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シナリオ詳細

闇医者ハヴェルと悪徳の屋敷

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ある少女と母のこと
 ベッドにさす明かりは、明けた空からさす茜色のものだけだった。
 茶色く汚れたレースカーテンは半分ほど千切れ落ち、漏れた光がベッドサイドに座る子供を映し出す。15歳になったばかりだろうか。少女の顔色は、優れているとは言いがたい。目に隈をつくり、肌はひどく荒れていた。
 だがそれが健康的に見えるくらい、ベッドの女性はひどい顔をしていたのだ。
 頬はこけ、うわごとのように意味不明な単語の羅列を呟き、天井へ視線を泳がせている。
 単語の中に混ざる『MD-X』という言葉に、少女はびくりと肩をふるわせた。
 うっすらと開く少女の目には、怒りと憎しみの炎が、ゆれていた。

 ラサ傭兵商人連合の勢力圏であり、幻想王国へと繋がる道のひとつ赤色商路(レッドライン)。かつて多くの問題があったこのラインもローレット・イレギュラーズたちの活躍もあって今はひっきりなしに様々な商品が行き来している。経済が回るということは社会に価値が増えるということだ。それだけ人々は豊かになり、幸福もまたもたらされる。
 それはなにも、金貨や美味いハンバーガーだけに留まらない。
「ここでは、殺しも請け負っているって聞いたわ」
 レッドラインの中間地点であり管理組合のある宿場町。そのある意味で中心と言える酒場クリムゾンズのバーカウンターには、ウェスタンバーに不釣り合いな15歳ほどの少女が座っている。
 彼女隈のある目つきや顔色や、何より瞳の宿る憎しみの炎を……酒場のマスターをつとめる隻腕の男クリムゾン13はよく知っていた。
 そして『復讐は無意味』という言葉の真の意味も、知っていた。身をもって。
 だからクリムゾン13はカップにミルクを注ぎ、少女の前に出してやる。
「話を聞こうか。うってつけの人材も、心当たりがあるぜ」

●MD-X
 ウェスタンバー『クリムゾンズ』へと集められたローレット・イレギュラーズ。彼らに対して、クリムゾン13はオレンジ色の錠剤を突き出してみせた。
「フェルディナント病を聞いたことはあるか? 体内のマナ循環不全で起きる症状のひとつで、投薬治療によって回復できる。ラサでは比較的発見や治療法確立の新しい病気だがそのぶん治療費も高くてな、富裕層はともかく一般層には結構な出費を負わされる。
 が、そこに目を付けるクソ野郎がいた。まあどこの世界にもいるクソ野郎だ。
 ハヴェルっつー医者だが、ずっとまえに薬物の横流しで医師会を除名された野郎だ。
 こいつが何をしたかといえば……ある少女と母ふたりだけの家族に接触してこう言った。
 『お嬢さん。私なら昔のツテでフェルディナント病の治療薬を安く仕入れることができます。あなたの生活も苦しいことでしょう。半分は私の利益のため、半分はあなたへの親切のために薬を売って差し上げますよ』と。
 確かにこの薬で母の症状は回復した。けれど暫くするとどんどん様子がおかしくなっていった。
 なぜなら、この薬には依存性があったからだ。
 確かにこの薬でも治療は可能だが、安全な治療を行うにはもっと別の薬を使うべきだったんだ。
 けれどそんなもん、15歳の少女にも普通の家庭の母親にもわかりゃしねえ。薬を定期的に投与しなければ正気が保てない身体になっちまった。
 すると今度は、ハヴェルの野郎は薬の値段をつり上げやがった。母親は搾り取られ、やがて代金が払えなくなり、今じゃベッドの上でうわごとを繰り返す状態だ」
 クリムゾン13のしたここまでの説明に、怒る者もいれば皮肉げに笑うものもいた。
 そんな中で最もシンプルな反応をしたのが グドルフ・ボイデル(p3p000694)であった。
「ハッ、世の中騙されたヤツが悪ぃんだよ。要は、残った金でおれらを雇ってそのハヴェルって野郎をぶち殺してえんだろ?」
「話が早くて助かるぜ」
 クリムゾン13は前金だといって数枚のコインを袋に入れて滑らせると、グドルフはそれをキャッチした。
「ヘヘッ、これこれ。他人のことなんざカンケーねえよな。世の中ってやつは金が全てよ」
 酒臭い息をはきながら笑い、よっこらせと言って椅子から立ち上がる。
 その横で、途中まで黙って話を聞いていたルブラット・メルクライン(p3p009557)が仮面をこつこつと叩いた。
「……ところで。そのハヴェルという男の屋敷には?」
「だなあ。治療薬がごろごろ蓄えられてんじゃあねえか?」
 クリムゾン13はすました顔で地図を記したスクロールを投げ、ルブラットはそれをキャッチした。
「実に興味深い。この仕事が悪逆の徒であるならば……その蓄えとやら、手に入れても?」
「いいねぇ。そいつもついでに、頂いちまおう。なんせおれさま、山賊さまだからよ」

