PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<lost fragment>赤子殺すに刃物はいらぬ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●告解
 正義の国の、誰からも忘れ去られた廃教会。
『ワールドイーター』たちが食らった記憶たちの残骸だ。
 血のような夕日が、ステンドグラスを通して様々な色あいを魅せ、バグにまみれた教会の床に降り注いでいる。
 赤、青、オレンジ……。剣士は眩しそうに目を細め、なんともなしに緋色を追っていた。
「わたくしのしたことが、「間違い」であったのだと知りました」
 修道服をまとった女が、とうとうと語る。
 剣士は返事をしない。
 彼はまかりまちがっても聖職者ではないし、そのようなことに興味はない。彼が求めているのは単純明快、わかりやすい報酬(カネ)だった。肌身離さず身に着けた刀をいつでも抜けるように構え、あぐらをかいて座り込んでいる様は猫のようにも見えた。
 それでいいのだろう。だからこそ、女は話すのかもしれない。
「わたくしは、正義の国に生まれました。着るものや食べ物に困ったことなどない。貧民にいくらばかりかの寄付をして。裏口を訪ねてくる人間にパンをやって、あとはそれだけ。不自由について思いつきもしない、何一つ不自由のない家で育ちました……」





 ある日、庭のリンゴの木を眺めていると、庭師の男と目が合いました。その時の衝撃をまだ覚えています。土にまみれたほっぺは、まるでりんごのように真っ赤になりました。
「わあ!」と彼は驚いてはしごを蹴っ飛ばして、振り子のように目の前からいなくなりました。こんな高いところから頭をぶつけたらたいへんだわ、と、わたくしは大慌てで後を追いました。さいわい、たんこぶができたくらいでしたが。
 彼はもっともっと慌てて、あろうことか花壇から……チューリップを引っこ抜いてわたくしによこしたのです。
 あっという間に、恋に落ちました。
 上級貴族の結婚相手は、上級貴族と決まっています。わたくしも理解していました。いずれ顔も知らぬ誰かの妻となるのだろうと。でも、わたくしはまだ押さなかった。
 わたくしたちの仲が明るみになれば、彼とは引き裂かれる運命でした。
 けれど。
 わたくしのお腹には、すでに子どもがいました。
 愚かな恋と父は嗤い、母は泣きました。
 わたくしは重病を患ったことになって、1年ほど「静養」することになりました。
 その子を自分で育てることはかなわないと知っていました。でも、どこかで幸せに生きてほしいと思いました。
 名前?
……もう思い出せない。


「だから、これは罰なのだと心得ております。この世界がワールドイーターに食い荒らされて、わたくしの存在が「なかったこと」になるのは」
 女は語り終えたらしい。「知らん」の一言である。ただ、眠そうに欠伸を一つ。
「聞いてくださってありがとう、用心棒さん」
「聞いていたわけではないがな?」
 ……つまらない話だったと思う。内容はどうあれ、男がやることに差異はなかった。依頼をただ遂行するだけだ。
「しかし、何故俺に話した」
「あなたなら、忘れてくださるでしょう。そんなきがしたものですから」
 今ではあの人の顔も思い出せはしない。
「ところで、わたくしはどうしてここにいたのでしたっけ?」
 依頼人がこれではと男――咲々宮 幻介は深々とため息をついた。まあいい、前金はもらっている。とりっぱぐれる心配もないだろう。
 もともとは、彼女を連れ戻す依頼だった。「多少、荒っぽくとも構わない」というオーダーだった。そつなくこなした。しかし、この世界に現れた『ワールド―イーター』により記憶は食い荒らされて、そもそも女性の存在が認識されなくなっていた。
 代わりに彼女は持っていた宝石を差し出して頼んだのだ。
「お願いします。わたくしの世界が終わるのを見届けてください」
……どうでもいい。
 ただ、やるべきことをやるだけだからだ。ワールドイーターに彼女の記憶が残らず食い破られた暁には、とっととこの場をおさらばしよう。『奴ら』は、ぐるぐると教会の周りを廻っている。
(それもつまらんかもしれんがな)
 不意に、気配が変わる。
 誰かが来た。
……強い、誰かだ。
「ハア~……」
 めんどくさいな、と思う気持ちと、相反する気持ちが芽生えているのを感じた。……手ごたえのある連中だといいが?

