シナリオ詳細
<神異>虚構世界の二者択一
オープニング
●R.O.O内 映画館、廻る『星読みキネマ』
アラ、どうやらお空がおかしいわ。
橋の上を行くお嬢さん方がけらけら笑った。モダンガールたちはとても良く似ている。それは生まれつきの顔立ちというよりは、いっせいに流行りを追いかけて似たようなところに落ち着いた、という事情だ。
ご覧になって、月があんなにきれい。
どうしてかしら?
造り物だからよ。
アア、いいわね。ぜんぶ嘘!
ケラケラと笑う彼女たちは、正鵠を言い当てている訳ではない。単なる戯れ、女生徒同士の気安い笑いなのだった。
あたくしがお嫁に行くのもぜんぶ嘘だったらよろしいわ。
旦那さん、裕福じゃない。いいじゃない。
……ねぇ、あれ。『映画館』よ。せっかくだから寄っていきましょう。
残念、今日は準備中ですって。やってるのかしらん?
いやあね、アレ、残酷映画よ。暴力ってとんでもないわ!
それは、帝都星読キネマ譚。
いまとなっては、「あったかもしれない過去」を映した、役に立たない映像である。
「帝都を乱す叛逆者どもを殺せ!」
煌々とまたたく月の下。
激動の練達。神使の立ち位置はオセロのごとくに白と黒と入れ替わった。彼らは今や朝廷の敵。叛逆者とされていた。
「ったく、どいつもこいつもだなァ、おい」
呪術師、霧島黎斗は、皮肉気に唇の端をゆがめる。
霧島家は、代々宮仕えの呪術師を輩出してきた名門である。今は当然朝廷につき、神使狩りに精を出し、少しでも関係のあるものとみればとらえて尋問している有様である。
(気に食わねェ)
黎斗が術式を展開すると、溜められた魔の力が跳ね返った。これは、この霧島家が攻撃のためにため込んだものである。
武装した屋敷の人間が、巻き込まれて吹き飛んだ。
「黎斗様、お戯れが過ぎるようですぞ。お父上も、今であれば手ひどくは扱わぬことでしょう」
「誰ァレがあんな連中に与するか、ってんだ!」
「ならば、もはやここまでだ。黎斗……」
当主の男が鏡を取り出した、次の瞬間。
「!」
『陣』が展開され、カイトは守護られた。
「待たせたな」
そこにやってきたのは、『人見知り』のアカーク。
彼とよく似た顔立ちの男だった。
「助けに来てくれたのか、キョウダイ! ……それから、アンタまで、か」
「乗り気じゃなかったんだがなァ?」
「これは照れ隠しだぞ、俺の経験上」
「そんなわけがあるか。これだから脳みそぬるま湯の連中はよぉ。っと、構えろ、すぐに来るぞ!」
背中合わせに立ち向かった。
フィルムは千々に燃え上がる。
それは今ではなく、「あったかもしれない光景」を映し出していた。
●リアルの世界
夜は、夜妖の独壇場である――。
『住民の皆様、どうか落ち着いて。落ち着いて避難して下さい。落ち着いて――』
再現性東京2010は、深い深い闇に飲まれている。文明の利器を失った人々にできることはあまりに少ない。パニックになり逃げ出す人々。……爆発寸前だった。
「! 危ない!」
霧島 戒斗は、転んだ生徒を突き飛ばした。
同時に、ガス管が火花に引火して破裂する。すんでのところで間に合った。
「ふう……ありがとな、カイト」
「はいはい、ご苦労さん」
カイト(p3p007128)はひらひらと手を振った。カイトの術が、水道管を凍結させて爆発のタイミングをずらしたのだ。
ついでに、カイトは隠れていた夜妖を誘い出して仕留める。
「……キリがないな、これ。しかし、夜妖の出現……あの男が言ってたのは、本当のようだが……」
あの男。
ここに駆けつける前。霧島 戒斗は、奇妙な男に呼び止められた。……自分とそっくり同じ顔をした奇妙な男だった。同じ顔立ちをしたものたちが多くいるのには――元の世界での、深い因縁が関わっている。
「ハイハイハイハイ。俺が何者か、そーんなことはどーだっていいんですよ。もっと他にやるべきことがあるでしょ? 確実に言えるのはね、放っておけば貴方の大切な『生徒』とやらが死んでしまうことだけですねぇ」
ぱちん、と指先を鳴らして、男はある方向を指さした。悲鳴が上がり、ふっと災害用のランタンの明かりが消える。
