PandoraPartyProject

シナリオ詳細

濃霧の中で

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●偽りの村
 濃い霧が立ち込める。雲がどんよりと覆い、枯れ木と茫々に生えた草が昼であるのにまるで夜であるかのような陰鬱さを醸し出す。
「ここは、どこだ?」
 気がついた時には、既にその兵士はその村にいた。頭を抑え、記憶を辿るも、どうしてここにいたかは思い出せない。
 自らの名前も、誰に仕えていたかも思い出せない。覚えている事は、一つだけ……
「……そうだ、俺は、守るべき民をこの手で殺した」
 そう、彼は幻想の兵士にしては珍しく、理想に燃える男だった。しかし……理由は、何だ?……覚えていない、ただ途中から何もかもが楽しくなっていったことだけは覚えている。
「う、ウア、ウアアアアア……!?」
 頭を抱える兵士。記憶が鎖のように連なって男の頭を駆け巡る。自らに正気に戻るように声をかける子供の声。剣が肉を切り裂く感覚、そして、自らの狂気的な笑い声。
「違ウ、俺は……俺ハ、あアあァ……!」
 兵士は、うめき声をあげながら、よろめき。ふらふらと歩き出す……うつろな目で、永遠と……

 もう自らが死んでいる存在であるということにも気づかずに。

●次の戦いへ行くその前に
「皆さん、シルク・ド・マントゥールの対処お疲れ様です!」
 初の決戦を終え、翼を休める勇者達へ『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)がねぎらいの言葉を贈る。
 たが、ただの労いではない事は彼女が持つ依頼書を見れば明らかであった。また何か依頼があったのだろう。イレギュラーズ達は
「皆さんの中にお化けの対応が得意な人がいれば、お手伝いしてほしいことがあるのです」
 イレギュラーズに満面の笑みを見せ、ユリーカは依頼書を広げる。
「依頼主さんは幻想北部、リーゼロッテさんの治める地方の貴族さんなのです。話によると彼が治める地域の沼地に、巨大な悪霊――『ミスト』が出現したそうです」
 ミスト、その悪霊がどうやって現れるかは全くの不明であるが、どのような事をしでかすかは大体分かっている。
 悲劇的な出来事が多く発生した夏、沼地等に現れその名の通り出現した辺り一帯を濃い霧で覆い、無念の魂を引き寄せる。
「集まった魂はミストの力によって仮初めの肉体を与えられて、霧の中を彷徨うようです……何年も、何年も」
――そうしているうちに、彷徨う魂は成仏すらままならず、その悪霊に魂のエネルギーと無念を吸い取られいずれ消滅してしまうのだ。
「そんなの可愛そうなのです……ですから、皆さんにはそのおばけをやっつけてほしいのです!」
 だが、ミストの捕食を止める方法が無いわけではない。ミストが支配する魂と何らかの形で接触し、肉体を破壊し強制的にあの世送りにしてしまえば良い。
 しかし仮初めの肉体とは言え、一度は『原罪の呼び声』によって支配された人の魂。普通に戦えば大きく体力を削がれてしまう事は避けられないだろう。
「そこで、皆さんの知恵と技能を生かしてまずは、魂の持つ無念を晴らしてほしいのです」
 仮初めの肉体は魂の無念によって動く、無念を軽減すれば弱体化し、難なく撃破することが可能だろう。あるいは、完全に無念を消し去り、穏やかに旅立たせてあげることも。
 解放する魂の数は多ければ多いほどよい、できるだけ手分けして救ってほしいのです。そうユリーカは語る。
「たくさんであればあるほどよいのです、そうしたら餌を取られた本体のミストが怒ってやってくるのです!」
 
 本体のミストを倒せば、霧は晴れ、残っている魂も全て呪縛から解き放たれる。ミストは毒や窒息による搦手を得意とする魔物。恐らく他の攻撃も――状態異常の警戒はしておくに越したことはない。

「ちょっと面倒に感じるかもしれませんが、皆さんなら簡単に対処できると信じているのです!」
 よろしくおねがいするのです!そうユリーカは、あなた達にぺこりと頭を下げた。

