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シナリオ詳細

砂城“牢閣”。或いは、サーザー・サジャークープの監獄城…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●砂城の檻
 ラサの砂漠の真ん中に、その砂城は建っていた。
 都市や集落からほど遠く、辺りにはるのはサボテンばかりの渇いた土地だ。
 見渡す限りの砂、砂、砂。
 商人さえも滅多に立ち寄らないような、不便な土地にどうして見上げるほどの砂城が建っているのか。
 その理由は至って簡単。
 通称“牢閣”と呼ばれる砂城は、凶悪犯の収容施設であるからだ。

 砂城を管理するのは、褐色の肌の若い女性だ。
 白いマントを肩にかけ、鍔の広い帽子を被った旅人のような恰好で、彼女は砂城の一番上に暮らしている。
 名を“サーザー・サジャークープ”という砂の魔法使いである。
 彼女は自身の造った砂城に、ラサの各地から凶悪犯人を集めていた。
「ここなら絶対に逃げ出せないし、仮に逃げ出したとしても、生きて砂漠を超えられやしない。手に余る凶悪犯ってのは、どこにだっているだろう? ちょーっとばかしの金をくれりゃ、アタシがそいつら纏めて面倒見てやるって言ってんのさ」
 なんて、幾つもの街を回りながら彼女はそんな提案をした。
 事実として、ラサの過酷な土地において凶悪犯を牢に入れて養い続ける余裕は無いのだ。
 ならば、処刑にすればいい。
 多くの者は口をそろえてそう言うだろうが、話はそこまで単純でもない。
 まず、理由の1つに“更生の余地”というものがある。
 それから“処刑に足る証拠の不足”や“利用価値”なども処刑に踏み切ることのできない理由として挙げられるだろう。
 凶悪犯というだけあって、なるほど確かに彼ら彼女らは悪事を働き収監された。
 罪状は人によって様々であるが、彼らや彼女らの成したことは到底許されざるものだ。
 だが、彼らや彼女らの多くは“凶悪”と呼ばれるに足る実力を有していることも確か。
 いつ訪れるとも分からない“いざ”という時に備えるのなら、そんな凶悪犯たちを軽々に処刑台へと送ることは躊躇われるのだろう。