「そうですね。お前は”目の前にピンチの人がいたら助けに行くん”でしょう?」
「クソ、あとで話は聞かせて貰うからな」
「残念ながら、こちらにこれ以上の用はない。ああ、断っておくが、”これは私のしわざではない”。これは親切だ」
奇妙な男は、芝居じみた笑い方をする。いずれにせよその警告のおかげで、生徒達が助かった、とはいえるのだが……。
>R.O.Oでのメッセージが届いています。
●patch3.0『日イヅル森と正義の行方』
(まあ、こうなるか)
R.O.Oの世界で、霧島黎斗は負けた。
それはイレギュラーズたちの、ましてや、カイトのせいではない。
薄れゆく意識の中で、鏡の中の夜妖と向かい合っている。
どうやら、霧島家の人間は、霧島黎斗に夜妖を取り憑かせ、意のままに操ろうという腹のようだった。
最後の力を振り絞り、霧島黎斗は武器を構えた。
「月……」
いや。
……それはよくない、気がする。
おそらく自分では、彼らのようにはいかないだろう。
暗闇の奥に息遣いを探った。
薄れ往く意識の底の底、井戸の底のようなその場所にいたのは、全く同じ顔の自分自身だった。
『助けに来てくれると思うたか?』
その存在はあざけるように笑った。誰だ。……いや、それは『豊底比売』ではあるまいか。
「俺はな、恨んではいないぞ?」
心からの言葉だった。恨んでいやしない。霧島黎斗は確信していた。確信がある。彼らは、最善を尽くしている、と。今だってどこかで誰かのために戦っている。
「アイツらは勇敢で、命すら恐れねぇ。他人のために危険に身をなげうてる連中だぜ」
……「兄さん」と、無意識に呼んでしまったのは不覚だけれど……。
『まあ、それはそうじゃろう。ここは虚構の世界なのじゃから』
「なん、だって……?」
『命を惜しむ道理があろうか?』
鏡のなかに光景が映し出される。『ホンモノの』世界。ステータス。レベル。クエスト――――。
「何を言ってるんだ? NPC? NPCってなんだ?」
『まあ、問題はあるまい。もうすぐ、嘘と真の境目はなくなる』
「いったい、何の話を……」
- <神異>虚構世界の二者択一完了
- GM名布川
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年11月02日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●月下万華鏡
『結界師のひとりしばい』カイト(p3x007128)と霧島黎斗が向かい合う。カイトのなかにだって複数の”カイト”が――。
世界に写し取られた万華鏡の中。姿は揺らぐ、移ろい、今にも砕けようとしている――。
「……お前はさ。どんなに家が言おうと『自分の答え』で動いたんだろ?
それを、『偽物』って簡単な言葉で片付けるのか?」
「世界がどうだろうと、お前が、生きてきた世界と――お前自身を否定するんじゃない」
「……あああああっ!」
霧島黎斗は慟哭する。合わせ鏡が震える。
そこから、影があふれ出す。
「鏡がいっぱい……気味悪いッス!」
ぷるっと震えた『食いしん坊ドラゴン』リュート(p3x000684)は羽ばたき唸り声をあげる。
リュートに手を伸ばす影を、カイトの結界が抑え込んだ。
「気をつけろ、ありゃ、魂を喰う!」
「魂をッス? リュートは食べる方ッス! 食べられる方じゃないッス!!!!」
ぎゃうー、と可愛い唸り声がじゃれつく影を地面にはたき堕とした。いくら似てても、こんなにかわいいドラゴンが、二匹といるわけはない。
「魂を喰らい、影を生み出す……つまり、魂が欠けてしまうと言うことかしら?」
空想鏡(p3x005248)は首をかしげる。影もまた同じようにするのだが、右と左があべこべだ。
無限に変化する姿。低く穏やかな青年の声はどんどんと高くなって女性のものに。
「欠けた魂が自己修復できるのか、それとも永遠にそのままなのか……ええ、ええ、とても気になる事象ばかりですけれど。今回は人助けをしませんとね!」
空想鏡から空想があふれ出す。人為的に作られた混沌を、上回る無秩序が蹂躙する。
