PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<ダブルフォルト・エンバーミング>熱砂の蜃気楼

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●胡蝶
 ――死にたくない!
 強く、強く、強く。誰かが、そう願った。
 褐色の乾いた肌が、零れたばかりの雫を吸っていく。
 もがいて、もがいて、足掻いて、届かなくて。
 最後に伸ばした手は、何にも触れること無く、何も掴むこと無く、力無く垂れ下がり地に落ちた。死の恐怖に見開かれた瞳は閉ざされることもなくただ虚空を見つめ、其れ以上何も映さない。最後の涙が頬を伝って、地に吸い込まれていく。
 ――死んだ。
 知らない少女の死。
 ――生じた。
 何のデータも残っていない、空白だらけの『わたし(バグ)』。
 ――殺した。
 咄嗟に身体が動いて、落ちていたまだ熱の残る短剣を握って。
 だれだろう。
 わからない。
 死んでいる少女のことも、生じた『わたし』のことも、殺した誰かのことも、全て、全て。全てがわからない。

 暫くの空白があり、気付けば見知らぬ男が増えていた。
 彼は「来い」と短に告げる。
 彼の血のように赤い竜眼が、ガラス玉みたいに『わたし』を映す。
 『何もない』顔。ただの容れ物なだけの身体。
 彼と『わたし』は、きっと同じなのだ。
 返事を待たずに踵を返した彼の姿を『わたし』は走って追いかける。
 身体の動かし方を思い出したように、大きく手足を動かして。
 生きる意味を、そこに見付けたかのように。

 ――――――
 ――――
 ――

『――■■■■■』
 遠くから聞こえる、咆哮じみた、それでいて唸るような不吉な声。
(……終焉獣(ラグナヴァイス)かな。うるさいな)
 あの獣たちは、此処、『夢の都ネフェルスト』を奪還しようとする砂嵐(サンドストーム)の勢力に反応しているのだろう。
 比較的形の残っていた知らない誰かの家で休息を取っていたイヅナは、大きく伸びをしてから窓の外を見た。都の中は『お仲間』たちばかりだ。元の住民たちの姿がないのは、彼等は全て逃げたか死んだか――興味はない。
(ま、アッシの仲間はアニキだけッスけどね)
 イヅナには此処を護る理由はない。
 上の企みなんて関係ない。興味もない。
(アニキも『終わり』なんかには興味がないみたいだけれど――)
 それでも彼が行くところが、イヅナの居場所だ。
 イヅナは部屋から出てアニキを――パラディーゾ『リュカ・ファブニル』を呼びに行く。

●狭間
 ほんの気紛れだった。
 見ぬ振りをするつもりだった。
 誰かが消えようとしていても、俺には関係がない。
 ――そんなものは、この世界ではありふれている。
 軽く目を閉じている間にスクラップじみたデータは失われ、後には何も残らないのが恒だ。其れが存在していたかどうかすらNO DATE。それが自然。それが当たり前。――の、はずだった。
「待て」
 其れは、今にも『消える』(殺される)寸前だった。虚ろな瞳に光はなく、衝動のままにひとりを殺めたが、兇手がもうひとり居ることに気付いていない。
「わたし、わたしは……誰、だろう」
 事切れた少女と同じ顔をした少女は小さく呟くのみで、力無く――けれど先刻咄嗟に握った短剣を手放すこと無く膝を着いていた。
 本当に、ほんの気紛れだった。
 生じたばかりの少女が『同朋』だと知っていても見捨てるつもりだった。
 身体が勝手に動き、気付いた時には兇手を殺していた。容すら残さず、黒い爪痕だけを残した地から視線を外し、少女を見る。
 矢張り、『何もない』。
 湧き上がる感情も、揺れる情動も、何も。
「来い」
 けれど俺の声は、勝手にそう吐き出されていた。

 ――コンコン。
 控えめに鳴らされた戸が、ややあってから開かれる。
「アニキ、そろそろお出かけの時間みたいッスよ」
 陽の光を背負ったイヅナが顔を覗かせ、忘れてないッスよね? と頬を膨らませた。
 意識を沈ませていた俺は緩慢に立ち上がると、イヅナの横を通り過ぎる。
「あっ、待って下さいッスよ、アニキ」
 イヅナが慌てて俺を追いかける。
 最初は静かで、次第に騒がしくなったイヅナ。
 その声が『当たり前』になったのは、いつからだろう。

●熱砂
「来ると思いますか? リュカさん」
 風を纏って舞う砂へと鋭い眼差しを向けていた『赤龍』リュカ・ファブニル(p3x007268)の視線を追ってから、『合わせ鏡の蔦』ルフラン・アントルメ(p3x006816)は彼を見上げて問いかける。
 主語を抜いた問いかけ。それに返るいらえは、ああという短い是。
 視線を向ける先には、その姿はまだ見えてきていないが、夢の都ネフェルストがあった。
 終焉(ラスト・ラスト)から突如出現した闇の大軍勢は、砂嵐の勢力をまたたく間のうちに蹂躙した。勇猛な砂の王ディルクであっても、都を離れることを余儀なくされたのだ。彼の気持ちは如何許りかと思いやり、リュカは拳を強く握る。
 彼が混沌でアニキと慕う砂の王の傍らには、以前刃を合わせたクソガ――『砂のプリンス』もいることだろう。彼等の諦めの悪さを、リュカはよく知っている。
「ひめはイヅナさんと会いたいですね!」
「あたしも、望むところだよ!」
 再会の約束(?)もしましたしね、とくふふと笑った『勧善懲悪超絶美少女姫天使』ひめにゃこ(p3x008456)の言葉に、今度はルフランが拳を握る番だ。ルフランが慕うリュカの偽物の側にはきっと先日会った少女がいるはずだ。
「あたし、ちゃんと『宿題』も用意済みなんだから!」
「ひめもですよ!」
 砂漠の中の行軍中も、少女たちは賑やかだ。
「宿題って何のことでしょうか……?」
「きっと難題を突きつけられたのでしょう」
 鋼鉄から同行を申し出た『挫けぬ軍狼』日車・迅(p3p007500)と『ケモ竜』焔迅(p3x007500)は首を傾げ合う。リュカは敢えて答えない。出来るならば触れずにおきたい話題である。