●炎天下の襲撃者
 牢閣へ収監される罪人の数は多くない。
 せいぜいが月に1人か2人ほどといったところか。
 送られて来た罪人について、サーザーは細かく聴取を行ったうえで収監する位置を決めるのだ。
 牢閣は全部で6階建て。
 1階は迷宮。
 2階から4階にかけては、外壁に沿うように螺旋階段が伸びている。
 階段の各所に牢が設置されており、中には囚人たちが捕らわれているのだ。
 そして5階には、特に凶悪な囚人を閉じ込めておくための牢獄がいくつか。
 6階がサーザーの自室兼管制室というわけだ。
 例えば、つい最近に護送されて来た業火を操る魔女などは、サーザーの自室に近い牢閣の5階に収監された。
 万が一、火を起こされた場合に備えてのことだ。
 例えば、1階で火を起こされてしまえば牢閣から脱出することは難しくなる。
 サーザーが魔術を用いて建築した建物ではあるが、だからといって好き勝手にあっさりと崩せるものでは無いのだ。
「幾つも術を重ねて造った自慢の牢獄城だからね。まさに鉄壁と呼ぶに相応しい強度を誇っちゃいるんだが……」
 牢閣5階、サーザーの自室に招かれたイレギュラーズはそこで初めて依頼の内容を聞かされた。
 鍔の広い帽子に刺さった、鳥羽の飾りに手を触れてサーザーは大きなため息を零す。
「アタシがここを建てて2年ほど経ったかな。こんな事態は初めてなんだが……牢閣の囚人たちを狙っている者がいるんだよ」
 曰く、犯人は流浪の魔術師だという。
「痩身黒衣の肌の白い女でね。【魔凶】や【狂気】【退化】【暗闇】【呪い】といった状態異常を付与することに長けた魔術の使い手さ」
 そういってサーザーは、衣服の袖を捲ってみせた。
 顕わになった褐色の腕には、血の滲んだ包帯が巻かれている。
 小刻みに腕が震えているところを見るに、腕だけでなく、身体の至る箇所にダメージが残っているようだ。
「ご覧の通り、つい先日にそいつが襲撃してきた折に手傷を負わされちまったのさ。そいつの使う魔術はね、刃の形をしているせいか自棄に速度があるんだよ」
 服の袖を元に戻すと、サーザーは1度、目を閉じる。
 それから、少し思案するとサーザーは幾つかの事実を告げた。
「そいつの名前はムーラン・サジャークープ。まぁ、アタシの妹なんだが」
 身内の恥を晒すようで……。
 そう前置きして、サーザーは続ける。
 曰く、サーザーとムーランは幼い頃から、共に魔術の研鑽を積んで来たらしい。
 サーザーはひたすらに硬い砂の魔術を。
 ムーランはひたすらに速い風の魔術を。
 それぞれ適正は異なったが、魔術の腕は拮抗していた。
 けれどある時、姉妹は道を違ってしまった。
 2人の目の前で、両親が盗賊に殺されたのだ。
 サーザーとムーランは抵抗した。けれど、力及ばずに2人は深い傷を負った。
「両親の遺体を前にアタシは誓った。同じような悲しみを背負う者が少しでも少なくなるように、アタシは護る者になろうってね。でも、妹は違ったみたいだ」
 サーザーは魔術の腕を磨いて、牢閣を造り、罪人たちの管理を行うことにした。
 それがサーザーの思う“守る者”の在り方だからだ。
 一方でムーランはというと“奪う者”の道へと進んだ。
「奪われる前に奪うしかない。ムーランはそんなことを言ってたよ。それが3年ほど前の話さ。アタシたちは夜を通して戦った。命を奪うつもりでね」
 サーザーとムーランは、重傷を負ったままそれぞれの道へ進んだ。
 それっきり、顔を合わせることもないまま3年の月日が流れ……。
「つい先日、妹がここにやって来た。誰にも負けない、何者にも奪われることのない、そんな組織を作るんだって言ってたよ」
 そのためには戦力がいる。
 だから、ムーランは牢閣へやって来た。
 久しぶりに顔を合わせたサーザーへ、囚人を寄越せと言い放った。
 当然、サーザーはそれを断わり……3年ぶりに2人は戦うこととなる。
 結果、サーザーは深い傷を負ったのだ。
「アタシもそれなりのダメージを与えたけどね。あと数日もすれば傷は癒えるだろうさ。一方でアタシは、牢閣の維持に力を割いているせいで、全力を出すことは出来ない」
 次にムーランと相対すれば、敗北は必至となるだろう。
「身内の不始末を他人に任せるようで気が退けるけどね……牢閣を崩させるわけにはいかない。後でリストを渡すけれどね、なかなか馬鹿にできない囚人たちも多くいるんだよ」
 どうか力を貸してくれ。
 そう言って、サーザーは深く首を垂れたのだった。

GMコメント

●ミッション
ムーラン・サジャークープの捕縛or討伐


●ターゲット
・ムーラン・サジャークープ
黒い衣を纏った白い肌の女性。
サーザーの妹であり、風の魔術を操る魔術師。
両親を盗賊に奪われた経験から、彼女は奪う側に回ることを選んだ。
何者にも奪われることのない屈強な組織を作るため、サーザーの捕えている囚人たちの身柄を狙っている。

魔塵:神近範に小ダメージ、退化、暗闇、呪い
 自身の近くに瘴気を孕んだ暴風の渦を展開する。

砂漠の風:神中単に大ダメージ、魔凶、狂気
 ムーランの得意技。高速で飛来する魔風の刃。

●囚人たち×18
5階に3人
4階に5人
3階に5人
2階に5人


●NPC
・サーザー・サジャークープ
白い衣を纏い鍔広の帽子を被った褐色肌の女性。
監獄砂城“牢閣”の管理人にして、製作者。
牢閣の維持に魔力を多く割いているため戦闘は不得手。