一つ砕けようともそれはまた一つの姿。
可愛らしい子猫が鏡に映る。金のお目目は、妖しい満月とは全くの別物で、宝石のようにキラキラと輝いている。
肉球を伸ばせば、ぺたんと。鏡は、『しろねこぎふと』ねこ・もふもふ・ぎふと(p3x009413)を映した。
黒い子猫の影は踊るように跳ねた。
「魂を分ける特殊な鏡……もしかしたら、正しい使い方もあったのかも……」
ねこはひっそり考える。
もしも、出会う形が違えばただこうやって遊ぶこともできただろうか。
(でも……今は魂食らいの影生み鏡。だから、鏡を割って、影も消して)
霧島さんも助けよう。
みゃーと鳴いたのは自分か影か。
とにかくねこは、ぺちんと霧島をはたいて、注意を引いた。猫の足取りはしなやか。これ以上失わないように慎重に。
御簾の向こうでも美しさは隠せるものではあるまい。
カーテンが揺れる。楚々とした和装の女性、『なよ竹の』かぐや(p3x008344)の影が映し出される。袖で口元を覆い世を憂う……ことはなく、実像の方のかぐやは袖をまくって立ちあがった。
「鏡を片端から叩き割ってやりますわ」
たおやかに微笑む様子からは信じられない言葉が飛び出し、影のほうが一瞬ついていけずに静止した。
「ヤンキーをボコる。母校の窓ガラスを割る。ヤクザの愛車を破壊する。
そんな経験は誰しもが持つ、美しき青春の日の思い出でしょうが……」
ぐっとこぶしを握り、熱く演説するかぐや。
「おま、最後」
「鏡を割る! 嗚呼なんて甘美な響き。鏡を割るって経験、なかなか無いとは思いません?
ねえねえそこの貴方もそう思いません? 思いますわよね? 思いますわよね?」
応えるように――時空が歪む。これもまたバグではあるが、こちらは自分たちに都合よく働くバグだった。
グラス・オブ・ポータル。鏡を突き破り、すごい勢いで何かが飛んできた。
『硝子色の煌めき』ザミエラ(p3x000787)だ。
「はろー! 高天京特務高等警察:月将七課の参上よ♪」
「まあ! 素晴らしい出会いですわね? こちらかぐや、こちらかぐやですわ!」
「うーん? 喜んでもらえたなら良かったわ♪ って、キメてみたけど、大変なことになってるわね?」
(大変な戦いになりそうだね。とりあえず、私は鏡と影を倒すことに専念、かな)
失うことが怖くて、舞台に立たないアイドルはいない。
『正統派アイドル』カナタ・オーシャンルビー(p3x008804)は舞台に立つ。みんなを助けるために、カナタはここにいる。
みんなのために、やるべきことをやればいい。
(大切なものを忘れて死ぬなんて混沌に召喚される直前の『俺』だけで十分なんですよ――)
誰かの声と、魂が燃える。
本当の姿を隠し。なくしたいもの、大切なものをそれぞれに手にしながら。
どうして『燃え尽きぬ焔』梨尾(p3x000561)は立つのだろう。
鏡に映るじぶんの姿。
決して手放したくないすがた。
●何を失うのだろう
「アイツは……」
「ええ、消滅させたりなどしません」
言い淀むカイトに、かぐやはすぱっと言い切った。
「記憶の欠損により一種の錯乱状態にあるのは承知しておりますわ。
拳で殴れば正気を取り戻すやも知れません」
「なるほど。まさしく青春ですね?」
「えっ? 殴り合いがしたいだけだろって? ま……まさかまさか!」
じ、とこちらを見つめる空想鏡にかぐやは慌ててぱたぱたと手を振る。
「自分が何者か分からない、自身の行動に意味を見出せない、そんな若者に一喝するだけですわ。『そんな難しいことは誰にも分かりませんわ!!!!!!』とね」
「そうだよな」
少なくとも偽物、なんて言葉で片付くものじゃない。
「うん。なくしたりなんかしないし、させない。させません」
仲間たちの影を照らすのは梨尾の錨火だった。ふかふかの手の平で傘を握って、誰よりも早く梨尾は駆けつけた。大切なものを割らないように注意深く、一心不乱に戦場を駆ける。注意を引いて大げさに動き回って、その後ろにはいつだって守るべき仲間や人々がいた。
「ただのデータだなんて、そんなこと、本気で思ってるんですか?」