 点在するオアシスでこまめに休憩を取り、体力を温存しつつ砂漠を進軍し……どれだけ進んだ頃だろうか。
 突如足を止めたリュカが鋭く静止の声を上げた。
「! 皆、止まれ!」
 静止のため横へと出されたリュカの腕の向こうで、風に舞う黄土色の砂の中に『黒い粒子』が混じっている。
 旋風のように集まった黒砂が膨らんで、ソレは現れる。
「よぉ、『パパ』。元気にしていたか? そろそろ俺に会いたがっていると思って来てやったぜ」
「ああ、会いたかったぜ、『リュカ・ファブニル』」
 不遜な笑みを浮かべた『リュカ・ファブニル』と、彼の背からひょこりと顔を出すイヅナの姿。因縁のある『パラディーゾ』のふたりである。ひめにゃことルフランの姿を認めると、イヅナはべーっと赤い舌を覗かせた。
 すぐさま武器へと手を掛けるイレギュラーズたちへ、「まあ待てよ」と武器を下げるようにと両手でジェスチャーを送った『リュカ』は顎の先をくいとある方向へと向ける。
「この先にオアシスがある。楽しむのならそこにしようぜ? 罠は仕掛けていない。――サクラメントは壊させて貰っているがな」
 言うだけ言って、『リュカ』とイヅナのふたりは姿を見せた時と同様に黒砂を纏い、ザアと流れるように姿を消した。
 イレギュラーズたちは顔を見合わせる。
 ――どうする?
 瞳はそう告げ合うが、取るべき手はひとつしか残されていないだろう。
 此処でこのまま待ち続けても、きっと彼等は戻ってこない。待つのに飽きたと帰る可能性もある。ならば罠があろうがなかろうが、決着をつけたいと思うのなら、彼等は前へ進むしかないのだから。

GMコメント

 ごきげんよう、イレギュラーズの皆さん。壱花と申します。
 R.O.O砂嵐から全体シナリオをお送りします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●成功条件
 パラディーゾ『リュカ』の撃破

●シナリオについて
 オアシスにてパラディーゾとの再戦になります。
 強敵ふたりが相手ですが、活路を見出してください。

●フィールド
 時刻は日が傾いた頃。熱砂の砂漠地帯……は足場が悪いので、パラディーゾのふたりがオアシスへ誘い出しています。
 ふたりはオアシスで待っているので、オアシスにてパラディーゾとの再戦になります。ここでなら砂に足を取られることはありません。
 OPの『リュカ』言葉に嘘はありません。純粋に楽しむことが彼の行動理由です。

●敵
 パラディーゾのふたりが相手です。どちらもボスクラス。特に『リュカ』は強いです。諦めない気持ちを抱えながら、殺す気で来て下さい。
 双方とも、相手をしている人が居なくなると、もう片方側に加勢します。
 彼等と戦えるイレギュラーズが全て居なくなる時間が一分以上あると、その場を立ち去ってしまいます。
 どちらかが先に死ぬと、残っている側は気力(AP)が回復し、全ての攻撃に【復讐200】が付きます。

・『パラディーゾ』原動天 リュカ
 九人のみで構成された天国篇の階位第九、原動天。全てのパラメーターが凶悪です。
 リュカ(p3x007268)さんと同じ姿をしていますが、本人ではありません。破壊よりも面白さを求めるタイプで、パラディーゾの役割だとかしったこっちゃねえな人です。しかし、イヅナを拾ってしまい――。
 基本的には本物のリュカさんと戦闘スタイルは変わりませんが、技の威力やエフェクトが異なり、リュカさんが使えない技も使います。全ての攻撃に【必殺】が付いています。また、イヅナの消滅時の『ある条件下』で【防無】も付きます。
 『黒砂の竜』という能力を持っています。前回退場時に使ったのはその一部に過ぎません。

・『パラディーゾ』火星天 イヅナ
 『リュカ』をアニキと慕っている褐色肌の少女。バグNPC。
 本人にその記憶はありませんが、元盗賊の娘。『リュカ』に拾われました。
 好戦的な性格ですが、アニキの命令が第一。今回は「はしゃぎすぎるな」と言われています。だってアニキィ、アイツらがワルいんスよ……(;ω;)
 BS効果を受けにくく、チョロチョロと動き回ります。主な武器はダガー。二刀流。奪うことと反撃が得意。全ての攻撃に【必殺】が付いています。【不殺】が付いた技も使用します。止めを刺さずに転がしておく派。
 パラディーゾとしての特殊能力は、『一日一回のみ使える』技があります。一日一回しか使えない代わりに、これは如何なる状態であろうとイヅナが決めたタイミングで使えます。

 『リュカ』・イヅナ参考シナリオ:https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/6843

●日車・迅(p3p007500)
 鋼鉄から……と言うよりは個人的に手を貸しに来た味方です。
 以前、リュカさん含むイレギュラーズたちに救出されています。
「今度は僕がお力になる番です!」と鋼鉄首都の王城での会議の後、砂嵐へ。夢の都ネフェルストを奪還すべく、世界を護るべく、己が正義に従い戦います。
 誰の相手をして欲しい等、して欲しい事がもしあれば、プレイング内で指示をしてください。特に無くても真面目に拳を振るいます。
 参考シナリオ:https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/6552
 
●重要な備考『デスカウント』
 R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
 R.O.O_4.0においてデスカウントの数は、なんらかの影響の対象になる可能性があります。

※サクラメントからの復活
 オアシスにあったサクラメントは破壊されていて使えません。
 パラディーゾたちと出会う前の道中にあったオアシスのサクラメントにリスポーンされます。とても足が早い人が猛ダッシュしても10分は掛かることでしょう。時短方法もあります。