●フィールド
ラサ。
砂漠の真ん中にある監獄。
牢閣は全部で6階建て。
1階は迷宮。2階へと続くルートは全部で3つ。
2階から4階にかけては、外壁に沿うように螺旋階段が伸びている。
階段の各所に牢が設置されており、中には囚人たちが捕らわれている。
5階には、特に凶悪な囚人を閉じ込めておくための牢獄がいくつか。
6階がサーザーの自室兼管制室となっている。


●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります

  • 砂城“牢閣”。或いは、サーザー・サジャークープの監獄城…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年12月21日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
エマ・ウィートラント(p3p005065)
Enigma
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
長月・イナリ(p3p008096)
狐です
蓮杖 綾姫(p3p008658)
悲嘆の呪いを知りし者
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
サルヴェナーズ・ザラスシュティ(p3p009720)
砂漠の蛇
ウルファ=ハウラ(p3p009914)
砂礫の風狼

リプレイ

●砂の牢獄
 広い砂漠。
 高い砂の塔の上、白い帽子にローブ姿、褐色肌の魔女が砂漠を睥睨していた。
 彼女の名はサーザー・サジャークープ。
 監獄砂城“牢閣”の管理人である。
 “牢閣”は、悪人による悲しみの連鎖を断ち切るため、彼女が造った砂の監獄である。
「私の妹もまた……近いうちにここに加わるかもしれない」
 唇をきつく噛み締めて、吐き出すようにサーザーは告げた。
「……で、あるか」
 砂の塔の最上階。
 『砂礫の風狼』ウルファ=ハウラ(p3p009914)は、サーザーを見やりそう呟く。
「囚人を奪われるわけにはいかないな。サーザーさん、各階層の様子は窺えないのか?」
 『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)の問いを受け、サーザーは僅かに戸惑うような様子をみせた。
「様子は窺えないわ。人の気配が幾らか分かる程度だけれど」
「侵入者が居ればわかるかも、ってぐらいか」
「なんとなくね。長くいる囚人たちの気配は覚えているけれど、それ以外は曖昧よ」
 結局のところ、頼りになるのは自分たちの目ということだ。

 塔の内部に並ぶ牢獄。
 中にいるのは、ラサ全域から集められた訳ありの犯罪者たちである。
 更生の余地があるかは不明だが、それなり以上の実力を持つ者ばかり。
「あら、貴女いつぞやの……私を笑いに来ましたの?」
 5階の牢から声を発するは、赤い髪の魔女である。
 魔力封じの手錠をかけられ、牢の奥に繋がれていた彼女は、通路を進む褐色の女性『砂漠の蛇』サルヴェナーズ・ザラスシュティ(p3p009720)へ声をかけた。
 赤髪の魔女を捕らえたのは、サルヴェナーズを始めとしたイレギュラーズたちである。口調こそ揶揄うようなものだが、魔女の瞳には濃い怒りの感情が滲んでいる。
「……残念ですが、貴方はこれから処刑されることになりました。しばらくして、魔物がやって来ます。貴方はそれに喰われて死ぬのです」
 瞳を覆う布を捲って、サルヴェナーズは魔女と視線を交差させる。
 りぃん、と空気の震える音。
 幻覚をかけられた魔女は、それっきり口を噤んだ。
「私達、式神みたいに頭の中身を完全に組み組み替えちゃえば手取り早いのに……面倒ね、人間ってのは」
 サルヴェナーズの行動を見て、『狐です』長月・イナリ(p3p008096)は呆れたようにそう告げる。
 窓際の壁に背を預けているイナリの肩には鷹が1羽。
 彼女の喚んだ使い魔だ。同じような鷹や狼が、他にも数匹、牢閣のあちこちに散っている。