GMコメント

廃教会ってロマンチックですよね!

●目標
・ワールドイーターの討伐
・女性の保護

●状況
 女性がワールドイーターに襲われています。
 助けるのがクエストの目的です。

貴族の女性
 正義に住む上級貴族。
 ワールドイーターの浸食により、世界に忘れられている。しかし、かつて、「わが子」を失ったことによりこの状況を罰だと受け入れている。
 修道院のような世界で、ただ祈っている。修道女の恰好をしている。
 ワールドイーターに食われ、記憶を失うことを受け入れている。だが、浸食は進み、何のために祈っているのかすらわからない。

赤子
 R.O.O上、「どうなったか」はとくに設定されていない。分かっているのは乳母が持ち去っただけである。ひそかに始末されたのか、それとも望みは薄いながらも生きながらえているのか……。
 存在すら忘れてしまっては、贖罪することもできません。

●場所
 静謐な教会に見える。
 赤子の鳴き声が響いている……。

●敵
『ワールドイーター』記憶漁りのカラス ×10
 喪に服したかのような真っ黒なカラスです。弱いもの、弱っているものを狙う狡猾さがあります。飛行しています。

『ワールドイーター』断罪者 ×5
「これは不正義だ!」
「しかるべき罰だ」
 騎士の恰好をした断罪者です。教会に押し入り、激しく女性や<不正義>を糾弾します。

咲々宮 幻介(NPC)
 R.O.Oのすがた。
 金払いさえよければさまざまな人間を「始末」します。
 もともと請け負ったのは依頼人の女性を「始末する」ことだったのですが、そちらの依頼は(浸食により)破棄されたので、女性の側についています。
 とりあえずの目的は、「この状況を静観すること」。女性を護衛しつつ、記憶がすべて食われるのを待つ約束です。
 ワールドイーターは幻介もお構いなしに襲いますが、めんどくさそうに斬り捨てています。女性に対しては、物理攻撃のみ対処しつつ、というスタンスです。

 かなり腕の良い剣士です。正面からやり合えば被害は大きいでしょう。ただ、利害がはっきりと対立しているわけではないため、なんとかなる道はあります。

●ROOとは
 練達三塔主の『Project:IDEA』の産物で練達ネットワーク上に構築された疑似世界をR.O.O(Rapid Origin Online)と呼びます。
 練達の悲願を達成する為、混沌世界の『法則』を研究すべく作られた仮想環境ではありますが、原因不明のエラーにより暴走。情報の自己増殖が発生し、まるでゲームのような世界を構築しています。
 R.O.O内の作りは混沌の現実に似ていますが、旅人たちの世界の風景や人物、既に亡き人物が存在する等、世界のルールを部分的に外れた事象も観測されるようです。
 練達三塔主より依頼を受けたローレット・イレギュラーズはこの疑似世界で活動するためログイン装置を介してこの世界に介入。
 自分専用の『アバター』を作って活動し、閉じ込められた人々の救出や『ゲームクリア』を目指します。
特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/RapidOriginOnline

※重要な備考『デスカウント』
 R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
 現時点においてアバターではないキャラクターに影響はありません。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <lost fragment>赤子殺すに刃物はいらぬ完了
  • GM名布川
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年11月08日 22時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヴァリフィルド(p3x000072)
悪食竜
梨尾(p3x000561)
不転の境界
雪之丞(p3x001387)
ばぶぅ……
スキャット・セプテット(p3x002941)
切れぬ絆と拭えぬ声音
蛍(p3x003861)
屋上の約束
珠緒(p3x004426)
屋上の約束
玲(p3x006862)
雪風
イルシア(p3x008209)
再現性母

