シナリオ詳細
<オンネリネン>暁雨のきみに
オープニング
●あかつきに雨が降れば
無償の愛を信じろとはいわない。
あの夜に、その言葉は転がり落ちたパズルのピースとなった。
親が子を愛することは当たり前ではない。
子が親を愛することも当たり前の事ではなくて。
尊い絆に焦がれた事は何度もあった。
『おとうさま』があいしてくださるこのさいわいに――
そんな言葉が、紛い物であるだなんて、未だに信じることは出来なくて。
●アドラステイア
それは天義に存在する塀に囲まれた『独立』都市――架空の神ファルマコンを崇拝し、子供たちが毎日のように魔女裁判を続ける閉じられた世界。
『聖女の殻』エルピス (p3n000080)は「彼の地に救う者達は懼れだったのでしょう」とそう告げた。冠位魔種の与えた恐怖は信仰の徒の心を多く揺るがせた。信じた存在が瓦解する恐ろしさに立ち行かなくなった彼等が真に見つめ直した新たな神。
世界中の孤児が、無数に集められた。幾許かの大人と、無数の子供達。そうして出来た独立都市アドラステイア。
その地に向かうべきか行く先を悩んでいた一人の少年がいた。イレイサ、針水晶(ルチル・クォーツ)と呼ばれたアドラステイアの『子供達』が勧誘を掛けていた孤児は遙々旅を続けて居た。
自身は如何するべきなのか。それぞれの道を選んだ子供達のように岐路に立ち止まらずに少年はラサへとやって来た。
寒々しくも感じる夜の砂漠で一人、心洗われるように空を眺めて息を吸う。そんな、日々を徒然と。
「……そうか、イレイサはそんな風に過ごしているんだ」
もう一度の選択を。『明日を希う』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は聞きたかった。
イレイサがアドラステイアへ往く事を望むならばその気持ちを無碍にはしまい。だが、自分の手を取ってくれたならば――
そう願っていたシキへエルピスは一度言い淀んでから「オンネリネンを知っていますか」と問うた。
「オンネリネン……。アドラステイアの子供達の中でも遊撃部隊だと言われている?」
「はい。『幸せな(オンネリネン)子供達』は各国にパトロンを作る為に活動をして居たそうです。
アドラステイアに物資や資金の提供をする方は、それなりに居ると言われています。それに……こどもたちの勧誘も」
「……ああ」
合点がいった、と。シキは緩やかに頷いた。イレイサはオンネリネンの勧誘ターゲットになったのだろう。
「もう一度、彼を説得すればいい、と言う事かな?」
「いえ。実はオンネリネンは一度接触した、そうなのです。それで……これはイレイサさんから、急ぎの連絡でした。
彼は長く過ごしてきた旅で様々なことを感じ取った。皆さんにそれを伝えたい。それと同時に、選択を『したい』と……」
イレギュラーズに選択を伝えるために、オンネリネンを一度撃退して欲しい、と。そう乞うたのだという。
彼は何かを考えている。そして、それはエルピスには伝えていないことなのだろう。
ならば――その思いを汲み取りに行かねばならない。
あの夜に落ちて、救いなんてなかった。何も出来ない子供だった彼が。
あかつきの雨のした、漸く一人で立ったのだ。きみに伝えたい言葉を並べて。
●旅に出たきみに
――イレイサは、すごいね。
すごくなんてないよ。俺は、無力なんだよ。メアリとソマリを助けるために、あいつを殺す事しかできなかったんだよ。
シュンみたいに頭も良くないし、『三つ目』みたいな強い意志も持ってない。俺は弱いんだよ。
――ううん、シュンも『三つ目』も言ってたよ。イレイサはわたしたちのヒーローだねって。
そんなこと、ないよ。
……そんなこと、無かったんだ。けどさ、こんな俺でも出来る事があるならしてみたいと思った。
もしも、あの人達の仲間になって、『アドラステイア』に潜入して『聖銃士』になる道もあると言えば、あの人達は何て言うだろう?