 ところは3階。
 警備を担当しているのは『剣砕きの』ラダ・ジグリ(p3p000271)、『Enigma』エマ・ウィートラント(p3p005065)、『律の風』ゼファー(p3p007625)の3人だ。
「見晴らしは良いが……砂漠は広いからな」
 ライフルを肩に構えた姿勢で、ラダは窓の縁に腰をおろした。
 現状、塔内に侵入者の気配無い。
 ならば、侵入者……ムーラン・サジャークープは、これから牢閣に接近して来るのだろう。
「過去の事件がきっかけで袂を分かった2人、でごぜーますか」
「まぁ、随分と剣呑な姉妹喧嘩ですこと」
 フロアの片隅。
 暗がりに座ったエマとゼファーが言葉を交わす。
「片や護る者に、もう片方は奪う者に、と」
「行き違いやすれ違いは人の世の常ですけれど、姉妹でもこれほど違えるとは、ねえ?」
「その妹の討伐を許すとは……妹の命は護る対象ではなかったという事ででありんすか。くっふふ、ああ、なんという自己矛盾」
 耐え切れない、という風に口元を押さえてエマは笑った。
「奪われない為の力は必要だ。特にこの国では……」
 中途半端な甘さは自身の命取り。
 ラダはそれを理解している。
「分かってやれ。サーザーにとっても、きっと苦渋の選択だろう」
 呟くように吐いた言葉が、フロアに響く。

 2階。
 牢に繋がれた囚人たちは、皆揃ってぐっすりと眠っているようだ。
「罪人を集めて組織作りを目論む、ですか……そういった行為は大抵ロクな結果にはなりませんが」
 囚人たちの食事や水に睡眠薬を混ぜたのだ。
 機械の剣を片手に持って『断ち斬りの』蓮杖 綾姫(p3p008658)は窓の外へと視線を投げた。
 彼女の背後には狼が1匹。
 先ほどまで、1階の迷宮フロアを警戒していたイナリの使い魔である。
 それから、窓の外を鷹が横切る。
 何かを警戒するように、同じ場所をぐるぐると回っているようだ。
「……? 一体なに……が」
 鷹の旋回している辺りへ視線を向けた綾姫は、視界に映った“ソレ”を目にして言葉を止めた。
 ソレは砂漠を進む砂塵。
 その中央には、女の影が浮かんで見えた。

●ムーラン・サジャークープの襲撃
 砂塵に飲まれ、1羽の鷹が地に落ちた。
 砂塵の中には、白い肌に黒い衣服を纏った女。服と肌の色こそ違えど、その顔立ちはサーザーと瓜二つだ。
 彼女の名はムーラン・サジャークープ。
 道を違ったサーザーの妹である。
「速いっ……このまま上層階へ向かうつもりですか!?」
 2階の窓へ駆け寄って、綾姫は剣を一閃させた。
 飛ぶ斬撃がムーランを襲う。
 しかしムーランは、器用に風を操作して綾姫の斬撃を回避する。そうしながらも、ムーランは徐々に高度を上げる。向かう先は3階……否、4階か。
 既に1度、牢閣へ攻め込んだ経験から上層階にこそより凶悪な罪人が収容されていることを知っているのか。
「助っ人か? まぁ、どうだっていいわね」
 どうせ私には届かない。
 牽制のためか、魔力を孕んだ風の刃を2階へ撃ち込み、上昇を続けるムーラン。あっという間に3階を超え……直後、鳴り響く銃声が1つ。
 砂塵を貫き、銃弾はムーランの腹部を撃ち抜いた。
 空中で姿勢を崩したムーランは、真っ逆さまに落下していく。
「他にもっ……いたのね」
 血を流す腹部を抑え、ムーランは両腕を地面へ向けた。
 展開された魔力の風がムーランの身体を持ち上げる。上階から撃ち込まれる弾丸の雨を回避しながら、咄嗟に彼女は空いていた窓へ跳び込んだ。
「いらっしゃいませ。貴女の計画、ここで頓挫せしめてやりましょう」
 果たして。
 跳び込んだ部屋で待ち構えていたのは、機械の剣を高く掲げた綾姫だった。

