PandoraPartyProject

シナリオ詳細

人の世にある澱んだところ。或いは、冥土に一番近い街…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●夜は黒、鍛治場は朱
 衣食足りて礼節を知る。
 その言葉を正とするなら、その街の治安の悪さは、なるほど至極当然だろう。
 その土地を修める領主の腕は、大して長く無かったらしい。
 そしてきっと、目も悪ければ、耳も遠いのであろう。
 だから、人々のあげる悲鳴や苦悶の呻きに気づけなかった。
 助けを求め、伸ばされた手を掴めなかった。
 最下層より、ほんの1つか2つばかりマシなだけ。
 領主からも見捨てられたその街に、正しい名前は付いていない。
 そのため、その街を知る者は皆“アビ”という通称で呼んでいる。

 スラムと大差もないような、貧しく寂れたその街には、しかし大層、腕の良い鍛冶屋が住んでいた。
 “いた”と、既に過去形だ。
 血の臭い。
 そして、腐れた臓物の臭い。
 生ある者が、単なる“肉”に成り果てた時、決まって辺りにこの臭いが立ちこめるのだ。
 つまりは、それを人は死臭とそう呼称する。
「……はぁ? 何事です、これ?」
 時刻は夜明け。
 炉で燃える火の色をよく見るために、鍛治場とは基本、暗く造っている物だ。
 スラムの1歩手前……というか、ギリギリでスラム側といった風な“アビ”の地でも、粗末でこそあれ鍛治場はしっかり鍛治場であった。
 辛うじて、僅かな光を取り入れるためにある小窓が、その部屋唯一の光源である。
 小窓から差し込む、細く眩しい朝の光に目を細め、志屍 瑠璃 (p3p000416)は鍛治場をぐるりと見回した。
 床も壁も、天井も。
 薄暗い部屋の中は、どこも血で赤茶色に染まっていた。
 血と臓物の臭いが満ちたその空間に生ある者は2人だけ。
「えぇと……貴女、“殺”りましたか?」
 1人は瑠璃。
 そしてもう1人は、部屋の片隅で脚……らしきものを胸に抱いた顔色の悪い女である。
「んー? 殺ってないですー」
「……そうですか」
 では、彼女は一体何なのか。
 血にまみれた女の脚を抱きしめているせいで、彼女……ピリム・リオト・エーディ (p3p007348)の白い髪や頬は紅く濡れている。
 どこかぼーっとした様子で、女の脚に頬を擦りつける様は異様のひと言に尽きた。
 それ以上、言葉をかけることを瑠璃は一瞬だけ躊躇する。
 しかし、話を聞かなければならない理由が瑠璃にはあった。
「その脚、タタラさんの脚ですよね? タタラさんと、私の刀……“射干玉”がどこにいったか知りませんか?」
「刀ですかー? そういえば、私の刀もないですねー」
「あぁ、貴女もここの客だったのですね」
 合点がいった、と瑠璃は胸中で手を打った。
 アビの一角にあるこの鍛冶工房は、1人の女鍛治が自ら造り上げたものだ。
 その女の名はタタラ。
 鍛冶に全てを捧げていると豪語する、ある種の変わり者である。
 彼女は数多の武器を打ち、あまねく刃を研ぎ直す。
 こと武器刀剣の手入れという面において、タタラを越える腕と情熱を持つ者を瑠璃は知らない。
 安価な依頼料と、確かな腕、そしてこちらの事情にあまり踏み込んでこないその性格から、裏の社会で知られた鍛冶屋。
 血濡れた刀も、皮膚の張り付く鉄槌も、頭蓋に刺さって抜けなくなったままの槍であっても、タタラは等しく「預かる」とだけ言って手入れを行った。
 瑠璃もピリムも、そんな彼女に武器の手入れを任せていたうちの1人である。
「それで、どうして貴女がタタラさんの脚を抱いているんです?」
「体が無いから仕方ねーです。脚も、ズタズタのぐちゃぐちゃで……どこの誰様が下手人かしらねーですが、下手くそな仕事をしますねー」
 ほら、とピリムが指さしたのは鍛治場の隅に置かれた炉である。
 その中では煌々と火炎が盛っており、部屋の温度を何段階も引き上げるのに今も一役を回続けていた。
 炉の周辺は、とくに残った血の量が多い。
 水溜まりのように、鍛治場の床には血液溜まりができていた。
 それを……否、正しくは血溜まりの中に転がる幾つかの肉片を、ピリムは指差したのである。
「そこに幾らか“残り”が落ちてますよー? ちなみに、私が来た時点では、まだ頭と胸部が炉の中にありましたー」
 ピリム曰く、タタラは何者かに殺害されたらしい。
 その遺体は彼女の育てた炉にくべられて、残っていたのはズタズタになった肉塊1歩手前の脚だけ。
 瑠璃やピリムの預けていた刀も、どこかへ消え去っているのだが……生憎ながら、死人に口は無いためタタラに事情を伺うこともできない。
「困りましたね」
「えぇ、とってもー」
 血と臓物の臭いに満ちた部屋の中、途方に暮れる瑠璃とピリムが無為に過ごした時間は十数分ほどだっただろうか。
 そのまま、2人は長い時間を思案の海の底で過ごすと思われた。
 しかし……。

