シナリオ詳細
<オンネリネン>眠りの乙女は夢を見る
オープニング
●夢現
夢を見ていた。
それはきっと、夢だった――ように思う。
あるいは、天国だったのだろうか。
けれど、私は天国に行けるような人間じゃないはずだ。
どうして、天国に行けるような人間じゃないんだろう?
よくわからない。けれどきっと、行けるような人間じゃない気がする。
夢の中の光景は、とても明るかった。とても綺麗だった。
その只中に、あれは……修道女のように見える女性がいた。
物憂げのようで、儚げのようで、ただそこにいることだけは印象に残る――そんな女性だった。
私はその人に――ともすれば外見から少しばかり想像していなかった言葉づかいで――何かを教えてもらった。
だからといって、その言葉遣いが気に食わないとか、そう言うわけじゃなく、ただ印象に残ったんだ。
その内容は何も覚えていない。ただ、何かを教えてもらって、どこかへ行くことを勧められた気がする。
けれど、肝心の内容は何も覚えていない。
だから多分、あれは夢だった。
だってほら、夢は起きたら忘れるものだから。
浮き上がる、浮き上がる。
重い瞼を起こしたら、陽光が眼球に突き刺さる。
思わず顔を背けて体を起こす。
起き上がってみてから驚くほど身体が重い。
触れる寝台が酷く硬い。どうりで、体が重いわけだ。
まるで身体の疲れが取れていないらしい。
「……ここ、どこ」
気づけば口について声を出す。
あぁ――私の声ってこんな声だっけ?
「――っぅ……」
ずきりと頭に痛みが走る。
殴られたような痛みのようにも、全く別種の痛みのようにも思えた。
顔を上げれば、そこには鉄格子が見える。その向こうには人の顔が幾つか。
「目を覚ましたようですね」
「だれ……?」
逆光で少しばかり見えづらいが、声色で男だということ、線が細めなことは分かる。
同時、なぜだか相手が強者ということも何となく理解した。
「それはこっちの台詞ですよ。あなたはどこのどなたです?
うちの敷地内に入って何をしようとしていたのかも、教えていただきましょう」
「分からない……覚えてないわ……」
「はい? ふざけてるのですか?」
苛立ちを滲ませる男の声が酷く脳髄に響く。
「ごめんなさい。頭が痛くて……分からないの。ほんとよ?
ほんとに、分からないの……私はどこから来たの? ここはどこ? いいえ――それ以前に、私の名前は?」
「……そのような嘘を言っても、騙されませんよ」
「違う、ちがうの……嘘じゃなくて……」
思わず、声が震えた。力無く首を振って答えたら、声をかけてきた男性が他の誰かと話し始めた。
「ではお嬢さん……いや、分かりにくいですね。
そう……たしか貴女が持っていた剣には、大きなアメジストがはめられていましたね……」
少しばかり考え事をしている様子の男は、そのまま顔を上げて微笑みかけてくる。
「では、あなたの名前はひとまずシンシアとしておきましょう。いいですね?」
「……えぇ、でも……」
「私達はまだあなたを信用していません。ですから、ひと先ずは貴女を記憶喪失な客人として扱います。
ですがもし、それが偽りであれば、その時は命の保証はしません。よろしいですね?」
「はい、わかりました。ひとまずは、それで構いません」
シンシアと名付けられた少女は、静かに立ち上がって格子の方へ近づいて手を伸ばす。
交わされた握手とほぼ同時、格子の開く音がした。
●夢は終わり
これはきっと、夢だと思う。
いいや、夢であればいいと思う。
紅蓮の蛇が、建物を包み込んで咆哮を立てる。
たった数ヶ月とは言え、やっと打ち解けた人達との思い出が、多大な恩を受けた人達の邸宅が燃えていた。
「ぁぁぁぁああああ!!」
雄叫びを上げたシンシアは、これを為した子供達の一人へ剣を振り抜いた。
直後に受けた他の子供達からの反撃で身体が悲鳴を上げる。
「許さない、許さない、許さない!」
激昂のままに、その身を淡い輝きが包み込み、幾つかの傷が癒えていく。
踏み込んで再び払う斬撃が虚しく空を切って――また新しい傷が出来た。