GMコメント

●依頼内容
・『ミスト』の退治
 魂を解放することで呼び水を巻き、現れた『ミスト』を撃破する。

●ロケーション
 『幻の村』
 ボロボロの家、枯れ木や枯れ草、どんよりとした雲と霧に覆われた薄暗い村。
 ……ですが『ミスト』が幽霊を捕らえておくための幻覚で実際は泥沼です。
 
●ボスについて
『ミスト』
 幽霊を多く解放するか、長時間の滞在で生者の気配を察し現れる謎のアンデッドモンスター。商売上がったりで相当ご立腹な様子。
 巨大な紫の骸骨の形をした霧というビジョン。その体はほとんどが塵で構成されているため毒攻撃は意味がありません。
 非常に高いHPを持つのは、村に漂う無念を吸い上げ力に変えている故か。
 BSによる猛攻を得意とし、幽霊の対処で弱った外敵を駆除します。毒や窒息の他に2つほど状態異常を用いるようですが、詳細は不明。

●幽霊について
 無念によって動く仮初めの肉体を与えられた人間達。その大半が『シルク・ド・マントゥール』による――狂気に呑まれ壊れた犠牲者か、呑まれた人によってもたらされた殺傷事件の被害者――です。
 依頼主の貴族より、少なくとも以下の幽霊が囚われているという情報が入っています。
(1)老兵士
「私は、間違っていたのか……?」
 民を守る使命に半生を尽くした兵士。しかし、『原罪の呼び声』に支配され守るべき民を虐殺すると言う結果に終わった。

(2)若者
「かみさま……」
 この世に絶望し、神にその身を捧げようとしていた若者。
 決意を固め教会の扉を開いた彼が見た最後の光景は、血まみれの教会と狂った神父であった。
 彼が得たかった物は神の奇跡か、尽くす事への自己満足か、あるいは。

(3)元サーカス団員
「皆が……待っている」
 息苦しい世の中を『娯楽』によって少しでも明るい世にしようと試みていた女性団員。
 最もその夢は叶うこと無く、入団と同時に『原罪の呼び声』を受けてしまったわけだが。
 自分が死ねば誰が皆を笑わせるのか?この暗い世界を誰が明るくできるのだ?

(4)少年
「おかあさん……どこ?」
 とある農村の少年、行方不明になった母を勇敢にも探している最中、皮肉にも狂った母に殺されてしまった。
 母を愛し、母に飢えたまま力尽きた少年。今は母は誰であるかも思い出せない。
 無理に全ての霊を成仏させる必要はありませんが、できるだけ多くの霊を解放すればミスト戦が有利になります。

 魂の檻でもある肉体を破壊すれば魂は解放されるが、無念によって支配された幽霊は非常に強力な敵であり純粋な戦闘だけで解放するのは至難である。
 幸か不幸か囚われた魂は非常に移ろいやすいため、希望を見せてあげればその無念は薄まり、楽に解放することができる。
 非戦闘スキルやギフト、そして口頭による説得をも含めたあらゆる手段をうまく活用し無念を解消してやれば戦わずして削ることができるだろう、あるいは、戦いを経ずとも。
 しかし一定時間が経過すると呻き出し、それ以上非戦闘手段で無念を解消することができなくなってしまうので注意である。

 プレイングに「どういう霊を救い、その霊に対しどのように対処するか」という形で記述をお願いします。
例)サーカス団員さんに、私のかっこいいスキルを見せてこーふんさせます!

●情報制度 A
 不測の事態が起きることはありません。

●アドリブについて
 この依頼は多少のアドリブ要素が絡む可能性があります。
 可能でしたら、ステータスシートかプレイングに「アドリブ歓迎・なし」の表記をしていただければ幸いです。

 それでは、よろしくおねがいします。

  • 濃霧の中で完了
  • GM名塩魔法使い
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年07月24日 21時40分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

アリシス・シーアルジア(p3p000397)
黒のミスティリオン
ティア・マヤ・ラグレン(p3p000593)
穢翼の死神
巡理 リイン(p3p000831)
円環の導手
ヴィクター・ランバート(p3p002402)
殲機
ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)
我が為に
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
凍李 ナキ(p3p005177)
生まれながらの亡霊
イーフォ・ローデヴェイク(p3p006165)
水葬の誘い手