「タタラん、いるー? 悪いんだけど、預けてた鎌の手入れを急いで欲しいんだ♪ マリカちゃん、今すぐに刈りたいヤツが……って、何これぇ?」

 扉を蹴破る勢いで、鍛冶屋へ駆け込んできた少女の声が、瑠璃とピリムの意識を現実へと引き戻す。
「もしかして、マリカちゃんの鎌があの人、殺っちゃった?」
 なんて、少しだけ気まずそうな顔をしてマリカ・ハウ (p3p009233)は小首を傾げてそう問うた。

●“武器狩り”ベニー
 マリカ・ハウ 。
 血塗れの鍛冶屋へ飛び込んできた小柄な少女の名であった。
 彼女が愛用の鎌をタタラへ預けたのは、今からおよそ半日ほど前。
 夜が来て、すぐのことだった。
 その後、彼女は夜通し街を散策する中、ある噂を耳にした。
「そいつの名前は“武器狩り”ベニー。背の高く、筋骨隆々とした女盗賊なんだって♪」
 “武器狩り”ベニー。
 それが、タタラを無残に殺した下手人の名であるとマリカは行った。
 以前はどこかで兵士の職についていたベニーだが、ある時期を境に彼女は野党へ落ちぶれた。
 否、落ちぶれたのではなく、有るべき場所に落ち着いた、というべきか。

 ベニーが兵士になったのは、より多くの人を斬り、より多くの武器を手に入れるためであるらしい。
 人を斬れば斬るほどにベニーは強くなっていった。
 名のある剣や槍を手に入れるたび、ベニーは強くなっていった。
 そしてついに、彼女は悪党を斬るだけでは満足できなくなったのだ。
 悪党も、善人も、斬って捨てれば後に残るは単なる肉の塊でしかない。
 同僚の兵士達に隠れて罪無き市民を斬り捨てた。
 それに気付いて、咎めた同僚を斬り捨てた。
 罪人となったベニーは、追いかけてくる兵士たちを斬り捨てた。
 そして野党となった彼女は、人を斬り、武器を集めて、とうとう“アビ”へ辿り着いたというわけだ。

「欲に塗れた野党とはいえ、人を多く斬ったその腕は本物でしょうね」
 マリカの話を聞いた瑠璃は、顎に指を添えそう言った。
 それからチラと、未だピリムが抱えたままのタタラの脚へと視線を向ける。
 肉を斬られ、削がれ、抉られ、骨も筋も磨り潰された無残な遺体だ。
 そこに残った傷跡が、複数の武器によって付けられたものであるのは明白だった。
 試し斬り。
 そんな単語が脳裏をよぎる。
「それにこの血の量……【滂沱】に【致命】といったところですかー」
「んー? それと【ショック】に【封印】もかな♪」
 なんて。
 ピリムとマリカも、現場の惨状を頼りとし、下手人の実力を推し量る。
 アビという荒んだ地域で1人、鍛冶屋を営むタタラは決して弱くなかったはずだ。
 それこそ、武器を持った不逞の輩が襲ってきても、返り討ちにする程度の実力は保持していたと予想される。
「そういう悪人なら遠慮せずに刈っちゃっていいと思うんだよね☆ それで、預けてた得物を返してもらおうとおもったんだけど……」
「当の獲物……ベニーに先を越されてしまった、というわけですねー」
 獲物の鎌は盗まれた。
 鎌を預けたタタラは無残に殺された。
「刀を取り戻さなければいけませんし……まぁ、供養代わりにタタラさんの仇討ちぐらいは」
「……えぇ、タタラさんは良い脚の持ち主でしたからねー」
「それは、私には理解できないものですが……」
 とにもかくにも、盗まれた得物を回収し、ついでに下手人も討ち果たす。
 血塗れの鍛冶屋に集った3人の意思は、自然とそれに集約していた。