もう二度と失わないようにといわんばかりに根を張る錨の形の炎はゆっくり広がっていく。鏡に乱反射する炎は、燃やすためにではなく燃える。誘う。引き寄せる。
「ねこもがんばりますみゃ」
ふりふりと挑発するように、ねこの白い尾が揺れた。
錯乱した黎斗の攻撃を、ねこは一心に受け止める。毬で遊ぶように優雅に跳ねる。
カイトはその間、陣を構築する。
満月の理、あれはまずい。だから『書き直す』。構築しなおして再構成する。
「「七星結界」」
カイトと黎斗。
二人の声は恐ろしいほどに同じものだった。自分自身であるからこそ手は読めている。だが、そこからは違う。
(甘い)
黎斗の一手は、教本のようだった。けれどもカイトの側は違う。天井に打ち込んだ楔状の結界は、自由気ままな星を描いた。
「ぐあっ……」
黎斗の絶望が手に取るようにわかる。混乱し、欠けた自分は、きわめて不合理な暴力で証明しようとする。
(最初から『本物』だったお前が『偽物』だったら。
最初から「オリジナルでない」と言われた俺は、お前と何が違うんだ)
●揺れ動く鏡
「私はカナタ! とにかくあなたを黙らせに来た!」
オーシャン・ルビー・オルタナティブ。目くらましの鏡の光彩が美しくカナタを彩った。
ここは舞台。良く響く可憐な声で、シアターの一幕のようだった。
「陰陽師への名乗りがどれだけの宣告か知ってるか?」
「はい、もちろんです」
アイドルの笑顔は曇らない。
くるりと向き直ったねこが相手取るのは、影ではなく鏡のほうである。せーの、と構えて両手をつきだす。
「にくきゅうぱーんち、みゃー」
ほわほわのエフェクトと薄桃色にくきゅうが一生懸命に鏡を押し出した。
なるべく、なるべくそうっと扱って、なくさないように気を付けて。
空想鏡の一撃もまた、安らかな子守歌に似ている。
(確実に倒し、命を奪わない一撃なら、写し取られた魂の欠片もきっと傷つけず解放できるでしょう)
「だから、リュートは食べられる方じゃないッス!」
どーんっ! と、リュートの派手な一撃が辺りを揺らした。色とりどりの光弾ブレスが乱反射する。
「悪い鏡はパリンパリンッス!」
「さあ、写し取る時間はおしまいですわ!」
「うん、行こう」
カナタ・オーシャンルビーは静かに見つめる。きらめくステージ。
たいせつなのは、いま、この瞬間だけ。
プロのアイドルはステージで弱音を吐いたりしない。きらきらと砕ける鏡のかけらも、おぞましくうごめく影も。あの月光ですら、カナタをとらえることはできなかった。
「私は空想鏡。何もないものを写し取るもの。
そんな私から何かを奪えるのかしら? それとも現実世界まで作用するのかしら?」
空想鏡の攻撃で、鏡が欠ける。
「そこに『私』が映るとしたら、一体何者が映るのかしら!」
「怖くなんてないわよ! 傷つくことを恐れてたら、どこにだって行けやしないもの」
ザミエラが鏡を砕いた瞬間、思い切り影のほうが崩れていった。
ザミエラの硝子の靴が鏡を踏みしめて歩く。夜更かし上等、きらめく何かに斬りつけられるほどにザミエラはいっそう輝きを増した。丁寧にカットされるダイヤモンドのように、美しく。割れる、割れる。割れる。
「影を倒すと悪影響が出てくるみたいだけど、影同士で潰し合うなら問題なくイケるはずよね!」
「勝手に喧嘩してるッス!」
リュートがぱちくりとまたたきし、かぐやが面白そうに笑い声をあげた。
「褒めてつかわす! まあ、せっかくの機会だから割るけどね!」
「ふふん忘れたものはあとで取り戻すから大丈夫よ!」
(その心意気は、とても素晴らしいものですね)
なくしたくないものが多いからこそ、彼らは思い切り闘うのだ。
「ていやー!」
リュートのドラゴンタックルがさく裂する。可愛らしさと裏腹にその一撃はずっしりと重い。
「僕は……癒します。みゃー」
ねこの、赦して癒す子猫の光。エフェクトがあふれてきらきらと輝いた。たくさんのもふもふ。仲間からの愛情。
(影が多すぎる……10体、いや)
梨尾は耐える。
消すならおそらくこれでいい。でも、話し合う時間が必要だ。
(黎斗さんだけになるまで耐える。■■ならそうする……っ!?)