「――――、剣を置くんだ! キミの本当の家族が待ってる!」
少年の声だった。銃を握るその少年は、抱えるように握ってこちらに銃口を向けている。
「――え?」
シンシアの剣が鈍ったその瞬間、別の子が握る剣がシンシアの身体を貫き、ぐらりと視界が揺れた。
●攫われし少女
「イレギュラーズの皆様。お集まりいただきありがとうございます。
オンネリネンの子供達の一部隊がとある屋敷を燃やし、そこにいた少女を攫って逃亡しました。
この部隊は現在、アドラステイアへと向かう途中にある森に滞在しております。
恐らくアドラステイアへ帰還を目論んでいるものと思われます」
情報屋のアナイスが君達に向けて矢継ぎ早に情報を伝え始めた。
文字通り、時間がないのだろう。
「……いったい何があったの?」
誰かの問いかけに、アナイスは少しばかり目を伏せる。
「今回の依頼人――生き残ったの屋敷の方による話では、彼女は記憶喪失だそうです。
ただ……彼女の身体から光が放たれ幾何かの傷が癒える現象を見た、と」
「どういうこと……?」
「分かりません。ですがもしかしたら……彼女は皆様の同胞――イレギュラーズの可能性があります」
「……もしかして、パンドラ復活?」
言われたことに対するように『それ』を口に出せば、アナイスは静かにうなずいた。
「もし本当にその少女がイレギュラーズなら……彼女がこのままアドラステイアへ行けばどうなるか……あまり想像したくありません」
オンネリネンの子供達は『仲間はローレットに殺された』という教育の下、ローレットへの憎しみを抱いている者が殆ど。
であるなら――『記憶喪失なイレギュラーズの少女』がアドラステイアへと連れ去られれば、少なくとも無事では済まないであろうことは想像できた。
- <オンネリネン>眠りの乙女は夢を見る完了
- GM名春野紅葉
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年10月29日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談5日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
森の中でログハウス系の一軒家が静かな佇まいを見せる。
木漏れ日がカーテンを作って辺りを照らす。
穏やかな自然に包まれたそこは、少しばかり状況が物々しい。
「シンシアがイレギュラーズかは置いといても、放っとけば酷い目にあうと聞いたらなぁ」
ある木の陰に隠れる『明日を希う』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)はぽつり。
愛刀を抜いたシキは静かに状況を窺ってみる。
向こうは今のところ、こちらに気づいた様子はない。
「その場で殺害せずに態々連れ帰ろうとする辺り、何かしら含むところがある……ようですね。
森に留まっているのも、恐らくは少女の状態が長時間の移動に耐えられない故の小休止という所でしょうか」
『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)は戦乙女の槍を抱えるように持ってじっとしている。
情報屋に曰く、連れ去られた少女はそこそこ傷を負っているという。
そのことを鑑みれば傷を癒す時間、というのは必要な可能性が高い。
「さて……オンネリネンの子らはどうも手段を選ばないと申しますか、あまりに盲目的と言わざるを得ませんね。
それがかの街のやり口ではあるのでしょうが……」
少しばかり顔を出して様子を眺めていた『信仰者』コーデリア・ハーグリーブス(p3p006255)が呟いた。
前――来た方へ向かって押し出すように飛ばした鳥は、空を大きく旋回して、家の周囲をざっと見渡すように飛んでいる。
(アドラステア……許せない)
曲刀を両手で抜いた『夜に一条』ミルヴィ=カーソン(p3p005047)は周囲の警戒に務めている彼らへ――正確には彼らを利用するその後ろに怒りを覗かせる。