リプレイ

●嘘つきサーカスの後日談
 この世は綺麗事だけでは成り立たない。争いや悲劇があれば、必ずそれを餌にする存在が現れる。幻の村を作り出し、無念の霊を捕らえ喰らう『そいつ』もまた、その類であったのだろう。
 その村は霧の怪物を探し求め、泥沼を歩く彼らの前に突如として現れた。深い霧、葉のない木。枯れた草。ひび割れた大地。藁づくりの家――そして時折聞こえるうめき声と強い腐敗臭。陰鬱、荒廃、呪い。その光景を表現するに当たって前向きな言葉を思い浮かべるのはほぼ不可能に近い。霊体に干渉能力を持つものならば、更に村に漂う数十、数百の霊の存在を感じ取る事ができただろう。
 間違いない、ここが霧の魔物の住処に違いない。イレギュラーズ達がそう判断するのには、それほど時間が必要ではなかった。

「決戦の時の後始末かな」
『穢れた翼』ティア・マヤ・ラグレン(p3p000593)が、突然現れた村をきょとんと眺めながら、自らの十字架に宿る神に向かって、独り言を話すかのように話しかける。
『無念に囚われた魂の解放だな』
 そう、嘘つきサーカス「シルク・ド・マントゥール」がもたらした被害は途方もないものであった。数え切れないほど多くの人間が原罪の呼び声によって狂わされ、悲劇をもたらしたのだ。その数多くの成仏できない魂が、この魔物を呼び寄せてしまった。
「うん、しっかり無念を晴らしてあげなきゃね」
 その経緯を思い出しながら、ティアは神様へと返事をする。
「こんなに薄暗くて陰鬱な場所に、無念を抱えた魂を束縛するだなんて……!」
 焦燥と怒りの表情を浮かべたのは、『円環の導手』巡理 リイン(p3p000831)である。魂の循環を司る彼女にとって魂を理不尽に捕らえ、喰らう者の存在は自らの使命にとっても、その良心にとっても許せないものであった。
「とにかく早く、みんなを解放してあげなきゃ……!」
「うん! 絶対に解放してみせる! これ以上苦しませてなるもんか!」
 リインの言葉に、『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)が強く頷く。『生まれながらの亡霊』凍李 ナキ(p3p005177)もまた、救うべき魂への強い関心と解放への意志を持ちながら、リインの後ろにしっかりとついて。
「きれいさっぱり救ってあげなきゃ! おれは水葬者だからネ!」
『水葬の誘い手』イーフォ・ローデヴェイク(p3p006165) もまた、人を弔う者として、その安息を妨げる存在は許しがたいものであろう。

「魂喰い、この手の輩が存在するのなら、今は確かに狙い目ですね」
 一方、こちらは落ち着いた様子で『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)が呟いく。自らの持つ『眼』の力で、この村がただの泥沼に過ぎないことを確認し、他のメンバーに話す。
 その本来の姿以上に村が広く感じられたのは、泥沼という本来の環境を幻覚によってただの大地に見せかけている副作用だろうか。
「ミストといったか。魂のハイエナと言った所だね、面白い観測とは言い難し」
 悲劇に囚われた魂を食らう存在。紳士的に感想を述べる『カオスシーカー』ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)にとってもこの魔物は相当面白くない、それこそゴミクズ同然な物なのであろう。ならばとっとと消えてもらうに限る。そのために来たのだから。
「さて、悪夢を終わらせてこようか」

●無念の呪いを解き放つ為に
 霧の魔物は多くの人間の無念と魂を同時に喰らうことができるが、ほんの数個呪縛から切り離す事で一気に弱るという。
 そのため彼らが取った作戦は、手分けして捕らわれた魂と接触し、霧の魔物がこちらの存在を察知する前にその救済を行うというものであった。
 人の形をした動かぬ泥、倒れ呻くだけの物、殆どが食われかけ肉体すら溶け出している物。その全てが、何らかの後悔や懺悔をつぶやき続け、意思疎通は困難であった。
 霧の中をかき分け探索する彼らの前に現れるその数々は、魔種による一連の騒動の被害の大きさがどれほどのものであったかを知るには十分すぎるほどであった。
 意思疎通が可能な霊と接触する事ができるまでには数分を要した。幸い、視覚ではお互いのペアを確認する事ができないものの、大声であれば意思疎通が可能な距離に、彼らは点在していた。おそらくこの区画の魂達は比較的『新しい』ものなのであろう。