 ムーランと綾姫の戦闘は苛烈を極めた。
 速度と手数で押すムーランに対し、綾姫は遠距離からの大火力でもって応戦する。
 綾姫が剣を一閃させれば、渦巻く魔力で形成された黒い斬撃が床を抉り、壁を引き裂く。ムーランは風を纏ってフロアを縦横に駆けまわることでそれを回避。
 隙を見ては、牢や綾姫へと魔力の刃を撃ち込んでいる。
「おい! 誰か私に手を貸そうってやつはいないか? そうすりゃ外に出してやる!」
「外に出るようであれば問答無用で叩き斬ります! 大人しく隅っこでガタガタ震えていれば見逃しましょう!」
「ちっ、余計なことを言うな!」
「それはお互い様でしょう!」
 怒鳴り、そして腕を振り下ろすタイミングは同時。
 綾姫の放つ魔力の砲と、ムーランの展開した砂塵が衝突。
 衝撃と砂埃が波となってフロア中に吹き荒れた。

 血に濡れた右腕を押さえ、ムーランは壁に背を預けていた。
 2階から3階へ続く階段の途中、呼吸を整えるムーランは舌打ちを零し階下を見やる。
 魔力の砲と砂塵がぶつかり生じた衝撃波により、牢の幾つかが壊れただろう。逃げ出そうとした囚人の対処に、綾姫が追われている今のうちに上の階へと進むべきだ。
 頭ではそう理解しているが、肝心の身体が付いて行かない。
 綾姫との一騎打ちは、それほどの消耗をムーランに強いたのである。
「はぁ……まったく、姉さんはどこであれほどの手練れを見つ」
 見つけて来たのか。
 その言葉をムーランは最後まで口にすることは無かった。
 代わりに、口から血を吐いた。
 いつの間に、彼女はそこにいたのだろう。
「ああ、貴女が妹様でごぜーますね?」
 ムーランの腹に突き刺さっているのは、影を塗り固めたかのような黒い短剣。
 音も無く、目の前に現れたのは糸のように細い目をした黒髪の女だ。
「貴女の意思の輝き、見させていただきんすよ。まさか命を惜しむような真似は……しないでごぜーますよね?」
 口角をあげ、微笑む女の白い顔。
 その足元には狼を1頭、連れている。
 背筋が粟立つ、得体の知れぬ不気味さを感じ、ムーランは咄嗟に風の魔術を展開した。
 吹き荒れる暴風に煽られて、ムーランの足が床を離れる。
 突風に乗って、滑るように階段を上へ。
 その後を追って、不可視の何か……悪意の具現が疾駆した。
 纏った風を引き裂く瞬間、見えないソレはほんの一瞬、爪らしき影を浮かばせる。
「何で、追ってこられるのよ!!」
「生憎と、異常は受け付けない体質なんでごぜーます」
 悲鳴染みた怒声をあげるムーランは、瘴気を孕んだ砂塵を喚んだ。触れた者の視界を奪う魔の砂塵を、しかしエマは飄々とした顔つきのままに突破する。
 砂塵に裂かれ、白い頬や喉元が裂けた。
 顔を自分の血で濡らしながら、エマはくっくと堪えたような笑みを零す。

 奪う者と奪われる者。
 選択肢がその2つなら、自分は奪う者になろう。
 ムーランがそう決めた時、姉は3つ目の選択肢を……守る者へと成っていた。
 かけ違えたボタンは、今を持ってそのままだ。
 徹底的にズレた2人の道は、交わることなく数年の時が過ぎ去った。
「生憎、通すなってオーダーなのよね。だから、おイタは此処までにして貰うわよ」
「また……あの女、何人雇ったんだ!!」
 壁と床を壊すことで、エマの追撃を振り切った。
 これで追われることはない、と安心したのもほんの束の間。
 直後、ムーランは銀の髪を靡かせる槍使いの襲撃を受ける。
 休む暇もないままに、ムーランは低空飛行を再開。
 3階の端にいた女が、進路を塞ぐように銃弾を撃ち込んでくるのも鬱陶しい。
 思えば、最初にムーランへ一撃を叩き込んだのも、3階からの狙撃であった。
 その瞬間こそ、狙撃手の姿を確認することは出来なかったが……なるほどそれは、涼し気な眼差しをしたあの者の仕業か。
 一瞬、ラダへ敵意の籠った視線を向けて、風の刃を幾つか撃ち込む。
 下半身を馬へと変えたラダは、跳ねるようにしてそれを回避。
 移動しながらも銃弾を撃ち込んで来るが、上下に跳ねているせいで狙いは幾分甘かった。
 それでいい。
 精密な狙撃が出来なくなれば、逃げる隙も見つけられる。
「次は……っ!」
「殺さない様に加減ぐらいはしてあげる」
 ラダを遠くへ追いやりながら、ムーランは背後へ視線を向けた。
 先に交戦を開始した槍使い……ゼファーの居場所を把握するためだ。
 幸い、ゼファーの姿はすぐに見つかった。
 不幸にも、その声はムーランの真下から聞こえた。
 姿勢を低くし、床を這うような姿勢で疾駆したゼファーは、一瞬のうちにムーランの懐に潜り込んでいたのである。
 きらり、と鈍い光が見えた。
 低い位置から突き上げられた一撃を、ムーランは風の刃で弾く。
 十分な加速を乗せられなかったせいだろう。
 打ち負けたのはムーランの魔術の方だった。
 僅かに逸れた槍の切っ先が、ムーランの肩を浅く抉る。
 銀の髪を靡かせるゼファーの頭部へ向けて、ムーランは風を乗せた蹴りを放った。

