シナリオ詳細
<月没>良い人になりたい
オープニング
●高天京壱号映画館
昏く輝く月の下。
黒い布を針で刺したように映像が灯り、渾天儀【星読幻灯機】こと『ほしよみキネマ』が動き出す。
スクリーンに映し出される光景はまだおぼろげで……いや、もう映し出されているのだとわかる。
そこは路地裏。
帝都でも近寄りがたく……<御薦(おこも)通り>と呼ばれるところ。
最下層の者たちが、身を寄せ合って生きている場所。
「『蜘蛛屋』、『蜘蛛屋』ですよ~。丈夫な糸を売りませんか? 白銅貨がふたつ、質が良ければもう一つ」
芝居がかったような声で、映像からは奇妙に浮いた男が――ゆっくりと道を歩いていた。
男など見えないようなふうに人々は過ぎ去っていった。たまに不思議そうに男を見る者がいる。
「ちょっと、おにーさん」
勝気そうな少女が、男を呼び止めた。
「買ってくれるって、ホント?」
「ああ」
服をはだけようとする少女に男は首を振る。
「いや、いや、ちがう。俺が買うのは髪の毛ですよ。お嬢さん、貴様なんかの身体なんていらないね」
「なぁんだ、そんなもんでいいの?」
「一束でいい」
そうして、男は髪の毛一束と引き換えに、施しを与えていく。
……かにみえた。
「毎度ご注文ありがとうございます。まあ、タダより高いものはないんだけどもねぇ」
ゆっくりと、映像は焼き消えるように薄くなり、そして、場面は転換する。
また、昏く輝く月の下。
どうやらここは屋敷らしい。
幻が映しているのは、こんどは呪術師の装束を羽織った一人の青年だ。
「あった。くそっ、馬鹿じゃねぇのか……なんの関係もないやつを”依代”にしやがって」
髪の束の入った小箱を抱えて、屋敷をさまよっていた。――何かに追われている。
屋敷の中は静かだった。誰一人として目覚めようとしない。
それは呼び覚まされた夜妖による、結界の力であった。
「!」
何もないかに見える空間にぴん、と白い糸がはった。男――霧島黎斗(きりしま・くろと)はそれをすんでのところでかわす。ただの糸に見えて、切れ味はバツグンだ。装束の一部が切れた。
『ほーっほっほっほ!』
地面が揺れる。
巨大な蜘蛛に、女の顔――それは膨れあがった絡新婦(じょろうぐも)と呼ばれる妖である。
散り散りになった仔蜘蛛たちが、カイトに迫る。
『返せ、返せ、其れは正当な対価なる。我らが仔の贄である』
「なーにが”正当な対価”だよ。”公平な取引”してから言えってんだ、ばーか」
『この屋敷の主とは契約を交わして居るのじゃ』
「どいつもこいつも……なあ、クーリングオフって知ってるか?」
『返せ!』
蜘蛛の一撃。黎斗は結界の一部を破った。とどめていた包囲の陣があふれかえって反射した。糸を伝う炎が蜘蛛を焼き尽くしていく。
「……!?」
いつもであればおそらくは切り抜けられた相手。
だが、その日は、月が恐ろしく輝いていた。
『効かぬわ、愚か者』
けたたましい笑い声と、泣き叫ぶ子供の声。
ここまでか?
なんて、あっさりした結末なのだろうか。
じゃあ、どうすればいい?
今さえ、切り抜けられればいい。
「なら、」
映像は途切れ、焼ききれたかに思える。聞こえるのは声だけだ。
(これは、なら)
神使のやつらだってできたんだ。じゃあ、俺(NPC)にだって、そうだろ?