 初めに、その魂に接触をすることが出来たのはアリシスとティアの二人。
「あ、ああ、ダメだ、殺さないでくれ、私――」
 その肉体ではなく霊魂へ直接語りかけたことが、その老兵士の魂を無念と負のループから抜け出させた。
「おじいさん、どうしてそんなに悩んでるの?」『何事も無ければその魂がこの村に捕らわれる事はなかっただろう』
 ティアが優しく老兵に語りかけ、十字架の中の神が淡々と事実を述べる。
「何があったのか、教えてくれませんか?」とアリシス。その語りかけに対し、淡々と、何かを思い出すかのように老兵は語りだす。
 没落貴族の身であった彼はとある小さな町の民を盗賊や魔物から護るという使命を授かり、数十年その地に骨を埋めたという。
 他の貴族や兵士と同じように賄賂や買収に応じていれば、出世の道もあっただろう。老年になってからそう思い返しているうちに。後悔とこの世の不公平さに狂い、その怒りのままに、武器を手に取り――
「あ、ああ……私は、このような思いを……」
「いいえ、それは違います」
 自らの罪に悔み続ける老兵に対し、アリシスは優しく声をかける。それをフォローするように『サーカスの原罪の呼び声による影響だろうな』と、ティアの神が冷静に判断し。
「原罪? 呼び声? まさか、私の罪は罪ではないとでも……?」
 そう狼狽老兵士に対し、アリシスが言葉を続ける。
「はい、貴方と同じように狂わされ、意に沿わぬ凶状に手を染めてしまった者が大勢居るのです」
 その殆どを救うことはできなかったが、王も、貴族も、市井の民も、幻想に居る全ての人々が一丸となってその脅威を知り、打ち勝ったと。そして、もはや誰も老兵を責める者はいないとも。
 老兵の顔に、ほんの一筋の光が宿る。「私は……許されるのか?」と、まるで救いを求める子供のように、問いかける。ティアもアリシスも、それを否定する気はなかった。
「貴方は多くの民を救ったことは事実だよね、サーカスに操られて殺めてしまった事はとても心苦しいとは思うけど……でも、過去に貴方は民を救ったのも事実だよ」
「再び同じことをしようと思いますか? 思わないなら、あなた自身は決して間違ってなど居なかった証なのです。その誇りを忘れてはいけません」
「私は、私、は……」
 老兵の顔が、次第に、誇りに満ち溢れたものに変わり――
 
 イーフォが接触した青年も、世の矛盾と理不尽さ、そして自らの無力さに苦しんでいた。
 その苦しみは次第に信仰心へと変わり、世が世であれば神に仕える者として己の欲を殺し、その生命の終わりまで他者へ慈しみと奉仕をする神官へと成ることができただろう。
 神へ尽くせなかった無念を語る青年に、「神さまかぁ」と、イーフォが頷く。
「キミが信じようとするその時、キミの心にいるんじゃないかな」
「かみさまが、ここに?」
 自らの胸を抑える若者に、「そうだヨ」と答え。
「神さまを信じ、敬い、教えを守り、つましく暮らす。それはとても、素敵なことだと思うよ」
 自らの信念を応援され、はにかむ若者。とはいえ浄化が始まらない辺り、何かが足りないのだろう。
 周囲を警戒していたランバートが何かを感じたのだろう。青年よ、と声をかけ、「何を望み、何を欲した」と問いかける。
「この世を、少しでも優しい世界にしたかったんだ、でも――」
 同じ意志を持つ神父は既に狂っていた。『平穏な世界には人の存在など不要』と、若者に刃を突き立てたのだ。
「このままじゃ、世の中をよく出来ない、良くしないと」
 若者の中の「かみさま」とはその向上心の事だったのだろう。ランバートが淡々と事実を告げるように言葉を遮る。
「世の穢れから離れたかったならば今君は尤も穢れたモノの檻にいる。世に尽くしたかったならば今君は全く正反対の事の片棒を担いでいる。」
 驚く若者に対し、頷くイーフォ。その信仰心は神へと届いたと。そしてその魂も神の元へと送り届けるために助けに来たと。
 若者は狼狽える、自らが既に死んだ存在で有ることを思い出したようだ。次第に顔が暗いものへと変わっていく――ランバートの言葉を聞くまでは。
「死しても成したかった事があるならば死んだ程度で諦めるな。」
「……!」
「足掻け、抗え、欲したものの為に立て、目を覚ませ、顔を上げて手を伸ばせ。」
「手を……伸ばす……」
言われるがままに、青年は霧の向こうの空へと腕を伸ばし――