リプレイ

●誰を責める声
 誰にも届かないであろう懺悔を。
 こぼれていく言葉の欠片を。
『燃え尽きぬ焔』梨尾(p3x000561)の耳は静かに聞いていた。
「……。……うん。
そんなこと聞いたら絶対に終わらせません」
 梨尾はふるふると首を横に振る。そんな物は「違う」と。
(間違いだとか罰だとかは、終わる恐怖を誤魔化すものでしょうし)
 自分にだって欠落がある。ぽっかりとあいた心の穴。それでも体が動くのは――誰かを助けようと体が勝手に動くのは、たぶんこの身が■■であるから、なのだろう。
(我が子の名前を忘れただけなのに)
 たった二文字、その欠落は深く胸をえぐっている。
(遠ざかる息子を抱きしめたくても手は思うように動かなくて、
最期に聞いた息子の声が涙ながらの声のまま、死にたくなかった)
 さんかくの耳が赤子の泣き声をとらえる。
 このままにしてはいられない。
(泣き声が響く中終わるなんて死んでも死にきれないです)
 ぎゅっとこぶしを握り締めて、梨尾は明るい炎を燃やす。
「何が相手であろうとも……終わらせません」

「ふむ……」
『悪食竜』ヴァリフィルド(p3x000072)はデータを食らう。彼の食事はワールドイーターのような浸食ではない。溢れ出る思いを、後悔を。咀嚼して深く吐き出し、情報は秩序だって再構成される。
「なるほどこの方は、母を忘れた罪を背負う現実の私とは逆なのですね……」
『再現性母』イルシア(p3x008209)の裾を握るエルシアがいる。
「私は物心ついた時には孤児院にいたから、親の愛情なんて知らないけれど……」
『蒼穹画家』スキャット・セプテット(p3x002941)はまぶしそうに目を細めた。
「許されない罪はないよ。少なくとも、私はそう思うから、彼女にしっかり自分と向き合う時間をあげたいんだ」
「そう、ね。そうよね」
 スキャットの言葉はイルシアの胸に深く響いた。忘れることが罰と受け入れてしまっては、何事もなせないだろうから。
「ええ、だから私は、罪深い彼女を愛してみせましょう……赦し得ぬ罪を赦すために私のアバターはいるのですから」
 そのためにイルシアはR.O.Oでその姿を保っているのだ。
 いちばん欲しいものを、受け取る前に与える。慈しみ深い母の愛。
「ばぶぅ……」
 イルシアに抱えられながら、『ばぶぅ……』雪之丞(p3x001387)がもみじのような手のひらを伸ばす。正直恥ずかしいし、おろしてほしい。が、0歳児だ。
 成る程。自分の能力――R.O.Oにおける立ち位置を最大限に意識して考える。
(『貴族の女性』の護衛だな、コレばっかりは俺にしか出来なさそうだ……皆には負担を掛けちまうだろうが、大丈夫だと信じよう)
「大丈夫ですか? 一人で行けますか?」
「っば、ばあーっ!」
「よしよしよしよし」

 ちぎれそうになる世界の隙間から、桜吹雪が舞い込んだ。
「ワールドイーターの所業というのは、こうも酷いものなのですね」
『R.O.O tester?』珠緒(p3x004426)と『R.O.O tester?』蛍(p3x003861)は、虚構の世界に並び立つ。彼女たちは二人で一つ。蛍が示した一点を、珠緒の刀が斬り裂く。
 ワールドイーターの浸食は止まる。
「……女性は、記憶のあるうちから色々諦めていたようですが。
何かを取り戻せたなら、また立ち上がることができるのでしょうか」
「この状況もそっちのあなたのこともよくわからないけど、これだけはわかるわ。
消えていい世界なんてものも、忘れていい過去なんてものも、絶対存在しないってことよ!」
 きっぱりと告げる蛍の声に、珠緒の魂は震え立つ。
 その通りだ。何度元に戻れるからといって、この手からこぼれ落ちていっていいものはない。
「だからボクは、たとえ余計なお節介だとしても、必ず侵蝕を阻んで貴女を守ってみせるわ!
いきましょう、珠緒さん!」
「はい」