●重要な備考
 <ダブルフォルト・エンバーミング>ではログアウト不可能なPCは『デスカウント数』に応じて戦闘力の強化補正を受けます。
 但し『ログアウト不能』なPCは、R.O.O4.0『ダブルフォルト・エンバーミング』が敗北に終わった場合、重篤な結果を受ける可能性があります。
 又、シナリオの結果、或いは中途においてもデスカウントの急激な上昇等何らかの理由により『ログアウト不能』に陥る場合がございます。
 又、<ダブルフォルト・エンバーミング>でMVPを獲得したキャラクターに特殊な判定が生じます。
 MVPを獲得したキャラクターはR.O.O3.0においてログアウト不可能になったキャラクター一名を指定して開放する事が可能です。
 指定は個別にメールを送付しますが、決定は相談の上でも独断でも構いません。(尚、自分でも構いません)
 予めご理解の上、ご参加下さいますようお願いいたします。

  • <ダブルフォルト・エンバーミング>熱砂の蜃気楼完了
  • GM名壱花
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2021年12月07日 22時25分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

マーク(p3x001309)
データの旅人
ファン・ドルド(p3x005073)
仮想ファンドマネージャ
ルフラン・アントルメ(p3x006816)
決死の優花
アンジェラ・クレオマトラ(p3x007241)
女王候補
リュカ・ファブニル(p3x007268)
運命砕
焔迅(p3x007500)
ころころわんこ
かぐや(p3x008344)
なよ竹の
ひめにゃこ(p3x008456)
勧善懲悪超絶美少女姫天使
エイラ(p3x008595)
水底に揺蕩う月の花
フィーネ(p3x009867)
ヒーラー

リプレイ

●Meeting Again
 熱風が砂を巻き上げる。
「僕は初めてお会いするのですが、何名かは再戦という形になるのですか?」
 砂漠を歩みながら首を傾げた『ケモ竜』焔迅(p3x007500)に、『仮想ファンドマネージャ』ファン・ドルド(p3x005073)と『赤龍』リュカ・ファブニル(p3x007268)、『合わせ鏡の蔦』ルフラン・アントルメ(p3x006816)、『勧善懲悪超絶美少女姫天使』ひめにゃこ(p3x008456)の四名が頷き返した。
 四名は、指定されたオアシスにつくまでの間に彼等と出会った日の状況を、同道する仲間たちへと簡潔に説明する。
 翡翠のとある村が『大樹の嘆き』に襲われたこと。
 その事件を引き起こしていたのだ『パラディーゾ』と呼ばれる者たちであったこと。
 そしてリュカ自身のデータをコピーして作られたパラディーゾ、天国篇階位第九・原動天の徒『リュカ』とまみえたこと。
「彼等は強いのですか?」
 そんな雰囲気はしていましたが……と問う『ヒーラー』フィーネ(p3x009867)に、ファンは眼鏡の位置を正しながら口を開く。
「正直強い、ですね。今回も、まさかこんなところでこんな大物に、と思っています」
 天国篇階位第九・原動天。それはパラディーゾの幹部クラスの称号である。『至高天(エンピレオ)』と呼ばれるゲームマスターを頂上に頂く、その二番手。九名からなる彼等は、飛び抜けたパラメーターと特殊能力を有していることがこれまでに明らかとなっている。
 一度手合わせをしたが、前回の『リュカ』は本気ではなかった。彼の特殊能力は解らず、ただ黒い砂のようなものを纏うことからそれが能力の一部なのだろうと当たりがつく程度だ。
 ですが、とファンは続ける。
「ここは仕留める好機と捉えましょう」
 倒しきれれば御の字。倒しきれなければ悔しい思いはするが、砂漠の真ん中では被害も出ないし、力の一片でも見られれば次回に活かせることだろう。
「強い相手、ですか……」
 何処かソワソワとした様子の日車・迅の姿に、焔迅も口の端を上げる。世界が危機に瀕しているとは言え、強敵と拳を打ち合わせられることを考えれば、自然と心が踊ってしまう性質(たち)なのだ。
 オアシスに到着した際にどうするかの軽い打ち合わせも交えながら歩を進めていると、黄金とも黄土とも取れる砂色が埋め尽くす視界に緑が見えてくる。
 あれが件のオアシスだろうと目を細めれば、ヒョロリと立つナツメヤシの上で小柄な影がこっちだよと示すように大きく手を振っているのが見えた。
「もー、待ちくたびれるところだったッスよー」
 イレギュラーズたちがオアシスにたどり着くと、火星天イヅナはナツメヤシからクルッシュタッと軽快に飛び降り、『リュカ』の隣に並び立つ。
「やっほーイヅナさん! 宿題提出もだけど、今日は前よりもっとあたしも本気で……負けない!」
 元気に挨拶をしたルフランは、「ね、ひめにゃこさん!」と傍らのひめにゃこへと視線を向けた。
「勿論です! 宿題やってきましたよ!」
 イヅナへの『宿題』をルフランに一晩で叩き込まれたひめにゃこは、可愛くて完璧なひめにお任せくださいと胸を張るが、視線は少し游いでいる。正直なところ、早く披露しなくては覚えた単語が全て頭の中から飛びたってしまいそうだった。
「迷う道ではないが、来てくれて良かったぜ」
 日和って逃げ出さずにと言外に告げて『リュカ』が笑えば、同じ顔の男――オリジナルのリュカが一歩前へと出る。
「馬鹿を言うな。折角の『お誘い』だぞ」
 その表情は砂漠の太陽のように晴れやかだ。
 最初に出会った時、リュカは誰かの偽物じゃない自分自身を見つけろと思ったが、目の前の『リュカ』はその時には既に自身を持っていた。オリジナルを真似するでもなく、自分のしたいことをする。今日の誘いとて、そうなのだろう。
 リュカにはどうにもそれが嬉しくて、パシリと自身の拳を打ち鳴らして笑う。
「やろうぜ『リュカ』。今度は本気でな」
「ああ。俺の前に立つ以上、他の全てを忘れて掛かってこい」
 R.O.Oの危機だとか、終焉だとか。そんなものは『リュカ』には関係ない。純粋に楽しもうぜと、『リュカ』はその場にいるイレギュラーズたちへと告げた。
「あ、アニキ! あの子とあの子は、アッシが相手をするッスからね!」
「好きにしろ」
 オリジナルのリュカと戦い合えれば、『リュカ』は良いらしい。やったーと両手を挙げたイヅナの手は、次の瞬間には短剣が握られている。
「他はどう来てくれてもいいッスよ!」
 ……などと言ったことを、イヅナはすぐに後悔することになるのだった。