ほめてくれるんだろ、兄さん。
「魔哭天焦――」
映像はねじれる。
不自然な映像の停止。
髪と一緒に、首が堕ちた。そこで映像は終わる。
●
日辰陰陽自在に操り、夜妖を狩る退魔師――人はそれを『神使』と呼ぶ。
「さ……て、どうしたものかな、俺よ」
『人見知り』のアカークは深くため息をついた。
「まぁ、そうだ。止めるしかないみたいだな。
『とある悪徳呪術師が、貧しい人々を呪術の代償にささげていた』。
『とある正義の呪術師は、それを止めようと単身、敵の屋敷に乗り込んだ』。
で、このままだと、おそらく負ける。
だから、介入する必要がある。
夜妖が巣を張った人んちの屋敷に忍び込んで、あのバケモノをかいくぐり、脱出する。
で、屋敷から脱出さえできれば、出れば呪いは夜妖に跳ね返るってわけだ。そうしないと、依代に使われた奴らが死ぬ。話は簡単なんだがな……忍び込む屋敷ってのが厄介で、呪術師の屋敷だ。いたるところに陣が敷かれてる上に、敵の本拠地ときた。
それで、この依頼は、ここROOでは『悪』属性に類するものだってな。どうしてかって? 夜妖と、正当に取引してたらしいからな」
- <月没>良い人になりたい完了
- GM名布川
- 種別通常(悪)
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年10月05日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●昇る月
――月閃。
予知された映像は、そこで途切れる。
『妖刀付喪』壱狐(p3x008364)は静かに空を見上げる。
狂気に満ちた、月がある。
『結界師のひとりしばい』カイト(p3x007128)の片割れは思う。誰かを助けようと思うその気持ちは正しい。しかし、兎も角、『正義の味方』ってのはそれに拘って大切な人を泣かすのはダメだ。
(……赤い方がめっちゃ悪態ついてたんだよな。なんでだろ?)
いや、もう片方だって「そう」考えているのかもしれない。シビアであるか――それでもと、ぎりぎまであがくかどうか……。
陰と陽。
押し黙ったもう一人のカイトは、先ほどからずっと表に出てこない。NPCの”彼”も口数が少なかったように思える。
「ほら、お前――良い事の為には『わるいこと』も被れちゃう様な奴だろ?
俺、すっげぇ心当たりあるもん。だから、まずは『帰る』だろ?」
「……」
「えーと、人を呪わば穴二つ? 違う?」
『アルコ空団“路を聴く者”』アズハ(p3x009471)の声は穏やかに響いた。
「まあ、そうだな。不条理に穴をあけるくらいは、許されると思うぜ?」
カイトは努めて明るく言ったような気がした。
これは「悪」であると、クエストにははっきりと示されている。
けれど……。
「正義の味方……憧れますよね」
することはきっと正しいはずだと『父が想像した』梨尾(p3x000561)は信じている。……それは、「梨尾」ならそうするだろうかということかもしれない。
「正義の味方の味方ぐらいならなれますかね」
自分はかつて間違った。守れなかった……大切な一人すら。
けれど、今度こそ救いたい。
「俺たちの立場は、正当な取引をぶち壊す悪者。
でもやるのは、夜妖から正義の呪術師を助けること」
「はい。夜妖と正当に取引……と言うのはとても嫌な情報ですが、今は無視しちゃいましょう」
要点をまとめるアズハに、『仮想世界の冒険者』カノン(p3x008357)は頷いた。
この和風世界はどこか見覚えのある世界――現実とよく似たR.O.O.ではあるけれど、今はカノンはネクストの一冒険者。やれることをコツコツやるだけだ。
「立場によって善悪の見方は変わるけど、やることは変わらない。