 タタラは腕の良い鍛冶屋だった。
 彼女が主に名を馳せたのは、裏の社会においてであるが、だからといって日の当たる場所で生きている者の依頼を断るような女性ではない。
 わざわざ治安の悪いアビへとやって来て、タタラに武器の手入れを頼む者もいる。
 瑠璃、ピリム、マリカの他にもタタラの鍛冶屋へ出入りしているイレギュラーズは多いのだ。
「さて、おそらく待っていれば他にも数名集まるでしょう。しかし、その前にまずはベニーの居場所についてのお話をしておきたいと思います」
 そういって瑠璃はマリカへと視線を向ける。
 ひとつマリカは頷くと、輝くような笑顔を浮かべ、彼女は言った。
「分かんない☆」
 そう。
 マリカはベニーの居場所までを掴んだわけではないのであった。
「でも、たぶんベニーが潜んでいるのならあそこしかないっしょ♪」
「あー……悪党通りですかー。身を潜めるのに都合が良くて、獲物も豊富ですからねー」
 なんて。
 うんうんと頷くピリムはきっと、悪党通りで“何か”しでかしたことがあるのだろう。
 一瞬、彼女は思い出に浸るような目をしていたのだ。
「まぁ、石造りの家屋が並ぶ狭い通りですよー。川沿いに400メートルぐらいですかねー」
 アビの東側にあるその通りは、道幅がおよそ3メートルとかなり狭く、そして治安が異様に悪いのだという。
 隙間無く並んだ家屋のせいで日当たりは最悪。
 そのくせ道はやけに白くて、綺麗だそうだ。
 理由は簡単。
 毎日誰かがそこで死ぬので、毎日誰かが掃除をしているかららしい。
 住人たちは皆他人に無関心。
 なぜなら、隣人の顔を覚えたところで何ら意味がないからだ。
 その隣人が、翌日には屍に変わっているなんて、珍しい話でもないという。
「余所者が身を潜めるにはぴったりですねー」
「適当な空き家に住み着けば、武器の保管もできますものね」
「周りに住んでる悪党たちが、横槍を入れてくるかも知れないけど……その時は斬ればいいもんね☆」
 斬ればいい、と。
 マリカはそう言ったけれど、肝心の得物は現在彼女たちの手元にないのである。

GMコメント

※こちらのシナリオは部分リクエストシナリオとなります。
●注意事項
この依頼は『悪属性依頼』です。
成功した場合、『幻想』における名声がマイナスされます。
又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。

●ミッション
“武器狩り”ベニーの殺害

今回の任務において、参加者は武器を奪われた状態からスタートする。
※スタート時点で武器による補正はないものとして扱う。
※素手や魔術刻印などはそのまま。
※戦力を十全に整えるためには、ベニーから武器を奪い返す必要がある。


●ターゲット
・“武器狩り”ベニー×1
長身の女武芸者。
人を斬ること、強い武器を集めることに執着している。
今回、鍛冶師タタラを殺害するついでに、イレギュラーズたちの武器を奪取。
悪党通りにあるどこかの家屋に、武器と一緒に潜伏している。
彼女が武器を集めているのは、決して単なるコレクションのためではない。
彼女は武器全般の扱いに長けるが、すぐにそれを壊してしまうほどに扱いは荒い。
そのためいつも、武器を複数ストックしておかなければ落ち着かないのだろう。
また、彼女は非常に好戦的で、そして非常に討たれ強い。
技らしい技を持たないが、その攻撃には【滂沱】【致命】【必殺】【封印】が付与される。