子供の足ではながい旅をずっと、ずっと。歩いて来てそう思った。あの国に俺が入り込めば、あの人達の役に立つんだろうか、って。
- <オンネリネン>暁雨のきみに完了
- GM名日下部あやめ
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年10月09日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
秋夜は冷え込んだ。夏の気配はなりを潜め、寒々しい空気だけが肌を包み込む。夜のしじまに包まれたその場所にゆっくりと足を踏み入れた『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は「イレイサさん、居るかな?」と問いかける。
じっとりとした空気が乾ききった空気とその場所を隔絶しているようにも感じられた古代遺跡。人の気配を疾うに失ったその場所に身を潜めていた少年は自身を包んでいた襤褸を拭い捨てた。
「来てくれたんだ」
「君が呼ぶなら」
それが約束であったと『龍柱朋友』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)はそう告げた。オンネリネンの騎士達は此処までやってくるだろう。その前に、彼と言葉を交わしておきたかった。それ故に彼女たちはこの場所へと歩を進めてきたのだ。
「イレイサ、久しぶりだね。君からの連絡で驚いちゃった。……答えは決まったかい?」
穏やかな声音はあの日、自身らの道を示す為に問いかけたものと同じであった。シキが差し伸べてくれた手はイレイサと呼ばれた少年にとって『選択』だった。厳かに頷けば痩せぎすの肩にのし掛かる『結論』は重く感じられる。
凜としたブルートパーズ、『医術士』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)はいつだってその瞳を逸らさずに此方を見て居た。その瞳の前でなら清廉潔白な神の徒が祝詞を述べるように堂々と意見する事が出来るだろうか。
堂々としたイレイサの姿をしっかりと見つめて『アサルトサラリーマン』雑賀 才蔵(p3p009175)は彼は彼なりの『選択』をしたのだろうと感じていた。決意の滲んだかんばせは惑うばかりの愛に縋る幼い少年ではない。
「……そっか、君は選択したのか。その行動と意志には賞賛と祝福が与えられるべきだ。たとえ、どんな道であろうと」
『誰かの為の墓守』グリム・クロウ・ルインズ(p3p008578)は彼が告げる選択肢を決して否定はしないと、最初に言った。
頭ごなしに道を示すことも出来よう。大人に従いなさいとまだ幼さを滲ませた少年の手を引くことも出来る。だが、グリムは彼の親でなければ家族でもない。故に、彼が自身で道を選ぶのだと決めたのならばそれ以上の口出しは無用であると知っていた。
彼と『導きの戦乙女』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)は初対面だった。一瞥する限り彼から感じた印象は線の細い、弱々しい孤児である。黒い髪は長旅で衛生的とは決して言えない。伸びた前髪が目元を隠し陰鬱な印象を与える。曇りの空を思わせた瞳だけは生気を宿らせ凜と輝いているようであった。
彼に何があったのかはシキやココロ、スティアやグリムでなければ知る由がないだろう。いや、ひょっとすれば彼女らでさえ知らぬ事情が彼には山のようにあったのかも知れない。届ける言葉をブレンダ自身は持ち合わせていなかった。重たい鞄から無理に言葉という荷を掻き出すのも似合いやしない。だからこそ、事七区とも彼の選択を見届けたく考えていた。
「君が道を選んだのなら、手を貸そう。『君自身が選んだ』というのだから」
周辺警戒をすると遺跡の外へと出て索敵をするブレンダの背を一瞥してから『喰鋭の拳』郷田 貴道(p3p000401)は大仰に頷いた。
「事情は知らない、今更知る気も更々ない。やりたい事があるならやればいいのさ、ミーは止めねえよ?