「えー! なんでッスか、アッシの方が多いじゃないッスか! ……ハ! もしやアッシが美少女だからッスか!?」
 初手はあげるッス、誰から来るッスか? と不敵な笑みを浮かべたのがほんの少し前。それじゃあ遠慮なくと動いた『データの旅人』マーク(p3x001309)と『水底に揺蕩う月の花』エイラ(p3x008595)に『リュカ』とイヅナは分断され――分断されるのは別段構わないのだが、イヅナへと得物を構える人数が明らかに多い。
「ひめの方が美少女ですけど!?」
「そーッスね、お姫様っぽいッスもんね! ――っと!」
 ――カンッ!
「おっと。流石ですね」
 ぴゃぁぁっと叫んでいても、イヅナはパラディーゾ。この隙きにと放たれた斬撃を短剣で受け止め、払うように逸らす。反撃をしたい素振りを見せるものの、ファンはかなりの距離を保っており、イヅナが短剣を投げても当たりそうにない。
「僕もお相手お願いします!」
「正直、アニキ以外に来られても嬉しくはないんスけどっ」
 蒼剣リミットブルーを構えて相対するマークの横から伸びた迅の拳を躱すと、くるりと身を捻って飛んできた竹槍を回避し、とん、とん、とバク転で距離を取る。
「わたくしは唯一にして至高の竹槍投擲を避けるとは、あなたあほそうな面構えをなさっていますのにやりますわね」
「あほそうって何スか!……てか、なんで竹槍なんスか」
「それはわたくしがわたくしだからですわ」
 胸を張って答えた『なよ竹の』かぐや(p3x008344)に、「いや、よく解らないッス……」とイヅナの目が据わる。イヅナはかぐや姫の物語は知らないようだ。
「そういう顔も舎弟感が出ていて好ましいですわ」
 舎弟たるもの一に兄貴、二に兄貴、三四が無くて、五に兄貴。
 すぐにアニキアニキと口にするところも、短剣を扱うところも、かぐやの中での舎弟判定では高得点のようだ。
「イヅナさん、今日は逃さないよ!」
 マークに阻まれ後ろへと距離を取ったイヅナを『リュカ』の方に行かせないようにと、素早くルフランが肉薄する。
「アニキの居る所にアッシあり、ッス。アニキが飽きるまで遊んであげるッスよ?」
「宿題も(覚えているうちに)答えちゃいますよ! えっと、リュカ先輩はイケメンで優しくてかっこよくてそれから……えっと……なんでしたっけ?」
「包容力がある、だよ! ひめにゃこさん!」
「そうそれです、それ!」
「……めちゃくちゃ心が籠もっていない感じでしたッスけど」
「こういうのは言葉じゃないんですよ! 誰が一番理解してるかなんてどーでもいいんです!」
「……もしかして、仲良しさんだったりするのかしら?」
 言い合いながらも可愛らしいエフェクトのビームをひめにゃこが放てば、言い合いを見ていた『女王候補』アンジェラ・クレオマトラ(p3x007241)は口に手を当て小首を傾げた。そうしながらも盾役であるマークへと反射を付与するのを忘れない。
 盾役として申し分のないアンジェラだが、今回はイヅナとマークに任せている。R.O.Oに留まりたいアンジェラは、必殺のある技を使ってくる相手は正直苦手だ。
(せっっっかくすぐ死んで現実に戻されないようにEXF上げてるのに!)
 絶対に一矢報いる! という気持ちで自身はサポートに徹していた。
(それに、ちょっとサクラメントの具合も見に行きたいし……)
 行くならば誰も欠けていない余裕のある内が良いだろう。仲間に反射を付与しつつ、アンジェラはオアシスの中央にある壊れたサクラメントへと視線を向けていた。

「あちらは賑やか、だねぇ」
『リュカ』側の盾役を担うエイラは『リュカ』の動きに合わせて立ち回りながら、間延びした声でそう口にした。
「こっちだって賑やかにしてくれていいんだぜ?」
「僕らの語らいは、拳で、でしょうか?」
 問いながらもふもふな前足を焔迅は繰り出し、『リュカ』が腕で受ける。
「ああ、それがいい。俺はアイツ等みたいに口が立つ訳でもねぇし」
 なあ、『パパ』?
 向けられた『同じ顔』に、リュカはハ、と吐息で笑った。
 このオアシスへと向かう道中交わされた作戦は、イヅナと『リュカ』を引き離し、イヅナに多くの人数で当たることで早めにイヅナを封じ、その間に『リュカ』側は時間稼ぎをする――というものだった。
 けれどリュカは『リュカ』へと肉薄し、全力の《赤龍の一撃》をぶちかます!
 対する『リュカ』は「いいね」と楽しげに笑う。
 皆が作戦を立てたり、小細工を弄するのは構わない。けれど自分だけは正面から行くべきだとリュカは思うのだ。男と男の喧嘩は、そういうものだ。『リュカ』をひとりのニンゲンと認めたリュカは、男として、先達として、その有り様を嘘偽り無く見せつける。
 これが『俺』だと。
 これが『リュカ・ファブニル』だと。
 さあ全力で掛かってこい! と、真っ直ぐに揃いの好戦的な瞳を向けて。