 世界。
 ワールドイーターに食いつくされていく、世界の、滅び行くテクスチャーをかいくぐるように、赤い満月が空に登った。
 音もなく霧が忍び寄る。
「にゃーっはっはっはっは!!! この世界を壊そうなど、片腹痛いわ!
ワールドイーターよ、貴様に喰わせる世界など無い!」
 ひゅおおおお、と風が吹き、赤いマントがたなびいた。なにもないかに見える空間、霧の影から、『雪風』玲(p3x006862)が姿を現す。
「この†緋衝の幻影†が赤き月に代わって断罪する!」
「騒々しい」
 幻介が――ROOの幻介が嗤い、刀を手に立ち上がる。
「だが、楽しめそうだ?」

●思惑と思惑
「ほー、ほうほうほう。あのゲンスケがのうー…」
「ばぶう」
 ばぶすけをあやす玲。
「よーしよしよし、お主の大人になった姿じゃぞー。元気に育つんじゃぞー」
 玲が高い高いをするのだった。
「っだあ~、だあ」
 きゃっきゃと指をさす雪之丞。あらあらうふふとイルシアが雪之丞をあやした。
「フム」
 ヴァリフィルドは唸る。
 あのNPCが幻介を模したもの、とあらば、腕前は折り紙付き。必要とあらばすべてを斬り捨てる鋭さがあった。
「いけるか、梨尾」
「はい」
 目を閉じ、すうと息を吸った梨尾は、錨火を繰り出した。
「雑魚雑魚ざぁーこ! 弱い者いじめしかできない癖に反撃が怖くて飛行してるビビりカラスと罪がある者しかいじめられない騎士失格者ー!」
 目いっぱいに声を張り上げて、立つ。
 一斉に地面が揺れる。怒りに駆られたカラスどもの攻撃は、梨尾にとっては致命的な一打とはならない。梨尾は何度でも立ち上がる。何度でも、何度でも。
(言葉が通じなくても馬鹿にされてるのは分かるでしょう?)
 怒りとは、生物の根源的なものであるから。

 スキャットは十字の線……ラインを見極めるように退いた。
 まるで思い付きのようだった。有象無象の敵には恐れをなしたとみられたかもしれない。しかし、いまするべきことは突出することではないと正しく判断していた。狙うのはこちらに襲い掛かってきたモノ、ではない。記憶を食らうカラスに向かって、一撃。無軌道の一打は景色を大きく塗り替える。
「弱者を狙うのが卑怯とは言わないさ。私もそうさせて貰うから!」
(こい。ぜんぶ、こっちにこい!)
 梨尾の懐中時計が揺れる。この世界では、耐久力のない非破壊オブジェクト。とはいえ衝撃は伝わるものの、そのもふりとした毛皮に吸収され、攻撃は届かない。
「断罪を! 処刑を!」
 振り上げられる剣。だが、梨尾は食らいついた。絶たせてなるものか、その絆を。誰かと誰かの縁を、守るために動き続けて。走る。
 鼓動はどんどんとはねる。まだ、舞える。誰かを守るためならば。追撃に次ぐ追撃が敵を翻弄し、守る以上に敵の数を減らす。
 何度死んだ?
 20回以上は。
 この名前は。生物兵器の小隊の部隊名だった。リーオー、教えると同じように真似をした。和梨から梨、大きなもふもふ尻尾から尾で……。それで。それで。
(あ)
 世界を食らいつくす咆哮、よりも大きく口を開けた竜の。
 獣の咆哮に竜の『咆哮』が重なった。
 打ち付ける衝撃にカラスが耐えきれず、ぐらりと落ちていく。
「くらった痛みは倍返しだ!」
 身動きのとれなくなったカラスは、スキャットの一撃に分断される。ヴァリフィルドは満足げな笑みを浮かべ、再び口を開けた。
 スキャットは攻める。予測のできぬ、意表を突くような筆の運び。
「さー、お主ら!この妾がせ・い・だ・い・に! 遊んでやろうではないか!」
 断罪者の振り下ろすギロチンめいた刃を、玲は止める。指一本で。ぴんとはじいた。影からの襲撃。ATHGAMBR壱式。二丁の銃。
「妾の華麗な技をみせてやるのじゃ!」
 銃は唸りをあげて弾丸を放つ。分厚い盾を構えたが、一撃。鎧を貫通し、それだけで鎮める。
「その程度の鎧、妾の弾丸を防ぐ事は出来ぬわ!」
 くるり、マントを翻し、玲は飛び上がる。飛び去ったかと思えばまた現れる。影から。霧から。そして背後から。
「にゃはは! 怖かろう!? なんたってこの妾じゃからな!」
 追い詰めれば追い詰めるほど、追い詰めたはずなのに玲は笑う。
「何度でも妾は何度でも蘇る! 無駄じゃあ!」
 竜頭より放たれる息吹がデータを破壊するものを塵に帰す。
「罪に濡れない人間なんていないじゃないか! 人を責めたて死に追いやろうとする、お前達も不正義だ!」
 それは自分を鼓舞する言葉でもあり、同時に差し伸べる救いの手だ。
(現実の世界で、私は不正義の烙印を押された。それでも生き続けてよかったと思える瞬間があったんだ。彼女だってきっと、希望を抱けばやり直せる!)