 突風に弾かれ、ゼファーは床を転がった。
 その隙にムーランは4階へ。
 倒れたゼファーを引き起こしながら、ラダはムーランの背へと数発、銃弾を撃ち込む。
 ムーランは風を背に纏うことで銃弾を防御。
 さらに、風で体を押すことで走る速度を上昇させた。
「いったぁ……蹴りは軽いけど、風が面倒くさいですね」
「傷は浅いだろう? 乗れ、追いかけるぞ」
 ゼファーを自身の背に引き上げると、ラダは蹄で床を叩いて駆け出した。
 流石は馬と言うべきか。
 安定した、力強いその走りを、ムーランの風では止められない。
「しっかり捕まってろよ!」
 ムーランの後を追いかけて、ラダとゼファーは階段を駆け上がっていく。

●砂上牢閣の決戦
 突風を吹かせ、階段出口に立ちはだかったイナリを弾く。
 そうして開いた空間へ、ムーランはまるで嵐の如く飛び出した。
「やはり……上層階からの直接侵入!」
 使い魔たちの目を通し、イナリはムーランの動向を細かに追っていたのだろう。
 ムーランの突風を浴びた彼女は、直撃の瞬間、自ら後方へ跳ぶことで衝撃を受け流していた。派手に後方へ跳んだ割に、傷が浅いのはそれが理由だ。
「待ち構えていて正解でしたね。攻撃は私が引き付けます」
 サルヴェナーズが囁くようにそう告げた。
 瞬間、フロアの床に汚泥が広がる。
 混沌とした泥の内より、毒虫や蛇が湧きだした。あまりにも悍ましい光景に、ムーランは思わず顔を顰める。
 牢の中の囚人たちは、檻の中へ這い込んでくる毒虫を見て悲鳴を上げた。拘束され、身動きのとれぬ囚人にとって、毒を持った生物は、それがどれほど小さなものでも十分な脅威となり得るのである。
「わらわらと鬱陶しいわ!」
 ムーランを中心に暴風が吹き荒れる。
 泥を、蟲を、蛇を、そしてイナリの起こした火炎を巻き込んで風は四方へと散っていった。
 暴風の壁を突破し、イナリはムーランの背後へ着地。
 構えたライフルの銃口を、ムーランの腰へと押し当てる。じゅう、と肉の焼ける音。銃口は赤熱し、その内より紅蓮の炎を噴き零す。
 イナリが引き金を引くより速く、ムーランは頭上へ向けて風の刃を放った。
 ムーランの風は、天井を破壊するには威力が不足している。
 けれど、砂で出来たそれを削り落とすには十分だ。
 零れた大量の砂は、ムーランの風に運ばれてイナリの顔へと吹き付けた。
「っ!? 目が……」
「イナリ、下がってください」
 引き金を引くが、既にムーランは体を捻ってその場を脱した後である。
 手近な牢へと接近すると、錠前目掛けて風の刃を撃ち込んだ。
 しかし、風の刃は差し伸ばされたサルヴェナーズの腕を切り裂き、消え去った。鮮血と泥を飛び散らせながら、サルヴェナーズは瞳を覆う布へと素早く手をかけて……。
「いいの? 囚人たちが焼け死んじゃうけど?」
「な……イナリ! 火を消してください」
「わ、わかったわ」
 顔を押さえたままの姿勢で、イナリはフロア中に散った火を掻き消した。
 その隙に、とばかりにムーランはさらに上のフロアを目指す。
 元より彼女の狙いは5階の囚人たち……特に注意が必要な、危険な者たちを解放することにある。