梨尾は尻尾を揺らして跳ねる。懐中時計を揺らして、少しでもダメージを軽減する。まともに食らうわけにはいかない。
(とにかく倒すことに集中、依頼を受けることに集中……)
カナタは攻撃を受け流し、影と相対して何度でもステップを踏んでみせる。光り輝くアイドルは、ホンモノである証明のようにいつだって輝いていた。
霧島はうめいた。
(この世界を、こっちに引きずり込めば)
本物になる? 本当に?
「……『遊ぼっ!』」
どーんという音がした。粘つく思考をリュートのタックルが中断させる。
「偽物に対して、本気を出すまではないってか?」
「単に、その顔でしみったれた表情されるのがとても気に食わないッス!」
「は?」
リュートはどんと胸を張る。
「だってこんなきれいな空ッスよ! 割れた鏡の先に覗く世界は」
エヘンと胸を張るカリスマ仔竜は輝いて見える。
この世界が偽物だろうがなんだろうが、混沌はすべてを受け入れる。ならば混沌で生まれたこの世界も、偽物だろうが本物だろうが受け入れるだろうな、と思うのだ。
なんだその理屈は。
「あとぶっちゃけ、その顔が一人増えようがまたかとしか思わないっす!」
「……まあな」
誰かによく似た顔でカイトが笑った。えへん、とリュートは胸を張る。
梨尾の憤怒があたりを照らす。
これはだれへの怒りだろう?
抱擁は、だれへの愛情だろう?
柔らかい声。
和梨のタルトは誰の好物?
だんだんと思い出せなくなっていく。
(……そうか
大切な何かが少ない『俺』だと
息子である■■の名前が消える可能性が高いよな)
唯一の希望はログアウトすれば絶対に思い出せるということだった。
でも、それだと……。
出られない今は。
大丈夫ですよ、と誰かが言う。
両手を広げて、せいいっぱい霧島に抱き着いた。
「今の痛いですよね。自分も貴方や影に攻撃されてすごく痛いです」
「……痛い」
質量がある。
「こんなに痛くて、血の臭いもする世界が偽物ですか?」
感じる体温を、もふもふとした暖かさを。毛皮の下に流れる血液の音を。
「この世界がデータだとしても偽物ではありません
誰もが死ぬ時は苦しいのです。誰かが死ぬと心が苦しいのです
自分にとっては自分も黎斗さんもこの世界の人も同じです」
だから。
(だから何度でも死ねる自分は痛みに耐えて世界を、誰かを守るのです
死に過ぎたせいでこの世界に閉じ込められても守りたいのです)
これはだれの声。
(数年前だったら戦う理由が折れかけてたが
本当の■■は俺を覚えている
俺の世界に亡骸が残っていなければ■■が探している
だから俺自身は忘れても構わない
忘れないでくれる人が待っているから!)
だから、笑って。大切なものはすっと消えるようだけども。
「胸を張って元の世界に、おうちに帰れるように。
だから、黎斗さんも暴れて気が済んだらみんなでおうちに帰りましょう!」
憎しみの代わりに、微笑みを。
「この鏡、あんまり美味しくないッス……。ぺっぺっ」
魂を吐き出すリュート。
前線が崩れるかに思えば不意に竹が生えた。
「影を倒せば鏡も割れる様子ですが、勝手に割れるのと自分で割るのでは、楽しさがまったく違うというもの」
かぐやは竹槍を思い切り投げつける。理解したザミエラが頷いて異次元をつなげ、攻撃を当てる。
「世界が偽物だとか、意味があるとかないとか、まあ当人からしたら真剣に悩んじゃうのもわかるけど……今貴方が味わってる苦しみとか諸々、偽物だからで無視できないでしょう?」
「いざ尋常に、ていやーーーっ! わーーーはっはっは!」
霧島が冷気を集めていた。
絶対零度の一撃。
「包囲される愚を犯すつもりもございません」
かぐやの竹が矢印を示した。下を見ろ、と。
カイトの柄杓星が冷気をとらえた。
傷付けず、ただ人を救い、守り、祓う為の結界術。カイトの術は完成していた。
目の前にいるのは『復讐』の相手なんかじゃあない。まして、『敵』ですらない。
(自分から端を発し、俺が『俺のままで』在れたからそうなった存在にしか、見えないから)
だから。
貪狼の咆哮は、最後まで抜かない。
それが決意だ。