・ならず者たち×多数
悪党通りの住人たち。
彼らは息を潜めたまま、ことの推移を観察している。
漁夫の利を得る機会があれば、積極的に介入してくるだろう。


●フィールド
悪党通り。
幻想の地方都市“アビ”の中でも一等に治安の悪い通り。
道幅はおよそ3メートルほど。
長さにして400メートル。
川沿いの通りで、家屋の大小に関わらず建材はどれも石である。
そのうち1つがベニーの隠れ家。
ベニーの潜伏場所を探して襲撃するか。
それとも、ベニーを通りへ誘き出すか。
殺り方はいくつかあるだろう。


●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
 

  • 人の世にある澱んだところ。或いは、冥土に一番近い街…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年10月02日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

志屍 瑠璃(p3p000416)
遺言代行業
※参加確定済み※
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
極楽院 ことほぎ(p3p002087)
悪しき魔女
クーア・M・サキュバス(p3p003529)
雨宿りのこげねこメイド
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
ピリム・リオト・エーディ(p3p007348)
復讐者
※参加確定済み※
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
マリカ・ハウ(p3p009233)
冥府への導き手
※参加確定済み※

リプレイ

●悪党通り
 夜も遅くに、足音立てず人の家の扉の前に立つ者が“まとも”であるはずなんてなかった。
 彼がそのことに気づいたのは、愚かにもその怜悧な赤い瞳に射すくめられた瞬間だ。
 悪党通り。
 幻想の郊外、国内でも下から数えた方が早いぐらいには治安の悪いその土地で、長く生きて来たという驕りが彼にはあった。
 人の気配を感じ、扉の前を窺って……そこにいたのが背の低い女性であると見て取った彼は下心でなく、警戒心を抱くべきだったのだ。
 女……『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)を自分のヤサへ招き入れ、さてどうしてくれようか、なんて思案していたほんの僅かな時間こそが致命的。ふと振り返れば、赤く朧に光る眼と視線が交わり、途端に彼は体と思考の自由を失った。
「ベニーという方の居場所はご存じないですか? 武器を沢山ため込んだ家でもいいのですけど」
 じわり、と。
 心の奥に瑠璃の声が染み込んだ。
 彼女の問いに答えねばならない。どうしてか、男の脳裏はそんな気持ちでいっぱいになった。
「あ……と、通りの奥の方に、そんな女が住みつい、た、って」
 たどたどしくも、ベニーの居場所を口にする。
 “武器狩り”と呼ばれる流れの女武芸者の名だ。
 彼女の前で得物を抜けば一環の終わり。
 翌日の朝には死体が1つ通りに増えて、武器が1本、消えている。
 そんな噂を聞いたから、彼は夜が深まると決して自分のヤサから外に出ないように決めていた。
「……通りの奥ですか」
「ロクでもない場所みたいだし、此処で得られる情報もどれだけ信じられるものやら」
 そう言ったのは銀の髪をした長身の女。
『律の風』ゼファー(p3p007625)は表の通りを警戒しながら、胡乱な視線を男へ向ける。
 通りの奥にベニーがいる。
 そんな彼の証言を、無条件に信用する気にはなれないのだ。
 彼は嘘を言っていない。それは分かるが、しかし彼の持つ情報そのものが“嘘”でないとは限らない。
「なぁ、煙草あんのか? あんならくんない? あぁ、ったく……ヘビースモーカーからヤニ取り上げてんじゃねェよオイ」
 ベニーの居場所を探る2人を脇に置いて『悪しき魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)は棒のように突っ立ったままの男へ向けてそう問うた。
 部屋に染みついたヤニの臭いから、彼が喫煙者だと知ったのだ。
 一時、煙草を吸っていないせいか、彼女はいかにも不機嫌そうだ。