だいたい、自分の道は自分で決めるのが上等って話だ、そうだろう? 言い辛い事かも知れねぇがはっきり言わなきゃな。
他人の言う事なんざ気にすんな、我が道を行くのが男ってもんだ!」
ばしりと肩を叩いてやればその気安さに面食らったイレイサが貴道を見上げている。その表情を見れば、彼がどれだけ感情豊かに長い旅路を歩んできたのだろうかとスティアは感じ取ることが出来た。
「イレイサさんとは初めましてだな。テメェが選んだ道を否定する権利は俺にはねぇさ。
テメェが胸張って選んだ道ならそれを手助けするまでだ。進む勇気がないなら背中を押してやる。
怖いってんならその不安を笑い飛ばしてやる。そのために俺たちは此処にいる。そんで、アドバイスを一ついいか? よーく聞いておけよ」
選択を告げることを戸惑う少年へ『名無しの』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)が送る激励は『これから』の事。
「俺たちのための選択じゃなくてテメェがテメェのための選択をしろ。人を理由にするな、自分の意志を理由にしろ。覚悟ってのはそうやって決めるもんなんだぜ?」
イレイサは重苦しく頷いた。聞いてくれますかと改めてシキを――自身を待つと笑った彼女を見据えて。
●
少年は孤児だった。両親は敬虔なる神の徒であった、筈だ。其れも遠く、幼子だけで身を寄せ合うように過ごし始めてから長い時間がたった。
仲間達はイレギュラーズが面倒を見てくれているらしい。どうにも、彼らを受け入れる事が出来ずに一人で旅に出たのは随分前のようにも思える。
シキが膝をつき、イレイサへと目を合わせた。手をぎゅうと握れば、忘れていた人のぬくもりが手のひらを包み込む。
「急かさないから、君の言葉で全部聞かせて」
シキにイレイサは「……まず、みんなは如何してる?」と静かな声で問いかけた。ココロは「『三つ目』の子はちゃんとやってるみたいだよ」と微笑む。
ローレットで見かけた彼はターバンで三つ目を隠し長耳でよく人の話を聞いて過ごしているらしい。快活に笑う姿が見られた事から元気なのだろうとぼんやりと感じていた。ローレットでは彼以上に不思議な外見の者もよく見られる。故に、彼も安心したのではないだろうか。
「……アドラステイアに、行こうと思う。メアリとソマリ、シュンに三つ目……アイツらが幸せならそれでいいって思ってた。
けど、世界には俺達よりうんと辛い奴らがいるんだって思った。だから、さ、アイツらみたいな奴を無くすためにローレットの協力者として、アドラステイアに入り込みたいんだ」
彼の選択にスティアは息をのんだ。危ないよ、辞めた方がいいよ、唇から滑り出しそうになる言葉をぐ、とこらえる。それが彼が決意した選択ならば。応援して送り出してあげたい。スティア・エイル・ヴァークライトという『天義の貴族』が彼にしてやれるのはできる限りの支援だ。
「それが、君の選択なのだな。イレイサ少年……いや、ミスタ・イレイサ。君が選んだ道へ進むための手助けをしても?」
才蔵は穏やかに問いかける。辛く険しい選択だ。自身が彼と同じ年代だった頃にその選択が出来ただろうか。不安も恐怖もなくはないだろう。現に、彼は『否定される可能性』を感じ取って不安げであったではないか。
ブレンダは外でその選択を聞いていた。小さく頷いた。ならば、あとは『一芝居』必要なのだろう。
「……わかった」
シキはぎゅうと彼を抱き締めた。「言っただろう。君が君の心で選んだなら私は応援するって」そんな言葉を、待っていた。イレイサは口が裂けても言えないだろうけれど。
シキは自身のマフラーを彼の首へと巻いた。赤い、目映い暁の色だ。
「これ、私のお守りなんだ。よかったら君が持っていて。……いつか返しにおいで。"約束"だよ。
もし困ってどうしようもない時は必ず私たちの名前を呼んで。いつだって、どこにいたって駆けつけるから」
話したいことは沢山あった。それでも、とシキはその背を撫でる。
