シナリオ詳細
垓の慟哭
オープニング
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術技というものは、常に『必要』の末に発展し、進歩するものである。
無論、趣味人が趣味を高じて生み出すものが思わぬ成果を発揮する事例も十分あるが、大抵の場合は必要の末、窮乏の果てに生まれるものといえるだろう。
……つまるところが、どれだけ他者から見て下品で不必要なものであっても、当事者が求めた結果であることは疑う余地もない。
ときに、深緑という国家は、『比較的』閉鎖的なお国柄である。ローレットの、そしてラサの献身的努力あって現状の国交レベルに落ち着いているが、考えがいまだ旧い者達は外の人間を受け入れることをよしとしない。それと同じくらい、幻想種として各々の大樹を、自然を守り共存するに値しない同胞をよしとしない。
弱肉強食。自利利他。自らを守る最低限がなくば、同胞とみなさぬ。そんな考えの者がいないわけではないのだ。
つまるところが優生論だ。訓練すれば生きて行けようが、その余地をも好まぬという姿勢が無いといったらそれは大いなる嘘であろう。そのためにとある集落で生み出されたのが、醜悪極まる探知魔術。『神経探査術』、『魂捜術』などである。
簡単に言うと『神経がきちんと通っているか』『胎児の段階でまともな魂の組成であるか(生まれ持っての不具を持たぬか)』を知りうる術式。
そうであらぬものをどうするか? 同胞殺しを強いるのか?
否、そうするにふさわしい場所が――とても醜悪な話であるが――深緑には確かに存在する。
「なんで、こんなところに……!」
「『なんで』? 面白い質問をするものだね。よもやこの深緑にあって、子を孕む際に、噂の一つも聞かなかったわけでもないだろう? 僕は君を愛している。そして里も愛している。里を守るために、君を愛していたいために、僕はお願いをしたはずだ」
その子を堕ろせと。幻想種の男は、同じく幻想種の女(妻であろうか)に信じがたい言葉を投げつけた。
彼らがいるのは深緑の奥地に座し、ほとんどの者が寄り付かないとされる忌み地の一つ『命脈の垓(はて)』、その近傍だ。
生まれから不具を持つ者、生まれても生きていける保証なき者、そして……子を己の腹から追い出すことを母の愛にて拒絶する者すらも。すべては打ち捨てられるためにこの地へと送られる。
かつてはそうやって捨てられた者達が身を寄せ合って暮らしていたが、今では――おおよそ10ヶ月ほど前からだが、そこには誰もいない。迎え入れる者なき地で、生きていける者などあろうはずもない。
「僕は君を連れて帰りたい。君が頭を縦に振りさえすれば連れ帰ってあげられる。里の人達だって僕たちを待っている……さあ!」
「あなたは、血を分けた我が子が可愛くはないの?」
「可愛いとも。『なんの不具合もなかったならば』」
女は絶句した。夫の愛情のあまりの歪みに、目を見開き吐瀉物を撒き散らす。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
男はどうしようもないものを見る目で妻を見下ろすと、そこまで言うなら仕方がないとばかりに足を振り上げ。
そして、その足を打たれ、無様に地を転がった。
「痛っ、つ……! 誰だ、何をした!? 皆、そこに誰かいるのか?」
男は周囲に控えている里の者達に呼びかける。どこか混乱したような雰囲気が帰ってくるのと、次弾が遅い来るのとはほぼ同時だった。
「醜悪極まりない。血を分けた子でさえ殺せる男が、自分の危険にはのたうち回るのですね」
ぞっとするほど冷たい声が、森の中から響き渡る。姿は見えない。
「子を宿した母に人の心があったのなら、それが救いでしょう。……この場にいる者は母子を除き鏖殺を。それがこの地の望む末路です」
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「……まあそういうわけで、おまえ達にはこの子と一緒に深緑に来てもらうゆ。『命脈の垓』っていうそれはそれはクソみたいな場所に、多分子供を捨てるとか妊婦を追い込みにくるとかするクソ野郎共が現れるので皆殺しにするゆ。ぶっちゃけ罪を自覚してきてる奴らに容赦もへったくれもねえけど顔は最低限隠すんゆ」
「え、っと……ぼくはなんでここに?」
『ポテサラハーモニア』パパス・デ・エンサルーダ(p3n000172)のいいぶりは何時にもまして突き放すようなもので、傍らには……年端も行かぬ少年がついてきている。目に光がないので盲でいることは明らかだが、それでもそんな不具を感じさせぬ足取りだった。
「おまえ、多分玄丁に訓練受けたり進捗見てもらうどころか生活すらもいっぱいいっぱいじゃないかゆ。だからあいつがいない間に拉致らせれもらったゆ。おまえくらいなら棒立ちのやつ撃ち抜くのはわけないはずゆ」
少年の名はディーレ・ディーア。玄緯・玄丁(p3p008717)が『どこからか』連れてきた幻想種で、今は彼のところで生活している……はずだ。余談だが、パパスが一度スリングストーンの扱いを教授している。
「で、でもなんで玄丁さんを呼んでこなかったんですか?」
「ただクソなだけの連中殺すって話に呼んで素直に来るようなタマじゃねえのとおまえがいなくなったときどういう反応するか見ものだったからゆ」
「じゃあ、なぜあんなところへ……」
「復讐」
ディーレの問いかけ、その2つ目にパパスは冷たく応じた。
「復讐。居場所をおわれたあなたと、子供時代を奪われた私の」
- 垓の慟哭完了
- GM名ふみの
- 種別通常(悪)
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年12月29日 22時21分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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「いやぁ……時に狩り、時に守る、この仕事の面白……失敬ぃ、辛い所ですねぇ」
「……そーいやなんか聞き覚えがある。よーな? まー憶えてないならさして重要でもねェか!」
(あの2人は中々呑気だなあ。あの時の依頼の当事者だっていうのに……いや、だから、かな?)