 “アビ”……或いは“阿鼻”と呼ばれるその地区に、腕の良い鍛冶師が住んでいた。
 しかし、彼女はベニーに殺害されて、預かっていた武器は全て盗まれた。
「腕がいいと聞いて、たまたま刀の砥を頼んだ時に、とは。全く間の悪いこと、だ」
「預けた武器が無くなってるなんて思わなかったぜ」
 なんて。
 どこか気楽な様子で通りを歩く2人は、いかにもその場に不似合いだ。
 片や金の豊かな髪を持つ幼女。名を『倫敦の聖女』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)。
 片や制服を着た少女。名を『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)。
 若い女の2人連れ。
 悪党通りではまず見かけない組み合わせだ。
 順当に考えれば、道理も何もない悪人たちにとって、彼女たちは恰好の餌食に違いない。
 捕まえて嬲るもよし、売るもよし。使い道は色々ある。
「よーぅ、そこのおじちゃんもお出かけかーい?」
「あ? あぁ……何だ、お嬢ちゃんらも“盗”られたのか?」
 通りの隅で酒を煽っていた男へと秋奈は問うた。
 男は秋奈の問いかけに、さも親し気な様子で答えた。
 秋奈を油断させ、捕えるつもりか?
 否、そうではない。
「そうそう。いんやー、私ちゃんも武器盗られたばっかでさ、力加減できてないんだよね、これが」
「……せっかく命までは盗られなかったんだ。諦めた方がいいんじゃねぇか?」
 一瞬、思案した後に男は言った。
 秋奈とエクスマリアの身を案じてのことだ。
 悪党通りを女2人で歩き回っているなんて、普通に思考する脳を持っていればそれが十分“普通じゃない”ことが理解できる。
 触らぬ神に祟りなし。一見すると恰好の獲物のような2人が、その実、か弱く擬態した一等級の化け物だったということもある。
「まぁ、いいさ。奴はちょくちょくヤサを移ってる。武器をガチャガチャ言わせながら歩き回れば、そのうち顔を見せるだろうよ」
 男は自分が“普通”であると理解していた。
 目の前の2人が“普通”でないと理解していた。
 だからこそ、彼は無傷でその夜を生き延びたのだ。
 秋奈の問いに答えた彼は、その後すぐに自分のねぐらへ駆け戻り、翌朝まで外に出なかった。

 悪党通りのとある廃屋。
 そこに住んでいたある悪党は、選択肢を間違えた。
「ねぇ『お友達』になって一緒にひと暴れしない? きっと楽しいよ♪」
 なんて。
 虚空に向けて語り掛ける可憐な少女。『トリック・アンド・トリート!』マリカ・ハウ(p3p009233)の足元には、遺体が1つ転がっていた。
 しかりマリカの視線は遺体から幾らか離れた位置に向いている。
 まるで、そこに“見えない誰か”がいるかのようだ。
 一方、部屋の奥ではしゃがみこんで何かを漁る色の白い女が1人。
「窃盗なんて性に合わねーですが……まぁ、家主がこれなら別にいいですかねー」
 『《戦車(チャリオット)》』ピリム・リオト・エーディ(p3p007348)は、部屋の隅に積まれていた木箱を覗き込むと、その中から1本の剣を取り出した。
「この人、武器商人だったんですかね? だったら運が良かったのです。無暗に敵を作ると後が面倒だったのです」
 ピリムから剣を受け取って『めいど・あ・ふぁいあ』クーア・ミューゼル(p3p003529)は首を傾げた。受け取った剣は新品だ。しかし、あまりにも質が悪い。
「持っているのは粗悪品ばっかりだけど、この際文句を言ってられないよね」
 そう言ってマリカは壁に立てかけられていた、大振りな槍を手に取った。
 ベニーの住む街で、武器をたんまり隠し持っている。
 それはつまり、ベニーの目から武器を隠す術を知っているということだ。
「それで、どこに行けばベニーたそに逢えるんですかねー?」
「ねぇ、知ってるんでしょ♪ 急いでいるんだから、早く答えて?」
 なんて。
 虚空へ向けて、マリカは問うた。
 きっとそこに見えない“誰か”がいるのだろう。

