。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

優しいお話をありがとうございました。
イヅナに沢山心を砕いてくださったお陰で、イヅナは前を向いて生きていけます。
例えその先が短くとも、いつかは命は終えるものです。
長さの違いはあれど、イレギュラーズも、パラディーゾも。

心を燃やし、命のままに駆け、素敵な明日を迎えられますように。

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