GMコメント

●オーダー
 ハヴェルの屋敷を襲撃し、暗殺します。
 ちょっと正義寄りの行為ではありますが『殺して奪って』となると割と反社会的な行為になってしまうので、今回は悪名シナリオとなっております。

 ハヴェルの屋敷はラサ南部にあり、(同じように命を狙われがちなせいか)警備員や用心棒が多数雇われています。
 全員で警備のめを掻い潜るんでもいいですし、派手な陽動をおこして警備員を引きつけているうちに内部へ侵入するんでもいいでしょう。
 内部へ侵入したらハヴェルを見つけ出し抹殺してください。
 その際用心棒たちが邪魔に入る筈なので、ある程度以上の戦闘は覚悟しておいたほうがいいでしょう。

 余談ですが、ハヴェルのため込んだ薬物をかっぱらった場合クリムゾン13へと引き渡すことで成功報酬(ゴールド報酬)への上乗せがおこります。
 とはいえ結構な量なので、警備員や用心棒との戦闘がより激化する可能性を計算に入れておいてください。
 余談ついでに、依頼人の母は正しい治療薬を投与することで症状を回復でき、依存性についても時間が解決してくれるでしょう。(問題は依存性のある薬物を投与し続けなければならなかったことなので)

●エネミーデータ
 敵となるのは主に警備会社の人間達です。
 料金は遺族からも支払われることになるので、ハヴェルが仮に死んでも仕事自体はやり遂げようとするでしょう。
 そして総合的な戦闘力でいえば相手のほうが上なので、『敵を全滅させる』というタスクを仮にこなそうとするなら依頼難易度が1~2段階跳ね上がります。
 うまいことかいくぐり、うまいこといなし、うまいこと逃げるのが得策なようです。

・警備員
 雇われた警備員たちです。警備会社の人間っぽいです。
 戦闘能力は並。全員が『警備』の非戦スキルをもち、個々人がランダムに探索系の能力をもっています。

・用心棒
 同じく雇われた用心棒です。こちらも警備会社からの人間で、警備能力よりも戦闘に優れた人員で構成されています。
 警備スキルもなく非戦スキル面では弱いですが、その分実戦闘力が人並以上に優れています。戦闘になったらちょっと本気で行かないとまずいでしょう。

●フィールドデータ
・ハヴェルの屋敷
 広く、塀に囲まれた屋敷です。塀の外にはファミリアーによる監視鳥1羽が巡回し、塀内部も警備員複数が巡回しています。

・薬品倉庫
 屋敷の地下に存在する倉庫です。(もし目的の薬を持ち出すなら)どれがどれやら普通わからないので、木箱をごっそり持ち出して馬車にのっけて運び出すことになるでしょう。
 もちろんそんな大がかりな作業を敵が見逃してくれる筈がないので、戦闘難易度が引き上がります。
※運び出すメンバーに『ケミストリー、ファーマシー、医療知識』またはそれを補完できそうなスキルやギフトがあるなら運び出す薬を少なくして作業を大幅に効率化できます。

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●注意事項
 この依頼は『悪属性依頼』です。
 成功した場合、『ラサ』における名声がマイナスされます。
 又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 闇医者ハヴェルと悪徳の屋敷完了
  • GM名黒筆墨汁
  • 種別通常(悪)
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年01月11日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
華蓮の大好きな人
志屍 瑠璃(p3p000416)
密偵頭兼誓願伝達業
グドルフ・ボイデル(p3p000694)
極楽院 ことほぎ(p3p002087)
悪しき魔女
ピリム・リオト・エーディ(p3p007348)
復讐者
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
ルブラット・メルクライン(p3p009557)
61分目の針