●Recollection -1-
 何もなかったアイツに名前をつけてやった。
 アイツは変わらず俺の側に居続けたから、「おい」や「お前」では不便に感じただけだ。それもまた、ただの気まぐれだった。
「イヅナ?」
「お前はすばしっこくて、稲妻のようだからな」
「強そうな響き。……わたしは、イヅナ」
 イヅナ、イヅナ。大切そうにお前は何度もそう繰り返した。
 戦うことしか知らない俺には、女子供に似合う名前なんてわからなかった。空から落ちた稲光と短剣を握った時のアイツの動きが似ていたからそうつけただけなのに、アイツは――イヅナは宝物をもらったみたいに喜んだ。
「あなたの名前は……えっと、リュカ、さま?」
 何気ないイヅナの言葉に、呼吸を止める。
 ――『リュカ・ファブニル』。
 同朋たちはそう呼ぶが、それはオリジナルであって『俺』ではない。
「『リュカ』はやめろ」
「えっと、それじゃあ」
 どう呼べばと首を傾げるイヅナに「其れ以外で好きに呼べ」と告げ、俺はその場を後にした。
 何日か悩んだらしいイヅナは、ある日口調をガラリと変え、俺を『アニキ』と呼んで笑った。逞しい雑草の笑みなのに、俺には少し眩しかった。
 その日から俺は、『リュカ・ファブニルの模造品(コピー)』から『イヅナのアニキ』になった。
 気まぐれに拾ったアイツが、俺を俺にした。
 イヅナは俺に救われたと度々口にしたが、俺はその都度心の中で否定する。
 ――本当に救われたのは俺の方だ。

●Sacramento
 反射をマークとルフランに付与したアンジェラは、静かに戦闘を離れた。
(案外欠けたところを直せば動くかも?)
 なんて。向かったのはオアシスの中心にあるサクラメント。
 動けば皆の死に戻りが早くなるし、動かなくてもアンジェラひとりぶんの戦力が一定期間減るだけだ。賭けにはなるが、当たれば見返りは大きい。
 しかし。
(……これは)
 確かにサクラメントの残骸と思われる其れは『闕如』していた。破壊されたサクラメント、そして散らばる欠片。その欠片を集めても同じ形には戻らないと、ただ見るだけで『理解できる』。『大部分が足りていない』のだ。戻りようがない。
 まるで巨大な獣に引っ掻かれたように、削り取られていた。
(これはもしかして……)
 アンジェラは身を翻す。
 『リュカ』の相手をしている仲間へと、情報を伝えるために。

(……ごめんね、ごめんなさい)
 ルフランは剣を握り、仲間を刺した。例え彼が――マークが望んだことだとしても、辛い。弱音は唇を噛んで口内で殺し、ぎゅうと眉間に皺を寄せて死を見つめた。瞳は閉じない。見たくないし、殺したくない。けれど奪ったことから、逃げない。
 この死は仮想のものでしかないことは解っている。けれどルフランはヒーラーとして誰一人とて死なせたくはない。無力だと、何度も感じてきた。実際にはそんなことはなく、チームの要であることは疑いようもない事実ではあるのだけれど、それでも力及ばず仲間が倒れるとそう思ってしまう。
「へえ。アンタ、イイ顔するようになったッスね」
「……いやだけど、負けないって決めているもの」
 思いも、行動も、全部。
 率先して庇い続けてくれたマーク。
 一番の邪魔者であると上手く認識させ、守られる者たちがその背に安心できる動きを最前で見せてくれていた。けれど不殺で転がされなら――その覚悟も彼にはあった。ゲームデータの粒子となって消えた彼はリスポーンされ、離れたフラグメントから飛行で戻ってくる最中だ。全速力で戻ってくることは疑いようもなく、彼をおかえりと迎えるためにもイレギュラーズたちは立ち続けなくてはならない。
 斬撃が飛ぶ。
 斬られたイヅナの髪が舞う。
「あっ! あーーーもーーーーー!」
「失礼。恋に焦がれる女性に向けるには、あまりに野暮な太刀ですが――我々も必死なものでして」
 イヅナを一番に苦しめているのはファンである。
 イヅナの攻撃の範囲外から――もう少し接近出来ればナイフを飛ばせるが、それは盾となるマークやルフランがさせてくれない――防御を捨てた全力攻撃を放ってくる。
「舎弟っぽい、良い声ですわね」
「イヅナさん、ひめとも遊びましょう!」
 竹槍も可愛いビームも飛んでくる中、ルフランへ短剣を振るいながら「もーーっ」とイヅナが憤れば、かぐやが「舎弟でなくて牛みたいですわ」と煽ってくる。なんなの、もー!
 その視界の端に、アンジェラが駆け戻ってくる。