(本当に年端もいかない子供達を武器に使うなんて……)
緩く木に背を任せ、ふつふつと湧き上がる怒りへ呑まれるようにゆっくりと深呼吸。
自分の出自を考えれば、この世界の人間じゃないかもしれない。
それでも、ミルヴィは自分がこの世界で生まれた人間だと思ってるし、この世界を愛している。
――だからこそ、彼らの掲げる思想を易々と許すわけにはいかなかった。
「……行って、カット」
肩に乗っかるネズミへ小声で声をかければ、ネズミはすばしっこくミルヴィの身体を這っておりていき、草に紛れながら家の方へ走っていく。
(家族は一緒にいるべき……そうですね。その通りだと思います。
……ところがその『家族』が暴力を良しとする人物であるならば話は別ですね)
静かに思うのは『挫けぬ軍狼』日車・迅(p3p007500)だ。
木の影から瞳を覗かせて、獣らしい勇ましさを帯びる。
その闘気には多分に怒りが混じっていた。
「記憶喪失のガキ、オンネリネン、イレギュラーズ……面倒そうな背景があるみてーだけどよ。
ハ! 難しく考える必要なんてねえな! 要するに人質奪還の突入作戦だ」
笑う『鬼火憑き』ブライアン・ブレイズ(p3p009563)は拳を握ってポキポキと音を鳴らす。
(これは……オンネリネン出身のイレギュラーズ、ということでしょうか?
本当にそうかの真偽はともかくとして、記憶喪失の人間を恩人ごと焼き討ちするような人たちと一緒に居させるわけにはいきませんね!」
術式を何時でも展開できるように準備しつつ、ロウラン・アトゥイ・イコロ(p3p009153)が闘志を燃やす。
ロウランは、オンネリネンの名前そのものに不吉な物を感じている部分もあった。
「アメジストを身に着けた少女にシンシアと名付ける、か。
ちょっとした捻りが効いていて良いセンスじゃ。
一度会ってみたかったものじゃが……詮無き事か」
刻印を淡く輝かせながら『焔雀護』アカツキ・アマギ(p3p008034)は目標の少女の名付け親に少しばかり思いを巡らせ。
家の方を見れば、少年兵達が警戒に務めている。
「何にせよ妾達に出来るのは彼女を救出することじゃ」
アカツキが言うのを皮切りに、イレギュラーズ達が一気に動き出す。
「火付盗賊改めです! 神妙にお縄につきなさい!」
姿を見せたアカツキはすぐさま術式を構築すると、冗談半分、本気半分に術式を向ける。
右手に浮かべた魔方陣へと集束した魔術は真っすぐに飛ぶ砲撃は2人の少年兵へ強烈な傷をうむ。
「情報通り。居ましたね、オンネリネン」
アリシスは魔力を高めていく。
魔力が可視化してアリシスの身体を後光のように瞬く。
その輝きは、対応しようと動き出したオンネリネンへと降り注いでいく。
痺れたように直撃を受けたオンネリネンの少年は、ふらつく足で突っ張りながら一歩前に進んでいるのが見える。
「……みんな、落ち着いて」
向こう側から声。動揺を見せる子供たちの中、扉の前に立つ少年がそう聞おえを上げる。
どこか落ち着いた声の少年に言われると、子供達も落ち着いたようで、直ぐに姿を見せているイレギュラーズの方へ視線を向ける。
「だれですか……管理者の方ですか?」
「『家族』の願いで迎えに来たと言いながら、その子の恩人へ礼を言うどころか焼き討つ。
その上、戸惑う少女1人に10人以上で寄ってたかって説明することもせず鋼を叩きつける悪辣ぶり。
ろくでもない人たちですね。あなた方も、その『家族』とやらも――」
煮えくり返りそうな腸をギュッと抑え、迅は静かに怒りを向ける。
それに目を見開いたマカールから反応がある前に、グン――と速度を上げた迅の身体は、一瞬にして扉の前に立つマカールの懐へ。
そのまま、握られた拳が少年の腹部を捉えれば、苛烈な衝撃と同時に少年の身体は空へ煽られた。
「ハッハー! オラよ!」
放たれた燈火は穏やかに。
それでいて真っすぐに、後ろにある一軒家に掠る軌道を描いて駆け抜ける。
疾走する炎は少年と少女の1人ずつの注意をブライアンへと集中させる。
「おっと! 悪かった!