リプレイ


 夜空の遠い、ラサの一画。
 地域によっては雪が溶け始めるこの季節に、『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)は上半身を裸のまま歩いていた。
 吐く息の色もなく、冬という季節を想像できないくらいに温かい。夏場との違いがあるとすれば日照の少なさゆえに湿度が高くかえって過ごしやすいといった程度だろうか。
「声も張って風情があるねぇ。こいつぁ絶好の略奪びよりだぜ」
 ヘヘッと笑いながら小瓶のコルクを抜くと、中身の酒をラッパ飲みする。なんという名前かも、種類すら記憶にないなんかの酒だ。ぐがあと豪快にげっぷをし、斧を手に取る。
 通りのずっと先に見える、背の高い建物。あれがハヴェルの屋敷だ。
 周辺に住んでいるのも金持ちらしく小綺麗な建物が並ぶ街並みだが、ハヴェルの屋敷は頭一つ抜けて豪華だ。
「こういうパターンに住んでやがんのは、大抵ズルして稼いだクズ野郎なんだぜ?」
「闇医者ってのァ、ウマくやるとこうも金になるんだなァ。ご指南願いたいモンだな?」
 黒いジョークを言って横に立つ『悪しき魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)。
 広くも細くもない、しかし舗装は整った道をまっすぐに歩く。
 十字路にさしかかった辺りで、ことほぎはキセルにをくわえて煙を吸った。
 吐く息が今度こそ白く煙り、空へと登る。のぼった途端に髑髏の形を作り、そして霧散していく。
 道ばたに座り込みなにかをコリコリと囓っていた『《戦車(チャリオット)》』ピリム・リオト・エーディ(p3p007348)が、十字路にさしかかったところで見えた。
 『あーどうもー』と気の抜けたような挨拶をして、立ち上がるピリム。
「で、オレらの仕事は派手に暴れて警備の連中を引きつけることだって? 準備はあんのか?」
「ええ、まー、陽動は慣れてねーですが、脚が頂けるのならそれでも良いでしょー」
 偏りすぎた価値観。歪んだ倫理観。
 常人ならば顔をしかめるかいっそ通報すらしかねない発言だが、ことほぎもグドルフも『ほーん』と興味なさげに受け流していた。裏の社会へ潜ればこんなヤツはごろごろいるとでも言いたげに。
 そうこうしていると、後ろの方から声がかかった。
「ピリム。どこにいるのかと思ったらこんな所で油を売っていたのか」
 ぼろ布でできたフード付きローブを被った『霊魂使い』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)が、夜闇に紛れるようにしてゆらりと現れた。
「油? 売る? 私は脚をー」
 言いかけたピリムに手をかざし『いい』と短く告げるアーマデル。
「四人で固まってもよさそうだったが、このメンツなら二手に分かれるくらいが丁度良いかもしれないな。ピリム、裏手に回って塀を越えられるか」
 アーマデルは幻で作った奇形の翼をゆっくりと広げ、呼吸するように膨らみしぼみをやるとピリムを見た。
 ピリムは『コウですか?』という真顔で宙にふわふわと浮いてみせる。
 『そういうことで、俺たちはあっちに』というジェスチャーをするアーマデルにことほぎたちは手をパタパタとやってみせた。『好きにしな』とも『任せたよ』とも『責任はとらないよ』ともとれるが、彼らの間ではよくみる仕草だ。裏社会特有の連帯感とでも言おうか。
 アーマデルたちはそれを受けて、自らスッと夜闇の中へと消えていった。