鏡(p3p008705)と『悪しき魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)は悪意というものを取り立てて隠し立てすることがない。それは刀として殺人を嗜好する者と悪意を発露することに躊躇しない者の違いこそあれ、『真人間』という括りには到底入り得ない人種であることは間違いない。『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は『命脈の垓(ここ)』を記録で知っている。そして、この場の2……否、4人か。それらがこの地に関わっていたことも。だからこそ、その軽い調子に動揺を隠せない。
(それに……)
「どうしました、イズマ。依頼中に気も漫ろになるなどらしくもない」
「いや、なんでもないよ。ありがとう」
それに、なにしろ『ポテサラハーモニア』パパス・デ・エンサルーダ(p3n000172)の様子がおかしい。普段なら冗談めかした言い回しと語尾、状況が悪化しても言葉を荒げない彼女が、何故か非常に苛立っているように見えた。豹変しているという表現も、強ち間違いではないだろう。
「報告書は読んだけど……嫌になっちゃう話ね、『どれもこれも』。今回は胸糞悪い方をどうにかする依頼だから、その分気は楽だけど」
「生かそうとした結果、生かせなかった。生きようとした結果、生きられなかった。或いはせめて生かそうとすれば他の誰かを生かせないかもしれないと恐れての事ならば、誰にも責められぬ事でしょう。けれど『どうせ生きられぬと定めて殺す』など、自然の摂理どころか傲慢の一言に尽きましょう」
『葡萄の沼の探求者』クアトロ・フォルマッジ(p3p009684)は報告書の顛末も、同族たる幻想種達の行いも贔屓目には看過し難いと判じた。が、救いが在るとすればその『嫌な話』を未然に防げる立場にあることだろうか。『自然を想う心』エルシア・クレンオータ(p3p008209)が口にしている通り、命に対して真摯に向き合った結果、命を落とさざるを得ない、奪わねばならないなら慈悲ですらあろう。可能性そのものを摘み取るのは、病気にもなってない木の芽を摘み取るのと何も変わらないのだ。
「妊婦を始末するのはいただけねーです、まともじゃない魂の組成ィ? 冗談でしょー。将来脚がどう育つかなど神、それこそイーゼラー……様くらいしかわからねーんじゃねーですかー?」
『《戦車(チャリオット)》』ピリム・リオト・エーディ(p3p007348)にとって生物の、命の価値観は『脚』でしか測れない。ゆえに、魂や精神性がどう、というのは興味がない。他に欠点があろうと脚がよければそれでいいとさえ思っている。なんなればこの地での蛮行をも己の喜びのように口にしかねないほどに、その目は期待に満ちていた。
「どんな命だって軽くはねーし、死は重たい。故に自分勝手な理由で「死」を与えるなら相応の報いを与えるのが我が一族の使命。まあ、何より……『私』自身が胸糞わりぃ連中を赦せねぇだけだがな? パパスもそうだろう?」
「私の理由なんて先程言った以上の意味はありませんよ。復讐がしたいんです、この子のためにも、私のためにも」
『呑まれない才能』ヘルミーネ・フォン・ニヴルヘイム(p3p010212)もまた、常と雰囲気が違うのがわかるだろうか? 冗談めかした一人称はさておき、仲間達のブレーキ役に回る事が多いのを思えば、彼女が真人間に近いのは容易に察しが付く。その問いに、パパスは曖昧に応じディーレを見た。
「そんな、ぼくは別に」
「実戦経験の機会を逃さないほうがいいですよ、ディーレ」
困惑するディーレに優しく告げるパパスの表情は常のそれとはやはり異なる。ヘルミーネは知らないが、そもそもパパスはそういう女ではないのだ。
「戦い方を教えてって言ったけど……ふふ、この場所に戻すなんて悪辣じゃないかな? それに僕になんの断りもなしに戦場に連れてくるだなんて、意趣返しってやつかい?」
「罪を覚えず、我欲に走り、本能を優先し敵意を煽る。『そんな集団』に滅ぼされた集落を再興しようなんて正気の沙汰じゃありませんよ。そんな冗談をしたり顔で語る連中がいればそれこそ深緑(このくに)には不要ですから」