燃やすのが好きそうだから、てっきりオタクらのお仲間が燃えていく姿も気に入るかと思ってよォ?」
意図的に漏らした大人の挑発に、子供たちの視線はブライアンを突きさす。
「イレギュラーズが来ましたよぉ。戦う準備はできてるかな、ちびっこたち?」
シキがゆるりと言えば、先程の少年が少し表情をこわばらせる。
それは、多くの子供達も同じ反応だった。
シキの宣言ともいえる言葉に、こちらの正体を知ったようだ。
その瞬間、子供たちが各々の武器を構え、明確な敵対を向けてくる。
(……ま、こんなちびっ子に戦わせてるアドラステイアはどうなんだってゆー……とこあるけど)
緩やかに思いつつ、シキは一歩目を踏み出す。
(……今回の依頼はあくまで『奪還』……時間をかけるほど難しくなる。
やるなら、全力で速――攻)
高められた己の可能性と共に放たれた斬撃がマカールを切り裂いた。
ぎぃ、と開いた扉。
その隙間を、小動物が入り込んだことに、誰も気づかない。
それに続くように、建物の裏手にあった裏口のような存在を2つの視界が捉えた。
●
「……見つけました」
静かに。穏やかな笑みさえ残したコーデリアがその瞳を開くのと同時、
「うん、行こう。今ならリナトは陽動班しか目が行ってないよ」
ミルヴィは顔を上げたカットの視線で、外に釘付けの少年を見た。
「いまじゃ! 気張っていくとしようぞ!」
3人は誰からともなく一気に走り出す。
激しい戦闘音が鳴る主戦場に目の行く彼らに、3人の動きは蚊帳の外。
まず家の中へ到着したのはミルヴィだった。
勝手口の扉には当然だが鍵が閉まっていたが、それを剣で錠を斬り捨てて中へ。
「!?」
恐らくは、入ってくる気配にだろうか。
先に気づいたのは、少女――恐らくはシンシアを見下ろしている2人の少年。
2人が声を上げるより早く、ミルヴィは走り出す。
リナト狙いといきたいところだったが、家の外を見ているリナトの注意を、わざわざこちらに向ける必要もない。
突如として肉薄した褐色の美女に驚く2人の少年の前、ミルヴィは少し微笑んで。
「アンタたちも守ってあげるから」
それは静かに、今は2人だけ聞こえるように。
そのまま始まるのは美しき肢体を大胆に、惜しげなく披露して色っぽく繰り広げられる踊り。
突然の出来事に混乱する2人の幼気な少年には刺激が強いのか、その表情には驚きが強い。
硬直する2人。
その横に次いで姿を見せたのはコーデリア。
「……見たところ、手当てはされているようですし、眠っているだけのようですね」
寝台に寝転び、静かに呼吸をしているシンシアの様子を軽く確かめてから、そっとその身体を抱き上げた。
ひとまず背中に少女を背負ってたところで、アカツキの視線が「あっちじゃ」と示している。
「そこの剣もシンシアのじゃと思うぞ!」
アカツキは抱き上げられたシンシアの枕元、壁に立てかけるようにして置かれた剣
アメジストの宝石が嵌めこまれた剣は、彼女が『シンシア』になった理由。
枕元に置かれていることも踏まえれば、それこそが彼女の武器であることは容易に想像できる。
ひとまずそれをコーデリアが持ったところ――で。
「お、お前達もイレギュラーズか!」
声。視線をそちらに向ければ、マスケット銃を構えてこちらに銃口を向ける少年――リナト。
「ええ、私達もイレギュラーズですよ」
コーデリアはそこで敢えて挑発的に笑ってみせる。
「か、家族の下から一度ならず二度も奪う――なんて!」
そのまま彼が照準を合わせるように銃を上に持ち上げたところで、代わるようにアカツキは前へ。
「家族だ絆だと囀る連中が人様のそれを破壊しておいて平気な顔をしておる……醜い面構えじゃのう」
挑発と共に、今度はアカツキに銃口が向いた。
その瞬間、眼を見開くリナトへと眩いばかりの灼熱を思わせる炎が瞬く。
「――今のうちに脱出しましょう」
破壊力の追及された高位魔術にリナトが身動きを僅かに止めたのを見逃さずコーデリアが声を上げるのと共に3人は脱出すべく走り出す。