「気をつけて! 彼の能力は――!」

 オアシスのサクラメントから戻ったアンジェラが、『リュカ』側とイヅナ側、双方の仲間たちに聞こえるように声を張り上げる。
 彼の能力はきっと、『データに介入する』と。
 壊されたサクラメントの破損は普通に壊したものではなく、加えて黒砂を纏っての移動。前者はサクラメントのデータ自体を破壊し、後者は空間というデータへ介入して移動している。
 ハハ、と。楽しげな笑い声が響いた。
「気付いたならもう、遠慮なく使ってもいいよな?」
 ザアと音が鳴り、黒い砂のようなエフェクトを『リュカ』が纏う。彼の腕は黒砂に覆われ、ドラゴンの腕のようになった。
 そのまま『リュカ』は腕を大きく振るう。《赤龍の一撃》ならぬ《黒竜の一撃》だ。
 大幅な身体能力向上効果もあるのだろう。それまでの『リュカ』の攻撃を半分くらいは回避できていたエイラにその腕は『追いつく』。
「――ッ」
 息を飲むエイラに、すかさず『ヒーラー』フィーネ(p3x009867)の回復が飛ぶ。削られた分には到底及ばないが、それでもそれでも。『リュカ』を担当する仲間たちの回復で手一杯で――それどころか既に幾度か仲間が死に戻りしている状況で、回復以外にリソースが裂けずにいた。それでもフィーネは、少しでも仲間が前を向けるのなら、持てる力を精一杯出し切って仲間の背を支える。『リュカ』が遠距離範囲の技で自分を狙わないのはただ『楽しい時間』を伸ばしたいという理由だけなことを理解し、ヒーラーが倒れてはいつ戦線が崩れてもおかしくないことを重々理解し、フィーネはしかとその場に立ち続ける。
「これぇ、当たるの駄目かもぉ」
 黒竜の一撃が触れた箇所が、ジジ、と『揺れていた』。
 見た目だけではなく、パラメーターへの異常――低下も起きている。
 端的に伝えられたエイラからの情報で、蓄積……或いは深く抉られた際は死に戻る事も視野にいれるべきだと、イレギュラーズたちは即座に理解する。爪痕の残る地面――データが破壊されたフィールドデータは戻らないが、イレギュラーズたちはリスポーンをすれば復元されることだろう。
「いい技持ってるじゃねぇか」
「『パパ』の出来がいいおかげだな」
「そうかよ。俺はまだガキをこさえる気なんざねえが……お前みたいのが息子ならさぞ自慢だろうな!」
 ほんの僅かに、『リュカ』の瞳が見開かれたような気がした。
 きっとそこにあったのは純粋な驚きだったのだろう。
 彼が何を思っているのか、リュカは知らない。
 リュカと『リュカ』は違う存在だから。
 それぞれにそれぞれの考え方があって、それに基づいて行動する。
(俺はお前のことが嫌いじゃねえ)
 出会い方が違えば友人になれただろう。彼が例えデータだけの存在であろうとも、自分の意思で考え行動しているのなら、それはヒトと変わらない。
 けれど、今は。
(好きとか、嫌いとか、ホンモノとか、ニセモノとか、そんなもんはどうだっていい)
 大切なものはひとつだけ。
 お前が勝つか、俺が勝つか。最後に立っているのは何方なのか。
「テメェに勝つぜ、『リュカ・ファブニル』!」

●Recollection -2-
 ――生きるのって、悪いコトなんスかねぇ……。
 ある日、イヅナがそう口にした。
 『空っぽ』なアイツは、それを埋めるようによく本を読んでいた。大抵は絵本ばかりだったから誂えば、顔を真っ赤にしてキャンキャンと吠えていた。
 イヅナが読んだ本には『ひとは生まれを選べない』とあったのだそうだ。
 誰かの姿を模して作為的に生み出された俺。
 何故だか誰かから生まれたイヅナ。
 共通するパラディーゾという役柄(ステータス)は、世界の敵(ヴィラン)。
「……アッシもアニキも、そう望んだわけじゃないのに」
 イヅナが唇を尖らせる。あまりにもガキくさくて笑ってしまった。
「俺たちはパラディーゾだ。何れ『正義のお味方様』に倒される悪役だ」
「……アニキがやられるのはイヤッス」
 まあ聞け、と俺は続ける。
「悪役だから、好きなことをしていいんだ。楽しいことをしていい。面白いことをしていい。一泡吹かせてやったっていい。――なあ、イヅナ。お前は何がしたい?」
「アッシは……アッシは、アニキのしたいことがしたいッス。アニキの隣で、アニキと!」
「それはお前のしたいこと、じゃないだろ」
「したいことッスよ。アニキはいつだって楽しいと面白いを教えてくれているじゃないッスか」
 生まれ方を選べない。在り方を選べない。
 けれどそれがどうした。
 俺たちは俺たちのやりたいことをする。
 至高天たちだってそうだろ? アイツらだって楽しいからそうしているんだ。俺たちだって、俺たちが楽しいと思えることをする。楽しいことをして、面白おかしく過ごして、そうして満たされて消える事が出来たら最高だ。俺に悔いはない。
 けれどイヅナは。
 イヅナは、本当は――『    』のではないのか?

●Fragment
 リュカの赤龍の一撃に復讐効果があるように、『リュカ』の黒竜の一撃にも当然復讐効果がある。原動天である彼のパラメーター自体はイレギュラーズたちの何倍も有り、それは体力も然り。戦局が進む程に『リュカ』の攻撃の威力は研ぎ澄まされるが――イレギュラーズ側は死なずに持ちこたえねば復讐の能力を活かしきることができない。
 幸運なのは、『リュカ』が範囲攻撃である《竜呪圧潰》よりも黒竜の一撃を好んで使う点だろう。範囲で一度にイレギュラーズを倒すより、ひとりずつ刈り取って長く楽しみたい――と言う気持ちが彼の行動から透けて見える。
(そうして果てられれば、満足なのでしょうね)
 その気持ちが、よくわかる。焔迅の瞳に映る『リュカ』は実に楽しげだ。
 純粋に戦闘を楽しんで、消える。望んで生まれた訳ではない世界にさよならを告げることは簡単なのだから。
 けれどそれは、『イヅナが死ななければ』の話だ。
 イヅナが居なくなれば、彼は『楽しむ』ことを捨てるだろう。
 本当に、純粋に。ただ殺すために力を振るい、イレギュラーズたちを刈り取る。
 そうしてその場に誰も居なくなった後、彼はどうするのだろう。
 慕ってくれていた少女は居なくなり、その場に居るのは力のある己ひとり。
 そうなったら、きっと彼は――。
(空っぽになったってぇ、世界を滅ぼすのは駄目だよぉ)
 エイラは『リュカ』の攻撃の後のほんの一瞬の間に、チラとイヅナたちの姿を視界に映す。
 多勢に無勢。次第に圧されていくイヅナの限界が近そうだった。