 ラルフとアレクシアが接した女性は、道化の仮面をつけたこちらを見上げ、驚きの声を上げる。
「あなた達は――」
 ローレット。長年原罪の呼び声に侵されていたとは言え、記憶の片隅に彼らの姿が残っていたのだろう事は怯える彼女の姿から明らかであった。
「大丈夫、私達は戦う意志はないよ」
 完全に非武装状態で接するアレクシアの姿に、納得したところがあったのだろう。頷き、警戒を解く女性。しかし、決してその振る舞いは明るいものではない。彼女は自分の人生に悔いがあったのだろう。芸で世界を明るくするはずが、逆に世界を滅ぼす者に加担してしまったのだから。
「『娯楽』で少しでも皆を明るくしようという気持ち、とても素敵だと思う」
 アレクシアは女性の意思を汲み取るように、話しかける。そのような素敵な人が、魔種によって歪められ、命を落としたことは本当に悲しいとも。
 胸を痛める女性に、ラルフもまた、話しかける。
「私も君達の芸を見た一人だ、だがあの時の君達の芸は今の君には不本意だろう?僅かな間だが君にアンコールをリクエストしたいな、本来の君の芸をもう一度観せて貰いたいのだ」
「本当の私……」
 胸を抑える女性、おそらく、原罪の呼び声に支配されてからの記憶が、芸に対する恐怖を植え付けているのだろう。
「耐えてくれ、呼び声の方が余程手強かったろう」
「……はい」
 厳しくも、励ますようなラルフの声に勇気づけられ、女性が、地面の土を握りしめる。
 それは本物と見紛うほどの切れ味の鋭い、いくつかの精巧なナイフへと変わった。その一つ一つを、宙に浮かせ、お手玉のように回していく。
 ナイフジャグリング。間違いなく、それは彼女にとって、精一杯の芸であったのだろう。芸を終え、二人が精一杯の笑顔と拍手でそれに応えると、女性は仮面を取り、感謝の意思を伝える。その明るくもその一部が泥へと変わっていた顔立ちは、既に身の崩壊が始まっていたからであろうか。
「もうみんなの笑顔を見ることができないのは、寂しいけれど」
「大丈夫……君の意志は、想いは、私が継いでいくから」
 アレクシアの言葉の意味を、女性は理解したのだろう。ただ一言、「ありがとう」とだけ言い残し、土へと還っていった。

 リインとナキが接したのは、泣きじゃくる少年であった。他の魂と違い傷だらけの体であったのは、まだ幼い魂故に焼き付いてしまったからであろうか。
「おかあさん、おかあさん……」
 母親の顔を思い出せない。母親に会いたい。ただそれだけが、少年の無念であった。しかしこの呪われた村にいては、決して母親に会うことも、母親の元へと向かうこともかなわないだろう。
 その様子に、リインは心を痛めた様子で立ちすくむ。このような純粋な子にすら、あの事件は過酷な運命を敷いてしまったのだ。
 ナキもまた、同様に思う事があったのだろう、周辺に漂う霊と疎通し、母親代わりに成るものを懸命に探しながら、リインに説得をうながす。
「おかあさんは、ここだよ」
 少年の方へ、優しい声で、語りかける。
「おかあ、さん……?」
 少年は、両腕を広げるリインの方へとゆっくりと近づくと、もたれかかる。その冷たい体をリインは優しく抱きしめ、温めてあげる。
「探してくれて、ありがとう。あなたは本当に勇敢で、優しい子だよ」
「お、かあ、さん」
 少年の母親が伝えたくても伝えられなかった言葉。少年が本当に聞きたかった言葉。
 例え本当の母親でなくとも、少年の傷を癒やすのは十分であった。
「ぼく、がんばって、おかあさんを、さがして」
 泣きじゃくる少年、けれども、それは悲しみからではなく、嬉し涙で。
「もう、大丈夫。がんばらなくていいんだよ……さあ」
 おかあさんといっしょの所へ、還ろう。リインのその言葉で、少年の体は次第に泥人形へと変わっていく。魂が呪縛から解放され、あるべきところへ――
「リインさん!」
 ナキの声で、リインがはっとした顔で辺りを見回す。気がつけば笛の音がかすかに聞こえていた。アレクシアのものだ。同時に、自らの周囲が敵意で満ちたものへと変わり、一箇所へと集まっていくのも感じ取れて。
「おかあさん、悪いやつを、やっつけて」
 少年がそう言い残し、完全に泥へと変わる。何が起きたかは、リインにもナキにも理解することができた。