●武器狩り
 夜の闇に紛れるように人影が2つ通りを進む。
「やっぱり手に馴染まない獲物だと違和感ありますねー……まぁ、マリカたそほどじゃないんでしょうけど」
 チラと背後を振り向いて、ピリムは小さく言葉を紡ぐ。
「っていうかー、何であんな物騒な物、人に預けちゃったんですかー?」
 じっとりとした視線を背後のマリカへ向けて、ピリムはそう問いかけた。
「だって面白そうじゃん♪」
 帰って来た返答は、ごく単純なものだった。
 うっかり人を喰らいかねない危うい武器を、マリカは気まぐれに他者へ預けたのだという。幸いというべきか、それとも不幸にもというべきか……マリカの預けた大鎌は、タタラやベニーを喰ってはいない。
「まー、いいですけどー。っと、見えてきましたよー」
「あはっ、そんなトコに居たんだネ♪」
 足を止めたピリムとマリカは、遥か前方、暗がりの奥へ視線を向けた。
 そこにあった後ろ姿は女のものだ。
 幾つもの武器を背や腰に差した彼女こそ“武器狩り”ベニーに違いない。

 いつも通りの狩りを済ませて、彼女は拠点のボロ屋へ戻る。
 埃と酒の臭いが染みた木扉へ手をかけたその瞬間、彼女の背筋を悪寒が走った。
 咄嗟に回避を選択したのは、長年の修羅場生活により得た経験と野性的な勘によるものか。
 数歩、後退したベニーの手から鮮血が散った。
「私の薬も持って行ったみたいですけど、まさか捨ててないですよね? まぁ、たとえ得物を奪われようと、私の秘める爪牙までもを封ずることは叶わないと知るのです!」
 獣らしき荒々しさと、俊敏さでもってベニーを襲った小柄な女性。手にしたナイフは量産品の安物なれど、人の命を奪うことに何ら支障がないことをベニーは身をもって知っている。
 姿勢を低くし、ナイフを構えたクーアを見据え、じりじりとベニーは後ろへ下がる。
 ちら、と視線を左右へ向ければ人の姿や気配がちらほら。囲まれていると気付いた時には既に手遅れ。こうなれば、数で負けているベニーは途端に攻勢に出づらくなるものだ。
 しかし、ベニーは逃げずに笑った。
「へぇ? 得物って言ったかい? おかしいな、武器の持ち主は必ず殺しているはずなんだけど?」
 そう言ってベニーは腰に下げた刀を抜く。
 どこか新雪を思わせる刀身。
 “娃染暁神狩銀”と銘打たれたそれはエクスマリアの愛刀である。
 せっかく手に入れた業物で、誰かを斬りたくて仕方ないのだ。
「それは、マリアの刀、だ。……隙を突いて取り戻すしかなさそう、だな」
「おーきーどーきー! 随分と淀んだ目をしたおねーちゃんだぁ。ぶっ倒して唐揚げと目にレモンぶっかけたらあ!」
 2人。
 クーアの後ろに現れたエクスマリアと、ベニーの背後に回り込んだ秋奈である。
「やる、ぞ」
 エクスマリアがそう呟いた、その刹那、クーアと秋奈は同時に地面を蹴りつけた。

 クーアのナイフを回避しながら、その顔へ向け刀の先端を突き付ける。
 急ブレーキをかけ停止したクーアの顔を刀の先で引っ掻けるようにして裂いた。致命傷には程遠いが、ほんの一時、クーアの視界は塞がれる。
 その隙に、と姿勢を低く下げながらベニーは後方へ向け身体を反転。
 振り向きざまに薙ぐようにして、秋奈の胴を斬り付ける。
「っ……ぐへへ、お嬢ちゃんイイもの持ってますなあ! ちょっと貸してくれねぇか?」
「お断りだよ」
 斬撃はショートソードで受け止められた。 
 ならば、とベニーは刀を手放し、代わりに背から古びた槍を抜く。
 放たれた刺突は秋奈の肩を貫いた。姿勢を崩す秋奈を蹴り飛ばし、一度手放した刀を掴む。
 それから再び身体を旋回。
 まずはクーアを斬り裂いて、数の不利を無くす心算だ。
 けれど、彼女の狙いは失敗に終わる。
「……は?」
 顔を裂かれたはずのクーアは、淡い燐光の残滓を散らしベニーの懐に潜り込んでいたのである。
「傷が治ってんじゃねぇの」
「治した、からな」
 当然だ、とそう告げたエクスマリアを一瞥し、ベニーは舌打ちを零す。