『蔵人』玄緯・玄丁(p3p008717)はパパスら一同がローレットを発ってから、追ってくる形で合流していた。なにしろ彼が身元引受人である。『本来なら』勝手に連れて行かれるのはあってはならない。ならないが、強く言えない事情があるのも事実だ。
「生まれ持って不具な子達でも付き合って生きていく、そのための工夫を広める。私達は獣じゃないんだからそれくらい必要よね」
「ああ、思いついても別の生き方を選ばせるのが大人の役割だよ」
クアトロとイズマは森の暗がりに視線を凝らし、周囲を観察する。成程、彼我の距離を測りづらい空間、地形ではある。不幸中の幸いなのは、エルシアとクアトロが幻想種として十二分に能力を活かせる環境であったこと、ぐらいだろうか?
「~~~~! ~~?」
「――!!」
遠巻きに聞こえてきた言い争う声を聞き、一同は互いに視線を交わした。
青い髪をフードに隠したイズマが身を屈め、一気に駆ける……傍らを抜けていったエルシアの火線が荒れ狂うのを視界に収め、彼は妊婦の前に立った。
「あ、貴方は一体……今の光は?」
「俺達は貴女を助けに来た。……だが、俺が『いい』と言うまで目と耳を塞いでた方がいい」
ほぼ顔を覆ったイズマは視線をあらぬ方に向け、妊婦の視線を誘導する。目の前を駆け抜けた火線に得物を焼き尽くされた衝撃に立ち尽くす夫は声もなく、そちらを見た。
「……アナタがお父さんですかぁ? 初めましてぇ」
鏡が何事もなかったかのようにゆらりと歩いてくる。構えもなにもあったものではない、隙だらけ『に見える』歩調。
「この度はおめでとうございますぅ、やはり生物は、産めよ増えよですよねぇ」
「な、何を言ってるんだ。お前は誰だ、お前に関係在る話じゃあ」
「ふぅ……それで、なんて伝えます?」
のんびりとした口調で問いかけた彼女に、首を傾げた男はその姿勢を戻すことはなかった。
「子に遺す言葉、遺言ですよ。……アナタもう死んでるんだから」
差し出された手をそのまま剣の柄に添わせた鏡は、鞘鳴りを背に駆け出していた。
「何が起きた?!」
「邪魔者か」
周囲の木々から口々に漏れる人々の声は、目の前で繰り広げられた暴挙を引き合いに出してさえ余りに悠長だった。その声、物音、存在感をもう少し隠せていれば、イレギュラーズ相手に優位に立てたはずなのだ。
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「妊婦……? こんなところに、ガッ?!」
(『こんなところ』に妊婦を連れてきたのはそちらでしょうに、よく言うわね)
視界の隅に現れた『幻想種の妊婦』に動揺を示した男は、魔弾を受けてたじろぐ。妊婦、に扮していたクアトロは素早く移動しつつ男が追撃を受けるのを視界の隅に捉えた。
「キャンキャン鳴いてるから場所が分りやすくて助かるぜ! 場所の有利は使わねえとって習わなかったか?」
「尤もな話ですが、余り挑発をし過ぎない様に。狙われていますよ、あなた」
ことほぎは手負いの幻想種を倒した直後、自らに降り注ぐ術式の密度に鼻白む。散開していても十字砲火を心得ているとは、とんだ手練がいたものだ。射手の位置と能力は記憶したが、だからこそ踏み込む手間を本能的に理解してしまう。ディーレの前に身を晒しつつ手が届く範囲内で治療を続けるパパスは、幻想種達の観察に神経を振り分ける。
彼女の口頭でのナビゲートを基にスリングを振るうディーレ、そして幻想種達の間合いへと色付きの風のごとく突っ込んでいくピリムがみえた。いつもならまっさきに突っ込むだろうが、敵の数がわからねばそうもいかぬ。
「エルシアちゃん、ヘルちゃんがかき回すから狙い目を教えるのだ。なんなら抱えられたままさっきのを撃ってもいいのだ。安定性だけは保証できないのだ」
「分かりました。全力で頼らせていただきます……あそこ、次はそこ」
最初の火線砲で幻想種達に捕捉されたエルシアに、あわや術式着弾というタイミングでヘルミーネが割って入り、一気に駆け抜ける。視界に収めることも難しい速度をして動き回り、先のレベルの砲火が飛んでくるのは中々に度し難い。どころか、そんな中から四方へ向けて火線がばら撒かれるのだからたまったものではない。