「本物でも偽物でも、今此処でこうしてる事実はなくならないわ。だから、世界はちゃんと救ってあげる。偽物も本物も、全部まるっとね? そういうわけで安心していいわよ。あなたの思うよりもっとずっと、私達はすごいから!」
いち、にい。カナタは数える。
特訓の記憶が。
ステージの裏の努力のひとつ、たぶん、それを忘れた。
師匠。
どうして教えてもらったのかわからない。けれども身体は振り付けをよく覚えているものだから。勝手に動いてくれる。カナタは強い。
今だけに集中する。攻撃を繋ぐ。
(霧島さんの呼び掛け、本心だろうけど)
あれにはバグが潜んでいる。
耳を傾けてはいけない、歪みがあった。
「もし、僕がそうなったら、殴ってでも止めてほしい。……にゃ」
「その心意気や、よしですわっ! わっはっは!」
「ふふん、任せて? でも、させない」
ザミエラはきらめき、幼い姿がよぎる。
「ぜんぶ、」
残る鏡も纏めて叩き潰すよう力を振るった。
月閃。
何かが失われていくけれど、何かがせき止められているかのようだった。
(救えないんじゃない、『救えるかもしれない』なら手を伸ばすんだ)
カイトは感じる。
――どうしてか、俺の心が悲鳴をあげるように、泣いているんだ。
(……こんなの、ガラじゃないのに)
カイトは叫んだ。
「お前が、ヒーローになりたかったお前は、糞みたいな連中の横槍で止められる程度のモンだったのかよ!!!」
「この世界は偽物と言うけれど、貴方にとってこの世界は本物なのではなくって?」
空想鏡は映し出す――今を。
「貴方が生きているのは紛れもなくこの世界。それ以上でもそれ以下でもないはずですわ。
守りたいのは本物の世界? それとも『貴方が生きてきた』世界? 良くお考えなさい」
答えはない、ただ映す。
「私もいつ消えるか分からない世界にいたけれど、あそこで確かに私は生きていた」
現れる故郷は移ろいで消えていく。それはいやではないのか。永遠にとどめておきたいとは思わないのか。
空想鏡はゆるく首を横に振った。
「その時間が嘘だったなどとは決して言わない。後悔だってしない
貴方も、同じなのではないの?」
なにか。
すっと身体が軽くなった。
(わからない……僕は、何を忘れたんだろう。みゃー)
失ったのが何なのか思い出せない。
ねこが消えるたびに、データの粒子になる。きもちのよいおひさまの野原の上、ねころがって、ねころがって。起きて、と言われた気がして起きる。
「ん……」
淡く白い柔らかい光の中。
大きな男の人と、金の髪の女の人が……優しく頭を撫でる。
「……だれだろ?」
2人は笑って光に包まれ消えていく。
みゃあとなくねこも、落ちる水滴も光に包まれて……。
(僕は、何を忘れたんだろう)
いっておいで、気を付けて。
あたたかさだけはほんもの。
カイトの感情が咆哮する度に。
答えが、青目と――俺の中の『戒斗』と一致する。
『助けたい』、のだと。
(ああ、そっか。
俺は最初から『霧島戒斗』の『出来過ぎた』コピーで。
そうあることを、あの人からは、望まれていなかったんだな)
カイトは理解する。
(なら、それはそれでいい。
そんなしがらみを背負わない、眼前の俺を助ける理由には、充分だ)
カイトは、眼帯を外す。
「『二人の答えが揃った時』だけ、意味がある。
そう、これを《月閃》って言うんだ」
振り下ろしたのは何にだっただろう。
悪縁か、怪異か。向ける刃は黎斗にではない。しがらみか、目に見えないもの。記憶のひとつ。
(ああ、そうか)
「お前が誰なのか、なんて。俺に正しい答えも出せはしない。
何故なら俺も『たくさん』いるのだから。お前と対して代わりはしないんだ。
ただ、お前みたいに最初から善人で、『いいやつ』なのは、ちょっと羨ましかった」
自分自身も割れた気がしたが、欠けたピースを埋め合わせるように、補い合う。
かくして術は破られた。
霧島黎斗は目を覚ます。
「霧島さん……ごめんね。記憶、戻った?」
「全部じゃない。思い出せない、でも、分かるんだ。俺が俺だってことは」
「……?」
いま、よぎったのは誰だろう?