 陽動チームが動いたことを遠目に確認すると、『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)は『お先に』と言って自らの気配を希釈させた。
 足音を殺し、仲間とは別ルートを使うべく屋敷の塀へと腕をずぶずぶと沈めていく。
(個人的な所感を言えばハヴェルさんにも死んで欲しくはないのですが、残念ですがこれもお仕事。
 身につけた知識や技術の価値は認めますので、次の人生ではそれを誠実に使われますように。
 殺しは好みませんが、我々と依頼主の安全の為。恨んでくださって構いません)
 一足先に潜入を始めた瑠璃を見送る形で、『死地の凛花』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)はすぐ後ろの『雪風』ゼファー(p3p007625)をちらりと見た。小さく頷き合う。
(復讐は無意味。その通りです。
 でも、わたしは世の中において無意味だけど無駄ではない事があるのを知っている。いえ、教えられました)
 ココロは深く呼吸を整え、気持ちの整理をつけていく。
 『復讐は無意味』という言葉の真の意味について考えながら。
「なぜ、人は、復讐をするんでしょう」
「さあねえ、なぜかしら。私には分からない気持ちだけど」
 と前置きしてから、ゼファーは髪の毛の先をつまんで小さくいじった。
「『無意味だと知る』ことに意味があるんじゃあないかしら。人生なんて所詮、転がる石ころみたいなものだもの。転がる理由が欲しいのよ」
 『そこへ来ればうってつけの理由じゃない?』と屋敷を見てゼファーは言う。
「奢ったクソ野郎をぶっ殺す。
 困ってる子は助かる。私達は報酬貰えてハッピー。
 誰一人傷付かない、やりがいのある仕事だわ?」
 ね? と首をかしげて見せたゼファーに、『夜に這う』ルブラット・メルクライン(p3p009557)が困った顔(?)で笑った。
 仮面をしているせいで表情は読めないが、くつくつと喉を鳴らして顎を動かしたのである。
「復讐に手を汚せば、やがて報復に怯え人生をせかされる。代わりに汚す者がここにいるのは、結構なことだ」
 懐からメスを抜き、くるりとペン回しの要領で回転させる。
「それに、わざわざ私に依頼したのだ。付き合おうではないか、『無意味の先』まで」


 サーチライトが走る夜。壁面に立つことほぎにそれは重なり、まるでスポットライトのように照らし出す。
 『いたぞ』という声と同時に放たれた無数の銃弾が壁をはね、ことほぎはまっすぐに壁際を走っていく。
「やべっ、見つかった!」
 大きな声で叫ぶ。一見して愚かな行為だ。自分の居場所を知らせるのみならず、他に仲間がいることを暗に教えてしまっている。
 警備兵たちは素早く連絡を取り合い、銃や剣を手にことほぎを追いかけた。仲間が複数居たときのために人員を増やすことも忘れずに。
 ことほぎは追ってくる足音が増えたことを確認すると、小さくにやりと笑った。
 無論だが、ことほぎは愚かさ故に大声を出したわけではない。
 自分に注目を集め、そして人員を増やすことを目論んでのことだ。そしてそれは、結果としてうまくいった。
「オラオラ、こいつみてえになりたくなきゃとっとと消えな! おれさまに刃向かう奴は皆殺しだぜ!」
 血塗れの斧をさげ、グドルフが笑っている。
 別の方向から駆けつけたであろう警備兵を斬り殺し、木の枝めいたものをがじがじと囓りながら、ことほぎとそれを追ってきた警備兵たちを見たのだ。
 そして見せしめをするかのように、警備兵の死体を片手で持ち上げ首を切断する。
 血が吹き出す頭部。崩れ落ちる胴体。
 グドルフはとどめとばかりに首を警備兵たちに投げて寄越す――が、警備兵たちとて素人ではない。スッと左右に首をよけると、『発砲許可、任意』の号令と共に数人が銃を構え発砲した。
 ことほぎは一旦頑強なグドルフを盾にしてするりと後方へ回るとキセルを取り出した。
「立ち止まって相手する義理はねぇんだぞ?」
「わぁってら」
 ならよしとばかりにことほぎは監獄魔術『インスタービレ』を発動。精神をかき乱す『意地悪な呪歌』が発砲する警備兵達へと襲いかかる。
 その一方でことほぎと共に逃げ出すグドルフ。
 追いついてきた警備兵の剣を払うと、つばぜり合いに持ち込みながら呼びかけた。
「やれやれ。あの野郎に忠誠を誓ってるってワケでもねえんだろ? カネが欲しけりゃ、いくらでもくれてやるってのに」
「舐めてくれるなよ。お駄賃もらえばどいてくれるチンピラに見えたか?」
「見えねえよなあ。あんたらもプロだ。金と信用が大事」
 ニヤリと笑い、グドルフはわざと取り落とした風にみせてコインの入った袋を地面に放った。
 これ以上は言葉にするべきじゃあない。追いついてきた警備兵は『必死に戦ったが取り逃した』風を見せ、グドルフもまた『相手が手強いが必死に追い払った』風を見せて逃げ出す。
「チッ」
 グドルフをどこまでも追尾できそうなほど優秀な警備兵は、自らの剣で脚を薄く切りつけ血を流してから叫んだ。
「脚をやられた! 誰が追跡を代われ! 取り逃すな!」