「どうあれ、まず廃教会を取り囲む敵らを退けねばなりません」
 珠緒は頷き、御霊に耳を傾ける。泣き声、鳴き声。赤子の声。それは何かをしてほしいということ、つまりはここではクエストだが――。
「珠緒」
 蛍は、断罪者からの一撃をかわそうとすらしなかった。珠緒が貫くと知っていたから。事実そうだ。
 すべて最適化されている。どう動くかは蛍が教える。珠緒が導きに乗ってその通りに手本を見せた後、定石を外す。
(あの一撃は)
 面白い、幻介は興味を惹かれて、思わず刀を手に取った。
(浮いている駒を確実に取れば、救助対象に手を出させずに済みますし)
 狙うはあくまでもこの場の制圧。蛍が示すのは切り立った壁。忍ノ足で駆けあがる。そして、空から。
「ここだよ」
「はい」
 微笑みすら浮かべそうなほどに。
 狙いすまされた一撃だった。体勢を崩した断罪者。そしてカラスが一直線に、貫かれて粒子となって消える。

 あの声は何。
 梨尾の耳が、戦場にも関わらずくるくると回る。
 あの声は、誰。
(女性の子か無関係か、声だけなのか分かりませんが)
 粒子になる前のデータに、かすかに残骸がある。
(聞こえてくる赤ちゃんの泣き声……この状況に無関係だとは思えないわ)
 蛍は聞き続ける。失われつつある声に、耳を傾け続ける。
(あの女性が失った――失いつつある記憶を取り戻すカギになるかも!)
 ヘルプ妖精のカーソルが、「!」と調べられる個所としてのがれきを提示する。
 蛍の役割は回復手。戦線の維持を最優先に。
「俺は、平気です」
 傷つき、倒れる梨尾が言った。
「大丈夫、それくらいのリソースはあるわ」
(相手の強さを考慮すると加減は出来ない)
 スキャットは声を聴く。視覚と聴覚、二重に光景をとらえる。
 あの声が聞こえている限りは、彼女は狂えないであろうと、直感する。