さぁ、ここから出よう」
「はい。これ以上の被害を止める為に、全力を尽くすしかありませんねっ!」
「ふーん、正義の味方なァ。
オレにゃ何が楽しーのかまったくわかんねーが、本人がイイならやらせとけば?」
『無法』天魔殿ノロウ(p3x002087)は気持ちよく嗤った。
「……交渉ねぇ。まぁ、現実でも似たような感じか。夜妖は倒すべし」
『調査の一歩』リアナル(p3x002906)は一歩引いた視点から、正義だとか悪とか、そういったことではなく、あくまでも通過点、依頼の一つとしてここにいる。
(人に害を与えず、利のみって奴ならまだしも、生贄が必要ならそれは倒していいだろう。別に、私たちに関わることでもないしな)
「やっぱ労働にゃ対価が必要だって!」
「まあ、違いない」
リアナルが言った。
【!エラー!】
【未定義の変数を参照しました】
(いくら正義感に駆られたからって、"呪術師"が同業者の"陣地"にのこのこ入っていくもんかね、まったく。
ま、そういう向こう見ずなのも嫌いじゃないけどさァ)
「んで、今日は何人? 7人?」
「……っと」
梨尾はくんくんと匂いを嗅ぐ仕草をする。
闖入者だ。しかし、自分たちの味方だと確信できた。
【エラー】
クエストの隙間、演算を縫って異質が入り込む。
『マゼて、』
『不明なエラーを検出しました』縺薙?荳也阜縺ョ繝舌げ繧(p3x001107)だ。
「お? なんだ。増援か。いーじゃんいーじゃん、ラクになるし。報酬も減らねぇみてぇだし?」
●運命の合流地点まで
「まずはじめに、なのですが」
梨尾は仲間を見回して言った。
「もし俺が攻撃の邪魔だったら、『そのまま巻き込んでください』」
「大丈夫なんだな?」
リアナルに、梨尾は力強くうなずいた。
「滅多なことでは死にません。と、お約束します。だから……」
「わーったよ。死なねぇならイイじゃん?」
「ありがとうございます」
それは無謀な青さではなく、自分の実力を把握している者への信頼である。
「まあ、死なないに越したことはないとは思うけどな」
と、アズハの声は冷静だが、……響きは、少し心配そうだ。
「……。分かりました。全力で援護します」
壱狐は言った。
「だな。大切な人を泣かすのはダメだ」
と、カイトは改めて口にした。
梨尾はにこりと笑う。梨尾にとって大切な人とはこの姿だ。
……なにも、梨尾は無駄死になどするつもりはない。ましてやこの身体で、そんなことができるはずもなかった。
(強くなればなるほどにできることが増える)
梨尾であろうとすればするほどに、危険に身を投じることになる。
(でも)
梨尾は、そうするだろう。理由はそれで十分だった。
「それでは……。映像を見る限り、戦闘にかまける余裕なんてありません! ……先行します。よろしいですか?」
「はい、ご存分に」
頷いたのは壱狐だ。煌めき飲み込むような刀がその手の中にあった月を反射して、煌々と光を増している。
一撃。
(あそこですね)
本来の姿となった壱狐を武器として構えるカノンは、この屋敷の術式の断片を理解する。カイトもまた、そうだ。
「入るならあそこからだな?」
「ええ、そうですね」
そして、異形がキャラキャラと笑い声を立てる。
【エラー】縺薙?荳が身をねじ込み、道を広げた。
あとにはとっぷりと広がる闇。
●懐を歩む
陣の中に入れば、ここは、敵の巣の中だ。
「やっべー場所だな……」
ノロウはぼやいた。
辺りは暗いが、例えば、梨尾の目は、暗闇の中でも正確にものをとらえることができる。
例えば、アズハの耳は音を良くとらえ、反響から空間を把握することができる。
壱狐が小さく震え、カノンは立ち止まった。カノンの勘もまた、そこには罠があると告げている。
「ふーーん、ブービートラップたぁ、やるねぇ」