「君の選択と勇気に賞賛を、君が自分でそうすると決めたなら、自分はこの言葉と共に送り出そう。
きっと君は色んなモノを見ると思う。ローレットからの情報も含めて、あそこはとても深い場所だ。
……だからどうか、自分を保つように。それだけ強く持っていれば、きっと何があっても帰ってこれる」
グリムの言葉にイレイサは頷いた。どれだけ恐ろしい場所なのか其れは分かる。イレイサは教えてくださいと言った。
ココロがイレイサの手を握る。大丈夫だと安心させる声音は優しく、そして硬質だ。緊張が滲む。
「『イコル』という名前の薬があります。これには気を付けて。たくさんの量を長い間飲み続けると、自分が自分でなくなってしまうの」
それは人間の姿をも変えて仕舞うらしい。飲むことを拒絶すれば信用は得られない。見つからず摂取量を減らすのは屹度出来るはず。
ココロがしっかりと伝えるその言葉に才蔵は頷く。このひとときを思い出せば、耐えられるはずだ。
「心が揺らぐ時もあるかもしれない……だがお前はどんな時も1人ではない。皆の声を自分の心を忘れないでくれ、そしてもう一度必ず再会しよう」
才蔵の言葉にイレイサは頷いた。ネクタイピンを彼の衣服にそっと指す。屹度、アドラステイアで『上』へと向かえば衣服とてネクタイピンの似合うものになるのだろう。
「お守りだ……次に会う時に返してくれたので良い」と、才蔵が囁く言葉にイレイサはシキと彼を見遣ってから大きく頷いた。
「まあ、若いうちの無茶と無謀は買ってでもするもんだって言うしな、HAHAHA! 存分に、悔いが残らないように、せいぜい命を賭けてこいよ、ガキ!
いいか? イレイサ、ミー達は『敵』になる。此処からは少しばかしの別れだ。思う存分『今』を忘れるなよ」
貴道に頷いて、スティアはイレイサへと願い出た。オンネリネンの子供達の前で自身らに不信感を抱き、演技をしてあちらに連れ帰って貰うようにする。アドラステイアに潜入するための一番の道である。
「イレイサさん、絶対に無理しないでね。生き延びて欲しいから……無茶して死んじゃったら何も残らない。潜入は生きて帰ってきてこそ!
それに、シキさんと才蔵さんに返しに来なくっちゃね」
●
来たと囁いたブレンダがイレギュラーズに距離をとるように声をかける。ニコラスは「必ずまた会おうぜ。次も笑い合いながら」と彼の肩を叩き嘆息する。
「どうやら、アドラステイアの奴らが来たようだな?」
生かして返してやる予定だと笑った貴道はイレイサが『潜り込む』事を主軸に置かねばならないとオンネリネンの子供達を視認した。
「ミーだって好き好んでガキども殺す気にはなれねえし、丁度いい」
「郷田さん、私が無茶しすぎたら助けてくれ……ますよね?」
ココロの青い瞳を受け止めて貴道は「忘れてなかったら! な!」と揶揄うように笑った。小さな子供ばかりがやってくるのは『胸糞悪い』と呟いた貴道の前でブレンダは大仰に嘆息する。
「――そうか」
声を響かせた。剣はまっすぐにイレイサへと向けられる。シキは距離をとり首を振り、ニコラスは「達者でやれよ」と彼にだけ声を届かせる。
「残念だ。君がその道を選んだのなら私たちとて容赦はできない」
ブレンダの『台詞』にハルメと呼ばれるオンネリネンの娘は「あれぇ?」と首を傾いだ。
「ひょっとして、ひょっとしなくっても、ハルメのお仕事は成功ですか?」
花咲くような瞳に歓喜が過る。ブレンダは「オンネリネンか」と呟いた。グリムは跳ねた声音に不快感を滲ませる。まだ幼い子供ばかりだ。
特異運命座標として力を得たなら兎も角、彼らは武器を握るような体をしていない。結わえた若草色の髪がふわりと揺らぐ。華奢な腕が斧を勢いよく持ち上げた。
「その子、渡してくださいますぅ? 嫌ならハルメたちがおにいさんとおねえさんを殺しちゃうんですが!」
その唇が囀るにはあまりにも重苦しい。グリムはいつか彼女たちを救いたいと願いながらも心を閉ざし、平常に保つ。