「なんだ、こいつら……なんでこんなに手慣れてる」
(狙う側に立つばかりで狙われることに慣れてないから、そんな勘違いをするんだよ)
玄丁は音もなく幻想種の一人に寄りつくと、横一線の斬撃を放つ。陽光差し込まぬ森の中で、彼の脇差の刀身に気付ける者は皆無であっただろう。
(ディーレのスタイルは……遠距離の投擲、今のままじゃ補佐がないと戦えないから……やっぱり魔術系かな)
彼は再び隠密姿勢に入りつつ、ディーレ達の様子を見た。以前見た時よりも体幹が安定した投擲姿勢、命中精度。しかし肉付きがよくないので体力は心許ない。どうにも自分のスタイルとは反りが合わないのである。
「もう母親を襲うことはやめたのか? 少し乱された程度で、残念な意思力だ」
「チッ……」
「私より堪え性がないのは考えものですねー」
明らかに狙いを変えた幻想種達に、イズマの挑発に乗せた調律(しらべ)が響く。思わず前に出た一人はしかし、横合いから急角度で進路を変えたピリムの一刀で四肢を切り離され絶命。
ざわめく音はさらなる位置を悟らせ、ことほぎが吐き出した煙、そこから生まれた弾丸に貫かれていく。
「こちとらカヨワイ乙女なモンで。近付かれるのも袋叩きに遭うのもゴメンだね!」
「その割に派手にやってるじゃないですか」
「数が多いんだから仕方ねェだろ!」
「まあ、そうですね……」
ことほぎの言葉に軽口を叩くパパス。それなりに気のおけない会話に聞こえるが、然し彼女の口調がですます調である故に微妙な壁を感じさせた。
「愛すべきパパスさんを闇に堕とすほど恐ろしい邪悪をこの森から取り除く為に、私も彼らと同じ罪を犯しましょう……摂理に反する敵を焼き、木々を育む灰に変えるのです」
「怖っ……いや、妥当なのだ。報いを受けろ、クズ共」
エルシアとヘルミーネの連携は実際のところ、そこそこに効果があった。無傷とはいくまいが被弾係数を大幅に下げられたのもある。敵をあぶり出す意味でも目立つ方が楽だ。
そのうえで、クアトロが動き回ればそちらに警戒も割かねばならない。……何れにしても、集落ひとつで纏まって現れた彼らは、個々の力ではなく集団の暴力に頼ったばかりに敗北したと言っていい。
あたり一面の焦げ跡や散乱した命の跡は悲惨なものだ。目を瞑っていた妊婦は、それら一切を(ひとまずは)見ずに済んだのだから幸運だったろう。
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「まー私もイーゼラーがなんなのか未だによくわかんねーですがねー。んなことは置いといてとりあえず脚、頂きますねー……っ?」
ピリムは生きた幻想種達を殺す際に切り取った足へと手を伸ばしかけ、しかしその手を掴んだパパスの冷たい目に首を傾げた。
「あなたの嗜好を知らない訳でもないし、止める義理は私にはない。ですが、それもTPOによります。今しがた命を脅かされた母子の前で、自分を殺そうとしたとはいえ同族の脚が持ち去られるのを見ていい気はしないでしょう」
「ですがー、これが私の生き甲斐ですのでー……」
平板な声音で淡々と諭すパパスに、しかしピリムも食い下がる。『我慢して』戦ったのに役得がないなどとんでもない。そんな表情だ。一触即発とも言える空気はしかし、パパスが手を離すことで唐突に終わる。
「ハイ・ルールがありますので、私はこれ以上とやかくは言いません。ですが、『お友達』が胎教を気にしたのにあなたがそれを台無しにしていいのかは別問題でしょうけど」
「パパスさんは落ち着いて。それこそ妊婦さんが怯えてしまう」
「そうですよぉ、笑ってくださいパパスちゃん。お腹の子には笑い声が一番いいですからぁ」
イズマと鏡に重ねて諭され、パパスは黒布に隠した頬を摘んだ。僅かに口を開き、割れそうなほど噛み締めていた歯を引き剥がした。漏れた息は激しい敵意の匂いがした。
「話は終わりか? じゃーオレはとっとと帰るわ! 依頼達成したしな!」
ことほぎは仲間達が止める間もなく手を振って去っていく。あたりに散らばった死の余韻など、魔女の足を止めるには至らぬのだろう。それぐらいが正しいのかもしれない。