 突風が、ウルファの身体を壁へと強く打ち付けた。
 細剣を床に突き立てたイズマは、どうにかその場に留まっている。
 余裕がないのか、ムーランは果敢にイズマたちへと攻撃を仕掛けた。あまりの突風に、近づくことさえままならぬほどだ。
「うわっ……っと!」
 風に煽られ、窓から外へと落下しかけたエマの身体をひらりと飛んでサルヴェナーズが受け止めた。ゼファー、綾姫は壁際を駆け抜け、ムーランの元へと疾駆する。
 ムーランは足元に風を発生させると、それに乗って天井付近へ高度を上げることで2人の攻撃を回避。
 イナリの放った火炎の弾丸を、吹き下ろす風で逸らすと、天井を蹴って急降下。
 向かう先は6階へと続く階段……否、たった今、階段から降りて来たサーザーを狙っているのだろう。
「姉さんさえ死ねば、この塔は崩壊するのでしょう!」
「……ムーラン、貴女」
 姉妹の視線が交差する。
 ムーランも、サーザーも、今にも泣きだしそうな顔をしているではないか。
「なぁ、ムーランさん。奪われる前に奪うってのは連鎖するぞ」
 そんな2人の顔をこれ以上見たくない、と。
 イズマは2人の間に割り込み、ムーランの蹴りを剣の腹で受け止めた。
 吹き荒れる突風。
 しかし、鋼の義手を押しのけるには至らない。
「……他者から目を逸らし続ける気か? ここの主は囚人をきちんと見て、悲しみが生まれないように」
「分かっているわ!」
 風の刃がイズマの肩を切り裂いた。
 悲鳴のようなムーランの叫び。
 堪え切れぬとでもいうように、彼女の瞳に涙が溢れた。
「奪うか、奪われるか……選択肢は2つだけだと思っていたのに!! なのに、姉さんは3つ目の選択肢を、守るという選択肢を自分1人で選んで見せた!」
 そんなサーザーに、ムーランは嫉妬した。
 奪うか奪われるかという砂漠の掟に心を囚われたことを、彼女はきっと恥じたのだ。
 守るという選択肢に至れなかった自分と、至った姉。
 まるで自分が浅ましいようにさえ思え、彼女は姉の前から姿を消したのだ。
 がむしゃらに放たれる風の刃が、イズマの身体を斬り刻む。
 血に濡れ、息を荒げたイズマは血だまりの中に膝を突いた。
 【パンドラ】を消費することで意識を繋ぐが、満身創痍に変わりはない。それでも、イズマは剣を構えた。
 これ以上、1歩も先へは進ませないという、強い覚悟と決意をもって。
「だったら、2人纏めて」
 左右の指で印を組み、ムーランは膨大な魔力の渦を練り上げる。ごう、と吹き荒れる風がイズマやサーザーの髪を激しくなびかせた。
 けれど、ムーランは風を放つことはせず……震える手を、ゆっくりと下げた。
「奪われない力は必要だ。同時に、分かち合う大切さも言われた覚えはないか。双子なら尚の事」
 ライフルを下げ、ラダは言う。
 ムーランは、それ以上、言葉を発することは無く……こうして牢閣に新たな囚人が加わった。

成否

成功

MVP

長月・イナリ(p3p008096)
狐です

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
ムーランは捕縛され、牢閣に収容されました。
サーザーとの関係が今後どうなるかは未知数ですが、依頼は成功となります。

この度はご参加ありがとうございました。
縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。

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