視界の端ではミルヴィを追いかけようとふらふら動き出した少年を引き留めるリナトの姿が見えた。
●
少しばかり、時間を遡り――リナトは顔だけを外に出して、全身を一軒家から出さない。
注意深く外の様子を伺い、イレギュラーズ側がどう動くつもりなのか見極めようとしているようだ。
今頃、シンシア奪還班が裏口なりを見つけている頃合いだろうか。
ブライアンは頭の端でそのことを考えながらも、一気に子供達へと肉薄する。
ブライアンを押さえようと動いた10代前半らしい少年たちを、一瞬のバックステップと体捌きで真横に躱す。
勢いと流れに任せた機動から繰り出す斬撃は、闘気を刃に這わせて簡易の刃引き状態を描いた一刀。
「ハッ、どうした、死んじまってもいいのか?」
咄嗟に防御態勢を築いた少年を、挑発するように言い捨てながら、ぐらついたその少年の首筋へ刃を突きつける。
一方の迅はマカールと正面から対峙している。
「はぁ、はぁ……」
少しばかり肩で息をしている少年は、力量差に加えた精神的な蝕みも見受けられる。
振るわれた剣筋は当初戦っていた時よりも遥かに鈍い。
「あなた達のような者と一緒にいたところで、シンシアに良い事など何も無い。その子は連れて帰ります!!
「違う、違う! あの子は、彼女はシンシアなんて名前じゃない! 家族の下に返すんだ……ここは、通さない!」
激昂するマカールが構えなおす。
その動きに合わせた迅は動きに這わせるようにしてマカールの懐へ拳を突き立てる。
「絶対に、絶対に……お前達なんか、あの子に合わせない! 僕たちや、友達たちの家族を殺したお前達なんかに!」
そんなマカールの激昂を聞いたアリシスは、つい今しがた一時の眠りについた少年たちから目を離してマカールへ視線を向けた。
「誰かの子供を殺した。成程、確かにその通りです。……それがどうかしたのですか?」
それはつとめて穏やかに、理性的に。
決して感情的にはなってはならない。
子供へ感情をぶつければ、返ってくるのは思考の末の言葉になりえない。
「それを口にする貴方達は、何故あの屋敷を襲い罪も無い家人を傷つけたのです。
きっと初めてでは無いのでしょう――誰もが、誰かの子供なのです。
彼らもまた誰かの子だったというのに」
「……そんな偽物の家族より、本当の家族の方が良いに決まってる!」
動揺に加えて余裕がなくなってきたのか、当初の口数の少なさからしたら驚くほどよく話す。
教育から発する洗脳。
ならば、一度でも疑問を抱けば、根本から崩れるはず――との判断故。
自分達の主張を正しいと言って変えないのは、若さと彼らの境遇と刷り込みを考えれば度し難くとも一定の理解ぐらいは出来る。
だが、それを鑑みても、意外にもこのマカールは自己が強い。
(15、6ともなれば、自我も発達する頃……難しい頃合いですが……)
アリシスが思案に更けていた時だ。
既にマカール以外の子供達は殆どがイレギュラーズの不殺によって倒れていた。
緩やかに前に出たロウランは、真っすぐにマカールを見据えると。
「お世話になったら挨拶でしょう? どこに焼き討つ者がいますか」
淡々と、叱るように告げる。
「記憶喪失の人間を、助けてくれた恩人ごと焼き討ちするような人たちと一緒に居させるわけにはいきません」
ロウランは静かにマカールを見据える。
改めて告げた宣言に、少年が首を振り始めた。
「違う! 違う違う違う! あいつらは、誘拐したんだ! そうだ! そう、ティーチャーは言ってた!」
その言葉――否、その『単語』は意味がある。
「そういうことですか。彼女を連れ帰るように言ったのは、ティーチャー何某……と」
ティーチャーはアドラステイアに絡んだことのある者なら多くが知っている。
誤解を恐れずに言うならば、少年たちの上司とも言えようか。
アドラステイアを管理する大人達である。
何人かは存在が確認されているし、その何人かが全てというわけでもあるまい。
(……ということは、シンシアさんは本当にイコルの実験体の可能性も……?)