「何でサクラメント壊したの? あなたたちが戦いを通じて何を求めてるのかとかは知らないけど、残しといた方が獲物いたぶれたでしょうに……」
 アンジェラの問いに、イヅナは首を傾げて口にする。
「アニキはそういうひとじゃあないッスよ」
 『リュカ』にいたぶる趣味はない。
 このR.O.Oにおけるイレギュラーズたちの命は尽きることがなく、何度だって立ち上がる。復帰が早すぎれば『ゲーム』が成り立たないだけだ。だから今回も前回も『制限時間』を設けた。誰もいなくなればイレギュラーズたちの負け。その前に『リュカ』たちが倒れれば『リュカ』たちの負け。
 捻くれているようで、捻くれていない。世界を悲観してもいない。ただ真っ直ぐな背中をイヅナはいつも追っている。
「イヅナさんは、あのリュカさんのことが好きなんだね」
「誰かに憧れて、その人に付いていこうとする……たとえパラディーゾでも、その気持ちは、少し分かるよ」
「……アニキはアッシの恩人ッスから」
 斬られた傷で体中傷だらけで、それでも短剣を離さない。
 生きる意思の強い瞳は諦めず、真っ直ぐにイレギュラーズたちへと向けられている。
 そんな彼女はまだ、パラディーゾとしての特殊技を見せてはいない。
 自分に後が無い局面になっても、それでも彼女は使おうとしなかった。
(イヅナさんが使うとしたら、それは……)
 きっと全て『彼』のためなのだろう。と、この戦闘中一番近くから彼女を見続けているマークとルフランは気が付いた。
 飛来する竹槍とビーム、それから遠方からの斬撃が閃いて――。

 イヅナは意識が落ちる間際に、毎日追いかけていた姿を瞳に映した。
 彼は楽しそうに戦っていて、その姿が見られるだけで嬉しい。
 それなのに、足から力が抜けたイヅナの方へ顔が向けられた。
 彼の口が小さく動いたのが解る。
 こんな時でも、イヅナは彼の一挙一動を追ってしまう。
 気にしてくれるのが何よりも嬉しくて。
 先に倒れてしまうのが何よりも悲しくて。
「アニ、キ……」
 手を伸ばす。
 辛うじて動いた指先は……届かない。
 今、彼の一番すぐ側に居るのが自分じゃないことが何よりも悔しい。
 この状態でも彼との距離を詰めることが『出来る』けれど、しない。
 今じゃない。今は駄目。
 けれどもし。もし意識が戻った時に間に合うのなら――。

 ――火星天イヅナは、アニキのお側に。

 ファンの斬撃で、ついにイヅナが倒れた。
 崩折れる彼女の身体を素早くマークが支え、呼吸を確かめている間に息を詰めたように意識を向けてくる仲間たちに彼女が無事であることを伝えるように頷けば、仲間たちはマークと迅を残して『リュカ』の方へと移動した。
 彼女が死んでいないことを確認したマークは迅とともに素早くイヅナの両手足を拘束し、猿轡代わりの布を噛ませる。
「後は……」
「はい、お任せください」
 ひとつしか命の無い迅に万が一があってはいけないから、彼はこのままイヅナを預かる。もし途中で彼女が目覚めた時に自害や特殊な行動をされないように、見張るのが彼の役目だ。軍人の実直そうな瞳と視線を交わし、マークもまた、仲間たちの後を追う。

 イヅナが倒れた。
 最後まで俺を見ようとしていた。
 命は……と思ったところで、イレギュラーズたちの囁き合う声から、命までは奪られなかったことを知る。
(おいおい。本当にお優しいなぁ)
 俺たちはお前等の敵だぞと皮肉げに口の端が上がりそうになるが、心の片隅で安堵を覚えている俺が居た。

「オラ、リュカ先輩! 何転がされてるんですか! いつもの脳筋ゴリラっぷり見せてくださいよ!」
「今助太刀に参りますわよ! えーい、くらえですわ!」
 威勢のいいビームと竹槍が、リュカの直ぐ側で炸裂した。
 同じ声が「あぶねぇ」と「うるせぇ」を発し、加勢するイレギュラーズへと視線が向けられる。此方へ向かう彼等の後ろでは、猿轡を噛まされたイヅナの側に待機する迅の姿が見て取れた。
「『僕』……! イヅナ殿の事をよろしくお願いしますね!」
 焔迅にもまた、イヅナの能力にもしやと思うところがあった。
 けれどそれがどんな能力であろうと『自身』が止めてくれることだろうし、焔迅自身も決して諦めない。
 眼前の『リュカ』を見て飛び込めば、思いの籠もった強い力で跳ね除けられる。それが楽しくて、こんな時でさえもどうしようもなく燃えてしまう。膝を着いても、サクラメントへ戻されても尚、舞い戻っては彼と拳を打ち合わせる。
(『リュカ』殿も、きっと)
 そうあることを望んでいるはずだ。
 命を燃やし、戦い合い、その果てに尽きることを。
 だからこそ焔迅は全力で拳を叩き込む。
(やってくれたようだな……)
 仲間たちを信じて『リュカ』と相対していたリュカは、自身と同じ顔へと視線を戻す。
 出来れば、殺さずに倒したい。強敵との戦闘は自身の成長に繋がるし、何より楽しい。
 しかし、手加減が出来るような相手ではないことが現実だ。彼の攻撃を掻い潜って放たれる渾身の技も、彼の攻撃を反射する加護の力も、加減は効かない。
 彼の体力が減れば減るほど一撃一撃が『必殺』の一撃で、イレギュラーズたちは全滅する訳にはいかないのだから。
「支えます! 皆さん、後少しですよ!」
 フィーネが祝福し、ルフランも林檎の光で仲間たちを支える。
 戦闘は苛烈を極めた。
 盾役の仲間が倒れても、すぐに其れを補う。
 補い合い、支え合える仲間たちがいてくれる。
「『リュカ・ファブニル』! その名前はテメェにくれてやる!」
「……は?」
 真意を問うような響きに、リュカは笑う。そりゃあまあ、意味がわからねぇよな、と。
 リュカの今の姿は仮初のもので、本当のものではない。名前だって、偽物だ。
 その偽物を与えられてしまったのが目の前の男なら、その名前はくれてやる。
「ホンモノの男とぶつかり合うのに、ニセモノの名前じゃあ格好つかねえ」
 だからよく覚えてやがれ。
 竜の爪のようなオーラを纏う腕を突き出したリュカは強い眼差しで、けれどそこに楽しさを見出したような目で笑って、刻みつけてやる心地で叫んだ!
「俺はラサの傭兵、ルカ・ガンビーノだ!」
 赤龍がひっかき、黒竜が喰らう。
 竹槍とビームが飛び交い、盾となる男の猛勢の横を斬撃が走る。
 最後に届いたのは、もっふりとした身体の、違う竜の爪だった。
「どうでしょう、『リュカ』殿。楽しい戦いでしたか?」
 掛けられた声に返るのは、満ち足りたような表情。
 悪くないと告げているのが誰にでも解るような表情だ。
 けれどその表情が、消えゆく手前で、ふ、と揺らいだ。