「やはり、絡新婦ということだからでしょうか。ワイヤートラップの類や鳴子が多いですね、気を付けていきましょう」
裏を返せば、罠に引っかからないうちはある程度自由な行動ができそうだということだ。
こちらに気が付いてはいない。
しばらくは順調に屋敷の中を進んでいったが、侵入者を排除するためと思しき陣と出くわす。
「結構執拗に編まれてるな。解除には時間がかかりそうだな……」
カイトが陣を再構築しなおすと、多少、嫌な感じもおさまった。しかし、通常であれば通り道とは想定されていない場所だ。
「合流もしてない内から余計な時間を使う暇は無いのです」
さてどうするか、といったところで梨尾が進み出る。
「まかせてください」
「どいつもこいつも、くそっ……おい、その札だ」
「分かりました」
灼熱に焼かれながらも被害は最小限に身をかばい、手を伸ばし、札を剥がしとる。四隅にあったが、一枚で済んだ。
「余計にケガをする必要はないからな」
リアナルがほいと梨尾を引っ張り投げる。
「ありがとうございます」
「この先ですが……その壁。木目の、3つ目です」
「そうだね。奥に何かある。空間が……気を付けろ、生き物の気配だ」
壱狐の匠の智慧はカラクリを見抜いていた。アズハが警告を加え、くるりと扉が返される。隠し扉だ。
闇に潜むモノの巣。
そこは蜘蛛たちの居住のひとつ。いくつかの赤い目がぎろりとこちらを睨んでいる。
だが、なにも暗闇に潜むのは敵の特権というわけではない。
「あらよっと」
Hide & Seek――身をひそめていたノロウは素早く姿を現した。臭いものには蓋をしろ――ガラクタじみたタンスに身を隠す、かと思えばそれはフェイントである。蜘蛛を足蹴にし、大きく飛んだ。
「へっ、相手はこっちじゃねぇよ」
ノロウの下。蟄伜惠蟶碁㊧をまとった【エラー】が身をひそめている。天井の梁に飛びついてぶらんとぶら下がる。
「いいねえいいねえー。かくれんぼは得意だぜ?」
そして、また暗がりへと。
ここには卵がひしめいていた。
『生まれる 増える ヤだ』
いてはいけないはずの存在の慟哭によってもたらされる、衝撃。名状しがたい音。繧「ク$ィブ◆キル1が卵をかち割った。
「蜘蛛が大量に生まれたりしたら嫌だよな……」
アズハは逃れた一体を油断なく倒した。
つまるところは、巣の深部であったのだが、ここに主はいない。
ノロウの目当ては高そうな桐ダンスの中身。
「リアナル、オッケー。帰りは頼むわ。金目の部屋さがしてくっからよ」
「まあ、これも足しにはなる……か?」
「気が滅入るな。……これたぶん置いといたら子供が無限湧きする奴だし……」
カイトの目もまた、スコープ越しでは暗闇にうぞめく連中を見つめるには十分なほどにするどい。
「噂から生まれる夜妖が卵で増えるというのも妙な話ですが……減らしておくに限りますからね」
どこを斬ればよいかよくわかった。壱狐に導かれるかのようだ。カノン自身の技量も影響しているのであるが、呼吸を合わせるとほどよく、小気味よいほどに重心が乗った。
「これは」
「あ、待った」
ノロウがすっと引き返し、汚れるのを厭わずに巣の中に手を突っ込む。卵の下にあった小刀を拾った。高そうなものだ。
「へへん」
「まあ、こちらのほうが有用に使えそうだ」
と、リアナル。
「そーそー、わーってるじゃん?」
引っこ抜いて陣を壊した。
それは隠しの術である。
幸い、それが黎斗の運命を変えることとなる。
相対する蜘蛛の注意がそれた。
●枝分かれする運命
「あっちだな」
アズハは目を閉じ、そしてよく耳で見て感じ取っていた。
何かを抱えた黎斗が走っている。そして、その後ろを追っているのは巨大な絡新婦だった。
(敵か。いや、違う……!?)