「……というわけで、お母さんタイムを始めるわ!」
 ぱあ、と表情を輝かせ、両手をいっぱいに広げるイルシア。あどけない幻想種の少女がじ、とイルシアを見上げる。
「さあエルシアちゃん、一緒にファイアストームを唱えましょ、悪いカラスさんを焼き鳥にしてあげるのよ!」
 えっと、こうかな、ともたもたと術を編むエルシアにうんうん頷き、手を添えてあげるイルシア。
「でも……あんまり味方を巻き込まないようにしないといけないわ! 梨尾さんもヴァリフィルドさんもお強いし、ちょっとくらい巻き込んでも大丈夫かもしれないけど……」
 がんばって頷く、小さなエルシア。
「なるべく敵は沢山巻き込むけど味方にはギリギリ当たらないくらいを目指さないと! 大丈夫、エルシアちゃんならきっとできるわ」
 ぽふっ、と小さなファイアが生み出され、それを凌駕する濁流が世界を過ぎ去っていく。構えるNPCの幻介であったが……。
(わざと外したか、どうにものんきだな)
「よちよちよち~>ヮ<」
 無力にも頭を撫でられる雪之丞。
「あ、あぶう(それはちょっと……)」
「うむ、元気で大変宜しい。せいっ!」
 玲はうんうんと頷くと、雪之丞をぶん投げる。

 幻介の反撃により、エルシアがかききえてしまう。
……てっきり、あれもイルシアのアバターだと思っていたのだ。
 ぽおん、と放物線を描いて飛んで行った赤子は見事に着地し、それからものすごい速さでハイハイをし始めた。事情の飲み込めぬNPCの横を通り「だあっ!」と手のひらを伸ばす。
「は?」
「っ……」
 ふらり、膝をつくイルシア。
「どうしましょう、可愛いエルシアちゃんっ……」
 それでも、攻撃の手を止めることはない。
「……それはきっと私の罪なのね!」
 彼女の嘆きが、女性には通じただろうか。他人事ながらに思うのだ、あの女性に慈悲を、と。
 そしてそれは、女性が向けられているものと同じものである。
「だから、」
 だからイルシアは、女性の方の罪も赦すと言う。

 やってきた雪之丞に、襲い掛かる騎士ら。貴族の女性が咄嗟にかばったのはきっと、母としての本能か。むろん、起きたそれは奇跡ではなく――0歳の無窮の一閃。目に見えぬままに両断されて崩れ落ちるワールドイーター。それでも子をかばうことに必死な女性は気が付くまい。
 ここだ。
「だー……」
 雪之丞は無邪気に顔をあげる。目を潤ませ、今にもぽろりと真珠のような涙がこぼれそうなほどにうるませて、両手を伸ばす。その表情は女性にクリーンヒットしたらしかった。
(あ、これ、女難の宿星だ)
 0歳でも、それは変わらないのか。
「強く……生きるのよ……」
 独り立ちを見守るイルシア。
「あやつはわらわが育てた」
 適当なことを言う玲。
(仕方無いだろそういうクエストなんだから!?)

「どうか、私を」
 罰して。
 そう言いかけた口は最も近くで無邪気に手を伸ばす赤子が手のひらでぺちんとふさいだ。
「承知」
 幻介が動き出す。
(……あの野郎、元の俺より体格が良い上に、めちゃくちゃ若いじゃねえかよ……しかも、腕の方も下手すりゃ現実の俺より強ぇんじゃねぇか?)
 させるものか、と赤子が動く。
 やぶれかぶれの断罪者の一撃は、何か。目に見えぬ何かに斬られた。
 如何なる距離でも相違無く斬り裂く、無窮の一閃。
 利は奴にあり、だが若い。そして、経験は――おそらく今の自分には及ぶまい。といっても0歳ではあるのだが。
(だが……使う流派が分かってりゃ戦法も丸分かり、それならどうとでもなるぜ)