 『取り逃すな』という声がかろうじて聞こえる。
 警備兵は裏側の塀を守っていたが、その声に自分達も向かうべきか考える。実際口に出して『俺たちも行くか?』と隣の警備兵に問いかけると、もう一人は首を横に振った。
「待てよ。俺のレーダーが飛行スキルを感知してる。この辺でマヌケに空飛んでるヤツはいるか?」
「いや――」
 片目を覆うような仕草をする警備兵。暗視能力をアクティブにし、五感を同期させている小鳥の視界を覗いたのだろう。『いないな』と言いかけた、その時。小鳥の視界が途切れた。ズッと身体を斬り割かれるような感覚と共に。
「まずい! ファミリアーがやられた!」
 ふりかえる。そこには白く何かがあった。わざと目立つような白衣を纏ったピリムである。
 彼女は空を飛び小鳥を串刺しにした刀を掲げると、振ってそれを放り投げる。
「チィ――!」
 舌打ちし、拳銃を抜き連射する警備兵。
 探知能力に長けた彼だが、戦闘に置いては残念ながらそうではないようだ。ピリムはバレルロール軌道を描いて銃弾を回避すると、素早く警備兵の右足を切断。
 バランスを崩した相手の左足をも切断し、もう一人の警備兵を見た。
 仲間の脚が切り取られた事実に対して、彼は動揺しなかった。プロゆえである。そしてプロゆえに、正しくピリムに斬りかかった。
 それが最大の隙となるとも気づかず。
「――」
 幻の翼で大きく跳躍し塀をのりこえたアーマデルが、そのまま蛇鞭剣ダナブトゥバンをチェーン状に展開。警備兵の首へと巻き付けると、木の太い枝にチェーンひっかけ、自由落下の勢いで相手の首を吊り、そして切り取る。
「思ったよりも直接的だな。この格好も無駄になってしまった」
 アーマデルは浮浪児めいたぼろ布を叩いて言うが、口調に苦みはない。『良い意味での無駄』になったからだ。もしもの備えというのは、使う必要の無い状況こそが望ましいのだ。
「しかし、この警備兵……レーダー能力まで備えていたのか。厄介だな」
 既に首を切り取った警備兵を見下ろし、呟く。
 戦闘能力に秀でていないとはいえ、そのリソースは非戦スキルに注がれているらしい。
 潜入チームの殆どは気配遮断や忍び足といったスキルを用いている。そんなスキルを誰かが使っていると知られれば、館内の警備はより厳重なものになるだろう。
「相手は人から恨みを買って当然の、それも金を荒稼ぎしている人物だ。悪意ある襲撃を警戒して然るべきだし、こちらと同じことが相手もできないと侮る理由はないな」
 そうしていると、鋭い聴覚やその他スキルによって戦闘を察知したであろう警備兵たちが集まってくる。
 より戦闘能力の高い人間が駆けつけるまでの時間稼ぎだろうか、彼らは一定の距離をとりつつこちらを集中攻撃してきた。
「ピリム、トドメはさすな。負傷者が多い方が相手の手数が減る」
「…………」
 若干の不満はあったようだが、ピリムは『仕方在りませんねー』と言って刀を構えた。