吐き気がする程の害悪だとアドラステイアを認識している才蔵はイレイサを『送り出す』のではなく、決別した演技をしなくてはならないかとグリード・ラプターを構えた。メメント・モリが揺れている。呪いが己を縛るように、少年の心にネクタイピンが残り『正気』で居てくれと心の中で願いながら。
「戦わないといけないんですねぇ……ハルメたちって『死ぬまで』戦いますよぉ」
「成程? ……ある意味、気兼ねなく戦えるからな。……プチっと潰しちまわないように気をつけないと、HAHAHA!」
貴道が勢いよく地を蹴った。堅い遺跡の床に僅かに入り込んだ砂がそのつま先を滑らせる。だが、それさえも勢いめいて。
拳が少女の斧へと到達すればオンネリネンの子供達が飛び出した。
ブレンダが剣を構えれば、イレイサは隙を付いて逃げるかのように演技をする。外套に身を隠し、ハルメの側へとじわりと寄って。
「イレイサ!」
名を呼んだシキにイレイサは後ろ髪を引かれるように外方を向いた。ハルメにとっては『決別』に見えるその仕草。
「ふふん。どうやら彼はハルメ達と来たいようですよ。おねーさん? どうしますか、ハルメを殺して無理やりこの子を連れて行きます?」
「……殺したいわけじゃないんだよなぁ、どうにも。だから大人しく帰ってもらえると嬉しいんだけれど」
シキにハルメは首を振る。そうは行かない。オンネリネンは『家族』の為に任務を遂行するのだから。
彼女のその言葉は、彼女が被害者であるという証左だ。ハルメという少女もオンネリネンと言う部隊の毒を飲まされたようにしか感じられない。
ココロが唇を噛みしめればスティアはオンネリネンの子供を受け止めて眉を寄せる。
「イレイサさんを連れて行くのはどうして?」
「ティーチャーがそう言っているからです! そんなこともローレットはわかんないんですかぁ?
ふふ、そうですよね。ローレットって悪いものですもんね。ハルメ知ってます。アドラステイアの救いを否定するんだって!」
斧が勢いよく振り下ろされる。彼女たちの言い分を聞くだけでも『イレイサ』のこれからを知る事は出来るだろう。
ハルメは云う。イレイサはこのままオンネリネンが連れ帰りアドラステイアで献身的に働くのだろう、と。
聖銃士になる道は途方もないだろうが彼ならば屹度大丈夫なのだとハルメは楽しげに云った。ハルメが口添えし『悪者ローレットの手を逃れてやってきた』存在だと担ぎ上げるつもりなのだろう。
「ハルメと来ると幸せを保証しますよ! だって、ハルメたち、しあわせを集めに来たんですもの。アハッ、すてきでしょう?」
幸福に瞳が輝いた。彼女の言葉にイレイサは表情を悟られぬようにと深く外套を被る。
「ミスタ・イレイサ……」
呼ぶ才蔵にイレイサは「もう戻れないんだよ」と呟いた。彼も、決意した――演技はイレギュラーズから逃れるためにある。
少年は勢いよく才蔵を押し退ける。ニコラスの側を走り抜け、ブレンダの攻撃が隙を作り彼の体を前へと押し遣った。
「退け! 退けよ!」
イレイサが叫ぶ。グリムはその様子を無の表情で眺めていた。
「君を行かす訳には! ……覚悟しろ、イレイサ!」
ブレンダの刃がイレイサへと迫る。ニコラスはそれに続き、イレイサを狙い穿つような姿勢を作った。
貴道とて分かっている。イレイサを庇おうとするために手を伸ばすオンネリネンの子供を遺跡の壁へと押し退ける。
「ミーを無視するのか?」
揶揄い笑った貴道の側をイレイサがすり抜けた。ココロは「行かせません!」と叫ぶ。其れは裏返しだ。スティアは気づいている。
行って。
そんな言葉も吐けない最悪の別れを演出して。
「逃がすか!」
ブレンダは緋色の小剣を投げつけた。イレイサの足下へと落ちた其れは、ブレンダから彼へ送るささやかな贈り物。
イレイサは直ぐに彼女の意図に気付き咄嗟の如く外套の下へと隠す。
「ハルメって言ったか。俺を、アドラステイアに連れて行ってくれ!」
無償の愛なんて、何処にもない。故に、彼らは『愛を求めて奉仕する』。家族の絆を作り上げた命がけ。