 秋奈とクーアの連携をベニーは難なく捌いて見せる。
 悪党とはいえ、彼女はしっかり技術を修めた武芸者だ。ナイフを刀で牽制しながら、ショートソードを長刀で払う。その度に、2人の身体は斬り裂かれ、赤い飛沫が飛び散った。
 返り血で顔を朱に濡らし、ベニーはどこか愉悦に歪んだ笑みを浮かべた。
 人を斬るのが好きなのだろう。
 表情や、精度を増す動きからそれは十二分に伝わる。
 だからこそ、そこに付け入る隙があるのだ。
「タタラさんが最期に手入れしてくれた刃、粗雑に使い潰されてはかないません」
 なんて。
 物陰に身を隠した瑠璃の呟きを、ベニーは至近の距離で拾う。
 クーアと秋奈に誘導された。
 そう悟ったベニーが後ろへ跳ぶのと、瑠璃が火炎の扇をその手に展開するのはほぼ同時。
 
 ごう、と空気を押しのけて業火の波が広がった。
 紅蓮の壁の向こう側、瑠璃の姿を捉えたベニーは刀をしまって再び槍を手に取った。
「目くらましのつもりかい?」
 なんて。
 ベニーが笑い槍を突き出す、その刹那。
 火炎の壁を貫いて、どす黒い魔弾がベニーの視界に跳び込んだ。
「!?」
 身体を傾けることでベニーは魔弾を回避する。頬を掠める魔弾が皮膚を焼き焦がす。彼女がそれを回避できたのは偶然だ。
「……別のやつ?」
 火炎の壁が掻き消えて、現れたのは背の高い女……ことほぎだ。
「あぁ、くそ……煙管がねェとヤニが切れて手元が狂うんだよなァ」
 どこか苛々とした様子で、艶やかな髪を掻きむしる。
 その様子は何かの中毒者のようでさえある。けれど、しっかりと意識を保ち、明確な殺意を持って白い手をベニーへと翳す。
 ことほぎの背後には瑠璃がいた。
 初めから、彼女たちは2人組で行動していたのだろう。ベニーの不意をうつために、まずは瑠璃が姿を現したに過ぎない。
 と、そこでベニーは気が付いた。
「これで5人……5人だけとは限らない!」
 直観、というべきか。
 武器に対する執着が、ベニーを“その発想”へ至らせた。彼女は周囲を警戒しながら、廃屋へと視線を投げる。
 果たして、そこにはたった今、廃屋へと侵入しようとしている背の高い女の姿があった。
「狙いは武器ってわけか」
 咄嗟に槍を振りかぶる。
 侵入者……ピリムへとそれを投擲するつもりだ。
「あはっ、見つかっちゃった☆」
 ピリムの影からマリカが跳びだし、槍を構えた。見るからにナマクラだ。あんなもので、ベニーの投槍を受け止めきれるはずはない。
 ギリ、と弓を引き絞るように腰を捻った。
 筋肉が限界まで膨張し、溜めた力が解放されるその時を待つ。
 マリカごと、ピリムを貫いてしまえばいい。
 華奢な少女の身体に穴を空ける程度、ベニーの膂力を持ってすれば容易いだろう。
「喰らいな!」
 そう叫んで、ベニーが槍を投げつける。
 刹那、マリカは手を下ろした。諦めたのか? 否、彼女の顔にはいかにも悪辣な笑みが張り付いているではないか。
 なぜ?
 思考の隙間に生まれた問いへの返答は、意外なほどに近い場所から与えられた。
「どうせ、貴女には分からないでしょうよ」
「!?」
「たった一振りのオンボロが刻んで来た経験も、時間も、想い出も……其れが他に代え難い価値があるってことを」
 銀の髪が風に揺れる。
 ベニーの槍を片手で抑え、拳を背後へ振り被る。
「ま、分かって貰おうとも思わないんですけど!」
 台詞と共に放たれた、ゼファーの拳がベニーの顔を打ち抜いた。