 とうとう、霧の魔物が村の異変を感じ取ったのだ。

●浄化 

 アレクシアが仲間を呼び集めようと懸命に笛を吹く。それをかばうように立つラルフの方へ霧の魔物は、弱々しくも恨みに満ちた唸り声をあげ、毒の霧を散布する。
 毒や薬品に対する知識に習熟しているラルフにとって、すっかり弱りきっていた霧の魔物の毒は恐れるに足るものではなかったが、それでも1対1では抑えきるのに精一杯なようだ。
「グ・オ・オ・オ・オ……!」
 霧の魔物が唸り、トドメに特大の冷気を持ってラルフを仕留めようとするも――直後、魔法の縄に絡め取られ、うめき声をあげる。
 霧の肉体ですら、巻き取る、魔法の縄。
「ミストさん……あなたの集めたのだから、あなたが喰らうのです!」
 駆けつけたナキが霧の魔物の行動を止めたのである。そして、大気中に漂う魂の無念を力に変え――解き放つ。
「間に合ったネ!」
 イーフォがラルフの身体を神秘術で癒やす傍ら、リインが大鎌を持ち、ミストに飛びかかる。
「貴方にとっては食事なんでしょうが、皆さんの魂を弄んだ報い、受けて貰います!」
 輪廻を阻む魔物に与えるのは、ただ終焉の一撃のみ。
「随分と弱ってるね」『私は手加減はしないがな」
 ティアが低空飛行でミストの懐に飛び込むと、魔力を込めた改心の一発を叩き込む。彼女の後ろから、アリシスが更に一斉攻撃をしかけんばかりの一撃を浴びせ。
 霧の魔物は呻きながら、混乱の息を吐くも、もはや形勢逆転をするには至らないだろう。
 ラルフが再び立ち上がり、冷ややかに見下す目でその魔物を眺める。義手をもう片方の腕でつかみ、霧の魔物へ最大出力の神秘をお見舞いする。
「冒涜者が、その不遜、傲慢、焼き尽くしてやろう…!」
 直後、義手から特大の炎が吹き出し――ミストが苦痛の声を上げる、直後、村の枯れ木や家々が燃え上がり、辺り一面が豪炎に包まれる。イレギュラーズ達を慌てさせ、戦線から離脱させようと幻覚を操っているのだろう。だが、その程度では怯む彼らではなかった。
「魂の代わりだ、たっぷりと味わうが良い」
 ラルフが皮肉を言うと、炎はより一層燃え広がり、次第に辺りの景色と、ミストの姿がぐにゃりと歪みだす。
 耐えきれず、逃げ出そうとする霧の魔物に、ランバートが放り投げた手榴弾が炸裂し――


 数秒後、ごつごつとした岩と泥沼、そして、耳鳴りが聞こえるほどの静寂だけがそこにあった。
 ミストも、呪われた村も、もうそこにはなかった。
 魂ごと蒸発したのだろうか、あるいは命辛々逃げたのだろうか、それすらもわからないほど、跡形もなく魔物は消えさった。
 戦いを終え、呼吸息を整えるイレギュラーズ達の前に、一筋の光が走る。囚われていた者達の魂が感謝と解放の喜びを伝えに来たのだ。その光はあっという間にその数を急速に増し、彼らの周りを輝きで満たす。
 リインが微笑み、鎌を大地に突き立てると、大地が光り輝き、その魂の全てを天へと送り届ける。もはや彼らを痛めつける者は誰も居ないだろう。

 イレギュラーズ達は泥の沼の中、黒い雲の中へ光が吸い込まれ見えなくなるまでただその輝きを見守り続けるのであった。
 次の人生が誰よりも幸せなものとなるように。二度と悲しみに包まれることのないように。その思いを込めて。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 友よ安らかに。
 お疲れ様でした。

PAGETOPPAGEBOTTOM