まるで示し合わせたかのように、彼らはやってきた。
この先で起こることをすべてを知っているかのように。
「あ、怒らせちまった感じぃ?」
ノロウはへらりと笑った。
「援護、しないと!」
まだ、黎斗のもとへは距離があった。
吊り天井が落ちてくる。衝撃もいとわず、梨尾がその身を躍らせた。
あれがボスだ。もう見つかってしまってもいい。助けられるのであれば。キャラキャラと笑う何か。見えない何か。明らかなエラーが空間をゆがめてどかんとそれに加勢する。天井と床がひっくり返りそうな衝撃だった。
「私を!」
「……わかった」
できた隙間に、カノンは素早く太刀を投げた。すなわち、神刀『壱狐』は人へと変じる。がきん、と絡新婦の一撃を受け止め、ぎりぎりと競り合う。
「ハァ……!?」
「心配ご無用です。祓うために来た貴方と違って撤退するために来た私たちは色々とこういった時のための準備を整えてあるのです」
「オイ、危な……っ」
アズハは振り返ることもなく、冷静に絡新婦の一手を振り払った。大きく体制を崩す蜘蛛は、睨みころさんばかりにアズハを見ている。
が。
「なあ、そんなのよりオレと遊ぼーぜ?」
Pick a fightノロウの迸る視線。ばちばちとした一瞬の挑発は効いた。
「……運よく逃げ切れりゃラッキーじゃね? さて、運試しといくかぁ」
「それが依代ですね!」
黎斗の持っている箱を見て、カノンは大きくうなずいた。
「行きましょう。聞いていた通りなら脱出さえできれば此処の夜妖も何とかなる……筈ですので!」
「協力して切り抜けよう。……全員でここから出る」
イズハはあっという間に絡新婦に距離を詰めた。みしりと床板がきしんだ。
過たない一撃だった。
狙うは、もろくなった床。そして、正確に蜘蛛をからめとる。
「すぐにここから出よう。
そうすれば、依代を助けられるのだから」
アズハたちはどうやら事情を知っているようだった。
「生きてここから出て、呪いを跳ね返すのが目的だろう。正義を果たすなら、黎斗さん自身がそれを達成すべきだ」
とにかく、話し合っている時間はないらしい。
カノンの魔弾――基本的なエフェクトは本来のものではない。いくつかに枝分かれする魔法弾が絡新婦を打ちのめしていった。カノンは先ほどまで太刀を振るってはいたが、もともとは魔法を得意とする。
「こっちだ。ルートは確保してある」
「いや、待て。この道は狭すぎる、無理だ」
どかん、とリアナルのマギラニアRが思いっきりふすまに突っ込んで道を拓いた。
「何か言ったか?」
「……」
「届け物はそれか」
リアナルの第二の配達物が、過たずに敵を打ちのめす。
「そいつは預かっておこうか」
カイトの結界が、依代を覆いつくしていった。それは、どこか見覚えのある術……よく似た術。
だが、NPCには思い出せない。
絡新婦は苦しみに声を【データが壊れています】。
あるはずのない存在。起こりえない展開。縺薙?荳也阜縺ョ繝舌げ繧……空間が饗応する。
「呪い返しがどうとやら、弱体化はするだろう。まずはここを出ることだ。できれば大人しくついてきて欲しいものだけどね」
「だが……いや、わかった」
「……」
(たぶん依代持ってんの赤眼の方感ある黎斗って奴なんだけど――この際はしゃーない)
しかし、これで一つ目の目的は達成だ。ここなら、結界の中なら隠し通せる自信はある。
(呪いの反射で自滅してもらお)
術者に一泡吹かせることもできるだろう。
状況を理解した梨尾はあえてわずかに離れた場所に構えた。
「こっちですよ」
錨火が燃え上がる。絡新婦の怒りの根源に、卵の感触に、少しだけ、ほんの少しだけ心が軋みを立てたけれど。守りたいという気持ちはよくわかるけれど。
立ち止まるわけにはいかなかった。
吠えるように立ち上がる。
錨火を燃やして、立ち続ける。ひたすらに、ひたむきに。
騒霊さんが騒がしく動き、手当たり次第にモノをぶつける。
『手伝ウ』
意図を酌んだ異形が闇にうごめいていた。
繧「ク$ィブ◆キル1。
硬い殻を破り一撃貫いて、広範囲の蜘蛛を焼き払った。