 例えば初めて鋼の剣を購入した冒険者は、突然自分が伝説の勇者になったような気分にぼうっとしながらゴブリンの巣穴へ飛び込んでいく。敵は自分ほど優れた武器を持っていないに決まっていると思い込み、雑魚を数匹殺してにやつく。そこへ同等の装備を備えたゴブリンが現れ、どうにもできぬままなぶり殺しにされる。
 そういう話は『死者のつまらない失敗談であるがゆえに』伝わりづらいが、知っておかなければ自分がいつか同じような目に遭う。だから、ゼファーもまた知っていた。
(どれだけ強くなったからって、相手が同等以上じゃないと決めつけるなんてことはね)
 館内で身をかがめ、壁面にそって通路を進む。曲がり角に小さな鏡を出して様子をうかがうと、コインを遠くへと投げた。
 チャリンという音に警備兵が振り返った瞬間、ゼファーは角を飛び出し急接近。相手の後方に回り腕を首に回すと、圧迫して気絶させた。
「オイオイ、ネズミってのはあんたかい。一人じゃねえな? 何人だ? 所属と名前は?」
 ずけずけと聞いてくる声がした。最初に言うべきことじゃあない。振り返ると、武器ももたぬ大柄な男が立っていた。
「ママが教えてあげましょうか? かわいいぼうや?」
 皮肉たっぷりに応えると、ゼファーはギュンと距離を詰める。相手の喉をひとつきにする手刀――を、相手は手のひらで止め、ゼファーの眼球めがけて二本指を突き出した。と見せかけてなめらかにS字カーブさせ、耳を狙う。耳を壊されると人間は平衡感覚を無くすからだ。
 ゼファーは咄嗟にかわし――そして転がる。
 後方に控えていた瑠璃が姿を現すのを、男ごしに見たからである。
 瑠璃はハッと振り返った男の後頭部めがけてソウルストライクをたたき込み、流れるように猛毒のナイフを突き立てて殺害した。
「フウ、ありがと。危なかった、けど……」
 ゼファーが扉に手をかけ、開く。
 室内にはハヴェルが拳銃を握って立っていた。
 銃弾はいくつも放たれたが、瑠璃とゼファーは左右に開くように飛び、そして瑠璃の放ったナイフによって転倒する。
 つかつかと歩み寄り、ハヴェルが何か言うより早くナイフを押し込んで素早く殺害してしまった。
 あら、と眉をあげるゼファー。
 瑠璃はハヴェルの身体をまさぐると、ポケットからひとつの鍵を取り出した。
「なるほど」
 そうとだけつぶやき、窓を開いて外へと投げる。
 野外で待機していたココロが、それをキャッチした。

 館内全ての敵を倒しきれるほど、警備は甘くない。警備兵程度なら倒せても、戦闘力に優れた用心棒をなぎ倒して進むのは困難だ。
 ハヴェルが殺された今となっては、なおのこと。
「お前等の首を貰っていくぞ。依頼人を殺され暗殺者も逃がしたとあっては会社のメンツに関わるんでな」
 両手に拳銃を持ち、鋭い射撃を仕掛けてくる白服のガンマン。
 ココロは両手で貝殻状の魔力障壁を作り出すが、貫通能力に優れた弾と爆発力に優れた弾をミックスし素早く打ち込んでくるガンマンによって障壁はすぐに破壊される。
(まだ薬を回収してない。ルブラット、急いで!)
 ココロが時間を稼いでいる間、ルブラットは薬品倉庫へと入りいくつかの薬品をココロから借りたザックへと放り込んでいく。
 もし愚かな強盗であったなら、大量にかき集めてふらふらしながら部屋を出るかもしれない。そして無残に殺され全てを失うのだ。
 ルブラットはそうではない。目的は、最初から決めていたのだ。
「ココロ!」
 小さく叫び倉庫から飛び出すと、ココロと共に撤退を始める。
 ガンマンの追撃には、一発だけ『黒顎魔王』の魔法を投げつけるだけだ。
 ザックを投げてパスし、新たに現れた用心棒たちに対して同じように一発ずつ魔法の塊を投げつける。
 倒すことではなく、一瞬だけでも怯ませることが目的だ。そして最終目的は――。


 クリムゾン13へと引き渡す予定の薬品は充分だ。そのうちいくつかを取り出して、ココロが顔をしかめた。
「MD-Xはいらないって言ったよね」
 キッとにらみ付けるようにルブラットを見るが、ルブラットは冷静に頷いてみせる。
「フェルディナント病の治療薬とは別に、MD-Xに対する依存症を治療しなければならないだろう?」
 依存物質を薄めたものを服用させ、それを徐々に減らしていくという治療法があることを、ココロは思い出した。
「あの子に? ううん……自分が直接行ってあげるつもり?」
「それが、『無意味の先』というものだろう」
 ルブラットは肩をすくめて、そう言った。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ――後日談
 依頼人である少女の家に、後日白衣の医者を名乗る人物が現れ、母親に投薬治療を行いました。
 全治に数ヶ月はかかりますが、母の病と依存症は治癒されることでしょう。

 また、追加報酬は『薬がこれだけあれば充分だ』と言って全員均等に支払われました

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