リュートはぶんぶんと首を振る。
茶色い小鳥が、砂の船の端に置いてある。すごくきれいだから早く来い、って言われて自分も、空を?
空はどんどん、落っこちてくるようなくらいに近くて、夜風が気持ちよかった。そんな夢を見たのかもしれない。小さな翼に包まれて、風を避けて、ぐっすりねていた。
(彼は、俺のなんだった? 仲のいい友達?)
海に煙る霧のように、遠く薄らと見えづらくなる。
シャボン玉がパチンと弾けて消えた。
「そんなことよりお腹がすいたっす!」
なくしたのは、きっと、美味しいものを食べた記憶だ。そうに違いない。
「こんなかわいいリュートが頑張ったんだから、そのぐらいするッス!!!! 二人いるんだから倍もらっていくっす!」
「助かったのは事実だが、こっちはふらふらなんだぞ!」
「いくらでもおごるよ」
とNPCの兄が言い、カイトは抗議の声をあげた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
欠けたものはいずれどこかで埋まるでしょうか。周りが覚えているものでしょうか。
お疲れ様です!
GMコメント
布川です!メタネタ、好き。
●目標
・狂気に陥った霧島黎斗の討伐
・夜妖の討伐
●場所
高天京 夕刻、鏡屋敷
現実世界と非現実世界が混じり合ったような奇妙な空間。
天井に床に壁に、ぎらぎらとした鏡張りをしている。
●状況
・異変に気がついたイレギュラーズたちは、霧島黎斗の加勢や、あるいは「クエスト」を受諾してやってきました。
<分割の儀の鏡>
魂を分ける特殊な鏡です。
霧島家に伝わる呪物のひとつですが、月によって変質しているようです。
魂を喰らい、<影>を生み出します。
●敵
霧島黎斗
呪術師です。破壊の術を用います。狂気に陥っており、捨て身状態であるためなかなか強いです。
自らがデータに過ぎないのではないかと諭され、また、抵抗時に自身の<影>のいくつかを倒したことで記憶喪失のような状態にあります。
「兄さん」およびカイト様のコトを忘れてしまったようです。彼がどれだけ自我を保っているか、救い出せるかは不明です。
「俺は何者なんだ?」
「俺とそっくりのアンタは何者なんだ……」
「アンタは敵ではないのか」
「この世界が偽物だというなら、この世界を守ることに意味はあるのか?」
「この世界にずっといてくれはしないのか?」
鏡×20、および鏡像の<影>×20
鏡から<影>が生み出されています。
鏡は自らは攻撃せず、<影>の核となっている存在です。どの影にどの鏡が対応しているのかは注意深く鏡面を観察するなどすれば分かりそうです。
鏡を倒すと<影>は消えます。
耐久の低い<影>の方を倒すと鏡は割れ、それでも倒せるので、幾ばくか楽になりますが、大切な何か(好物のひとつ、誰かからもらった大切なものの由来、遠い親戚の名前など、ささやかで大切なもの)を失う(忘れる)可能性があります(ロールプレイの範囲です)。
●Danger!(狂気)
当シナリオには『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』や『反転に類似する判定』の可能性が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●侵食度<神異>
<神異>の冠題を有するシナリオ全てとの結果連動になります。シナリオを成功することで侵食を遅らせることができますが失敗することで大幅に侵食度を上昇させます。
●Danger!(狂気)
当シナリオには『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』可能性が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
また、呼びかけへの答え方如何ではなにかあるかもしれません。
※重要な備考『デスカウント』
R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
現時点においてアバターではないキャラクターに影響はありません。
●重要な備考
<神異>には敵側から『トロフィー』の救出チャンスが与えられています。
<神異>ではその達成度に応じて一定数のキャラクターが『デスカウントの少ない順』から解放されます。
(達成度はR.O.Oと現実で共有されます)
又、『R.O.O側の<神異>』ではMVPを獲得したキャラクターに特殊な判定が生じます。
『R.O.O側の<神異>』で、MVPを獲得したキャラクターはR.O.O3.0においてログアウト不可能になったキャラクター一名を指定して開放する事が可能です。
指定は個別にメールを送付しますが、決定は相談の上でも独断でも構いません。(尚、自分でも構いません)
但し、<神異>ではデスカウント値(及びその他事由)等により、更なるログアウト不能が生じる可能性がありますのでご注意下さい。
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