「譛?菴朱剞縺ョ諢乗?晉鮪騾」
ホニャホニャしている、意味のない文字列。でも、梨尾にはよくわかった。
「大丈ブ?」
「大丈夫」
「ダイジョバナイ」
それは嗤った。たしかにそうだ。ボロボロだ。
でも、守りたいものは守っているのだ。
『梨尾をいじめてんじゃねぇ!』
大きく声を上げた獅子獣人が、ぐわっと子蜘蛛の身体を揺らした。また立てる。まだ立てる。元気づけてくれる。
(そう。夜妖を振り切る為に一人が犠牲として大勢を生かせばいい)
憤怒を。
あの時守れていたら、という後悔を手に彼は立つ。
黎斗は咄嗟に走り出そうとした。守られてばかりはいやだ。
「そういうヤツだよテメーはよ」
だが、その肩をがっしりとカイトが――カイトの、片割れのほうがつかんでいた。
「見誤るな、見てろ」
目の前にいたのは……とても大きな獣人だ。
月に吠えるのは狼の姿。
その力は、月閃。
彼は悶えた。
「神使は死なない、痛みは感じるが」
けれども、ぎらぎらとしたまっすぐな目。
「黎斗さんが脱出できれば外でまた会える。
でもお前さんが此処に残ったらもう二度と会えない。
だから生きてくれ。未来の正義の味方さん。
依代に使われた人々の明日を守る為にも」
人のためならためらいはなく、彼は燃えていく。
「イイものを見たよ」
幻でも見ているのだろうか……。
「できるヤツがヤる。──なら、我(アタシ)がやる方が合理的であろ?」
誰かの声。
ノイズが晴れる。一瞬だけ……。
戻れ、と。
リアナルは、強硬手段も辞さないような目をしていた。
「敵を倒す必要はない。逃げ切ればいい。そのために”使った”んだ」
アズハが言った。
「引き返すなら、……気絶させてでも止めることになる」
崩れ落ちる屋敷。だが、カイトが結界を張りめぐらし、リアナルが勢いよく押しとどめている。
これは行きてかえりしというやつだ。
リアナルはどうやって撤退するかを考えつくしていた。
カノンはうなずいた。同じ道を通れば――もう罠はない。
カノンは振り向きざまに魔法の弾幕を浴びせかける。勝たなくていい。逃げ切ればいい。逃げ切れば……。
陽の構え。
「どういう意図で陣を撒いたのか、分かってきました」
「アンタにもわかったか?」
正確に計算されて作られた場所。それは、壱狐とカイトにとって相性が良すぎた。
陰陽五行の太刀が舞う。陰と陽の均衡を保つ。
七星結界・極天の加護。カイトにとって、ここは庭も同然だ。
「もう一度、振るわせてくれませんか。一度だけ」
「……わかりました」
カノンには見えた。敵と――そして撤退するために必要な太刀筋。壱狐は目を閉じ、今の主に力を貸す。己を武器と為して――。
「月閃」
カノンの一体となった一撃が、壁を、空間を貫いた。
「……ここだな」
ためらいもなく。
それは、美しくも狂気をはらんでいる”道筋”。
リアナルの髪の毛は桃色に染まり、届け物は揺らいであふれ出す。満ち溢れる希望が、暖かいものを託されるかのようで、見ているしかできない。
回復されているからこそ、黎斗は動くことはできない。これは、重石だ。
それを護ったのはカイトの結界だった。楔状の結界が絡新婦に絡みつき、動きを極限まで鈍らせる。
「また遊ぼーぜお姉さん!」
ノロウは『月閃』……とみせかけてフェイントである。
「これで十分だろ? なっ、ついでだぜ?」
Life Steal、ノロウは盗むだけ盗んで、ひらひらと手を振った。
ぽろり、と刀が落っこちた。蜘蛛に踏まれて消えていく。
「あ゛。くそ、さらばオレのお宝……!」
「振り返るな」
突き飛ばされるように、結界の外。外だ。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
月閃を用いて食らいつき、脱出とクエスト目標クリアです。
お疲れ様です!
GMコメント
布川です。
皆さんはもちろん月閃が使えます(代償はやっぱりわかりませんが)。
NPCが使うとどうなるかわかりませんが、頑張りすぎるとみなさんよりアレしますのでほどほどに!