 ――消える。
 ただのバグデータは、消えた後は何も残らない。
 けれど俺は、それでよかった。楽しかった、面白かった。充分だ。

 ――アニキ!

 けれど瞼の裏で、何かがチカっと光った。
 耳奥で、耳慣れた声が俺を呼んだような気がしたが、そんなことはあり得ない。
 最後に見たアイツは猿轡を噛まされ、転がされていたからだ。『正義のお味方様(イレギュラーズ)』たちはイヅナの命を奪わなかったのだ。
 そうだ、イヅナ。イヅナだ。アイツはまだ生きている。
 俺の中に、何かが生まれた。心残り、というものなのかもしれない。
 消える寸前の俺は、「なあ」と口を開く。声が届いているかはわからない。
 けれど、届くなら――。
「オリジナル――いや、ルカ・ガンビーノ」
 ひとつだけ、願いを聞いてはくれないか?

●Last Lament
 パラディーゾ『リュカ』が、電子の光となって消えた。
 彼の居た痕跡は、辺りのデータが抉られた戦闘跡しか残されていない。
 けれどひとつの言葉が、オリジナルのリュカの耳には残っている。
 リュカにだけ聞こえる声で、彼は頼み事をひとつ残したのだ。
『アイツに「生きろ」と伝えて欲しい』
 残されたイヅナが目を覚ませば、きっと絶望して自害する。
 けれど『リュカ』はそれを望まない。辛くとも苦しくとも、『此方側』へ追ってくるなと突き放す。イレギュラーズたちを恨むかもしれない。憎むかもしれない。ただ生き延びることはパラディーゾから離反することになるかもしれない。追われて行き場がなくなるかもしれない。
 それを知っていても尚、『リュカ』は自身が彼女に生きて欲しいと願ったことを伝えて欲しい、とリュカへと頼んだのだ。リュカの胸にしまいこんでもいいように、リュカだけに聞こえる声で。
 イヅナへと視線を向ける。猿轡をされたまま転がされているイヅナはまだ目覚めていないようで、彼女を看ていた迅と入れ替わるようにエイラがしゃがみ込むところだった。どうするべきか――リュカは己の意思を固めるように拳を握りしめる。

「ひめはこれからこの世界崩壊止めてきますよ!」
「このかぐやの元気、やる気、負けん気、まだまだ損なわれておりませんわ」
 何人かはそのまま砂漠を突っ切っていくようで、フィーネは回復して回る。
 戦いの空気が薄れて賑やかになる中、ルフランもまた、イヅナへと視線を向けていた。
(この世界にリュカさんが一人で、それでイヅナさんもパラディーゾじゃなければ……)
 あたし達、仲良くなれたのかな?
 それは、あり得たかもしれない、あり得ない夢想だ。一緒に何処がかっこいいのかをカフェで熱く語り合う姿を想像するのは容易だった。きっと時にはライバルで、頬を膨らませあって喧嘩だってして――。
(――あれ、何でライバルって思ったんだろ?)
 自然と浮かんだ思いに少しだけ引っかかりを覚えて思わず胸を押さえたけれど、それが何なのかルフランには解らなかった。
「ねぇイヅナ。どんな夢を見ているのぉ?」
 エイラは意識を落としているイヅナの頭を膝に載せ、さらりと前髪を撫ぜてやる。
 エイラ――フリークライは主の創造物で、主があの世へ旅立った後もこの世に留まり、ひとりぼっちでも主の死を護り続けている。
(キット アニキ イナイ 世界 生キル意味無イ イヅナ思ウ)
 フリークライと同じ道は、彼女には辿れないかもしれない。
 目覚めればきっと、自らの命を断とうとするだろう。
 生きる意味がないと、ひとりは嫌だと、置いていかないでと、泣いて泣いて。
 目覚めた彼女は『寂しい』という気持ちを知ることになるだろう。
「それでもねぇ、イヅナ」
 生きてほしいなぁとエイラは思った。彼女の大切な『アニキ』の死を、『寂しい死』と同じにしないであげてほしいから。
 イヅナは当分目覚めそうにない。
 ゆっくり休んでとエイラはイヅナを撫でた。
 乾ききった砂漠の砂にぽたりと落ちた水滴が、誰にも気付かれぬ前に乾ききる。
 眠る少女の瞳から零れ落ちた、一粒の涙が――。

成否

成功

MVP

エイラ(p3x008595)
水底に揺蕩う月の花

状態異常

マーク(p3x001309)[死亡×2]
データの旅人
ルフラン・アントルメ(p3x006816)[死亡]
決死の優花
リュカ・ファブニル(p3x007268)[死亡×4]
運命砕
焔迅(p3x007500)[死亡×2]
ころころわんこ
エイラ(p3x008595)[死亡×2]
水底に揺蕩う月の花

あとがき

お疲れさまでした、イレギュラーズ。

生きることを望まれたため、イヅナは生き残ってしまいました。
憧れの人がいなくなった世界で、彼女は生きられるのでしょうか。
生きられたとして、どう生きていくのでしょうか――。

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