考えを纏めようとしながら、仲間による最後の一撃がマカールへ吸い込まれるよりも前に聞く必要のあることがもう一つ。
「で、彼女の本名と家族、経歴は? 無事なのかも正直に話しなさい」
「――知るもんか! ティーチャーは、家族があの子を連れ戻したいからって!
だから僕達を壁外に送ったんだから!」
嘘――ではないだろう。ついたとして、意味のある嘘ではない。
(いえ、だとしたら、名前を知らない少女を連れ戻そうと……?)
怪しいところを考えた所で、マカールが地面に倒れていく。
こちらが最後の一撃を加えるよりも前に、体力の限界が来たようだ。
●
一軒家にリナト達はいなかった。
恐らくだが、シンシアを奪還した時点で撤退したのだろう。
取り残された少年たちはイレギュラーズの徹底した不殺対応のおかげで幸い全員が無事だった。
「――ヴェニ・サンクテ・スピリトゥス」
再び寝台に寝かされ、眠り続けるシンシアに、アリシスはそっと聖歌を唱える。
温かい光がその傷を癒していく。
――しばらく聖歌を唱えていると、シンシアがもぞりと寝返りを打った。
そのまま眩しそうにめをギュッとつむった少女は、そのまま薄っすらと目を開く。
「……だ、れ」
長くのどを潤していないのか、少しばかりかすれた声だ。
「無事? 痛いところはない?」
その声に反応して顔を上げたのはミルヴィだ。
それまで、眠っている子供達を見ていた彼女は、視線を変えてシンシアへ向けると、取ってきたお水を彼女に手渡す。
「ひとまずは、無いです。ありがとう、ございます」
アリシスの術もあって少女の傷は癒えつつある。
クピクピと少しずつ飲んで、少女は頭を下げる。
「私達はイレギュラーズ。貴女を助けに参りました」
少女に顔の位置を合わせるようにして座り、コーデリアはそっと手を取ってつげる。
「たす、け……そうだ、私! ――ッ!」
ハッとした少女は、そのまま泣きそうに顔を歪め、けれど泣かずに顔を振った。
「ありがとうございます……助けって、私……」
混乱するシンシアが落ち着くまで待ってから、そのまま事の経緯をざっと説明し終えると、シキは寝台の横でしゃがみ、手を差し伸べる。
『今の彼女にとって』の最初の思い出に当たる邸宅は、事件によって燃えている。
幸い、邸宅の主は生き残ったらしいが、今はシンシアを構っている場合ではないだろう。
「行く当てがないなら私たちと一緒に行かない?」
「一緒に……いいん、ですか? こんな、記憶もない私が……」
「もちろん。それに、そしたらいつかキミの記憶も戻るかもしれないし。
乗り掛かった舟という奴だ。君の記憶が戻るまで、君を一人にしないと約束するよ」
「……――はいっ!」
少しばかり顔を伏せていた少女は、笑顔で顔を上げて、シキの手を取る。
その目元に、少しばかりの涙が見えたのも、無理のない話だろう。
「他の子たちは……連れて帰りましょうか。
矯正をするのは難しそうですが……敵でも仁と義くらいは覚えてもらいましょう」
今はまだ眠りについている少年たちを見下ろすようになって、迅は静かに呟いた。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでしたイレギュラーズ!