●注意事項
この依頼は『悪属性依頼』です。
成功した場合、『練達』における名声がマイナスされます。
又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。
●目標
・禁忌呪術師の屋敷からの撤退。
・NPC:霧島黎斗の生存
●状況
屋敷の奥、霧島黎斗が呪物を屋敷奥で発見したところ、ちょうど神使の潜入と相成ります。屋敷から脱出すればクリアです。
※冒頭の髪の毛を買い取っていたらしき男は見当たりません。
●登場
NPC:霧島黎斗(きりしま・くろと)
『魔』を祓う霧島一族の呪術師です。正義感に熱い青年で、禁忌呪術師の家に忍び込み依代を持ち出そうとしています。
現状、味方には違いありませんが、敗北を察すると、「早くお前たちは逃げてくれ!」といった状態になり、未知数の状態になるようです。説得も可能かもしれません。
……多少、正義の味方であろうという強迫観念にかられているように見えます。
●夜妖
絡新婦(じょろうぐも)……10本足の巨大な蜘蛛です。糸で獲物を感知します。
残忍で、獲物をいたぶって殺すことに喜びを覚えています。
蜘蛛の子供たち……×20~ 小さな蜘蛛の仔です。かなり弱いのですが、うじゃうじゃいます。
卵……屋敷のどこかで大切に守られています。
●場所
禁忌呪術師の屋敷
平建ての広い屋敷です。どこもかしこも蜘蛛の巣まみれです。トラップだらけで夜妖がいつ襲ってくるかはわかりませんが、あとは普通の屋敷です。床下や屋根なんかもあるでしょう。
夜妖さえ振り切れば陣の破れた正門から出ることができます。
この家の呪術師は、絡新婦の傀儡となっていました。生存者がいるかは不明です。
ちょっと金目のものはあります。
●ROOとは
練達三塔主の『Project:IDEA』の産物で練達ネットワーク上に構築された疑似世界をR.O.O(Rapid Origin Online)と呼びます。
練達の悲願を達成する為、混沌世界の『法則』を研究すべく作られた仮想環境ではありますが、原因不明のエラーにより暴走。情報の自己増殖が発生し、まるでゲームのような世界を構築しています。
R.O.O内の作りは混沌の現実に似ていますが、旅人たちの世界の風景や人物、既に亡き人物が存在する等、世界のルールを部分的に外れた事象も観測されるようです。
練達三塔主より依頼を受けたローレット・イレギュラーズはこの疑似世界で活動するためログイン装置を介してこの世界に介入。
自分専用の『アバター』を作って活動し、閉じ込められた人々の救出や『ゲームクリア』を目指します。
特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/RapidOriginOnline
●侵食度
当シナリオは成功することで希望ヶ浜及び神光の共通パラメーターである『侵食度』の進行を遅らせることが出来ます。
●『侵食の月』
突如として希望ヶ浜と神咒曙光に現われた月です。闇に覆い隠されていますが、徐々に光を取り戻していく様子が見て取れます。
一見すればただの皆既月食ですが、陽がじわじわと月を奪い返そうと動いています。それは、魔的な気配を纏っており人々を狂気に誘います。
佐伯操の観測結果、及び音呂木の巫女・音呂木ひよのの調査の結果、それらは真性怪異の力が『侵食』している様子を顕わしているようです。
R.O.Oではクエストをクリアすることで、希望ヶ浜では夜妖を倒すことで侵食を防ぐ(遅らせる)ことが出来るようですが……
※重要な備考『デスカウント』
R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
現時点においてアバターではないキャラクターに影響はありません。
●魔哭天焦『月閃』
当シナリオは『月閃』という能力を、一人につき一度だけ使用することが出来ます。
プレイングで月閃を宣言した際には、数ターンの間、戦闘能力がハネ上がります。
夜妖を纏うため、禍々しいオーラに包まれます。
またこの時『反転イラスト』などの姿になることも出来ます。
月閃はイレギュラーズに強大な力を与えますが、その代償は謎に包まれています。
●情報精度
このシナリオの情報精度はC-です。
信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
不測の事態を警戒して下さい。
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