●武器狩り
 鼻の骨は砕けただろう。
 槍と刀とは回収されて、それぞれゼファーとエクスマリアの手に戻った。
 鼻血が溢れて呼吸が苦しい。
 じくじくとした痛みに思考が乱される。
「あぁ……いつぶりだろう」
 痛みを感じることなんて。
 もう数年は無かっただろうか。
「得物は返していただきましたよー? お次はツケも払ってください―」
 そうしている間に、ピリムが仲間たちへ武器を返している。
 8対1。
 圧倒的な窮地に助けは期待できない。ここにいるのは悪党だけだ。
「あぁ、これだこれ。五臓六腑にヤニが染みるぜ」
 精度を増したことほぎの魔弾を剣で弾く。
 魔弾と同じ軌道で鉄の矢が飛来した。
「あの剣……仕込み刀の類かよ」
 身を捻ってそれを回避する。
 その様子を見て瑠璃は笑った。
「何も知らないようで安心しました。とはいえ、仕掛けを知った以上生かして置く理由はありませんが」
 遠距離からの攻撃は厄介だ。
 まずはことほぎと瑠璃を打つべく、ベニーはそちらへ向かって走る。逃走など頭にない。逃げる余裕があるとはとても思えない。
 しかし、ベニーの進路を阻むようにして秋奈が間に割り込んだ。咄嗟に力任せの一撃を叩き込むが、秋奈は刀でそれを受け止める。
「ヒューッ! こりゃあワイルドだぜえ」
 刀と剣とがぶつかりあって火花が散った。
 秋奈を強引に振り払う頃には、既にクーアとエクスマリアが2人のカバーに入った後だ。手数が足りない。どうしても、先の行動を潰される。
 次にうつ最善手は何だ?
 剣か、それとも槍か、斧か。
 思案に費やした一瞬の隙を突くように、ゼファーの放つ3段突きがベニーを襲う。
「アタシは……死ぬのか?」
 喉と腹から血を流しながらベニーは言った。
 それでも、剣を振る手は止めず、ゼファーの腕から肩にかけてを斬り裂いた。
「そうだ、な。お前もまさか、碌な死に方が出来るとは、思ってなかった、だろう?」
 エクスマリアの淡々とした声。
 先にダメージを与えた秋奈は、既に傷が癒えている。
「それ、ずるいぞ」
 弱い得物を闇に紛れて狩ることばかりにかまけたツケか。
 圧倒的に不利な状況を、打開する術は思い浮かばない。

 金の髪が舞い踊る。
 空気が唸る音がする。
 マリカの振るった大鎌がベニーの肩を深く抉った。
 まるで獣に食われたような痛みと傷にベニーは顔を顰めて呻く。
「その女はもう食べ飽きちゃった」
 なんて、血濡れた鎌を肩に乗せマリカは告げた。
 武芸者にとって侮辱に近いその言葉を聞いて、ベニーは「助かるかもしれない」とそんなことを考えてしまう。
 けれど、現実はそんなに甘くはない。
 サクリ、と。
 まるで果物でも斬るみたいに、ベニーの右脚が膝の位置で切断された。
 血濡れた脚を拾い上げ、その女……ピリムはゆっくり体を沈める。まるで地を這う百足のような姿勢になって、彼女はするりと後退するベニーの懐に潜り込んだ。
「それじゃあそろそろ、ツケを払ってもらいますねー?」
 赤く淀んだ瞳と視線が交差した。
 殺意や怒りなんてものは、ピリムの目から感じられない。
 単なる作業の延長、または日常の一幕として、彼女はベニーの命を奪うつもりなのだ。
 弱肉強食。
「あ……あ、アタシが、弱者?」
「あー、まぁ、そこそこ使う方でしたよ?」
 なんて。
 ベニーの胸部に刀を深く突きさしながら、ピリムはそう告げたのだった。

成否

成功

MVP

茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
ベニーは討伐され、皆さんの武器は無事に回収されました。
これにて依頼は成功です。

この度はリクエストおよびご参加いただきありがとうございました。
縁があれば別の依頼でお会いしましょう。

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