MVPは一番重要かもしれない情報を掘り出した貴女へ。
シンシアがイレギュラーズ陣営に加わりました。
今後、彼女がどんな決断をして、どうなっていくのか。
彼女の明らかならざる正体と過去。
その辺りは物語が進むにつれて明らかになり、その時はきっと、皆様の言葉や気持ちなんかが彼女を導く指針となる……と思われます。
今はただの、記憶を失った16歳の一人の少女でございます。
GMコメント
こんばんは、春野紅葉です。
女の子を救出に行きましょう。
●オーダー
【1】シンシアの奪還
●フィールドデータ
天義に存在する小さな森の中です。
森の中に一軒家が存在し、周囲にはオンネリネンの子供達が13人ほどで警戒中。
中には3人の子供達と、寝台にて眠らされているシンシアが居ます。
●エネミーデータ
・『猪突不屈の銃士』リナト
マスケット銃を持つ部隊のリーダー、14歳。少し華奢めの小柄な少年です。
闊達とした性格で家族は家族と一緒にいるべきだと思っています。
今はまだ幼く、戦ってもある程度は余裕をもって勝てるかもしれません。
残念ながら彼は10代半ばの少年に過ぎません。皆さんの事を『誰かの子供達を殺した奴ら』と洗脳を信じ切っています。
皆さんの正体を知れば落ち着いてはいられないでしょうし、揺さぶり方によってはより効果的なこともあるでしょう。
リプレイ開始当初は一軒家の中にてシンシアの様子を見ています。
マスケット銃による中・遠距離戦闘も可能ではありますが、本質はリジェネ系のバッファーです。
リジェネ系スキルの他、クェーサーアナライズやサンクチュアリっぽい自域回復スキル、命中系の自域付与スキルを持ちます。
・『未熟なる祝福の剣士』マカール
独特な形状の片手剣を持つ少年です。15歳。
落ち着いた物静かな性格で、真っ当に成長すれば将来は立派な戦士になることでしょう。
今はまだ幼く、戦ってもある程度は余裕をもって勝てるかもしれません。
ただ、今のところ所詮は10代半ばの子供です。
皆さんの正体を知れば落ち着いてはいられないでしょうし、揺さぶり方によってはより効果的なこともあるでしょう。
リプレイ開始時は扉の前で警戒中です。
守りは堅実、攻めは敵の隙を逃さず捉えることのできる実直さが持ち味のアタッカーです。
攻撃スキルの多くは至近~近単、カウンター系スキルを持つ他、追撃、邪道を持ちます。
・オンネリネンの子供達×14(外:12、中:2)
10歳前後から15歳前後までの少年兵たち。
家族、共同体としての絆を有するアドラステイアの先兵として利用されています。
もしもシンシアが目覚めた時への警戒として、10歳前後の2人の少年兵がリナトと共に部屋の中にいます。
それ以外の子供達は全員、外で警戒中です。
●NPCデータ
・シンシア
アメジスト色の髪を持ち、アメジストの宝石が嵌められた剣を獲物とする少女。
正体不明で、記憶を失っている様子。現在は意識を失い、フィールドの一軒家にて眠っています。
イレギュラーズの疑惑ももたれています。
年齢は大きく見積もっても16歳程度。
●『オンネリネンの子供達』とは
https://rev1.reversion.jp/page/onnellinen_1
独立都市アドラステイアの住民であり、各国へと派遣されている子供だけの傭兵部隊です。
戦闘員は全て10歳前後~15歳ほどの子供達で構成され、彼らは共同体ゆえの士気をもち死ぬまで戦う少年兵となっています。そしてその信頼や絆は、彼らを縛る鎖と首輪でもあるのです。
活動範囲は広く、豊穣(カムイグラ)を除く諸国で活動が目撃されています。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●名声先
今シナリオの名声先は『天義』となります。
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