「でも……旦那さん、奥様の出産を待って子だけ殺せば目的は達成出来た筈。なのに奥様を狙ったのは……垓の狂気に当てられたのでしょうか……」
「そんなものはないですよ」
エルシアが熟考し、妊婦の夫の心変わりに思いを巡らせたところでディーレが硬い声で反応する。
「僕は別に狂ってもいないですし、ここに住んでいた人達も……静かに終りを迎えさせてくれるなら、何も言わなかった筈です。だから、その『場所』に罪を押し付けるのはよくないです」
「そうね、ディーレ君の気持ちもあるわよね。……ところで、貴女はこの後の行く宛はあるかしら?」
ディーレの言葉に同意を示したクアトロは、そのまま妊婦へと視線を向ける。クアトロからピザを受け取っていた妊婦はなれぬ様子でそれを食べつつ、ふるふると首を振った。
「どういう風に我が子を守るかは貴女次第だけれど、サヨナキドリは住処と働き口の用意はしてあげられるわ。事務の仕事とかもたくさんあるし」
「うちの故郷に連れて行く気だったけど、そっちの方が……少なくとも平和に育てられそうなのだ。任せるのだ」
クアトロの提案に、妊婦は驚きつつもやや考える姿勢を見せた。そして、似たような提案を考えていたヘルミーネはおとなしく引き下がる。『サヨナキドリ』の規模感を考えれば、女性がより平和的に、そして安定して子供を育てられるかは明らかだ。だが、慈善や愛情だけでの提案ではない分、彼女も求めるべきは求める姿勢を崩さない。
「ただ、その人とその子の様子は定期的に確認させてほしいのだ」
ちゃんと彼女が我が子を愛し抜けるのか。それは見届ける義務があると彼女自身が思っている。だからこその提案だったことはいうまでもなく。クアトロも、その本心を承知しているがために否定を返すことはない。
「ディーレ、玄丁について帰りなさい。あなたはもうここで為すべきを終えた筈です。あとは私達の仕事ですよ」
パパスはディーレと玄丁にそう告げると、深く息を吐く。表情は昏く鋭いままだ。終わった、と言い切れぬ何かを抱えているのだろう。
「パパスちゃん、どうです? 笑ってくれますかぁ?」
「……最高のジョークですよ、鏡」
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
皆の行動が愉快だったので全員コメディアンの素質があると思います。
……うん、まあそういうことだよ。
GMコメント
このシナリオの予備知識として拙作「欲望・絶望・引導」とSS「その言葉を誰に捧ぐ」あたりを読んでおくとより深く理解できるのかもしれませんが、読まなくても全然問題ありません。
●成功条件
『命脈の垓』に現れた幻想種集団の『殲滅』(妊婦除く)
●失敗条件
妊婦の死亡
●幻想種達×??
全体的に森の中に散っているので多めではある。それぞれ射程がそこそこ長い(弓と術式)ので離れていても連携がとれるようだ。
幻想種のため森の中でも遮蔽物の不利を受けない。
炎系統の術は使わない。が、総合能力は高めと見ていいだろう。なお夫らしき男は妻を最優先で殺そうとする。
位置関係としては夫婦の幻想種からレンジ3あたりにイレギュラーズパーティー、そこから散開した状態で幻想種集団。
●パパス
現場についてからは何故か口調が普段のものじゃなくなってます。
普段「キレたゆ」っつってる時ですら見せたことのない表情をしています。こわ。
基本的にディーレのサポートと全体の回復など。敵の位置特定なども補助します。
なお口元を黒布で隠しています。過激じゃん?
●ディーレ
玄丁さんが『どっかから』連れ帰った幻想種。盲目だが見えているかのように振る舞う。
スリングストーンでそれなりに戦える。だが幻想種なのでちょっと脆い。命中は人並みかやや上程度。
●戦場
森の中。
視界が遮られる状態に対し、対策なく戦闘するとレンジ3以上の攻撃にやや下方修正がかかります。
●注意事項
この依頼は『悪属性依頼』です。
成功した場合、『深緑』における名声がマイナスされます。
又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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