同意を示すわけではなくとも、一度はその世界に浸かりかけた己だからこそ、出来ることがある。イレイサはハルメに手を伸ばした。
「もちろん、そのつもりでしたしぃ……行きましょう、イレイサさん」
差し伸べられた小さな手のひらが、彼が助けた二人の少女を彷彿とさせた。イレイサと笑ったメアリとソマリ。双子の少女。
イレギュラーズの『作った隙』から逃げ出すように、オンネリネンはイレイサをつれて撤退してゆく。
――テメェの意志を忘れるな。この先何が起きようが何をされようがお前がお前であれるものをその根幹を見失うなよ。飲まれなけりゃお前の勝ちだ。
ニコラスの言葉が思い返された。
投擲された緋色の小剣を懐に抱え、赤いマフラーとネクタイピンを身に付けてイレイサは道を辿る。
「どうか、君の選択に祝福と加護がありますように」
その背を眺めながらグリムは呟いた。直接は言えなかったけれど――それでも、彼の旅路に祝福があるようにと願い続ける。
夜に落ちて、不安に溺れ。
暁雨の中で、彼が選んだ道が幸福であらんことを。
「時に……シキ、送り出した後に聞くのも何だがあれで良かったのか?」
問いかけた才蔵にシキはぎこちなく頷いた。スティアもココロも、シキもそうだ。彼の地がどれだけ恐ろしいかを知っている。
それでも、彼が選んだ道を否定することは出来なかった。心が育てば、打算も不安も安定も、そうした選択ばかりが身を過る。幼いからこその、過信と蛮勇。それでも。
「……いいんだ。無償の愛を信じろなんて、やっぱり言わないけれど。君の心だけは信じていて――いってらっしゃい」
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
このたびはご参加ありがとうございました。
イレイサくんは沢山の贈り物を持ってアドラステイアへと行くこととなりました。
彼が、皆さんのお役に立てるように、戴いたものを持って心強くいけますように。
GMコメント
日下部あやめと申します。宜しくお願いします。
拙作『あの夜に落ちて』に登場したイレイサくん、立身です。
●成功条件
『オンネリネン』のこどもの撃退もしくは捕縛
●フィールド情報
ラサの砂漠地帯に存在する古代遺跡。しんと静まり返って少しばかり肌寒い場所です。
障害物はありません。
イレイサがキャラバン隊から離脱し、現在逗留して居る場所です。彼には先に接触可能です。
●『オンネリネン』の子供達
イレイサを勧誘しに来た子供達です。誰もが家族のために命を賭すつもりのようです。
彼女たちはローレットを悪者であると認識して居ます。そう思い込まされているために説得では聞き分けません。
新たな仲間へと『救い』を与えようと考えているようです。
・リーダー『ハルメ』
花咲くような紅色の瞳に緑色の髪を揺った少女です。12才程度でしょうか。斧を手に前線で戦います。
・ハルメ隊の子供達
5名。バランスが良く、回復役や遠距離攻撃役など分担されている子供達です。
●イレイサ
灰色の瞳に、黒い髪。ボロボロになった衣服を身につけた流浪の旅人を思わせる少年です。
天義の出身で人間種です。年齢は14才。両親は亡くなり孤児です。
他の子供達を生き延びさせるために人を殺した事が、恐ろしい想い出です。
イレギュラーズと出会った事で、自分の出来る事はあるのかと『未来の選択』の為に旅をしていました。
喧嘩殺法と呼ぶしかない戦い方をします。一応は自分の身は自分で守れるようになりました。
・『未来の選択』
アドラステイアに所属するか、ローレットに所属するか、誰かの領地で世話になるか。
少年は決めかねていましたが『自分が聖銃士に相応する立場になって潜入をすれば役に立てないか』と打診するつもりのようです。
その耳で目で、ローレットの活躍を感じ取った彼なりの決断です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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