 さあ、回復が要るのはだれか。蛍は戦場を見渡した。
 ヴァリフィルドは首を横に振り、溜め込まれたデータを放出する。
「それが罪であると本心で思っているのか?」
 戦場に加わる幻介を、ヴァリフィルドは吠え、ひきつける。
「あの女を殺めるのは本意ではなかろう?」
「罪も何も、頼まれたことをするまでよ」
 さてどうするか。
 ワールドイーターはもはや虫の息。すべての撃破も間近である。
 彼が利益で動くと見た、ヴァリフィルドの見立ては間違っていない。
「ならば、これでどうだ。手打ちというのは」
「買収など――舐められた……!?」
 布きれは目くらましか、いや――サイバー乙女のぱんつである。
 三度。幻介は固まった。女難はここにでるらしい。ただ価値のあるものであるのには違いがないが、気の抜ける――。
「売れば相応の価値はあるのだがな」
 ヴァリフィルドは匂いをたどり、小さな布切れをみつけていた。オルファクトがあてた残骸のひとつ。梨尾が掘り出し、ぽんと投げる。キャッチしたのは蛍である。
(……面倒なことになりそうだな)
「っ!」
 梨尾が誘うように炎を飛ばす。
「そこの雇われ浪人! 迷って居るようじゃのー」
 玲が立ち塞がり、ばばんと仁王立ちをする。
「ほれほれ、戦えぬ浪人は邪魔じゃ邪魔じゃ」
「相手をしてくれると申すか?」
「さーて、こうなっても動かぬそこの浪人よ
どちらを始末するのかは、お主でもわかるはずなんじゃがのう?
にゃっはっは!よーく見ておれ、これがサムライの戦い方じゃ!」
「だー、ああう!」
 それは、なんだ。
(俺が知り尽くした咲々宮一刀流なら対応は容易い上に……俺には奴が知らねえ時元斬がある)
雪之丞は立ち上がる。そこにあるのは――。
 10秒。
 たったの10秒に、幻介は永遠を感じた。
「「時」も「次元」も一切合切纏めて、叩っ斬ってやる!」
 夢幻万華鏡の中、鋭い剣の行き先が、繰り出され、幻介の刀を弾いた。
 それを、幻介は跳躍して素早く手にする。
 しかし。
「依頼が終わればすべてが終わり、そうでしょう?」
(彼がどう動くかは極めて不透明、だけど……)
 蛍は分かっていた。報酬以上に働いたりはしない。仕事人だ。だから、これで終わりだ。
 あの一撃以外は……本気ではなかった。
 だが、それだけは本気だったのだ。
 首を落とすつもりがあった。

(他所では、撃破し浸食を止めた時点で記憶を取り戻せる場合もあるとのこと)
 どちらが果たして彼女のためだろうか。珠緒は推し量る。
(記憶を取り戻したうえで、世をはかなむ選択を覆してくだされば……)
 泣き声は、ぴたりと止まる。
(どこからか聞こえていた声の赤子がここにいて、
実の子でなくても子を守る母としての心を持ってくだされば……
などというのは、ご都合主義でしょうか)
 思い出した。何もかも――。
「もし貴女が贖罪を望むなら、それは「貴女の存在を無かったこと」にすることじゃない
たとえ苦しくても悲しくても、記憶と思いを抱きながら生き続けることが、贖罪になると思うの」
 蛍は、まっすぐに女性に向ける。
「酷いこと言ってると思うけど……」
 どんな慰めの言葉よりも、それは深く深く彼女を現実に引き戻す。
 歩みださなくては、ならないの。
「おいで」
 イルシアが手を伸ばす。背中をさする。
(……罪なんて全て忘れて、無垢な赤ちゃんから遣り直せばいいのよ…幻想種から見れば人間種なんて幼子みたいなものよ)
 せきがきれたようにわあわあと泣き出す彼女は、まるで赤ん坊のようだった。
「もし、何処にも行き場がないのなら、アネモネの所に」
 スキャットは優しく彼女に告げた。
「あそこなら時々私も様子を見てやれるし、正義の手も及ばない」
 どうか幸運が微笑みますように、と。
 世話焼きの彼女ならば正義への対処もよく心得ていることだろう。

成否

成功

MVP

イルシア(p3x008209)
再現性母

状態異常

スキャット・セプテット(p3x002941)[死亡]
切れぬ絆と拭えぬ声音
玲(p3x006862)[死亡]
雪風

あとがき

彼女はこの地を逃れ、ひっそりと生きていくのでしょう。
お疲れさまでした!
パパママ、護りたいモノがあるみなさんに幸あれ!

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